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ハイパースペクトルによる 植生マッピング技術
ハイパースペクトルによる 植生マッピング技術 Vegetation Mapping Technology Using Hyperspectral Imaging ● 長沼靖雄 ● 胡 勝治 あらまし 生物多様性は人間の生活に密接に関係しており,日々の生活は生物多様性の恵みによっ て支えられている。生物多様性の低下は生態系に由来する人間の利益となる機能 (生態 系サービス)の低下を引き起こすことになるため,生き物の多様性に富む河川敷や森林の 保全が課題となっている。現状では外来種の侵食や人工林の放置による生物多様性低下 が各地で生じており,その対策として,迅速に植生を把握する手法の開発が望まれてい る。従来の踏査による植生調査は,多大なコストと工数が必要であり,またリモートセ ンシングによる調査においても,樹種の判別が困難であった。このような状況の中,近 年,詳細なデータが取得可能なハイパースペクトルセンサが開発され,様々な分野で利 用され始め,環境分野でも,緑地,森林などの大まかな分類が可能になってきた。しかし, 常緑針葉樹のスギとヒノキについてはスペクトルが類似しているため,スペクトルデー タからでは判別が困難であると考えられていた。本稿では,著者らが新たに開発したス ペクトル解析技術を用いて両者の判別を可能にした結果を報告する。 Abstract Biodiversity is closely related to human life, and our daily life is sustained by biodiversity. Therefore, it is important to conserve areas that are rich in life, such as rivers and forests. Currently, biodiversity is on the decline in many areas due to the invasion of non-native species or the abandonment of planted forests. Thus, it is desirable to develop a method to quickly grasp the status of vegetation. Conventional surveys on vegetation have required huge amounts of money and labor, and also in remote sensing surveys it was difficult to distinguish the species. In such circumstances, in recent years hyperspectral sensors have been developed that can be used to obtain detailed data. They have started to be used in various fields. Also in the field of the environment, it has become possible to broadly classify vegetation into green tracts of land and forests. However, cedar and cypress, which are evergreen conifers, have similar spectra and so it is difficult to distinguish them. This paper reports on a newly developed spectral analysis technique that makes it possible to distinguish them. FUJITSU. 62, 6, p. 753-758(11, 2011) 753 ハイパースペクトルによる植生マッピング技術 ングを用いる方法については,以前は専門家が航 ま え が き 空写真の樹冠形状から植物種を判別する「写真判 近年,種の絶滅速度が加速し,1年間に4万種類 (1) 読」と呼ばれる方法が主であった。最近ではマル 以上の種が絶滅していると言われている。 現代は チスペクトルセンサ(特定の波長帯の電磁波を複 「第6の大量絶滅時代」と言われており,この主た 数の波長帯で一括して観測するセンサ)を使用し, る原因が「人間活動による影響」である。人間は 計測バンドの組合せによって植生を判別する方法 地球生態系の一員としてほかの生物との共存が求 が広く行われている。しかし,マルチスペクトル められているのにもかかわらず,一方的に生物に センサを用いた場合においても,針葉樹,広葉樹, 影響を与え絶滅に追いやっており,その結果,生 草本類などの判別は可能であるが,同じ針葉樹に 物多様性は低下の一途をたどっている。 属するスギとヒノキのような樹種の判別までは困 人間の生活は,生物多様性の恵みによって支え 難である。また,写真判読およびマルチスペクト られており,生物多様性の低下は生態系に由来す ルセンサのどちらを利用する場合においても,現 る人間の利益となる機能(生態系サービス)の低 (2) 多大な工数および危険な作 地調査が必須であり, 下を引き起こすこととなる。そのため,生き物の 業が必要である。 多様性に富む河川敷や森林の保全が課題となって いるが,現状では外来種の侵食や人工林の放置に よる生物多様性低下が各地で生じている。