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これからの農業教育について(1)

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これからの農業教育について(1)
「論説」
「論説」
これからの農業教育について(1)
島根県立出雲農林高等学校長
佐野 明
ければならないということである。
1.はじめに
押さえるべきことの第2点は,アンダーライン②
昨年10月,今後の義務教育の基本的な方向につい
の「勤労と責任を重んじ」の部分とアンダーライン①
て,中央教育審議会答申「新しい時代の義務教育を
の「国家及び社会の形成者」の部分の具体化である。
創造する」が出された。今後,高校教育についても
つまり,農業教育においても,勤労観・職業観の
基本的な方向や教育内容が示されるが,教育課程部
醸成を図り,農業分野を得意とする国家・社会の形
会の審議経過報告(H18. 2. 13)を見る限り,教育
成者(職業人)の育成をめざして行われなければな
関係者の予測の範囲内の改革のようである。
らないということである。
ここでは,中央教育審議会の動向にもふれながら,
まとめると,農業教育の目的は,①農業教育を通
本校の取り組みをベースに,農業教育の進め方,農
じて個人の人格を形成すること,②農業分野に固有
業教育の充実策など,これからの農業教育の在り様
な価値観や勤労観を有する社会人を育成すること,
について紹介をしたい。
③農業分野を得意とする職業人を育成すること,以
上の3点である。
2.農業教育の目的
なお,現行の高等学校学習指導要領解説農業編で
―個人・社会人・職業人の育成―
は,『教科「農業」は,将来のスペシャリストなど農
これからの農業教育を語るためには,高等学校の
業の各分野を得意とする社会の形成者を育成するこ
農業教育は何を目的とするのか,改めて押さえてお
とをねらいとしている』と示している。ここで言う
く必要がある。農業教育の目的を考えるための基盤
「農業の各分野を得意とする社会の形成者」とは,1
は,教育基本法の第1条〔教育の目的〕である。
つは,農業各分野の専門に関する実践力を発揮して
ここには,「①教育は,人格の完成をめざし,平和
農業各分野で活躍するスペシャリスト(職業人)で
的な国家及び社会の形成者として,真理と正義を愛
あり,2つは,農業各分野に固有な価値観を発揮し
し,個人の価値をたっとび,②勤労と責任を重んじ,
て広く社会で活躍する社会人である。
自主的精神に充ちた心身ともに健康な国民の育成を
つまり,農業教育の目的は,教科「農業」のねらい
期して行われなければならない」と示されている。
であるスペシャリスト(職業人)育成と社会人育成
押さえるべきことの第1点は,アンダーライン①
に,教育の共通の目的である個人の人格形成を加え
の部分である。ここにあるように,教育の目的を明
た3点ということである。
確にする場合は,常に,個人と社会人の両面を考え
そして,農業教育において,この3点の中で第一
る必要がある。
義的に取り扱われるべきは,「農業分野を得意とす
上記の答申では,「義務教育の目的は,一人一人
る職業人の育成」である。その理由は,第1に,農
の国民の人格形成と,国家・社会の形成者の育成の
業高校は職業教育を中心とする専門高校であるから
二点であり,このことはいかに時代が変わろうとも
である。第2は,農業分野を得意とする職業人の育
普遍的なものである」としている。これは,高校教
成を中核に据えて,ていねいかつ着実に農業教育を
育においても同様である。
進めて行けば,他の2点の目標は自ずから実現する
つまり,高等学校の農業教育においても,一人一
からである。
人の国民の人格を形成すること,国家・社会の形成
農業分野に進む生徒が少ないからと臆して,他の
者を育成すること,以上の2点をめざして行われな
2点を優先する必要はない。たまさか,卒業生の多
4
くが農業分野の職に就いていなくとも,農業各分野
4.生徒の状況
の技術・技能を有する者がいるということは,それ
さて,農業教育を受ける側の生徒の状況はどうで
は地域の財産であり,有益なことである。
あろうか。もちろん,各県・各学校・各学科で様々
3.農業教育の展開
であるが,全ての生徒が意欲的であるとか全ての生
