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次世代の高精細映像放送に向けて

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次世代の高精細映像放送に向けて
講演2
次世代の高精細映像放送に向けて
東京理科大学教授
伊東
晋
Toward Next­Generation High­
Definition Video Broadcasting
Susumu ITOH
Professor, Tokyo University of Science
概要
1953年に白黒映像で始まったテレビ放送は今年で60周年を迎えた。その間,カラー化,衛星
放送,HDTVと進化し,1996年にCSで開始されたデジタル放送は2003年に地上放送でも開
始され,2012年にデジタル放送への移行が完了した。テレビ放送の完全デジタル化という大
事業で自らの還暦を祝うことができたが,このことは同時に次の段階へ進むべき時期である
ことを示唆している。この節目のときに,放送技術の歴史を振り返るとともに放送独特の約
束事について再考する。これを踏まえ,今後の新しい放送サ ー ビ ス と 目 さ れ て い る
「UHDTV」,
「スマートテレビ」
,
「3Dテレビ」の関係について考察する。4K・8Kテレビ
とも呼ばれているUHDTVには期待と批判の声があるが,その開発・導入はスマートテレビ
のサービスを深化させ,3Dテレビの実現も加速すると期待される。更に,4K・8Kテレ
ビは,放送以外の分野への展開の他,日本のお家芸である高精細映像システムの国際競争力
強化の観点からも,早期の実現が望まれている。最後に,4K・8Kテレビの導入シナリオ
や技術基準の審議スケジュールなどについても展望する。
ABSTRACT
This year marks the 60th anniversary of television broadcasting in Japan. Since TV broadcasts began in 1953,
the technology has evolved from black ­ and ­ white television to color television, and then to satellite
broadcasting and high­definition TV. Digital TV broadcasts began in 1996 via communication satellites and
digital terrestrial television broadcasting began in 2003. In 2012, the switchover from analog terrestrial
television broadcasting to digital terrestrial television broadcasting was finally completed. Accomplishing
this major changeover was like a self­given gift to Japan s TV broadcasting on its 60th birthday, but it also
suggested that the time has come to move on to a new stage. At this turning point, I would like to look back
on the history of broadcasting technology and also rethink the unique agreements made within the
broadcasting circles. Based on the above observations, I will examine the relations between UHDTV(Ultra
High­Definition TV)
,Smart TV and 3DTV, which are recognized to provide new services in the future. Both
expectations and criticisms exist for UHDTV, also known as 4K or 8K TV. The development and adoption of
UHDTV technologies will certainly broaden the range of services that may be provided by smart TV and
accelerate the realization of 3DTV. Furthermore, applications of 4K and 8K technologies in other fields are
expected and an early realization of the technologies is hoped for from the perspective of strengthening the
