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日消外会誌 20(11):2488∼
2493,1987年
食道癌術後における呼吸不全 の原因 と対策
関西医科大学外 科,・同麻酔科
西 正 晴
日置紘士郎
出 中 英 治
山 本 政 勝
平 松 義 文
美 馬 正 彦卒
CAUSES AND COUNTERMEASURES OF RESPIRATORY FAILUR回
A「 FER SURGERY FOR ESOPHAGEAL CANCER
Masaharu NISHI,Hideharu YAMANAKA,Yoshifuni HIRAMATSU,
Kosh± O H10KI,Masakatstl YAMAMOTO and MasahikO MIMA中
Departinent Of Surgery,Kansai Medical university
'Departtnent of Anesthesiology,Kansai Medical university
開胸開腹 による食道癌根治術を行 った50例について術式,術 中術後管理 および麻酔法 と肺合併症 と
の関連 についての検討を加 えた。
胃管を用いた後縦隔経路による再建では術後の肺合併症の発生頻度 が低 か った。 また術中,術 後 の
輸液 は水分,Na投 与量を制限す る様 にす るのが術後肺合併症防止上有用 である。一方,分 離換気法に
よる麻酔 は低酸素濃度 の吸入で血 中酸素濃度 の維持 が可能であ るか ら,肺 実質障害 の
軽減上有用 で
あった。
したがって術後 の肺合併症発生を予防す るためには術中術後の呼吸,水 分投与 に関す る
管理 は もと
より術式面での考慮 も重要である。
索引用語 :胸 部食道癌手術,術 後肺合併症,食 道手術術後輸液,分 離換気麻酔
I . 緒 音
術前後の管理技術 が進歩発展す るにつれて,食 道癌
の術後合併症による死亡率は著 しく減少 した。一方拡
大郭清施行症例 の増加うや高齢 者 をは じめ とす る high
risk症例 へ の手術適応 の拡大 などによって,と りわけ
術後合併症の うちで も肺合併症 は依然 としてその発生
頻度が高い ことか ら,食 道癌 の外科治療成績を向上せ
しめ るためには術中術後の呼吸管理 が極めて重要 な課
題 である。
今回われわれは食道癌術後における呼吸不全の原因
とその対策について若子 の検討を行 ったのでその結果
について述べ る。
II.対 象 と方法
開胸 。開腹 による食道癌切除術を施行 した胸部食道
癌症例50例を対 象 とし,1981年 か ら1983年の前期 と
1984年以降の後期症例 に分類 の上,手 術術式や術 中術
<1987年 4月 15日受理>別 刷請求先 !西 正 晴
〒570 守 田市文園町 1 関 西医科大学外科
後管理,麻 酔法な どと肺合併症 との関係を中心に検討
を行 った。
再建経路に関 しては前期症例25例中胸壁前経路が 4
例,胸 骨後経路が21例であったのに対 して,後 期症例
では全例 が後縦隔経路であった (図 1)。
また管理上 の相違 としては,後 期 では硬膜外麻 酔の
の併用下 に分離換気法を導 入 し, さらに術中術後の輸
液量を前期症例 よ りは減 じて dry sideの輸液管理 を
行 った。 さらに強制栄養による栄養管理,蜜 自分解酵
素阻害剤や気道粘液溶解剤 を併用 の上,早 期離床 の
ル ーチン化を試みた。
III.成 績
1.術 前肺機能 と血液 ガス
肺合併症発生の有無別に術前肺機能検査,血 液 ガス
分析,年 齢 などについて前後 の 2期 に分けて比較検討
した ところ後期症例での%FVCが 前期症例 よ りも高
いこ と,後 期症例で肺合併症発生の有無 によ りP02,
BEら で差異を認め る以外 に両群間での有意 な差異 を
認めなか った。 また年齢 について も同様 に両群間で と
13(2489)
1987年 11月
表 1 食 道癌切除症例 の術前肺機能 と血液 ガス (開胸開腹症例)
\で 厚
前 期
後 期
%FVC
FVC
2.24± 1.23
75.6と 111
95.2と 18.8
2.93と 0.97
2■
3±l l12:
)〔988±173 (744±130)〔76■と107, (221■153)〔
2 7 7 = 0 9 S (972■15■
( 3 0 0 と1 0 4 ) 〔
2
.
6
5
=
1
.
