Comments
Description
Transcript
Title 二酸化チタン含有低濃度の過酸化水素剤と405nm
Title Author(s) Journal URL 二酸化チタン含有低濃度の過酸化水素剤と405nm 半導 体レーザーを牛歯髄腔象牙質に応用した際のコンポジッ トレジンとの接着強さ 春山, 亜貴子 歯科学報, 112(2): 137-141 http://hdl.handle.net/10130/2721 Right Posted at the Institutional Resources for Unique Collection and Academic Archives at Tokyo Dental College, Available from http://ir.tdc.ac.jp/ 137 解説(学位論文 解説) 二酸化チタン含有低濃度の過酸化水素剤と405nm 半 導体レーザーを牛歯髄腔象牙質に応用した際のコンポ ジットレジンとの接着強さ Bond strength of resin composite to pulp chamber bovine dentin treated with low concentration hydrogen peroxide containing titanium dioxide accelerated by 405-nm diode laser irradiation 東京歯科大学千葉病院総合診療科 助教 略歴 2002年東京歯科大学卒業,2010年東京歯科大学大学院修了 (博士 (歯学) ) , 千葉病院総合診療科レジデント,2011年より現職。研究テーマ:歯科用漂白材に よる歯質の影響 趣味:音楽鑑賞 春山 亜貴子 Akiko Haruyama キーワード:低濃度過酸化水素剤,髄腔内漂白,接着強さ Key words:Low concentration of hydrogen peroxide, Intracoronal bleaching, Bond strength (2011年11月9日受付,2011年12月28日受理, 歯科学報 112:137∼141,2012. ) 近年,光触媒としての二酸化チタンが工業界をは はじめに じめ広い領域で注目されている。二酸化チタンは 歯の審美障害には歯の色の不調和や歯の欠損,形 400nm 付近の紫外線の照射を受けると,水などを 態・位置異常などがあるが,色調不調和でかつ形態 分解してハイドロキシラジカル(·OH) のようなフ 的・位置的異常が認められない場合,日常臨床では リーラジカルを発生させ,そのフリーラジカルの酸 漂白法で対応することが多い。特に,歯髄壊死や抜 化力により着色の原因となっている有機物質を分解 髄時の歯髄組織の残存,あるいは外傷による歯髄内 する。この二酸化チタンの光触媒としての特性は, 出血が原因の色調不調和の場合には,ウォーキング 歯科用漂白材2)や義歯洗浄剤として歯科界でも応用 ブリーチ法による漂白法が古くから応用されてい されつつある。歯科用漂白剤への応用では,二酸化 る。 チタンを含有した低濃度の過酸化水素剤に紫外域か ウォーキングブリーチ法は,高濃度(30∼35%) の ら可視光域420nm 付近までの光照射により,漂白 過酸化水素水と数%の過ホウ酸ナトリウムを混和 効果が得られることが報告されている。つまり,こ し,歯冠部の根管内に応用する方法であるが,その の歯科用漂白材は低濃度の過酸化水素剤であっても 過酸化水素水濃度が高いため,歯の構造変化や歯周 髄腔内から歯質を漂白する効果があることから,漂 組織の破壊,歯根の外部吸収などが懸念されてい 白処置後のコンポジットレジン充填の接着強さが未 る。また,日常臨床では,患者から髄腔内漂白処置 漂白歯と変わらなければ,漂白処置直後にコンポ を行った後にコンポジットレジンを即時充填するこ ジットレジンを充填することができると推測され とを求められることが多い。しかし,ウォーキング る。 ブリーチ法で処置した歯面に対してコンポジットレ 本研究では,二酸化チタンを含有する低濃度の過 ジンを充填すると,脱離が起こりやすいことが報告 酸化水素剤に405nm 半導体レーザーを応用した牛 されるなど,その接着強さの低下が危惧されてい 歯歯冠髄腔象牙質へのコンポジットレジンの接着強 1) る 。 さについて検討した。 ― 61 ― 春山:低濃度過酸化水素剤での髄腔象牙質接着強さ 138 レジン(クリアフィル AP-X A2,クラレメディカ 405nm 紫色半導体レーザーとは ル) を填塞し,光 照 射 器(Optilux501,Kerr Hawe) 本研究では,二酸化チタンを含有する低濃度の過 にて光照射した。