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第79回 A商事(育休後の復職予定 日以降の不就労)事件

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第79回 A商事(育休後の復職予定 日以降の不就労)事件
第79回 A商事(育休後の復職予定
日以降の不就労)事件
A商事(育休後の復職予定日以降の不就労)事件
(東京地裁 平27.3.13判決)
① 原告の復職予定日である平成25年6月17日から、被告が原告に出社
するよう通知した同年8月31日までの間において、原告が被告に出
社せず労務の提供をしなかったことについて被告に帰責性があると
認めるのが相当であるとした事例
② 被告が産休中の原告を退職扱いにし、本件退職通知を送付した行為
は、労働基準法19条1項および育児休業、介護休業等育児又は家族
介護を行う労働者の福祉に関する法律(以下「育児・介護休業
法」)10条に反する行為であると評価し得るところ、被告の一連の
行為は、労働基準法19条1項および育児・介護休業法10条に反する
違法な行為として不法行為に該当するとした事例
掲載誌:労経速2251号3ページ
※裁判例および掲載誌に関する略称については、こちらをご覧ください
1 事案の概要
本件は、被告A商事株式会社(以下「Y」)の従業員である原告(以下
「X」)が、平成24年8月13日から平成25年6月16日まで育児休業(以下
「育休」)を取得したところ、復職予定日である同月17日以降Yに出社し
なかった。
Xは、Yに対し、Xが出社しないことについてYに帰責性がある旨主張
し、XおよびY間の雇用契約に基づき、同日以降の賃金の支払いを求めると
ともに、Yが産前産後休業(以下「産休」)中のXに退職通知を送付するな
どした行為が違法である旨主張し、不法行為に基づく損害賠償(慰謝料、
250万円)を求めた事案である。
[1]本判決で認定された事実
概要は以下のとおり。
年月日
事 実
H20.9.1
X、Yに入社。
H23.10頃
X、妊娠が判明。
H24.1.31
X、Yの人事担当従業員であるB(以下「B」)同席の下で、Y代表
者と面談し、産休および育休を取得したいと伝えた。Y代表者は承
諾したものの、Xは、Y代表者がXの産休・育休の取得に非常に消
極的であると感じた。
H24.2.28
X、出産予定日が平成24年6月23日であることを前提に育休の取
得を申請。
H24.4.17
H24.5.14、
15
X、有給休暇、産休の取得を申請。
X、有給休暇を取得。
H24.5.16
X、産休を取得。
H24.6.17
X、出産。
H24.6.18
X、Bから電話で「Y代表者がXを退職扱いにしなさいと言ってきた
ので連絡した。」と告げられた。
H24.6.30
YからXに対し、平成24年5月15日付けでXを退職とする旨記載し
た退職通知(以下「本件退職通知」)が退職金3万2500円ととも
に送付された。
X、Yの専務に退職扱いの取り消しを求めたところ、専務から「社
長が『出産したら一度会社は終わりで産後に復帰したかったらそ
のときに再度面接をするからとXには話している。』と言ってい
る。」との説明を受けた。
H24.7.4
X、YないしBから退職扱いではなく産休・育休のままにする、復
帰の際には再度面接をすると伝えられた。
H24.7.25頃 X、Yから平成24年7月25日付けの育児休業許可通知(育休期間
「平成24年8月13日~平成25年6月16日」、職場復帰予定日「平
成25年6月17日」とする)の送付を受けた。
H25.4.1
X、Yに就労証明書の発行を依頼したところ、BはXに「社長からの
伝言で、就労証明書は受理できない、Xが産休に入る前に全部話し
てあるから。」と告げた。
Xは、Bに産休前の話と違うのでY代表者に確認するよう求めた
が、Bは「(Y代表者が)今戻って来られる状況じゃないと伝えな
さいと言っていた。」「雇えない理由は、補充人員で席がなく、
仕事がない。退職した方がいいと思います。」「もう一度働きた
いなら(Y代表者と)面接をする。それから雇うか決める。面接は
そのとき仕事があればする。」などと告げた。
H25.4.22
X、BにYの行為は実質解雇に当たると労働局に確認しているこ
と、解雇も復職も認めないのであれば補償金の請求をすること等
を伝えたところ、Bは、「あなたがもう一回仕事をしたければ来て
もいいよ。一応、新規に雇うことになりますが、よろしいです
か。」などとY代表者の言葉をそのまま伝えた。Xは、Bに「新規
