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子ども地域学序説 - プール学院大学・プール学院短期大学部

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子ども地域学序説 - プール学院大学・プール学院短期大学部
プール学院大学研究紀要 第 52 号
2012 年,67 〜 79
子ども地域学序説
~「子ども堺学」を通して~
岡 崎 裕 はじめに
子どもが自分と他人を峻別し、自我の確立を経て自分以外の世界を認識する過程は、家庭、地域、
学校、さらにその外側の世界へと、基本的に同心円を描くように広がってゆく。日本の学校教育シ
ステムではそれらを公的カリキュラムのなかに位置づけ、各年齢段階において組織的に学ぶ機会を
提供している。「地域の時代」と言われ、実際、国際的にも「コミュニティ」の重要さが指摘される
今日、身の回りの生活体験を中心に構築する小学校低学年における「生活科」、その発展として一定
の科学性を持って子どもたちが直接「社会」と向き合う「社会科」、さらに、やや後退しながらも新
学習指導要領においてなお一定の重要性を持って位置づけられる「総合的な学習の時間」など、
「地域」
にかかわる教科・領域は、子どもたちに、自分たちの暮らす地域とそこに生きる人々、そして何よ
り自分たち自身の生活を学ばせる貴重な学習機会として位置づけられている。
ただ、そうした子どもたちの学びと成長を、地域社会、あるいは現代社会全体が適切に受け入れ、
適切な位置づけを与えているかというと、必ずしもそうとは言い難い。子どもをめぐる犯罪や、「子
ども」を営利目的に転化する価値観、そして何より社会全体の高齢化のなかで相対的に「少数者」
になりつつある子どもたち ・・・。そうした困難な状況のなかにあって、子どもたちの健全な地域体
験はますます目減りし、結果的に地域社会に対する適切な認知、認識、愛着が充分に育たないまま、
時の流れのなかで子どもたちの学習は「知識」としての「社会」に移行してゆくのである。
平成 21 年 3 月、日本ユネスコ国内委員会は、「ESD(持続可能な発展のための教育)の 10 年」の
中間年を迎えるにあたり、取り組み推進のために以下のような建議を行なった。(註1)
初等中等教育において、新学習指導要領に基づき ESD の一層の推進を図るため、必要な措置を講じ
ること。その際、学校と地域社会との連携を重視し、地域に根ざした ESD の推進を図るよう配慮する
こと。
ESD(Education for Sustainable Development)は国際連合が世界に求める 21 世紀の教育におけ
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る価値観であり、これを契機として、地域と学校にはより一層の連携と効果的な行動が求められて
いる。こうした情勢を総合的に判断し、私たちは、いま一度子どもたちを地域に呼び戻し、地域と
子どもたちを再び結びつける取り組みを始めようと思う。学校、地域、そしてこれらを纏める行政
府の役割と責任を再考しつつ、ここに「子ども地域学」の検討を始めたい。「子ども地域学」は、既
にある地域の歴史や文化、産業など既存の教育資源について、これを学ぶべき知識として捉える「静
的」側面と、そうした知識体系に対して、子どもたち自身が身の回りにある地域社会に関わり、そ
こにある課題や現状と向き合う、
「動的」な側面を併せ持ったものとして位置づける。ここにおいて、
子どもたちは「まち」全体の知識と、さらに身近な地域社会の情報、そして地域の人々に出会い、
そこで得られた(創造された)知識は、新たな体系(データベース)として統合され、さらに次の
世代へと伝えられる。かくして「子ども地域学」は、単なる学習内容の体系としてのみならず、学
習方法、さらに学習の目的・システムとして理解されることになる。
本論では、現在も作業が進行中の『「子ども堺学」等学習プログラム及び教材コンテンツ開発・作成』
プロジェクトを概観しつつ、これを通して上位概念としての「子ども地域学」に関する理論の構築
を試みる。実際、論は未だ緒についたばかりであって試論の域を出ないものであるが、ここから広
がる今後の論議に期待しつつ、その序として示すものである。
1 「子ども堺学」プロジェクト
堺市は 2001 年 2 月、まちづくりの指針となる総合計画「堺 21 世紀・未来デザイン」を策定し、
2001 年から 2020 年までの 20 年間にわたる長期的総合計画として、市民生活ならびに行政の各分野