international competitiveness of UHDTV systems, Japan s own forte, as a base technology in the global
market. I will also look into the deployment scenario of 4 K and 8 K technologies and the schedule for
examining their technical standards.
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NHK技研 R&D/No.140/2013.7
1表 テレビ放送の歴史(技術項目)
1953
テレビ放送開始
2000
BSデジタル放送開始
1960
テレビ放送のカラー化
2002
東経110°
CSデジタル放送開始
1989
BSアナログ放送開始
2003
地上デジタル放送開始
1994
HDTV(MUSE)実用化試験放送開始
2010
BSによるセーフティーネット開始
1996
CSデジタル放送開始
2010
放送法改正(基幹放送・一般放送)
1998
CATVデジタル放送開始
2012
アナログテレビ放送終了
1.はじめに
大学においては,画像・映像の符号化と処理に関する研究に従事しており,NHKの関連
では「放送技術審議会委員長」
,「放送技術研究所研究アドバイザー」として活動している。
また,総務省の委員としては,4期7年目に入った「情報通信審議会委員」や「放送システ
ム委員会主査」
,「放送サービスの高度化に関する検討会」の「スーパーハイビジョンWG
(Working Group)主査」を拝命している。その他に「放送サービスの高度化に関する検討
会」に関連して,5月2日に設立された「次世代放送推進フォーラム(NexTV­F)
」の顧
問や,1996年までテレビジョン学会と称しており,60年以上の歴史を持つ「映像情報メディ
ア学会」の会長も務めている。
このような立場の視点から,本講演では,これまでの放送の歩みを振り返るとともに放送
を取り巻くメディア環境にも触れながら,次世代の高精細映像放送,すなわち,4K・8K
テレビ*1の実現に向けて展望する。
*1
4Kテレビは3,840×
2,160画素,8Kテレ
ビ は7,680×4,320
画素のテレビのこと。
2.テレビ放送の歴史
テレビ放送の歴史について技術項目を中心に振り返る(1表)
。1953年にテレビ放送が開
始され,今年で60年,めでたく還暦を迎えた。この60年の間に,テレビ放送がカラー化され,
BS(Broadcasting Satellite)アナログ放送が始まり,1994年にはMUSE(Multiple Sub­
Nyquist Sampling Encoding)の実用化試験放送が開始された。その2年後の1996年にはCS
(Communication Satellite)
デジタル放送,
更に2年後の1998年にはCATV
(Cable Television)
デジタル放送,2000年にはBSデジタル放送,2002年には東経110°CSデジタル放送,そして2003
年には地上デジタル放送が開始され,5つの主要な放送メディアが全てデジタル化された。
2010年には放送法の大きな改正が行われ,それまでの有線テレビジョン放送法や電気通信
役務利用放送法等が廃止され,放送の種別も基幹放送と一般放送に区分された。
この歴史に私が携わってきたことを重ねてみる。1994年にデジタル放送システム委員会が
設置され,ケーブルテレビのデジタル化を担当する作業班(第4作業班)の主任を務めた。
作業班の活動は1998年のCATVデジタル放送の開始につながっている。1996年には衛星デジ
タル放送技術検討会に参画した。この中で,映像符号化方式としてMPEG­2(Moving
Picture Experts Group­2)を利用すれば,衛星のトランスポンダー1本で2番組のHDTV
(High Definition TV)を同時に伝送可能であることを示した。実質的にBS放送のデジタル
化を決めた検討会であった。更に,1998年に地上テレビジョン放送等置局技術委員会に参画
した。そこでは,地上デジタル放送に関係しておられる方にはよく知られている受信アンテ
ナの位置で必要な電界強度の最小値である最小電界強度の51dBμV/mという値や,それに時
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講演2
間率や場所率のマージンを考慮して求めた所要電界強度の60dBμV/mという値を定めた分科
会の主任を務めた。また,分科会では家庭のアンテナの地上高を4mから10mに高く設定し
て回線設計を行った。
2005年には,東経124°および東経128°のCSでもHDTV放送を行いたいという要望が高ま
り,それに応えるためにCSデジタル放送高度化委員会が設置された。この中で,ヨーロッ
