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Page 1 ー韓国の教育法と教育改革 韓国の教育法と教育改革 目次
韓国の教育法と教育改革 37 韓国の教育法と教育改革 はじめに 目 次 野 ヒ 修 市 ホンコン、台湾、韓国、フィリピン、マレーシア、シンガポール、・タイ、インド、スリランカ、インドネ﹁シア、そし 法律制度の比較研究﹂︵代表者・松岡三郎︶の一メンバーとして、一九七九年四月から⊥九八二年一一月にかけて、 私は、明治大学創立一〇〇周年の記念事業である学術調査プロジェクトチーム、 ﹁アジア諸国における人権および 一 はじめに おわりに 韓国第五次経済社会発展五力年計画 国家保衛非常対策委員会の教育改革プラン 教育法の内容 新憲法の改正点 六五四三ニー 叢 38 舌△ 日冊 律 法 ︵1︶ て中国のコカ国を訪問し、教育制度とその実態について、調査・研究を行った。その際、アジアの各国とも、一方 において国民を無知と貧困から救い、国民の生活を豊かにするためには、人権として教育を保障することが必要であ るという認識を深めながらも、他方、国家の近代化のためには、国民の教育水準を高め、人的能力の開発をめざさざ るをえないという考えのもとに、教育政策を国家の開発計画の一部として位置づけている現実をまのあたりに見てき た。むろん各国には、それぞれ特有の歴史と伝統があり、また異なった経済発展の状況もあるので、その教育改革の 理念と方向は決して一様ではない。しかしながら、国家発展の基礎を教育に託すということでは、各国とも変りはな かった。この点、韓国においても同様であるといえよう。 さて、第二次大戦後における韓国の教育制度は、大別すると、これまで三つの段階を経て発展してきたといえるで あろう。第一段階は、一九四五年から四八年に至るまでのアメリカ軍政下の時期である。この時期は、一般に﹁民主 ︵2︶ 教育の基礎工事﹂の時期ともいわれ、新しい国民教育制度の基礎を打ち立てるための改革が、アメリカの教育思想の 影響のもとに始められた。とくに、韓国の教育指導者をもって構成された教育審議会は、最も中核的な役割を果たし た。同審議会は、一九四五年=月に設置され、翌四六年三月に解散するまでの五カ月足らずの間に、あらゆる教育 問題を検討し、解放後の韓国の新しい教育方針を打ち出したのである。その主な内容は、六・六︵三二二︶・四制の 単線型学校体系、男女土ハ学制の原則、二学期制の採用、義務教育制の実施、新教育課程の作成、教育委員会制度の導 入などであった。 第二段階は、一二年間にわたる第︸共和制下︵一九四八年−六〇年︶の時期である。一九四八年八月、﹁大韓民国﹂ ︵李承晩大統領︶が成立・︵第.一.共和制︶、これより約 ヵ月前の七月には、﹁大韓民国憲法﹂が公布され、その一六条 において、 ﹁すべての国民は、ひとしく教育を受ける権利を有する。少くとも初等教育は義務制であり、無償とす 韓国の教育法と教育改革 39 る。すべての教育機関は国家の監督を受け、教育制度は法律でこれを定める。﹂と規定し、教育の機会均等、初等教 育の義務制、義務教育の無償、教育機関の国家規制、教育制度の法律主義などの原則を明確にした。かような憲法の 諸原則は、翌四九年一二月制定の﹁教育法﹂において、さらに具体的な肉づけが行われることになった。この結果、 六年制義務教育、六・六・四制、教育委員会の設置などが法的に成立した。かくして、教育審議会の新教育制度構想 は、新憲法および教育法の制定によって、はじめて実現化されることになったのである。しかしながら、一九五〇年 勃発の朝鮮戦争のため、新教育計画も実施不可能となり、これらが実行に移されるようになったのは、休戦協定が調 印された一九五三年以後のことである。 第三段階は、朴正煕大統領の第三共和制下︵︸九六二年−七二年︶および第四共和制下︵一九七二年−八〇年︶の 時期である。この時期の第一の特徴は、憲法改正が行われ、強力な大統領責任体制が確立されたため、教育のあり方 に大きな変化が生じたことである。一九六二年一二月の改正憲法二七条は、 ﹁すべての国民は、能力に応じて均等に 教育を受ける権利を有する。すべての国民は、その保護する子女に初等教育を受けさせる義務を負う。義務教育は無 償とする。教育の自主性と政治的中立性は保障されなければならない。教育制度とその運営に関する基本的な事項は 法律で定める。﹂と規定し、﹁教育の自主性﹂、﹁教育の政治的中立性﹂、﹁教育制度・運営の法律主義﹂などの諸原則を 明確に打ち出しておきながら、他方では、大統領は、法律で委任を受けた事項と法律を執行するために必要な事項に 関しては、﹁大統領令﹂を発することができるとしたため︵憲法七四条︶、この委任および執行命令権が教育政策の実 施にあたって大いに活用され、前記憲法の諸原則は空文化してしまった。このことを最もよく代表する実例は、韓国 版﹁教育勃語﹂ともいわれている一九六八年の大統領宣布﹁国民教育憲章﹂であるといえよう。 ﹁国の隆盛は自己の 発展の根本﹂、﹁自ら進んで国家建設に参与し奉仕する国民精神﹂、﹁祖先の輝やかしい精神﹂、﹁敬愛と信義に根ざした 40 叢 論 律 相互扶助の伝統﹂、﹁反共民主精神に透徹した愛国愛族がわれわれの生の道﹂など、﹁国家﹂・﹁民族﹂・﹁反共﹂を前面 に押し出す内容をもった﹁国民教育憲章﹂は、七〇年代の韓国における教育の根本原理とみなされ、カリキユラムの ︵3︶ 改訂をはじめとするさまざまな教育改革に大きな影響を及ぼしたのである。 第二の特徴は、国家発展の基礎として経済開発が重視され、教育のあり方も、国家の経済開発政策との関係におい て、計画的にとらえられるようになってきたことである。とくに第三共和制の一〇年間は、 ﹁第一次経済社会発展五 力年計画﹂ ︵一九六二年−六六年︶および﹁第二次五力年計画﹂ ︵一九六七年i七一年︶をはじめてスタートさせ、 これらを受けて、一九六三年には、 ﹁産業教育振興法﹂の制定および実業高等専門学校や二年制教育大学の新設が行 われ、さらに、一九六七年には、 ﹁科学教育振興法﹂も制定され、経済開発計画が要求する﹁マンパワー﹂の需要に 応える形で、大学人口の量的規制、職業教育の強化、中等教育の効率化および科学技術教育の推進などがはかられ た。いわゆる維新体制の第四共和制下においては、﹁国籍ある教育﹂︵﹁韓国的教育﹂︶や﹁新しい村︵セマウル︶教育﹂ 運動などとともに、産業教育および科学技術教育の実質化がめざされ、産学協同体制の推進、実業専門教育および職 ︵4︶ 業教育の体制づくりに力がそそがれた。いずれにしても、第三段階の時期は、全体的にみて、第二段階の教育の量的 @ もスタートし、新しい教育計画が軌道に乗っている。 教育改革プランが発表され、すでに実施中である。また、﹁第五次経済社会発展五力年計画﹂︵︼九八二年−八六年︶ も改正をみた。一九八〇年七月には、新憲法の公布に先だって、 ﹁教育正常化および過熱課外解消方策﹂と呼ばれる る。この一八年間︸度も変更をみなかった憲法の教育条項も、今回かなりの修正が加えられ、それにともない教育法 ところで、一九八〇年一〇月にスタートした第五土ハ和制下における韓国の教育は、かなり大幅に変ろうとしてい 拡大政策のゆき過ぎを反省し、計画的な質的拡充政策がとられた時期であったといえるであろう。 一一 韓国の教育法と教育改革 41 そこで本稿では、韓国の教育法の内容を考察し、教育体系の法的構造を分析するとともに、韓国がめざしている新 しい教育改革の理念と方向をさぐってみることにしよう。 ︵1︶ これらに関しては、拙稿﹁韓国の教育改革﹂︵季刊教育法三八号︶、同﹁ブイリピンの教育改革﹂︵季刊教育法四〇号︶、同 ﹁マレーシアの教育改革﹂︵季刊教育法四一号︶、同﹁シンガポールの教育改革﹂︵季刊教育法四二号︶、同﹁インドネシアの教 育改革﹂︵季刊教育法四五号︶、同﹁タイの教育改革﹂︵季刊教育法四八号︶をそれぞれ参照. ︵2︶ 呉天錫﹃韓国新教育史﹄三七七頁。 ︵3︶ 馬越徹﹃現代韓国教育研究﹄一五頁。 ︵4︶ 馬越﹃前掲書﹄一六九−一九一頁。 