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贈り物
中学・小説・佳作 贈り物 「…。は、い」 は、戸惑った。 【佳 作】 「結莉菜さぁ、優しいじゃん?だから、あなたと仕方なく一緒 にいると思うんだ」 「え、と、ど、どういう意味ですか」 「だからぁ、結莉菜はあんたの友達として相応しくないから、 別府萌佳(東京都 お茶の水女子大学附属中学校) もう結莉菜と一緒にいないでくれる?」 初め、言っていることが分からなかった。 「そ、それって、友達をやめろってことですか?」 「それ以外に何があるの?」 「未来が変わるんだよ」 「でも…」 「いいえ、過去が変わるのよ」 「わからないの?結莉菜は迷惑してるんだよ?あなたがいなく 二人の私は、どちらも私。だが、二人の私は、どちらも別人。 なれば、結莉菜はもっと堂々と出来るんだよ?」 矛盾の世界で、私達はどう生きればいいのか―。 言われたくなかった、意識したくなかった、私にとって、一番 聞きたくなかった言葉だった。 ゆ り な 昔、とても仲の良かった友達がいた。その子は結莉菜という名 私は、結莉菜に相応しくない―。分かっていた。昔から。結莉 菜は、私と一緒にいれば必ず、不幸になると。幸せを形にしたみ 前だ。 たいな結莉菜と、不幸を形にしたみたいな私が釣り合うわけがな となりにいることが当たり前だった。休みがあれば、買い物や 映画を観に行った。結莉菜はおしゃれが好きで、家もそれなりに い。でも、それでも私は結莉菜と離れたくなかった。ずっと一緒 お金持ちだったので、いつも少し高そうな可愛い服を着ていた。 にいるのが当たり前みたいだったのに…。 でも、どこかで私は諦めていた。彼女が私といたくないと言え 学校では、可愛くておしゃれな結莉菜は人気者で、地味で引っ 込み思案の私は目立たなかった。結莉菜の友達は、彼女の友達と ば 、 退 く つ も り だ っ た 。 き っ と 私 達 は 違 う 道 を 行 く か ら 。 だ か ら、私は結莉菜の友達に して相応しい存在だと思っていた。 「わ、分かりました。それが結莉菜のた、為になるなら」 「物わかりが良くて助かったわ。結莉菜が話し掛けても無視し てね?結莉菜、優しいからあなたなんかもかまってあげようと 思っちゃうから」 ある日、学校で、結莉菜の友達に声を掛けられた。 「結莉菜の幼馴染みなんでしょ?」 「そ、そうですが…」 話したこともない相手とどう話したらいいか分からなかった私 - 59 - 中学・小説・佳作 と約束した。これで良かったのだ。彼女のためを思うことが私 に出来る唯一のことだから。 次の日から私は徹底的に結莉菜を避けた。それでも結莉菜は話 し掛けてこようとしたが、必死で振り切った。私のために、結莉 菜のために…。 結莉菜と別れれば、私は結莉菜を傷付けなくて済むのだ。結莉 菜が傷付くと、私も傷付くのだ。それは、結莉菜もそう思って欲 しいという願いだけなのだろうが。 それから1週間経つと、結莉菜は私のことを気にしなくなっ た。確かに、結莉菜の友達の通りだったのだ。 私は一所懸命に結莉菜のことを忘れようとしたが、逆効果で、 どんどん意識していくばかりだった。 それから早くも1年が経った。中3の冬だった。受験間近で、 さすがに私も頭から結莉菜のことが抜けていた。最早彼女がどこ の高校に行くかも分からない。校内は受験の話しで持ちきりだっ た。 そして、試験は終わり、無事に志望校へ行けることがわかっ た。 試験が終わったとたん、悲しみが湧き上がってきた。もう、結 莉菜とは会えないかもしれないのだ。この現実は、私を苦しめる にはあまりにも大きい物だった。 その悲しさもつかの間、もう卒業と言うところまで来た。中3 の冬は時間が経つのが早い気がした。 