例えば, ハイパースペクトルによる樹種分類 最近,医療,食品分野などで注目を浴びている 河川敷ではハリエンジュと呼ばれる外来植物が繁 ハイパースペクトルカメラは,撮影した画像中の 茂し,その土地固有の生態系を撹乱している。また, 全ピクセルに可視光から近赤外の波長領域までの 森林においても林業の衰退とともに森林が荒廃し, スペクトル情報を付与することが可能である。ハ CO2吸収源としての価値を失いつつある。 イパースペクトルカメラ{図-1(a)}は,従来の このような状況において,森林や河川敷を健全 マルチスペクトルセンサ{図-1(b)}よりも波長 化するには,現在の植物の状況を正確に把握し早 分解能が高く,連続したスペクトルが得られるこ 急に対策することが重要であると考えられる。し とが特徴である。可視領域における植物のスペク かし,現状では森林や河川敷の植生状況を把握す トルは,葉緑素やほかの葉の色素による吸収効果 るためには,専門家が森林や河川敷に実際に入り, に支配されている。葉緑素は可視光を非常に強く (2) が必須で,専門 吸収するが,緑の光よりも青や赤の波長を強く吸 家による多大なコストと工数が必要であり,危険 収するため,緑の波長領域に特徴のあるピークが を伴う作業でもある。したがって,樹木の専門知 出現する。また,近赤外領域においても,主に葉 識が不要で,現地調査を行うことなく植物の繁茂 の内部の細胞構造との相互作用によりピークが出 状況を把握できる簡便な植生マッピング技術が熱 現する。葉の構造は植物種によって大きく異なる 望されていた。 ため,可視光領域のスペクトル情報と併せること 目視で樹木を判別する現地調査 本稿では,著者らが開発したスペクトル解析技 によって,マルチスペクトルでは判別困難であっ 術を用いた森林の植生調査の実験結果を紹介する。 た植物種の判別も可能となる。具体的な手法とし 従来の植生調査 ては,判別する植物の基準スペクトルをハイパー スペクトルカメラで撮影した画像中に参照し,類 植物種を識別する方法には, 似度の高いピクセルをマッピングすることによっ (1)現地を踏査して調査する方法 て様々な植物が混在する中から目的の植物を判別 (2)航空機や人工衛星からのリモートセンシング する(図-2)。類似度の解析方法には,統計学的な によって調査する方法 手法であるコサイン距離解析法を用いている。コ の2種類がある。現地を踏査して調査する方法は, サイン距離解析法とは,基準スペクトルおよび画 前述したとおり,専門知識が必要であり多大なコ 像内の各ピクセルのスペクトルデータをベクトル ストと工数が必要となる。また,リモートセンシ の概念に置き換え{式(1)},二つのベクトルの類 754 FUJITSU. 62, 6(11, 2011) ハイパースペクトルによる植生マッピング技術 波長 波長 (a)ハイパースペクトル (b)マルチスペクトル 図-1 ハイパースペクトルとマルチスペクトルの比較 Fig.1-Comparison between hyper-spectrum and multi-spectrum: (a) Hyper-spectrum, (b) Multi-spectrum. スペクトル抽出 地点A A C 地点C 地点B B 航空写真 植物DB 樹種特定 植物A 植生マッピング :植物A :植物B 植物B 林道 図-2 ハイパースペクトルによる樹種分類 Fig.2-Classification of wood species by hyper-spectrum. → → 似度を二つの基準ベクトル{eHS 1,eHS 2:式(2)} の内積の和{cosθ:式(3)}で表す解析法である。 cosθ は0 ∼ 1の値で表わされ,1に近いほど二つの スペクトルが類似していることを示している。 → → → → 開発した判別技術 ハイパースペクトルは最近開発された技術であ るが,大学や研究機関などで植生判別の試みは行 HS 1=R 1λ 1+R 2λ 2+・・・+R nλ n 式(1) (3) しかし,緑地や森林などの大きな分 われていた。 eHS 1=HS 1 /|eHS 1| 式(2) 類は可能であるが,同じ常緑針葉樹に属するスギ cosθ =eHS 1・eHS 2 式(3) とヒノキについてはスペクトルデータが類似して → → → → → いるため,判別が困難であると考えられていた。 そこで著者らは,従来は一つの基準スペクトルで FUJITSU. 62, 6(11, 2011) 755 ハイパースペクトルによる植生マッピング技術 判別していたものを複数化し,それぞれのマッピ 撮影し,空撮画像からスギとヒノキの分類が可能 ング結果を統合する判別技術を考案した。従来の か実証実験を行った。現地調査によってスギおよ 基準スペクトルを一つとする判別では,抽出エリ びヒノキであると特定できている地点のピクセル アを広げるためには類似性判定のしきい値を下げ 群の平均スペクトルをそれぞれの樹木の基準スペ ざるを得ず,その結果,図-3(a)に示すように誤 クトルとし,つぎにハイパースペクトルカメラで 認識エリアが生じてしまっていた。これは,植物 撮影した航空画像において,これらの基準スペク のスペクトルが日照状況や花粉の成熟状況などに トルと同等のスペクトルを有するピクセルをマッ よる要因で微妙に違いが見られ,ある程度はしき ピングした。この撮影を行った時期は,スギが花 い値を下げないと植生エリアの一部しか判別でき 粉をつける時期であったために,花粉の成熟度に なくなってしまうが,しきい値を下げ過ぎると別 よってスペクトル形状が異なり,一つの基準スペ の植物のエリアまで誤認識が生じてくることに由 クトルだけではスギの植生エリアのすべてを分類 来する。著者らが開発した複数の基準スペクトル することができなかった。一つの基準スペクトル を使用する技術を適用し,それぞれのマッピング だけでスギの植生エリア全部を分類しようとする 結果を統合すると,しきい値を下げることなく図-3 と類似度の境界となるしきい値を下げる必要があ (b)に示すように正確にスギのエリアを抽出する り,そうすることによってエリアは拡大するがほ ことが可能となった。 