にわって目指すべき方向性を示した(註2)。その間、2006 年 4 月には東隣に位置する美原町を編入
合併することにより人口規模 80 万人の政令指定都市へと移行し、そうした新しい体制のもとで、こ
の指針はさらに重要性を増しつつ、2011 年には現行の政策方針として「堺市マスタープラン」を示
して具体的な政策を展開している。
堺市教育委員会は、このマスタープランと連携しながら、教育にかかわる独自の中期計画「未来
をつくる堺教育プラン」を策定し、教育基本法の規定に基づく「地方公共団体の定める教育の振興
のための施策に関する基本的計画」として位置づけた。この計画においては、
「5 つの政策と 13 の基
本施策」が具体的に示され、各種の具体的プログラムを各分野において展開することを通して、最
終的には中・長期的な、自治体としての政策目標に到達することをねらいとしている。
そうした基本施策のひとつとして、市教委は「地域資源を活用した堺を知る教育の推進」を目指
して、「子ども堺学」の推進を掲げ、学校における学習カリキュラムの構築事業に着手した。ただ、
概念としての「子ども堺学」自体が必ずしも一般的に確定した意義を持つものでもなく、そうした
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不安定な概念の上に公教育活動を重ねるという挑戦的な試みに対して、市教委はその構築を外部の
先進的知見に委ねることとなる。そして、最終的にこれを受託したのは南大阪地域にある十を超え
る大学の連合組織である「南大阪地域大学コンソーシアム」であった。
当該事業の受託にあたって、コンソーシアムは 2011 年 5 月から 6 月にかけ、関係各大学に広く呼
びかけ、その事業の推進に関する可能性を探った。こうした呼びかけに対し、それに応えて参集し
た研究者は複数の大学から 10 数名を数え、その後数度にわたるブレインストーミングを経て企画・
提案書が作成され、プレゼンテーションによる公(おおやけ)の競争入札の結果、コンソーシアム
を中心とする研究チームによって本計画が実施されることとなった。
本市では、
「未来をつくる堺教育プラン」において、13 の基本政策のうち「『総合的な学力』の育成」、
「育ちと学びが連続する小中一貫教育の推進」、
「地域資源を活用した堺を知る教育の推進」を図るため、
子どもの発違段階に応じた系統的な「キャリア教育」「子ども堺学」「自己指導力 ( 規範意識の醸成 )」
「言語力向上」を柱とする小中一貫した 9 年間のモデルカリキュラム ( 以下、
「カリキュラム」という。)
を開発し、小中一貫教育を推進することとしている。
この事業におけるカリキュラムは、児童生徒一人ひとりの社会的・職業的自立に必要な基盤となる
能力や態度を育てることを通してキャリア発達を促す「キャリア教育」と、堺のさまざまな地城教育
資源を活用し、地元堺のことを知り、学ぶことをねらいとする「子ども堺学」を柱に、児童生徒の発
達に応じた「自己指導力 ( 規範意識の醸成 )」をはぐくむための体験的プログラムを計画的に取り入れ、
「言語力向上」のため各教科等と連動した言語活動の充実を図るものとし、子どもたちが、堺に愛着と
誇りをもち、「それぞれの世界へはばたく”堺っ子”」としてふさわしいアイデンティティと自己実現
のための「生きる力」をほぐくむことを事業の目的とする。
ここに示した文章は、その公式委託文書『「子ども堺学」等学習プログラム及び教材コンテンツ開発・
作成業務仕様書』に記載された「子ども堺学」をめぐる基本的理念に関する記述である。ここに見
られる三つの基本施策、すなわち「『総合的な学力』の育成」、および「育ちと学びが連続する小中
一貫教育の推進」、ならびに「地域資源を活用した堺を知る教育の推進」は、それぞれ市の教育に関
する中期計画の 4 番目、5 番目、そして 9 番目に示されているものである。ここで求められているのは、
社会的・職業的自立を目的とした「キャリア教育」と、地域の教育資源を活用しつ地元堺を学ぶ「子
ども堺学」を柱として、自己指導力を育む体験学習を用いつつ、各教科における言語力育成のため
の活動と連動しながら、子どもたちのアイデンティティと「生きる力」を育むことを意図して組織
される小中学校 9 年間の一貫カリキュラムの作成である。こうした要請に基づき、当面私たちはプ
ロジェクトとしての構造を整理し、提案として次に示すようなマトリクスを用意した。
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<図①:3つの柱と5つの目標>
事業としての委託内容はあくまでカリキュラムの開発とこれに直接繋がる調査研究・情報収集で
