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第 II 部 高等教育における政策課題

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第 II 部 高等教育における政策課題
第 II 部
高等教育における政策課題
ここでは、第 I 部の議論を踏まえ、高等教育における具体的な政策課題を検
討したい。すなわち、3 つの政策手段である、公的規制、公的補助、国立大学
と 私 立 大 学 の 関 係 に つ い て 、そ の 現 状 を 評 価 し た 上 で 若 干 の 政 策 提 言 を 試 み る 。
1 .公的規制
以下では、高等教育に対する現行の公的規制について類型化し、その根拠が
妥当であるか、どのような効果をもたらしているかを考える。さらに、これら
を踏まえ、今後の規制緩和の方向について言及する。
(1) 公的規制の現状と根拠
(高等教育に対する公的規制)
高 等 教 育 に 対 す る 公 的 規 制 に は 、 非 分 配 制 約 (利 潤 分 配 の 禁 止 )、 需 給 調 整 規
制 (参 入 規 制 )、 質 に 関 す る 規 制 の 3 種 類 が あ る 。 こ れ ら は 、 学 校 教 育 法 及 び 同
法に基づく学校設置基準、私立学校法、関係審議会の決定等により設定されて
いる。
非分配制約は私立大学について適用される。すなわち、私立大学は利潤分配
を禁止される非営利団体である学校法人によって設置されなければならない。
他方、専門学校、各種学校については、この規制の適用はない。
需給調整規制は、大学設置及び定員の変更には当局の特別な許可が必要なこ
と を 指 す 。 91 年 以 降 、 大 学 審 議 会 で の 審 査 の 際 に 必 要 性 が 高 い と 認 定 さ れ る
分野等を除き抑制的に対応するとされているほか
14 、工場等制限区域(大 都 市 圏 )
大 学 定 員 の 総 量 規 制 は 、 ス ト ッ プ ・ ア ン ド ・ ゴ ー の 歴 史 を た ど っ て き た 。 75 年 に は 私 立 学
校 法 付 則 に よ り 定 員 増 は 原 則 不 可 と さ れ た が 、8 4 年 か ら は 臨 時 的 定 員 を 含 む 拡 大 が 進 め ら れ
る こ と と な り 、 最 終 的 に は 当 初 予 定 を 上 回 る 臨 時 的 定 員 が 認 め ら れ た 。9 1 年 の 計 画 で は 再 び
14
−46−
でも原則として抑制するとされている。
質に関する規制は、大学設置基準が大綱化されて以来かなり緩和されてきて
はいるものの、専任教員数や教員の資格、校地面積などが定められている。私
学助成の詳細な配分基準が、その基準からかい離すると助成が削減されるとい
うペナルティを科すことにより事実上の質に関する規制として機能していると
いう面もある。
需給調整規制及び質に関する規制から派生する現象として、高等教育機関に
よる学位授与資格の独占がある。例えば、大学のみが学士の称号を付与できる
と い う 制 度 で あ り 、 大 学 の ほ か 大 学 院 (博 士 ・ 修 士 ) 、短大(準 学 士 ) 、 一 部 の 専 門
学 校 (専 門 士 )で 行 わ れ て い る 。 た だ し 、 独 占 の 例 外 と し て 学 位 授 与 機 構 に よ る
ものがある。
(公的規制の根拠)
これらの公的規制の根拠として、地域活性化、将来需要が見込まれる分野の
人材確保、医療など教育以外の分野からの要請、学生と教育機関の間における
情報の非対称性などが考えられる。
地域活性化は、その便益を享受する自治体や住民の責任で行うのが本来の姿
である。
将来需要が見込まれる分野の人材確保は、規制の主たる目的というよりも、
設置の抑制の例外として必要性の高い分野が認められることの副次的効果であ
る。政府が民間と比べて「どの分野の必要性が高いか」についての情報で優位
にあるとはいえないから、このような効果を是認することは難しい。
教育以外の分野からの要請とは、例えば医師の需給調整のため、国家試験で
はなく医学部の入学段階で定員の絞り込みをしようというものである。医学部
教育のコストがきわめて高いことを考えると、医師になれない医学部生を多く
教育することによる社会的な無駄を避ける、ということが表向きの理由であろ
原 則 抑 制 の 方 針 が 示 さ れ 、 97 年 の 現 行 方 針 (大 学 設 置 ・ 学 校 法 人 審 議 会 大 学 設 置 分 科 会 決 定 )
に至っている。
−47−
う。しかし、第一に、こうした規制は、教育の市場において、最も優れたシス
テムが勝者として生き残るという自然淘汰を妨げてしまう。第二に、こうした
規制は、ほとんどの場合、特定の職業集団の独占的な既得権益を守ることに転
用 さ れ て し ま い 、本 来 の 目 的 と は か け 離 れ た も の に な っ て し ま う 。し た が っ て 、
教育の問題よりも先に、当該分野における規制が本当に必要かどうかを検討す
べきである。そうして、どうしても規制が必要な場合に限って、グローバル・
スタンダードに適合した透明な手段を採用すべきである。規制の対象を教育プ
ロセスにまで拡大することは、原則として認めるべきではない。
学生と教育機関の間における情報の非対称性は、現状をみると確かに存在す
る。予備校等による情報提供の努力はあるが、学生が入学前に専攻や大学に関
しての詳細な情報を持っているとは考えにくい。これには学生が大学の偏差値
以外の情報を必要としていないからであるという面と、仮にそうでなくとも高
校生による主体的選択には限界があるという面がある。
し か し 、 政 策 (規 制 ) が 逆 に こ う し た 非 対 称 性 を 創 り 出 し て い る こ と も あ る 。
例えば、文科系・理科系の選択に関し、最近の技術革新の特徴に鑑みれば「文
理融合」が時代の要請であり、本来は文理融合的な学部の新設さえ必要な状況
となっている。ところが、現行制度では文科・理科の間での転部はほとんど不
可能である。同様の問題は、一つの学部内でも生じている。特に、工学部では
多数の学科が設置され、その間の転科がほとんど禁止的となっている。文理融
合など学際的な取り組みは教育する側で制度的に用意するものではなく、独創
的な学生の自分自身の興味や経済社会に対する見通しに依拠すべきとの考え方
もある。この考え方に立てば、転部・転科システムの確立やカリキュラムの自
由化は教育の本質的問題であるともいえる。
(公的規制の効果)
非分配制約については、経済学の観点から、いくつかの問題点が指摘されて
いる。最大の問題点は、民間営利企業のように利潤動機に基づいて効率的な経
営を行うインセンティブが稀薄になることである。これに代わって、非営利団
−48−
体の間では規模の拡大や社会的威信を高めるための競争が行われていると考え
られ、いずれも事業の効率性とは両立しないと考えられる。また、たとえ非営
利 で あ っ て も 民 間 団 体 で あ る 以 上 、事 業 資 金 は 自 分 で 調 達 し な け れ ば な ら な い 。
非分配規制のもとでは株式市場において増資によって調達することができない
ので、設備資金などについても借り入れに頼らざるを得ない。しかし、過度の
借り入れは経営を不安定にするので、結果的に事業の急速な拡大が困難になっ
ていると考えられる。このように、そもそも営利団体の参入を禁止して事業を
非営利団体に独占させることは、事業の効率性の点からは大きな問題であると
考えられる。非営利団体の自由な参入さえも規制している現状を踏まえると、
このような効果は特に大きくなるはずである。逆に、営利・非営利の自由な参
入によって競争が激しくなれば、倒産を防ごうとするインセンティブが強く働
くため、たとえ非営利であっても効率的な経営を強いられると考えられる。
需給調整規制は、競争の抑制と様々な需給のミスマッチをもたらしている。
例えば、高等教育需要の大きい大都市圏での定員抑制は、地方での定員増加に
つながったが、地方では予定通り学生が集まらなかった大学もあり、資源の有
効利用とはほど遠い結果となっている。
また、定員が学部・学科ごとに固定されているため、学部・学科別の入試が
必要となるほか、入学後に転部・転科することがきわめて困難である。したが
って、我が国は学生に対して入学後の勉強によって学問の内容を多少とも理解
した時点で、改めて自分の適性、興味を確認し、進路を決定するという柔軟な
対応を、原則として禁止していることになる。この問題に対する現実的な対応
の一つは、学部・学科定員に余裕を持たせるシステムとしておくことである。
質 に 関 す る 規 制 に つ い て も 、大 学 が 必 要 と し て い な い 投 資 を 形 式 的 に 行 わ せ 、
実際には利用されていないという事態を生じさせる場合がある。例えば、校地
面積の規制のため、郊外に運動場が設置されてはいるが、有効活用されていな
いなどの指摘がある。
多くの場合、政府の規制により質を実質的に確保することには困難がつきま
とう。我が国の私立大学が、設置基準による必要数の教員を配置しながら、教
−49−
員の負担を軽減するために大教室での授業を一般化しているのはその一例であ
る。さらに、政府による教育内容の実質的な審査は、新設の時に限られている
ことも指摘しなければならない。いったん許可されると、形式的な要件を満た
す限り再び厳しく審査されることはない。このため、進歩がめざましい多くの
分野において、開講されている科目や内容が現実のニーズに合わなくなってい
るケースは珍しくない。これも政府による規制の限界を示すものである。しか
しながら、大学における教育の質を不断にモニターする主体として、政府が適
当でないことはいうまでもない。消費者のニーズと、社会のニーズ、最先端の
知識や技術水準の 3 つをバランス良く考慮できる専門的な集団によって行わ
れることが適切である。
(2) 規制緩和の方向
高等教育の消費者は知識も豊かであり、原則として政府による規制は必要な
いと考えられる。教育サービスの質を高める最も効果的な手段は、このような
消費者ができるだけ 豊かな情報を得て、できるだけ自由に選択すること、すな
わち消費者主権である。他方、高等教育機関は、市場による評価が十分に機能
するためには、市場参加者の情報へのアクセスを保証しなければならない。そ
こで、当面の政策の課題として、問題点が比較的明確な規制の緩和・廃止を進
めながら、市場による評価を補完するための専門家による評価システムが育つ
ような環境整備に努めることが適当であると考えられる。
(非分配制約及び需給調整規制の廃止)
長 期 的 に は 、専 門 学 校 と 同 様 に 、大 学 に も 営 利 法 人 の 参 入 を 認 め る 。た だ し 、
営利法人に対しては、私学助成などの公的補助について非営利法人並みの扱い
は認めるかどうかは別の問題である。
また、大学の新増設を原則抑制すること、特定の学部や地域を優先的に取り
扱うことは行わない。しかし、大学の評価システムや淘汰へのセーフガードが
−50−
整備されていない現状を踏まえると、特に力のある大学が大幅に定員を増加す
るなどの急激な変化には一定の歯止めが必要である。
そこで、需給調整規制の廃止については、二段階に分けて実施することが考
えられる。第一段階は、教員等の配置について一定の条件を満たす限り、既存
の 定 員 の 再 配 分 や 小 規模 な 増 員 に よ る 学 部 や 学 科 の 新 設 、 廃 止 、 再 編 は 自 由 と
する。現在の抑制政策の下でもこうした再編は優先的に認められているようで
あるが、これを完全に自由化する。第二段階として、やはり一定の条件の充足
は前提としつつも、定員の再配分によらない学部や学科の新設等も含めて自由
とするのである。
(質に関する規制の緩和)
長期的には質に関する規制は全て廃止すべきであるが、当面は、大学設置基
準における物的条件を廃止するなど規制緩和を進めていく。例えば、現行の校
地 基 準 面 積 (医 歯 学 部 を 除 く 大 学 は 校 舎 面 積 の 6 倍 、 例 外 的 に 3 倍 ま で 可 であ
っ た が 、98 年 4 月 よ り 、3 倍 が 本 則 と な っ た )は 、 3 倍 と い う 例 外 規 定 が 設 定
さ れ た 当 時 (85 年 )に お け る 平 均 的 な 水 準(3.5 倍 ) に 近 い と い う だ け で 、 何 ら 最
低基準としての根拠がない。広い校地がなければ質の高い教育ができないとは
考えられず、土地の利用は各大学の自主的な判断に任せるべきである。
質に関する規制の緩和に伴い、視学委員等による調査は縮小していく。これ
により、大学側の負担が軽減され、後述の相互評価・第三者評価が円滑に行わ
れるようになることが期待される。
(相互評価・第三者評価の推進)
現在、大学に関する評価としては、自己評価及び大学基準協会を通じた相互
評価が制度化されている。このうち自己評価は当該大学の利益のために行われ
るものであり、市場において合理的な選択ができるように、消費者に情報を提
供するためのものではない。
したがって、消費者主権を確立するためには、現在の大学基準協会を通じた
−51−
相互評価の改善を図ることは、一つの現実的な方向と考えられる。このために
最も有効な方法は、参加大学の数を拡大することである。相互評価への参加・
不参加や、評価の結果が企業や学生に周知されるよう広報活動の強化が望まれ
る。同様の組織は短大についても設置されたが、専門学校でも何らかの評価は
必要であり関係者の努力が期待される。
次に、社会のニーズを反映した評価を行うには、大学等の関係者による相互
評価を超えて、ビジネス、マスコミ、非営利の研究機関、高等学校等の関係者
による第三者評価が相互に競い合いながら行われることが不可欠である。これ
らの関係者は必ずしも教学事項に詳しいわけではないので、大学関係者と共同
で調査に参加することが現実的であろう。外国の評価機関に評価を委託するこ
とも、大学関係者の馴れ合いを防ぐ意味で効果的である。
予備校、受験雑誌などの受験産業は、すでに市場を通じた評価のために重要
な情報を提供している。相互評価のために準備した資料をこれらの受験産業に
も積極的に提供し、消費者選択に必要な情報の流通を促進することが期待され
る。
(学生に対するセーフガードの整備)
転入時における入学金の減免、廃止される機関で取得した単位の認定等を通
じ、廃止される機関の学生へのセーフガードを整備する。こうした対応は、各
機関が自主的な判断で行うのが本来の姿である。情報が十分に行き渡り、機関
の間の競争が活発化した状況では、転入を受け入れ易くすることも重要な経営
戦略の一つとなる。しかし、当初は機関側からの積極的な対応がみられないな
いならば、政府がその導入を呼びかけたり、一部の国公立大学で試行するなど
の触媒作用が求められる。
2 .公的補助
−52−
(1) 我が国における補助の現状
高 等 教 育 に 補 助 を 行 う 場 合 、 教 育 機 関 へ の 給 付 (機 関 補 助)と 学 生 へ の 給 付 (個
人補助) という 2 つの方法がありうる。機関補助は国立大学制度や私学助成が
代表的であるが、学校法人への税制優遇も間接的に補助となっている。個人補
助 は 公 的 な 奨 学 金 や ( 理 論 的 に は ) バ ウ チ ャ ー 制 度 15 が 考 え ら れ 、機 関 補 助 と 同 様
に学生又は親への税制優遇もこれに含まれる。教育機関が独自の奨学金を給付
する場合は、機関補助を個人補助に転換していることになる。関連するものと
して、研究プロジェクトや若手研究者に対する補助がある。特に、大学院生へ
の補助は、奨学金としての役割も担っている。
(総額及び機関別補助額)
我 が 国 の 公 財 政 支 出 文 教 関 係 費 は 21.6 兆 円 、 う ち 学 校 教 育 費 は 17.8 兆 円 で
あ り 、さ ら に そ の う ち 高 等 教 育 に 対 す る も の は 3.4 兆 円 (GNP 比 0.7%)と な っ て
い る 。 こ れ は 、 ア メ リ カ (GNP 比 1.1%)、 イ ギ リ ス ( 同 1.4%)、 ド イ ツ (同 1.5%)
な ど と 比 べ て 低 い 水 準 で あ る(第 7 図 。 ア メ リ カ 以 外 は 94 年 度 、 ア メ リ カ の み
93 年 度 )。 た だ し 、 学 生 1 人 当 た り で は 、 必 ず し も 低 く な い こ と に は 注 意 を 要
す る 。 例 え ば 、 上 記 と 同 じ 時 点 で 我 が 国 の 111 万 円 に 対 し 、 ア メ リ カ は 9,100
ド ル と 当 時 の 為 替 相 場 を 踏 ま え る と ほ と ん ど 同 水 準 で あ る ( 前 掲 第 1 図 )。 こ れ
は、アメリカの学生数が我が国の 3 倍近くであることを反映している。
高 等 教 育 機 関 へ の 公 財 政 支 出 3.3 兆 円 を 機 関 別 に み る と 、国 立 大 学 2.6 兆 円 、
公 立 大 学 0.4 兆 円 (両 者 に は 学 生 納 付 金 0.3 兆 円 を 含 む)、 私 立 大 学 0.3 兆 円 で
あり、圧倒的に国立大学を通ずるものが多い。ただし、ここでの国立大学にか
か る 費 用 は 附 属 病 院 収 入 に よ り 賄 わ れ る 部 分 な ど も 含 ん で お り 、国立学校特別
会 計 (歳 出 2.7 兆 円 ) へ の 一 般 会 計 繰 入 れ 1.6 兆 円 が (大 学 以 外 へ の 補 助 も 含 む が )
実質的な公的補助に近いと考えられる。
15
補助の対象となる個人に配分される一種のクーポン券。一定の基準を満たす教育機関にこれ
を渡すことにより、学費の全額又は一部が免除される。教育機関は学生から受け取ったバウチャ
ーを政府に提示して免除分の補償を受ける。
−53−
第 7 図
学校教育費 (高等教育) の対 G N P 比
注 1)
文部省『教育指標の国際比較』による。
注 2)
各 国 の 対 象 等 は 第 1 図 と 同 様 。 た だ し 、 イ ギ リ ス は 第 1 図 で 対 象 と し た 大 学 (公 開 大
学 を 含 む)、 高 等 教 育 カ レッ ジ に 加 え 、 白 抜 き 部 に 継 続 教 育 機 関 、 教 員 養 成 の 経 費 及
び 成 人 教 育 の 経 費 (い ず れ も 公 財 政 支 出 )を 加 算 し た 。
注 3)
日 本 の 公 財 政 支 出 0.7%の う ち 授 業 料 等 相 当 分 は 0.1%。
(私立大学の収支)
私立大学への補助の現状を説明する前に、その収支がどうなっているかを概
観してみよう。
私立大学は非営利団体として独特の会計制度を持っている。すなわち、作成
を 義 務 付 け ら れ て い る 主 な 財 務 計 算 書 は 貸 借 対 照 表 、 消 費 収 支 計 算 書 (第 8 図 )
及 び 資 金 収 支 計 算 書 ( 前 掲 第 3 図 )で あ り 、 こ の う ち 消 費 収 支 計 算 書 が 収 支 状 況
の均衡状態を把握するために用いられる。これは企業会計における損益計算書
と類似しているものの、資本取引と損益取引の区別なしに「帰属収入」が計上
さ れ 、 そ れ を 「 消 費 支 出 」 と 「 基 本 金 組 入 額 」 (資 本 取 引)に 振 り 分 け る 構 造 と
なっている。
4 年制大学を設置する学校法人のうち、非営利の勘定である大学部門に着目
すると、帰属収入の多くは授業料、入学金、手数料などを含む学生納付金等で
約 8 割を占め、次いで多いのが補助金で約 1 割となっている。補助金には国
からの私学助成のほか、地方自治体からの補助も含んでいる。寄付金、受託研
−54−
第 8 図
注 1)
注 2)
注 3)
注 4)
注 5)
注 6)
私立大学の消費収支計算書
日 本 私 学 振 興 財 団 『 今 日 の 私 学 財 政 (大 学 ・ 短 期 大 学 編 )』 に よ る 。
「 大 学 部 門 」 と は 法 人 部 門 、 付 属 病 院 及 び 研 究 所 等 の 別 部 門 を 含 ま な い 。「 大 学 法 人 」
とは大学を設置している学校法人で、短期大学等大学以外の学校を含む。
大 学 部 門 、 大 学 法 人 と も に 9 6 年 度 。 な お 、 大 学 部 門 の 収 入 、 支 出 は そ れ ぞ れ 26,196
億 円 、 2 0 , 9 4 8 億 円 (対 象 部 門 数 419) 、 大 学 法 人 の 収 入 、 支 出 は そ れ ぞ れ 4 7 , 3 0 8 億 円 、
40,314 億 円 (対 象 法 人 数 394)。
収 入 側 の 「 学 生 生 徒 納 付 金 等 」 は 「 学 生 生 徒 等 納 付 金 」 と 「 手 数 料 」 の 合 計 値 。 大 学 部門の
場合、それぞれ順に 75.8%、4.6%、また大学部門の場合、55.8%、3.2%より構成される。
収 入 側 の 「 資 産 運 用 ・ 売 却 収 入 等 」 は 「 資 産 運 用 収 入 」、「 資 産 売 却 収 入 」、「 雑 収 入 」
の 合 計 値 。 大 学 部 門 の 場 合 、 そ れ ぞ れ 順 に 1 . 6 %、1 . 5 %、2 . 2 %、 ま た 大 学 法 人 の 場 合 、
1.9%、 1.3%、 2.0%よ り 構 成 さ れ る 。
支 出 側 の 「 借 入 金 利 息 等 」 は 「 借 入 金 等 利 息 」、「 資 産 処 分 差 額 」、「 徴 収 不 能 引 当 金 繰
入 額 」 の 合 計 値 。 大 学 部 門 の 場 合 、 そ れ ぞ れ 順 に 0.9%、0.4%、0.1%、ま た 大 学 法
人 の 場 合 、 0.9%、 0.6%、 0.1%よ り 構 成 さ れ る 。
−55−
究 費 を 含 む 事 業 収 入 の 占 め る 割 合 は そ れ ぞ れ 数 %と き わ め て 小 さ い 。 収 益 部 門
を含んだ大学法人全体でみると、事業収入が約 2 割の寄与をしているため、学
生納付金は約 6 割を占める。
ちなみに、アメリカの私立大学では営業収入は 2 割と、おおむね我が国と同
程 度 の 寄 与 で あ る が 、 民 間 か ら の 寄 付 及 び 受 託 研 究 や 基 金 収 入 (資 産 運 用 収 入 )
が 我 が 国 よ り 重 要 と な っ て い る 点 が 興 味 深 い (第 9 図 。ア メ リ カ の 大 学 財 政 に つ
い て の 解 説 は 桑 原 (1994)を 参 照 ) 。 た だ し 、 基 金 収 入 に つ い て は 大 学 に よ る 差 が
大 き く 、 一 部 の 大 学 で は 1 割 、 2 割 と い っ た ウ ェ イ ト に 達 し て い る 16。
(私学助成)
私 学 助 成 は 総 額 約 4,300 億 円 で 、 う ち 私 立 大 学 等 経 常 費 補 助 金 (対 象 は 大 学 、
短 大 、 高 専 )が 約 3,000 億 円 で あ る 。 ピ ー ク 時 に は 私 立 大 学 等 の 経 常 的 経 費 に
占 め る 割 合 が 29.5%(80 年 度 )で あ っ た が 、 そ の 後 は 低 下 傾 向 が 続 い て お り 95
年 度 に は 12.1%と な っ て い る 。96 年 度 に つ い て み る と 、1 校 当 た り 約 3 億 3,200