コンポジットレジンで填塞した標 酸化水素製剤と405nm 紫色半導体レーザー(VLM, 本は,24時間,37℃の水中で保管した後,1歯の牛 住友電工) を用いて行った。GaN 紫色半導体レー 歯歯冠から近遠心方向に0. 7mm の厚みにダイヤモ ザーは,工業界では Blu-ray や HD-DVD システム ン ド ソ ー(Isomet,Buehler)で4個 の 試 料 を 切 断 の記録媒体などで広く応用されている。歯科界で し,ダイヤモンドポイントで接着界面が1. 0±0. 2 は,漂白をはじめ軟組織の蒸散やバクテリアに対す mm2の砂時計型になるように調整した。 る殺菌効果,齲蝕の検知,レジンの重合などへの応 接着強さの評価と破断面観察 用 が 試 み ら れ て い る。本 研 究 で の405nm 半 導 体 レーザーの使用は,波長領域が紫外領域に近く,二 砂時計の形状に調整した試料は,万能材料強度試 酸化チタンの光触媒効果を促進するために用いた。 験 機(Tensilon RTC-1150-TSD Orientec 社) を用い て,クロスヘッドスピード1. 0mm/min にて引張接 接着試験片の作製 着試験を行った。破断した強さ(荷重) から引張接着 本研究では,これまでに報告のある30∼35%の過 強さを算出した。なお,引張接着試験を行う前の試 酸化水素剤を応用した髄腔象牙質に対するコンポ 料調整時に壊れた標本は0MPa とした。引張接着 ジットレジンとの接着性と,3. 5%の過酸化水素剤 強さは Tukey test 検定にて有意水準をp<0. 05と と405nm 半導体レーザーを応用した髄腔象牙質に して, 統計処理を行った。 また,引張接着試験後の象牙質表面および接着界 対する接着性について検討を行った。 まず,抜去した牛前歯歯冠部の歯髄腔唇側象牙質 面の破断様式は走査電子顕微鏡(SEM JSM-6340F, を露出させたのち,表1に示す条件に10本ずつ分類 JEOL) にて観察した。Type1は象牙質での凝集破 して処置した。グループ1では,二酸化チタン含有 壊,Type2は象牙質とコンポジットレジンの混合 の低濃度過酸化水素剤(ピレーネ,三菱ガス化学) を 破壊,Type3は象牙質とコンポジットレジンの界 髄腔象牙質へ応用し,15mm の距離から405nm 半 面破壊,および Type4はコンポジットレジン内で 導 体 レ ー ザ ー(出 力400mW,パ ワ ー 密 度800mW/ の凝集破壊の4つに破断様式を分類した(図1) 。 2 cm )で15分間光照射したのち水洗した。グループ 髄腔象牙質とコンポジットレジンとの界面観察 2では,30%過酸化水素水(特級試薬,和光純薬) を 応用し,光照 射 器(Optilux501,Kerr Hawe,出 力 2 図2に蒸留水または高濃度の過酸化水素剤を応用 360mW,パワー密度720mW/cm ) にて15分間光照 した髄腔象牙質とコンポジットレジンとの接着界面 射したのち,水洗した。グループ3は,蒸留水をコ の代表的な SEM 像を示す。図2(a) の蒸留水を応 ントロールとして15分間応用した。 用した界面では,ボンディング材のレジン成分の浸 漂白材および蒸留水を応用した牛歯歯冠髄腔象牙 透および硬化によるレジンタグと樹脂含浸層の形成 質には,ボンディング剤(クリアフィルメガボンド, が認められる。このようなレジンタグと樹脂含浸層 クラレメディカル) で処理したのち,コンポジット の所見は,グループ1の低濃度の過酸化水素剤を応 表1 使用した試薬と光照射器 成分と照射器 製品名(製造会社) グループ1 3.5% 過酸化水素水(二酸化チタン含有) 405-nm 半導体レーザー ピレーネ(三菱ガス化学) VLM (住友電工) グループ2 30% 過酸化水素水 ハロゲンランプ 過酸化水素水(和光純薬) Optilux 501(Kerr Hawe) グループ3 蒸留水 ― 62 ― 歯科学報 図1 Vol.112,No.2(2012) 139 破断形態の分類表 Type1:象牙質の凝集破壊,Type2:象牙質とコンポジットレジンと の混合破壊,Type3:象牙質とコンポジットレジンとの間の界面破壊, Type4:コンポジットレジンの凝集破壊 用した髄腔象牙質界面でも認められた。一方で,図 着試験を行う前の試料調整時に接着部位で剥離が生 2(b) の高濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔象牙 じ破壊した(界面破壊) 。グループ1の低濃度の過酸 質には,ボンディング材によるレジンタグと樹脂含 化水素剤を応用した場合では,グループ3のコント 浸層の形成は認められなかった。 ロールと比較して引張接着強さは小さくなった。 