そんな時期、家に一通の手紙が届いた。 「こんにちは。元気にしていますか?高校合格、おめでとうご ざいます。中学校生活は早かったことと思います。心残りはあり ませんか?高校へ行けば、きっと後悔することが出て来ると思い ます。もし、心残りがあるなら、閉じ込めていないでちゃんと行 動に表しなさいね。あなたはお人好しすぎですよ。いい加減、自 分に素直になりなさいね。あなたの人生はあなたが決めるのです よ?誰かに無理矢理方向転換されてはいけません。いつかこっち に遊びに来て下さいね。楽しみにしています。結莉菜、今を精一 杯生きること。 あなたの愛する姉より」 これは、私宛ではなく、結莉菜宛てだったらしい。私に姉など いない。文章を見るからに、優しそうなお姉さんだ。―だが、姉 がいたことなど、初耳だ―私も欲しかった。とにかく、これを結 莉菜に届けなくてはいけない。話すなと言われたが、手紙を渡す 分には構わないだろう。 次の日、久しぶりに結莉菜と話しをした。 「久しぶり、結莉菜」 「…。久しぶりだね。何か用?」 「昨日、私の家に結莉菜宛ての手紙が間違えて届いたんだ」 「そうなの?ああ、ありがとう」 「ごめんね、宛名も書いてなかったから、勝手に開けて読ん じゃった」 「ん?あぁ、平気だよ」 そう言って結莉菜は読み始めた。 「それにしても、結莉菜のお姉さんって、優しそうだね。で も、初耳だよ」 「…?これ、同姓同名の子じゃない?私に姉なんかいない よ?」 「えぇ?!で、でも近所に結莉菜なんて子いないよ?」 - 60 - 中学・小説・佳作 「…?」 「…?」 あり得なかった。確かにお姉さんがいることなど結莉菜は一度 も話さなかったが…。では、誰がこの手紙を出したと言うのか? よく考えると、宛先人も、住所も書いて無いのだ。切手さえ貼っ ていない。 「なんだろうね?親が書くわけもないだろうし…」 そう、結莉菜が言った 「取りあえず、私が預かっておくよ。何か分かったら知らせ …」 そこで結莉菜は口をつぐんでしまった。 「どうしたしのほ?」 「ねぇ、詩帆はなんで私を避けてたの?」 意外な質問だった。でも、訊いて貰いたかった質問だった。 「ゆ、結莉菜は私といたら絶対不幸になる。私がいたら邪魔で しょ?」 「ぷっ」 「え?」 「あ、いや、やっぱりそっか。そんなこと私が思うわけないで しょ?それとも何、私がそんなに信用出来ない?」 「え?え?え?」 「私は、詩帆のこと大好きだよ?知らないの?詩帆はさ、私 がくじけそうなときいっつも側にいてくれてすっごい心強かっ たんだからね?でも、詩帆、自分で避けたかったんじゃないで しょ?」 「な、なんで分かるの?!」 「私、これでも詩帆の幼馴染みだよ?詩帆のことなら大体分か る。詩帆は何も言わないで立ち去ったりなんかしない。待ち合わ せには、私がどんなに遅れようと、ずっと待っていてくれた。幼 稚園の頃ね。先生も詩帆の頑固さに負けて残ってたよ」 「よ、よくそんなこと覚えているね」 「だって、詩帆と仲良くなり始めたきっかけだから。覚えてる よ。その時ね、詩帆は『まわりの子が酷いんだよ。待っててくれ たら、私なら嬉しいもん!』ってとびっきりの笑顔で言ったん だ。その時決めたよ。私は一生この子と友達でいるって」 忘れていた。誰かを待たなきゃ私は前へ進めないため、その頃 は色々な子を待っていたから。 「ごめんね。自分に自信がなくて、今まで聞けなかった。で も、詩帆。ちゃんと言っていいんだから。自分の気持ちを隠さな いで、はっきり言っていいんだから。知ってる?詩帆は、結構い ろんな人から人気だよ。自分をけなしてたら、絶対前へ進めな い。時には人を倒して進まなきゃいけないんだから。でも、詩帆 の人を思いやる心はすごい好き。詩帆は地味なんかじゃない。思 うんだ。