万 円 、 学 生 1 人 当 た り 約 14 万 9,000 円 の 私 立 学 校 等 経 常 費 補 助 金 が 交 付 さ れ
ていることになる。補助金の交付は日本私立学校振興・共済事業団を通じて行
われる。この経常費補助金は、配分の基準にしたがって一般補助と特別補助に
分 か れ 、 現 在 は お お む ね 4:1 の 補 助 額 と な っ て い る 。
一 般 補 助 は 、給 与 費 等 の 補 助 費 目 ご と に 経 常 的 経 費 の 基 準 額 を 算 定 し(教 職 員
数 等 に 単 価 を 乗 ず る )、そ れ に 一 定 の 補 助 率 及 び 教 育 研 究 条 件 の 整 備 状 況 に 応 じ
た調整係数を乗じ、さらに財政状況に応じた調整を加えることにより算定され
る。
特別補助は、高度化推進、情報化推進等の特別経費について、政策的に支援
するための補助制度であり、実績に応じて一般補助に上乗せされる。
例 え ば 、 ハ ー バ ー ド 大 学 1 9 . 9 %、 コ ロ ン ビ ア 大 学 9.5%(92 -93 年 、 沼 田 ・ 日 塔 (1997) に よ
る )。
16
−56−
第9 図
アメリカの大学の収支 ( 9 4 - 9 5 年)
注 1)
The Chronicle of Higher Education, Almanac Issue, Aug. 29, 1997 による。
注 2)
政府支出金は、連邦・州・地方の各政府議会により支出が承認されるものの合計であり、用途
指定と用途指定しない一括交付に分けられる。
注 3)
政府助成金・受託研究費は、連邦・州・地方から各教授団メンバーを経由するものの合計で、
直接経費・間接経費など大枠の指定がある場合もあるが、実際にはかなり自由な使い方をされ
ている。
注 4)
営業収入とは、関連企業・病院等の収入である。
注 5)
営業支出等とは、関連企業・病院等の支出及び強制的移転である。
注 6)
総収入は、私立が 698 億ドル(1 校当り 3,410 万ドル)、公立が 1,193 億ドル(1 校当り 7,271 万ドル ) 。
注 7)
総支出は、私立が 675 億ドル(1 校当り 3,298 万ドル)、公立が 1,155 億ドル(1 校当り 7,036 万ドル)。
−57−
(学校法人に係る税制優遇)
学校法人については、それ自身に対する税制優遇に加え、学校法人への寄付
に対する税制優遇が行われている。
学校法人は、収益事業を行わない限り法人税を課税されず、収益事業に対し
ても軽減税率が適用され、さらに収益事業会計の所得を学校会計に繰り入れる
と一定限度まで損金に算入できる。その他、授業料等への消費税、業務目的の
土地への地価税、教育用財産への固定資産税、利子・配当所得への所得税等も
非課税である。
学 校 法 人 へ の 寄 付 に つ い て は 、特 定 公 益 増 進 法 人 (私 立 大 学 や 一 定 の 専 修 学 校
を 設 置 す る 法 人 に 適 用 )に 対 す る 寄 付 金 と 指 定 寄 付 金 へ の 優 遇 制 度 が 利 用 可 能
で あ る 。 個 人 が 寄 付 す る 場 合 は 寄 付 金 額 (総 所 得 金 額 の 2 5 %が 限 度 )マ イ ナ ス 1
万円が所得控除される。法人が寄付する場合、特定公益増進法人に対する寄付
金としてならば、一般の寄付金の損金算入限度額と同額が別枠で算入できる。
指定寄付金としてならば金額が損金に算入できる。指定寄付金となるためには
一定の条件があるが、日本私立学校振興・共済事業団を通ずる受配者指定寄付
金 の 形 を と る 場 合 が 使 途 の 幅 が 広 い 。た だ し 、そ の 手 続 き が 煩 雑 な こ と に 加 え 、
寄付者が特別の利益を受けないこと等いくつかの条件が設定されている。
(奨学金、教育ローン等)
我が国の公的な奨学金制度は、日本育英会によるものが大部分を占めるが、
地方公共団体や公益法人によるものもある。これに学校によるものその他を加
え た 育 英 奨 学 事 業 の 合 計 は 、 奨 学 生 数 76 万 人 、 事 業 費 総 額 約 3,100 億 円 に の
ぼ る 。 日 本 育 英 会 に よ る も の は こ の う ち 奨 学 生 数 で 59.8%、 事 業 費 で 72.9%
と な っ て い る (96 年 3 月 現 在 )。 も っ と も 、 こ れ ら の 金 額 は 貸 付 規 模 で あ る か
ら、前述の機関補助の総額と単純には比較できない。貸与奨学金の実質的なコ
ス ト は 、(貸 出 金 利 が 決 ま っ て い る 場 合 、)調 達 金 利 と デ フ ォ ル ト 率 に 依 存 す る 。
ち な み に 、 日 本 育 英 会 へ の 国 庫 補 助 金 ・ 政 府 補 給 金 は 96 年 度 約 170 億 円 で あ
り、機関補助と比べると非常に少ないことが分かる。
−58−
日 本 育 英 会 の 奨 学 金 は 、 無 利 子 貸 与 ( 第 一 種 )と 3%の 有 利 子 貸 与 (第 二 種 )か ら
な り 、 大 学 生 向 け の 貸 与 規 模 は 無 利 子 約 1,100 億 円 、 有 利 子 約 6 0 0 億 円 、 大
学 院 生 向 け は 大 半 が 無 利 子 で 約 500 億 円 (97 年 度 )で あ る 。 希 望 者 の 選 考 審 査
で は 親 の 所 得 に 加 え 、 高 校 で の 学 業 成 績 評 定 平 均 値 が 3.5(無 利 子 )又 は 3.2(有
利 子 )以 上 と い う 条 件 が 設 定 さ れ 、 貸 与 月 額 は 例 え ば 自 宅 通 学 の 私 立 大 生 で
49,000 円 、 修 士 課 程 の 学 生 で 83,000 円 な ど と な っ て い る 。 高 校 在 学 中 に 選 考
さ れ る 予 約 奨 学 生 (全 体 の 約 3 割 )を 除 き 、 奨 学 生 の 選 考 は 大 学 に 委 任 さ れ て い
る。
国立大学における低所得者への授業料免除制度も、政府からの一種の奨学金
と み る こ と が で き る (た だ し 、 国 立 学 校 特 別 会 計 の 中 で の 配 分 で あ る か ら 、 同
会 計 へ の 一 般 会 計 か ら の 繰 入 れ と は 別 に 考 え る と 二 重 計 上 と な る )。 こ れ は 、
所得基準及び学力基準の下で、各大学ごとに原則として授業料収入予定額の
8.5%以 内 で 選 考 す る 仕 組 み で あ る 。
公的な教育ローンは、国民金融公庫によるものが最大のシェアを保持してい
る 。 同 公 庫 の 教 育 ロ ー ン は 年 間 約 2,100 億 円 の 新 規 貸 出 規 模 に 達 し て お り (96
年 )、 い く つ か の 制 度 が 用 意 さ れ て い る 。 そ の う ち 教 育 資 金 一 般 貸 付 を み る と 、
無 担 保 で 貸 付 限 度 は 子 1 人 に つ き 200 万 円 で あ る (98 年 か ら )。 所 得 制 限 が あ る
が 、 給 与 所 得 者 な ど で 1,210 万 円 と か な り 緩 い 。
(研究プロジェクト及び若手研究者に対する補助)
研 究 プ ロ ジ ェ ク ト へ の 競 争 的 資 金 と し て は 、96 年 度 か ら 本 格 的 に 導 入 さ れ た
特殊法人等を活用した新たな基礎研究推進のための経費、科学研究費補助金、
科学技術振興調整費等が代表的である。
科 学 研 究 費(約 1,100 億 円 、 97 年 度 予 算 ) は 、 学 術 審 議 会 科 学 研 究 費 分 科 会
で 配 分 審 査 が 行 わ れ る 。 審 査 員(約 2,000 人 、 任 期 は 2 年 限 り ) は 人 文 科 学 、 自
然 科 学 を 網 羅 し 、 審 査 は 書 面 及 び 分 野 別 小 委 員 会 の 合 議 に よ る (高 額 案 件 に は
ヒ ア リ ン グ が あ る )。
若 手 研 究 者 へ の 補 助 と し て は 、「 ポ ス ト ド ク タ ー 等 1 万 人 支 援 計 画 」(計 画 期
−59−
間 96∼ 2000 年 度 ) の 下 で 、 日 本 学 術 振 興 会 特 別 研 究 員(博 士 後 期 過 程 在 学 者 (2
∼ 3 年 間 )及 び 修 了 者 (3 年 間 )を 採 用 し 、 研 究 奨 励 金 等 を 支 給 )や リ サ ー チ ・ ア ソ
シ エ イ ト (日 本 学 術 振 興 会 の 事 業 に 博 士 課 程 修 了 者 を 参 画 さ せ る )等 が あ る 。
( 2 ) 補助の根拠
一般に、教育サービスは公共財ではない。対価を払わずに教育を受けようと
する者は排除可能であり、教員数や教室数を所与とすれば受けられるサービス
の量と質は学生間で相互に競合するからである。したがって、政府が供給する
必要はないことになるが、市場の失敗が大きい場合にはある程度の補助が正当
化される。そのような根拠としては、外部性、所得再分配、資本市場の補完な
どが可能性として考えられる。
(外部性)
外部性には、大別して 3 種類が指摘できよう。教育によって形成される人的
資 本 が 対 価 な し に 企 業 の 生 産 性 を 上 げ る な ど 社 会 一 般 に 裨 益 す る こ と (人的資
本 の 外 部 性 )、教 育 を 通 じ た ス ク リ ー ニ ン グ に よ り 学 生 の 能 力 に 関 す る 情 報 を 生
産 し 社 会 に 提 供 す るこ と (情 報 生 産 の 外 部 性 )、 教 育 そ の も の で は な い が 同 時 に
生 産 さ れ る 研 究 活 動 が 持 つ 外 部 性 で あ る (研 究 の 外 部 性 ) 17 。
外部性への補助が正当化されるには、単に外部性が存在するだけでは不十分
で あ り 、 教 育 サ ー ビ ス の 供 給 が 1 単 位 増 加 し た と き に 得 ら れ る 社 会 的 便 益 (限
界 便 益 )が 、 少 な く と も そ の た め に 必 要 な 補 助 金 (限 界 費 用 )に 見 合 っ て な け れ ば
ならない。すなわち、限界的な外部性に着目した議論が必要なのである。大学
進学率が低いときには、大学卒業生が 1 人増えることにより社会が受けるメリ
ッ ト は 相 当 な も の で あ ろ う 。近 代 社 会 に 不 可 欠 な 社 会 的 イ ン フ ラ で あ る 官 吏
外 部 性 の よ り 広 範 な リ ス ト は 、Haveman and Wolfe (1984) を 参 照 さ れ た い 。 そ こ で は 、20
種類に及ぶ「教育の効果」が列挙され、それぞれについて外部性の有無が判定されている。
リストには、社会的一体性や犯罪防止いった非経済的な 項目も含まれるが、大きく括ればこ
れらも人的資本の外部性ではないかと考えられる。
17
−60−
や 技 術 者 な ど を 養 成 し た 、戦 前 に お け る 官 立 大 学 へ の 国 庫 負 担 は こ れ に 当 た る 。
しかし、大学進学率が高まるにつれ、限界的な外部性は逓減していくのが一般
的である。現在では、高等教育の機会が増加しても、学生がその果実のほとん
どすべてを私的に収穫すると考えられる。
情報生産の外部性は、スクリーニング仮説が妥当する状況で、社会が学歴情
報 を 無 償 で 利 用 し つ つ 適 材 適 所 の 配 置 を 行 う こ と に 起 因 す る 。前 述 し た よ う に 、
こうした機能は一括採用、長期雇用という慣行の下では外部性を持ったかもし
れないが、今後はそれほど重要ではなくなるとみられる。
研究、特に基礎研究に何らかの外部性があることは議論の余地が少ない。特
許により保護されないような研究成果は、誰でも無償で利用して生産性を上げ
ることができるからである。その場合、前述のように、高等教育と研究が結合
生 産 さ れ て い る な ら ば 、高 等 教 育 に 対 す る 補 助 も 一 定 の 範 囲 で 正 当 化 で き る 18 。
(所得再分配と資本市場の補完)
外部性への対応ではなく、低所得者への所得再分配の手段として高等教育へ
の補助を正当化することができるだろうか。このような目的の補助金は、奨学
金の給付という形で行われるのが一般的である。我が国ではこれに加え、地方
を中心に国立大学が低所得者を引きつけるという形の再分配が行われていると
の見方もある。
純粋に低所得者への再分配だけを考えるならば、使途を限定しない方法が効
率的である。税制や社会保障制度はそのために存在する。もっとも、税制など
が教育を通じた能力差の所得差への影響を適切に処理し、社会的に許容できる
範囲に収める保証はない。そこで、これらを補完するために教育費に関する 再
分 配 政 策 が 役 に 立 つ 場 合 も あ る 19 。 こ の ほ か 、「 低 所 得 者 は 本 人 の 効 用 を 最 も
奥 川 (1990) は 、 ア メ リ カ の 研 究 大 学 に つ い て 、 大 学 院 の 研 究 と 教 育 の 生 産 性 が 高 い 相 関 を
示すことを指摘している。
1 9 白 井 (1991)[ 第 5 章 ]は 、 教 育 が 生 産 性 (賃 金 ) を 決 め る モ デ ル で は 、 線 型 所 得 税 だ け の と き よ
りも教育を通じた再分配政策がある場合の方が高い社会的厚生が達成できることを示してい
る。
18
−61−
高めるはずの教育に支出しない傾向があるので、政府がその支出行動を矯正す
る 」 と い う 家 父 長 主 義 的 な 考 え 方(価 値 財 )も あ る が 、 消 費 者 に 分 か ら な い こ と
が政府に分かると仮定している点で問題がある。
他方、教育を受けたいがその費用が大きすぎて借り入れが必要な場合、担保
を持たないなどの理由により市場での資金調達が困難ということが考えられる。
こ う し た 資 本 市 場 の 不完 全 性 に 対 し て は 、 政 府 が 何 ら か の 信 用 補 完 を 行 う こ と
が正当化される。
(外部性への対応と所得再分配の両立)
もう一つの問題は、高等教育の外部性を認める立場に立つとき、結果として
生ずる再分配効果をどう評価するかである。
この立場からは、税制など他の政策手段によって所得分配が最適化されてい
る 限 り 、 授 業 料 を 引 き 下 げ る 方 式 (価 格 補 助 ) の 補 助 金 が 外 部 性 を 適 切 に 処 理 し 、
社 会 的 に 望 ま し い 状 態 を も た ら す こ と が で き る (白 井 (1991)[第 7 章 ])。 い い か
えれば、教育への補助金を含めた税引前の所得分配を政府が把握し、その上で
社会的に許容されるような所得分配になるまで課税及び社会保障移転を行って
いくという手順が踏まれるならば望ましい。
そ う で な い 場 合 は 、 次 善( セ カ ン ド ・ ベ ス ト)の 策 を 探 ら ね ば な ら な い 。 価 格
補助を行うに当たって同時に所得分配にも配慮しなければならないから、大学
進学者に高所得者が多いならば、外部性への配慮だけから得られた補助金額を
削減する必要がある。
「大卒者は高卒者より多くの補助を受けているが、卒業後に支払う所得税の
額も高卒者より多いので所得分配上それほど大きな問題ではない」という考え
方がある。しかし、現実には所得税の累進度を設定する際に高等教育への補助
金まで考慮して再分配効果を把握することは行われておらず、こうして補助が
「回収」された後の分配状態が社会的に許容されるという保証はない。
(他国が補助している場合の対抗措置)
−62−
他の国が補助をしている場合の対抗措置はやむをえない面がある。特に、ナ
ショナル・イノベーション・システム同士の競争の様相を呈している科学技術
研究では、優れたシステムを構築するだけでなく、国内で利用可能な資源をよ
り多くこのシステムに投入するという試みが行われやすい。こうした競争がエ
スカレートすれば、外部性から正当化される以上の補助が投入される可能性も
ある。産業に近い研究分野でこうしたことが行われる場合、本来は国際的にそ
の抑制のための枠組みが合意されることが望ましい。
これに対し、教育への補助を巡る国際的な競争は現在のところみられない。
あるとすれば、研究への補助の充実に伴い結果として大学院の魅力が増すとい
う可能性である。
( 3 ) 補助の方法
(機関補助と個人補助)
機 関 補 助 と 個 人 補 助 の ど ち ら の 方 法 が 優 れ て い る か は 、外 部 性 、所 得 再 分 配 、
資本市場の補完などの目的に照らして判断すべきである。上記の議論で最も説
得的であった資本市場の補完を考えると、学生ごとに置かれている制約が異な
ることから個人補助が望ましい。すなわち、個人補助は学生ごとに異なる所得
の状況に対応できるが、機関補助は平均的な所得の違いにしか対応できない。
低所得者への所得再分配が目的の場合でも、同様の結論となるであろう
20 。 こ
れに対し、教育の外部性を認めるならば、より効率的な教育サービスを提供す
る機関に補助を行うのが望ましいことになる。
個 人 補 助 に 対 す る 批 判 と し て 、「 授 業 料 値 上 げ に つ な が る 」と い う も の が あ る 。
しかし、機関補助の場合でも、必ずしもそれと同率に授業料は低下せず、一部
は機関が吸収することが考えられる。一般的にいえば、補助金の帰着は需要と
供給の弾 性 値 で 決 ま る の で あ っ て 、 補 助 金 の 受 給 者 が 誰 で あ る か は 本 質 的
銭 (1989)は 私 立 大 学 の 授 業 料 と 奨 学 金 を 含 む 説 明 変 数 を 用 い て 所 得 5 分 位 別 の 回 帰 分 析 を
行 い 、 授 業 料 を 引 き 下 げ る 機 関 補 助 よ りも 奨 学 金 の 方 が 進 学 機 会 均 等 に 効 果 的 で あ る と の 結
論を得ている。
20
−63−
で は な い (付 論 1)。
寄付金への税制優遇は、機関補助の中では競争促進的な効果を持っている。
経済力、社会的影響力のある卒業生が多い場合や、その大学が社会的に魅力あ
る存在であれば、より多くの寄付金が集まるからである。
(研究と教育のウェイト)
現在の機関補助においては、研究と教育への補助は明確な区別がなされてい
ない。外部性の高い 研究への補助は正当化されるが、こうした研究だけを切り
離して評価し、補助を行う制度としては科学技術研究費や、企業からの委託研
究費に税制優遇を与えるなどの方式による実質的な補助が該当することは前述
したとおりである。今後は、いわば「どんぶり勘定」の機関補助から、こうし
た研究の評価を踏まえた競争的資金にウェイトを移していくことが望ましい。
ただし、実務上の問題として、人文社会科学を中心として外部性が目にみえ
にくい分野や、先端的分野などで現時点ではその意義につきコンセンサスが得
られないような分野の評価がある。これらの分野には、個別には本当に役に立
たないものや、失敗して何の成果も出ない場合があるであろう。しかし、長期
的、マクロ的にみれば潜在的に高い外部性が期待される分野でもあり、個々の
プロジェクトに補助すべきかについて合理的方法で評価できない場合でも、応
分の資金が配分されるよう配慮すべきである。
(公的貸付けと利子補給)
資本市場の補完のためには、公的金融機関が直接保護者又は学生に貸付ける
方式と、教育ローンを提供する民間銀行に政府が利子補給又は信用保証を行う
方式が考えられる。
この両者を比べると、競争促進の観点からは一般に民間銀行の活用が望まし
い。しかし、公的金融機関による貸付けにもメリットがありうる。第一は、貸
付けに際して学生の成績など何らかの能力基準を設定せざるをえない場合、一
般の投資プロジェクトや担保の評価を得意とする民間銀行がこれを兼営するよ
−64−
りも、専門的な機関が独占的に行った方が効率的というものである。第二は、
民間銀行が利子補給や信用保証を受ける場合、銀行間の暗黙の共謀やリスク管
理を怠ることによってかえってコストが上昇する可能性である。
(能力基準と所得基準)
個人補助の配分に際して、所得以外に学生の成績などで示される能力基準が
設 定 さ れ る こ と が 多 い (育 英 主 義 と 呼 ば れ る こ と も あ る )。 経 済 学 の 立 場 か ら は 、
能力基準の適用は「 能力の高い学生への教育ほど社会に対する外部性が大き
い」ならば正当化できる。しかし、研究と切り離した高等教育の外部性は小さ
いとみられるので、研究者となる可能性の高い学生グループを対象とするもの
でない限り政府が能力基準をとることは望ましくない。
他 方 、「 能 力 の 高 い 学 生 ほ ど 教 育 効 果 が 高 く 、 か つ 、 大 学 内 で の 外 部 効 果 が
大きい」ことは学部レベルであっても十分に考えられる。クラスに良くできる
学生がいれば、授業を活性化するなどにより他の学生や教員がその便益を享受
で き る で あ ろ う 。 さ ら に は 、「 優 秀 な 学 生 が い る と 大 学 の イ メ ー ジ が 高 ま る 」
という効果もある。この場合、大学は能力の高い学生を入学させるために私的
な奨学金を提供するインセンティブがある。逆に、高額の寄付金を支払うとい
うだけの理由で低学力の学生を受け入れるならば、その大学の評判が低く評価
されるであろう。このように、能力基準の適用は大学内では合理的な考え方で
あり、市場メカニズムによって実現されることになる
21 。
( 4 ) 改革の方向
前節の議論を踏まえると、今後の補助形態を考えるに当たっては次のような
方向が基本となろう。第一に、競争の促進や公平性の確保という観点から、国
21
教育機関が教育サービスを生産する際、学生の質もそのインプットとして考えることで能
力 基 準 の 奨 学 金 を 理 解 し よ う と す る モ デ ル は 、 Rothschild and White (1995) に よ り 示 さ れ て
いる。
−65−
立 大 学 と 私 立 大 学 へ の 実 質 的 な 補 助 率 を 近 づ け る こ と で あ る 。こ れ に つ い て は 、
両 者 の 関 係 を 扱 う 章 で 別 途 検 討 す る 。第 二 に 、外 部 性 へ の 対 応 と い う 観 点 か ら 、
研究プロジェクトに対する補助に重点を置くことである。第三に、資本市場の
不完全性への対応という観点から、奨学金の充実を図ることである。以下、現
行の補助形態ごとに改革の方向を探ってみよう。
(私学助成への問題提起)
国 公 立 大 学 へ の 公 的 負 担 の 大 き さ を 踏 ま え る と 、「 私 学 助 成 は 多 す ぎ る 」 と
いうことはできない。しかし、このことは現行の私学助成制度に見直しが必要
であることを否定するものでもない。
実際、前述の機関補助一般に当てはまる議論に加え、現行の私学助成制度に
は 、「 儲 か っ て い る 大 学 が 補 助 金 を も ら う の は お か し い 」、「 配 分 方 法 が 不 透 明
で は な い か 」、「 助 成 を 受 け た 大 学 で 、 必 ず し も 効 率 的 に 用 い ら れ て い な い 」 な
どの問題提起がみられる。
「儲かっている大学が補助金をもらうのはおかしい」という主張は、私学助