二 新憲法の改正点 教育法の具体的内容の考察に入る前に、ここで、一九入○年一〇月に改正された新憲法の教育条項について、ごく 簡単にふれておこう。 朴大統領時代︵一九六〇年−七九年︶、 憲法改正は三たび行われたが、教育条項についてはまったく修正がなかっ た。ところが、今回の新憲法ではかなり大幅な改訂が加えられており、一七九二年の旧憲法と比較すると、次のごと き改正点を指摘することができる。 第一に、 ﹁教育の専門性﹂が憲法保障の対象に加えられ、かつ保障の方式が法律的にも整備されるようになったこ とである。つまり、旧憲法では、 ﹁教育の自主性と政治的中立性は保障されなければならない。﹂︵二七条四.項︶と定 められていたが、新憲法においては、 ﹁教育の自主性・専門性および政治的中立性は法律の定めるところにより保障 叢 42 論 律 法 される。﹂︵二九条四項︶と改正されたのである。 第二に、新憲法が、旧憲法にはまったくなかった生涯教育に関する規定をあらたに設けたことである。すなわち、 新憲法二九条五項において、 ﹁国家は生涯教育を振興しなければならない。﹂と定め、さらに同条六項で、﹁学校教育 および生涯教育を含む教育制度とその運営−⋮.に関する基本的な事項は法律で定める。﹂と規定し、生涯教育を学校 教育とともに正規の教育制度ととらえ、今後、生涯教育を法律で保障する方向を打ち出しているのである。この点、 韓国においては、教育制度といえばもっぱら学校教育制度を意味するという考え方がこれまで支配的であったことを 思えば、社会教育を正規の教育体系の一環としてとらえるようになったことは、大いに注目すべきことであるといえ よう。 第三は、﹁教育財政﹂・﹁教員の地位﹂に関しても、法律で定めることを明確にしたことである。この点、旧憲法で は、﹁教育制度とその運営に関する基本的な事項は法律で定める。﹂︵二七条五項︶となっていたが、新憲法では、﹁⋮ ⋮教育制度とその運営、教育財政および教員の地位に関する基本的な事項は法律で定める。﹂︵二九条六項︶と改正さ れ、あらたに追加された教育財政および教員の地位に関しても、法律主義の原則をとっている。 むろん、これらの憲法改正点については、目下のところ必ずしも十分なる法律的基盤は構築されていないが、今 後、徐々に教育法の改正や新しく教育法令の制定などを通じて、実施の運びとなることが予想されるのである。 三 教育法の内容 1 教育の目的 韓国の教育法と教育改革 43 韓国の教育制度の最終目標は、﹁民主福祉国家﹂を建設することにある︵新憲法提案理由︶。このため、 一九入○年 の新憲法は、﹁主権は国民にあり、すべての権力は国民から発する。﹂ ︵一条二項︶という基本原理が教育の民主的な 運営の基礎であることを認め、すべての国民は法の前に平等であり、 ﹁政治的・経済的・社会的・文化的生活のすべ ての領域において﹂、各人の能力を最高度に発揮する権利をもつと定めている︵一〇条︶。さらに、二一条で、﹁すべ ての国民は学問と芸術の自由を有する。﹂ことを保障するとともに、とくに二九条の教育条項において、﹁①すべての 国民は、能力にしたがって均等に教育を受ける権利を有する。②すべての国民は、その保護する子女に、少なくとも 初等教育と法律の定める教育を受けさせる義務を負う。③義務教育は無償とする。④教育の自主性・専門性および政 治的中立性は法律の定めるところにより保障される。⑤国家は生涯教育を振興しなければならない。⑥学校教育およ び生涯教育を含む教育制度とその運営、教育財政および教員の地位に関する基本的な事項は法律で定める。﹂と規定 している。憲法のこれらの教育原理をさらに発展させているのが、教育法である。韓国の教育法は、わが国の教育基 本法、学校教育法、地方教育行政の組織および運営に関する法律などを一本化したような法律であり、教育全般に渡 り、その基本原則を定めている。 現行の教育法︵二五次改正。一九八二年三月二〇日法律三五四〇号︶は、教育の目的を、 ﹁教育は弘益人間の理念 の下に、すべての国民をして人格を完成し、自主的生産能力と公民としての資質をもたせ、民主国家発展に奉仕し、 ︵1︶ 人類土ハ栄の理想実現に寄与させること⋮⋮﹂ ︵一条︶と定めている。これらの目的を達成するために、次のような教 育方針を設定している︵二条︶。①身体の健全な発育と維持に必要な知識と習性を養成し、あわせて堅忍不抜の気魂 をもたせること。②愛国愛族の精神を養い、国家の自主独立を維持発展させ、人類平和の建設に寄与させること。 ③民族固有の文化を継承昂揚し、世界文化の創造発展に貢献させること。④真理探求の精神と科学的思考力を育成 44 叢 論 律 法 し、創意的活動と合理的生活をさせること。⑤自由を愛し、責任を重んじ、信義・協同・敬愛の精神をもって調和あ る社会生活をさせること。⑥美的鑑賞力を養い、芸術を創作し、自然の美を楽しみ、余暇の時間を有効に使用し、明 るく調和的な生活をさせること。⑦倹約と労働に対して誠実であり、有能な生産者、賢明な消費者として、堅実な経 済生活をさせること。これらの一般的教育目的と方針にしたがって、次のような具体的目標が、各教育段階のために 設けられている。 まず、国民学校︵初等教育︶は、①国語を正確に理解し、使用することのできる能力を養う、②個人と社会と国家 の関係を理解させ、道義心・責任感、公徳心・協同精神を養う。とくに、郷土・民族の伝統と現状を理解させ、民族 意識を昂揚し、独立自尊の気風を養うと同時に、国際協力の精神を養う、③自然の事物と現象を科学的に観察し、処 理する能力を養う、④数量的関係を正確に理解し、処理する能力を養う、⑤生活に必要な衣・食・住と職業に関する 基礎的な理解と技能を養い、勤労と自立生活の能力を養う、⑥音楽・美術・文芸に対する基礎的理解と技能を養う、 ⑦保健生活に対する理解を深め、これに必要な習慣を養い、身心が調和的に発達するよう努めなければならない、と されている︵九四条︶。 次に、中学校の目標は、①国民学校教育の成果をさらに発展させ、中堅国民としての品性と資質を養う、②職業に 関する知識.技能・勤労を尊重する精神・行動または個性に合った将来の進路を決定する能力を養う、③学校内外に おける自律的活動を助長し、感情を正し、公正な批判力を養う、④身体を養護鍛錬し、体力を増進させ、健全な精神 を養うこと、となっている︵一〇一条︶。 高等学校教育は、高等普通教育と専門教育を行うことを目的とし︵∼〇四条︶、 ①中学校教育の成果をさらに発展 させ、中堅国民としての品性と技能を養う、②国家社会に対する理解と健全な批判力を養う、③民族の使命を自覚 韓国の教育法と教育改革 45 し、体位の向上を図り、個性に合った将来の進路を決定させ、一般的教養を高め、専門的技能を養うことを目標とし ている︵一〇五条︶。 最後に、大学は、国家と人類社会の発展に必要な学術の深奥な理論および精緻な応用方法を教授研究し、指導的人 格を陶冶することを目的とする、と定められているのである︵一〇八条︶。 一九四九年の教育法制定以来、教育目的の本質的内容に関しては、ほとんど変化は生じていない。 ﹁弘益人間﹂と は、本来﹁広くすべての人間の利益になる﹂という考え方をさし、韓国の古典にもみられる﹁歴史的民族思想﹂と受 けとめられている。しかし、この思想は、同時にまたキリスト教の博愛思想、儒教の仁思想一さらに仏教の慈愛思想 にも通ずる全人類的思想でもあるといわれている。教育法の定めるところによれば、,﹁弘益人間の理念﹂の究極的月 的は、 ﹁民主国家﹂の発展と﹁人類共栄の理念﹂の実現にあるとなっているが、それに至る前提として、 ﹁人格﹂の 完成、 ﹁自主的生活能力﹂および﹁公民としての資質﹂の向上が最も重要視されていることを看過してはならない。 つまり、現行教育法がめざ﹂す教育目的の実現の出発点は、法文上からみれば、あくまでも﹁国民﹂各位に置かれてい るのである。むろん、教育目的を達成するために設定された具体的な教育方針の中に、 ﹁愛国愛族の精神﹂、﹁国家の 自主独立﹂、﹁民族固有の文化﹂といったことばを見出すことができる。