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水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価

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水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
技 術 論 文
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
Development and Safety Evaluation of Storage Tanks for Hydrogen Filling Station
和田 洋流
荒島 裕信
博士(工学)
Dr. Yoru Wada
Hironobu Arashima
要 旨
水素ステーション用鋼製蓄圧器として候補に挙げられている Cr-Mo 鋼などの高強度低合金鋼は、水素脆化の影響によっ
て水素ガス中の引張延性や切欠強度が低下することなどが知られている。しかしながら、その耐性に応じて最大限使用す
る手法があれば、ステーションの安全性と低コストを同時に満足する有効な技術となる。一方、水素蓄圧器は、将来燃料
電池自動車が普及した際には数十万回の繰り返し充てんに耐えねばならず、高圧水素雰囲気下における安全性の立証が
必要である。そこで本報では、種々の JIS -SCM 鋼および JIS -SNCM 鋼について、引張試験、疲労試験、疲労き裂進展
試験などを行い、その基本的挙動を明らかにした。これらの結果に基づき、経済性と安全性の両立を考慮した安全性評
価方法を提案した。
Synopsis
High strength low alloy(HSLA)steels such as JIS-SCM and -SNCM steels, which have been proposed as
candidate materials for the storage tank for hydrogen filling stations, are known to show decreases in tensile
ductility and notch strength in gaseous hydrogen due to hydrogen embrittlement. However, if a method to
utilize these steels to the ultimate of the resistance to hydrogen embrittlement could exist, it could be an
effective technique that satisfies both the safety and the economy requirements for hydrogen filling stations.
Since the hydrogen storage tank would undergo hundreds of thousands of filling cycles if fuel cell vehicles
would be widely driven, its safety in the high pressure hydrogen environment must be proven accordingly.
In this study, the fundamental behavior of various HSLA steels in gaseous hydrogen was clarified by means
of tensile, fatigue, fatigue crack propagation and other mechanical testing. Based on their results, a safety
evaluation method of the hydrogen storage tanks has been proposed for safe and economical hydrogen filling
stations.
1. 緒 言
使用金属材料の耐久性、延いては機器装置の安全性確保
の観点から、水素ガスに接する構造材料の環境脆化に関す
現在考えられている燃料電池自動車に搭載される水素
る挙動を確認することが重要である。
容器の充填圧力は 70MPa 程度であり、水素を供給する側
しかしながら、現在、水素ステーションで使用可能な
の設備は当面 90MPa 以上の設計圧力に耐える高圧設備と