成を大学への所得再分配の手段として捉えている。補助の根拠として学生への
所 得 再 分 配 は あ り え て も (た だ し 、 前 述 の と お り 必 ず し も 最 善 で は な い )、 機 関
への所得再分配は正当化できるものではない。なお、現行制度の下でも、経常
費補助金の配分に際して財政状況に応じた調整が行われている。非営利団体で
ある私立大学が「儲けている」と判断されるのは差引収入超過額が教員給与の
形で分配されている場合であるが、配分基準には教員給与の全国平均からのか
い離をチェックする項目が設定されている。
「配分方法が不透明ではないか」という批判は、ニーズを踏まえて配分する
という現行の原則を認める限り、少なくとも一般補助については詳細な配分基
準が公表されていることから当たらない。これだけ詳細な規定があるというこ
とは、恣意的な配分が行われていない証左である。ただし、特別補助について
は不透明な部分がある。
「助成を受けた大学で、必ずしも効率的に用いられていない」かどうかは、
−66−
いったん配分されてからは「どんぶり勘定」となるので直接的に判断すること
ができない。しかし、私学助成の存在が、間接的に私立大学の経営上の効率改
善 を 阻 害 す る 可 能 性 は あ る 。す な わ ち 、上 記 の よ う な 詳 細 な 配 分 基 準 に お い て 、
教職員数、学生数、支出費目等を組み合わせた各種の比率についての基準値が
場合によっては学部別に設定され、それらの比率が基準値からかい離するとペ
ナルティが科される仕組みとなっている。こうした基準値が各大学において最
適な値であれば私学助成は効率的経営へのガイドラインとなるが、そうでなけ
れば各大学の最適化行動を阻害する効果を持つ。
(私学助成見直しの手順)
原則論に立ち返れば、所得再分配ないし資本市場の補完を目的とする補助を
充 実 さ せ る な ら ば 個 人 補 助( 奨 学 金 )の 形 を と る べ き で あ る 。 ち な み に 、 現 在 で
は 私 立 大 学 の 学 生( 大 学 院 生 を 含 む ) の 約 1 割 し か 日 本 育 英 会 の 奨 学 金 ( 無 利 子
貸 与 )を 受 け て い な い が 、 仮 に 私 学 助 成 を す べ て 同 奨 学 金 の 費 用 に 振 り 替 え た
場 合 、 そ の カ バ ー 率 は 金 利 に も よ る が 格 段 に 高 ま る こ と が 分 か る( 第 1 0 図 )。
他方、研究の外部性への補助は一層重要となることから、研究プロジェクトを
対象とする競争的資金のウェイトを増加させるべきであろう。ただし、こうし
た私学助成から奨学金、研究プロジェクトに対する補助へのシフトは、国立大
学 へ の 国 庫 負 担 (し た が っ て 、 そ の 形 態 )の 見 直 し が 前 提 で あ る 。
当面は、国立大学との競争条件における格差が拡大しないように配慮すると
ともに、私学助成制度の運用改善を図っていくこととなろう。具体的には、一
般補助の配分基準を客観性は維持しつつ簡素化することに加え、特別補助の対
象を外部性などの観点から妥当かどうか確認するとともに、その配分基準を大
学側の自主的な取り組みを生かすようなものにしていくことが望ましい。
(公的な奨学金)
日本育英会に代表される公的な奨学金は、資本市場の補完という理論的に最
も正当化しやすい役割を担っている。今後、所得格差が拡大する可能性がある
−67−
ことを踏まえると、個々の学生の家計事情に応じた手当てのできる奨学金への
期待は大きい。
現行のこうした奨学金制度には、以下のような問題が指摘されている。
第一は、資本市場の補完に加え、低所得でかつ一定以上の学力がある者への
所 得 再 分 配 も 行 わ れ て い る こ と で あ る 22 。 特 に 、 能 力 の 高 い 者 の 優 遇 は 、 大 学
第 10 図 私学助成の奨学金への振替 (試算)
(私 学 助 成 を 全 額 奨 学 金 に 振 り 替 え た 場 合 の
日本育英会奨学金貸与学生の割合)
注 1)
注 2)
注 3)
注 4)
注 5)
注 6)
22
私立大学のみを対象とし、大学院の学生を含んだ平均値で試算した。また、学生への追
加貸与は全て無利子貸与であると仮定した。
( )内 の 数 値 は 日 本 育 英 会 調 達 金 利 で あ り 、 現 行 、 無 利 子 貸 与 分 は ゼ ロ 、 有 利 子 貸 与 分
は 財 政 投 融 資 金 利 ( 現 行 2.1%)で あ る が 、 本 試 算 で は 仮 定 と し て 5 . 0 %と 、 超 長 期 国 債
の 流 通 利 率 (2/9 現 在 )の 2 通 り で 試 算 し た 。
[ ]内 の 金 額 は 、 貸 与 学 生 1 人 当 た り の 年 間 貸 与 額 。
現 行 支 給 は 、 現 行 奨 学 生 は 補 助 金 の 減 に よ る 学 費 増 加 分 ( 1 対 1 と 仮 定 )を 追 加 貸 与 で 補
っ た 上 、 さ ら に 現 行 未 貸 与 者 に も 新 た に 現 行 奨 学 生 の 平 均 と 同 額 (学 費 増 加 分 を 含 む )の
貸与を行う前提で試算した。
全 額 支 給 は 、 現 行 奨 学 生 は 必 要 学 費 (授 業 料 + 納 付 金 )ま で 追 加 貸 与 を 行 っ た 上 、 さ ら に
現行未貸与者にも新たに必要学費全額の貸与を行う前提で試算した。
学 部 生 と 大 学 院 生 を 分 け て 考 え る と 、 96 年 度 実 績 は そ れ ぞ れ 5 7 万 円 (貸 与 学 生 の 割 合
9.8%) 、 107 万 円 ( 同 24.3%)で あ る 。 そ こ で 、 調 達 金 利 を 5 . 0 %と し て 「 学 費 増 加 分 の み
上 乗 せ 」 ケ ー ス を 考 え 、 大 学 院 生 の 貸 与 割 合 を 1 0 0 %に す る 場 合 、 学 部 生 の 貸 与 割 合 は
24.0%と な る 。
大学院生には、親の所得に関する要件は課されていない。
−68−
内部を超えた育英主義であり正当化が難しい。もっとも、学力要件はそれほど
厳しくないことから、量的制約の下でのやむを得ざる便法との解釈もできる。
実務上可能であれば、学力要件をさらに緩和し、ボーダーライン上で同程度の
所得の学生に限り学力で選考することも考えられる。
第二は、日本育英会の奨学金が大学別に割り当てられていることである。こ
のため、所得と学力が同じであっても、所属大学によって採否が異なる場合が
生じうる
23 。 大 学 を 通 じ た 奨 学 金 の 採 否 決 定 は 、 大 学 が 学 生 の 所 得 と 学 力 に 関
する情報で特段の優位がある場合には正当化される。しかし、実際の運用にお
いては、高校在学中の成績を基準として採用され、いったん採用されると大学
の成績による選別はほとんどなしに 4 年間支給される。したがって、現行制度
を 前 提 と す る 限 り 、大 学 側 が 情 報 の 優 位 性 を 主 張 す る 根 拠 は な い と い っ て よ い 。
第 三 に 、 奨 学 生 へ の 採 用 が 大 学 入 学 前 に 約 束 さ れ る 制 度 ( 予 約 奨 学 生 )の 適 用
率が低いことである。学生が進路決定を計画的に行えるためには、予約奨学生
の適用を拡大する必要がある。
(公的な教育ローン)
国民金融公庫等の教育ローンは、原則として民間銀行を通じて提供する形態
に 改 め る こ と が で き る 。 現 在 、 民 間 銀 行 の 教 育 ロ ー ン が 300∼ 400 億 円 程 度 の
新 規 貸 出 規 模(96 年 、推定 )し か な い の は 、 金 利 に お い て 公 的 ロ ー ン よ り 不 利 で
あ る た め と 考 え ら れ る 。 も と も と 、 教 育 ロ ー ン は 78 年 に 地 方 銀 行 の 共 通 商 品
と し て 開 始 さ れ た 直 後 、 79 年 か ら 国 民 金 融 公 庫 や 雇 用 促 進 事 業 団 で も 導 入 さ
れた経緯があることも念頭に置く必要がある。
前述のように、現行の公庫ローンにおける所得制限がかなり緩いのに対し、
民 間 銀 行 で も 年 収 100∼ 300 万 円 以 上 の 者 に 貸 付 け を 行 っ て い る 。 ま た 、 親 が
債 務 者 で あ る た め デ フ ォ ル ト 率 が 低 い な か で 、公 庫 ロ ー ン は 0 . 5 %の 保 証 料 を
小 林 (1994)は 『 高 校 生 将 来 調 査 』 や 『 学 生 生 活 調 査 』 を も と に 日 本 育 英 会 の 奨 学 金 受 給 基 準
の推計式を作成し、国立大学では受給基準以下でも奨学金を受給している学生の割合が比較的
高い可能性を示唆している。
23
−69−
金利に上乗せして要求している。アメリカでは民間中心の教育ローン制度が高
いデフォルト率に陥り、政府による直接ローンへとシフトしている。しかし、
我が国においてこうした状況となる可能性は低く、民間銀行によるローンに利
子 補 給 等 の 手 段 で 対 応 す る こ と が で き よ う (付 論 2)。
(寄付金への税制優遇)
我が国で寄付金への税制優遇をさらに拡大したとして、それが寄付金をどの
程度増加させるかには疑問も多い。宗教的、倫理的な動機に基づく寄付が無視
できないとみられる欧米諸国と異なり、我が国の個人や企業の寄付に対する選
好はそれほど強くない可能性がある。
しかし、現行制度において寄付の形態等によって違った扱いが行われている
場合には、バランスのとれた制度とすることにより寄付者や教育機関の裁量の
余地を拡大することができる。
具体的には、学校法人への受配者指定寄付金について、寄付講座等を目的と
した基金の運営方法に課されている厳しい制約を緩和することなどが考えられ
る。
(受託研究費等への税制優遇)
学校法人が企業からの受託研究費等を受け入れた場合、これを使い切れば課
税されないが、余剰資金については課税対象とされる。しかし、第一に、研究
活動は試行錯誤を伴いその道筋は不確実である。そのため、当初の予定と異な
る方法により資金を活用するという必要が生ずることも多い。第二に、研究費
の一部を場合によっては教育目的等にも利用できるようにすることが、大学間
の研究を通じた競争の促進につながるであろう。そこで、余剰資金についての
非課税措置の導入を検討することが考えられる。
(科学研究費)
専 門 の 研 究 者 に よ る い わ ば 「 仲 間 う ち 」 の 評 価( ピ ア ・ レ ビ ュ ー )を も と に 配
−70−
分される科学研究費は、社会的なニーズとのかい離が大きくならないよう運営
していく必要がある。これには決定的な方法は見い出しえないが、専門外の有
識者による評価を交えてピア・レビューを補完していくという方法が考えられ
る。また、科学研究費の使途についての制約を緩和し、例えば教員自身の人件
費に充当できるようにする。これは一見すると研究のための補助を教育に回す
ようであるが、むしろ、教員が一時的に教育から離れ、研究に集中できるよう
にするための手段である。
(今後の私学財政)
ここで、計量モデルを用いて私学財政の将来を予測するとともに、代替的な
政 策 の 効 果 を 調 べ て み よ う (第 11 図 、 詳 し く は 付 論 3)。
政府の既定路線を前提とし、私立大学がこれまで同様の行動パターンをとる
と し た 場 合 (ケ ー ス 1) 、 私 立 大 学 の 授 業 料 は 需 給 緩 和 か ら 2010 年 に は 現 在 の 6
割 程 度 ま で 引 き 下 げ ざ る を 得 ず 、 学 生 1,000 人 当 た り の 教 職 員 数 で 測 っ た 教 育
の質も 2 割程度低下することが見込まれる。
そ こ で 、2005 年 ま で に 国 立 大 学 へ の 補 助 を 私 学 助 成 並 み に し て 授 業 料 を 引
き 上 げ る 一 方 、 公 的 奨 学 金 の 枠 を 現 在 の 3 倍 程 度 に 拡 大 す る こ と (ケ ー ス 3)で 、
予想される質の低下はかなり抑えることができる。
3 .国立大学と私立大学の関係
我 が 国 の 4 年 制 大 学 576 校 を 設 置 者 別 に み る と (96 年 度 )、国 立 98 校 (17.0%)、
公 立 53 校 (9.2%)、 私 立 425 校 (73.8%) で あ り 、 国 公 立 大 学 の 割 合 は 低 く な っ て
い る 。 学 生 数 で も 私 立 の 割 合 は 73.1% で あ る 。 短 大 に つ い て は 、 598 校 の う ち
33 校 (5.5%)が 国 立 、 63 校 (10.5%)が 公 立 で あ る に す ぎ な い 。
主要先進国をみると、我が国と比べておおむね国公立大学の占める割合が高
くなっている。例外はイギリスであるが、私立大学でも政府の補助に強く依存
−71−
第 11 図
(1)
私大経営についてのシミュレーション結果
私立大学平均授業料
( 2 ) 私立大学の教育の質(学生 1 , 0 0 0 人当たり教職員数)
注 1)
注 2)
注 3)
注 4)
詳細な内容等は、付論 3 を参照。
ケ ー ス 1: 国 立 大 学 授 業 料 を 、 9 6 年 か ら 2 年 毎 に 3 6 , 0 0 0 円 ず つ 引 き 上 げ る 。 こ れ
まで政府が行ってきた政策経路を継続するというケース。
ケ ー ス 2 : 国 立 大 学 授 業 料 を 、 95 年 か ら 毎 年 10 万 ず つ 引 き 上 げ る 。 2 0 0 5 年 ま で に
国立大学の補助を現在の私学補助並みに抑えるというケース。
ケ ー ス 3 : ケ ー ス 2 に 加 え 、 私 立 大 生 へ の 1 人 当 た り 育 英 会 奨 学 金 を 95 年 か ら 2 0 0 0
年 ま で 、 毎 年 2 0 %ず つ 増 額 し て い く ケ ー ス ( 結 果 と し て 、 2010 年 に お け る 私 立 大 生 に
対 す る 奨 学 金 総 額 は 3 倍 程 度 と な る )。
−72−
しているため、資金面では国立大学に近い存在といえ る
24 。 こ の 点 、 ア メ リ カ
は 学 生 数 で 州 立 と 私 立 が 3:1 の 構 成 比 で あ る が 、 国 立 (州 立 )大 学 と 私 立 大 学 の
役割分担を考えるに当たって興味深い材料を与えてくれる。すなわち、アメリ
カでは一部の州立大学を除くと、むしろ私立で選抜的な大学が目立っている。
以下では、こうした視点も踏まえながら、我が国における国立大学のあり方
について、私立大学との関係を探りながら検討する。
( 1 ) 国立大学への問題提起
(国立大学の存在意義)
前述のとおり、国立大学へは私立大学と比べて手厚い補助が行われている。
これは、国立大学を中心とする高等教育システムを、私立大学が量的に補完し
てきたという歴史的な事情を反映しているが、現状を評価するためには改めて
そ の 意 義 を 明 ら か に す る 必 要 が あ る 。そ の 根 拠 と し て は 、外 部 性 、所 得 再 分 配 、
地域活性化などが指摘されることが多い。
「国立大学は研究中心であるから、私立大学と比べて外部性が高い」という
主 張 は 、 大 学 院 (職 業 教 育 的 な も の を 除 く )、 特 に 博 士 課 程 に つ い て は 誤 り で は
な い 。 実 際 、 大 学 院 生 の 数 は 、 国 立 約 11 万 人 に 対 し 私 立 約 5 万 人 で あ る (96
年 度 ) 。た だ し 、 こ れ が 手 厚 い 補 助 の 根 拠 と い え る か ど う か に つ い て は 、 い く つ
か の 留 保 が 必 要 で あ る 。第 一 に 、確 か に 事 後 的 に は 大 学 院 が 国 立 大 学 に 多 い が 、
これは私立大学が大学院に参入しようとするときの条件が国立大学とは同等で
ないことも影響していると考えられる。第二に、国立大学では学部学生の学費
負担も相対的に軽い。これは、国立大学では理科系の学生割合が高く、理科系
であれば学部学生でも研究活動に大きく貢献しているとでも考えなければ説明
できない。
「国立大学は低所得世帯の学生をターゲットにしている」という主張につい
24
ただし、イギリスの大学は厳密な評価に基づいて補助されている点で我が国とは大きく異
なる。
−73−
て は 、 確 か に 、 集 計 さ れ た デ ー タ(文 部 省 『 学 生 生 活 調 査 』 )を み る と 国 立 大 学
の学生の家計収入は私立大学より低いことが分かる。
しかし、各大学が個別に行っている調査の結果から推測すると、国立大学、
私 立 大 学 そ れ ぞ れ の 中 で の( 家 計 又 は 主 た る 家 計 支 持 者 の )収 入 格 差 は き わ め て
大 き い (田 中 (1994))。 ま た 、 全 国 大 学 生 活 協 同 組 合 連 合 会 『 大 学 生 の 消 費 生 活
に 関 す る 実 態 調 査 』 の デ ー タ (関 東 甲 信 越 圏 の 大 学 )を 用 い た 分 析 で も 、 家 計 所
得 は 大 学 の 設 置 形 態 よ り も 入 試 難 易 度 と 結 び つ い て い る こ と が 分 か る (第 12 図 。
ま た 、 樋 口 (1994)も 参 照 さ れ た い )。 一 般 に 、 所 得 再 分 配 に よ る 公 平 性 の 追 求
第 12 図
関東甲信越圏の大学に通う学生の家計に
おける主たる家計支持者の平均年収
注 1)
全 国 大 学 生 活 協 同 組 合 連 合 会 『 学 生 の 消 費 生 活 に 関 す る 実 態 調 査 (96 年 )』 の 部 分 集 計 デ
ー タ (同 連 合 会 よ り 提 供 を 受 け た も の の み )、 駿 台 予 備 学 校 『 入 試 動 向 DATA BOOK』
による。
注 2)
大 学 入 試 の 偏 差 値 は 学 部 ご と の 偏 差 値 を 募 集 人 員 でウェイト付 け し た も の (96 年 )。
注 3)
回帰式の(
)内 は t 値 。
−74−
は効率性の犠牲において可能である。選抜的な国立大学の存在は所得分配を不
平 等 化 す る の で 、 公 平 性 と 効 率 性 の 両 方 の 観 点 か ら 問 題 と い え よ う (付 論 4)。
もっとも、地方国立大学の多くや公立大学については、結果として低所得世
帯への所得再分配という役割を果していることは否定できない。
「産業、人口が流出する地方では、国立大学がその抑制のために役立つ」と
いう主張は、研究の外部性がローカルな場合に妥当する。もっとも、ローカル
な外部性はその受益者である自治体や住民が対応すべきであり、公立大学ある
いは自治体による私立大学の誘致に当てはまるものである。
(組織の運営、私立大学との競争上の関係を巡る論点)
これらの存在意義への疑問に加え、組織の運営や私立大学との競争上の関係
を巡る論点も存在する。
組織の運営については、教育研究については評価が容易ではないが、事務に
ついては職員数をみる限り検討の余地がある。すなわち、教員以外の職員数を
み る と 、 私 立 大 学 は 学 生 1,000 人 当 た り 48 人 で あ る の に 対 し 、 国 立 大 学 は 98
人 に 達 し て い る ( 第 13 図 )。 も っ と も 、 国 立 大 学 と 私 立 大 学 で は 学 部 構 成 が 異
なることから、職員数の比較にもこの点を考慮する必要がある。しかし、こう
した点を考慮して、事務系職員数は私立大学における全学生数との比、技術技
能系職員数は理工系学生数との比などを基準として国立大学の職員数をいわば
「 私 立 大 学 並 み 」 に し て も 、 学 生 1,000 人 当 た り 職 員 数 79 人 と 現 在 よ り は 少
なくなる。こうしたリストラにより、同時に給与水準を私立大学並みに引き上
げ て も 全 体 で 500 億 円 近 い 節 約 が 可 能 で あ る 。
予算・人事面など組織運営上の手段について、自由度が乏しい点も指摘され
ることが多い。国の機関が政府の統制を受けるのは当然であるが、状況の変化
に合わせて大学内部の諸活動のどこに資源を配分すべきかを熟知する大学側と、
何が教育研究に相応しいかを大局的に判断する政府との情報ギャップが顕在化
しているものとみられる。
−75−
第 13 図
私立大学と国立大学の学生 1 , 0 0 0 人当たり職員数
(教 員 を 除 く )
注 1)
国 立 大 学 (調 整 後 )、学 生 1 人 当 た り (看 護 婦 は 附 属 病 院 病 床 当 た り ) 職 員 数 を 私 立 大 学 と 同
数 と し 、 学 生 数 (看 護 婦 は 病 床 数 ) を 乗 じ て 算 出 し た 。 国 立 大 学 (調 整 後 )と 私 立 大 学 の 数 値
が 一 致 し な い の は 、 国 立 大 学 (調 整 後 )を 計 算 す る に 当 た り 、 技 術 技 能 系 職 員 は 理 工 系 (理 学 、
工 学 、 農 学 )学 生 を 、 医 療 系 職 員 は 医 歯 系 (薬 学 、 看 護 学 等 を 含 む )学 生 を 基 準 と し 、 看 護 婦
は附属病院病床数を基準としたことによる。
注 2)
職 員 数 は 、 文 部 省 『 学 校 基 本 調 査 報 告 書 (高 等 教 育 機 関 編 )』 に よ る 。 兼 務 者 (本 務 教 員 で 事
務職員を兼ねている者) を除く。また、対象は大学、短期大学、附属病院、附置研究所。
注 3)
学 生 数 は 、 文 部 省 『 学 校 基 本 調 査 報 告 書 (高 等 教 育 機 関 編 )』、 病 床 数 は 、 厚 生 省 大 臣 官 房 統
計 情 報 部 『 医 療 施 設 調 査 (動 態 調 査 )病 院 報 告 』 に よ る 。
注 4)
(
注 5)
国 立 大 学 の 職 員 人 件 費 は 、 私 立 大 学 並 み の 人 員 に す る こ と で 456 億 円 節 約 さ れ る 。 な お 、
)内 の 人 数 は 、 職 員 数 合 計 。 [
]内 の 金 額 は 、 職 員 人 件 費 合 計 (退 職 金 等 を 含 む )。
調整後の職員人件費試算に当たり、1 人当たり給与も私立大学並みとした。
私立大学との競争上の関係は、我が国の教育システム全体が消費者の厚生向
上 に つ な が る よ う に と の 観 点 か ら 論 ず る べ き で あ る 。 す な わ ち 、「 国 立 大 学 が
な け れ ば 私 立 大 学 は よ り 経 営 が 安 定 し て い た で あ ろ う 」と い う 単 純 な 考 え 方 は 、
二つの点で問題がある。第一に、これは消費者ではなく私立大学の経営上のメ
リットに着目している。第二に、私立大学の経営が安定するのは新規参入がな
い場合だけである。需給調整規制の問題点についてはすでに述べたところであ
る。
むしろ、消費者の立場からは、国立大学に組織的に蓄積されてきた知的資産
がより有効に活用されることがメリットであろう。こうした観点からは、国立
−76−
大 学 の 存 在 を 直 ち に 問 題 視 す る の で は な く 、い か に 競 争 を 活 発 化 し て 国 立 大 学 、