パのDVB­S2(Digital Video Broadcasting ­ Satellite ­ Second Generation)方式を踏襲
した,CSの新しいデジタル放送方式が策定された。スカパー!は2014年の5月ごろにはこ
の方式へ完全に移行すると聞いている。
2006年に放送システム委員会が設置され,当初から主査を務めている。2008年には「高度
BSデジタル放送方式」という優れた技術基準が策定されたが,残念ながらいまだに日の目
を見ていない。
3.放送分野の約束事
放送分野の約束事には,通信メディアやネットと比べると異質の部分がある。
3.1 放送番組(ソフト)
放送番組に関しては自主自立を前提としているが,番組準則という規律がある。つまり,
「公序良俗を害しない」
,
「政治的に公平である」
,
「事実の報道」といった規律を守らなけれ
ばならず,これらの点はネットとはかなり違う部分である。
3.2 放送ネットワーク(ハード)
ふくそう
ハード面から見ると輻輳のないネットワークを利用することが原則である。大きな被害を
もたらした東日本大震災の際にも輻輳のない放送ネットワークの価値が再認識された。換言
すれば,放送にはベストエフォートという概念はなく,スイッチを入れれば必ず品質の良い
映像が映るというのが基本である。もちろん自然には勝てないので,降雨減衰等の影響を受
ける衛星放送等ではサービス時間率という考え方を取り入れている。
3.3 視聴覚機能への影響
視聴者への配慮ということでは「生理的な安全性」への慎重な配慮がなされている。16
年前の1997年に,アニメの中の光の点滅によって光過敏性発作が起こるという問題が生じ,
非常に人気のあるアニメの放送が一時中断した。また,視覚のピント調節や運動視差などの
機能が使えない2眼式の3Dテレビ(3Dimensional TV)における視覚疲労も指摘されて
いる。
3.4 安価な受信機の普及
放送にはユニバーサルなインフラという面もあるので,安価な受信機を普及させる必要が
ある。そのため「One System One Standard」の原則が暗黙の了解になっている。つまり,
放送サービスは1つの方式で提供されるということで,携帯電話のようにA社とB社で通信
方式が異なるということは放送では基本的にはあり得ない。従って,技術基準を策定する意
味合いが通信とは大きく異なってくる。
4.4K・8Kテレビとその他の次世代テレビ
4K・8Kテレビに対しては多くの期待がある一方で,批判の声があるのも事実である。
例えば,
「次は,もう3Dテレビでしょう」といった意見もあるので,以下では,野球のピッ
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左
右
水平方向の空間解像度が半分になる
1図 サイドバイサイド方式の3Dテレビ
左
右
1フレーム分
時間
時間解像度が半分になる
2図 フレームシーケンシャル方式の3Dテレビ
8K用カメラ
SDTVの解像度に及ばない
3図 像再生型のインテグラル方式の3Dテレビ
チャーの配球に例えて話を進めていく。
4.1 3Dテレビ
私は,2眼式の3Dテレビはインコースのシュートボールだったのではないかと思ってい
る。3Dテレビは2年余り前に少しブームがあり,
「あわててバットを出したけれど,ちょっ
とつまったな,今でも手にしびれが残っている」というような感じである。3Dテレビには
厳しい部分がある。それは奥行(深度情報)を表現するために,一般に他の解像度が犠牲に
なるという点である。例えば,BSやCSの3D放送で使われているサイドバイサイド方式で
は,水平方向の空間解像度が半分になっている(1図)
。また,フレームシーケンシャル方
式では時間解像度が半分になっている(2図)。
この他に,メガネ無しでさまざまな視点から違和感のない自然な映像を見ることのできる
像再生型のインテグラル方式がある(3図)
。インテグラル方式の研究をNHK技研でも相当
進めているようであるが,レンズアレイを使用しているので,スーパーハイビジョン用の8
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HDTV
4K・8Kテレビ
3Dテレビ
4図 テレビの進化
放送
同期
通信
5図 放送と通信の同期
規律の少ない
自由なサービス
番組準則
放送
境界
通信
6図 放送と通信の境界
Kのカメラを利用しても,まだ,SDTV(Standard Definition TV)の解像度に及ばないと
いうのが現状である。スーパーハイビジョンの8Kの映像は,人の目の分解能からすれば既
に限界を超えており,その点からは究極の2Dの映像システムと言えるが,3Dへ解像度を
振り分けるといった観点からすると,まだこれでは足りないということになる。つまり,2
Dシステムの更なる高解像度化が望まれる。
また,現行のHDTV,4K・8Kテレビ,3Dテレビを時間軸で考えたときに(4図)
,4
K・8Kテレビは,将来の自然な3Dテレビの実現をサポートする基盤技術になるといった
見方もできる。すなわち,4K・8Kテレビと3Dテレビは二者択一ではないと考えている。
4.2 スマートテレビ
産業界からは4K・8Kテレビの普及まで待てないといった話も聞く。この間を埋めるの
