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会社を潰さないための情報管理とその対策
経営相談室 会社を潰さないための情報管理とその対策 営業秘密の3つの要件と過去の裁判事例 ─ 第2回 ─ ∼改正不正競争防止法と問われる企業の管理体制∼ 田 淵 義 朗 B.事業活動に有用な技術上又は営業上の情報 前回は、改正された不正競争防止法について であること(有用性) 紹介し、改正に至った背景や改正ポイントを書 きました。中小企業にとって、営業秘密が漏え C.公然と知られていないこと(非公知性) いすることは死活問題です。しかし退社してい ※【参照条文】不正競争防止法(第2条) この法律において「営業秘密」とは、秘密と く社員や在職中のアルバイトから企業秘密の漏 して管理されている生産方法、販売方法その他 えいが後を絶ちません。 の事業活動に有用な技術上又は営業上の情報で この対策として、従業員に対する日頃のコン あって、公然と知られていないものをいう。 プライアンス(法令遵守)教育と啓蒙、日常の 社内情報管理の徹底以外、有効な対策はありま 2.秘密管理性・・・最も重要な要件 せん。口で言うのは簡単ですが、その中身を知 らせ、実践するのは大変なことです。 上記3点の中で営業秘密の中核的要件であ 今回は、営業秘密として保護されるための3 り、過去の判例の多くが厳格にこの点の事実認 つの要件(秘密管理性、有用性、非公知性)を 定を行い、判決を下しています。 過去の裁判事例を通して学ぶことにより、企業 ポイントは、情報の保有者が「主観的に」秘 秘密の漏えいを食い止める手立てとは何かを見 密として管理していることでは不十分で「客観 ていきたいと思います。 的」に秘密として管理していると「認識できる 状態」になければならないとしている点です。 1.営業秘密として保護されるための要件とは つまり逆に読めば客観性を有している、と裁判 営業秘密を持ち出された側の企業にとって訴 所が認定する状態を会社の中で作り出せばよい ことになります。 える上で一見便利にみえる法律ですが、適用を 秘密管理性を認め、原告が勝訴した裁判とし 受けるための要件は厳格です。「どうやって会 て代表的な2例を挙げておきます。 社の情報資産、知的財産権を守っていくか」を 考える上で、営業秘密として保護されるための 見方としては、 「 どんな情報が」 「 どのように」 要件を知らなければ、従業員教育も社内の管理 社内で管理されていたか、に着目してください。 体制の構築も出来ません。会社のトップや幹部 がまずこの点をしっかり理解することが不可欠 勝訴した事例 です。 ■墓地販売会社(平成12年11月東京地裁) 【訴訟で対象とされた情報の社内管理状態】 企業の営業秘密が保護されるためには、次の ・「暫定顧客情報(電話帳抜粋)」「お客様情 3つの要件がすべて揃っていることが条件にな ります。 報」・・・管理者の管理する、施錠可能 A.秘密として管理されていること(秘密管理 なロッカーに保管 ・「( 予 約 ) 聖 地 使 用 契 約 書 」「 来 山 者 名 性) WING 21 いばらき 2006.2 10 経営相談室 時間的制限なし。 簿」・・・日常業務を行う事務室内の営 ・「電子フロッピー」・・・無施錠の一般保 業課長の机の引き出しの中に保管 管庫に入れて保管。秘密の表示、指導、 ・「加工図・パース」・・・上記事務室内書 あるいはアクセスについての人的・時間 棚にファイルとして保管 的制限なし。 ・「墓石原価表」・・・上記事務室内の営業 【判示】 課長の机の中に保管 上記の認定事実から、顧問先名簿、顧問料 ※この他、新規採用社員に対して営業活動以 金表、電子フロッピー全てについて「従業員 外への使用禁止を徹底。 との関係で客観的に認識しうる程度に、対外 【判示】 的に露出しないように管理していたとは認め 上記の認定事実から、秘密管理性が認めら られない」として秘密管理性を認定せず。 れる。 ■人材派遣会社(平成12年7月大阪地裁) ■かつら販売会社(平成8年4月大阪地裁) 【訴訟で対象とされた情報の社内管理状態】 【訴訟で対象とされた情報の社内管理状態】 本件情報の記載された書類が綴られたファ ・顧客名簿の表紙に「マル秘」の印を押捺し、 心斎橋店のカウンター内側の、顧客から イルは、事務所のキャビネットに保管され、 見えない場所に保管。 営業時間中であれば誰でも見ることが出来 た。社員は入社時に、原告及び取引先の機密 【判示】 男性用かつら販売業における顧客名簿自体 を保持する旨の誓約書を提出しており、就業 の性質、原告の事業規模、従業員数(本店・ 規則にも原告の機密を保持する旨の規定があ 支店合わせて7名。心斎橋店は店長一人)に った。