しかし、そうした﹁国家﹂や﹁民族﹂の強調 も、必ず﹁人類平和の建設﹂・﹁世界文化の創造発展﹂とリンクしてとらえられており、したがって、 ﹁国民﹂と﹁国 ︵2︶ 家﹂・﹁民族﹂と﹁人類﹂・﹁世界﹂は相対立・矛盾する概念とは考えられていない。 ところで、一九七〇年代の韓国の教育政策に大きな影響力をもった一九六八年の朴大統領宣布﹁国民教育憲章﹂の 立場にたつと、教育理念・目的はかなりニュアンスの異なったものとなる。教育法と﹁国民教育憲章﹂の問の最も大 きな相違点は、前者が教育の出発点を﹁国民﹂に置いているのに反して、後者は﹁国﹂にそれを置いていることであ 46 叢 論 律 法 る。このことは、 ﹁国の隆盛は自己の発展の根本﹂という表現に端的に現われている。しかも、この﹁国﹂とは﹁反 共民主精神に透徹した﹂国であり、さような国家の﹁建設に参与し奉仕する国民精神﹂の養成が教育に求められてい る。かくして、教育法の﹁弘益人間﹂概念がめざす﹁国民﹂は、 ﹁国民教育憲章﹂にあっては、 ﹁国家﹂の中に吸収 ︵3︶ され、国家主義、反共主義が前面に打ち出されてくるのである。 では、現行教育法の教育目的とは文面上かなり異なった内容をもつ﹁国民教育憲章﹂は、過去の遺物であると考え るべきであろうか。いや、決してそうではない。それどころか、現在なお法的効力を有しているのである。このた め、韓国の現実の教育状況をみれば、教育法よりも、むしろ﹁国民教育憲章﹂の立場にたって、教育実践が行われて いる。してみると、 ﹁国民教育憲章﹂の方が韓国の﹁教育の指標﹂となっているといえよう。 韓国における実際の教育目的を知るうえで、韓国文教部の次のごとき見解はきわめて示唆に富むであろう。文教部 の考えによると、八〇年代の教育は、次なる目的に応えるものでなければならないとされている。 ﹁まず第⋮に、教 育が国家発展を導く主動的な役割を引受けること。そのためには、教育目的は国家の至上目的と効果的にリンクし、 また学校および教室において特別なプロをグラムとなって実施に移されねばなちない。つまり、教育目的と教育課程と 教育実践の問に常に一貫性が保たれていることが重要である。 第二に、教育が社会的団結の実現化に寄与することである。北の共産主義と対決状態にあるという韓国社会の特殊 事情は、自衛力の一層の強化を必要としている。それ故、八〇年代においても、引き続き国家安全が国民の重大な関 心事とな’るであろう。このため、教育を通じて、地方および地域格差をなくす政策の社会的定着化を図る’ことが、こ れまで以上に強調されるであろう。 第三に、教育は産業社会の諸要求に応えなければならない。これからの教育は、生産性のあるマンパワーを発展さ 韓国の教育法と教育改革 47 せるとともに、高度に発達した産業社会に特有の現象−価値観の対立、道徳の頽廃、人間性の喪失のような新しい次 ヴ 匿 〃 元の諸澗題を適切に解決する能力逢育成するために行われねばならない。また、さような諸問題を解決するための効 ︵4︶ 果的な方法を探求する教育上の努力もはらわねばならない﹂。 こうしてみると、現行教育法の教育目的の趣旨がどうであれ、現代韓国における実際の教育目的は、①国家の至上 目的、②反共主義、③産業社会の諸要求に、規定づけられているといえよう。 °2 学校制度 現在、韓国の学校教育制度は四段階から成り立っている。第一段階は初等教育の国民学校であり、六才から=一才 までの児童が通学し、一九四八年以来義務教育である︵教育法九三・九五・九六条︶。 国民学校への就学率はほぼ一 〇〇%に達している。 5第二段階は中学校であり、=二才から一五才までの生徒が無試験で入学できることになっている︵同一〇二・一〇 三条の二︶。 進学率は九四・一%︵八〇年現在︶である。国・公立の中学校には放送通信中学校を置くことができ ︵同一〇三条の三︶、 このほか、勤労青少年のために、企業に隣接する中学校に夜間制の特別学級を設置し、また企 業が、その雇用する青少年に対する教育を行うため、’中学校を設置・運営することもでくる︵同一〇三条の四︶。 特 別学級・中学校に在学する青少年を雇用する企業経営者は、その教育費の一部を負担しなければなちない︵同一〇三 条の五︶。 そして、雇用する青少年が、特別学級・中学校への入学を希望する場合には、就学させる義務を負い、か つ当該青少年の登校.授業に支障乏なるような行為を㌧てはなら訟いのである︵同一〇三条の六︶。’ 第三段階の高等学校は普通校と職業校に分かれ、三年間の修業年限であり︵同一〇六条[︶、 八四・六%︵入○年 現在︶の進学率となっている。職業校としては、農業・工業・商業・水産海洋・実業・総合・芸術などの高等学校が 叢 48 論 律 法 あり、放送通信高等学校および勤労青年のための特別学級・産業体付設高等学校などに関する規定は、中学校の場合 と同様である︵同一〇七条の三・四・五︶。 第四段階の高等教育機関としては、大学、教育大学、師範大学、専門大学、放送通信大学、開放大学があり、就学 率は三二・八%︵八一年現在︶に達し、先進国の水準に近づいている。大学には大学校︵総合大学︶と大学︵単科大 学︶の二種類があって、大学校には三校以上の単科大学を置くことになっている︵同一〇九条︶。 大学の修業年限は 四年ないし六年である︵同一一〇条︶。 大学︵教育大学・師範大学・専門大学︶に入学するためには、 ﹁大学汰学学 力考査﹂に合格しなければならない︵この点に関してはのちに述べる︶。 教育大学は国民学校の教員、師範大学は中 ・高等学校の教員をそれぞれ養成し︵同一一八条︶、修業年限は双方とも四年であるが︵同=一〇・一二二条︶、教育 大学の設置者は国と地方自治団体に限るとなっている︵同=一八条︶。丘専門大学とは、社会の各分野に関する専門的 知識・理論を教援・研究し、国家社会の発展に必要な中堅職業人を養成することを目的とする学校であり︵同一二八 条の二︶、その修業年限は二年ないし三年である︵同 二八条の三︶。放送通信大学および開放大学は、一定の学校教 育を修了した者または中断した者で、学術と専門的知識・技術の研究∫錬磨のため、さらに教育を続けて受けたい者 に対し、大学および専門大学教育の機会を与え、もって国家・社会の発展に必要な人材を養成することを目的として いる︵同一二八条の六︶。 放送通信大学の専門大学課程の修業年限は二年であり、学士課程は五年である︵同一二八 条の八︶。これに対し、開放大学は四年ないし六年となっている︵同=一八条の一一︶。高等学校を卒業した者または これと同等以上の学力があると認定された者で、放送通信大学および開放大学の専門大学教育課程を修了した者は、 専門大学卒業者と同等の学力があるとみなされる。大学教育課程を修了し、7大統領令が淀める試験に合格した者に対 しては、学士学位を授与する︵同一二八条の一〇︶。 要するに、放送通信大学と開放大学は生涯教育を行う機関なの 韓国の教育法と教育改革 49 である。 韓国の学校制度は多種・多様である。これらのほかに、国民生活に直接必要な職業の知識と技術を錬磨することを 目的とした技術学校と高等技術学校があり、修業年限は一年以上三年である︵同=一九・=一二条︶。 技術学校の入 学資格者は国民学校、公民学校を卒業した者またはこれと同等以上の学力があると認定された者であり︵同一三二 条︶、 高等技術学校は三年制技術学校、三年制高等公民学校、中学校を卒業した者またはこれと同等以上の学力があ ると認定された者となっている︵同コ三二条︶。 さらにまた、公民学校と高等公民学校があって、これらは、国民生 活に必要な普通教育と公民的社会教育・職業教育を実施することを目的としている︵同一三七条︶。 公民学校の修業 年限は三年で、初等教育を受けることができず、学令を超過した者および一般成人が入学する︵=二八・一三九条︶。 高等公民学校は一年以上三年であり、国民学校または公民学校を卒業した者が入学することになっている︵同一四二 条︶。 学校制度に関する教育法の規定を通観すると、大統領にきわめて大きな権限が集中していることが判明する。学校 教育のあり方の大半を﹁大統領令﹂で定めることが認められている。