がスマートテレビである。私には,スマートテレビはアウトコースのスライダーに見える。
昨今,放送サービスと連動したアプリケーション(以下,アプリ)が注目されている。その
ポイントは放送と通信の「同期」である(5図)
。この同期によって,テレビを単にネット
に接続しただけのサービスではない,新しい魅力的なサービスが期待できる。
その一方で,番組準則という規律のかかった放送と,規律の少ない自由なサービスが提供
できる通信とのいわゆる責任分界をどうするのかという課題が出てくる(6図)
。放送と通
信のコンテンツが有機的に結びついて,連携サービスが深化すればするほど,この放送と通
信の境界をどう設定するのかが難しくなる。当面は,放送事業者が連動アプリを全て掌握す
ることでこの問題を回避しようとしているように見える。
連動サービスを含めて放送側が全てをコントロールすれば確かに問題はないだろう。しか
し,サードパーティーによるフレッシュな感覚のサービスも期待されており(7図)
,これ
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制御
サードパーティー
新しいサービス
放送
新しいサービス
7図 連動サービスの制御
操作
情報
8図 スマートホンやタブレットを使用する放送通信連携サービス
連動アプリ
HDTVの映像
(2K)
9図 同じスクリーンを使用する放送通信連携サービス
に対して放送事業者がそのようなアプリを制御することで,サードパーティーの自由な発想
を阻害する恐れが生じるのが気になるところである。
「斬新なサービス」と「放送の規律」の
間で絶妙なコントロールが要求されることから,昔の西武ライオンズの東尾投手が決め球と
していたアウトコースのスライダーを思い出した次第である。
現在のHDTVの画面には自由に使える面積のゆとりがない。そこで,連動サービスを別の
スクリーンで実行するのか,あるいは,同じスクリーンを使うのかという点からスマートテ
レビのサービスを分類してみる。
まず,別のスクリーンで連動サービスを提供する場合を考える。現在,スマートホンやタ
ブレットをリモコンやセカンドスクリーンに使うという動きがある(8図)
。通信サービス
をセカンドスクリーンで実行するのであれば,放送と通信の境界がはっきりするので,サー
ドパーティーへの情報提供のハードルをある程度下げても良いのではないか。ハイブリッド
キャストの技術仕様の第1版が完成し,これに基づいたコントロールのやり方によっては情
報提供のハードルが上がるので,その辺りについてもう少し考えても良いのではないかと思っ
ている。
次に,同一のスクリーン,例えば,4Kテレビ用の高精細ディスプレーで連動サービスを
実現する場合について考えてみる。4K用の高精細ディスプレーであれば放送のHDTV番組
を,例えば,高解像度化して約1.5倍で表示したとしても,L字型の空いたスペースで連動ア
プリを実行することができる(9図)
。この場合は,放送事業者が全てのサービスをコント
ロールすることを想定している。このように4K・8K用の高解像度ディスプレーは,スマー
トテレビの新しい展開を後押ししてくれる。つまり,3Dテレビの場合と同様に,スマート
テレビと4K・8Kテレビは二者択一ではなく,共に進んでいく技術であると考えている。
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(b)145型PDP
(a)85型液晶ディスプレー
10図
直視型のSHVディスプレー
視力1.0の視聴者
分解能=60画素
(1°
当たり)
臨場感飽和
画角80°
没入感獲得
画角100°
60×100<7,680 (8K)
8Kは究極の2D映像システム
11図
認知科学と画素数の関係
5.4K・8Kテレビ(夢から現実へ)
誰の夢かと言われるとこれは私の夢でした。6年前の高度BSデジタル放送方式を策定し
ていたときに,BSの21チャンネルか23チャンネルを使って4Kテレビの実験放送ができない
ものかと考えていた。残念ながら旧型の携帯電話との混信問題で,BSの21および23チャン
ネルがすぐには使えなかったことなどから,4Kテレビの実験放送は夢に終わった。
一方,8Kテレビ用の直視型のディスプレーについては当分無理だと思っていたが,2011
年の技研公開では85型液晶ディスプレー(10図(a)
)が,2012年の技研公開では145型PDP
(Plasma Display Panel)(10図(b)
)が展示された。「これは本当にきれいだ,8Kテレビ
もいける!」と直感した。
視力1.0の人の視覚の分解能は,画角1°
当たり60画素である。また,さまざまな実験結果
から臨場感や没入感を満たすためには,水平方向の画角が100°以上必要であることが分かっ
た。これらより,水平方向の画素数は6,000以上必要となるが,8Kテレビはこの画素数を超
えており,2Dの映像システムとしては十分である(11図)。
4K・8Kテレビを視聴者のご家庭に届けるためには,データ圧縮が必要である。そこで,
映像の符号化レートがどの程度になるかを試算してみる。
5.1 HDTV(2Kテレビ)
