ローン・ウルフの世界出会い旅

ローン・ウルフの世界出会い旅
北海道医療大学心理科学部 教授
中野　茂（なかの　しげる）
北海道大学教育学研究科博士後期課程単位修得満期退学。
専門は発達心理学。著書は『遊びの保育発達学』
（分担執筆，
川島書店）
，
『保育の心理学』
（共編，ミネルヴァ書房）
，
『自閉
症の子どもたち』
（共訳，ミネルヴァ書房）など。
私は，旅行プランナーに向いて
子のビデオを見て，親の「からか
入国できず，係官の監視のもと，
いたと自認するほど旅行プランを
い（teasing）」が多いと言いまし
石のベンチで一夜を明かし，朝に
立てることが得意です。自分で手
た。しかし，私の目は，それは，ふ
なると，ネパールでビザをもらっ
配して，一人で出かけます。訪問
ざけ合いにしか見えません。調
てこいと言われて，急遽，ネパー
国は，のべ 30 ヵ国以上になりま
べてみると，ベネディクトもまた
ルへ向かいました。やっと入国し
す。しかし，私が学生の頃は，ま
『菊と刀』の中で親のからかいを
たインドでは，朝には，道端に用
だ，1 ドル 360 円の時代で，海外へ
詳細に描いていました。しかし， を足す人の行列ができ，ニューデ
出かけることは夢のまた夢でし
ポジティブなからかい研究は全く
リーの街中を野良象が歩き回って
た。
見つかりません。唯一見つかっ
いるなどの光景に驚かされまし
私が職に就けたのは 35 歳の時
たのが，来年度の発達心理学会の
た。成都の四川師範大学からは，
ですが，40 歳からは世界で仕事が
招待講演者，ポーツマス大学のレ
現地まで自前で行けば，滞在費持
できるようになろうと決心し，ま
ディさんでした。それではと，イ
ちで観光案内をしてくれるという
ずは，3 ヵ月間の語学研修に行き
ギリスに飛び，彼女に会ったこと
条件で講義に招かれました。ベル
ました。世は，
「石を投げれば日
が，エディンバラへ行くきっかけ
リンのブランデンブルク門では，
本人に当たる」時代でしたので，
になりました。
近藤先生（帝京大学）とばったり
なるべく日本人のいなさそうなア
エディンバラでも言葉の壁は，
会いました。国内でもあり得ない
メリカ南部を選びましたが，それ
一向に解消できませんでした。と
ような偶然があり得たのです。
でも，語学学校は，日本人だらけ
ころが，トレヴァーセン先生は， と こ ろ で，レ デ ィ さ ん の 著 書
でした。ともかく，アメリカの大
「書くものはすばらしい」と，論
『驚くべき乳幼児の心の世界』を
学生活を体験し，黒人差別を実感
文の添削までしてくれました（た
読んでいると，あれはそういうこ
し，アムトラックでワシントンま
だ し，彼 の 手 書 き を 読 解 す る の
とだったのかと考えさせられる記
で大陸縦断をして，学会に参加し
は，これまた大仕事でした）
。ま
述に出会います。これほどのチャ
たりなど，40 歳近くなっての遅れ
た，私が持参した親子の手遊び場
ンスを得たのに，深い議論に参加
ばせの留学生活を楽しみました。
面のビデオを気に入って，ことあ
できなかった言葉の壁に無念な思
その後，カナダの幼児教育の視
る ご と に 提 示 し，多 く の 著 名 な
いをせざるを得ません。
察やイギリスでの語学研修など，
人々に私を紹介してくれました。
このように，旅は，未知との出
ほぼ毎年，海外に出かけるように
当時，彼は，既に還暦を超えてい
会い，人との出会いだと言えます
なりましたが，必ず，大学，研究者
ましたが，「山を動かすのだ」と，
が，この 10 年は，家内を伴って出
を訪ねることで，遊びに行くので
続々と論文を書き続けている姿か
かけるようになりました。旅の想
はないと，自分に言い聞かせてい
らは，多くを学びました。
い出は誰かと共有できてこそ楽し
ました。
ところで，旅にはエピソードが
いと思うようになったからです。
そうした中で，94 年度に在外研
つきものです。ギリシャでは，ピ
旅番組を見ながら，あそこへ行っ
修が認められ，エディンバラ大学
アジェの助手で乳児模倣の発見者
た，ここでアレを食べたという想
のトレヴァーセン先生のもとで過
マラトスさんのお宅に招かれた
い出を楽しむようにもなってきま
ごすことができました。彼の研究
時，迷子になり，出会った新聞配
した。間もなく年金生活になりま
室を選択した背景は，その数年前
達員がバイクで連れて行ってくれ
すが，そうはなっても，未知との
に遡ります。当時，北大の三宅研
ましたが，「シゲルがバイクで来
出会い，人との出会いの旅はこれ
究室を訪れていたアタッチメント
た」とからかわれました。インド
からも続けていこうと思います。
研究者，グロスマンは，日本の母
へ行ったときには，ビザがなくて
45