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第14回 長寿県の健康作り-長野県の事例から
生活知識情報 長寿県の健康作り ~長野県の事例から~ 14 回 第 少 子 高 齢 化 が 進 む 日 本。 その現状と私たちや社会 ができる対策を考えます。 金子 勇 Kaneko Isamu 北海道大学大学院文学研究科特任教授。「都市の少子高齢化」を中心に、少子化 と高齢化の現状分析と対策について研究している。著書に『「時代診断」の社会学』 (ミネルヴァ書房)『少子化する高齢社会』(日本放送出版協会)などがある。 ①肉体と精神面では、 快眠と快食を心がける(植 日本一の長寿県を研究 物性たんぱく質をバランスよく取る。ミネラ ル、食物繊維を積極的に取る。砂糖と塩分を この20年くらい、アクティブ・エイジング*1 控える) 。 研究の一環として、社会学の立場から日本一 ②社会との関わり面では、地域、集団、家族の の長寿県にこだわってきました。最初は長寿者が 中で役割を持つ。 多い沖縄県と長野県に出かけていましたが、沖 縄県の男性の平均寿命が急速に低下したため、 ③ライフスタイル面では、趣味(音楽や運動、 長野県に絞り断続的に調査を行ってきました。 美術など一般の高校入試に出ない科目*3)と、 長野県の佐久市と諏訪市では500人規模の高齢 仕事や趣味で「得意」なものを持つ*4。 者を調査し、また、両市と中野市や長野市にお ④ネットワーク面では、親密な他者(男女を問 いて数名の高齢者にインタビュー調査を試みま わず最も信頼できて尊敬できる友人) を持つ。 した。 ⑤経済面では、ある程度のお金(自分で、ある 調査内容は、高齢者の生きがいや健康作りの いは家族などから)に支えられること。 秘訣を軸として、社会学のテーマであるソーシャ また、長野県の長寿文化の特徴として ①血 ル・キャピタル(個人が持つ社会関係とそこか 圧と血糖値が低い ②禁煙している ③肥満では ら生じる互酬性と信頼性の3点で論じられる考 ない ④適度な運動をする ⑤カロリーと塩分を え方)です*2。 順位 高齢者の生きがいと 健康作りの秘訣5原則 男 都道府県 女 平均寿命(年) 都道府県 平均寿命(年) 87.18 2 滋賀 80.58 島根 87.07 3 福井 80.47 沖縄 87.02 4 熊本 80.29 熊本 86.98 5 神奈川 80.25 新潟 86.96 6 京都 80.21 広島 86.94 味や交際などを含む生き方の総称)面から盛ん 42 高知 78.91 埼玉 85.88 に行われており、私は、ライフスタイルの面か 43 長崎 78.88 岩手 85.86 44 福島 78.84 茨城 85.83 45 岩手 78.53 和歌山 85.69 46 秋田 78.22 栃木 85.66 47 青森 77.28 青森 85.34 長野県は男女ともに日本一の長寿県です(表) 。 長野県における長寿の研究は、栄養面、医療面、 … ライフスタイル(働き方や暮らし方をはじめ趣 らそれを追求しています。 これら各分野の研究を総合すると、高齢者の 生きがいと健康作りの秘訣は次の5原則で整理 表 できそうです。 2014.2 国民 生 活 18 … 長野 … 80.88 … 長野 … 1 都道府県別の平均寿命(上位と下位) 厚生労働省「平成22年都道府県別生命表の概況」より抜粋 生活知識情報 控えた食生活を心がける ⑥疾病予防を心がけ 取り組み、活動しています。 る、などがこれらの研究から導き出せます。 加えて、健康に留意して、疾病の予防を心が では、なぜ長野県は日本一の長寿県になった けるこの地域の文化背景には、かつて農村医療 のでしょうか。社会的要因に限定してその理由 を実践した若月俊一医師を始め、先覚的な農村 を探ってみると、いくつかの独特な制度と県民 医療・予防医学の献身的活動実績が強調されま 性が浮かんできます。 