私立大学がともに消費者ニーズに対応できるような仕組みとするかが重要であ
る。
なお、国立大学ではないが法令上国立学校とされる大学入試センターについ
ては、現在すべての国公立大学、多くの私立大学が同センターの試験を利用し
ている。センター試験の利用は、国公立大学を含め各大学の判断によるとされ
ており、制度的に独占が保証されているわけではない。しかし、将来的に学校
法人を含め民間からの共通テスト市場への参入希望が生じる場合には、競争条
件 が 同 一 と な る よ う な 配 慮 が 必 要 で あ る 25 。
( 2 ) 改革の方向
(長期的な目標)
長期的には、国立、私立を問わず競争条件は同一とし、良い教育を提供する
大学では、消費者がそのために必要なコストを負担する。この受益と負担の関
係は、他のサービスでは当然とされ、教育だけが例外であるという説得的な理
由はない。良い教育を提供するためには、それだけコストもかかるから、通常
は学生は高い学費を納めなければならない。しかし、大学によっては、学費を
低い水準に抑えてできるだけ広い範囲から優秀な学生を集めることで、大学の
評判を維持する経営戦略をとることもありうる。その場合は、そのような試み
を支援してくれる卒業生や篤志家から必要な寄付金を集めるか、教職員等が質
の高い労働を低報酬で行なわなければならない。したがって、ここでいう消費
者とは、学生のほか、卒業生や父兄、寄付者、そして場合によっては教職員等
も含む、広い意味の消費者である。このような経営戦略を市場を通じて実現で
きれば、現在の国立大学が現在の授業料で現在の教育を供給する結果となるこ
ともあり得ないことではない。しかし、そのような経営戦略を公的補助によっ
ア メ リ カ で は 、 学 部 レ ベ ル の 入 試 で は SAT と A C T と い う 2 つ の 統 一 試 験 が 異 な る 試 験 機
関により提供されている。
25
−77−
て実現することは、消費者主権とは矛盾するため認められない。
もちろん、低所得者への奨学ローンを拡充することにより、質の高い教育を
受けたいにもかかわらず受けられないという事態が生じないようにすることが
前提である。これにより、消費者主権が取り戻され、大学は多様な消費者ニー
ズに応える教育を効率的に提供するようになると見込まれる。
さ ら に 、「 良 い 教 育 を 安 い 学 費 で 受 け ら れ る 大 学 を 目 指 し た 長 期 に わ た る 受
験競争」はかなり緩和されることも期待される。受験勉強がすべて資源の浪費
であるとはいえないが、少なくとも、価値が歪められたサービスの割当てを受
けるための競争は、単に良い所得を得るための競争と比べると過剰な資源投入
を強いられるはずである。
(改革の手順)
しかし、国立大学の形態を直ちに全面的に改革するということは現実的では
ない
26 。 改 革 に は コ ス ト が 伴 い 、 そ の コ ス ト は 事 前 に 的 確 に 把 握 す る こ と は 難
しい。
そこで、第一段階として既存の形態を前提に、大学内部における各種機能の
会 計 ・ 運 営 の 分 離 と 経営 情 報 の 透 明 性 を 高 め る な ど 改 革 の コ ス ト の 把 握 ・ 分 析
を進めるとともに、現状でも明らかな運営上の問題の是正に努めることが考え
られる。運営上の問題の是正は大学の裁量幅を拡大することが基本であるが、
それだけにディスクロージャーを通じた説明責任の確立が条件となる。
第二段階として、いくつかのサブシステムを取り出して独立採算制に近づけ
る試みを行う。前述のように、国立大学全体を金融システムのようなネットワ
ークとしてみることはできない。また、単科大学の存在を考えると、総合大学
行 政 改 革 会 議 最 終 報 告 (1997)で は 、「 国 立 大 学 に つ い て は 、 人 事 ・ 会 計 面 で の 弾 力 性 の 確 保 な
ど種々改善する必要があり、現行の文部省の高等教育行政の在り方についても改善が必要。しか
し、大学改革は長期的に検討すべき問題であり、独立行政法人化もその際の改革方策の一つの選
択 肢 と な り 得 る 可 能 性 は あ る が 、 現 時 点 で 早 急 に 結 論 を 出 す べ き 問 題 で は な い 。」 と し て い る 。
同報告における独立行政法人は、主務大臣の認可した中期計画の下で、必要な場合に運営費、固
定的投資経費を国から交付される一方、剰余金を計画の範囲で使用することができる。
26
−78−
に著しい範囲の経済があるとも考えにくい。そこで 、国立大学の改革は、大学
ごと、学部ごとなどサブシステムを取り出して段階的に行うことができる。現
時点でどのようなサブシステムが試行対象となるべきかを断定することはでき
ないが、以下のような可能性が考えられる。
第一は、一部の大学の社会科学系学部である。これらの学部では、学生の側
でも、社会的威信を含め報酬の高い就職先に進むために入学する者が比較的多
く、私的利益に基づく市場原理になじみやすいとみられる。
第二は、職業教育的な大学院である。これらも先端的な研究体制の一部とい
うよりは、基本的には学生がビジネス社会で高収入を得るか、あるいは消費的
価値を求めるために入学するものである。大学院における社会人教育、生涯教
育と呼ばれるものは、多くはこうした機能を持つと考えられる。
第三は、事務部門である。教育部門と比べ、事務部門の生産性は数量的把握
が容易である。また、現在でも、独自の人事慣行があるなど各大学の教育部門
のニーズを反映しやすい体制にあるとはいいがたい面がある。目標を設定した
労務管理、外部委託の推進による効率改善の余地が十分あるとみられる。
(各種機能の分離と透明性確保)
現在、国立大学は多くの租税収入が投入されているにもかかわらず、納税者
に 対 し て 経 営 情 報 、特 に 会 計 に 関 す る 情 報 が 分 か り 易 く 示 さ れ て い な い 。ま た 、
事 務 (ア ド ミ ニ ス ト レ ー シ ョ ン)と 教 育 研 究 、 学 部 と 大 学 院 な ど が 「 ど ん ぶ り 勘
定」で一体的に運営されている。こうした慣行を是正することが効率改善への
第一歩である。
事 務 に つ い て は 、教 員 が 教 育 研 究 以 外 の 雑 用 に 追 わ れ る と い う 状 況 を 改 善 し 、
学長の権限の下で効率的に遂行されるように努める。学部と大学院では教員が
兼務する場合が多いが、このときはコストを按分して計上するなど会計上は区
分して経理する。そうして、サブシステムごとに区分された経営情報を、国民
に対して迅速なタイミングで公開する。学部と大学院、あるいは学部間では内
部補助が行われていることが多いが、その実態を明らかにすることで改革の可
−79−
能性を議論することができる。
(予算・人事の裁量幅拡大)
こうした措置の実施を条件として、予算・人事に関する大学の裁量幅を拡大
することができる。学生のニーズについての情報は、政府より大学当局が多く
持っているはずであり、これに対応した的確な経営行動は大学への権限委譲な
くして進まない。
第一に、予算の年度間、目的外流用の弾力化である。現在でも、例外的には
流用が認められる場合があるが、原則は厳しく統制されている。法学的な論理
で は 、「 予 算 は 国 会 の 統 制 下 に 置 か れ る も の 」 と し て そ れ 以 上 の 議 論 が 難 し い
面もあるが、大学側の説明責任とバランスがとれている限り、より効率的な使
用方法を認めるべきである。
第二に、学長の権限を強化し、学部を越えて含め予算、人員を重点的に配分
できるようにする。また、ビジネス界を含め外部の有識者の意見を取り入れた
大学運営を促進するため、これらの有識者が学長等に対して常時助言ができる
体制の確保を義務付ける。
第三に、経営感覚のある事務局長を民間や外国から登用できるようにするこ
とである。現行制度では、事務職員は学長の期待に応えたり、経営効率を高め
ようとするインセンティブがほとんどない。少なくとも事務局長は、拡大され
る裁量幅を有効に活用できるような制度にしておく必要がある。
第四に、教員についても任期制の導入を促進する。選択的任期制が導入され
る こ と と な っ た が 、大 学 に よ っ て は 任 期 制 を ま っ た く 選 択 し な い 可 能 性 も あ る 。
私立大学のようにある程度外部との厳しい競争に晒されている限りその選択は
大学の自由であるが、国立大学では導入促進のための方策が必要である。具体
的 に は 、 採 用 後 何 年 間 か は 任 期 制 と し 、 そ の 後 テ ニ ュ ア(終 身 在 職 権 ) を 認 め う
るという形で競争メカニズムを機能させることが考えられる。
(研究プロジェクト中心のファイナンス)
−80−
これまでも校費から科学研究費や特殊法人等を活用した新たな基礎研究推進
のための経費へのシフトがみられるが、企業からの受託研究費を含め、引き続
きこうしたプロジェクト中心のファイナンスを充実させる。また、受託研究費
等については、現在はその一部がオーバーヘッドとして国庫に納められる仕組
みとなっているが、各大学のインセンティブを高めるため、十分な間接経費が
大学に帰属するよう見直す必要がある。
(遊休資源の処分・活用)
私立大学であれば規制の範囲内で資源を最大限活用するインセンティブがあ
るが、現在の国立大学ではそうしたインセンティブが弱い。遊休資源の存在は
国民的な損失であるが、それだけではなく、独立採算制が可能になるためには
遊休資源を有効活用して得られる資金を一般会計からの補助と置き換えていく
ことが一つの鍵である。
第一は、夜間、夏休みの教室等である。社会人や留学生を対象とした新たな
コースの設置等が考えられる。その際、既存の私立大学における同様のコース
と競争条件が相違しないよう配慮する必要がある。
第二は、実態として教育目的に用いられていない土地である。国有地は信託
期 間 に 20 年 の 限 度 が あ る た め 事 実 上 オ フ ィ ス ビ ル を 建 設 す る な ど の 方 法 が と
れ な い 。土 地 の 用 途 規 制 と と も に こ う し た 制 約 を 緩 和 し て 土 地 の 活 用 を 図 る か 、
あるいはそうした土地は返納して代価により基金を設けることが考えられる。
(独立採算制に近づけるための課題)
国 立 大 学 を 独 立 採 算 制 に 近 づ け る と い う 試 み に 対 し て は 、「 ア メ リ カ 並 み に
寄付金を集めたり、運用したりするのは無理なので 、独立採算のための財政基
盤 が 整 わ な い 」、「 完 全 に 私 立 大 学 化 す る な ら と も か く 、 特 殊 法 人 の よ う な 形 で
は 放 漫 経 営 に な る 」、「 低 所 得 者 の 進 学 先 が な く な る 」、「 壮 大 な 無 駄 の 許 容 が で
き な く な り 、科 学 技 術 の 発 展 を 阻 害 す る 」な ど の 根 強 い 反 対 論 が あ る 。確 か に 、
これらの問題は独立採算制に近づけるに当たっての配慮事項にはなりうるが、
−81−
それを全面的に否定する材料としては必ずしも十分ではない。
外部資金のうち寄付金については、我が国ではそもそも寄付を好む個人や企
業が少ない可能性はある。しかし、外部資金には他に企業からの委託研究費等
もあり、一部の国立大学がセンター・オブ・エクセレンスを自認するならばプ
ロジェクト関係の外部資金を一層多く呼び込めるはずである。また、我が国に
大規模な基金を運用する能力がないという指摘に対しては、金融ビッグバンの
進むなかで、アメリカなど諸外国の優れた運用者を積極的に活用すればよい。
もっとも、私立大学との競争条件を近づけるためには、かなり厳しい学費の
値上げやリストラなどを行わなければならない。そのことを調べるために、い
く つ か の 国 立 大 学 を 選 ん で 大 胆 な 仮 定 を 置 き 試 算 を し て み よ う (第 14 図 )。 現
在 持 っ て い る 固 定 資 産は 無 償 で 国 か ら 借 り る と す る ( し た が っ て 、 完 全 に 私 立
大 学 化 す る の で は な い)。た だ し 、施 設 設 備 費 に 相 当 す る 金 額 を 自 ら 負 担 す る 。
そうして、比較的似通った私立大学が現在受けている補助金や、集めている寄
付金は保証されるとする。こうした仮定の下で、私立大学が平均的に計上して
い る 消 費 収 支 超 過 額( 黒 字 ) を 計 上 す る た め 、 ど の 程 度 の 学 生 納 付 金 の 引 き 上 げ
が必要かをみた。
その結果は、第一に、大学によって大きく異なることが分かる。これは、独
立採算に近づけるという試みについての議論は、前述のように国立大学全体を
ま と め て 考 え る の で はな く 、 大 学 ご と 、 さ ら に は 学 部 ご と に 考 え る 必 要 が あ る
ことを確認するものである。
第 二 に 、 学 生 納 付 金 の 必 要 引 き 上 げ 額 が 少 な い 大 学 で も 1 人 当 た り 90 万 円
程度であり、現在の私立大学より学生の負担が重くなることである。これは質
の高い教育を行っているから当然という面と、リストラが必要であるという面
を と も に 持 っ て い る 。し た が っ て 、各 大 学 の 戦 略 に 応 じ 、教 職 員 数 を 減 ら す か 、
学生定員を増やすかという選択を視野に入れることとなろう。他方、研究成果
が社会的に高く評価されている大学では、プロジェクトに応じて公的補助の追
加的配分が容認される余地もある。
国有のまま財務上の裁量権を与える形態が私立大学より望ましいとは必ずし
−82−
第 14 図
国立大学への私大並み補助率等適用時の
学生 1 人当たり納付金 (試算)
注 1)
注 2)
注 3)
注 4)
注 5)
A∼ C の 各 国 立 大 学 に つ い て 、 そ れ ぞ れ 学 部 等 が 類 似 し て い る と 思 わ れ る 私 立 大 学 に 合
わ せ 以 下 の よ う に 試 算 し た 。 な お 、 96 年 度 実 績 値 に よ る 。
・補助金は、人件費に対する割合が対応する私立大学と同率であるとして現在の人件
費に乗じて計算した。
・寄附金は、帰属収入に対する割合が対応する私立大学と同率であるとした。ただし、
現 在 の 奨 学 寄 附 金 が そ の 試 算 金 額 を 上 回 っ て い る 場 合 ( B 大 学 、 C 大 学 )は 、 現 在 の 奨
学寄附金額とした。
・基本金組入額は、現在の施設整備費の金額とした。
・ 消 費 支 出 額 は 、 現 在 の 歳 出 ( 科 学 研 究 費 を 除 く 一 般 会 計 を 含 む 。) か ら 施 設 設 備 費 を 除
いた金額とした。
・消費収支差額については、消費支出額に対する消費収入超過額の割合が私立大学法
人 の 平 均 で あ る 0.34%で あ る と し て 試 算 し た 。
現 行 納 付 金 は 、 A∼ C の 各 国 立 大 学 は 現 在 の 歳 入 の 授 業 料 及 び 入 学 金 ・ 検 定 料 を 、 学 部
及 び 大 学 院 の 学 生 数 で 除 し た も の 、( 参 考 ) の 私 大 平 均 及 び 私 医 ・ 歯 学 部 は 、 学 生 生 徒 等
納 付 金 と 手 数 料 を 学 生 生 徒 等 数 で 除 し た も の で あ る 。私 大 数 値 は 、日 本 私 学 振 興 財 団『 今
日 の 私 学 財 政 (大 学 ・ 短 期 大 学 編 )』 に よ る 。
( )内 の 数 値 は 、 現 在 の 各 国 立 大 学 の 大 学 、 大 学 院 お よ び 研 究 所 の 歳 出 に 対 す る 、 授 業
料及び入学金・検定料の割合。
[ ]内 の 数 値 は 、 現 在 の 各 国 立 大 学 の 大 学 、 大 学 院 お よ び 研 究 所 の 歳 出 に 対 す る 、 奨 学
寄附金、受託研究費、共同研究費の合計額の割合。
科学研究費補助金は考慮していない。
も い え な い が 、 仮 に 私 立 大 学 が 最 終 的 な あ り 方 で あ ると す れ ば 過 渡 的 な 姿 と 位
置 づ け る こ と が で き る 。重 要 な 点 は 、現 在 の 特 殊 法 人 の 多 く は 競 争 相 手 が な く 、
−83−
そのために効率上の問題が生じていることである。国立大学を独立採算制に近
づける試みは、あくまでも私立大学との競争の強化を狙ったものであり、一般
の特殊法人とは状況が異なる。
低所得者への配慮は、繰り返しになるが本来は奨学金が担うべきである。加
えて、現在の国立大学が何らかの公的存在であり続ける限り、授業料免除制度
も活用する余地が残されている。
「壮大な無駄」は研究プロジェクトではあってもよいし、競争的資金の配分
に お い て 例 外 的 な 取 扱 い を 設 け る こ と で 対 応 可 能 で あ る 。 し か し 、「 壮 大 な 無
駄 」が 教 育 や 事 務 の 分 野 に あ っ て は な ら な い の で あ り 、大 学 全 体 の あ り 方 を「 壮
大な無駄」の必要性と一括りにする議論は正当化できない。
−84−
むすび
本 報 告 書 で は 、 教 育 問 題 を 経 済(学 )的 な 視 点 か ら 捉 え る こ と に よ り 、 教 育 、
特に高等教育についてどのような現状評価と提言ができるかを探った。
まず、教育改革を他の改革と整合的に進めるという考え方の下で、我が国の
高等教育システムに対して提起されている問題点を改善し、グローバル・スタ
ン ダ ー ド に 沿 っ た 形 で の 整 備 を 進 め る に 際 し て は 、(1) 高 等 教 育 に お け る 政 府 の
役 割 の 明 確 化 、(2)競 争 の 活 発 化 に よ る シ ス テ ム の 効 率 化 、 (3)市 場 メ カ ニ ズ ム
により人材需要の変化に柔軟に対応できるシステムの構築、という 3 点を目
標として掲げるべきことを示した。
その上で、具体的な政策課題として、公的規制、公的補助、国立大学と私立
大学の関係という 3 つの手段の問題を取り上げた。そうして、長期的には、公
的 規 制 は 撤 廃 し 、公 的 補 助 は 研 究 プ ロ ジ ェ ク ト へ の 補 助 と 奨 学 金 に 重 点 を 移 し 、
大学の形態によらず競争条件を同一として「良い教育を提供する大学では、消
費者がそのために必要なコストを負担する」という他のサービスでは当然の関
係が成り立つようにするべきことを述べた。しかし、こうした目標の達成には
大学評価、学生へのセーフガード、国立大学の運営の透明性といった諸条件が
前提となることから、短期的にはこれらの整備を進めつつ、改善を急ぐべきと
ころから着手していくという処方箋を示した。
以上の結論は、短期間の討議でまとめたものであり 、 ま た 、 最初に断った
ように「経済(学)的 な 視 点 」 が す べ て で は な い 。 今 後 、 本 報 告 書 で 示 さ れ た 論
点 の 再 検 討 も 含 め 、さ ら に 教 育 改 革 へ の 国 民 的 議 論 が 深 ま る こ と を 期 待 し た い 。
特に、本報告書の意義の一つは、狭い意味の教育関係者だけでなく、ビジネス
マンやエコノミストもこれまで以上に積極的に議論に参加していくための契機
と な り う る こ と で あ る と 考 え る 27 。
最 近 で は 、 経 済 団 体 連 合 会 (1996)、 経 済 同 友 会 (1997)な ど 、 経 済 団 体 の 教 育 改 革 に 対 す る
発言が活発化している。エコノミストによる組織的な提言としては、政策構想フォーラム
(1985)が あ る 。
27
−85−
最後に一つ、政策提言を付け加えたい。我が国では教育分野における客観的
なデータの公開・整備が遅れている。本文でも言及したように、例えば国立大
学 と 所 得 再 分 配 の 問 題 を 考 え る に 当 た っ て 、『 学 生 生 活 調 査 』 の 集 計 表 だ け を
みて「国立大学に通う学生の家計所得は相対的に低い」という議論をしてもほ
とんど意味がない。建設的な議論の基礎として、既存の統計を大学別などにブ
レークダウンしたデータの公開を進めるとともに、人的資本や教育の質に関す
る新たなデータを収集するための政策的支援が求められる所以である。
−86−
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−89−
付論 1
機関補助と個人補助の帰着
白井
正敏*
教育の需要曲線、供給曲線をそれぞれ次のように特定化する。
q D = q D ( p ) = N − np
q S = q S ( p ) = M + mp
こ こ で 、 q D 、 q S は そ れ ぞ れ 市 場 の 教 育 需 要 、 供 給 量 (人 数 )で あ る 。 ま た 、 p は 教
育 の 市 場 価 格 (年 当 た り 授 業 料 )と す る 。 N 、n 、M 、m は 、正 の パ ラ メ ー タ ( N > M )
である。
完全競争的市場モデルを想定し、市場均衡を考えよう。需給均衡する価格と
教育量を求めれば、
N − np = M + mp
より、
p* =
N−M
m+n
q* =
mN + nM
m+n
となる。
このモデルに個人補助、機関補助を導入し、両者を比較しよう。
(1) 個 人 補 助
それぞれの個人は政府から 1 年当たり sの率で補助金を受け取るとしよう。
この場合の、教育の市場需要関数は
*
教育経済研究会委員、中京大学経済学部教授
−90−
q D = q D ( p − s ) = N − n( p − s )
で与えられる。したがって、この場合の均衡教育量と均衡価格は、それぞれ、
ps * =
N − M + ns
m+n
q s* =
mN + nM + nms
m+ n
となる。ここで、添え字 sは個人補助を表す。したがって、教育の市場価格は
補 助 が な い 場 合 よ り ns だ け 上 昇 し 、 均 衡 教 育 量 は nms だ け 増 加 す る 。
m+n
m+n
(2) 機 関 補 助
次に、政府が各教育供給機関に 1 人当たり sの助成金を与える場合を検討
しよう。助成金を受けた教育機関は正確にその分だけ授業料を下げるものとす
る。この場合、教育の市場供給関数は
q S = qS ( p + s ) = M + m ( p + s )
となる。同様にして、均衡価格と均衡教育量を求めれば、
po * =
N − M − ms
m+n
qo * =
mN + nM + nms
m+n
と な る 。 機 関 補 助 の 場 合 は 授 業 料 は ms だ け 補 助 が な い 場 合 よ り 下 落 し 、 均 衡
m+n
教 育 量 は nms だ け 増 加 す る 。
m+n
以上の結果を比較すれば、見かけ上の授業料は補助がない場合と比べて、個
人補助の場合は上昇し、機関補助の場合は下落することがいえる。しかしなが
ら、いずれの場合も均衡教育量は同じである。したがって、個人に補助金を与
えた場 合 の 授 業 料と 機 関 に 与 え た 場 合 の 実 質 授 業 料 (授 業 料 + 助 成 金 ) は同じ
−91−