現在のHDTVは60i(インターレース走査)である。フルスペックのHDTVをMPEG­2
を用いて圧縮すると約16Mbpsになる(12図(a))。最近になって,フィールド単位の符号
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7,680画素
3,840画素
1,920画素
MPEG-2:16Mbps
AVC:42Mbps
HEVC:25Mbps
HEVC:100Mbps
(a)HDTV
(b)4Kテレビ
(c)8Kテレビ
12図 テレビの水平方向の画素数と符号化レートの関係
化モードを併用することでもう少し圧縮できるというコーデックが発表されたが,これは当
初から私もその可能性を指摘していた技術である。
5.2 4Kテレビ
4Kテレビは60p(プログレッシブ走査)が代表例になる。まず,2Kテレビ(60i)の符
号化レートを基準にして,MPEG­2をそのまま使用したと仮定すると,空間解像度が縦2
倍,横2倍で4倍に,また,走査がインターレースからプログレッシブになるので時間解像
度が2倍になる。しかし,60pでは60iより映像の相関が高くなるので,符号化レートの増加
率は時間解像度が2倍になっても,2倍よりも小さい1.3倍程度に収まると仮定すると,約
84(≒16×4×1.3)Mbpsになる。MPEG­4 AVC(Advanced Video Coding)/H.264(以下,
AVC)を利用すると更に約1/2に圧縮可能で42Mbps程度になる(12図(b)
)
。最新の映像符
号化方式であるMPEG­H HEVC(High Efficiency Video Coding)/H.265(以下,HEVC)
では,AVCの約1/2に圧縮可能と言われているが,HEVCは規格化直後であり,AVCの1/2
を達成するのは困難かもしれないので,符号化レートの削減率を0.6程度に甘く想定すると,
約25(≒42×0.6)Mbpsになる(12図(b))。
5.3 8Kテレビ
60pの8Kテレビを対象にした場合,その画素数は4Kテレビの4倍なので,HEVCを利用
すると約100Mbps(12図(c)
)となるが,100Mbpsでは,まだ実サービスには入れないとい
う感触を持っている。
では,どうすれば良いのか,私見を述べる。12GHz帯のBSのトランスポンダー1本を用
*2
変調した場合の正味の伝送レートは約70Mbpsである。
いて,8PSK(Phase Shift Keying)
また,16APSK(Amplitude and Phase Shift Keying)*3変調した場合の伝送レートは92
Mbps程度なので,このままでは16APSK変調を使っても8Kテレビを放送することはできな
い。
HEVCによる4Kテレビの符号化レートである25Mbpsという値や,8Kテレビの100Mbps
という値をもう少し小さくする必要がある。つまり,HEVCのAVCに対する符号化レート
の削減率を0.6と見積もってきたが,これを0.5にするように努力すれば良い。そうすれば,4K
テレビの符号化レートが21(=42×0.5)Mbpsとなり,8PSKでも3番組を放送することが
*2
搬送波に8通りの位相
のパターンを与えて送
信する方式。1つの状
態で3ビットの情報を
送ることができる。
*3
搬送波に16通りの振
幅・位相のパターンを
与えて送信する方式。
1つの状態で4ビット
の情報を送ることがで
きる。
可能になる。このとき,8Kテレビの符号化レートは84(=21×4)Mbpsになり,16APSK
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講演2
2表 4K・8Kテレビの技術基準(検討項目の例)
① 映像符号化
② フレーム周波数
③ 音声符号化
④ 音声チャンネル数
⑤ 所要ビットレート
⑥ 変調方式
⑦ 帯域幅
⑧ 回線稼働率
⑨ 多重化方式
⑩ データ放送
⑪ CAS
⑫ フレームフォーマット
⑬ クロマフォーマット
⑭ ビット長
⑮ 色域
で放送可能となる。NHK技研と事前に相談したわけではないが,今年の技研公開では,HEVC
のリアルタイムエンコーダーを用いて85Mbpsで符号化した際の映像が展示されており,そ
の付近の数値が目標になるものと考えている。
6.4K・8Kテレビの技術基準
4K・8Kテレビ用の新しい放送方式を策定するには,まず放送システム委員会で技術的
条件を取りまとめ,それに基づいて国が技術基準を定めるという手続きが必要になる。
4K・8Kテレビ放送の技術基準として想定される検討項目を,高度BSデジタル放送方式
の技術基準と比較する(2表)。以下は私見であり,これ以外の検討項目が追加される可能
性もあるが,黒字で記載した項目は大幅な変更がないと思われる項目,青字で記載した項目
は大きな変更あるいは追加修正がありそうな項目,赤字で記載した項目はサービスの実現に
向けてキーになると想定される項目である。①の映像符号化に関しては,本特集号の研究発
表「スーパーハイビジョン対応HEVCリアルタイム符号化装置」に,密接に関連する事項が
記載されている。また,⑨の多重化方式に関しては,その候補の1つにもなりそうなMMT