14
10.6
79.0 と
1 0 8 , 4 ±1 8 . 0 率
3 . 3 6 主1 . 0 1
6〔
1 〕(264と 124)(270と 0 2Fd
7 ,9 1 1 i l8 13 02 )■
1 0 9 8 1と3 2 ) ( 1 0 5 = 1 6く
346±
1 0 4 ) ( 3 101799±〕
ぐ E
前 期
後 期
MMF
F EV10%
Hco5
Pco2
BE
0.14と 2.27
23.8± 2.4
873と 109
36.9± 3.4
7.42 ± 0.03
1 591
2 7 〕 (-069=279)(069■
28)(225±
83±
8 9 〕( 2 3 2 と
2 2 )3 〔
48)〔
3 6 7 ±2 1 〕 ( 8 6 41±
1±004)〔743士O l12( 3 6 3 と
(7■
-0.06± 1.3
1
.
4
2
4
,
0
■
89.6主 8.1
38,0と 2.4
7 . 4 1 ±0 . 0 2
157±025,
3 ) ( 2 5 07 3主〕(-03主122)〔
7 8 7 ±5 2 〕 ( 2 3 81主
65)〔
23)〔
3 9 2 ■2 8 〕 ( 9 1 1 と
0 0 2 1( 3 7 9 ±
0 2 ) (37と
■
( 7 4 10主
meant so
くで目
前 期
後 期
年
齢
購悔く
lt
居
61.5± 9`9
3 9 ) ( 6 0 9 ±1 1 5 〕
(640と
60.3± 8.6
*P(005 vs前
(592±103)〔613主1331
期, ネ ネ P く 0 0 1 V e 合併症 卜│
図 2 術 中投与水分,Na量
図 1 前 ・後期 における再建経路
前 期
前期
後 期
9
2
1
12 15
( m 1 / k o / h r(mcq/ke/hr)
)
図 3 術 後輸液量 と尿量
物
□ 胸壁前
厖勿胸骨後
口■ 後軽隔
輸
ml/kS,/&Y
液
前期
後期
ロ
エ
卸
60
40
20
0
くに差果を認 めなか った (表 1).
20
2.術 中輸液量
術中投与水分量 は前期 では10m1/kg/時以上 の輸液
が行われていたが,後期では5∼6m1/kg/時と投与量 は
40
有意 に減少 していた。投与 Na量 は前期 では1.2±0,3
mEq/kg/時 ,後 期 では0.8±0.2mEq/kg/時 と後 期 で
は有意 に減量 されていた (図 2).
60
卸
m143/day
3
4
率Pく005
6
5
神ⅢP(001
7 POD
々幣 P(OЮ01
14(2490)
食道癌術後 にお ける呼吸不全の原 因 と対策
3.術 後 輸 液 量 と尿量
術後輸液量については,後期 では40m1/kg/日前後で
あったが,前期 では50m1/kg/日以上 の症例 がほ とん ど
であ った。 また術後尿量 の推移をみ ると,後 期症例で
は尿排泄量 の ピークは術翌 日にあ り以後経 日的に減少
し安定す るのに対 し,前 期症例で は術後 2日 目に ピー
クがみ られ 3日 日以降はほぼ同量で推移 していた (図
3),
日消外会誌 20巻
4.術 後尿中 Na/K比 と尿浸透圧
尿中 Na/K比 は総 じて両群 とも同等 の推移 を示 し
たが,中 には極めて低値の症例 もみ られた。一般的に
低 Na/K比 を呈 した症例 は,肺 合併症を併発す る症例
が多か った。 また後期症例中には時 として高浸透圧尿
を きた した症例 がみ られた (図 4).
5.術 中術後 にお ける血中ホルモン動態
後期症例では大部分が術後 2日 目以降は血漿 レニ ン
図 4 術 後 尿 中 N a / K 比 , 尿 浸透圧 の推 移
尿 中 Na/k
尿 浸 透 圧
U -op
(mOsm./l )
10m
い
OB‐
―
rO前 期
後期
図 5 術 中 ・術後 の血 中 レエ ン,ア ル ドステ Pン の推 移
8
A!d
m/mt)
・0 共
。 .
抑 獅
0
0 X ﹄
臥y ,
P
11号
15(2491)
1987年11月
図 6 分 離挿管用 チューブ
表 2 麻 酔 体 位 に よる肺 コ ン プ ライ ア ン スの 変 化
(n=10)
肺コンプライアンス(m/CmH20
仰 臥 位
左 l R 臥使
右 (上)肺
402± 119
389± 118
左 (下)肺
347± 86
304± 111
体 位 差 (%)
-3
(mean tt SD)
表 3 挿 管法 による動脈血酸素分圧 の変化
気管 内 持 管
142と 271
045± 0081
0.31r 0.03J
着)期 間 (呼吸不
図 7 術 後人工呼吸 (Respirator装
く
)
除
全症frllを
前 期
後 期
活性 な らびに アル ドス テ ロン値 が安定 した状態 へ移行
した が,一 部 の症例 では術後 2日 目以降 も高値 を呈す
み られ た (図 5)。し か しなが ら これ ら両 ホル
る症4//11が
モ ン値 と尿量 ,尿 中 Na/K比 の間 での有意 の相関性 は
認 め られ なか った。
術後 の人工 呼 吸施行期間 を術後 呼吸不全発 生症例 以
一
外 で比較 してみ る と,後 期 の症例 で は総 じて 昼夜 の
6.術 中呼 吸管理
respirator管
理 に とどまった が ,前 期症例 で は二 昼夜
3)を 入 した (図
導
後 期 症 例 で は全 例 に 分 離 換 気 法
6)。す なわ ち 2台 の従量式人工 呼 吸器 を用 いた 呼吸管
理 に よって,左 右 各肺別 に換気 を施行 し,右 開胸 時 の
N20 miXture,右 肺 へ は
左側臥位 では,左 肺 へ は 02‐
air mixtureの吸入を行 った。.