金属材料は SUS316L などの高度に対水素性能を有する
する必要がある。水素ステーションは蓄圧器、圧縮機、配
高価格材に制限されており [1]、ステーションコストを押し
管、ディスペンサー、バルブ、安全弁、シール材などで構
上げる要因になっている。鋼製蓄圧器として候補に挙げら
成され、その多くに金属材料が使用される。したがって、
れている Cr-Mo 鋼などの高強度低合金鋼は、水素脆化の
室蘭研究所
Muroran Research Laboratory
(36)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
影響によって水素ガス中の引張延性や切欠強度が低下す
ることなどが知られている
[2][3]
が、その耐性に応じて最大
鋼製)蓄圧器の開発に成功した(図 2)[7] 。そして今日現
在、NEDO の 「水素利用技術研究開発事業」 において、
限使用する手法があれば、ステーションの安全性と低コス
SNCM439 鋼など低合金鋼を中心とした水素ステーション
トを同時に満足する有効な技術となる。また、水素ステー
の低コスト化に繋がる材料について、規制合理化を目指し
ション用蓄圧器には繊維強化プラスチック(FRP)を用い
た材料使用条件の明確化、規格化(性能規定化を含む)
た複合圧力容器も考えられているが、ライナー材として高
のための評価研究を行っている [8] 。本稿では、これら一
強度鋼を使用することができれば、強い(荷重を分担す
連の材料開発、鋼製蓄圧器安全性評価試験を通して得ら
る)ライナー構造により補強に必要な炭素繊維の低減化、
れた知見を纏め、以下に報告する。
低コスト化に寄与することが期待できる。
図 1 に水素ステーション用金属材料評価に関するこれま
での当社の取り組みを年譜で示したが、室蘭研究所では、
平成 15 年より独立行政法人新エネルギー産業技術総合開
発機構(NEDO)の 「水素安全利用等基盤技術開発」 事業 [4]
に参画し、水素ステーション構成金属材料の評価試験を
進め、35MPa 充填対応蓄圧器(ボンベ型)の解体調査な
どを実施した [5]。その結果、40MPa 圧縮水素ステーション
の蓄圧器には SCM435 鋼の使用をき裂の検査を行う条件付
(a)450L × 2 基
きで認めるという内容の例示基準が制定された [1] 。さらに、
平成 17 年度からは 「水素社会構築共通基盤整備事業」 に
おいて 70MPa 充填対応蓄圧器材料選定を行い、国内初
となる 80MPa 級鋼製蓄圧器(SNCM439(強度低減材))
「水素製造・
を試作・製造した [6] 。平成 20 年度からは、
輸送・貯蔵システム等技術開発事業」において、市場立
上げ(平成 27 年/ 2015 年頃を想定)に向け、低コスト
かつ耐久性に優れた蓄圧器の開発プロジェクトが 4 年間
の計画で立ち上げられ、90MPa 級 鋼製蓄圧器(SA723
(b)300L × 2 基
図 2 70MPa 充填対応鋼製蓄圧器(SA-723 鋼製)
図 1 当社における鋼製蓄圧器安全性評価試験ならびに蓄圧器開発の取り組み
(37)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
2. 水素蓄圧器のケース・スタディ
入れ性が良好な SNCM439 鋼等の適 用を考える必 要が
ある。水素ステーション用の蓄圧器においては、ぜい性
表 1 に は SUS316L, SCM435 お よび SNCM439 を 使
破壊はあってはならず、最終 破壊は LBB(Leak Before
用した円筒形圧力容器の容器肉厚について、設計圧力を
Break: 破裂前漏洩)[10] を満足することが必須となる。し
20,45,90MPa とした場合の特定設備検査規則に基づいた
たがって材料スクリーニング段階の前提として、最低使用
試算例を示している [9] 。高圧化した容器の構造材料として
温度下(大気中)で LBB 条件を満足するための十分な破
は、設置条件を考慮して容器自体がコンパクトであること、
壊靱性(K IC)を有することが必要である。
製造コスト的に妥当なものであることなど諸条件を考慮し
なければならないが、SUS316L を使用する場合、90MPa
3. 材料のスクリーニング試験
では 504mm もの肉厚が 必 要である。 SCM435 鋼にお
いては高強度化が図られ、設計圧力が 45MPa では肉厚
3.1 供試材
33mm で製造可能である。しかし同鋼は容器に通常行わ
上記の事前検討結果から、SCM435 鋼およびそれに類
れる焼入れ熱処理では 40mm 程度の肉厚までは強度・靱