教育の自主性・専門性・政治的中立性の法律保 ︵5︶ 障主義、教育制度・運営の法律主義を確立している新憲法の原理からみて、教育制度の運営に関する重要事項がほと んど﹁大統領令﹂という形で処理されるならば、新憲法の教育理念は”絵に書いた餅”になるであろう。しかし、い ずれにせよ、現行教育法上、韓国の教育制度の運営は、大統領の強力な権限体制下にあることだけは、まぎれもない 事実である。 3 教育の内的事項 各学校は、所定の教育課程にもとついて、授業をしなければならない︵教育法一五〇条︶。 各学校の学年は三月一 50 叢 論 律 法 日に始まり、翌年二月末に終る。学期・授業日数・休業日等に関する事項は、大統領令により定める︵同一五一条︶。 授業は昼間に行うことを原則とするが、夜間・季節・時間授業または放送通信による授業も行うことができる︵同一 五二条︶。 国民学校と公民学校を除き、各学校の成績は、 ﹁評点、評語のほかに、学点、単位制を併用することがで きる。﹂︵同一五三条︶。大学等と各種学校を除き、各学校の進級または卒業は学年制となっている︵同一五四条︶。 大学・師範大学・教育大学・専門大学・各種学校を除く各学校の学科・教科は大統領令により定め、各教科の教授 要旨・科目および授業時間数は文教部令によって定める︵同一五五条︶。 中学校は全教科の一五%以上、人文系高等 学校は一〇%以上を実業科目に割り当て、生徒に﹁一人一技﹂を習得させるようにしている︵同 五五条︶。 中学校 または高等学校の内、全教科の三〇%以上を実業科目とする学校は実業学校の名称を使用することができ、人文課程 と実業課程を併せ置く高等学校は﹁総合高等学校﹂の名称、また二つの以上の相異なる実業課程を置く学校は﹁実業 高等学校﹂の名称を使用することができる︵同一五六条︶コ 高等学校の教育課程に単位制を導入し︵一九六三年までは学年制︶、 中学校および人文系高等学校において、 コ 人一技﹂教育を奨励したのも、また﹁総合高等学校﹂および﹁実業高等学校﹂の名称使用も、すべてこれらは、第三 土ハ和制下の経済社会発展五力年計画の達成に必要な中堅マンパワーの確保をめざして打ち出された実業教育の強化・ 拡充政策に、大いにかかわりをもっている。 大学等を除き、各学校の教科書は文教部が著作権を有しているものか︵国定教科書︶、あるいは検定または承認し たものに限られており︵検・認定教科書︶、教科書の著作・検定・認定・発行・供給および価格査定に関する事項は、 すべて大統領令で定めることになっている︵同一五七条︶。 4 教育行政 韓国の教育法と教育改革 51 韓国の教育行政制度について、教育法は、その一五条で、 ﹁教育の専門性と地方教育の特殊性を生かすために、教 育・科学・技術・体育その他学芸行政事務︵⋮⋮︶の執行機関として、特別市・直轄市・道に教育委員会を、市・郡 に教育長と置く。⋮⋮﹂と定めている。教育委員会は、当該地方議会で選出する五人の委員と当該地方自治体の長 ︵ソウル特別市長・釜山市長・道知事︶および教育監で組織される︵教育法一六条︶。 委員の任期は四年で、 ﹁学識 と徳望の高い者で、教育または教育行政経歴﹂があり、当該地方議会議員の被選挙権がある者でなければならない ︵同一七・一八条︶。委員はまた国会議員・地方議会議員・公務員︵大学教員は除く︶、当該教育委員会の監督に属す る私学教員・私学経営者を兼ねることはできないし、政党またはその他の政治団体に参与・加入することもできない ︵同一九条︶。 教育監は任期四年で、わが国の教育長にあたり、教育委員会の事務を処理し、学識・徳望が高く、教 育または教育行政経歴のある者の中から、・当該教育委員会の推薦により、文教部長官の﹁提請﹂を受けて、大統領が 任命する︵同三三条︶。 教育委員会の執行機関の長としての教育監は、韓国の地方教育行政制度において、きわめて 重要なポストである。それゆえ、実際にも副知事格の者が任命され、知事とともに、国家の教育政策を推進してゆく 担い手となっている。 ソウル特別市・釜山直轄市および九つの道︵わが国の県にあたる︶よりも下位の行政区域である市・郡には、市長 .郡守と同格である教育長を置き、教育・学芸に関して、当該地方自治団体の最高責任者としている。教育長は、教 育監の推薦により、文教部長官の承認を経て、大統領が任命し︵同三三条︶、教育監とともに、﹁大統領責任体制の教 育行政﹂を支えるカナメである。 教育委員会と教育長は、当該地方自治団体の教育・学術に関する事務を管轄することになっている。教育法の二四 条は、その主な内容として、次のものを挙げている。 52 叢 論 律 法 ① 教育・学芸に関する条例の制定または改廃案の提出。 ②学校その他教育機関の設置・移転・廃止に関する事項。 ③ 通学区域に関する事項。 ④ 学校環境の浄化に関する事項。 ⑤ 社会教育の振興に関する事項。 ⑥ 学校体育・︸般体育に関する事項。 ⑦ 教育内容に関する事項。 ⑧ 教育施設その他教具に関する事項。 ⑨ 教育予算・決算に関する事項。 ⑩教育に関する特別賦課金・手数料・使用料・分担金賦課に関する事項。 ⑪ 教育に関する規則の制定・改廃。 ⑫その他教育委員会に委任される事項。 しかしながら、教育委員会に対し、国家の事務が委任される場合には、ソウル特別市・釜山直轄市については文教 部長官、市・郡については当該道教育委員会および文教部長官の指揮・監督を受ける︵同三一条︶。教育委員会・教 育長の命令・処分が、法令違反または不当であると認定される場合には、文教部長官および当該道教育委員会は、こ れを取消し、停止することができる︵同三二条︶。 こうしてみると、教育の専門性と地方教育行政の自主性が制度上︸応保障されてはいても、教育監・教育長の任命 人事権を大統領が掌握し、教育委員会および教育長に対する指揮・監督権を文教部長官が有することを認める法制度 韓国の教育法と教育改革 53 は、憲法の定める﹁教育の自主性・専門性および政治的中立性﹂の原理からみて、大いに問題があるといわねばなら ない。いずれにしても、韓国の教育行政制度は、解放後アメリカ教育思想の強い影響のもとに、教育委員会制度を導 入し、教育の一般行政からの独立、教育行政の地方分権化の確立をめざし、当初スタートしたはずであったが、現在 では﹁韓国的変容﹂を遂げているといえよう。 5 教育財政 義務教育に従事する国民学校教員の俸給の全額と公立の中・高等学校および専門大学の教員の俸給の半額は、国家 が負担する。教員俸給以外の義務教育経費についても、地方教育財政交付金法の定めるところにより、国庫が負担す る︵教育法六九条︶。 国庫負担以外の教員俸給は、地方教育財政交付金法の定めにしたがって、学校を設置・経営す る当該地方自治団体の負担となっている。しかしながら、地方財政交付金は国庫負担金であるから、結局、韓国の教 育財政はほとんど国庫負担制度で支えられているといえよう。地方教育財政が国庫に全面的に依存していることは、 教育の地方自治制の原理を崩壊させる原因の一つとなっている。 以上、韓国の教育法の主な内容を検討・老察してみると、近・現代教育法の基本原理を一応導入しているかのごと き形態をとりながら、他方では、 ﹁韓国的教育﹂の実現をめざし、国家︵民族︶主義、反共主義、経済開発主義のイ デオロギーを教育法体系の中に滲透させているといえよう。いずれにせよ、新憲法のも遷においても、強力な大統領 責任体制が構築されており、このことが、教育制度の組織・運営にも大きな影響を与えているのである。 ︵1︶ 馬越﹃前掲書﹄三二五頁︵なお以下、韓国教育法の翻訳は、馬越訳を参考にして、行ったことをお断りしておく︶。 馬越﹃前掲書﹄=ニー一四頁。 ︵3︶ 馬越﹃前掲書﹄一五頁。 ︵2︶ 54 ︵5︶ 例えば、 ﹁大統領令﹂により定める事項として、①学校の設備・編制・その他設立基準 ②学校の廃止・設立者の変更 ③ ︵4︶≦霧ξ。h国曾。二。・窄署窪:臨国。塁M臣・・⇔ま三・囚。暴§り占o°。o層や年. 少年中学校特別学級・産業体付設中学校の組織・運営 ⑧高等学校の入学方法 ⑨放送通信高等学校の組織・運営 ⑩勤労青 義務教育の就学義務督励 ④義務教育の免除・猶予 ⑤中学校入学の手続・方法 ⑥放送通信中学校の組織・運営 ⑦勤労青 少年高等学校特別学級・産業体付設高等学校の組織・運営 ⑪大学・師範大学の学生定員 ⑫大学入学学力考査 ⑬学位授与 ⑭教育大学.