特段の機密事項である旨の表示はされ 鑑み、原告顧客名簿に接する者に対して、こ ていなかった。 【判示】 れが営業秘密であると判断させるに十分な措 上記の認定事実から、秘密管理性に欠ける 置がなされているというべきであり、原告顧 として判示。秘密として管理することを要件 客名簿は、秘密管理性が認められる。 として設けたのは、企業が営業活動を遂行す る上で獲得し、社員が接することになる情報 逆に秘密管理性を認めず、原告が敗訴した裁 判例を2つ挙げておきます。 には極めて多くのものがある中で、そのうち 敗訴した事例 どれが法的に保護される営業秘密であるか客 ■会計事務所(平成11年9月大阪地裁) 観的に認識できるようにしておく趣旨であ る。宣誓書や就業規則の記載を持って、本件 【訴訟で対象とされた情報の社内管理状態】 ・「顧問先名簿」・・・無施錠の棚に入れて 情報が秘密として管理されていたというため いた。主として事務員が利用し、従業員 には、性質上「機密」に該当するというだけ の誰もが見ることが出来た。秘密の表示、 では足りず、原告が現実に、本件情報が「機 指導、あるいはアクセスについての人的 密」にあたることを客観的に認識できるよう 時間的制限なし。 に管理しておく必要があった。 ・「顧問料金表」・・・経理課の書庫に入れ 3.有用性 て施錠していた。しかし秘密の表示、指 導、あるいはアクセスについての人的・ 事業活動に有用な技術上又は営業上の情報で WING 21 いばらき 2006.2 11 経営相談室 ある、とするのが有用性の考え方です。経済産 の場合、管理の態様については非常にシンプル 業省のガイドラインでは、保有者の主観によっ であり、認められなかった人材派遣会社や会計 て決められるものでなく、客観的に有用と認め 事務所に比べて甘いと感じる向きもあるでしょ られる必要がある、とされています。 う。裁判所は顧客名簿自体の性質(かつらであ 客観的に有用である、 というのは何でしょうか。 ること)、この名簿自体がセンシティブ情報で (1) 競争優位性 あること(かつらを買う顧客という性質上、秘 保有することで収益を上げることが可能な 密を特定しなくても秘密性が自明)、従業員が 情報、経済活動の中で有利な地位を占めるこ 少ないことなどを考慮して、秘密情報であると とができる情報 いう認識が客観的に存在した、と裁判所は判断 (2) 事業への活用性 したのだと思います。 生産、販売、研究開発、費用の節約、経営 それに比べて、会計事務所や人材派遣会社の 効率の改善などに役立つ情報 情報は、確かに常識的に見れば秘密情報と思わ (3) 顕在的、潜在的な価値性 れますが(原告自身はたぶんその認識に違いあ ビジネスに活用されていることが顕在化し りません)、客観的に秘密情報として管理され ている情報、活用されていなくても潜在的に ているといえない、と厳格に判示したのです。 価値がある情報 客観的にこれらのファクターを並べてみて、 (4) 現在的、将来的な価値性 一般的には次のことが言えるのではないでしょ 現在の事業に活用できる情報、または現在は うか。 活用できなくても将来的に活用ができる情報 第一に、当該情報にアクセスする者が制限さ (5) 相対性 れているかという点、第二に同情報にアクセス 試験段階もしくは製造段階の情報。完全に試 した者がそれを秘密情報であると認識している 作品であり具体的に商品化が想定されていな かという点、さらに付け加えるなら、情報の種 いものは有用性を認められない可能性あり。 類、会社の規模および業態、相手方との関係等 に応じて、適切に管理されているかどうかとい 4.非公知性 う点、これらを総合的にみて判断する傾向にあ るといえましょう。 公然と知られていないことが、営業秘密とし て保護される要件です。保有者の管理下以外で 次回は、この連載のまとめとして、企業が は一般に入手できない情報、の意味です。 「営業秘密」をどう管理すればいいのか、会社 経済産業省のガイドラインでは、刊行物に記 載された情報は非公知情報でないとしていま を守るための社内管理体制のあり方について、 す。書物、学会発表などで容易に引き出せる情 具体策を書きたいと思います。 報は、非公知とはいえません。ですから、情報 筆者プロフィール が世の中に公開されてしまえば、秘密情報でな 田 淵 義 朗 氏 くなってしまうということになります。 ・ネット情報セキュリティ研究会(NIS)会長 ・オープンラーニング㈱ 専務取締役 ・日経BPアドバイザリーボード ・東洋学園大学講師 5.まとめ・・・裁判所の判断から分かること 秘密管理性が認定された男性かつら販売会社 ご意見、ご感想、ご質問等をお寄せ下さい。 WING 21 いばらき 2006.2 12 [email protected]