グループ1および3の破断面を SEM で観察し, 髄腔象牙質とコンポジットレジンとの 引張接着強さと破断形態 その破断形態を分類したものを図4に示す。グルー プ1では髄腔象牙質とコンポジットレジンとの界面 図3に漂白材および蒸留水を応用した牛歯歯冠髄 破壊(Type3) の割合が多く,髄腔象牙質を含む凝 腔象牙質とコンポジットレジンとの引張接着強さを 集破壊の割合は約10%程度であった。一方で,グ 示す。各グループの引張接着強さは,それぞれ17. 3 ループ3では象牙質を含んだ凝集破壊と混合破壊の ±5. 8,0,26. 5±9. 8MPa となった。グループ2の 形態(Type1および Type2) が多く観察された。 高濃度の過酸化水素剤を応用した試料では,引張接 図2 髄腔象牙質とコンポジットレジンとの接着界面の代表的な SEM 像 ⒜蒸留水を応用した髄腔象牙質での接着界面,⒝高濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔象 牙質での接着界面 R:レジン,HL:樹脂含浸層,RT:レジンタグ,D:髄腔象牙質 (蒸留水を応用した髄腔象牙質での接着界面(図2⒜) にはボンディング材による樹脂含浸 層と象牙細管に伸びたレジンタグが認められるが,高濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔象 牙質での接着界面(図2⒝) には樹脂含浸層とレジンタグは認められなかった。 ) ― 63 ― 140 図3 春山:低濃度過酸化水素剤での髄腔象牙質接着強さ 各グループの引張接着強さ (蒸留水を応用した髄腔象牙質(グループ3) での引 張強さと比較して,過酸化水素剤を応用した髄腔象牙 質(グループ1および2) でのそれは小さくなった。特 に,高濃度の過酸化水素剤(グループ2) では引張試験 の試料を調整時にすべての試料が破壊した。 ) 図4 漂白による接着強さへの影響 これまでに30∼35%の過酸化水素あるいは過酸化 尿素を応用した象牙質へのコンポジットレジンの接 接着試験後の破断形態の分類 Type1:象牙質の凝集破壊,Type2:象牙質とコ ンポジットレジンとの混合破壊,Type3:象牙質と コンポジットレジンとの間の界面破壊,Type4:コ ンポジットレジンの凝集破壊 (低濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔象牙質での 破壊様式は,レジンと象牙質での界面破壊の割合が多 かった。一方で,蒸留水を応用した髄腔象牙質では象 牙質を含んだ凝集破壊が多く認められた。 ) 着においては,その接着強さが低いことが報告され ている。その原因は,1) 過酸化水素から発生した ハイドロキシラジカルや過酸化物の影響により象牙 ンディング材の浸透および重合が不十分であるため 質の有機質成分が溶解し,十分な接着強さが得られ に,象牙質界面での剥離が起こったと考えられた。 ないことや,2) 漂白後の象牙質や象牙細管内に残 グループ1の低濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔 留した過酸化水素から放出されたハイドロキシラジ 象牙質へのコンポジットレジンの接着では,グルー カルや過酸化物,残余の酸素が蓄積することで象牙 プ3と同様にボンディング剤の浸透および重合によ 細管へのレジン浸透を妨げ,接着システムでの重合 るレジンタグと樹脂含浸層の形成は認められ,その 1, 3∼5) を抑制する可能性が示唆されている 接着強さは高濃度の過酸化水素剤を応用した髄腔象 。 本研究に用いたボンディング材は,他の市販レジ 牙質に対する接着強さより大きく改善されていた。 ン接着システムの中でも比較的高い接着強さを示す このことから,低濃度の過酸化水素剤であれば,そ ことが知られており,図2に示したようにボンディ の接着強さは改善される可能性があることが明らか ング材の浸透および硬化によるレジンタグと樹脂含 になった。しかしながら,引張接着試験後の破断面 浸層が形成する。グループ3のコントロールで,多 観察からは象牙質とコンポジットレジンとの界面破 くの試料が髄腔象牙質内の凝集破壊を示したのは, 壊が多く,髄腔象牙質での凝集破壊を示した試料は このレジンタグ自体の機械的強さが大きいことと, 約10%となっていた。つまり,低濃度の過酸化水素 樹脂含浸層の形成によってボンディング材が歯質に 剤によって産出されたハイドロキシラジカルや残余 対して確実に浸透したことに起因するものと考えら の酸素によりボンディング材の重合がわずかに抑制 れる。一方で,グループ2の高濃度の過酸化水素剤 されたと推測される。