似する SCM440 鋼および SNCM439 鋼を鋼製蓄圧器の
性を確保できるが、それ以上の肉厚にするには焼入れ性
候補材として選択して、高圧水素雰囲気下での各種評価試
が不十分であり、90MPa 級の圧力容器の脆性破壊を防
験を実施した。尚、高圧水素ガス中での評価試験設備や
ぐための粘り強さ(=靭性)と高圧力に耐えうる必要強度
試験方法の詳細については別途報告を参照されたい [11] 。
を兼ね備える事が困難である。より大きい肉厚であっても
本報告の供試鋼の化学成分、大気中の引張性質を表 2
高強度化且つ、高い靭性を得るためには、Ni を含み、焼
に示した。SCM440 鋼については、ヒート 440-1 および
ヒート(440-580,440-500,440-600,440-700) の 2 ヒート
表 1 内径 300mm 水素蓄圧器肉厚のケース・スタディ
であり、前者は厚さ 28mm の圧延板を焼入(水冷)・焼
戻し処理(焼戻し温度は 580℃)を施した。後者は厚さ
16mm の圧延板であり、焼入れ(水冷)後、焼戻し条件
を変えて引張強さを 759 ~ 1232MPa になるように調整し
た。記号の末尾数字は焼戻し温度を表わす。SCM435 鋼
については、435-A、435-B および 435-C の 3 ヒートを供
した。435-A は、35mm の圧延板を焼入(油冷)・焼戻し
(焼戻し温度は 530℃)した。435-B は、厚さ 35.7mm の
40MPa 級未使用水素ボンベの素材であり、熱処理は焼入
(油冷)、焼 戻し(焼 戻し温 度は 550℃)である。435-C
は圧延丸鋼(直径 140mm)であり、蓄圧器を模擬するた
め、内径 60mm の穴加工を行い円筒形 状にしたうえで、
表 2 供試材化学成分と大気中引張特性
(38)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
3.3 切欠引張試験
焼入れ(水冷)、焼戻し(焼戻し温度は 560℃)熱処理を
行った。SNCM439 鋼は、 鍛 造 丸 鋼( 直径 430mm) の
SNCM439 鋼(439-A) の大 気中、45MPa 水 素中およ
素材から供試材を切り出し,850℃で 2 時間加熱後に 30
び 90MPa 水 素中の 切欠引張 試 験 結果( 応力集中 係 数
℃ /min で焼入れ、焼戻し条件を 570℃と 610℃の 2 条
Kt=3.3)を図 4 に示す。大気中では引張り強さの上昇に伴
件に変化させて引張 強さを各々 992MPa(439-570) と
い切欠引張り強さは上昇する。尚、大気中において、切欠
960MPa(439-610)とした。439-A は厚さ 75mm の鍛造
がある場合の破壊応力(= 切欠引張り強さ)が、切欠が無
板材であり、これを厚さ 30mm の板に加工して、850℃で
い場合の破壊応力(= 平滑引張り強さ)と比べて大きいの
2h 加熱後、60℃ /min の空冷にて焼 入れ 熱 処 理を行っ
は、切欠底において 3 軸拘束作用が存在することにより、
た。焼戻し条件を 550℃、600℃、640℃、655℃、670℃
単軸引張り応力下と比べて降伏応力が上昇するからである。
× 4h(空冷)に変化させ、鋼材の大気中引張強さを 852
45MPa,90MPa 水素中の切欠引張強さ(NTS)は、鋼材
~ 1224MPa に調整した。
の大気中引張強さ(TS)が 1000MPa 付近を超えると急激
に低下する傾向を示した。従って SNCM439 鋼を水素容器
3.2 平滑材の引張試験
として使用する場合は、TS = 1000MPa 以上の強度での
図 3 には、強度を変動させた SCM440 鋼(440-500,440-
使用は避ける必要があると言える。
600,440-700)の引張試験線図を比較した。尚、引張試験
方法は表面の加工層などを研磨により除去したφ 8mm、
平行部 40mm の丸棒試験片を用いた。またひずみ速度は
1× 10 -5/s である。この図より、強度が高いものほど、水素
中(図中の実線)の破断伸びが減少する傾向を示すことが
わかる [12]。図 3(a)に示した最も強度の高い 500℃焼戻し
の材料(440-500)では、大気中で得られる最高荷重点(=
引張り強さ)に到達する前に破断している。本来、圧力容
器の強度計算公式においては、破壊圧に対する安全率は、
引張強さを基準にして規定されている(高圧ガス保安法で
は、安全率 =4)[9]。したがって、図 3(a)に示したような
引張強さを確保できない、脆化感受性の高い材料は水素ガ
ス蓄圧器への適用を避けるべきである。同時に、最高荷重