02‐
術 中 の体位 に よる肺 コンプ ライア ンスの変化 をみ る
と,仰 臥位 に比 べ て,右 開胸時 の体位 で あ る左側臥位
では,重 力 に よる血流分布 の変化 や縦 隔臓器 に よる左
肺 で の肺 コン プ ライア ンスヘ の影響 が右肺 に比 べ て著
理 を必要 とした (図 7)。
以上 の respirator管
8.術 後 におけ る呼吸器合併症
各時期 におけ る術後 の呼 吸器合併症 の発 生状況 とそ
の後 の経過 につ いて検討 してみ る と,前 期 で は胸骨後
経路 に よる再建症例21例の うち 5例 に術後無気肺 を発
生 したが 4例 は IPPB等 の処置 に よって改善 ,残 りの
1例 は呼吸不全 に移行 して死亡 してい る。 また この 1
例 の他 に 3例 が 呼吸不全 に陥 ち入 り, 1例 は成人 呼吸
不全 症候群 (ARDS)に 移行,残 りの 3例 は縫合不全 か
明 で あ った (表 2).
しか し,同 程度 の動脈 血 酸素分圧 を維 持す るのに必
ら肺炎 を併発 し失 って い る.一 方後期症例 で は 1例 に
無気肺,他 の 1例 に喘息発作 がみ られ るが,い ずれ も
要 な吸入酸素濃度 (F102)を 従来 の気 管 内挿管法 と後
期 か ら採用 してい る分離換気法 とで比較 してみ る と,
改善 してい る。 また上縦 隔,気 管 周囲 の広範 な郭清 を
行 った 2症 T211が
,一 過 性 の反 回神経麻 痺,喀 疾 の喀 出
分離換気 法 の方 が有意 に F102は低 か った (表 3).
7.術 後 人工呼吸期間
着
障 害 に よ る呼 吸不 全 に お ち い った が respirator装
ー
に よる人工呼吸下 に,気 管支 フアイパ ー ス コ プに よ
16(2492)
食道癌術後における呼吸不全の原因 と対策
日消外会誌 20巻
11号
図 8 食 道癌術後の呼吸器合併症
IPPB′
etc
--)
肺
厖塚Z無 気
囲
lrqrFt4fti
(26s)
呼吸不全
る気道内吸引を頻回に行 って咳嗽反射 の回復 を待つ こ
とによって完全 に回復 した (図8).
I V . 考察
近年,食 道癌 の外科治療 は手術手技5汚
ち 合併補助療
り
法 ,術 前術後の栄養管理ゆなどの著 しい進歩 に伴 って
治療成績が向上 して きたので さらに手術適応 も拡大 さ
れつつある。一方術後 の肺合併症は依然 として発生頻
度 が高 くり,そ の予防 と治療 は食道癌治療 に際 して最
も重要 な課題 である。
術後 に呼吸不全 をじゃっ起 しやすい因子 としては,
高齢,喫 煙歴,肥 満,慢 性の肺疾患,肺 機能低下,広
範 な郭清を伴 う手術や,不 適切 な術中術後 の呼吸,輸
液管理 などが挙げ られている。
こ ういった諸因子 について,わ れわれの症T/1を
検討
してみたが後期症例で は全例が胸腔内経路 による再建
術を行 ったので,挙 上 胃管による肺圧迫な どの影響が
予想 されたが,実 際には悪影響 は認 め られなかった,
さらにまた後期 では広範な リンパ節郭清例が増加 し
ているが,気 管周囲な らびに上縦隔領域 の徹底的郭清
を行 った症 例 では約 一 週 間程 度 の reSpirator管
理な
らびに気管支 ファイバ ースコープによる気管支内吸引
が必要であ ったが,肺 炎などの重篤な肺合併症の発生
はみ られなかった。
術前 の肺機能 と術後 の呼吸不全発生 との間に有意 の
相関関係が認め られ るとす る報告 もみ られるが,わ れ
われの成績では高度 の肺機能障害例が含 まれていない
ためか,両 者間 に有意 の相関 は認 め られなかった。
術中 の呼吸管理 として後期症例 か ら採用 している分
離換気法 は,肺 コンプ ライアンスの面 か らも好結果 が
得 られ,か つ低濃度酸素吸入によって も血中酸素濃 度
の保持 がで きるので,高 濃度酸素の長期間暴露 による
肺実質細胞に対す る障害 も軽減可能であ り術中 の呼吸