師範大学の組織・運営 ⑮放送通信大学・開放大学の組織・運営 ⑯技術学校・高等技術学校修了者・卒業者の ︵6︶ 馬越﹃前掲書﹄八三−入四頁。 資格証明 ⑰公民学校就学義務督励、などを挙げることができる。 四 国家保衛非常対策委員会の教育改革プラン ④ 大学の講義を昼夜開講し、大学の施設と人力を最大に活用する全日授業制を施行する。 ③ 大学の卒業定員制を実施し、新入学生は定員より一定数を増員入学させるが、卒業は定員数だけとする。 ② 高等学校以下の学級・学校の現行教科目数を減らし、水準も低下させる内容に教育課程を調整する。 入学者を選抜する。 ① [九入一学年度から、大学入試本考査を廃止し、出身高等学校の内申成績と全国共通の試験成績だけで、大学 月二七日、韓国新憲法の公布と同時に解散している︶。 その主な内容は次の通りである。 外解消方策﹂と呼ばれる教育改革プランを決定し、同年八月一日から実施に踏み切った︵なお国保委は、八〇年一〇 国家保衛非常対策委員会︵以下国保委という︶は、一九八〇年七月三〇日に、正式には﹁教育正常化および過熱課 1 教育改革の内容と背景 叢一 論 律 法 韓国の教育法と教育改革 55 ⑤ 大学進学の門戸を広げるために、大学入学者数を年次的に大幅に拡大する。八一年度には、最高一〇万五、○ ○○人まで増員することを検討する。 ⑥ 現行高校教育テレビ家庭放送の運営を改善し、放映時間と対象科目を増やすとともに、八一年から教育専用放 送を実施する。 ⑦ 放送通信大学を拡充し、教育大学の履修年限を延長する。 以上のほか、教育財政の援助、大学施設の拡充、教員の待遇改善、政府ならびに産業界の雇用政策の改善など、長 期政策も同時に推進してゆくことになっている。 ところで、かような教育改革プランはいかなる背景から出てきたのであろうか。この点、国保委は次のように説明 している。 ﹁国家百年の大計の根本たる教育の基礎を正しくし、わが社会の大きな病弊として問題になっている過熱 課外の現象を根絶させるために、 ﹃教育正常化および過熱課外解消方策﹄をつくり、今年から施行に移るように決定 いたしました。ご存知の通り、この過熱課外現象は教育面だけでなはく、社会政策においても早急に解決しなければ ならない重要な課題といわねばならないのであります。ここに国保委は、わが学校教育が入試準備中心の教育から脱 皮して、健全なる社会構成員としての人格形成をはかる教育になるように、教育風土を造成し、また過熱課外によ る社会階層間の違和感を解消しながら、全国民的団結を促進させるように果敢な過熱解消方策をつくるに至りまし た﹂。 さらに、李奎浩文教部長官︵当時︶は、国保委の教育改革プランの目的について、次のように指摘している。 ﹁結 論的に言えば民主主義への接近である。韓国の教育は、どの開発途上国に比較してもそん色のないほど量的には成長 ︵1︶ した。しかし、質的な向上と産業社会への適応というこつの面ではなお問題を残している。﹂。要するに、韓国本来の 56 叢 論 律 法 教育理念と教育目的に立ち返って、教育の質的向上と産業社会への適応化をはかることが、このたびの教育改革の基 礎にあるねらいということになろう。換言すれば、学校教育の本質を無視するかのごとき過熱な課外授業を禁止する ことを当面の目的としながらも、根底には韓国の国家目標と産業社会の諸要求を教育を通じて実現させようとする意 図があるといえるのである。 そこで次に、教育改革の目玉商品を具体的にはどのような方法で推進しようとしているかについて、順次考察して みよう。 2 教育改革の推進方法 ω 大学入試本考査の廃止と内申成績の評価 一九八一年度から、従来の各大学別の入試を廃止し、高校内申書と全国共通の予備試験だけで、新入生を選抜する ことになり、大学入試制度の抜本的改革が打ち出された︵ちなみに、当時、韓国の大学入試制度は、わが国と同様な 共通一次があり、これに合格すると、次に各大学別の二次試験が行われていた︶。 ただし、八︼年度においては、入 試総得点の中で、共通試験成績を五〇%以上、内申成績を二〇%以上考慮し、残りの三〇%は各大学の裁量にまかせ て選抜を行うことにしていた。しかし、八二年度には、共通試験を五〇%以上、内申成績を三〇%以上、各大学の評 価を二〇%以下として、内申成績の比率を漸次拡大し、最終的には共通試験も廃止して、内申成績だけで入学者を決 定することにしている。内申成績については、地域間および学校間の学力偏差を認めないで、全国の高校を同一レベ ルで評価する。芸術.体育系の大学入試基準は別途に定めるが、内申成績の比率は一般の大学と同様である。共通試 験については、主観式問題の出題を八二年から適用することを検討する。 ② 教育課程の縮小と調整 韓国の教育法と教育改革 57 現在、国民・中・高等学校教育課程の教科目数があまりにも多く、その内容と水準がきわめて高いことが課外授業 の行われる原因の一つになっており、この結果、児童・生徒に重い学習負担を課している。それゆえ、これを全面的 に再検討して、教科目を統廃合し、各科目別の学習内容と水準を適正に調整することによって、児童・生徒の﹁全人 教育﹂を実施、もってゆとりのある学校生活を送れるように、教育課程の全面的改正が行われることになった。この ため、八一年度内において、国民・中・高等学校教育課程の全面改訂の基本方針と教科目数を決定し、八二年度か ら、教科書の改編作業を始めることになっている。 圖 大学の卒業定員制の導入 入一年度の新入生から適用する入学者数は、卒業定員数に一定数をプラスして選択する。具体的には、八一年度の 場合、入学者数を卒業定員の=二〇%、八二年には﹁五〇%にして、その成り行きをみきわめ、年次的により拡大す る予定である。つまり、大学の門は広くなるが、 ﹁出にくい﹂ことになるわけである。 卒業定員制の導入目的について、李文教部長官は、次のように説明している。 ﹁学生が、学校の授業以外に夜遅く まで塾や家庭教師の指導を受けなければならなくなり、学生たちの肉体的な不便はもとより精神的な発達に悪影響を 及ぼすようになった。特に、大きな問題は学生たちが大学に入ると、それまでの反動で﹃学習からの解放﹄を求める ようになったことだ。学問するよりは、早く解放感にひたりたいと願うようになった。このため入学定員制から卒業 ︵2︶ 定員制に変えることになった。﹂。してみると、卒業定員制の目的は、狭い大学の門という実状とそこから生じてくる 学生の勉学意欲に与える悪影響を取り除くことにあったといえるであろう。ちなみに、 一九八〇年の高校卒業生は四 六万人であるのに対し、進学希望者は浪人を含めて五〇万人を超えた。ところが、四年制大学の定員数は一一万七、 ○○○人、短大を含めても総計二〇万六、○○○人であった。この結果、半数以上の三〇万人近い進学希望者が涙を 叢 58 論 律 法 ︵3︶ のんだことになる。その意味で、大学卒は確実にエリートであり、学歴による賃金格差が異常に大きいことも影響し ︵4︶ て、いきおい狭い大学の門をめざし、激烈な受験戦争が行われることになる。政府当局側は、こうした過熱な受験戦 争が大学入学後の学生に解放感を与え、反政府運動を起こすことにもつながると考えているようである。それゆえ、 卒業定員制は入学者数を増やしながら、同時に学生に勉学欲をもたせ、かつ反政府デモを押え込む一石三鳥の思い切 った措置なので あ ろ う 。 國 全日授業制の大学教育 原則的には、全大学において、全目授業制を採用するが、さし当り八︼年度には、ソウル所在の大学から実施し、 地方大学に対しても年次的に拡大適用する。全日授業制の実施により、ソゥル市内の大学の中で、収容能力のある大 学について定員を増加する。しかし、全日授業制になると、大学スタッフの不足が問題となるが、この点について、 李文教部長官は次のように語っている。 ﹁大学教授の不足も事実です。しかし、大学教授の質的な問題もあるので・ 急いで増やすわけにはいかない。質的に十分な教授陣を備えることのできる時期までは、しばらくは現状のスタッフ ︵5︶ を多用していきたい。