で あ る 。ま た 社 会 的 教 育 配 分 は 同 じ で あ る か ら 、社 会 的 厚 生 は 両 者 同 じ で あ る 。
以上のことは次の図で説明される。
−92−
付論 2
民間金融機関における教育ローンへの取り組み状況
1 .公的ローンとの比較
我が国の教育ローンはその貸出主体によって、国民金融公庫の教育貸付、雇
用促進事業団による財形教育融資、さらに民間金融機関による教育ローンの 3
種類に分けられる。
こ れ ら 3 種 の ロ ー ン を 比 較 し て み る 。ま ず 融 資 額 を み る と 、公 庫 貸 付 が 学 生 ・
生 徒 1 人 当 た り 200 万 円 、 財 形 融 資 が 借 入 人 当 た り 450 万 円 以 内 で あ る の に
対 し 、 銀 行 の 教 育 ロ ー ン は 300 万 円 以 内 が 多 い 。
次に、金利水準を比較すると国民金融公庫の貸付がもっとも低く、財形教育
融資がこれに次いでいる。民間銀行によるローンは、平均すれば公的機関より
高い金利であるが、銀行によってその差は大きい。融資期間を比べると公庫貸
付 と 財 形 融 資 の 8 年 以 内 に 対 し て 、 銀 行 ロ ー ン は 5∼ 10 年 程 度 と ほ ぼ 同 じ で
ある。
対象となる学校は、公庫貸付と財形融資が高校以上の高等教育機関となって
いるのに対して、民間銀行のローンでは幼稚園から対象となっている。また、
公庫貸付では海外の学校への留学や予備校の費用も融資対象になっているが、
民間銀行の対応は区々である。
資 金 使 途 は 、 公 庫 貸 付 と 財 形 融 資 が 学 校 へ の 納 付 金 に 加 え て 、 下 宿 代 (ア パ
ート家賃) も含まれており幅が広い。これに対して、銀行ローンでは学校への
納付金が中心であり、高々いくつかの銀行でアパートの敷金・礼金も対象にし
ている程度である。なお、公庫貸付と財形融資では在学中の費用は 1 年分に限
ら れ て い る が 、銀 行 の 場 合 は 特 に 規 定 し て な い と こ ろ が ほ と ん ど で あ る 。ま た 、
資金の必要な時期に合わせて借り入れができるように、極度枠を設定して当座
貸越や分割借入ができるようにしている銀行もある。
借入人は保護者がほとんどである。公庫貸付と財形融資では本人の借入も認
めているが、返済能 力があることが前提で、本人が勤労者である場合に限定さ
−93−
れ て い る (大 学 へ の 社 会 人 入 学 は 対 応 可 能 )。 ま た 、 い く つ か の 銀 行 で は 大 学
卒業後に子供に債務を引き継ぐ親子リレー方式を併用している。公庫貸付には
借 入 人 年 収 の 上 限 制 限 が あ る が 、 上 限 が 1,210 万 円 (事 業 所 得 者 は 990 万 円 )
と高く、かなりの高所得者でも借り入れ可能である。
公庫貸付も財形融資も無担保であり、銀行の教育ローンも無担保貸出が中心
である。但し、銀行の場合は医学部入学のように高額の資金を必要とする場合
を想定して、有担保の貸付制度も用意している。
2 .歴史的背景と現状
公 庫 貸 付 制 度 と 財 形 融 資 制 度 は 1979 年 に 始 ま っ た 。 銀 行 の 教 育 ロ ー ン は こ
れ に 先 立 っ て い く つ か の 銀 行 で 取 り 扱 い が 始 ま っ て お り 、78 年 に は 地 銀 の 共 通
商品としての教育ローンが開始された。これらは進学率の上昇に合わせた教育
資金ニーズの高まりに対応した動きであった。
民間の方が先行して始まった教育ローンであるが、現在では金利の低い公庫
貸付が大きなシェアを占めている。銀行の教育ローンは、公庫貸付で足りない
分を補ったり、いわゆる「お受験」のような低学年子弟のための教育資金を提
供 す る 役 割 を 担 っ て き た と い え る 。な お 、財 形 融 資 の 利 用 者 が 極 端 に 少 な い が 、
制度自体が知られていない可能性がある。また、いくつかの銀行が財形融資金
利を下回る金利を提示するようになっていることが財形融資の競争力を低下さ
せていると思われる。
3 .銀行にとっての教育ローンの意義と将来性
銀行の教育ローンの金利は、他の無担保ローンに比べると低く設定されてい
る。これは、公庫貸付との競合が理由としてあげられるが、個人融資にしては
まとまった資金が出ることや資金使途がしっかりしており、貸し倒れリスクが
相対的に低いことも理由として考えられる。また、1 人目の子どもに続いて、
2 人目、3 人目についても借入ニーズが期待できることも教育ローンの特色で
ある。さらに、親子リレー方式の場合、債務を引き継いだ子がその銀行をメイ
−94−
ンバンクとして選ぶ確率が高く、若手顧客の囲い込みにも有効である。このた
め、親子リレー方式の貸出金利を低く設定して勧誘している銀行がある。
教育ローンは、目的別ローンとしては主要なものの一つであり、良質な貸し
出し資産の積み上げに有効である。また、個人顧客のメインバンクを目指す場
合の品揃えの一つとしても重要である。銀行での他の取引状況に応じて優遇金
利が適用されるのはこのためであろう。
教育ローンの金利や商品性は銀行によって差がある。銀行の中では一部の都
市銀行と地方銀行、第二地方銀行が積極的に対応しているようであるが、これ
は リ テ ー ル 業 務 に 力 を 入 れ て い る こ と の 現 れ で あ ろ う 。特 に 地 方 銀 行 の 中 で は 、
公庫貸付と十分競争できる低金利を実現しているところもある。また、上述の
ように極度枠を設定することで借入を柔軟に行えるよう商品性を向上させる動
きも出ている。
4 .公庫貸付の民間銀行への代替可能性
銀 行 は 年 収 100∼ 300 万 円 以 上 の 人 に 対 し て 貸 出 を 行 っ て お り 、 国 民 金 融 公
庫 が 年 収 1,210 万 円 ま で の 層 に 貸 出 を 行 う 必 要 性 は 乏 し い 。 公 庫 貸 付 の 機 能 は
銀行によって代替可能であろう。公庫貸付並みの金利で貸出を行う銀行は少な
いが、政府が利子補給を行うことで、銀行の貸出金利を引き下げることが可能
となる。
学生本人への教育資金の貸し出しは、公庫貸付でも勤労者を除き行われてい
ない。収入のない学生本人への貸し出しを行うには公的機関の保証制度が必要
と思われる。
−95−
付表
教育ローンの官民比較
貸出機関
融資限度
金利
融資期間
融資対象となる学校 資金使途
借入人資格
貸出残高
国民金融 学生・生徒 固定金利: 8年以内 (在学 国内・海外の高校、高 入学時と在学中1年間の 入学・在学生の保護者で 6,521 億 円
公庫
1人につ
2.500 % 期間以内で元金 専、短大、大学(院)。 費用。
き200万円
+保証料 据置可能)。
(今年1月
に 150 万
年間収入が1,210万円(事 (97/3末)
専修学校、各種学校、 具体的には、学校納付金、 業所得者については990
( 年0.5% 交通遺児家庭ま 予備校、その他職業能 受験料、受験時の交通 万円) 以内の人。その他 2,100 億 円
程度)
たは母子家庭の 力開発校などの教育 費・宿泊費、教科書代、 の親族や本人が借入でき (96年度新規
円から増
場合1年延長可 施設。
アパートの敷金・家賃、 る場合もある。
額)
能。
通学費。
−96−
雇用促進 450 万 円 固定金利: 8年以内(最長4 高校、高専、短大、大 同上
入学・在学生の親族、
貸出額)
16億円
事業団(財 以 内 、 か
3.510 % 年まで元金据置 学(院)、各種学校とし
または勤労者である本 (97/3末推定)
形教育融 つ 財 形 貯
+保証料 可能)
て認定を受けている
人。
資)
蓄残高の
( 年0.5%
進学予備校
5倍以内。
程度)
2億円
(96年度新規
貸出額)
貸出機関
融資限度
民間銀行
300万円以 固定金利:
(無担保)
内が中心。
金利
3.100∼
融資期間
が対象に入るところ の敷金・礼金を含めてい 子供に債務を引き継ぐ方
もある。
3.075∼
6.025%
−97−
(有担保)
1,000万円 変動金利:
2.625%
∼5,000万
円。
教育資金
+保証料
(0.1%前後)
以外も含 +事務手数
む総合ロ 料
ーンで1億
円。
(3∼5万円)
貸出残高
心。最長14年。 海外の学校や予備校 への納付金。アパートへ リレー方式で、卒業後は (97/3末推定)
万円以内。 変動金利:
民間銀行
借入人資格
5∼10 年が中 幼稚園から大学まで。 入学金や授業料など学校 収入のある保護者。親子 1,800億円
6.650%
最大で500
融資対象となる学校 資金使途
るところもある。但し、1 式もある。
300∼400億
年分の在学費用に限定し
円
ている銀行は少ない。
10∼30年以内
同上。主として、医学 同上。教育ローンとして 不動産や有価証券などの
部入学のような高額 独立している場合と、他 担保提供が可能で収入の
の資金を必要とする の資金使途と合わせて長 ある保護者。
場合を想定している。 期総合ローンとしている
場合がある。
(96年度
新規貸出額、
推定)
付論 3
計量経済学モデルによる高等教育市場のシミュレーション
小椋
1.
正 立 *、 小 竹
裕 人 **
はじめに
戦後の我が国の高等教育市場では、他の市場と異なり、一貫して超過需要が
存 在 し て き た 。 昭 和 40 年 代 前 半 に 第 一 次 ベ ビ ー ブ ー ム 世 代 が 大 学 の 受 験 年 齢
に 近 づ く に つ れ 、私 立 大 学 は 入 学 定 員 を 増 加 し 規 模 を 拡 大 し て い っ た 。し か し 、
それでも高度成長を背景としたベビーブーム世代の進学需要には追いつくこと
ができず、受験戦争はしだいに過熱化していった。こうした中で、文部省は私
立 大 学 に 対 し て 定 員 の 2 倍 近 い 水 増 し 入 学 を 認 め ざ る を 得 な か っ た が 、そ の 結
果、収容能力に比べ過剰な学生数をかかえた私立大学では、教育の質に対する
学生の不満が高まったが、私立大学側は規模を拡大するためのコストを授業料
の 値 上 げ で 調 達 し よ う と し た 。1970 年 に 入 る と 、 こ の よ う な 学 費 値 上 げ に 対
する学生の強い不満から学生紛争が発生した。このような学生紛争の多発と長
期 化 に よ り 、私 立 大 学 の 機 能 は ス ト ッ プ し 、授 業 料 の 値 上 げ も 実 現 し な い ま ま 、
私 立 大 学 の 経 営 は 悪 化 し た 。 政 府 は 私 立 大 学 に 対 す る 経 常 的 な 補 助 (私立大学
経常費補助) を開始することにした。
ま た 、 1973 年 の 第 一 次 オ イ ル シ ョ ッ ク 後 は 、 私 立 大 学 で は コ ス ト 上 昇 に も
かかわらず、不況のため授業料を引き上げることができず、その収支は急速に
悪 化 し た 。こ う し た 経 済 状 況 に 加 え て 、第 一 次 ベ ビ ー ブ ー ム 世 代 が 卒 業 す る と 、
その後は入学希望者が急速に減少していくことが予想された。このような状況
を目前にして、政府は、私立大学に対する経常費補助を強化する一方で、入学
定員の水増しを解消するよう要求し、大学の入学定員を凍結する政策を実施し
た 。 こ の 凍 結 政 策 は 1986 年 ま で 継 続 し た が 、 こ の 間 、 共 通 一 次 試 験 を 期 に 、
*
**
教育経済研究会座長、法政大学経済学部教授
経済企画庁経済研究所部外協力者、群馬大学社会情報学部講師
−98−
受験生の人気は国立大学から私立大 学へシフトし、さらに国の財政危機の中で
国立大学の授業料が引き上げられた。このような追い風に恵まれて、私立大学
は授業料の値上げを実施することが可能となり、それにより施設・教職員を整
備することができた。
し か し な が ら 、1990 年 代 に 入 る と 、 バ ブ ル 景 気 の 崩 壊 と と も に 、 私 立 大 学
に逆風が吹き始めた。景気が悪化するとともに、一般に、家計は授業料の高い
私立大学を敬遠し始めたが、特に地方の学生にとっては、私立大学は大都市に
集中しており、生活費が嵩むことも、私立大学を敬遠する重要な理由の一つに
なっている。さらに、国立大学でも、受験科目の減少や弾力化に力を注いだの
で、この面でも私立大学との格差は解消してきている。このような状況から、
1990 年 代 に 入 っ て か ら は 、 私 立 大 学 は 授 業 料 の 大 幅 な 値 上 げ に 踏 み 切 る こ と
は 難 し く な っ て き て お り 、 80 年 代 に 縮 小 し た 国 立 と 私 立 の 教 育 の 質 に 関 す る
格差は、再び開く傾向にある。
小 椋 ・ 若 井 (1991) は 、 高 度 成 長 期 以 後 の 我 が 国 の 高 等 教 育 市 場 に お い て 、
なぜ超過需要がいつまでも解消されなかったのか、とりわけ政府の大学定員の
凍結政策と私立大学経常費補助政策がどのように私立大学の教育の質に影響を
与えたのかをモデル化した。そこでの仮説は、収入のほとんどを授業料に頼る
私立大学では、この間、志願者数の増加が授業料の引き上げを容易にし、それ
が 私 立 大 学 の 教 育 の 質 を 向 上 さ せ 、そ れ が さ ら な る 志 願 者 数 の 増 加 に つ な が る 、
という良循環が働いてきた、というものである。したがって、容赦なく少子化
が 進 展 す る こ れ か ら の 20 年 間 は 、 こ の プ ロ セ ス が 逆 向 き に 働 く こ と が 考 え ら
れる。本稿では、利用可能なサンプルを追加して、このモデルを再推計して、
少子化が加速する中で、今後の高等教育市場がどのような推移を辿るのか、あ
わせて私立大学の経営状況がどのように変化するのか、市場環境の変化を補償
するためには、どの程度の外部資金の投入が必要となるのかを予測した。
現在、すでに少子化の影響により、大学受験者数の減少は始まっており、政
府は、このままでいくとほぼ全員が合格できる「全入」状態が遠からず実現す
ることを予想している。私たちのシミュレーションによれば、従来型の「護送
−99−
船 団 方 式 」 の も と で は 、 私 立 大 学 の 教 育 の 質 は 急 速 に 低 下 し て 行 く(ケ ー ス 1)。
そ し て 国 立 大 学 の 授 業 料 を 現 在 の 私 立 大 学 の 約 2 倍 に 引 き 上 げ て も 、そ れ だ け
で は 私 立 大 学 の 財 政 状 況 を あ ま り 好 転 さ せ る こ と は で き な い (ケ ー ス 2)。私 立 大
学に対する補助によって教育の質を維持しようとすれば、現在の数倍の補助金
を 与 え る こ と が 必 要 と な る (ケ ー ス 4) 。 し か し 、 現 在 の 政 府 の 財 政 状 況 を 考 え
れ ば 、私 立 大 学 の 経 常 費 補 助 を そ れ だ け 増 や す こ と は 、あ ま り 現 実 的 で は な い 。
しかしながら、同時に、激化する一方の国際競争を考えると、大学教育の 4 分
の 3 を占める私立大学の教育の質を落とすことは、我が国の経済の将来に大き
なハンディを負わせることにならないかと懸念される。この隘路からの出口と
して、今回、私たちは小椋・若井論文の枠組みに、奨学金のアベイラビリティ
効果を組み込んだモデルを推計した。現在、私立大学の学生のうち、日本育英
会 か ら の 奨 学 金 の 貸 与 を 受 け て い る の は 、約 1 割 に す ぎ な い が 、奨学金のアベ
イラビリティを大幅に高める政策は、私立大学の財政を好転させる上で、かな
り 効 果 的 で あ る (ケ ー ス 3)と み ら れ る 。
2 .モデルの背景
経済学の立場からは、合理的な経済主体としての若者は、大学に進学するか
どうかの決定は、大学進学による生涯所得の増加が、大学教育中の授業料と放
棄 所 得 ( す な わ ち 進 学 せ ず に 労 働 す れ ば 得 ら れ た 所 得)と の 合 計 を 上 回 る か ど う
かによって決めるものと仮定する。しかしながら、なぜ大学進学により生涯所
得 が 増 加 す る の か に つ い て は 、対 立 す る 二 つ の 考 え 方 が あ る 。伝 統 的 な 立 場 は 、
教育を労働の生産性を高めるための投資であると理解するので、人的資本理論
と呼ばれる。たとえ同じ能力を持って生まれてきても、高学歴の人は教育投資
の結果、より多くの資本を持っているので、その労働は、時間当たりでより高
い生産性を示すため、労働市場でより高い所得を得ることができると考える。
これに対して、市場における情報の役割を重視する立場から呈示されたのが
スクリーニング仮説である。これによれば、教育がそれ自体で労働の生産性を
高めるのではなく、生産性の高い労働者を選抜する役割を果たすものと見る。
−100−
この仮説のもとでも、高学歴の労働者の生産性は高くなるが、これはそのよう
な労働者の潜在能力がもともと高いからである。どちらの仮説も、学歴が高い
労働者の生涯所得が高いことを説明できる点では同じであるが、教育がそれ自
体 生 産 的 か ど う か 、と い う 点 に つ い て は ま っ た く 異 な る 立 場 に 立 つ こ と に な る 。
たとえば、公共政策の問題としても、高等教育への公的支出を増やしても、純
粋なスクリーニング仮説の下では、労働生産性が上 がることは期待できないこ
とになる。
しかしながら、高等教育にとって、投資的な側面とスクリーニング的な側面
の両方も持つことが、必ずしも論理的に矛盾することであるとは言えない。一
方 で は 、た と え 人 的 資 本 理 論 の 立 場 に 立 っ て も 、投 資 と し て の 教 育 の 収 益 率 は 、
個人の能力によって左右されることは経験的な事実として認めなければならな
い。また、他方では、たとえスクリーニング仮説の立場に立っても、およそ世
の中には労働者の生産性を上げるようなトレーニングは存在しない、というこ
とを主張できるはずはない。純粋なスクリーニング仮説の立場では、そのよう
なトレーニングは企業において行われていることになるが、もし企業において
そのようなトレーニングが可能であれば、なぜそれを高等教育機関で行うこと
が不可能なのかを説得的に説明することは難しい。一般論として、職場におけ
る 訓 練 (OJT)が 重 要 で あ る こ と は 否 定 で き な い と し て も 、 高 等 教 育 機 関 に お い
て も 、 さ ま ざ ま な OJT の 中 の 共 通 な 部 分 を 抽 出 し て 、 体 系 的 に か つ 効 率 的 な
教育を行うことも、当然、可能なはずである。
このように考えると、現実の問題としては、高等教育が投資的な側面と、ス
クリーニング的な側面の両方を兼ね備えていても、一向に不都合はない。しか
し、どちらの要素がどれだけ重要かはそれぞれ社会によっても異なるであろう
し、また我が国においても高等教育機関ごとに異なると考えるべきであろう。
一般に、戦後の我が国においては、特に大企業ではいわゆる日本的雇用慣行を
前 提 と し て 、企 業 間 の 人 的 資 源 の 交 流 は き わ め て 限 ら れ 、企 業 経 営 戦 略 と し て 、
企業単位の技術の差別化が選択されてきたといわれる。こうした中で、企業は
大学に対して、スクリーニング的な機能を重視するよう要請してきたと考えら
−101−
れる。これまで、このような機能を前面に出してき たのが、特に私立大学の文
科系の教育であったのではないだろうか。
文科系の私立大学の諸学部は、効率的なスクリーニング、すなわち、企業に
とって将来、もっとも高い生産性を期待できる人材を、もっとも安いコストで
選抜するプロセスに、比較優位を追求してきたと言えるのではないだろうか。
こ う し た 学 部 の ほ と ん ど が 1,000 人 近 い 規 模 で あ り 、 ま た 高 校 教 育 の ご く 一 部
の科目について、
「適正な量の」受験勉強を必要とする、競争的な入学試験制度
をとっていることにも、この効率性の追求が現れているのではないだろうか。
このような規模の大きさは、一方では、マスプロ教育によって、平均コストを
引き下げるメリットを与え、他方では、個別の企業にとっても、労働者の質に
ついての経験分布を算出するのに必要なサンプル数を確保できるので、全国的
なブランドを確立する可能性を与えるからである。
これに対して、国立大学はこれまで比較的、教員の配備について恵まれてお
り、少人数教育が可能な体制が維持されてきたので、投資的な側面が重視され
てきたと言えるのではないだろうか。反対に、国立大学が効率的なスクリーニ
ン グ の 側 面 に 気 づ い た の は 、 比 較 的 遅 く 、 時 期 的 に は 80 年 代 後 半 に な っ て で
あった。国立大学の学部は、工学部を除けば、一般的には規模は小さいので、
ブランドを確率する上では不利である。しかも受験科目数が多いため、特に一
部の有名校では、限られた入学者の席をめぐって激しい競争が起こり、その準
備にはかなりの長い期間にわたり、かなりの費用を支出しなければならない。
このような負担に耐えられない多くの家計は、この競争には参加していない。
現在では、国立大学でも受験科目数を減らし、受験機会を増やす一方、私立大
学に対して授業料が安いため、比較優位を保っている。
いずれにせよ、この論文では、先行する小椋・若井論文と同様に、私立大学
の機能が、人的資本に対する投資と、スクリーニングの両方の側面にあったこ
とを前提として、計量経済学モデルを組み立てている。このモデルの心臓部分
は 、 授 業 料 を 決 め る 第 5 式 で あ る 。 す な わ ち (あ る )私 立 大 学 の 教 育 の 質 が 向 上
す る と 、 そ れ に 対 す る 消 費 者 の 評 価 も 上 昇 す る が 、 同 時 に 、 (そ の )私 立 大 学 の
−102−
競 争 倍 率 が 上 昇 す る こ と は 、 (そ の )大 学 の ス ク リ ー ニ ン グ 機 能 に よ る 疑 似 地 代
を発生させ、消費者の評価も上昇する。このような消費者の評価の上昇は授業
料や入学金の上昇となって現れる。ただし、このモデルでは教育の質は、学生
1 人 当 た り の 教 職 員 数 Q で 一 律 に 評 価 し て い る 。しかしながら、同じ Q を も つ
大学であっても、大教室によるマスプロ授業を一般的に行っている大学と、少
人数の教育を徹底している良心的な大学とは、大きな差があることは明らかで
ある。実際にこのような違いは、受験生による大学の評価として、反映されて
いるものと考えられるが、今回は理論の 「平均的な」 妥当性を確保したに過
ぎない。
また、このモデルは、私立大学の収入でも、授業料や入学金などの経常収支
部 分 だ け を 扱 っ た も の で あ り 、 最 近 、 特 に 重 要 性 を 増 し つ つ あ る 、研 究 活 動 に
対する外部資金の効果を十分に反映しているとは言えない。現状では、このよ
うな資金をこのモデルに取り入れる唯一の経路は、補助金と同じ扱いをするこ
とである。この点は、早急に改善すべき点である。ただし、私立大学の設備投
資部分をモデル化することは、現在、公表されているデータではほとんど不可
能である。早急に、企業会計レベルのすべての大学の情報の公開が行われるこ
とを期待する。
3.