管理法 としては有用 な一手段 と考 えられた。
術後 における低酸素血症の主因 は,換 気血流分布の
不均衡 など1いとmiliary atelectasis(び
まん性肺胞虚
脱)に よる静脈混合率の増加11)に
よるもの とされてい
るが, これ にさらに膠質浸透圧 の低下による肺間質 の
や気道分泌 の増加,喀疾喀出障害,さらには感染
浮腫1り
などが加わ り増悪す るもの とされ る。
また低酸素血症 は創傷治癒 を遅延 させ,縫 合不全を
お こしやすい ともいわれている。
一方術後 の
疼痛 は, 1回 換気量を減少せ しめて頻呼
こし
吸をお
,血 液 ガス不良の原因 となるので,後 期例
では鎮痛 の 目的 で硬膜外麻酔 のほかに,手 術終了前に
モル ヒネを硬膜外 に注入 して術後 の創部痛 による呼吸
障害を防止 して きた。
術後 の気道 は繊毛運動が抑制 され る上に,レ 嗽力 も
低 下 す るた め,喀 疾 が 末精 気 道 に 貯 留 して micro
atelectasisを
発生 し,低 酸素血症を助長す る1め
ので,
術後 の喀疾溶解剤,気 管支拡張剤 などの使用は有用 と
考えられ る。
胸腔内 リンパ節 の徹底的郭清 は迷走神経校 の切断10
17(2493)
1987年11月
な どに よる咳嗽力低下,気 道 内分泌 物 の喀 出障害 を招
くのみ な らず,開 胸 手 術 に も とず く呼 吸筋機 能 の 減
弱 19や リンパ 流 の 障害 に よ る肺 間 質 の 浮 腫 な ど も加
わ って肺合併症 を招来す る原 因 とな る。 そ こで広範 な
リンパ節郭清 を施行 した 症例 で は,咳 嗽 力 が回復す る
まで respiratorによ る人 口呼 吸管 理 と頻 回 の 気 管 支
1。
ファイバ ーに よる気管支 内吸引 が必 要 で あ る .
さらに術 中 の過乗J輸液 は肺水腫 の原 因 とな る。し か
し,高 齢者 では腎 の濃 縮能 が低下 してい るので ,極 度
で,尿 量 ,尿 浸透圧,尿 中電解
の輸液量制 限 は不 適 当1の
質,中 心静脈圧 な どを頻 回に チ ェ ックの上 ,適 切 な輸
液量 を決定す る ことが重要 で あ る。
わ れ わ れ は 術 後 に み られ る生 体 反 応 として third
spaceへ の sequestrationな ら び に third spaceか ら
の細胞外液 の ref11lingを
考慮 して,投 与 水分量 を待J限
のほかに
した輸液
積極的 な栄養補 給 に努 めてい るが,
水分 バ ラ ンス上不都合 は経験 していな い。 また ,膠 質
浸透 圧 や尿 中 Na/K比 の 推移 は肺 合 併 症 発 生 の 予測
や予防を講ず る上 に も重要 と考 え られ た 。
V 。ま と め
食道癌 50症例 を対象 とし,手 術術式,術 前術中術後
管理,麻 酔法 な どの面 か ら術後肺合併症 の発 生要 因 に
関 して検討 を行 った結果,以 下 の成績 が得 られた。
1)術 後 の肺合併症発生 と術前肺機能検査,血液 ガス
分析値 との間 には明確 な関連性 は認 め られ な か った。
2)術 中術後 に水分,Na投 与量 を制 限 した輸 液 を行
うこ とに よって,術 後 は 良好 な水分,電 解質 バ ランス
が得 られた。
3)分 離 換気法 は肺 実質細胞保 護 の上 か ら有 用 で あ
る。
4)上 縦 隔 お よび気管 周囲 の広範 な郭 清 を行 った症
例 では長期 間 にわた る呼吸管理 が必要 で あ った。
5)縫 合不全 を随伴 す る肺合併症 で は 予後 も極 め て
不 良 で あ るか ら,縫 合不全 の予防 には細心 の注意 と工
夫 とを要す る。
なお,本研究の要 旨は第28回日本消化器外科学会総会(昭
和61年7月青森)に おいて発表 した。
文 献
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