点に到達するまでの伸び(=一様伸び)についても、大気
中と同等の変形量を確保しているかを確認することが重要
である。
図 4 SNCM439 鋼(439A)の切欠引張試験結果
(a)500℃焼戻し
(440-500)
(b)600℃焼戻し
(440-600)
(c)700℃焼戻し
(440-700)
図 3 水素中引張線図におよぼす鋼材強度の影響 [12]
(39)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
図 5 疲労破壊におけるき裂の発生と伝播(左図)と水素中での評価試験(a)~(d)
4. 水素ガス環境における材料の安全性検証試験
4.1 水素ガス中の疲労試験
図 6 に疲労試験結果の一例(材料は 440-1 および 435-A)
水素ステーションに用いられる蓄圧器は、燃料電池自動
を示す。尚、疲労試験片の加工にあたっては、加工変質層
車への充てん時の減圧と蓄圧のための加圧が繰り返され
の影響を避けるために、表面をエメリー研磨紙にて表面粗
る。たとえば水素ステーションにおいて1時間に 5 台の燃
さ Rmax=3.6μm を狙い値として、研磨を行った。これらの
料電池自動車への差圧充てんが行われ、営業時間を 1 日
疲労試験の結果、ひずみ振幅の大きい低サイクル疲労域
13 時間と仮定すると、蓄圧器は 10 年間で 237,250 回もの
においては水素による影響が現れているが、振幅が小さく
繰り返し圧力変動を受けることになる。したがって、水素
なる高サイクル域では破断繰り返し数は大気中と変わりの
ガス雰囲気下での安全性を立証するためには、疲労破壊
ない値を示している [14] 。同様の結果は宮本らによっても
に対する水素の影響を把握することが重要である。
報告されている [15] 。しかしながら、どのような材料(たと
図 5 には疲労破壊におけるき裂の発生と伝播を模式的
えばこれらより強度レベルが高く、脆化感受性が著しい材
に示したが、これらを材料試験によって求めるには以下の
料や、介在物や偏析が顕著な材料)でも高サイクル疲労
①~③の試験を高圧水素雰囲気下で行う必要がある。即
域で水素の影響がないとは現段階で断定できず、今後の
ち、①き裂の発生~破壊に至るまでの全寿命を求めるた
高サイクル疲労域での挙動解明のための更なるデータ蓄積
めに平滑試 験片により疲労試 験を行い、繰り返し応力、
が必要である。
破断繰り返し数の関係(S-N 特性)を求める、②き裂の入
ったブロック試験片を用いて疲労き裂伝播速度(da/dN)
を求める、③疲労き裂が伝播し、やがて容器が破壊する
限界荷重と限界き裂寸法を求めるために破壊靱性試験を
行う。③の破壊限界を求める試験では、水素の影響を考
慮して、一定荷重を負荷して静置しておく方法(遅れ割れ
試験)と、一定速度で荷重を負荷していくライジングロー
ド法の 2 通りの方法が水素中のき裂進展評価試験方法と
して提案されている [13] 。以下にはこれらの試験結果の代
表事例について示した。
注 1)歪み振幅を縦弾性係数で応力換算して表示
図 6 水素中疲労試験結果 [14]
(40)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
4.2 高サイクル疲労寿命におよぼす表面加工条件の影響
4.3 き裂進展試験
試験片表面を注意深く研磨仕上げした疲労試験におい
水素ガス雰囲気中でき裂への荷重を増していくと水素脆
ては、高サイクル域では疲労寿命におよぼす水素の影響で
性の影響を受けて大気中より低い荷重でき裂が進展を開
低下しないことが示されたが、実際上、機械加工を受けた
始するが、この際の限界荷重(水素助長割れ下限界応力拡
接ガス表面においては、旋盤の切削加工跡などが残存し
大係数 : K IH)を評価するために、ライジングロード法 [17]
ている。そこで水素中高サイクル疲労域におよぼす表面加
と、遅れ割れ試験法 [18] [19] の 2 通りがある。ライジングロ
工の影響について調べた。図 6 に示した材料(440-1)に
ード法は、ブロックにき裂を入れた試験片に水素中で荷重
ついて、表面加工条件を切削と研磨として、表面粗さを変
を徐々に加えていく(漸増)試験方法である。一方、遅れ
えた疲労試験片を準備し、繰り返し応力振幅 Sa=500MPa
割れ試験法では、試験片にボルトで荷重を加えてき裂を一
(Sa: 応力振幅、荷重制御)、完全両振り(R= -1)
(R : 応力
定量開口させ、長期間(本試験では 1000 時間)水素中に
比)の条件で大気中と 45MPa 水素中それぞれについて疲
暴露する。この間にき裂が進展を開始した後、停止する際