欧米に流出した頭悩を呼び戻す方法も検討している。﹂。 倒 大学入学者数の増加 大学入学者数は、卒業定員制と全日制授業の実施にともない自動的に拡大できるほか、 ﹁零細学科﹂の増員、.既設 大学の学科および単科大学の増設、単科大学の総合大学化、新規大学の設立等により、増員をはかる。 この点、八一年には、大学の新設と総合大学への昇格等により、一万人の増員。学科増設と﹁零細学科﹂の増員等 により、一万五、○○○人。全日授業制により一万人。、さらに、卒業定員制により増員する七万人。合計一〇万五、 000人まで、増員が可能であると予測されているが、具体的な増員規模は、将来各大学の施設条件と教授スタッフ 国の教育法と教育改革 59 の確保状態を考慮して決定することになっている。入学者がこのように一〇万五、○○○人にもなると、八一年には 三千五〇〇人の教授の増員が必要となるが、この対策として、兼職制の活用、大規模な授業方法の導入、海外在住の 学位取得者の帰国招聰、ソウルと地方の間の教授交流制度の拡大等を推進してゆくことにしている。 ㈲ 放送通信大学の拡充 放送通信大学に学士課程を新設する。八二年から学生を募集して、現行二年課程の学科および定員を拡充し、、現在 の定員一万八、○○○人を八一年には三万人、八二年には五万人に増やす。また、 ﹁放送通信教育院﹂を設置、放送 通信高等学校と放送通信大学教育を統合して運営する。 ω 教育放送の実施 現行の高校教育テレビ家庭放送の運営内容を改善し、対象科目を現在の英語・数学・国語の三科目から全科目に拡 大すると同時に、学習方法は暗記式の機械的教育から純粋な補習授業形式に変え、放送時間を増やす一方、講師には 高校教師または教授を登用する。そして、八一年度から、教育専用放送を実施する。 圖 教育大学の修業年限の延長 国民学校教員の質的向上をはかるため、教育大学の修業年限を四年に延長し、八一年から選別的に実施して、八四 年には完了することになっている。 團 課外授業の禁止 韓国社会の大きな病根となっている課外授業の全面禁止のため、次のごとき強硬措置を講ずる。 ① 国営企業体の職員を含む全公職者と実業家・医師・弁護士等社会の指導クラスの人は、自己の子女に対してい かなる形態の課外授業も率先してやめること。これに違反する公職者は﹁社会浄化﹂のため免職処分にし、その 60 叢 論 律 法 他の社会的指導者についても適切な措置をとる。 ② 公.私立学校に在職する教授と教師の課外授業行為を一切禁止すると同時に、違反者を解職する。 ③ 予備校などの課外授業講師に対して、関係機関に登録することを義務づけるとともに、その所得に対して税金 を徴収する方法も検討する。 ④ 私設学院︵塾︶における中・高等学校在学生の受講を禁ずると同時に、これに違反する学院に対しては、認可 取消などの制裁措置を加える。 ⑥ 全国民の健全な教育観を育成するために、新聞・放送などマスコミを活用して啓蒙活動を展開する一方、誤っ た教育観を報道する場合には規制を行う。 ⑥ 国民は自ら家庭教師を雇わないことは勿論のこと、課外授業を追放するとともに、これに違反する事例を発見 する揚合には、進んで当局に申告すること。 ⑦ 以上の方策を推進するにあたっては、本年︵一九八〇年︶七月末以前の事案はこれを不問にするが、入月以後 これに違反する場合には、罰金・刑事罰等に処する強行手段も辞さない。 この間の事情について、李文部教長官は次のごとく述べている。 ﹁外国人には理解が難しいかもしれない。が、韓 国社会には無条件に最高学府に行って学びたいとの熱意が学生はもとより父母の問にもみなぎっている。この熱意が 過熱して、今や学校教育を無視するほどの状況になった。学校の授業以外に、特別に高いお金を払って指導を受ける ︵6︶ 風潮が行きつくところまで行き、父母はもとより生徒にも大変な負担をかけていた。﹂。課外授業の追放とそれにとも なう﹁社会浄化﹂路線の推進をはからねばならないほど、韓国の受験戦争は過熱しているのである。 圃 長期対策 韓国の教育法と教育改革 61 ① 教育財源の確保i大都市における過密学級の解消、中学校義務教育化の実施、高等学校施設の改善、私立学校 の援助などを行うために、年間六千億から一兆ウオンの教育予算が必要になるので、教育税の新設など、教育財 源の確保策を検討する。 ② 教員の待遇改善−教員の報酬を引きあげ、研究費の増額支給などをはかる。 ③ ﹁学力評価管理機構﹂の設置・運営ー八一年に発足させ、共通試験の出題、管理運営および内申成績制に関す る研究と援助を担当する。 ④ その他i大学施設を拡充し、大学教育課程、教科書開発を援助し、大学評価基準の適正化を図る。 ㈲ 社会政策 企業の雇用政策改善のために、不必要な学歴制限の撤廃、政府機関ならびに国営企業体職員の学歴別の比率による 新規採用︵八一年より実施︶、 産学協同路線の強化、健全な教育観の定立運動を推進する。 3 教育改革の評価と問題点 [九八〇年八月から、まず家庭教師や学習塾の課外授業が禁止され、つづいて八﹁年度から、大学別の入試を全廃 し、全国共通試験、高等学校内申成績、各大学の面接試験で入学者を選抜、さらに大幅な入学者数の増加と卒業定員 制の導入など、わが国では想像もつかない大胆な教育改革が、現在韓国で進められている。そして、この教育改革、 ﹁課外授業追放運動﹂は、韓国の﹁学校教育の新しい方向と健全な教育風土を造成する転機﹂となると確信をもっ て、推進されているのである。これまでのところ、国保委が考案した教育改革プランはほとんど実現されており、と りわけ課外授業の禁止については、 ﹁教育費の負担に悩む一般家庭に共感の声が強く﹂、コ般家庭の負担軽減という 面では歓迎されている。﹂。しかしながら、今回の改革については、大きな問題が残されていることもまた事実であろ 62 叢 論 律 法 う。たとえば、①学生数の増加にともなう大学教員スタッフや施設の拡充問題をどう処理するのか、②教育改革を推 進させる財源をどのように捻出するのか、③﹁教育税﹂の新設は父兄の教育費負担問題をあらたに呼び起こすことに ならないか、④﹁社会浄化﹂を急ぐあまり、これまでの教育水準を失なうことになりはしないか、⑤卒業不可能な中 ︵7︶ 途退学者を社会はどう受け入れるのか、など問題が多い。 ︵1︶ 毎日新聞一九八〇年一一月三日朝刊。 ︵3︶ 読売新聞一九八〇年一〇月三日朝刊。 ︵2︶ 同右。 ︵4︶ ﹁韓国式入試改革を日本でやったら?﹂サンデー毎日一九八〇年一〇月二六目一六五頁。 ︵5︶ 前掲毎日新聞。 ︵6︶ 同右。 ︵7︶ ﹁卒業定員制﹂および新入試制度はすでにさまざまな問題を引き起こしているが、これらについては、さしあたり、重村智 計﹁韓国⑭1第三世界ひとびと・その生活㈲﹂ ︵毎日新聞一九八二年七月一六日朝刊︶および同﹁韓国の大学は今?ー世界の 若者たち﹂ ︵同一九八三年二月二三日夕刊︶を参照。 五 韓国第五次経済社会発展五力年計画 国保委が打ち出した教育改革プラン、 ﹁教育正常化および過熱課外解消方策﹂は、直接の目的を過熱な受験戦争の 解消に置いていたが、現在、国家の経済発展計画の一環として、教育改革を計画的に位置づけているのが、 ﹁第五次 経済社会発展五力年計画﹂ ︵一九八二年ー八六年︶である。そこで、最後に\ ﹁第五次五力年計画﹂を分析・検討し 韓国の教育法と教育改革一 63 てみよう。 1 教育計画の基本目標 ﹁第一次経済社会発展五力年計画﹂ ︵︸九六二年−六六年︶,の基本目標は、社会のあらゆる経済的悪循環を是正 し、自立経済を達成するための基盤を構築することにあった。一九六一年にすでにスタートしていた﹁教育再建第一 次五力年計画﹂は、 ﹁第﹁次経済社会発展五力年計画﹂と密接な関係にあり、韓国の経済発展に教育を関連づけた最 初の総合的な試みである。この段階における教育計画の基本目的は、次の通りであった。①義務教育修了者の質を高 めることにより、,技術者の増加と国家防衛の強化をもたらすように、教育投資を活用すること、②産業界のマンパワ ーの要求に応ずるため、技術教育を発展させること。③最大限に教育効果をあげるため、カリキュラムと教授方法を 改善することである。 ﹁第二次経済社会発展五力年計画﹂ ︵一九六七年−七一年︶においては、産業構造の近代化をはかり、自立経済の 確立をさらに促進させ、次の段階の目的である完全自立体制の基礎を築くことが、目標となっていた。教育分野にお ける目標は、次の通りである。①教室約三万五、○○○の新築、 一万八、σ○○の修繕、そして約一.万三、○○○の 補助施設を建設すること。②一九七一年までに、若干の地方において行われている三部交代制ないし四部交代制授業 を二部交代制に縮少すること。③産業構造の変化に適応しケる弾力性のあるプログラムに重点を置いて、高等学校の 職業教育施設を拡張すること。④産業界の要求である高度の技術教育を施すため、大学教育における科学研究施設を 強化し、産学協同体制を推進させること。⑤科学と技術、社会科学と入文科学との問に、適当な均衡を樹立するよう とくに注意して、高等教育の質的向上をはかること。 一九七二年にスタートした﹁第三次五力年計画﹂ ︵一九七二年−七六年︶は、韓国経済の高度成長の幕あけを意味 論 64 叢 律 法 していた。産業構造の急速な発展は、訓練された質のよいマンパワーの養成と開発を必然的に要求したのである。こ れを受けて、あらゆる学校レベルにおいて、精密・工芸・機械作業技術者を養成するためのコースを設けた専門・技 術学校がつくられた。 ﹁第四次五力年計画﹂ ︵一九七七年ー八一年︶の重点目標は、精密工業と重化学工業の開発に置かれた。技術マン パワーの需要の増大は、教育および職業訓練施設の継続的・連続的大拡張を要求した。政府も、これに応えて、とく に大学レベルにおける技術・工業系の学生定員を増加させたのである。 さて、 ﹁第五次計画﹂ ︵一九八二年ー八六年︶では、安定・能率・均衡を理念として、①経済安定基盤の定着およ び国民生活の安定により、国際競争力の強化と国際収支の改善をはかること、②持続的成長基盤をかため、雇用機会 を拡大し、所得を増大させること、③所得階層間・地域階層間の均衡発展で、国民の福祉を増進させることが、基本 目標となっている。教育部門の目標としては、①幼児教育の機会の拡大、義務教育年限の延長、初・中等教育施設の 拡充により、国民基礎教育の条件を改善し、均衡のとれた発展をはかり、高等教育および科学技術教育を強化するこ と、②教育課程・教育方法を改善し、教員養成体制と待遇の改善により、優秀な教員を確保し、教育環境の整備のた めの投資を拡大して、教育の質的向上をはかること、などが挙げられている。この背景には、韓国産業の発展によ り、地方の農・漁村人口が都市に流れ込んだにもかかわらず、これに相応した学校施設の拡充ははかどらず、初・中 等教育の基盤が地域によりきわめて脆弱な状態にあり、国・公立と私学問における教育不均衡がひどく、また近年大 学定員の急激な拡大にともない、高等教育機関のスタッフが相対的に不足し、全体として望ましい教育効果を収めて いない、という事情がある。 それゆえ、 ﹁第五次計画﹂では、教育制度と環境を整備し、教育機会の量的拡大と同時に、あわせて教育の質的向 韓国の教育法と教育改革 65 上と均衡ある発展にも、重点が置かれている。 2 教育改革の具体的内容 ω 幼児教育 ① 一九八六年には、五才の子どもの五〇%が幼稚園教育を受けられるように、農漁村・都市低所得層地域に四、 一=○の公立幼稚園を新設し、都市地域には私立幼稚園の設立を積極的に奨励して、幼児教育の機会を拡大する。 ② 幼稚園教育と並行して、五才未満の幼児教育のための幼稚園も拡充し、その運営を改善する。 ② 初等教育 ① 四四七校の国民学校の新設を含めて、一万二、一=二学級を増設し、一万六、九八六の教室を新設、都市の一 学級当りの児童数を八〇年の六五人から、八六年までには六〇人に下げる。 ② 三学年以上の二部制授業を解消させ、七一学級以上の過大学校を分離して、学校規模を縮少する。 ③︼万五、四〇二の老朽教室を改築し、その他各種施設を改良して、教育条件の改善をはかる。 圖 中等教育 ① 中学校の進学率を八〇年の九四・一%から八六年には九八・八%、高等学校は八六・六%から九一・三%まで それぞれ高め、中等教育の普及化を拡大する。 ② 生徒数の増加にともない、収容施設を拡充し、二学級当りの生徒数を八〇年の六六人から八六年には五八人に 減あし、その他不足・老朽施設の補完・代替と近代化を推進する。 ω 高等教育 ① 大学の門戸を拡大し、卒業定員を八〇年現在の大学︵校︶一二万人、専門大学の八万人から、八六年にはそれ 11学年12学年i3学年 面 2 3 1 2 3・ 1 2 市 1 邑 ・1・6125・742・・11・7・・1…987・・91・… 義務教育比率 (%) 3 3 P 2 1 道庁所在地1 ソウルおよび釜山 91 90 89 88 87 86 66 法律論叢 表1 中学校義務教育実施計画 (年度別実施学年) それ二〇万人、一四万人に増やし、放送通信大学の授業年限を五年まで 延長して、学士課程を設置し、開放産業大学等多様な形態の教育機会を ・創設する。 ② 大学人口の量的膨張による質的低下を防止するため、収容施設を拡充 し、不足施設を補完して、施設確保率を八六年には八〇%にまで高め、 教授要員の養成・勧誘体制を強化し、また学校外の専門家の活用を拡大 する。 ㈲ 義務教育年限延長 ① 初等義務教育が定着し、中学校就学率が八六年にはほぼ一〇〇%に達 する見通しであり、これにあわせて、中学校までの義務教育年限延長を 段階的に推進する。 ② ﹁第五次計画﹂期間中は、初・中等の教育条件の改善が急務であるの で、’義務教育年限の延長の基盤をつくりながら、中学校義務教育化を農 漁村からはじめ、邑・面地域まで実施し、その他都市地域は﹁第六次計 画﹂期間中に完了する。 個科学技術教育 ①科学教育を実質化するために、初・中等教育機関の科学実験室と機資 材確保率を八〇年の六〇%、五三%から、それぞれ八五%まで高め、教 韓国の教育法と教育改革 67 員の養成および再教育を強化して、大学の基礎科学研究所に対する援助を拡大する。 ② 中学校教育以上における職業・技術教育プログラムを強化し、産業現場との相互の連繋関係を強化できるよう に、二元的な実業技術教育訓練体制に発展させる。 働 教育の均衡ある発展 ① 私学財政を援助するため、私学育成基金をつくり、教育施設に対し、長期低利の貸付けを拡大する。 ② 学費減免および奨学金制度を大幅拡充して、奨学金受給率を八〇年の﹁登録金﹂ ︵授業料︶基準の入・四%か ら、八六年には三〇%まで高め、経済的負担能力がとぼしい学生の就学機会を広げる。 圖 優秀な教員の確保 ① 教員が誇持と自負心をもち、教育に専念できるように、毎年俸給と教職手当を引上げ、実質所得を向上させ、 国民学校教員と中等教員との給与格差も八五年までに解消させる。 ② 教育大学を八四年までに四年制に改編し、教員の国内外研修の強化と社会的待遇の向上をはかる。 働 教育税の新設 教育投資財源調達のため、八二年から新設する教育税を効率的に運用し、過密学級の解消など教育環境を改善 して、中学校義務教育化を実施する。 側 教育投資の拡大 教育およびマンパワー開発分野に対する投資を拡大し、国民全体の資質を高めることにより、先進産業社会に ふさわしい国民の力量を酒養する。このため、総資本で占める教育投資の比重を七〇年代の三%から、五%に高 め、職業訓練などマンパワー開発の投資を拡大する。 68 ⑳ 高級な人的能力の養成強化 ① 基礎科学研究所の増設、研究費の集中援助および科学機資材の拡充などで、大学の基礎科学教育を振興させ、 科学技術者の底辺を拡大する。 ② 教授の資質向上、施設の拡充とともに、大学院生に対する兵役特恵、奨学金支給の拡大により、大学院教育を 強化し、高級な人的能力の大量養成体制を確立する。 ⑫ 実業教育および職業訓練の強化 ① 実業教育の収容能力の拡充のため、実業系高校九三校および専門大学二〇校を新設し、職業教育の内容を充実 働 地方自治団体の行政能力の強化 囲気をつくる 。 ④ 各種の放送媒体、講演会、セミナーなどを通じて、子女に対する父母教育の強化など、青少年善導の社会的雰 年の矯正教育と矯正施設内の職業訓練を強化する。 ③ 不遇な少年が社会に正しく適応できるように、職業訓練を強化して、青少年職業学校の運営を援助し、非行少 ② 青少年の心身の鍛錬と余暇の活用のために、努力を傾注する。 ① 青少年に正しい国家観と倫理観を確立させるため、国民精神教育を強化する。 圖 青少年教育の強化 させ、四年制職業訓練大学の設立を推進する。 ② 人的能力開発の効率的管理を援助するため、職業訓練管理公団を設置し、職業訓練と技能検定を総合的に実施 させるとともに、企業との連繋を強化させる。 法律論叢 韓国の教育法と教育改革 69 ① 住民福祉の増進のため、地方財政の自立度を高め、漸進的に地方自治制の基盤をつくる。 ② 教育・住宅・下水道など、住民の利害と直結している地方政府の役割を高め、これらの事業を担当する地方行 政組織の能力を強化する。 3 ﹁第五次五力年計画﹂の問題点 ﹁第五次計画﹂の問題点として、さしあたり、次のことを指摘しておこう。 まず第一は、 “すしづめ学級”の解消問題である。 ﹁第五次計画﹂によると、都市部の一クラスの児童数を八〇年 の六五人から、八六年には六〇人に下げることになっているが︵ちなみに、現在、一クラスの全国平均生徒数は五八 人である︶、 これでもまさに“すしづめ”教育であることには変わりはなく、教師の負担過重となるに違いない。 第二は、義務教育無償原則の実現化に関する問題である。この点、 ﹁第五次計画﹂では、初等教育条件の改善が急 がれると指摘するのみで、初等義務教育無償制の空洞化現象の解消については、=言もふれていない。一九四八年 に、義務教育制は確立をみたが、授業料および教科書の完全無償化は、七八年になってはじめて実現した。しかも、 今日においてさえ、独立以来、 ﹁師親会﹂←﹁期成会﹂←﹁育成会﹂と続いてきた父兄団体が、義務教育費補助機関 として、毎月会費を徴収し、これを教員の補助研究費︵実質上の生活補助費︶・学校施設費・学校備品購入費・消耗 ︵1︶ 品費等に充当しており、義務教育無償の原則からみて、かなり問題があるといわねばならない。 第三は、義務教育年限の延長問題である。韓国においては、義務教育がいまだに国民学校のレベルにとどまってい ることが、教育上大きな問題の一つになっていた。そして、かなり以前から、中学校までの延長を主張する声が強か った。いくたびか、この実施に踏み切ろうとする動きがあったが、そのたびごとに、財源問題で実現はみなかった。 したがって、今回でも、問題は財源の確保ということになろう。 ﹁第五次計画﹂期間中、国家予算に占める教育予算 叢 70 量ム ロ冊 律 法 の比率は二一・二%と、これまでの最高の記録を示しており、 ﹁第四次計画﹂に比較すると、一・八倍の伸び率とな っている。しかし、九二兆一六二〇億ウオンという莫大な金額を、安定成長期に入った段階で、現実に支出できるか どうか、かなり疑問が残る。 最後の問題は、教育税の新設である。 ﹁第五次計画﹂によれば、教育税は国税と地方税の双方の方式で賦課徴収さ れることになっているが、この発想にもともと問題があるといわねばならない。なぜならば、もっぱら国家財政が緊 迫したため、一定の教育計画に必要な財源確保をめざすという観点から打ち出されてきたものであり、ここには、教 育の地方自治制および地方教育財政の自立性の確立はもとよりのこと、今日、国民が大きな教育費の負担増に悩んで いる現実に対する配慮がないからである。 ︵1︶ 須田八郎編著﹃世界の学校教育﹄一入一頁。 六 おわりに 以下、韓国の教育法および教育改革について、教育法的観点からの総合的評価を行って、結びとしたい。 まず第一に指摘しておかねばならないことは、‘韓国の教育法および教育改革の全体を通じて、 ﹁一つの国家的特徴 ある教育﹂︵&仁8江8ヨ搾ゲ帥昼oけδ口㊤=日鷺冒叶︶という理念をもった教育の実施が、常に追求されていることであ る。コつの国家的特徴ある教育﹂とは、具体的には、①愛国心と民族愛の精神、②民族の文化的遺産と歴史的一体 性の継承発展、③韓国民特有の歴史的環境および条件に合致した教育原理・理論の創造、④有能かつ力強いリーダー ︵1︶ たちから成る一つの国家組織の構築をめざす教育の実施、ということを意味している。事実、このことは、例えば、 韓国の教育法と教育改革 71 教育法の﹁愛国愛族の精神を養い﹂、﹁民族固有の文化を継承昂揚し﹂、﹁郷土と民族の伝統と現状を正確に理解させ、 民族意識を昂揚し、独立自尊の気風を養う﹂、﹁社会に必要な職業に関する知識と技能・勤労を尊重する精神と行動⋮ ⋮を養う﹂、﹁民族の使命を自覚して⋮・:専門的技能を養う﹂、﹁国家と人類社会の発展に必要な理論と、その⋮⋮応用 方法を教授研究し、指導的人格を陶冶する﹂ ︵二・九四・一〇[・一〇五・一〇八条︶という文言や、また、 ﹁第五 次計画﹂の﹁高度経済社会に適応した優秀な人的資源に開発することは、国家民族の隆盛発展のための根本課題であ る。そこで児童・青少年の潜在能力を啓発し、個人の能力を最大限に発揮できるよう資質を育成開発して、国際化、 開放化時代に適応できる優秀な人間に養成する。﹂ という叙述をみれば、明日であろう。 ﹁国家的特徴ある教育﹂と は、韓国を取り巻く歴史的・政治的・経済的・文化的諸要因に規定されて出てきた教育理念である、と評価できよ 戸つ。 第二に、韓国の教育法は、中央集権的教育体制どころか、大統領集権的教育体制を構築していることである。新憲 法は、教育の自主性・専門性・政治的中立性の法律保障主義や教育制度・運営の法律主義の原則などを確立している が、これらを受けて制定された教育法は、重要な部分になると、ほとんどの教育事項を゜﹁大統領令﹂で定めることを 認めている。しかも、ほぼ白紙委任に近い形で、認めているのである。それゆえ、法律保障主義の原則といっても、 法律である教育法が﹁大統領令﹂にほとんどすべてを委ねている限り、教育法は、実際には﹁大統領令﹂を生み出 し、これを法的に正当化するための“トンネル”の役割を果たしているといわざるをえない。 新憲法が、教育だけではなく、およそ行政一般について、強力な大統領責任体制を確立している限り、大統領に教 育に関する権限を集中させることはあまりにも当然かも知れないが、これでは、法律保障主義を定めた憲法原則は無 意味となる。教育を国民の権利としてとらえる考え方がいまだ定着していないためか、法律主義の原則は、法律的根 72 叢 論 律 法 拠さえあれば、とする考え方になってしまっている。いずれにせよ、韓国においては、教育のあり方は、大統領が全\ 面的に責任をもつ体制下のもとで、決められているのが現実なのである。 最後は、国家の経済発展計画の中に教育が完全に組み込まれていながら、しかし、国民の精神教育の強化が常に推 進されていることである。この代表的な事例は、﹁新しい村︵セマウル︶運動﹂であろう。国家の近代化と﹁民族中 興﹂を実現するためには、まず第一に、経済の発展が重要な基盤となる。しかし、物質的発展だけでは新しい歴史・ 国家を樹立させることはできない。そこで問題になるのが、精神的基盤である。﹁セマウル運動﹂は、﹁新しい心﹂に ︵2︶ 通じる運動を意味し、それは勤勉・自助・協力の精神の確立をめざす、﹁一種の精神改造運動﹂である。﹁新しい心﹂ の上に築かれた経済発展こそ、.国家の近代化と﹁民族中興﹂を達成することができる、と考えられているのである。 かくして、今日においても、国民の精神教育としての﹁セマウル運動﹂の持続的発展が重要視されている。 最近、韓国では、毎年のごとく教育法が改正され︵もちろん部分的改正ではあるが︶、 教育改革計画はそれなりに 実現化している。国家︵大統領︶主導型の教育改革は、いまの韓国では致し方のないことであろうが、主権者として の国民がこれをどう受けとめているかが、ある面考えられてよいように思われる。したがって、現在実施中の教育改 革の成果について、いま一つの結論を出すことは早計であろう。 ︵1︶ ζ巨簿qo︷国9。四二§図①陰匡一。o︷閤o器斜ε゜。津゜”喝やト。卜。1卜⊃曽 ︵2︶ 馬越﹃前掲書﹄三二頁。