あったが、これに先立って私たち研究チームは、
「子ども堺学」に関する概念、構造、ならびに対
象とすべき領域の確定といった、基礎研究的な事項に関する検討作業を進めることとなった。ただ、
単年度事業であることによって生じる時間的制約と、多数の研究者による協働研究であることなど
を勘案し、作業の合理化・効率化を図るため、私たち研究チームはプロジェクトの推進にあたって、
図②に示すようなスキームを用意した。
基本的組織構造はコンソーシアムに事務局機能を置いたうえで、教育委員会をオブザーバーとし
て迎え、全体協議会のもとに「調査研究・情報収集部会」、「カリキュラム開発・学習プログラム作
成部会」、「教材コンテンツ(映像)担当部会」を設置するというものである。
調査研究・情報収集部会では、「子ども堺学」の概念をめぐる理論的枠組みに関する基礎研究と、
学習に供すべき地域における学習資源の収集および整理を主たる課題とし、報告書のレベルでも別
冊として成果を作成する。次にカリキュラム開発・学習プログラム作成部会では、先ず小中学校9
年間にわたるカリキュラムの全体構造を明らかにし、続いて各学年、そして各領域に広がるマトリ
クスを随時埋め込んでゆく作業に着手する。そして、教材コンテンツ(映像)担当部会には、委託
内容の一つの核である「ビジュアルコンテンツ」すなわち「子ども堺学」の学習に供する、アニメー
ションを含む視覚教材の開発が託された。
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<図②:子ども堺学プロジェクト推進にかかる実践スキーム>
2 「子ども堺学」から「子ども地域学」へ
「子ども堺学」の概念、及び枠組みの構築が、プロジェクトの推進にとってまず克服すべき最初の
課題であった。柱となる概念のなかで、「キャリア教育」、「自己指導力育成」、「9年間一貫教育」な
どについては、ある程度の既定の概念が存在するので、一定の枠組みに従って学習指導にいたるま
での見取り図を描くことは可能である。ただここでは、最も重要な固有の概念である「子ども堺学」
に関する定義を行なう必要がある。「地域資源を活用しつつ地域を学ぶ」というくだりから判断すれ
ば、これはいわゆる社会科的な「地域学習」に分類されると推察されるが、「社会的・職業的自立」
と相俟って語られることで、その本質が必ずしもそうした地域体験と知識に限定されるものではな
いようにも思われる。こうした確定した足場のないまま議論を進めて、時間的なロスが生じること
を避けるため、私たちは先ずタスクフォースを編成し、比較的自由なブレーンストーミングを行う
ことによって、緩やかなアウトラインを探ることにした。その在り方として、各委員の合意のもと、
仕様書に示されたオーダーに関し以下のような論点整理を行った。
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・「堺」を様々な観点から体系化する
・地域資源を教材化する
・既存の学校における地域学習を体系化し、これを「堺学」とする
・地域において価値のある体験を通して学ぶ
ただ、「地域」を学ぶカリキュラムは、学校教育においては必ずしも珍しいものではない。たとえ
ば、社会科における地域学習は、小学校中学年における主要なカリキュラムとして位置づけられる
ものであり、低学年における生活科においても地域の自然環境や動植物に触れるカリキュラムが既
に広く展開されている。また、「総合的な学習の時間」では、「地域や学校,児童の実態等に応じて,
教科等の枠を超えた横断的・総合的な学習,探究的な学習,児童の興味・関心等に基づく学習など
創意工夫を生かした教育活動を行うこと。(小学校学習指導要領 第 5 章総合的な学習の時間 第 3
節1の(2))」として、地域の実態に即したカリキュラム編成が求められており、同(5)では「…
地域の人々の暮らし,伝統と文化など地域や学校の特色に応じた課題についての学習活動などを行
うこと。」として地域課題の教材化を求めている。即ち、新しい視点のなかで新たなカリキュラムを
立ち上げるのであれば、ここに既存の教育活動とは異なる何らかの固有の特徴を用意しなければな
らない。さらに、メンバーの中から、「地域に学ぶ」という現場から発想する構造であるにもかかわ
らず上からの「体系化」を推し進めるという本質的な矛盾に対して異論も出た。
そこで私たちは、そこから度重なる議論の結果、「子ども地域学」としていくつかの特質を設定す
ることとした。次の章ではこれについて詳しく見ていきたい。
3 子ども地域学の特質
「子ども地域学」の理論構造は、「子ども堺学」のために援用され得るものの、必ずしもそこに限