―陶冶性・地域貢献・起業家精神―
徒が無気力であるとかという状況は考えられない。
農業教育の目的の3点の内,初めの2点は,普通
この2者の割合が違ったり,個々の生徒の意欲に濃
科にも工業科にも共通のように見えるが,めざすも
淡があったりするだけで,どこにも多様な生徒がい
のは同じでも,展開が大いに異なる。
るという状況だろう。
本校を中心に推測すれば,意欲的に見える生徒が
○農業教育において,個人の人格を形成する場合,
もっとも適切な展開方法は,農業のもつ人格の陶冶
半分,そうでもない生徒が半分というところが多い
性を十分に活用することである。
であろう。そして,意欲をもって入学した生徒の意
農業は自然の摂理に沿った産業であるから,そこ
識のレベルも,せいぜいが「植物,動物,食品,環
を学ぶと,生徒は,自然が思うようにならないこと,
境に興味・関心がある」という程度であり,「花屋に
生物の基本部分は同一であること,生物が多様であ
なる」とか「酪農家になる」という将来的な見通しの
ることなどに気づき,「自然はすごい」という思い
あるものではない。
をもつことになる。また,農業は人間の英知が集積
こういう状況は,良いとか悪いとかではなく,我
した産業であるから,そこを学ぶと,生徒は,生物
が国の現在の高校では,ごく当たり前のことである。
つまり,農業教育を展開するに当たっては,生徒
の生理・生態を生かした栽培・飼育技術の開発,環
が良いとか悪いとかでは無いということである。
境に適した生物の選抜など人間の知恵に気づき,
では,そんな標準的な生徒の個性を磨き,将来のス
「人間はすごい」という思いをもつことになる。
農業教育においては,自然の摂理や人間の英知に
ペシャリストに育成するには,農業教育には,どのよ
気づく場面を用意し,生徒自身に「自然はすごい,
うな方法があるのだろうか。それを次に論じたい。
人間はすごい」を感得させることによって,生徒を
5.農業教育の方法
陶冶し,人格を形成することである。
―専門分野を早く学習させる―
○農業分野に固有な価値観を有する社会人を育成
(1)スタートは興味・関心
する場合,もっとも適切な展開方法は,農業のもつ
高等学校の農業教育を進めるに当たっては,次の
社会的な役割を追体験させることである。例えば,
援農隊活動など地域に根ざした活動をすることによ
3点を押さえておく必要がある。1つは,教育期間
って,感謝される体験をさせ,自己有用感を醸成す
は概ね3年であること。2つは,スタート地点が,
る。そして,地域の課題を理解させ,解決させるこ
生徒の興味・関心であること。3つは,ゴール地点
とによって,農業分野に固有な価値観や勤労観を有
が将来のスペシャリストであることである。
本校生徒を念頭に置くと,スタート地点は,生徒
する社会人を育成することである。
のもっている植物,動物,食品や環境についての興
○農業分野を得意とする職業人を育成するには,
農業経営や農業分野の起業を,部分的でもよいから
味・関心であり,ゴール地点は,生徒が農業各分野
体験させることである。経営プロジェクトを実施す
の将来のスペシャリストになることである。「植物
ることによって,生徒自身に1分野を突き詰める取
に興味があります。小学生の時に朝顔を栽培しまし
り組みをさせる。そして,自分で思い悩み,工夫す
た」という生徒を,3年の後には「シクラメンの栽培
る取り組みをさせることによって,農業分野を得意
には自信があります」という生徒に育てなければな
とする職業人を育成することである。
らないということである。
農業教育の3つの目的を達成するためには,なに
期間が3年と限られていることやスタート地点と
よりも,農業や農業教育の特性を存分に生かした展
ゴール地点の間にはなはだ距離があることから,農
開をすることが大事である。
業教育のスタートはできるだけ早く切るのがよい。
そのために,園芸科であれば,「農業科学基礎」の内
5
容をできる限り「園芸科学基礎」の内容にし,畜産科
ト活動,先進農家実習,インターンシップ,家庭ク
であれば「畜産科学基礎」の内容にすることである。
ラブ活動,生徒会活動などがある。
加えて,学科の中核的な科目,例えば「草花」や「畜
これらの活動を,為すことで学ぶに価するように
産」の学習を,1年次に同時に学ばせることである。
充実することである。体験をしただけでも,生徒は