シミュレーション結果の概要
( 1 ) 各ケース共通の設定
(a)
1994 年 時 点 で 固 定 と す る も の
・消費者物価指数
(b)
(名 目 )
P
・その他の合格者数
OFRE (帰 国 子 女 や 大 検 な ど )
・私立大学留年率
REP
1994 年 か ら 年 率 1%で 伸 ば す も の
・大卒平均賃金
DWA
・高卒平均賃金
KWA
・生活費
LIF
−103−
(c)
国立大学と私立大学の定員、国立大学の入学者数
・ 定 員 は 恒 常 的 定 員 と 臨 時 定 員 に 分 け ら れ る 。 恒 常 的 定 員 は 1996 年 時 点 で
425,913 人 (推 計 ) で あ る が 、 臨 時 定 員 は 73,000 人 で あ っ た 。 今 回 の シ
ミ ュ レ ー シ ョ ン に お い て は 、文 部 省 の既 定 路 線 と し て 伝 え ら れ る 、次 の よ
う な シ ナ リ オ を 採 用 し た 。 す な わ ち 、 恒 常 的 定 員 は 1995 年 か ら 1996 年
に か け て 6,600 人 増 加 し て お り 、 こ の 伸 び が 2000 年 ま で 続 く が 、 2001
年 以 降 は 半 分 の 3,300 人 ず つ の 増 加 に と ど ま る と 仮 定 し た 。ま た 、臨 時 定
員 に 関 し て は 、 2000 年 ま で そ の ま ま と し 、 2 0 0 1 年 以 降 、 2005 年 ま で 、
そ れ を 1 割 ず つ 減 少 さ せ 、 2006 年 以 降 は 残 っ た 臨 時 定 員 を そ の ま ま 恒 常
的定員に振り替える。
・ な お 、 臨 時 定 員 増 73,000 人 の 国 公 立 と 私 立 と の 間 の 配 分 に つ い て は 、 次
の よ う に 推 定 し た 。 ま ず 、 こ の定 員 増 は 1988 年 か ら ス タ ー ト し 、 1992
年に終了したと想定した。この間の国公立と私立の定員増を計算すると、
国 公 立 8,207 人 に 対 し て 、 私 立 は 68,086 人 で あ る 。 し た が っ て 、 臨 時 定
員 増 に 占 め る シ ェ ア と し て は 11%対 8 9 %と な る 。 こ の シ ェ ア を も と に 削
減される臨時定員増を分配した。
・ 国 立 大 学 の 入 学 者 数 に つ い て は 、1996 年 の 段 階 で 上 の 方 式 で 計 算 し た 国
立 大 学 定 員 の 1.046 倍 で あ る の で 、そ れ を 将 来 の 国 立 大 学 の 定 員 数 に か け
ることで算出し、その結果をモデル計算の際に、所与とした。
(d)
高 校 卒 業 者 数 KGRA
・1976 年 生 ま れ の コ ホ ー ト の 91.59%が 1994 年 に 18 歳 で 高 校 を 卒 業 し た
と 見 込 ま れ る 。 1995 年 以 降 の 18 歳 人 口 を 1990 年 の 国 勢 調 査 と 完 全 生
命 表 か ら 推 計 し 、そ れ に こ の 比 率 を 乗 じ て 高 校 卒 業 生 数 KGRA と し た 。
・ こ れ に よ れ ば 94 年 の 165.9 万 人 か ら 、 2000 年 の 136.9 万 人 ま で 、 毎 年
ほ ぼ 5 万 人 ず つ も 減 少 す る 。そ の 後 は 、減 少 の ス ピ ー ド が や や 鈍 り 、2010
年 に は 約 110 万 人 に な る 。
(e)
国立大学授業料
−104−
・国立大学の補助を現在の私学補助なみに抑えるとすれば、国立文科系の
授 業 料 は 約 135 万 円 に な る と い う 試 算 を ベ ー ス と し て 、 2005 年 に ほ ぼ
その水準に到達するように引き上げる。
( 2 ) シミュレーションの 4 つのケース
ケ ー ス 1:
既定路線
・ 国 立 大 学 の 授 業 料 だ け が 、 2 年 に 一 回 、 3.6 万 円 ず つ 引 き 上 げ ら
れる。
ケ ー ス 2:
国立大学授業料の引き上げ強化
・ 国 立 大 学 の 授 業 料 を 1995 年 に (私 大 平 均 の )70 万 円 に 引 き 上 げ た
後 は 、 毎 年 6.5 万 円 ず つ 引 き 上 げ て 、 2005 年 に 135 万 円 と し 、
その後はその水準を維持する。
ケ ー ス 3:
奨学金の給付拡大
・ケース 2 と同じ国立大学の授業料の引き上げ
・私大の在学生 1 人当たり年間 5 万円弱の日本育英会の奨学金を毎
年 20 パ ー セ ン ト ず つ 、 6 年 間 増 や し て 、 現 在 の 3 倍 の 額 と す る 。
ケ ー ス 4:
補助金増額路線
・ケース 2 と同じ国立大学の授業料の引き上げ
・私大の教育の質を維持するのに必要な補助金を毎年、政府が交付
する。
( 3 ) シミュレーション結果
以 下 の シ ミ ュ レ ー シ ョ ン は 、 実 質 で 経 済 が 年 1%の 成 長 を す る 時 、 私 立 大 学
に関わる高等教育市場がどうなるかを、実質でみたものである。
ケース 1
・ 政 府 の 既 定 路 線 で は 、 私 立 大 学 平 均 授 業 料 TU は 、1994 年 時 点 の 70 万 円 か
ら 、 2010 年 に は 38 万 円 程 度 に 低 下 す る 。 高 校 卒 業 生 の 大 学 進 学 率 GAR
は 95 年 に は 40%で あ っ た が 、 2002 年 に は 50%を 超 え 、 2010 年 に は 60%
−105−
以上に達する。
・学生 1 人 当 た り の 教 職 員 数 で 測 っ た 私 立 大 学 の 教 育 の 質 Q は 、94 年 の 0.14
か ら 一 貫 し て 低 下 し 、 15 年 間 で 約 2 割 ほ ど 低 い 水 準 に 低 下 す る 。
ケース 2
・ 国 立 大 学 の 授 業 料 NTU を 現 在 の 私 立 大 学 の 2 倍 程 度 ま で 、 急 速 に 引 き 上 げ
ても、それだけでは私立の経営環境はあまり好転しない。
ケース 3
・国立大学の授業料の急速な引き上げに加えて、私立大学の学生 1 人当たり
約 5 万円の日本育英会奨学金を現在の 3 倍程度まで拡大する政策により、
私立大学の経営や教育の質の悪化は、かなりの程度、防ぐことができる。
ケース 4
・既定路線の定員を実現しながら、かつ教育の質を国の補助によって維持す
る た め に は 、 私 立 大 学 に 対 す る 私 学 補 助 を 、 現 在 の 2,518 億 円 か ら 6,071
億円に増やすことが必要である。あるいはこの一部を民間からの研究資金
や寄付金により、代替することもできる。
−106−
表 1 シミュレーション結果の概要( 2 0 1 0 年)
*の つ い た 変 数 は 単 位 =100 万 円
&の つ い た 変 数 は 外 生 変 数
項
目
私大平均授
業料
私大入学者
数
私大定員超
過率
私大教育の
質
マクロ入試
倍率
私大競争倍
率
現役生志願
率
浪人志願者
実数
私大受験校
数
私大入学納
付金
私大教職員
平均給与
私大給与外
消費支出
私大経営収
入総額
私学経常費
補助
国立大学授
業料
私大生当た
り奨学金
記
号
1994 年
ケース 1
ケース 2
ケース 3
ケース 4
TU
700,852
381,086
417,031
552,180
629,034
PFRE
435,131
517,030
507,602
474,367
462,337
1.1876
1.35047
1.32585
1.23916
1.20873
Q
0.14062
0.11125
0.11453
0.12732
0.14062 &
MAC
1.59235
1.33104
1.32553
1.31088
1.28209
PMIC
9.45673
7.34841
7.83453
7.51579
7.09606
GAR
0.377544
0.62595
0.61387
0.57291
0.55214
RAPP
266,681
170,436
167,672
159,823
149,884
PAPL
4.6079
4.41578
4.70960
4.50259
4.33987
ENT
1,686,129
1,045,661
1,122,588
1,584,810
1,756,096
PWA
5,561,360
6,029,238
6,086,763
6,301,052
6,509,245
CON*
4,833,703
3,437,345
3,608,930
4,310,904
5,080,198
REV*
2,209,992
1,765,492
1,867,089
2,299,706
2,850,119
GSOS*
251,828&
251,828&
251,828&
251,828&
607,077
NTU
447,600&
735,600& 1,350,000& 1,350,000& 1,350,000&
CHOKA
PBSUBS
TU2
49,756&
49,756&
−107−
49,756&
148,573&
148,573&
表 2
内 生 変 数 の 説 明 と Final Test に お け る 平 均 平 方 誤 差 率
内生変数
APP
平均平方誤差率(%)
2.43
説 明
志 願 者 実 数 (人 )
CHOKA
私立大学入学者/定員数
5.04
CON
DKGRA
私立大学平均給与外消費支出
国 公 立 大 学 卒 業 者 数 (人 )
8.17
1.09
DKSTOCK
DPGRA
国 公 立 大 学 卒 業 者 ス ト ッ ク (人 )
私 立 大 学 卒 業 者 数 (卒 業 年 )
0.23
5.89
DPSTOCK
私 立 大 学 卒 業 者 ス ト ッ ク (人 )
1.31
DSTOCK
EDUCO
大 学 卒 業 者 数 (人 )DKSTOCK+DPSTOCK
大学進学コスト/賃金指数
1.00
3.67
ENT
EXSTU
私 立 大 学 平 均 入 学 時 納 付 金 (1 人 当 た り , 円 )
財 政 的 に 必 要 な 学 生 数 (人 )
FRE
大 学 入 学 者 数 (人 )
4.18
GAPP
GAR
現 役 志 願 者 数 (人 )
現役生大学進学率
3.06
2.91
GFRE
MAC
現 役 入 学 者 数 (人 )
マクロ入試倍率
5.78
3.74
OEXP
私 立 大 学 経 常 支 出 総 額 (百 万 円 )
3.21
PAPL
PAPP
私 立 大 学 平 均 受 験 校 数 (校 )
私 立 大 学 入 学 志 願 者 延 べ 人 数 (人 )
4.80
6.30
PFRE
PMAN
私 立 大 学 入 学 者 数 (人 )
私 立 大 学 教 職 員 数 (人 )
5.39
4.97
PMIC
私立大学平均競争倍率
8.83
PWA
Q
私 立 大 学 教 職 員 平 均 給 与 (千 円 )
学生 1 人当たり教職員数 (人):「質」の代理変数
1.42
3.12
RAPP
REV
浪 人 志 願 者 実 数 (人 )
私 立 大 学 経 常 収 入 総 額 (百 万 円 )
4.12
3.39
RFRE
浪 人 入 学 者 数 (人 )
2.78
RRATE
STU
高卒資格の大学入学者中の浪人比率
私 立 大 学 学 生 数 (人 )
3.33
7.13
TU
私 立 大 学 平 均 授 業 料 (円 )
−108−
9.19
10.69
11.45
表 3
外生変数の説明
DWA
GSOS
大 卒 男 子 平 均 賃 金 (各 年 6 月 1 日 現 在 )
私 立 大 学 経 常 費 補 助 総 額 (百 万 円 )
KGRA
KWA
高 校 卒 業 者 数 (人 )
高 卒 男 子 平 均 賃 金 (各 年 6 月 1 日 現 在 )
LIF
大 学 生 平 均 生 活 費 (円 )
NFRE
NTU
国 公 立 大 学 入 学 者 数 (人 )
国 立 大 学 授 業 料 (円 )
OFRE
P
高 卒 以 外 の 大 学 入 学 者 (人 )
消 費 者 物 価 指 数 / 100
PRN
私 立 大 学 入 学 定 員 (人 )
私 立 大 学 へ の 奨 学 金 貸 与 額 PSAMOUNT/ 私 立 大 学 学 生 数
PSUBSTU
STU (年 額 、 千 円 )
PSAMOUNT
REP
私立大学への奨学金貸与額
私立大学留年率
WA
ダミー変数
各目賃金指数
DUMFRE1
第 1 次 凍 結 政 策 (1976 年 か ら 78 年 を 1 と す る )
DUMFRE2
DUMKATEI
第 2 次 凍 結 政 策 (1979 年 か ら 1985 年 を 1 と す る )
教 育 課 程 変 化 ダ ミ ー (1976,1985 年 を 1 と す る )
DUMKYO
DUMOIL74
共 通 一 次 ダ ミ ー (1979 か ら 1986 年 ま で を 1 と す る )
オ イ ル シ ョ ッ ク ダ ミ ー (1974 年 を 1 と す る )
DUMPBU91
ポ ス ト バ ブ ル ダ ミ ー 91 (1991 年 以 降 を 1 と す る )
DUMPBUB
ポ ス ト バ ブ ル ダ ミ ー (1992 年 以 降 を 1 と す る )
−109−
4.
