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発表要旨(PDF)
10 月 9 日(日)10:00-10:30 【若手研究者フォーラム】 〈分科会 1〉西洋美術A モーリス・ドニ作《バッカス祭》における 3 人の人物像を巡って 森 万由子(早稲田大学) 本発表では、19 世紀末から 20 世紀前半にかけてフランスで活動したナビ派の画家、モーリス・ドニ (Maurice Denis, 1870-1943)の《バッカス祭》に見られる彼独自の表現を指摘し、同作品の解釈を試みる。 《バッカス祭》は、1920 年、スイス、ジュネーヴの毛皮店「ベンガル虎(le tigre royal) 」からの注文を受 け制作された。ブリヂストン美術館所蔵の同名の作品はパネル制作のための下絵であり、完成作の装飾パ ネルは新潟県立近代美術館に所蔵されている。このように下絵、完成作の両方が日本に渡っている貴重な 作例であるにも関わらず、両作品はともに、これまであまり詳細な研究の対象にはなってこなかった。し かし日本で最も早く展覧会に出品されたドニの作品という点でも、十分に研究の意義があると考えられる。 本作では、特に画面前景の 3 人の人物に着目することで、単なる神話画の枠を越えた解釈が可能である。 発表者は、ドニが描いた他の作品との比較から、そこに見出せる人物を、ドニ自身の 2 人の息子と妻マル トの肖像であると考える。ドニは私的な作品においてのみならず、注文を受けて描いた作品の中にも、こ のように身の回りの人物を描き込むことがあった。 ここではキリスト教主題の導入も指摘できる。ドニは幼い頃より敬虔なカトリック教徒であり、少年か ら青年期にかけて美術館に通い特にルネサンス以前の宗教画に深い感銘を受けていた。また 1895 年以降は 繰り返しイタリア旅行に出かけ、同地で多くの作品を目にしている。そのような背景から、宗教画に限ら ず絵画を描く際、まず彼の中にキリスト教主題に見られる構図が浮かぶのは自然なことであったと考えら れる。本作において、2 人の子どもの体格差から連想されるのは、赤子のイエス・キリストと洗礼者ヨハネ であり、年少の子どもに寄り添うのは聖母マリアである。風俗画として描かれながら、構図や人物同士の 関係性にキリスト教の場面が喚起される作品をドニは多く制作しており、ここでも神話画の中に描きこん だ家族の姿に、さらにイエスや聖母のイメージを重ねたものと解釈できる。 先行研究において指摘されるように、ドニは宗教画に身近な人物の面影を重ねる、あるいは逆に家族の 肖像といった風俗画にキリスト教主題を重複させる手法により、聖俗の境界を越え愛するものの姿を描い た。本作においては、そこに神話という新たな要素が加わることで、主題を重層化するドニの表現は、さ らに独自性を増した特異なものに高められていると考えられる。