労試験を行った。これらの結果について破断寿命比(水素
の限界荷重(これを K IH-H と呼ぶことにする)を評価する
[16]
。研磨した表面ではいずれ
試験法である。図 8 に強度の異なる 2 つの SNCM439 鋼
も水素の影響で寿命は低下しないが、切削加工ままの表面
材(439-570,439-610)について、両者の荷重負荷方法によ
では、いずれの表面粗さであっても、大気中破断寿命に対
る進展限界荷重の違いを調べて比較した。なお、遅れ割
する水素中破断寿命の比が大きく低下し、最小で 0.2 まで
れ試験法では、初期に荷重負荷する際、き裂先端が酸化
低下することが示された。一方、加工後に真空焼鈍して疲
の影響をうけないよう不活性ガス中(グローブボックス中)
労試験をおこなうと、破断寿命比が若干回復する傾向を示
で荷重を負荷し、その後空気に触れぬようにして水素中で
した。これらの結果より、引張試験では巨視的には水素の
1000h 暴露した。低強度の材料(439-610)では両試験法
影響が現れない弾性域(Smax=500MPa, Smax : 繰り返し最
に差がでており、ライジングロード試験法で得られる K IH-R
中 / 大気中)を図 7 に示した
大応力)においても、切削加工により加工変質層が残存し
は、遅れ割れ試験法によって得られる K IH-H より低い値を
ていると、水素中の繰り返し応力(ひずみ)下で早期にき
示す。図 8 の高強度の材料(439-570)では、両試験法に
裂が発生し、破断に至ることが示された。したがって、熱
よる差は見られなくなる傾向を示す [20]。これらの差は荷重
処理が終了した後に機械加工を受ける部位については、研
負荷方法の違いによりき裂先端の塑性状態が異なるためと
磨等により加工層、有害な残留ひずみを除去することが望
考えられている [21]。安全解析で用いるべきき裂進展限界は、
ましい。
両方の試験法を行って K IH-H と K IH-R を比較し、いずれか低
い値(これを K IH とする)を用いるべきであるが、これらの
結果から判断すると、安全側の評価とするにはライジングロ
ード試験の K IH-R を採用すべきと言える。
図 7 45MPa 水素ガス中高サイクル疲労寿命におよぼす
機械加工の影響 [16]
図 8 SNCM439 鋼(439)のライジングロード試験法と
遅れ割れ試験法による KIH の比較 [20]
(41)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
図 9 水素ガス中における疲労き裂伝播挙動 [22] [23] [24]
4.4 疲労き裂伝播試験
整理すると、水素中の疲労き裂進展は以下の 4 つの Phase
図 9(a)には、繰り返し速度を変化させたときの水素中
のき裂伝播速度(da/dN)を Kmax-da/dN 線図(Kmax は繰
り返し最大応力拡大係数)で示しているが、Kmax が小さい
ほど、水素中と大気中の da/dN が近づく傾向を示しており、
Kmax0(疲労き裂発生下限界)は、大気中と水素中とでほぼ
同じになることが確認されている。ある Kmax 以上の領域で
によって特徴づけられる。
Phase I : Kmax > Kmax0
疲労き裂の発生
Phase II : Kmax < KmaxT
水素助長疲労き裂進展
Phase III : Kmax > K
水素助長割れ / 準安定破壊
T
max
Phase IV : Kmax > K IC
脆性破壊 / 不安定破壊移行
繰り返し速度が小さくなるほど加速する点(図中の↓)がみら
同様の整理は Kesten[25] や Suresh[26] らの報告にみるこ
れるが、この点を KmaxT と呼ぶことにすると、Kmax < KmaxT
とができる。Phase I ~ IV の模式図を図 9(c)上図に示
の区間では、どの周波数の条件でもほぼ同じき裂伝播速度
した。松本ら [27] によれば、水素助長疲労き裂進展は、繰
を示し、繰り返し速度の影響が小さい傾向を示す [22]。
り返しに伴うすべり変形が支配的であり、ある周波数以下
では繰り返し速度が小さくなるほどき裂進
(1Hz 以下)であれば、水素助長疲労き裂進展速度は上限
展速度が増大する傾向を示す。詳細は省略するが、SCM
Kmax > K
値が存在することを報告している [15]。この結果はわれわれ
鋼、SNCM 鋼についてこの加速点 KmaxT を調べた結果、
の図 9(c)に示す Phase II 領域の傾向と一致するが、こ
T
max
は前項に示したライジングロード試験によって得られ