かの樹種との誤認識も生じるため,その対策とし て,花粉量の違いに応じた複数のスペクトルを基 スギとヒノキの判別実験 準スペクトルとして選択し,それぞれの基準スペ 富士通の森林保全活動の一つである「富士通グ クトルを使用して作成したスギの植生エリアを最 ループ・中土佐 黒潮の森プロジェクト」の舞台で 終的に統合した。本実証実験の結果は,以下のと ある高知県・中土佐町において,上空500 mからヘ おりである。 リコプターに搭載したハイパースペクトルカメラ を用いてスギとヒノキが混成した人工林の画像を まず,基準スペクトル数については,図-4(b) の基準スペクトルが一つの場合には未抽出だった 基準スペクトル数とスギ分布エリア 基準スペクトル数:1 基準スペクトル数:2 基準スペクトル数:3 基準スペクトル数:4 スギ判別割合(%) 100 誤認識 75 50 25 0 しきい値:0.997 しきい値:0.995 (a)解析時のしきい値によるスギ分布エリアの違い 0 1 2 3 4 基準スペクトル数 (b)基準スペクトル数とスギ判別割合の相関 図-3 基準スペクトル数としきい値が植生判別に与える影響 Fig.3-Effect that standard spectrum number and threshold have on determining types of vegetation: (a) Difference of cryptomeria distribution area according to threshold when analyzing it, (b) Correlation of standard spectrum number and cryptomeria distinction ratio. 756 FUJITSU. 62, 6(11, 2011) ハイパースペクトルによる植生マッピング技術 100 m (a)航空写真 :抽出エリア :抽出エリア :未抽出エリア (b)従来手法 (基準スペクトル一つ) (c)開発手法 (基準スペクトル複数) 図-4 複数の基準スペクトルを併用した解析方法 Fig.4-Mode of analysis in which two or more reference spectra are used together: (a) Aerial photograph, (b) Existing techique, (c) Newly developed technique. 100 m (a)航空写真 :スギ :ヒノキ (b)ハイパースペクトルに よって作成した植生図 :スギ :ヒノキ (c)従来手法による植生図 図-5 航空計測による樹種分類実験と従来手法との比較 Fig.5-Comparison of technique used in wood species classification experiment and past technique using aerial measurement. エリア(グレーの部分)が,複数の基準エリアを 踏査による植生図{図-5(c)}とほぼ同等の結果が 使用することによって図-4(c)のように抽出され 得られた。ハイパースペクトルを利用することで, た。本稿では,花粉の状態によるスペクトル変化 これまでのマルチスペクトルを利用したリモート を示したが,花粉の状態だけに限らず紅葉や開花 センシングでは困難であった同じ針葉樹に属する に伴うスペクトル変化にも適応可能であると考え スギとヒノキの分類が可能となり,さらに多大な られる。 コストと工数がかかり危険を伴う踏査による植生 つぎに樹種の分類については,ハイパースペク 図と同等のものが,現地調査を行わずに短時間で トルによるリモートセンシングで作成した植生図 作成できることから,ハイパースペクトルによる }におけるスギとヒノキの分布状態は, {図-5(b) 樹種分類は今後の植生マッピングにおいて有効な FUJITSU. 62, 6(11, 2011) 757 ハイパースペクトルによる植生マッピング技術 手段になるという結果が得られた。 む す び 本稿では,従来は高コストで多大な工数が必要 かつ短期間に正確に実施できる。これにより,人 が立ち入るのが困難な場所における植生図の作成 や,CO2吸収量が異なる樹木が混生する森林のCO2 吸収量の正確な推計など,幅広い活用が期待される。 であった踏査による植生調査について,ハイパー スペクトルカメラによる実証実験を行った結果に ついて述べた。その結果,従来は多大なコストと 工数がかかり危険が伴う作業であった植生図の作 成が,ハイパースペクトルによるリモートセンシ 参考文献 (1) N. Myers:The Sinking Ark.Pergamon Press, 1979. (2) 第6回・第7回自然環境保全基礎調査 植生調査情報 ング技術によって高精度かつ短時間で可能となる 提供ホームページ. ことが分かった。 http://www.vegetation.jp/6thgaiyou/sakusei.html 今後は,外来植物と在来植物の判別,植生状況 (3) 白石貴子ほか:ハイパースペクトル画像を用いた荒 の調査,および森林における複数の樹種の分布状 川中流域の河畔林の構造評価.地球環境研究,Vol.8, 況を,上空から撮影した画像を利用して低コスト p.47-54(2006). 著者紹介 758 長沼靖雄(ながぬま やすお) 胡 勝治(えびす かつじ) 環境・エネルギー研究センター 所属 現在,ハイパースペクトルによる植生 解析技術の開発に従事。 環境・エネルギー研究センター 所属 現在,環境負荷評価技術および生物多 様性保全技術の開発に従事。 FUJITSU. 62, 6(11, 2011)