したがって,低濃度の過酸化 を応用した髄腔象牙質へのコンポジットレジンの接 水素剤の応用であれば,ボンディング材によるレジ 着では,ボンディング材に含まれるレジン成分の浸 ンタグおよび樹脂含浸層の形成は可能になるが,そ 透が象牙細管に認められなかった。したがって,ボ のボンディング材によるコンポジットレジンの接着 ― 64 ― 歯科学報 Vol.112,No.2(2012) 強さは過酸化水素剤を応用していない象牙質の場合 より低下することが明らかになった。 臨床での応用と今後の展開 現在,日常臨床では髄腔内漂白した修復歯は,漂 141 旧保存修復学講座,歯科理工学講座,および千葉病院総合診 療科の諸先生方に心より感謝申し上げます。また,走査電子 顕微鏡の使用にあたりご助力いただいた東京歯科大学口腔科 学研究センター 田所克己様,405nm 半導体レーザー使用に あたりご協力いただいた住友電気工業株式会社に深謝致しま す。 白治療終了後1∼3週間のインターバルを経たのち 文 献 1)Elkhatib, H, Nakajima, M, Hiraishi, N, Kitasako, Y, Tagami, J, Nomura, S : Surface pH and bond strength of a self-etching primer/adhesive system to intracoronal dentin after application of hydrogen peroxide bleach with sodium perborate. Oper. Dent, 28:591∼597,2003. 2)野浪 亨,石橋浩造,石橋卓郎,近藤 治,高見和朋: 二酸化チタン光触媒によるホワイトニング 第1報 漂白処 理による抜去歯の色調の変化とエナメル質表面に対する影 響.日歯保存誌,44:37∼43,2001. 3)Titley, K., Torneck, CD., Smith, DC.: Effect of concentrated hydrogen peroxide solution on the surface morphology of cut human dentin. Endod Dent Traumatol, 4:32∼36,1988. 4)Rotstein, I., Lehr, Z., Gedalia, I.: Effect of bleaching agents on inorganic components of human dentin and cementum. J. Endod, 18:290∼293,1992. 5)Timpawat, S., Nipattamanon, C., Kijsamanmith, K., Messer, HH.: Effect of bleaching agents on bonding to pulp chamber dentine. Int. Endod J, 38:211∼217,2005. にコンポジットレジン修復を行うことで,コンポ ジットレジン修復物の維持するための接着抑制因子 を排除することが推奨される。しかしながら,漂白 処置した髄腔へのコンポジットレジンの維持力は, 期間が経過しても完全な回復は困難である。30%過 酸化水素水による漂白法ではコンポジットレジンの 接着は得られなかったが,二酸化チタンを含有する 3. 5%過酸化水素剤を用いて漂白した象牙質の接着 強さは,漂白していない象牙質のそれと比較して7 割程度であるが接着強さは得られた。このことか ら,過酸化水素剤の応用により残存しているハイド ロキシラジカルや過酸化水素を除去することができ れば,コンポジットレジンと象牙質とのより高い接 着強さを獲得できるとともに,漂白即日での修復も 可能となるものと思われる。今後,過酸化水素分解 酵素や還元剤を用いて過酸化水素剤の分解・除去を 試み,漂白即日に十分なコンポジットレジンの接着 修復の可能性について研究を進める必要がある。 謝 辞 本研究において,心温まるご指導を頂いた東京歯科大学 本論文は,下記学位論文の内容を解説した。 Effect of titanium dioxide and 3.5% hydrogen peroxide with 405-nm diode laser irradiation on bonding of resin to pulp chamber dentin Haruyama A, Kato J, Kameyama A, Hirai Y, Oda Y Laser Physics 20:881∼885,2010. 別刷請求先:〒261‐8502 千葉市美浜区真砂1−2−2 東京歯科大学千葉病院総合診療科 春山亜貴子 ― 65 ―