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問われるシェールの競争力~金融的波及にも警戒が必要
みずほインサイト 米 州 2014 年 12 月 5 日 問われるシェールの競争力 欧米調査部主席研究員 金融的波及にも警戒が必要 03-3591-1219 小野 亮 [email protected] ○ 原油価格は、今夏の水準に比べて3割近く下落した。1986年の逆オイルショック(下落率は50%) に匹敵する大きさである。 ○ マクロ的にみれば、原油価格の下落は、家計の購買力を高めることで、米国経済の追い風となるだ ろう。そのことは、大規模マクロ計量モデルによるシミュレーションによって確認できる。 ○ その一方、これまでブームに沸いたシェール産業の競争力が問われようとしている。気になるのは、 調整圧力が他の経済活動、特に金融面に波及するリスクであり、注視していく必要がある。 1.マクロ計量モデルによる逆オイルショック・シナリオのシミュレーション 原油価格は夏場までの水準と比べて大きく下落している。大型マクロ計量モデルを用いたシミュレ ーションによれば、今後も原油価格が現状の水準で 推移した場合、米国の実質GDP成長率には2016年末ま 図表 1 原油価格の推移 で押し上げ圧力が働く。 ニューヨーク商品取引所(NYMEX)の原油先物価格 は、70ドル/バレルを割り込む水準となっている。世 界経済の減速懸念から、原油価格は夏場以降下落傾 向を辿るようになった。そこに、①国際通貨基金(IMF) による世界経済見通しの下方修正(10/7)、②国際 エネルギー機関(IEA)による原油需要予測の下方修 正(10/14)、③石油輸出国機構(OPEC)による減産 見送り(11/27)などが相次ぎ、原油価格の下げ足が 速まった(図表1の網掛け部分に注目)。足元では、 今年7~9月期と比べるとおよそ30%の下落率となっ ており、1986年の逆オイルショック(下落率はおよ そ50%)に迫る大きさである。 原油価格の下落は、マクロ的にみれば米国経済に 1 (注)ニューヨーク商品取引所の原油先物価格。2014 年。 (資料)Bloomberg とってプラスの側面がある。家計の購買力が高まることによって、GDPの7割ほどを占める個人消費が 刺激されるためだ。大規模マクロ計量モデル(FRB/USモデル、late-2014)を使ったシミュレーション では、原油価格の下落によって米国の実質GDP成長率が押し上げられる様子が確認できる。図表2は、 2014年10~12月期に原油価格が前期比30%下落し、2015年入り後も同水準に留まるとのシナリオ(以 下「逆オイルショック・シナリオ」と呼ぶ)を想定した場合の実質GDPと、ショックが何もない場合(ベ ースライン)の実質GDPを比較し、実質GDP成長率への寄与度を計算したものである。筆者が行ったシ ミュレーションによれば、米国の実質GDP成長率は2015年1~3月期にベースライン対比で0.3%ポイン ト押し上げられ、成長率の押し上げ効果は2016年末まで続く 1。 また、原油価格の変動が各州経済に与える影響を分析したBrown and Yucel(2013)によれば、「原 .... 油価格が25%上昇すると全米で0.43%、55万人以上の雇用が失われる」2という。彼らの結果を足元の 状況に当てはめると、30%の原油価格下落は66万人以上の雇用を新たに生みだす計算である。 2.問われるシェール・オイルの競争力 シミュレーション結果に安心するのは早計である。2つの論点がある。1つは、逆オイルショック・ シナリオが現実となった場合に、シェール・オイル/ガスや他の代替エネルギー開発が大幅な見直し を迫られるのかどうか。もう1つはエネルギー以外の経済活動への波及である。 まず1つめの論点について、本稿ではシェール・オイルに絞って議論を進めよう。重要なポイントは シェール・オイルの生産コストである。生産コストが市場の原油価格よりも高ければ、生産や新たな 設備投資を見直す必要がある。特に原油の生産量が多い地域における生産コストの高低が、シェール・ 図表 2 原油価格の下落による米国経済への影響 <原油価格の前提> <実質 GDP 成長率への影響> (注)原油価格のベースラインはショックがない場合のモデル計算値。実質 GDP 成長率への影響はベースラインとの比較。 (資料)FRB/US モデル(late-2014)を元に筆者作成 2 オイルの全体の生産量を左右することになろう。 図表3は、ロイター(10/23)が報じた生産コストに関する各種推計結果を原油生産量と共に主要地 域別にプロットしたものである。生産コストの推計値には地域間及び地域内でも大きなバラつきがあ るが、70ドル/バレルを割り込む価格水準では採算に合わないシェール・オイルの生産地があることが わかる。 シェール・オイルの生産性はここ数年向上しているが、それが救いになるとは限らない。確かに、 シェール・オイルの三大生産地域(Bakken、Eagle Ford、Permian)について新たに稼働したばかりの リグの生産量をみると、Bakkenが27%、Eagle Fordが18%、Permianが15%の伸びでリグ当たりの生産 量が高まっている(図表4。いずれも2014年9月値の前年比変化率)。こうした生産性の向上が続けば、 価格下落によるシェール・オイル開発への影響を緩和することが期待できる。