定されるものではなく、広く何処の地域においても適用し得るものである。それは議論の初期の段
階から私たちが想定してきた事であり、即ちここにおいて、
「堺」はあくまでそのフィールドに過ぎず、
その先により広く一般化することの出来る「子ども地域学」が想定されるのである。従って、ここ
に示す各種の特質は「子ども堺学」だけではなく、「子ども地域学」における特質として理解される
べきである。私たちが設定した特質は以下のようなものである。
① 「地域に学び、地域を学ぶ」ボトムアップを追及する
② 地域における体験・経験を通して体系化を図るプロセス重視の学習
③ 子供たち自身の積極的活動によって学習カリキュラムを創り上げる動的カリキュ
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ラム
④ 地域生活の中から世界を見つめ、「世界につながる堺」を通して地域に誇りを持
つ学びづくり
⑤ 学習の入り口と出口に、共通のインタラクティブなチャンネル(ポータルサイト)
を設けると同時に、学年、世代を越えて継続的に活用・更新できるようなデータ
ベースを設置する
①「ボトムアップ」構造
わが国における学校教育は、学習指導要領に基づいた全国統一の学習カリキュラムによって集権
的に運用されている。これによって教育における一定の質と機会均等は得られるものの、結果とし
て国家によるトップダウンの構造は避けることが出来ない。これに対し「子ども堺学」は学習活動
の動機を徹底して地域の生活に求めて、人々とつながり、地域の環境と文化に触れ、そこにある課
題解決に参画するような「ボトムアップ」を追求する、いわば教育における「地域主権」である。
現在も学校カリキュラムのなかにある「総合的な学習の時間」は、当初これと同様な思想のもとに
導入されたものであったが、「ゆとり」批判の流れのなかで次第に周縁に追いやられている。私たち
はこの残された僅かな機会を足がかりに、子どもにとっての地域学を構築しようとするものである。
②経験主義
学習において、経験と知識は本来相乗的に作用するなかで効果をあげるものであるが、近代にお
ける学校教育の歴史において「経験主義」と「知識(系統)主義」は対立、あるいは振り子のよう
に時代の流れのなかで揺れ動いてきた(註3)。ここにおいて「どちらをとるか」という問いかけを
おこなうことについてはあまり意味が無い。ただ言えることは、学習(教育)対象の「内容」や「目
的」によって、「方法」は適切に選択されるべきであるということである。
少なくとも、地域学習のような現実生活に根ざした活動の場合は「仮想的 (Virtual)」でなく、「現
実的(Real)」なアプローチが望ましいことはいうまでもない。ただその場合でも、「地域」の対象
範囲をどこまで広げるかによって限界が生まれることも否定できない。要は学習者(子どもたち)
自身が「やってみる」、「自ら行動する」という意思を持っているかどうかが最も重要な要素となる。
③動的カリキュラム
「カリキュラム (Curriculum)」は元来、ラテン語の「走る(currere)」から由来した言葉であり、
もともとは「走るコース、走路」の意であった。日本では戦後教育導入の過程で、米流の「教育課程」
主義がこの言葉とともに輸入されたことで「教育の公的枠組み」あるいは「教育計画」という現在
の定義が一般化した。ただ、国際的にはそれは「学習経験の総体」を意味するものと解されており、
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学習における計画、実践、評価などの包括的な概念として理解されているものである。ここに見ら
れるような「ずれ」に対し、近年の教育学においてカリキュラム概念の再定義が盛んにおこなわれ
ている。すなわち、そこにある政治的・イデオロギー的機能を批判しつつ、本来の意味である「学
びの個人誌」としての機能を主張する声が大きくなっている(註4)。こうした状況をにらみつつ、
子ども地域学においては、歴史や文化など学ぶべき地域の学習対象を、カリキュラムにおける「静的」
側面として位置づけ、一方で実際の地域社会における現実の課題を、「動的」側面として捉えて、学
習過程そのものを動的にフレキシブルなものとして位置づける。ここにおいて重要な点は、そのフ
レキシビリティ(可動性)の根拠は学習者自身、即ち子どもたち自身にあるということである。言
い換えれば、「子ども堺学」においては、子どもたち自身が学習プロセスのなかで必要に応じてカリ
キュラムを改変し、その学習過程(課程ではない!)が結果的にカリキュラムとして記録されるこ