の領域でなぜ繰り返し速度にあまり依存しないのか、その
る水素助長割れ下限界応力拡大係数 K IH-R とほぼ一致する
詳細なメカニズムは現時点では明らかになっていない。一
傾向が確認されている [22]。さらに図 9(b)には、円筒試
方、Phase III では繰り返し荷重が増大し、Kmax がある
験片内表面に半楕円状の疲労き裂を入れておき、外部の水
臨界値(KmaxT= K IH)付近に達すると、それ以上の荷重
圧を変動させる内圧 / 外圧疲労試験を行ったときの破面変
では、
「水素助長割れ」が顕著となり、Phase II でのすべ
K
T
max
より小さい領域の破面は半楕円
り破面(擬へき開破面)から粒界破面が多くみられるよう
形状を保ちながら安定的に伝播していることが分かる。一
になる。ここでのき裂進展は、繰り返し回数よりも時間に
方、KmaxT を越える加速域まで試験を行い、最終破壊させ
大きく依存しながら進展するため、図 9(a)に示した Kmax
た円筒試験容器の破面では、半楕円形状がくずれて容器
-da/dN 線図上では、繰り返し周波数が小さいほど単位時
化の様子を示した。K
T
max
長手方向に大きく進展し、破壊に至っている
(42)
[23] [24]
。以上を
間あたりのき裂進展量(da/dt)が大きくなり、1 回あたり
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
の 進 展 量(d a/d N ) が 大 きくなるものと考えられ る。
するような検査が難しい水素ボンベについては、別途検討
図 9(a)ではその先の Phase IV まで試験を行っていない
が必要であろう。こうした水素蓄圧器の検査方法や検査周
が、本材料は、疲労き裂伝播速度を行った室温下では K IH
期の技術的検討については、目下、一般財団法人 石油エ
< K IC であることはあらかじめ確認されており、このような
ネルギー技術センター(JPEC)が所掌する“水素ステーシ
場合は Kmax > K IC を超えると水素の有無に関係なく急速
ョン保安検査基準委員会”で行われている
[28]
[29]
。
。また K IH > K IC であるような場合(材料
疲労き裂が伝播し、やがて破壊する際の条件を評価す
の K IC がもともと低いか、低温の場合など)には、KmaxT
る際には、本来ぜい性破壊(注)のための限界き裂長さを大
での疲労き裂加速現象は見られず水素助長疲労き裂進展
気中破壊靱性試験 K IC によって見積もるのであるが、水素
から直接急速破壊に移行する。このように、疲労き裂の伝
中の破壊については前項で述べた如く、疲労き裂の伝播
播が K IH を超えると加速する(き裂が回数に依存せず時間
が K IH を超えると加速する(き裂が回数に依存せず時間依
依存型で準安定的に進展)ことを考慮すると、疲労き裂伝
存型で準安定的に進展)ため、K IH を疲労き裂伝播解析
播解析では、K IH または K IC のいずれか小さい方を解析の
における打ち切り点=容器の破壊限界とみなす必要がある。
打ち切り点=容器の破壊限界点とみなす必要がある。
一方、低合金鋼の場合は、低温になるほど大気中の破壊
破壊を起こす
靱性が低下し、場合によっては K IC<K IH となることがある
5. 水素の影響を考慮した疲労設計法の考え方
が [12]、そのようなケースでは、破壊限界は K IH ではなく小
さいほうの K IC で評価すべきであり、K IC と K IH いずれか
圧力容器における疲労設計の考え方は、次の2つに分類
される。
① 疲労き裂発生防止基準による疲労設計
② 疲労き裂伝播寿命基準による疲労設計
小さいほうを水素蓄圧器の破壊限界として疲労き裂伝播解
析を行う。以上のような考え方はアメリカ機械学会で制定さ
れた高圧水素ガスの輸送と貯蔵用容器に対する特別な要求
事項 :ASME KD10 [19] にも採用されている。しかし、き裂
の伝播寿命=機器の寿命という考え方にしてしまうと、低
図 6 に示した様に、疲労き裂発生防止基準による場合
合金鋼では場合によって寿命が数千回に限定されてしまう
は S-N 線図を用いるのだが、水素中の場合は、応力(ひず
ことがあり、蓄圧器のように数十万回以上をその生涯寿命
み)振幅が大きいほど水素の影響で破断寿命が低下する
で要求されることを考えると頻繁にタンクを交換せねばなら
ので、水素の影響が現れない応力(ひずみ)振幅下におい
ず、経済性が確保できない。したがって、上記した疲労き
て使用すればよいことになる。この際、小型試験片による
裂伝播寿命解析に基づき、定期的なき裂の検査を行い、