に雇う」の意味を聞いた。
H25.4.26
上記「新規に雇う」の意味について、BはXに「社長より『詳細は
面接時にお伝えします。』だそうです。」と伝えた。
H25.4.30
上記「新規に雇う」の意味について、BはXに「社長より、『新規
に雇用は行っていません。やめた後の補充は終わっております。
それでも話を聞きたければ来れば。』とのことです。」と伝え
た。
H25.5.1
X 、労働局に対し、あっせんの申し出をした。Y側はBが出席した
が、不調により1回で終了した。
H25.8.7
X、Yに対し、労働審判を申し立てた。審判は、労働契約を合意解
約することを前提に、Yに対しXの給与1年分相当の支払いを命じ
る内容であったため、Yが異議を申し立てた。
H25.8.31
X、Yが代理人弁護士を通じて送付した、「YがXに対し、解雇の通
知、退職勧奨及び復職の拒絶をした事実はなく、再三にわたり面
談に赴くよう連絡をした。Yは、Xに対し、本書面到達後直ちに出
社するよう本書面をもって通知する。」などと記載された通知書
(以下「本件通知書」)を受領した。
H26.3.5頃
Y、Xに対し、平成26年3月5日付けの就労証明書を発行した。
[2]主な争点
本件の主な争点は、①平成25年6月17日以降XがYに出社していないこ
とについてYの帰責性の有無および②平成24年6月以降のYのXに対する対
応についての不法行為の成否である。
2 判断
[1]争点①:平成25年6月17日以降XがYに出社していないことについ
てYの帰責性の有無
本判決は、争点①について、主に以下の理由から、Xの復職予定日であ
る平成25年6月17日から本件通知書がXに到達した同年8月31日までの間
において、XがYに出社せずに労務を提供しなかったことについてYに帰責
性があるから民法536条2項によりXはYに対する賃金支払請求権を失わな
いとした。他方、本件通知書がXに到達した平成25年8月31日以降は、X
がYに出社しないことについて合理的な理由はなく、Yに帰責性が存するも
のとは認められないとして、Xの請求を一部認容した。
ア 平成25年4月1日のY代表者の発言は、同年6月17日にXが職場復帰す
ることを前提にYが育休を許可していることと整合せず、Xの質問に対し
て的確に回答していないことからすると、Xが、YがXの復職を拒否し、
またはXを解雇しようとしていると考えるのもやむを得ない。
イ (復職の際の面談のため出社を繰り返し求めたがXは応じなかったと
いうYの主張に対し)平成24年1月31日のY代表者との面談、Bを介した
平成25年4月1日や同月26日、同月30日の回答内容からすると、Xが「Y
の態度からして復職のための面談であると理解することができず、Yか
ら復職のために面接をするという話がなかったので、Yに出社しなかっ
た」と述べるのも理由がないことではない。
ウ Yは、Xが上記アの認識を有していることを把握することは可能であ
り、Xの誤解を解いて復職に向けた手続きが円滑に進むよう、復職のた
めの面談が必要であるから出社するよう明確に指示する必要があったの
に、本件通知書を送付するまで明確な指示をしていない。
エ (Yが速やかに就労証明書を発行しなかったため、Xが子を保育園等に
入園させることができず、Yに出社することができなかったというXの主
張に対し)遅滞なく就労証明書が発行されていたとしても保育園入園の
可能性はかなり低く、Xが家庭保育室など子を預ける方法を確保してい
たことからすると、Yが就労証明書を発行しなかったことと、XがYに出
社することができなかったことは関係ない。
オ 本件通知書がXに到達した後については、XがYに出社しない合理的理
由はないし、出社することが困難でもなかった。
[2]争点②:平成24年6月以降のYのXに対する対応についての不法行為
の成否
本判決は、争点②について、本件退職通知を送付した行為については、
労働基準法19条1項および育児・介護休業法10条に反する行為であると評
価し得るところ、Yは、産休中のXの意に反することを認識した上で上記行
為を行ったと認め得るし、仮にそのような認識がなかったとしても、Xか
ら退職扱いの取り消しを求められても直ちにこれを取り消さず、むしろ本
件退職通知をXに送付するというYの一連の行為には重大な過失があるか
ら、不法行為に該当すると判断し、精神的苦痛として15万円の損害を認め
た。
他方、平成25年4月以降のYの対応も不法行為を構成するというXの主張
については否定した。
3 実務上のポイント