とになるのである。(註5)
④世界に繋がる地域(あるいは「堺から世界へ」)
これまで広くおこなわれてきた地域学習が、生活科や社会科といった規定の内容構造を持つ教科
のなかに位置づけられてきたことは既に述べた。これらは独立した研究領域として一定の体系があ
り、定義をはじめとして内容や方法論についても、既に一般的に共通理解が得られていると言って
良い。教科としても、公教育における文字通り公的な位置を占めており、行政用語としての意義も
確立している。ただ、法的に枠付けが定められていることにより、そこにはある種の硬さ、あるい
は不自由さが伴うことは避けられず、その結果近年のドラスティックな社会情勢の変化に対し、即
時的に対応することは難しい。特に情報化、国際化といった変化の著しい局面については、対応
が後手に廻り、ややもすれば結果的に「保守的」な立場を採らざるを得ない。英語では "Vanguard
Education" と呼ばれる、こうした新たな学習対象への対応について、日本の教育行政は「総合的な
学習の時間」においてモデル領域を例示し、対応の道を用意し、現場即応型カリキュラムのあり方
を示している。(註6)
ただ、現状においては、先にも述べたように「総合的な学習の時間」はもはや斜陽傾向にあり、
こうした状況を担保すべき何らかの仕掛けが求められるところである。ここに私たちは「子ども地
域学」を位置づけ、これによって既にある地域社会の国際化・情報化をつぶさに学び、今まさに変
化しつつある地域社会を子どもたちが理解する一助としたいと考える。
⑤学習プロセスと ICT(Information Communication Technology)
現代の子供たちを取り巻く状況に鑑み、ICT の効果的活用が学校教育においても極めて重要であ
ることはもはや言を待たないが、一方で実態的にはプロジェクターの活用やパソコンスキルといっ
た、基礎的な技能に集中していることもまた事実である。今回、地域学習に関する新たなアプロー
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チに踏み出すにあたり、私たちはこれを活用するひとつの新しいシステムを提案する。
③
◎
◎
④
<図③「子ども地域学」の学習過程>
この学習プロセスにおいては、子どもたち自身の積極的学習動機と、そうした内発的動機に基づく、
現実的体験・経験が鍵となる(註7)。さらにここに現代的な情報技術 (Information Communication
Technology) が活用され、かくして、上に示したチャートのような流れが完成する。これを文章化す
れば以下のようになる。
◎〜① 地域情報に関する基礎的な情報データベースを用意し、これをネットの上学習者がアクセ
スし得るポータルサイトに配置し、そこから学習者自身の興味・関心・課題意識を導きつ
つ自身の手で既存の情報を引き出させ、客観的情報の獲得を目指す。
② 指導者の援助も与えつつ、そこにある課題(註:必ずしもネガティブである必要はなく、
「よ
り深く知りたい」、
「他人に教えて自慢したい」なども課題意識として位置づける)に対して、
これを解決する道筋を検討し具体的な活動計画を立てる。
③ 地域にあるそれぞれの教育資源に直接働きかけ(フィールドワーク)、学習者自身の体験・
経験に基づいて新たな知見・情報を得る。
④ 得られたデータ(行動記録、インタビュー結果、映像、子どもたち自身の感想など)を精
査し客観的視点(グループによる話し合いなど)も交えながら考察し検討する。
⑤〜◎ 動機付けから計画(Plan)、(調査)活動(Do)、考察・検討(See)の過程を経て、子ども
たちは学習成果を文書として、語りとして、また行動として表現し、その記録を再びポー
タルを通じてデータベースに返してゆく。
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以上示した5点にわたる特質については、「子ども堺学」第 1 期調査研究報告でも明らかにしたよ
うに(註8)、先行研究としての英国の "World Studies" の研究成果に拠っている。現実の社会的課
題に対峙しつつ、市民社会の一員としてそれを乗り越えるために学校教育として一体何が出来るの
か、こうした問題意識のもとに 1970 年代の後半英国を中心に展開した教育運動が、私たちの「子ど
も地域学」において理論的背景として存在している。(註9)
このように、「子ども地域学」を前提として整理した理論構造に関し、「子ども堺学」のプロジェク
トとしてこれをより解り易く一般化するために、私たちは「子ども堺学の基本的枠組み(イメージモ