モデルの構造の記述
(1) 行 動 方 程 式
イ ) LOG(GAR)=a 0 +a 1 * LOG(EDUCO)+a 2 * LOG(DSTOCK(-1)/KGRA)+
a 3 * LOG(DWA/KWA)+a 4 * DUMKYO+a 5 * DUMPBU91
ロ ) LOG(RAPP)=b 0 +b 1 * LOG(GAPP(-1)− GFRE(-1))+b 2 * DUMPBUB+
b 3 * DUMKYO
ハ ) RRATE=c 0 +c 1 * RAPP/APP+c 2 * GFRE(-1)/KGRA(-1)+c 3 * DUMKYO+
c 4 * KUMKATEI
ニ ) LOG(PAPL)=d 0 +d 1 * LOG(NTU/TU)+d 2 * LOG(WA)+d 3 * LOG(P(-1))
+d 4 * LOG(MAC(-1))+d 5 * DUMPBUB+d 6 * DUMOIL74
ホ ) LOG(TU)=e 0 +e 1 * LOG(Q(-1))+e 2 * LOG(PSUBSTU)+e 3 * LOG(PMIC(-1))+
e 4 * LOG(DWA(-1))+e 5 * DUMPBU91
ヘ ) LOG(ENT)=f0 +f 1 * LOG(TU)+f2 * LOG(PSUBSTU)+f3 * DUMPBUB+
f 4 * DUMFRE1+f5 * DUMFRE2
ト ) LOG(PWA)=g 0 +g 1 * LOG(WA)+g 2 * LOG(Q)
チ ) LOG(CON)=h 0 +h 1 * LOG(REV * 1000000/PMAN)+h 2 * LOG(CON(-1))
リ ) LOG(Q)=i 0 +i 1 * LOG(REV * 1000000/STU/P)+i 2 * LOG(Q(1))+i 3 * DUMPBU91
ヌ ) LOG(CHOKA)=j 0 +j 1 * LOG(EXSTU/PRN)+j 2 * LOG(DPSTOCK(-1)/STU(1))+j 3 * DUMFRE1+j 4 * DUMFRE2
ル ) DPGRA=k0 +k1 * PFRE(-4)+k2 * PFRE(-6)
ヲ ) DKGRA=l 0 +l 1 * NFRE(-4)+l 2 * NFRE(-6)
(2)定 義 式
イ ) GAPP=GAR * KGRA
ロ ) APP=GAPP+RAPP
ハ ) PAPP=PAPL * APP
ニ ) PMIC=PAPP/PFRE
−110−
ホ ) PFRE=CHOKA * PRN
ヘ ) FRE=NFRE+PFRE
ト ) MAC=APP/FRE
チ ) STU=(STU(-1)-DPGRA)* REP+PFRE
リ ) PMAN=Q* STU
ヌ ) REV=TU * STU/1000000+ENT * PFRE/1000000+GSOS
ル ) OEXP=PWA * PMAN/1000000+CON * PMAN/1000000
ヲ ) EXSTU=(OEXP -GSOS) * 1000000/(TU+ENT/4)
ワ ) DPSTOCK=DPSTOCK(-1)+DPGRA
カ ) DKSTOCK=DKSTOCK(-1)+DKGRA
ヨ ) RFRE=RRATE * (FRE-OFRE)
タ ) GFRE=FRE-RFRE-OFRE
レ ) EDUCO=(TU+LIF * 1000)/WA
ソ ) DSTOCK=DPSTOCK+DKSTOCK
ツ ) PSUBSTU=PSAMOUNT/STU
(3)推 計 期 間
使 用 し た デ ー タ は 年 度 デ ー タ で あ り 、推 計 期 間 は 1971 年 か ら 1994 年 ま で で
ある。
(4)行 動 方 程 式 の 推 計 結 果
第 1 式 GAR (現 役 生 大 学 進 学 率 : 対 数 線 形 )
CONST
LOG(EDUCO)
LOG(DSTOC
LOG(DWA/
K(-1)/KGRA)
KWA)
DUMKYO
DUMPBU91
係数
4.97785
-0.709269
0.299421
0.04036
-0.040802
0.068896
t値
(7.15)
(-9.56)
(8.16)
(1.44)
(-3.07)
(4.14)
決 定 係 数 =0.9339
標 準 誤 差 =0.018
D.W. 比 =1.999
第 1 式 は 、 高 校 卒 業 生 (現 役 生 ) の 進 学 希 望 率 を 説 明 す る も の で あ る 。被
−111−
説明変数は、高校 3 年生で国公立・私立大学を受験した学生数を、高校卒業生
数で除したものを用いている。また、説明変数は大学に通学するのにかかる 1
年間の費用と名目賃金指数との比率
(EDUCO) 、 父 母 が 大 卒 の 割 合
(DSTOCK/KGRA) 、 大 卒 と 高 卒 の 賃 金 格 差 (DWA/KWA) で あ っ て 、 共 通 一 次
ダ ミ ー 、 ポ ス ト バ ブ ル ダ ミ ー (91 年 以 降 ) に よ っ て 修 正 し た も の で あ る 。
通学するのにかかる費用の中には、学費だけでなく生活費も含まれている。
しかし、学費の中には、本来含まれるべき本代はデータが得られなかったため
含まれていない。父母が大卒である割合については、データが得られなかった
ために代替変数として、大学卒業生の累計を高校卒業生数で除したものを用い
ている。賃金格差については、大卒労働者の平均賃金と、高卒労働者の平均賃
金 と の 比 を 用 い て い る 。 推 計 結 果 に よ れ ば 、 進 学 率 の 進 学 コ ス ト 弾 力 性 は -0.7
であり非常に大きい。父母が大卒であることによって進学率にどの程度影響を
与 え る の か を 見 た 弾 力 性 は 0.29 と な っ て お り 、 さ ほ ど 大 き い 値 と は な っ て い
な い 。 ま た 、 学 歴 の 違 い に よ る 賃 金 へ の 弾 力 性 は 0.04 と な っ て い る 。
第 2式
RAPP (浪 人 志 願 者 数 実 数 : 対 数 線 形 )
CONST
LOG(GAPP(-1)-
DUMPBUB
DUMKYO
GFRE(-1))
係数
3.02014
0.757448
-0.037249
-0.041499
t値
(10.29)
(31.43)
(-2.15)
(-4.14)
決 定 係 数 =0.9849
標 準 誤 差 =0.022
D.W.比 =1.876
第 2 式 は 、昨 年 不 合 格 で あ っ た 者 が 今 年 ど の く ら い 受 験 す る か を 推 計 す る た
めのものである。被説明変数は、過年度の高校卒業生の志願者数である。説明
変数は、昨年不合格であった学生数であり、それをポストバブルダミーと、共
通一次ダミーによって補正している。両親の経済状態に依存している受験生が
多いためバブル以降多浪生が減少しており、二浪以上の学生の変数を入れても
有 意 に は な ら な か っ た 。 一 浪 生 の 浪 人 志 願 者 へ の 弾 力 性 は 、 0.75 で あ る 。
−112−
第 3 式 RRATE (浪 人 入 学 者 数 / 入 学 者 総 数 : 線 形 )
CONST
RAPP/APP
GFRE(-
DUMKYO
DUMKATEI
1)/KGRA(-1)
係数
0.100000
0.954251
-0.211238
0.006870
0.008037
t値
(2.28)
(8.86)
(-2.72)
(3.79)
(2.35)
決 定 係 数 =0.9239
標 準 誤 差 =0.004
D.W.比 =1.775
第 3 式は、入学者に占める浪人生の割合を被説明変数としており、それを志
願 者 に お け る 浪 人 の 比 率 RAPP/APP と 去 年 の 現 役 の 合 格 率 GFRE(1)/KGRA(-1) と で 説 明 し 、 さ ら に 誤 差 を 共 通 一 次 ダ ミ ー と 新 課 程 ダ ミ ー と で 補
正したものである。この結果から、合格者における浪人のシェアは受験者全体
の 浪 人 の シ ェ ア と ほ と ん ど お な じ (0.95)で あ る こ と か ら 、 現 役 と 浪 人 の 合 格 率
にはほとんど差はないが、わずかに現役の方が高いことがうかがえる。共通一
次や新課程が施行されると、浪人に不利な状況が生まれるので多浪を避けるの
がダミーの係数として現れているものとみられる。また、前年度の高校卒業生
において現役合格者が多いと浪人合格率は低くなることになる。
第 4 式 PAPL (私 大 平 均 受 験 校 数 : 対 数 線 形 )
CONST
LOG(NTU/
LOG(WA)
LOG(P(-1))
LOG(MA
係数
1.16831
0.131617
0.550502
-0.610977
t値
(2.43)
(3.09)
(2.83)
(-2.21)
TU)
決 定 係 数 =0.9345
DUMPBUB
DUMOIL
1.10366
0.128064
0.085709
(4.99)
(4.31)
(3.26)
C(-1)
標 準 誤 差 =0.042
74
D.W.比 =1.717
第 4 式 は 、受 験 者 が 平 均 で 何 校 の 私 立 大 学 を 受 験 す る か を 推 計 し た も の で あ
る 。説 明 変 数 は 、国 公 立 大 学 と 私 立 大 学 の 授 業 料 比 率 NTU/TU、各 目 賃 金 WA、
前 期 の 消 費 者 物 価 指 数 P(-1 )、前 期 マ ク ロ 倍 率 MAC(-1)であり、誤差をポスト・
バブル・ダミーとオイル・ショック・ダミーを用いて補正している。
被説明変数は、私立大学の受験者総数を志願者実数で除したものである。そ
の た め 、異 な る 学 部 を 受 験 し た 場 合 に は 重 複 し て カ ウ ン ト さ れ る こ と に な る「 延
−113−
べ人数」となっている。さらに、被説明変数の分母は、私立あるいは国立単願
の学生、国公立私立併願の学生を含んでいるので、左辺の比率は私立大学の受
験生数の推移だけでなく、国公立との受験生の争奪も反映した式となる。今回
の モ デ ル で は 、国 公 立 大 学 の 授 業 料 と 私 立 大 学 の 授 業 料 を 相 対 的 な 比 率 に し て 、
国公立大学と私立大学との志願者数の振り分けがどの程度、相対価格の影響を
受けているかを表すことにした。ポスト・バブル期においては、両親の経済状
態 が 私 大 平 均 受 験 校 数 に 影 響 を 与 え て い る と 考 え ら れ る た め 、名 目 賃 金 の ほ か 、
昨年の消費者物価指数を導入している。
マクロ倍率の弾力性はほぼ 1 であり、マクロ倍率が 2 倍になれば、私大平
均 受 験 校 数 も 2 倍 に な る こ と が わ か る 。国 公 立 と 私 立 の 授 業 料 の 弾 力 性 は 0.13
であり、国公立の授業料が上昇すれば、私立大学の受験校数が増え、国公立と
私立との間には代替的な関係がある。しかし、弾力性の大きさそのものはまだ
あまり大きいとは言えないので、現時点では、多くの受験生があらかじめ国公
立か私立のどちらかに絞って受験していることが伺われる。しかし、このよう
に、これまでのデータで観察される硬直性は、戦前、戦後を通して、一貫して
存在してきた国立と私立の授業料の格差や、教育の質の格差を反映していると
考えられ、これらが解消すれば、受験生はより弾力的な選択を行うものと考え
られる。
第 5 式 TU (私 大 平 均 授 業 料 : 対 数 線 形 )
係数
t値
CONST
LOG(Q(-1))
11.6496
(17.60)
1.56711
(6.74)
決 定 係 数 =0.9962
LOG(PSU
BSTU)
0.124950
(1.48)
標 準 誤 差 =0.043
LOG(PMIC(
-1))
0.62145
(4.25)
LOG(DWA(
-1))
0.470035
(2.86)
DUMPBUB
0.049588
(1.24)
D.W.比 =0.959
第 5 式は、私立大学の授業料の決定に関するものである。被説明変数は、私
立大学の授業料総収入を在学生総数で除したものである。私立医学系の授業料
も含まれていることから、データは現実のものよりも少し高めになっている。
−114−
被 説 明 変 数 は 前 年 度 私 立 大 学 の 教 育 の 質 Q( -1)に 影 響 を 受 け る も の と 考 え ら れ
る。教育の質が高ければ、授業料を高くしても十分に学生を集めることができ
る。また、私立大学が授業料を引き上げる時に考慮するのは、高い授業料によ
り、優秀な学生を門前払いする結果になるのではないか、という懸念である。
もし、私立大学に通う学生に対して奨学金が自由に貸与されれば、私立大学は
必要なコストを授業料としてより容易に徴収することができると考えられる。
ここでは私立大学の学生に新規に貸与された日本育英会の奨学金総額を、私立
大学の学生数で割ったものを奨学金へのアクセスの代理変数としている。さら
に 、 受 験 の マ ー ケ ッ ト で 、 私 立 大 学 の 人 気 が 高 ま れ ば (し た が っ て 私 立 大 学 受
験 倍 率 PMIC が 高 ま れ ば ) 授 業 料 を 引 き 上 げ る こ と が で き る 。 ま た 、 投 資 効 果
を 表 す も の と し て 、 前 年 度 の 大 卒 の 平 均 賃 金 (DWA)を 用 い て お り 、 さ ら に 、 誤
差をポスト・バブル・ダミーで補正している。
第 6 式 ENT (私 大 平 均 入 学 時 納 付 金 : 対 数 線 形 )
係数
t値
CONST
LOG(TU)
3.4006
(3.87)
0.787567
(9.44)
決 定 係 数 =0.9961
LOG(PSU
BSTU)
0.113121
(1.97)
標 準 誤 差 =0.041
DUMPBUB
DUMFRE1
DUMFRE2
-0.103332
(-2.94)
0.102010
(3.79)
0.131080
(9.23)
D.W.比 =1.352
第 6 式 は 、 私 立 大 学 に 入 学 す る と き に 必 要 な 入 学 時 納 付 金 ENT を 決 定 す る
も の で あ る 。 説 明 変 数 に は 、 私 立 大 学 の 授 業 料 TU、 私 立 大 学 学 生 1 人 当 た り
の 奨 学 金 PSUBSTU を 入 れ 、 誤 差 を ポ ス ト ・ バ ブ ル ・ ダ ミ ー 、 2 つ の 凍 結 政
策 ダ ミ ー に よ っ て 補 正 し て い る 。 こ れ ま で の と こ ろ 、 私 立 大 学 の 授 業 料 が 10%
上 昇 す れ ば 、 入 学 時 納 付 金 も 8 %上 昇 す る 関 係 が 観 察 さ れ て い る 。 ま た 、 奨 学
金の増加の 1 割が、入学時納付金の上昇につながることも観察され、今回のシ
ミュレーションにはこの式を用いた。しかし、これについては、入学時納付金
が増加すると、そのために奨学金需要が発生するという逆の因果関係も考えら
れることも指摘しておく。
−115−
第 7 式 PWA (私 立 大 学 教 職 員 給 与 : 対 数 線 形 )
CONST
LOG(WA)
LOG(Q)
係数
11.2776
1.04181
0.326893
t値
(49.47)
(47.16)
(4.86)
決 定 係 数 =0.9 988
標 準 誤 差 =0.017
D.W.比 =1.675
第 7 式は、私立大学の教職員名目平均給与を決定するものである。教職員給
与は、他産業の給与の影響と、教職員数の変化の影響を受けると考えられる。
教職員給与はほぼ他の産業界とパラレルに動いていることがわかる。
第 8 式 CON (私 大 平 均 給 与 外 消 費 支 出 : 対 数 線 形 )
係数
t値
CONST
-0.486130
(-0.87)
決 定 係 数 =0.9936
LOG(REV * 1000000/PMAN)
0.332965
(2.62)
標 準 誤 差 =0.050
LOG(CON(-1))
0.686421
(6.80)
h 統 計 量 =2.345
第 8 式は、教職員 1 人 当 た り の (給 与 以 外 の )消 費 支 出 を 決 定 す る も の で あ
る。消費支出はおもに教育研究費と事務諸雑費であるがその水準は経常収入に
依存していると考えられる。経常収入に依存しているとはいえ短期的に乱高下
するものではなく前年の実績を見ながら変化するものである。したがって、説
明変数に前年の平均給与外消費支出を加えている。近年、科研費などの公的補
助が私立大学でも原資として重要となってきているので、説明変数に政府から
の研究費補助を加える必要がある。
第 9 式 Q (教 育 の 質 : 対 数 線 形 )
係数
t値
CONST
-1.81807
(-4.08)
LOG(REV * 1000000/STU/P)
0.128868
(4.00)
−116−
LOG(Q(-1))
0.674546
(8.76)
DUMPBU91
-0.027545
(-3.13)
決 定 係 数 =0.9893
標 準 誤 差 =0.014
h 統 計 量 =1.555
第 9 式は、学生 1 人 当 た り の 教 職 員 数 を 決 定 す る も の で あ る 。 こ の モ デ ル
では、学生 1 人当たりの教職員数は、教育の質の代理変数として扱っており、
この式は、私立大学の教育の質は経常収入によって決定されているという仮説
を表したものである。学生 1 人当たりの教職員数は、長期的には学生 1 人当
たりの経常収入によって決定され、短期的には前年の教職員数を見ながら推移
す る と い う 部 分 調 整 モ デ ル を 用 い て い る 。 調 整 速 度 は 0.39 (=0.129/0.33) で あ
る 。 バ ブ ル 以 後 の 誤 差 を ポ ス ト ・ バ ブ ル ・ ダ ミ ー (91 年 以 降 ) に よ っ て 補 正 し
ている。
第 10 式 CHOKA (入 学 者 / 定 員 : 対 数 線 形 )
CONST
係数
t値
0.097134
(0.84)
決 定 係 数 =0.9848
LOG(EXSTU
/PRN)
0.319285
(6.42)
LOG(DPSTOCK(1)/STU(-1))
-0.297461
(-14.49)
標 準 誤 差 =0.019
DUMFRE1
DUMFRE2
-0.030655
(-2.27)
-0.011374
(-1.19)
D.W.比 =2.527
第 10 式 は 、 私 立 大 学 の 入 学 時 定 員 超 過 率 (入 学 者 数 と 定 員 の 比 率 ) を 表 し
た も の で あ る 。 説 明 変 数 は 、 財 政 的 に 必 要 な 学 生 数 と 定 員 の 比 率 EXSTU/PRN
と 学 生 1 人 当 た り の 卒 業 者 数 DPSTOCK( -1)/STU(-1 )と 2 つ の 凍 結 政 策 ダ ミ ー
である。
「財政的に必要な学生数」とは、経常収支をバランスさせるために必要
な 学 生 数 と し て 、経 常 支 出 額 (OEXP) か ら 経 常 費 補 助 (GSOS) を 引 い た 差
額を学生 1 人当たりから徴収できる金額
( 各 年 の 授 業 料 (TU) + 入 学 金
(ENT)/4) で 除 し て 求 め た も の で あ る 。 財 政 的 に 苦 し け れ ば 、 収 入 を 増 や す た め
に、学生を多く入学させるので、定員超過率は上昇する。反対に、卒業生のス
ト ッ ク が 増 え て く る に つ れ 、 定 員 超 過 が 質 を 低 下 す る と 見 ら れ 、 卒業 生 の も つ
学歴ブランドの市場価値を低下させることにつながりかねないため、定員超過
によって安易に収入を確保することは困難となってく る 。 ま た 、 定 員 超 過 の
−117−
代わりに、寄付金などの収入を活用する道も開けてくると考えられる。
第 11 式 DPGRA (私 立 大 学 卒 業 者 数 : 線 形 、 定 数 項 な し )
係数
t値
決 定 係 数 (RAW)=0.9994
PFRE(-4)
0.780236
(9.98)
PFRE(-6)
0.118089
(1.45)
標 準 誤 差 =7450.559
D.W.比 =0.153
第 11 式 は 、私立大学の毎年 の 卒 業 生 数 を 見 る も の で あ る 。合計すると私立大
学 に 入 学 し た ほ ぼ 9 割 の 学 生 が 卒 業 を す る 。 た だ し 現 状 で は 、 DPGRA を 決 定
す る に は 必 要 な 式 で あ る が 、 D.W.比 が 非 常 に 悪 く 、 ま た 多 重 共 線 性 の 疑 い が 濃
厚である。誤差をコントロールするためには、経済状態などの変数を加える必
要もあろう。
第 12 式 DKGRA (国 公 立 大 学 卒 業 者 数 : 線 形 )
係数
t値
決 定 係 数 (RAW)=0.9998
NFRE(-4)
0.768753
(9.73)
NFRE(-6)
0.182440
(2.21)
標 準 誤 差 =1250.865
D.W.比 =0.76
第 12 式 は 、 国 公 立 大 学 の 卒 業 生 数 を 見 る も の で あ る 。 係 数 か ら 判 断 す る と 、
ストレートに 4 年で卒業している学生の割合は私立よりも少し低いが、6 年間
で み る と 、私 立 大 学 よ り も 卒 業 す る 学 生 の 割 合 は 5%ほ ど 、高 い こ と が 分 か る 。
5 . 結論
スクリーニング機能に大きく依存してきた私立大学は、ここに来て大きな転
機を迎えている。これまで進学率が増加する中で、スクリーニング機能によっ
て、自己のブランドイメージを高めることに成功してきた私立大学は、受験者
−118−
数の減少という新たな局面に差し掛かっている。その原因の一つは、バブルの
崩壊による経済の不振である。不況は、一方では、家計の所得の伸びを止め、
そのため、子弟が大都市に集中している私立大学で学ぶための費用の負担を相
対的に重くした。また、他方では、大企業の雇用態度は慎重になり、就職面で
の有名私立大学の優位性も崩れる結果となっている。
しかしながら、受験生減少の最大の原因は高校卒業生の減少である。スクリ
ー ニ ン グ 機 能 が 有 効 に 働 く た め に は 、 選 抜 さ れ る 学 生 の(将 来 の )生 産 性 が 、 平
均 的 な 高 校 生 の (将 来 の )生 産 性 よ り も 、 有 意 に 高 く な く て は な ら な い 。 し た が
って、高校卒業生に占める、選抜される学生の割合が少なければ少ないほど、
スクリーニング機能から発生する疑似地代は高くなる。しかしながら、高校卒
業 生 は 1994 年 の 166 万 人 か ら 2010 年 に は 110 万 人 へ と 減 少 す る こ と は ほ と
ん ど 確 実 で あ る 。 現 在 の 私 立 大 学 の 規 模 を 前 提 と す る と 、 大 学 進 学 率 は 40%弱
か ら 、 60%を 超 え る と こ ろ ま で 、 増 加 す る こ と が 見 込 ま れ る 。 こ の よ う に 大 学
全体で、半数を超える高校卒業生を受け入れる事態となったとき、ときに大規
模な私立大学の文系学部のブランド価値は、暴落する可能性もある。
ま た 、他 方 で も 、国 際 競 争 が 激 化 す る 中 で 、こ れ ま で 日 本 的 効 用 慣 行 の 中 で 、
徹底した技術差別化を追求してきた企業にも、変化が見られ始めている。一方
では、経済成長に比べ経済変動の幅はきわめて大きくなってきており、日本的
慣行による労働コストの固定化は、企業の長期的な生存と両立しない可能性が
強くなっている。また、労働市場の流動化は、特に若年の専門職を中心に、急
速に進展しており、限界生産力に見合った賃金を払わない限り、有能な労働者
を 引 き 止 め る こ と が 困 難 に な り つ つ あ る 。 さ ら に 、 PC 技 術 を 中 心 と し た 情 報
革 命 は 、 企 業 の 情 報 処 理 を ほ と ん ど 画 一 な も の と し て お り 、 こ れ ま で の OJT に
よる情報処理の差別化はきわめて非効率なものになってきている。このような
環境の変化に対応して、これから数年の間に、私立大学は大きくその役割を変