労働者の産休や育休の取得に関する使用者の不利益な取り扱いについ
て、産休を含む労働基準法等の権利に基づく欠勤を賃金引き上げ要件であ
る出勤率に算入したことは無効としたもの(日本シェーリング事件 最高
裁一小 平元.12.14判決 労判553号16ページ)や、賞与の支給要件であ
る出勤率90%以上について、出勤すべき日数に産休の日数を算入し、出勤
した日数に産休の日数および勤務時間短縮措置による短縮時間分を含めな
いのは無効としたもの(東朋学園事件 最高裁一小 平15.12.4判決 労
判862号14ページ)があり、これらの裁判例は、権利行使を抑制し、法が
権利を保障した趣旨を実質的に失わせ公序に反するかどうかを基準として
いる。
また、最近の裁判例では、妊娠中の軽易業務への転換を契機とする降格
の違法性について、雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保
等に関する法律(以下「均等法」)9条3項は強行法規であると解した上
で、上記降格は原則として同条項の禁止する不利益取り扱いに当たり、①
労働者の同意があるか、②同項の趣旨および目的に実質的に反しない特段
の事情がある場合に同項の不利益取り扱いに当たらないとしたものがある
(広島中央保健生活協同組合(A病院)事件 最高裁一小 平26.10.23判
決 労判1100号5ページ。なお、育児・介護休業法10条も強行法規であ
るとの補足意見がある)。
さらに、下級審の裁判例には、産休および育休からの復帰時に、役割グ
レードを下位グレードに変更し役割報酬を減額したこと、成果報酬を機械
的にゼロと査定したことは人事権の濫用であるとしたもの(コナミデジタ
ルエンタテインメント事件 東京高裁 平23.12.27判決 労判1042号15
ページ)、3カ月の育休を取得したことを理由に翌年度の職能給の昇給を
させなかったことは育児・介護休業法10条で禁止する不利益取り扱いに当
たり、公序に反し無効であるとしたもの(医療法人稲門会事件 大阪高
裁 平26.7.18判決 労判1104号71ページ)がある。
本判決は、民法536条2項の帰責性について、育児・介護休業法4条、
22条等に照らせば、Yは、育休後の就業が円滑に行われるよう必要な措置
を講ずるよう努める責務を負うと判示している。使用者としては、育休復
帰日より前の言動により、使用者が労働者の復職を拒否または解雇しよう
としているとの認識を労働者に抱かせてしまうような場合には、そのよう
な認識を速やかに解いて円滑な復職のための措置を取らないと、労働者の
不就労について帰責性が認められ得ることに留意した上で、労働者に上記
のような認識を抱かせないよう、産休や育休の取得、産休や育休期間中の
対応について注意を払う必要がある。
また、労働者が、育休後の復職を希望しているにもかかわらず、使用者
がその意に反するような行為を行った場合には、不法行為になり得ること
にも留意する必要がある。
【著者紹介】
増田 慧 ますだ けい 森・濱田松本法律事務所 弁護士
2006年慶應義塾大学法学部法律学科卒業、2008年慶應義塾大学法
科大学院修了、2010年判事補任官、2015年「判事補及び検事の弁護
士職務経験に関する法律」に基づく弁護士登録。
◆森・濱田松本法律事務所 http://www.mhmjapan.com/
■裁判例と掲載誌
①本文中で引用した裁判例の表記方法は、次のとおり
事件名(1)係属裁判所(2)法廷もしくは支部名(3)判決・決定言渡日(4)判
決・決定の別(5)掲載誌名および通巻番号(6)
(例)小倉電話局事件(1)最高裁(2)三小(3)昭43.3.12(4)判決(5)民集22
巻3号(6)
②裁判所名は、次のとおり略称した
最高裁 → 最高裁判所(後ろに続く「一小」「二小」「三小」および
「大」とは、それぞれ第一・第二・第三の各小法廷、および大法廷に
おける言い渡しであることを示す)
高裁 → 高等裁判所
地裁 → 地方裁判所(支部については、「○○地裁△△支部」のよう
に続けて記載)
③掲載誌の略称は次のとおり(五十音順)
刑集:『最高裁判所刑事判例集』(最高裁判所)
判時:『判例時報』(判例時報社)
判タ:『判例タイムズ』(判例タイムズ社)
民集:『最高裁判所民事判例集』(最高裁判所)
労経速:『労働経済判例速報』(経団連)
労旬:『労働法律旬報』(労働旬報社)
労判:『労働判例』(産労総合研究所)
労民集:『労働関係民事裁判例集』(最高裁判所)
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