デル)」として、基本となる3つのポイントを明示しつつ、図④に示すようなグラフィックを作成した。
<図④:子ども堺学ポスター>
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ここに示した「参加」・「世界」・「情報」というキーワードは、言うまでもなく先に示した子ども
地域学における 5 つの特質をより解り易くデフォルメしたものであり、その循環構造は「子ども地
域学」の学習過程を示している。念のため、そこに在る本旨を示しておく。
「参加」…積極的 (Active) な動機のなかで、主体的に学習過程に「参加」、さらに「参画」し、市民
社会の一員 (Active Citizen) として、持続可能な発展 (Sustainable Development) に貢献
する。
「世界」…地域の現実・実態に根ざしつつも、思考(学習)過程のなかでより広い視野(地球的視野)
をもって事物を理解する。
「情報」…個々の学習を地域発展のための情報循環過程のなかに位置づけ、学習資源を全体(デー
タベース)から取り出してその成果を再び全体へ返してゆく。結果的にこの循環は学習
者にとっての情報発信過程と重なることとなる。
4 ふたたび「子ども堺学」とは何か~あとがきに代えて
堺市のおこなった調査にれば、地域に愛着を持つ児童生徒の割合は小学生で約3割であるのに対
し、中学生で約2割であり、年齢が進むにつれて「私たちのまち」に対する想いは次第に弱まる傾
向にあるという。身近な地域を含めて社会全体が未来へ向けて持続的に発展してゆくために、その
担い手となる次世代の市民育成は極めて重要な課題である。にもかかわらず、このようにアイデン
ティティの基礎となる地域への想いが、成長とともに乏しくなる現状に対し、私たちは大いなる危
惧の念を抱かざるを得ない。第 1 章で取り上げた、平成23年策定の「未来をつくる堺教育プラン」
では、「子どもを取り巻く現状」として①「予想される少子化の進展」を踏まえ、②「地域でのつな
がりの希薄化」
、③「進む国際化」、④「情報化の進展」の四つの課題を掲げ、幼児期からはじまる
子どもの発達を踏まえた「縦につながる教育」と、学校・家庭・地域に加えて関係諸機関が連携し
た「横にひろがる教育」の推進をその対応として位置づけている。つまり現代の教育課題を「縦に
つながる教育」と「横にひろがる教育」に託そうとしているのである。私たち「子ども堺学」の作業チー
ムは、こうした要請に応えるべく、「参加」・「世界」・「情報」をキーワードに、横に広がる地域とひ
とのネットワークと、縦に繋がる子どもたちの成長を見つめたいと考える。
とはいえ、
「子ども地域学」は、堺の子どもたちがおとなの手によって用意された「学ぶべき事柄」
を、学校教育の場で学習・記憶してゆくような「学問」ではない。それは、地域に学ぶ子どもたちが、
自分たちの生きる地域社会と正面から組み合い、一方で先生をはじめとした教育の関係者と地域の
人々が、子どもたちの成長の手助けをしようとする取り組みである。これまで、2次元的な知識と
して客観的に捉えられていた「わたしたちのまち」が、子どもたち自身の生活と認識のなかに立体
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的に、そして体験的に取り込まれ、やがてそれが、次代の「自立した市民」の幹となって成長してゆく。
そのような活動を私たちは目指してゆきたいと考えるものである。
以上
註1:日本ユネスコ国内委員会「持続発展教育(ESD)の一層の普及及び支援の推進について(建議)」平成 21
年 3 月 23 日
註2:堺市「21 世紀のくらしやまちの姿を、ともに描き、つくる堺市総合計画 堺 21 世紀・未来デザイン」
2001 年 2 月。
(http://www.city.sakai.lg.jp/city/info/_kikaku/sakai21.html でダウンロード可)
註3:上田薫『人間形成の論理 ( 上田薫著作集 2)』黎明書房 1992 年、『人間のための教育』国土社 1990 年など
註4:佐藤学「教育方法学」p108 岩波書店 1996 年
註5:「記録される」という表現については、後述する ICT との関連において理解される必要がある。
註6:小学校学習指導要領 第 5 章総合的な学習の時間 第 3 節1の(5)
註7:このふたつは実はほぼ同義であり、英語では "Active" ないし "Action" という言葉で表現される。
註8:南大阪地域大学コンソーシアム『「子ども堺学」等学習プログラム及び教材コンテンツ開発・作成業務』