えていかなければならないことは明らかである。
すでに効率的なスクリーニングに依存した大学の役割は終わりつつある。限
られた人的資源を有効に活用するためには、将来の労働者一人一人に十分な人
−119−
的 資 本 を 付 与 す る こ と が こ れ か ら の 私 立 大 学 の 役 割 と な る 。 あ と 10 年 た ら ず
のうちに、それぞれの世代において、半数以上の学生が大学教育を受けること
になる。そこでも少数の有名校は現 在のようなブランドイメージに頼った経営
を続けられるとしても、多くの大学は、企業や社会でもっとも有用な知識や技
術を、いかに有効に教育するかに、その存続をかけざるを得ない。
しかしながら、この問題を私立大学が自力で解決するためには、高等教育に
ついても、市場メカニズムが機能する条件を整備することが必要である。すべ
ての大学の競争条件を均一にすれば、教育の社会的なコストは消費者の選択に
反映される。安くて良い教育を提供する生産者に、より多くの消費者が集まる
ことだけでも、市場の効率性は高まる。また、競争により、教育の多様化が進
むことが期待できる。競争条件は均一になれば、高くても良いものを求める消
費者のニーズから、とにかく安いものを求める消費者のニーズまで、それぞれ
のニーズをより忠実に反映した供給者が、高等教育市場で生き残ることができ
る。この多様性により、市場の効率性はさらに高まるはずである。
国際化が進展する中で、これからの高等教育にかかわるすべての政策は、こ
のような市場メカニズムと、消費者主権とに整合的なものでなければならない
ことは言うまでもない。
−120−
付図
主要変数のシミュレーション結果
GAR (現 役 生 大 学 進 学 率 )
MAC (マ ク ロ 入 試 倍 率 )
−121−
PAPL (私 立 大 学 平 均 受 験 校 数 )
PFRE (私 立 大 学 入 学 者 数 )
−122−
PMIC (私 立 大 学 平 均 競 争 倍 率 )
Q (学 生 1 人 当 た り 教 職 員 数 )
−123−
REV (私 立 大 学 経 常 収 入 総 額 )
TU (私 立 大 学 平 均 授 業 料 )
−124−
参考文献
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−126−
付論 4
国立大学と私立大学が併存する制度の厚生経済学的評価
白井
正敏*
1 .はじめに
高 等 教 育 (大 学 ) に 公 的 介 入 が な さ れ る 理 由 と し て 次 の 3 項 が 挙 げ ら れ る 。
(1) 高 等 教 育 に 外 部 性 が 存 在 す る 。
(2) 教 育 の 機 会 均 等 を 保 証 す る 。
(3) 教 育 ロ ー ン 市 場 の 不 完 全 を 補 完 す る 。
以上の理由のため、政府は高等教育を無償あるいは低額の授業料で供給した
り、補助金や低利子の奨学金を支給している。国立大学が、授業料を低額にお
さえ、不足分を税収で賄っているのは教育機会の均等を保証するための措置で
あ り 、 能 力 が あ る に もか か わ ら ず 所 得 制 約 の た め に 高 等 教 育 が 受 け ら れ な い 者
に不利にならないようにすることが目的である。しかしながら、能力と所得が
独立でないという保証がないから、国立大学の質が他と比べて良いものであれ
ば、人々は誰もが国立大学に殺到する。その結果、十分な収容能力がない場合
には選抜による割り当てが生じ、能力が高いものに国立大学が占拠されること
になる。この状況は、高等教育の持つ外部性の大きさが、能力の高いものほど
大きく、この効果がすべての納税者の負担を上回る場合には正当化されるが、
外部効果がない、あるいは外部効果があるとしてもそれが能力に依存しない場
合には正当化されない。また、能力による選抜は、特に能力と所得に正の相関
が あ る 場 合 に は 、(2)の 機 会 均 等 を 保 証 す る 目 的 に は 反 す る 結 果 と な る 。 し た が
って、教育の機会均等を保証するという目的のためには、低所得者を優先する
授 業 料 補 助 金 、 奨 学 金 の 支 給 が 望 ま し い 。 ま た 、(3)の 教 育 ロ ー ン 市 場 を 確 立 す
ることは、教育の機会と親の所得を独立にするためにも重要である。
問題は、国立大学の質を割り当てによる競争を発生させるほど高くする必要
*
教育経済研究会委員、中京大学経済学部教授
− 127−
があるかどうかである。個人の要求する高等教育の質はそれぞれの能力と費用
に依存する。能力と費用に応じた高等教育の供給は市場原則に基づいた方法が
適している。市場原則は高等教育を能力による選抜ではなく、人々の選好を通
じて決定する。
本稿は教育選抜を市場原則に任せた場合の高等教育の供給を分析する。外部
性や市場の不完全性がない場合には、効率的な資源配分は市場機構により達成
される。高等教育に外部性がない場合には、市場メカニズムにより教育配分を
行うことは、効率性の観点から望ましいことになる。したがって、その場合に
は国立大学を供給する必要はない。便益、費用に見合った私立大学制度が望ま
しいことになる。しかしながら、資本市場が不完全な場合には資本コストの違
いから、低所得者層の高等教育は抑制される。また、たとえ資本市場が完全で
あっても、私立大学の供給は結果として所得の格差を拡大する。能力の高い者
は高い質の大学を選択し、より大きな所得を得るからである。このような所得
分配の格差が望ましくない場合には均一の質の高等教育を安く供給することは
所得分配を平等化することに貢献し、社会的に望ましいものであるかもしれな
い。本稿では、所得分配の観点からの国立大学の存在を強調し国立大学と私立
大学が併存する制度における高等教育の供給を検討する。
2 .モデル
社会は能力に差のある個人からなるとする。それぞれの個人は費用と便益に
応 じ て 高 等 教 育 (大 学 ) を 需 要 す る か ど う か を 決 定 す る と し よ う 。 高 等 教 育 の
選択は選抜により制限されずに需要に応じて供給されるとする。大学教育は国
立大学と私立大学の二つの機関によって供給されるとする。国立大学は国立の
教 育 を 需 要 す る 個 人 に 均 等 な 質 の 教 育 を 定 額 の 授 業 料 で 供 給 す る と す る 。ま た 、
私立大学は個人の需要に応じて質の異なる教育を費用に応じた価格・授業料で
供給するとする。
政府は一定の財源を国立大学に進学した個人が支払う授業料でカバーされな
い国立大学の費用と私立大学を選択する個人に支払う補助金を賄うとしよう。
− 128−
個人の所得は各個人の能力と消費する高等教育の質に依存するとしよう。個
人の効用を所得から大学教育の授業料支払いを差し引いた純所得で定義しよう。
効用関数を
u (n , q , p ) ≡ v ( n , q ) − p
(1)
と す る 。こ こ で 、v (n, q) は 能 力 n の 個 人 が 質 q の 大 学 教 育 を 受 け た 時 の 所 得 、 p は
授 業 料 支 出 (価 格 ) で あ る 。 ま た 、 個 人 が 高 等 教 育 を 受 け な け れ ば 、 能 力 に 関
わらず一定の所得を得るとする。
u 0 ≡ u ( n , 0 ,0 ) = y 0
(2)
こ こ で 、 y 0 は 高 等 教 育 を 受 け な い 個 人 の (一 定 の ) 所 得 で あ る 。
個 人 が 、 国 立 の 大 学 を 選 択 し た 場 合 の 効 用 を u pu と す る 。
u pu ≡ u ( n, q0 , p0 ) = v (n, q0 ) − p0
(3)
こ こ で 、 q0 、 p0 は そ れ ぞ れ 、 国 立 大 学 の 質 、 授 業 料 を 表 す 。
また、個人が私立大学を選択した場合、私立大学はそれぞれの個人に質を供
給する費用から政府により与えられる補助金を控除したものを授業料として課
すとする。したがって、私立大学の授業料は
p s = c ( q) − s
(4)
で あ る 。 こ こ で ps は 私 立 大 学 の 授 業 料 、 c (q) は 大 学 教 育 の 費 用 関 数 、 S は 学 生 1
人当たり補助金である。私立大学を選択した場合、個人は与えられた授業料の
下で、効用を最大にするような質の大学教育を選択できるとする。
個 人 が 私 立 大 学 を 選 択 し た 場 合 の 効 用 を u pr と す れ ば 、
u pr ≡ Max u (n, q s , p )
s.t .
ps = c(q s ) − s
(5)
である。したがって、個人が選択する私立大学の質は、それぞれの能力と補助
金の関数として表される。
− 129−
q s = q ( n, s)
(6)
これを効用関数に代入すれば、
u pr ≡ u ( n, qs , p s ) = v (n, qs ) − ps
(7)
であり、その効用は能力と補助金の関数となる。
個 人 は (2)、 (3)、 (7)で 与 え ら れ る 効 用 を 比 較 し 、 効 用 が 最 も 高 い も の を 選 択 す
るとする。
個 人 の 能 力 は nL か ら nH の 範 囲 に 連 続 に 分 布 す る と す る 。 高 等 教 育 を 選 択 し な
い 個 人 の 全 人 口 に 占 め る 割 合 は F0 、 国 立 大 学 を 選 択 す る 割 合 を
F pu 、ま た 、
私 立 大 学 を 選 択 す る 個 人 の 割 合 を F pr と す る 。
政府は一定の財源 T を持つとする。政府の予算制約式は
T = c( q 0 ) F pu + sF pr − p 0 F pu
(8)
で表される。政府はこの予算制約式を満たすように、国立大学の質、授業料お
よび私立大学への補助金を決定するとしよう。
個人の行動は政府の決定する国立大学の質と授業料、私立大学への補助金に
より変化する。このことをみるために、所得関数と教育の費用関数を次のよう
な簡単な関数に特定化する。高等教育の費用関数は国立でも私立でも同じであ
るとする。
v (n, q) = n q
(9)
c (q ) = (1 / 2) q 2
(10)
私立大学の質の需要は、
u pr ≡ Max nqs s.t . ps = c (qs ) − s
で決定されるから、個人が選択する私立大学の質は
− 130−
(11)
qs = n
(12)
で与えられる。したがって、私立大学を選択した場合の効用は、
u pr = 0.5n + s
(13)
となる。また、国立大学を選択した場合、および高等教育を選択しない場合の
効用は、それぞれ、
u pu = nq 0 − p 0
(14)
u0 = y0
(15)
となる。
以上のような設定の下で、各個人の需要により高等教育の選択が任されると
き に は 、(1)私 立 大 学 が 存 在 し な い 場 合 と (2)国 立 大 学 と 私 立 大 学 が 共 存 す る 場 合
の 2 ケースが考えられる。しかしながら、国立大学が存在しないケースは考え
られない。なぜなら、一定の財源を限られた私立大学への補助金と国立大学に
支出するという前提の下では、国立大学に進学する個人が少なければ少ないほ
ど国立大学の質は上昇し、国立大学へ進学するものの数がゼロに近づけば、国
立大学の質は無限大となり、国立大学を選択する個人の効用は無限大となるか
ら、少なくとも一人の個人は必ず国立大学を選択するはずであるからである。
あり得る 4 つの場合が図 1 から 4 に描かれている。
− 131−
図 1
国立大学だけのケース
図 3
国立大学と私立大学(2)
図 2
図 4
国立大学と私立大学( 1 )
国立大学と私立大学( 3 )
図 1 は 国 立 大 学 だ け が 存 在 す る ケ ー ス を 表 し て い る 。効 用 が y 0 を 上 回 る 領域
で は u pu が u pr を 上 回 っ て い る た め 、 私 立 大 学 を 選 択 す る 個 人 は 存 在 し な い 。効 用
水 準 が y0 と 等 し く な る 個 人 の 能 力 水 準 を n0 と す れ ば 、 能 力 水 準 が n0 ま で の 個
人 は 高 等 教 育 を 選 択 せ ず 、 能 力 水 準 が n0 以 上 の 個 人 は 国 立 大 学 を 選 択 す る 。
これは、私立大学の費用が国立大学に比較して非常に大きいときと、高等教
育を選択しなくともそれほど所得が低くない場合に生じる。前者は与えられた
税収がかなり大きく、国立大学の授業料が補助金を含めた私立大学の授業料に
比して著しく低い時に生じる。
− 132−
図 2 は国立大学 を選択するより私立大学を選択した方が高い効用を得る能
力の高い個人が存在する場合に生じる。私立大学を選択した個人の効用は能力
が上がるとともに増加するから、社会は高等教育を選択しない能力の低いグル
ープと、国立大学を選択する中位の能力のグループ、および私立大学を選択す
る高い能力のグループに分かれる。
さらに、より低い能力の個人の中には、高等教育を選択しないよりはしたほ
うが有利ではあるが、国立大学を選択するよりも私立大学を選択するほうが効
用が高くなる個人が存在する場合がある。このケースが図 3 に描かれている。
高等教育を選択する個人の中でより低い能力の個人とより高い能力の個人が私
立大学を選択し、中位の能力のグループが国立大学を選択するケースである。
図 4 の ケ ー ス は 国 立 大 学 の 質 と 授 業 料 が 高 す ぎ て 、能 力 が 高 く な い と 高 い 質
の便益をペイしないケースである。この場合には中位の能力グループが私立大
学を選択し、高い能力のグループが国立大学を選択する。
3 .教育政策の変化
前節の図 1 から 4 で示したケースのいずれがあらわれるかは、個人間の能
力の分布、政府の財源の規模、国立大学の質と授業料、私立大学への補助金、
高等教育を選択しない場合の所得水準に依存する。これらのうち、国立大学の
授業料と質、私立大学への補助金の大きさは財源規模と並んで教育政策の重要
な政策変数と考えられる。以下ではこれらの変数を政策パラメータとみなし、
これらの政策パラメータの変化を検討する。
それぞれのバラメータは独立ではない。我々の設定の下ではそれらは政府の
予 算 制 約 式 (8) を 満 た さ な け れ ば な ら な い 。 し た が っ て 、 財 源 規 模 が 所 与 の と
き、国立大学の質と授業料、および私立大学への補助金のうち一つは残りの二
つが決定されれば自動的に決定される。まず、それらのパラメータの変化が個
人の選択にどのように影響を与えるかをみよう。
(1)国 立 大 学 の 質 の 変 化
他 の パ ラ メ ー タ を 一 定 に し て 、 国 立 大 学 の 質 q0 を 上 げ る こ と は 国 立 大 学 を
− 133−
選 択 す る 場 合 の 効 用 u pu を 増 加 さ せ る 。 し た が っ て 、 図 の u pu 曲 線 は 上 方 に シ フ
トする。したがって、国立大学を選択する個人の数を増加させ、私立大学を選
択する個人の数を減少させる。
(2)国 立 大 学 の 授 業 料 の 変 化
他のパラメータを一定にして国立 大学の授業料を下げることは、国立大学の
質 を 上 げ る こ と と 全 く 同 一 の 効 果 を も た ら す 。 し た が っ て 、 そ れ は 図 の u pu 曲 線
を 上 方 に シ フ ト さ せ る 。し た が っ て 、国 立 大 学 を 選 択 す る 個 人 の 数 を 増 加 さ せ 、
私立大学を選択する個人の数を減少させる。
(3)私 立 大 学 へ の 補 助 金 の 変 化
他のパラメータを一定にして私立大学への補助金を上げることは、私立大学
を 選 択 し た 場 合 の 効 用 u pr を 増 加 さ せ 、 図 の u pr 線 を 上 方 に 平 行 シ フ ト さ せ る 。 し
たがって、補助金の増加は、私立大学を選択する個人の数を増加させ、国立大
学を選択する個人の数を減少させる。
私立大学の補助金を変化させることなしに国立大学の質を上げること、また
は、授業料を減少させることは、他を選択する個人の効用を減少させることな
しに国立大学を選択する個人の効用をあげる。また、他を選択する個人の効用
を減少させることなしに私立大学への補助金を増加することができるならば、
私立大学を選択する個人の効用を上げる。もし、そのような変化が政府の予算
制約式をみたす変化であれば、パレート改善的な政策変化であるといえよう。
以下、パレート改善の可能なケースとその効果を、図 1 から 4 を用いて検討
しよう。
政府の予算制約式を全微分することにより実行可能な政策変化の方向を見る
ことができる。政府の予算制約式を全微分すると、
dp0 − c' ( q0 ) dq0 = {c( q0 ) − p0 }dF pu + F pr ds + sdF pr
(16)
を得る。上式を満たす
{dp 0 , dq0 , ds} = {{−,+,0}, {−,0,+}, {0,+,+}}
(1)、
(2)、
(3)
− 134−
(17)
が存在するならば、これらの政策変化の組み合わせはパレート改善である。
(1)の ケ ー ス は 国 立 大 学 へ の 支 出 を 増 大 さ せ 、 国 立 大 学 を 選 択 す る 個 人 の 効 用
を増大させ、その数を増大する。それは、私立大学を選択する個人を減少させ
補助金支出を減少させることにより可能であることを意味する。所得分配に関
連 し て い え ば 、図 3 に 示 し た ケ ー ス で は 中 位 所 得 者 の 所 得 を 増 大 し 、社 会 の 中
間 層 の 所 得 を 上 昇 さ せ る と い う 意 味 で 所 得 分 配 を 平 等 化 さ せ る 。図 4 の ケ ー ス
では高位所得者の所得を増大させ所得分配を不平等にするが、高位所得者の中
では分配を平等化させる。
(2)及 び (3)の ケ ー ス は 私 立 大 学 へ の 補 助 金 の 増 加 が 私 立 大 学 を 選 択 す る 個 人 の
数を上昇させ、補助金支出を増大させるが、国立大学を選択する個人の数が減
少 し そ の 結 果 、 質 を 増 加 さ せ る こ と [(2)の ケ ー ス ]か 、 あ る い は 授 業 料 を 低 下 さ
せ る こ と [(3)の ケ ー ス ]が 可 能 な 場 合 で あ る 。 両 者 は い ず れ の グ ル ー プ の 効 用 ・
所得を増加させることが可能である。私立大学を選択する個人の間の所得分配
は国立大学を選択する場合より不平等となるのでこれらの変化は社会的には所
得分配を不平等化する。
図 1 から図 4 のいずれのケースが出現するかは、教育に向けられる財源と
そ れ ぞ れ の 政 策 パ ラ メ ー タ の 決 定 と 社 会 の 能 力 の 分 布 に 依 存 す る 。能 力 分 布 の
幅が相対的に狭い場合には図 1 と図 4 のケースが出現する。また、図 1 に示
された、私立大学が存在しないケースは政府財源が極端に豊富であるか、教育
の私的収益が私的費用に比して極端に低いケースである。前者は西欧型、後者
は発展途上国にみられるケースに対応するであろう。この場合には、財源が上
昇しない限りパレート改善的変化は起こらない。財源が一定の場合、国立大学
の質が決まれば授業料は自ずと決定される。国立大学の質の増加は能力の高い
ものほど大きな便益を与えるが、授業料の低下は等しく便益を与える。教育の
質 (授 業 料 ) は 中 位 能 力 水 準 が 高 け れ ば 高 い ほ ど 選 択 さ れ る 高 等 教 育 の 質 は 高
く な り 授 業 料 は ま た 高 く な る 。図 4 の ケ ー ス は 能 力 の 格 差 が 相 対 的 に 大 き く は
ないが、教育の収益が高く、低い水準の高等教育の質においても高等教育を選
択することが有利になりうるケースであ る 。 そ の た め 、 よ り 高 い 質 の 国 立 大
− 135−
学を選択せずに費用の安い私立の高等教育が可能であればそれを選択するケー
スである。
図 2 及び図 3 のケースは社会の能力分布の幅が相対的に広い場合に出現す
る。この場合には能力の非常に高い個人が私立大学を選択するケースである。
この意味ではアメリカ型に対応する。
4 .むすび
第 1 節 で 見 た よ う に 、本 稿 で 検 討 し た 公 的 供 給 の 目 的 は 所 得 分 配 の 公 平 で あ
る 。ま た 、こ れ は 効 率 性 の 犠 牲 に よ り 達 成 さ れ る 。し た が っ て 社 会 的 に 最 適 な 、
財政規模とその結果生ずる政策パラメータは公平性と効率性に関する社会的判
断に依存する。
一つの判断は両者を考慮する社会的厚生関数を構成し、その最大化を目標と
することであり、他は投票による公共選択によることになる。後者の決定によ
るならば、決定を左右するのはメディアン投票者がいずれの制度を選択するか
に 依 存 し 、 国 立 大 学 で あ れ 私 立 大 学 で あ れ 、 そ の 個 人の 効 用 を 最 大 と す る よ う
に 制 度 が 決 定 さ れ る 。 も し メ デ ィ ア ン 投 票 者 が 図 1∼ 図 3 の ケ ー ス で 国 立 大 学
を選択するものであれば、国立大学の供給は所得分配の公平と両立する結果を
も た ら す で あ ろ う 。し か し 、図 4 の ケ ー ス で 国 立 大 学 を 選 択 す る 場 合 に は 所 得
分配が不公平となり、目標と矛盾する結果がもたらされる。社会的厚生関数の
最 大 化 の ア プ ロ ー チ を と れ ば 、 図 1∼ 図 3 の ケ ー ス の よ う に 、 国 立 大 学 は 社 会
の中、下位の所得階層に有利となるような水準に決定されるであろう。
最 後 に 高 等 教 育 の 選 抜 を 検 討 し よ う 。 選 抜 が 生 ず る の は 図 4 の ケ ー ス で 、国
立 大 学 の 定 員 が n 2 よ り 大 き い 水 準 、 た と え ば 、n に 制 限 さ れ た 場 合 に 生 ず る 。
図 4 の選択が生じないケースと比較すれば、選抜の結果、マイナスの効果とし
て国立大学を選択するが入学できない個人の効用を下げる。また、プラスの効
果と し て 、 教 育 供 給 費 用 を 節 約 す る こ と が で き 、 こ れ を 国 立 大 学 の 質 の 上 昇
あるいは授業料の低下に回すことができる。この場合、能力が n 以上の国立
大学に入学できる個人の効用を増加する。選抜は私立大学を選択する個人を
− 136−
増 加 さ せ る が 、選 抜 に よ る 費 用 の 節 約 が 十 分 で あ れ ば 1 人 当 た り の 補 助 金 を 上
昇させ、私立大学を選択する個人の効用を増加する。また、これにより私立大
学を新たに選択するようになる個人の効用も増大させる。しかし、入学制限が
大きければ大きいほど、国立大学を希望するが入学できない個人が増え、彼ら
の効用を減少させ、また 1 人当たり補助金が上昇することが不可能となる。財
源を所与とした場合の社会的厚生を最大化する選抜はこれらの純効果と結果と
して生じる所得分配への効果を考慮して決定される。しかしながら、選抜は財
源を所与とした場合の次善的の最適になり得たとしても、財源を政策変数に含
めた場合には最適ではない。所得分配を選抜のない状況より不平等にするし、
また市場均衡以上の効率性を達成することはないからである。
− 137−
教育経済研究会委員名簿
座長
小椋
正立
法政大学経済学部教授
委員
木内
嶢
児玉
文雄
東京大学先端科学技術研究センター教授
白井
正敏
中京大学経済学部教授
中条
潮
中馬
宏之
一橋大学経済学部教授
樋口
美雄
慶應義塾大学商学部教授
日本長期信用銀行参与調査部長
慶應義塾大学商学部教授
(五 十 音 順 )
− 138−
事務局名簿
経済研究所長
小峰
隆夫
次長
吉川
薫
総括主任研究官
加藤
裕己
主 任 研 究 官 (公 共 経 済 ユ ニ ッ ト )
西崎
文平
公共経済ユニット
山田
泰
安藤
栄祐
室田
弘壽
足立
直己
− 139−
− 140−
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