つまり,当該生徒に学ばせようとしている専門分
何かしら掴むことにはなるが,なんとなくの羅生門
野の学習をできるだけ早く始め,得意技を持たせる
的ではなく,ほぼねらい通りという教育工学的な学
ことである。シクラメンの栽培を具体的にかつ普遍
習活動を組織することである。つまり,生徒が「見
性を持つように学ばせることである。シクラメンの
たり,聞いたり,したりしたこと」を記録し,まと
葉組を,それをする理由とその効果とを併せて,学
めさせ,振り返らせることである。
ばせることである。
そして,「感じたり,考えたり,疑問に思ったり
(2)プロジェクト学習の活用
したこと」を整理し,考えを深めさせ,改善や解決
農業教育のポイントとなる学習は,ご承知のよう
をさせることである。
に次の3点である。
これらの取り組みを進めることで,
生徒の構想力,
1つが,理論と実践の並行的な学習である。座学
実践力,前向きの姿勢が生みだされ,真に,為すこ
と実験・実習をないまぜるように実施することであ
とで学んだことになる。
る。2つが,繰り返しの学習で体得させることであ
(4)地域の活用
る。「総合実習」での管理実習など反復学習を実施す
教科「農業」の目標や各科目の目標・内容は,高等
ることである。3つが,テーマ学習で試行錯誤して
学校学習指導要領に骨子が明定してある。農業分野
身につけることである。「課題研究」で自らテーマを
は,地域の自然や気象などに大きく左右される分野
設定し,自らの計画に沿って,自ら実践するプロジ
であるから,学習内容,学習題材,到達目標や指導
ェクト学習を実施することである。
方法は,各学校に任されている。
3年の学習期間は短いので,この農業教育のポイ
そこで,各学校は,学習の内容や題材を地域に求
ントとなる学習も1年次から始めることである。
め,地域に根ざした農業教育を行おうとしている。
実験・実習や「総合実習」はどの学校でも1年次か
至極,当然なことである。
ら実施しているであろうから,プロジェクト学習を
ここで伝えたいことは,その程度をもっと深めたら
キチンと1年次から実施することを心掛けることで
どうか,
ということである。
学習の内容や題材を地域の
ある。今の生徒は押しつけられるだけでは納得しな
農産物にすることで事足れりとしないで,地域の課題
いという学習姿勢をもっているので,学習方法がキ
を自らの課題とし,それを解決しようとする,そんな
チンと伝われば,自ら学ぶプロジェクト学習を大い
取り組みをしたらどうか,
ということである。
高校生が
に歓迎すると思われる。
出来るレベルでよいので,地域に貢献する活動をする
(3)体験活動の活用
ことである。
それが,
前述した援農隊活動である。
農業教育の特徴は,為すことで学ぶこと,つまり
本校の援農隊の取り組みで言えば,1つは,島根
体験活動にある。農業高校には,体験活動の場がふ
の農業支援として,休耕田の請負耕作を行い,和牛
んだんにあり,例えば,科目の実験・実習,「総合
子牛の育成サポートなどをしようとしている。2つ
実習」,「課題研究」,農業クラブ活動,プロジェク
は,出雲地域の景観創造として,ハマボウフウの浜
3
年
2
年
1
年
特
別
活
動
・
総
合
的
な
学
習
の
時
間
の復活や築地松の創造を試みたりして
卒 業 論 文
(3年間のまとめの学習)
専門教科
畜産・食品製造
動物微生物バイオ
アニマルケア
動物セラピー
動物生理生態 など
(動物を活用する専門学習)
アニマルケア
︵
繰
り
返
し
学
習
︶
いる。3つは,島根の子どもと高齢者
普通教科
総
合
実
習
︵
実
践
学
習
︶
起
業
実
践
︵
テ
ー
マ
学
習
︶
課
題
研
究
国語・地歴・公民・
理科・英語・数学・
家庭・保健体育・
芸術・情報処理
(教養を高める学習)
支援として,移動動物園によるアニマ
ルセラピーや公園化した学校開放など
を展開している。どれも生徒の好奇心
を醸成し,彼らの学習意欲を喚起する
成果をあげている。
動物科学基礎
総合実習
(動植物を育てたり畜産物を加工したりする体験学習)
本校の取り組みについては,次回に
詳しく紹介しようと思う。
出雲農林高等学校動物科学科教育課程図
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