ところが、生産性が緩 衝剤となり、米国の原油生産量が減らなければ、市場では原油の過剰感が一段と強まる。その結果、 図表 3 シェール・オイルの主要地域別にみた生産コスト (資料)米国エネルギー情報局、ロイターを元に筆者作成 3 市場価格はさらに下落してしまうおそれがある。 3.テキサスは大丈夫か 次に2つめの論点であるエネルギー部門以外の経済活動への波及を取り上げよう。今後の動向が注目 されるのは、シェール開発が集中するテキサス州や他のエネルギー産業依存が大きい州である。Brown and Yucel(2013)の結果を用いると、足元のような原油価格の大幅下落によって州内の雇用減少が見 込まれるのは、テキサス以外にニュー・メキシコ、ウェスト・バージニア、ルイジアナ、アラスカ、 ノース・ダコタ、オクラホマ、ワイオミングの7州である。 エネルギー部門への依存度が高いテキサス州経済は、1986年の逆オイルショックで大きな打撃を受 けたことがある。同州の雇用が減ったばかりではなく、商業不動産不況を通じて、いわゆる第二次S&L 危機の引き金となった。全米で、商業用不動産への貸付を増やしていたS&L(貯蓄貸付組合)の多くが 破たんしたのである。 果たして今後、逆オイルショック・シナリオが現実となった場合、テキサスなどエネルギー産業依 存の高い州を起点として新たな危機が起きるリスクはないのか。これが2つめの論点の中心的課題と言 えるだろう。図表5は、上記8州における、①石油掘削業が州内総生産(GSP)に占めるシェアと、②銀 行貸出残高の伸び率を示したものである。後者については、建設・土地開発(C&L)と商業用不動産(CRE) の2つに着目した。網掛けは、他の州の平均値と比べて貸出残高の伸び率が高いことを示しており、シ 図表 4 図表 5 シェール・オイルの生産性 原油価格下落により負の影響を 受ける州の銀行貸出動向 (注)Other は他の州の平均。 GSP は州内総生産。GSP シェアは 2013 年。 C&L は建設・土地開発、CRE は商業用不動産。 貸出は 2010/12~2014/9 の伸び率。 (資料)米国商務省、FDIC より筆者作成 (注)前月に生産を開始したリグの1リグあたり生産量。 生産開始から 2 カ月以上のリグは含まれない。 (資料)米国エネルギー情報局より筆者作成 4 ェール・ブームが地域の金融活動を活発化してきた可能性を示唆している。 4.マクロとミクロの両にらみが重要に 米国経済は今、世界経済の機関車役になっている。金融危機後の家計部門を中心としたバランスシ ート調整はほぼ終了し、企業も自社株買いと配当による株主還元から、長期成長の源泉となる設備投 資へとギアを入れ替えるタイミングに入ってきたとみられる。こうした中、原油価格の大幅下落は家 計の購買力の上昇を通じて米国経済にプラスの効果をもたらすだろう。 その一方で、原油価格の大幅下落はシェール・ブームへの冷や水となり、シェール・オイルはその 競争力が問われようとしている。こうした調整圧力がエネルギー部門に留まるのか(図表6)、それと も、他の経済活動に波及するのか、今のところ不透明である。ただ、1980年代半ばの逆オイルショッ クが商業用不動産不況へと波及し、金融危機に発展した経験を踏まえると、シェール・ブームに沸い た地域で銀行貸出が大きく伸びていることは気がかりである。米国経済の先行きを考えるにあたって は、マクロの健全さと共に、ミクロの脆弱性に注意を向ける必要がある。 図表6 石油関連株価指数の推移 <S&P石油ガス掘削生産セクター・ セレクト指数> <Alerian MLP Total Return Index> (1999/12/17=1000) (1995/12/29=100) 16000 2000 15000 1900 14000 13000 1800 12000 1700 11000 10000 1600 9000 8000 1500 1月 3月 5月 7月 9月 11月 1月 3月 5月 7月 9月 11月 (注)2014年。 (資料)Bloomberg 1 実際には、ドル高、株価の上昇、長期金利の低下など、原油価格以外のショックが複合的に生じており、本稿で示し たような実質 GDP 成長率の押し上げがそのまま表れるわけではない。また本稿におけるシミュレーションでは金融政策 や期待形成についていくつかの重要な想定を置いており、想定が変われば試算結果も変わり得る点に注意が必要である。 2 Brown, Stephen P.A. and Mine K. Yucel(2013)"The Shale Gas and Tight Oil Boom: U.S. States' Economic Gains and Vulnerabilities," Energy Brief, Council on Foreign Relations. Brown and Yucel(2013)は原油価格の変動 に対する雇用弾性値を計算し、そこから本稿で紹介した結果を得ている。 ●当レポートは情報提供のみを目的として作成されたものであり、商品の勧誘を目的としたものではありません。本資料は、当社が信頼できると判断した各種データに 基づき作成されておりますが、その正確性、確実性を保証するものではありません。また、本資料に記載された内容は予告なしに変更されることもあります。 5