分冊「調査研究・情報収集報告書」pp14-16 2012 年。
註 9:"World Studies" に つ い て は Richardson, R. (1976b) Learning for Change in World Society: Reflections,
activities and Resources (London, World Studies Project) を基点として実に数多くの論文、著作が存在す
る。日本語に翻訳されたものとしても、
『地球市民教育のすすめかた―ワールド・スタディーズ・ワークブッ
ク』David Hicks , Miriam Steiner ( 著 ), 岩崎 裕保 ( 訳 ) 、『ワールド・スタディーズ―学びかた・教えかた
ハンドブック』Simon Fisher , David Hicks ( 著 ) 、ERIC 国際理解教育センター編訳、など多数が存在する。
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子ども地域学序説
(ABSTRACT)
An Introduction to "Children's Community Studies"
OKAZAKI Yutaka In these days, the Japanese school's curriculum is tend to much concentrate to remembering
the knowledge, and, or, tend to be passive thinking way all the time. To solve this situation,
Japanese Department of Education and Sciences had launched the new programme for any public
schools, named "General Studies (Sougouteki Gakushu)"last ten years. However, by the latest
reform act on the curriculum, the trial has finished with a kind of shame.
On the other hand, the importance of the community, the local identity, network mind (KIZUNA)
and citizenship, are rapidly growning in all over the world. Now, we are planning to start thinking
about Education and Community, named "the Children's Community Studies", through a trial
project "the Children's Sakai Studies". Which is the curriculum developing project through the
authority of the organisation "The University Consortium Southern Osaka".
The essential strategy of the challenging approach to the schools education is the active
basis, and practitional learning methods. We emphasise to the three characteristics, which are
"Participation", "Globalisation" and "Information".
We, the research team for the Children's Sakai Studies are working for developing curriculum
to the schools in Sakai city under local govermental authority.
Yet, are working independently to develop and create theory of New Horizon of "the Children's
Community Studies".
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