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亜熱帯低気圧

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亜熱帯低気圧
104:107 (亜熱帯低気圧;熱帯低気圧)
亜熱帯低気圧
亜熱帯低気圧(s
ubt
r
opi
c
alc
yc
l
one;以後 ST とす
5月に,ハリケーン等に対する米国内関係機関の対応
る)の定義は,実は統一されたものがない.ここでは
の実施計画(Nat
i
onalHur
r
i
c
aneOpe
r
at
i
onsPl
an)
最初に,現業気象機関の発表する警報における定義を
が策定されており,2
0
0
5
年版までは ST の定義として
述べることにする.最大風速3
4
ノット(1
7.
2
)以
m/s
上述の北大西洋等の定義と同様に2種類が併記されて
上かその恐れのある熱帯低気圧(t
r
opi
c
alc
yc
l
one;
いた.ところが,2
0
0
6
年版からメソ低気圧の部
以後 TC)に関する各海域の警報がリアルタイム表示
除され,ST は上層寒冷低気圧に対応し TCより大規
されているウェブサイト(WMO 2
0
0
5
)には,その
模な低気圧とされている.警報を担当するハリケーン
が削
警 報 に 関 連 し て 用 い ら れ る 用 語 の 定 義(t
e
r
mi
nol
-
センターの用語集も同 様 で あ る(Nat
i
onal Hur
r
i
-
)も掲載されており,ST については以下のよ
ogi
es
0
1
0
)
c
ane Ce
nt
e
r2
.つまり米国で現在発表される警
うになっている.
報では,擾乱の種別としては大規模な構造で
類する
・北大西洋・北東太平洋海域等:
「TCと温帯低気圧
ことになっている(こ れ と 上 述 の WMO(2
0
0
5
)に
の両方の性質を持つ,前線を持たない低気圧.最も
記載の北大西洋海域等の ST の定義は一致しない状態
一般的なタイプは上層寒冷低気圧の循環が地上まで
にあるが,今後いずれかに統一されると思われる).
達しているもので,最大風速半径は1
0
0
マイル(約
なお,アメリカ気象学会の用語集(Ame
r
i
c
an Met
e
-
160
km)以上.TCと比較すると,強風の範囲は広
0
0
0
)では「通常は純粋な熱帯シ
or
ol
ogi
c
alSoc
i
e
t
y2
く,風や対流雲の
ステムより最大風速半径が大きい」とされている.
布は非対称.もうひとつのタイ
プは衰弱中の前線の近辺に発生するメソ低気圧で,
このような状況が生じた原因を知るには,米国にお
最大風速半径は3
0
マイル(約4
8km)以下,初期の
ける調査研究の歴
循環全体の直径は1
0
0
マイル以下.一般に短命で,
ST という用語を用いた初期の研究として知られてい
寒気核の場合も暖気核の場合もある .
」
を振り返る必要がある.米国で
るのは,Si
9
5
2
)の kona s
mps
on(1
t
or
m の調査であ
・北西太平洋海域:
「亜熱帯の海上で発達する低気圧
る.これは寒候期にハワイ近海でしばしば発生・停滞
で,初期には TCの特徴をあまり持っていない.時
する擾乱で,はじめは寒気核構造で,最大風速半径が
間がたつと TCになることがある.」
・南西インド洋:「TCと温帯低気圧両方の特徴を持
つ
観規模低気圧.(
後略)
」
9
7
7
)において「(a)
大規
ST は過去には WMO(1
数百マイルと TCより大規模だが,その後は暖気核構
造となり TCに類似してくることが特徴とされた.こ
のタイプは,上述の北大西洋等の ST の定義のうちの
大規模低気圧に関する部
の起源になっている.その
模な前線性低気圧の内部か上層寒冷トラフの東に発生
後,Si
(1
9
7
1
)は北大西洋の衛
mps
on and Pe
l
i
s
s
i
e
r
した小規模暖気核低気圧;(
大規模寒冷低気圧の内
b)
星画像にそれまで認識されていなかったメソスケール
部に発生した小規模暖気核低気圧」と記述され,小規
擾乱がしばしば見られることを指摘し,これも ST と
模暖気核低気圧の構造が強調されていた.しかし上述
した.これが上述の北大西洋等の ST の定義のうちの
の WMO(2005)の定義ではどちらかというとやや
メソ低気圧の起源になっている.このようにして,米
大きなスケールの低気圧のように記述され,北大西洋
国では2種類のスケールの擾乱が ST として併記され
海域等の定義のみにメソ低気圧が含まれている.
る 状 態 が 生 じ た.そ れ で も,He
be
r
tand Pot
e
at
北大西洋海域等の警報を担当している米国では,近
(1
9
7
5
)が開発した雲パターンによる ST 強度推定法
年,ST の定義がさらに変化している.米国では毎年
は,システムの直径が緯度1
5
度程度以上と大規模で
TCより非対称性の大きい雲域を対象としていた.
201
0 日本気象学会
56
1
9
8
0
年代には ST に対する関心は低下していたのだ
〝天気"57.5.