す*5。同時に、佐久市浅間総合病院の吉澤国雄 医師らによる脳卒中予防運動*6や、前述の保健 「食生活改善推進員」と 「保健補導員」の活動の成果 補導員制度への取り組みが疾病予防文化の基礎 になっているようです。 長野県で始まった「ピンピンコロリ」 (PPK) 「多動」や「多接」の ライフスタイル 運動とは、 「げんき」がテーマであり、 「げ」 (減 ぼう 塩) 、 「ん」 (運動) 、 「き」 (禁煙)を標榜する草の 根の健康作り活動です。これは、地域で食生活 このような長野県のPPK運動に象徴されるラ の改善を図る住民ボランティア「食生活改善推 イフスタイルは、一般社団法人日本生活習慣病 進員」と「保健補導員」の活動の成果とみるこ 予防協会のホームページに掲載されている「生 とができます。なぜなら、これら両者の協働は 活習慣病予防」の3項目とも整合します。 他の46都道府県にはなく、長野県特有の健康文 1. 一無【無煙・禁煙の勧め】 化になっているからです。後者は、1949年に厚 2. 二少【少食・少酒の勧め】 生省(当時)が「国保保健施設拡充強化に関す 3. 三多【多動・多休・多接の勧め】 る通知」を全国の市町村に設置を呼び掛けて設 地域での社会参加としては、 「多動」や「多 けられたものです(長野県保健補導員会等連絡 接」のライフスタイルが該当します。医学の側 協議会『保健補導員等のしおり』1999年) 。た からも「自宅に閉じこもりがちで社会との交流 だ戦後の混乱期だったために、全国的には浸透 が希薄な高齢者は認知症の発症率が高い……高 しませんでしたが、長野県では類似組織が既に 齢者でも社会的つながりが多い場合には発症率 あったので、この制度が徐々に全県下に広がっ *7という指摘があります。社会学的 が低かった」 たのです。2年の限度内で、家庭の主婦を「保 にも、高齢社会のライフスタイルとしては「多 健補導員」 (現在では保健指導員ともいう)に任 動」や「多接」がお勧めであり、長野県の健康文 命して、50世帯程度を1人で受け持つように範 化が全国に広まってほしいというのが私の結論 囲を定め、この草の根の活動を40年以上継続し です。 てきました。そのため、塩分やカロリーを控え *1 人々が歳を重ねても生活の質が向上するように、健康、参加、安 全の機会を最適化するプロセスのこと。 *2 金子勇『格差不安時代のコミュニティ社会学』(ミネルヴァ書房 2007年)参照。互酬性とは、個人あるいは集団間で贈与を受け た側が与えた側に何らかの返礼をすることによって、相互関係が 更新・持続されること。 *3 いわゆる一般の高校入試に含まれない音楽、美術、保健体育、技 術・家庭の科目の知識や技術が高齢者の生きがい(趣味)に直 結する。高齢社会に向けて、現在の義務教育教科のあり方の見 直しを著者は長年主張している。 *4 ウェブ版『国民生活』2014年1月号参考 http://www.kokusen.go.jp/wko/pdf/wko-201401_07.pdf *5 若月俊一『村で病気とたたかう』 (岩波書店 1971年) 。若月俊一 監修『佐久病院史』(勁草書房 1999年) るように食生活が見直され、長野県民の健康知 識の普及が進んだとみられます。 その他、保健補導員会は ①衛生思想の啓発 普及 ②生活習慣病予防、母子保健、栄養改善 ③集団検診と健康相談の受診勧奨と保健管理の 協力 ④集団検診と健康相談の補助 ⑤地域にお ける健康増進、疾病予防および生活の質の向上 *6 長野県佐久地域における脳卒中予防対策において1976年度保健 文化賞受賞。 *7 白澤卓二『長寿エリートの秘密』(角川学芸出版 2013年) を図るための情報提供および調査研究、などに 2014.2 国民 生 活 19