(MPEG Media Transport)の最新動向が,研究発表「次世代放送システムのメディアトラ
ンスポート技術」に記載されている。
技術的条件の検討スケジュールは以下のとおりである。
2013年5月15日に放送システム委員会で検討を開始した。6月には広く意見募集するとと
もに要求条件の検討まで進めたいと思っている。また,
「超高精細度テレビジョン放送シス
テム作業班」を5月15日に設置したので,作業班で精力的な調査・検討を進めてもらい,秋
頃にはその調査結果を受けて委員会で更に検討することになる。2014年1月下旬ごろには委
員会報告(案)を取りまとめ,その後,パブリックコメントの募集を1か月間行い,2014
年3月中旬ごろの委員会で最終的な委員会報告を作成する運びになる。2014年3月25日には
情報通信技術分科会の開催が予定されており,そこで私から委員会報告の要点と答申(案)
を報告し,審議していただいて,問題がなければ情報通信審議会から一部答申されるという
流れになる。
これまでの放送方式の技術的条件の審議と比較すると,タイトでチャレンジングなスケ
ジュールであり,多くの関係者のご努力やご協力がよりいっそう求められる。
7.まとめ∼4K・8Kテレビの実現に向けて∼
先に述べた野球の配球に例えると,4K・8Kテレビは,ど真ん中のストレートだと感じ
ている。
「どのようなサービスにお金を払いますか?」というアンケート調査では,
「高画質に対し
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てはお金を払ってもよい」という結果が多かった。4K・8Kテレビは,まずは時間的,経
済的に少しゆとりのある団塊の世代がターゲットになると考えている。私は団塊の世代より
少し下であるが,だんだん年を重ねてくると複雑な操作が苦手で面倒になる。最終的には,
操作が簡単で,美しい映像を容易に見ることのできるテレビへと回帰するのではないかとい
う気がしている。多くの人に早く本物の美しい映像を見せて,本物を体験してもらうことが
大切だとも思っている。
2013年5月2日に,4K・8Kテレビ,スマートテレビなど高度な放送サービスを実現す
るための「次世代放送推進フォーラム」が設立され,オールジャパンの推進体制ができた。
民間の標準化機関ARIB(Association of Radio Industries and Businesses:電波産業会)で
も「デジタル放送システム開発部会」で4K・8Kテレビの審議が開始されている。その傘
下の映像符号化,多重化,衛星デジタル放送,デジタル受信機の各作業班での検討も既に始
まっている。
最後に4K・8Kテレビの導入シナリオについて述べる。2014年には,比較的周波数にゆ
とりのある東経124°および東経128°のCSを使った暫定的な4Kテレビ放送が実施されるだろ
うと期待している。2014年6月に始まるサッカーのワールドカップに間に合うようにしたい。
放送の主体も個々の事業者ではなく,次世代放送推進フォーラムが有力である。トライアル
の意味合いが強い放送であり,開始までの時間的なゆとりもないので,上述した技術的条件
の対象にはならないと考えている。技術的条件の主たる検討対象は,2016年ごろに衛星基幹
放送として開始される予定の4K・8Kテレビ放送である。
この時期になると,衛星一般放送でも個々の事業者が4Kテレビ放送を実施したいという
要望が出ることも当然考えられるので,そのための技術的条件についても衛星基幹放送の検
討に合わせて検討する予定である。この衛星一般放送の技術基準は高度CSデジタル放送方
式の技術基準に,いくつかの追加・修正をする程度であろうと想定している。
これに対し,衛星基幹放送については高度BSデジタル放送方式の技術基準を元にするが,
相当な追加作業が必要になる。更には,衛星放送が始まると,当然それの再放送を行うケー
ブルテレビの話が出てくる。まだ,決定された事項ではないので何とも言えないが,そう遅
くはない時期にケーブルテレビ用の作業班を放送システム委員会に設置し,2014年の秋ごろ
にはケーブルテレビ用の技術的条件の一部答申も実施できれば良いと思っている。
これらのことが順調に進んだ結果,2020年ごろには4K・8Kテレビの放送が本格的に実
施されており,テレビ受信機も市販されていて,見たいと思う人が見ることのできる状況に
なっていることを期待している。
伊東
晋
東京理科大学教授。1976年,東京大学工学
部電子工学科卒業。1998年,東京理科大学
理工学部電気工学科教授。2002年,東京理
科大学理工学部電気電子情報工学科教授,現
在に至る。画像符号化とその関連分野の研究
に従事。1997年,郵政省関東電気通信監理
局長表彰,2002年,総務大臣表彰など受賞
多数。現在,映像情報メディア学会会長,総
務省放送サービスの高度化に関する検討会
スーパーハイビジョンWG主査,情通審情報
通信技術分科会放送システム委員会主査を務
める。工学博士。
NHK技研 R&D/No.140/2013.7
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