亜熱帯低気圧
343
が,1991年10月末に,のちに映画「パーフェクト・ス
なお,中緯度で急発達する温帯低気圧や,TC化とは
トーム」の題材になった温帯低気圧が北米東海上で猛
逆に TCから温帯低気圧化の過程にある擾乱について
烈に発達した後に急速に衰弱しつつ南下し,海面水温
は,上層寒気核・下層暖気核構造であっても顕著な中
2
6℃の領域に達したところで対流雲が活発になって
緯度ジェット・前線システムと強く相互作用する点が
ST として再発達し,最終的にハリケーン強度に達し
異なるとして,この立場では ST に
類していない.
た(Pas
9
9
2
).類似の事例はその後も
ch and Avi
l
a1
日本では,気象庁の予報用語に ST が含まれておら
北大西洋でたびたびあり,Davi
(2
0
0
4
)
sandBos
ar
t
ず,このような名称の擾乱は気象情報には現れない.
が温帯低気圧の TC化と呼んだ.彼らは,もとは前線
ただし,1
9
9
1
年に発行された気象庁予報部の台風予報
を伴っていた低気圧の前線が弱まり,低気圧自体が暖
に関する予報作業指針には,北西太平洋の台風のうち
気側へ進むと同時に,低気圧中心周辺上空の
直シア
上層寒冷低気圧近傍で発生するものが ST に対応する
の弱まりに伴って低気圧中心付近の対流雲が発達・組
と記述されている.つまり北西太平洋では ST は発生
織化することで ST を経て TCとなると説明してい
しないと
えられているのではなく台風に含められて
る.Har
(2003)は ST を上層寒気核・下層暖気核
t
い る.北 西 太 平 洋 の ST の 調 査 は 例 え ば 藤 田 ほ か
で熱的非対称性が弱い(前線が弱い)と定義し,温帯
(1
9
9
5
)があるが,これは He
(1
9
7
5
)
be
r
tandPot
e
at
低気圧の TC化については,寒気核構造の温帯低気圧
の雲
の前線が弱まった後,下層の暖気核が強まって ST と
する調査も踏まえた再検討の余地がある.ST の名の
なり,さらに上層まで暖気核化すると TCになると説
もとに多様な擾乱が取り込まれ混乱が生じている感は
明した.McTaggar
(2
0
0
6
)は南大西
t
Cowane
ta
l
.
あるが,問題の整理と今後の調査の進展が望まれる.
類に基づいたもので,近年の大西洋の ST に関
洋初のハリケーンとして話題になった2
0
0
4
年3月のブ
ラジル沖の擾乱について,もとは弱い温帯低気圧だっ
たものが,上層のブロッキングによって生じた
直シ
アの弱い領域に進んだ際に ST から TCのような擾乱
に変わったと指摘した.Gui
(2
0
0
9
)は再
s
har
de
ta
l
.
解析データセットを用いて北大西洋の ST の気候学的
調査を行い,従来型の雲パターン等に基づく解析とは
かなり異なる結果になったとしている.
これらの研究では ST を TCの
観規模前駆擾乱の
一種(ただし ST から TCに発達せずに衰弱するもの
や温帯低気圧になるものもある)ととらえ,ST の発
生及び TCへの組織化・発達の条件の解明を目指して
いる.これまでのところ,ST の発生・発達には,そ
の名称が亜熱帯海域での発生を示唆するように,ある
程度高い海面水温と,大気中の若干の水平温度傾度・
条件付不安定成層に加え,
直シアが TC発生環境よ
りはやや強いが弱まる傾向にある環境場が好適で,さ
らにそこに初期渦の存在が必要と
だし,擾乱の定義としては
えられている.た
観規模で判断する傾向が
参
文
献
Amer
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can Met
eor
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y,2000:Gl
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, Amer
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can Met
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Soci
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y,855
pp.
Davi
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,C.A.andL.F.Bos
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,2004:TheTT pr
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.
Amer
.Met
eor
.Soc.
,85
,1657-1662
.
藤田由紀夫,菊池 正,中鉢幸悦,上野忠良,長谷川洋平,田
口晴夫,1995:北西太平洋の亜熱帯低気圧とその強度推
定について.気象衛星センター技術報告,(30)
,1-31
.
Gui
s
har
d,M.P.
,J.L.Evansand R.E.Har
t
,2009:
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,R.E.
,2003:A cycl
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her
malas
ymmet
r
y.Mon.Wea.
Rev.
,131
,585-616
.
Heber
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,P.H.and K.O.Pot
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,1975:A s
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i
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i
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que f
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ubt
r
opi
cal cycl
ones
.
NOAA Tech.Memo.NWSSR-83
,25
pp.
-Cowan,R.
McTaggar
t
,L.F.Bos
ar
t
,C.A.Davi
s
,E.H.
あるものの,メソ渦も含む小さいスケールの内部構造
At
al
l
ah,J.R.Gyakum and K.A.Emanuel
,2006:
が ST から TCへの構造変化・発達に関係するという
Anal
ys
i
sofHur
r
i
cane Cat
ar
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na (2004)
.Mon.Wea.
Rev.
,134
,3029-3053
.
指摘があり(例えば Davi
0
0
4
),その一
sandBos
ar
t2
般性の確認やメカニズムの解明を進めることも必要で
ある.これは,眼の壁雲が組織化されていない擾乱で
も TCと呼ぶことがあるが,一般に TCの発達には眼
の壁雲が重要だと
2010年 5月
Nat
i
onalHur
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,2010:Gl
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(2010
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.
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a,1992:At
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えられていることと同様である.
57
344
亜熱帯低気圧
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(気象研究所
北畠尚子)
〝天気"57.5.
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