試験結果から、寸法効果や破壊確率を十分に考慮した安
検査毎に(検出可能な)き裂がないことを確認すれば、前
全率のもとで繰り返し発生応力の条件、設計計画回数を設
者①の S-N 線図による疲労き裂発生防止基準による疲労
定する必要がある。また、疲労限が水素の影響で低下せ
設計の考え方を担保することができ、①と②の両方の考え
ず、疲労限度以下の設計条件で使用すれば、寿命を無制
方を取り込むことによって、水素蓄圧器の経済性と安全性
限と出来る可能性があるが、これについては先にも述べた
の両立が可能となるであろう。以上の結果をもとに蓄圧器
とおり未だデータが不足しており、今後十分なる検証が必
安全評価事例をフローチャートにまとめて図 10 に示した。
要である。
一方、後者の疲労き裂伝播寿命基準による疲労設計で
は本来、定常的な検査周期においてぜい性破壊発生のた
めの限界長さまでは、き裂の伝播を許容する疲労設計法で
ある。しかし水素中の場合は、き裂伝播速度が大気中に
比較して数十倍となり、定常的な検査周期に対してはき裂
状欠陥の存在の有無に相当注意を払うべきであろう。また、
使用前に検査で発見されたき裂があればそれらは当然なが
ら除去されるべきであるが、検査の精度によって検出可能
なき裂寸法には限度がある。そこで検査で発見すべき限界
き裂寸法のものを初期想定き裂(仮想き裂)として、その
き裂が伝播し破壊に至る回数を疲労き裂伝播解析によって
予測する必要がある。
“検出すべきき裂寸法”は、検査部
位の形状が複雑であったり検査手法や検査工の熟練度に
よってき裂の検出精度がかわるから、特に口絞り構造を有
(43)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
図 10 鋼製蓄圧器の安全性評価事例
6. 結 言
今後、水素の普及利用時を想定すると、より多量の水素
をステーションに貯蔵しておく必要がある。一方で、ステー
高強度低合金鋼を水素蓄圧器に適用する場合、現在ま
ション全体のコストを大幅に削減し、かつコンパクト化する
でに得られている知見では下記が肝要となる。
ことが水素自動車普及の課題の1つとなっているが、安全
材 料:最低使用温度下(大気中)で LBB 条件を満足す
性との両立が重要である。超高圧水素ガス環境中での材料
るための十分な破壊靱性(K IC)を有すること。
:水素中で大気中と同等の一様伸び、引張強度を
有すること。
データの収集は進んではいるものの未だ不十分であり、今
後の評価もあわせて高信頼性蓄圧器の実現に資すべく活動
していきたい。
加 工: 熱処理が終了した後に機械加工を受ける部位に
7. 謝 辞
ついては、研磨等により加工層、有害な残留ひず
みを除去すること。
疲労設計:水素の影響があらわれるような高い応力振幅下
で使用しないこと。
この成果は、NEDO の委託業務の結果得られたもので
ある。
:水素中のき裂伝播解析においては、疲労き裂が
加速する点、KmaxT を解析打ち切り点の指標パラ
メーターとし、KmaxT の推定には K IH を用いるこ
とが適切であると考えられる。
検 査:検出すべきき裂寸法を検討し、疲労き裂伝播解
析にもとづく定期的なき裂の検査を行うこと。
(44)
日本製鋼所技報 No.65(2014.10)
水素ステーション蓄圧器の開発と安全性評価
注 釈
ここで、
“ぜい性破壊”とは、K IC 以上でへき開により不安定破壊(Critical flaw growth)することを意味し、また K IC は材料固有
の値(破壊靱性値)で水素の影響(環境の影響)で低下しない [28] 。一方、K IH 以上では水素助長割れが生じ、擬へき開により疲労き
裂伝播は加速するが、進展は準安定的(Sub-critical flaw growth)であり、タンクが不安定的に破壊(バースト)することを必ずしも
意味しない。事実、図 9(b)の破面に示した円筒の内圧 / 外圧疲労試験の最終破面は、大きく長手方向にのびているが、結果として
容器内部から水素が漏えいするのみのリーク破壊となっている。水素助長割れによる容器の破壊モードについては今後の詳細な検討が
必要である。
8. 参 考 文 献
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[8] http://www.nedo.go.jp/content/100526080.pdf
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committee03.html
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