人って、見た目とか、猫かぶった姿を見せてる人より も、素の人の方が輝いていて、すごいきれいに見える。高校は違 う。でも、一緒だから。ずっと、一緒だから。文化祭、来てね。 私は絶対見捨てないよ。絶対裏切らない。私は詩帆を信じたよ。 信じてきたよ。今度は詩帆が私を信じる番でしょ?」 「ありがとう」 涙がこぼれた。久しぶりに泣いた。気持を隠さないで、ちゃん と。 「お礼なんていらないよ。言うなら、この手紙を書いた人だ よ。どこの誰だか知らないけど、この手紙のおかげで、素直にな る自信が出てきた」 - 61 - 中学・小説・佳作 まわりの人間は、結果として影響があった。他人のおかげで変 われたという人はいない。変わろうと思わなければ、人は変わら ないから。私は、過去の私が、変わることを望む。そして、未来 の私が、もう他に手紙を出さなくて良いように、今を後悔しない ように生きなければならない。 成人式、みんな変わっていた。容姿も性格も心も。でも、結莉 菜と私の心は変わらない。人を思いやり、成長していく私達は、 道は違えどずっと一緒にあるだろう。そう思った。でも、私はま た後悔する。 その日から、私はもう2度と結莉菜には会えないこと理解し た。未来からは、何も来なかった。私は、未来の私は、いったい 何をしているのだろうか?いや、考えるまでもない。彼女―未来 の私―は、私が自力で何とかすることを望むだろう。この日、私 は学んだ。人が成長する、変わるのは、必ず後悔がとなりにいる からだと。私は、変わった。今は自分がやりたいことをする。未 来は変わるものだ。前言撤回。これから私はもう一度過去へ贈り 物をする。 過去の私が変わることを、幼馴染みをきちんと見てくれること を、望んで。 その後、私は知った。結莉菜はまだ生きていると。そしてもう 一つ知った。成人式の出席者の名簿表に私の名前は書かれていな いことを。 未来から贈り物をすれば、未来が大きく変わることがある。人 が死ぬ可能性もある。このことを理解した上で許しが出た。私 は、何を間違えたのだろうか…。正しいことは人を傷付ける。も う、何が正しいのか分からなくなってしまった。これは、賭だ。 - 62 - 「私、結莉菜の友達に、結莉菜と話すなって言われたの。私、 その子に感謝しなきゃ。そう言われたおかげで、結莉菜と前より もっと仲良くなれたんだから」 そして、二人して笑った。この日から卒業式まで、私達は嫌と 言うほど楽しんだ。 私は間違っていた。結莉菜は幸せを形にしたもので、私は優し さを形にした物だ。不幸を形にしたような私なんて、つまらない だけだ。私は今までつまらなかった。だから、これからは楽しま なければ、後悔するだけだろう。 卒業してから、4年と ヶ月が経った。成人式が、もう少しで ある。結莉菜の高校の文化祭は、私の高校とちょうど重なってし まっていけなかったので、しばらく会っていない。成人式では会 えるだろうか? らなければならない。過去に、私の願いを。 卒業後、私はだいぶ変わったと思う。友人は多くでき、自分の 考えをはっきり表すようになった。 私は一つ、成人式が始まるまでにしなければいけない。手紙を 過去に出すのだ。過去の私に。結局、私達は謎の「お姉さん」が 誰だか分からなかった。いや、結局はわかった。今になって。 最近は、過去へ行くことが可能になってきている。だが、人1 人行ってしまうと、未来に大きな影響が出てしまう可能性がある ため、禁止されている。ただし手紙など、小物を過去へ送ること は許されているのだ。勿論、許可は取らなければいけない。昔届 いた手紙は、過去から見て、未来の私が書いた物だった。私は贈 10 中学・小説・佳作 過去の私が、また未来を変えられるか、私が過去の私を信じられ るかの。 またいつか結莉菜に会うことを夢見て。 - 63 -