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第3回成年後見法世界会議について ~2014年ワシントン会議報告~
第3回成年後見法世界会議について ~2014年ワシントン会議報告~ 公益社団法人 成年後見センター・リーガルサポート 副理事長 杉山 春雄 1 はじめに ₂₀₁₄年 ₅ 月₂₈日から₃₀日まで、ポトマック川の北側に位置するアメリカの首都ワシントン D . C . で成年後見法世界会議が開催された。₂₀₁₀年横浜、₂₀₁₂年メルボルンに続いて第 ₃ 回目 となる今回の会議では、アフリカ大陸から初参加の南アフリカを含め₁₉の国と地域から、₃₅₀名 余り(日本からは大貫正男、髙橋弘、長谷川秀夫、宮本秀晃の各氏及び筆者の当法人会員司法書 士 ₅ 名のほか、弁護士、社会福祉士、大学教授ら総勢₂₄名が参加)の成年後見にかかわる法律・ 福祉の専門家や研究者などが一堂に会して活発な議論を交わし、相互理解を深める絶好の機会と なった。横浜宣言以降、国連の障害者の権利に関する条約(以下「条約」という。)₁₂条の精神 の実現に向け、従来型の「代行意思決定」から「支援付き意思決定」へ意思決定の意識が変貌す る中、今回の会議ではこれを敷衍して「人権」という視点からのアプローチによって、高齢者や 障害者の尊厳と自立を支援する後見人の本来の姿を問うものであった。 2 世界会議について 世界会議は、 ₃ 日間にわたって午前・午後の全体会議、 ₈ グループ₃₂の分科会において、障害 者の自己決定と支援のあり方などについて、多方面からの現状分析と比較研究の成果が発表され た。後見人の不正(横領等)防止のための監督、高齢者虐待の防止、ボランティア後見人の実情 など興味深いテーマを扱った分科会も少なくなかったが、紙幅の関係で全体会議のみを紹介する にとどめ、その詳細は当法人企画の隔月刊誌「実践成年後見№₅₃」の特集記事に譲りたい。 ⑴ 初日、新井誠教授から、横浜会議以後の日本における成年後見制度の現状と課題、条約への 対応、成年後見制度利用促進法の立法化の意義などが説明された。 次いで、デンゼル・ラッシュ判事からは、イギリスでは代行意思決定の基準ともいうべき「最 善の利益」(ベスト・インタレスト)を維持することが難しい状況にあるとの報告があった。条 約に基づく義務の履行に向けて政府が設置したシンクタンクによる会議で、最善の利益という考 え方はとらないことになったという。本人以外の者、まして本人の生き方を知らない親族以外の 後見人が本人に代わって他人の最善の利益を判断することはできないということのようである。 また、知的障害のある息子と介護を要する高齢の義父と同居するキム・デイトン女史(アメリ カ)は、自らの体験を通して、安全に対する一定の支援・配慮は必要であるが、障害者にも間違 った意思決定があっていい、後見は要らないと訴えた。成年後見関係者の会議にあって、「後見 の回避」を選択することの意味を問う異例のスタートとなった。 90 月報 司法書士 2014.10 No.512 ⑵ ₂ 日目、人権という視点から地域におけるコミュニティの問題が議論された。障害者問題を 扱う行政官シャロン・ルイス女史(アメリカ)は、障害の有無とは関係なく、人間は地域社会に 融合して生きていく権利が本来的に保障されていると明快に論じた。 次に登場したジェニー・ハッチ女史のケースは、ダウン症という障害があるだけで何もできな いとの烙印を押され、両親が施設に入れて後見人をつける申請をしたことから、裁判によって自 由を取り戻したこと、意思決定を支援する人と多くの友人、そして地域の支援を受けて力強く生 きる様子を涙ながらに語り終えたとき、ほとんどの参加者は一斉に立ち上がって最大級の賛辞と 拍手を行った。全米で話題となったこの事例は、後見人に包括的な権限を与えることが本人の能 力を剥奪し、人権侵害につながる危うさを教えるものであった。 ⑶ 最終日、日本と中国の成年後見法を比較検討するセッションでは、新井教授が登壇し、日本 の成年後見制度の改革の必要性を説き、グローバルスタンダードに後れをとらないためにも法改 正が必要と思われること、また、条約の理念を達成するには、後見・保佐・補助の ₃ 類型を改め ることを検討してはどうかとの具体的な提案があった。中国では、儒教思想が重視され、都市部 ではすでに地域コミュニティが機能しているということであったが、高齢者人口の増加、社会保 障費の財源など日本と同様の問題を抱えていることも明らかとなった。 3 東アジア分科会について 世界会議の前日(₂₇日)、日本成年後見法学会主催、当法人後援による特別セミナー(東アジ ア分科会)が開催された。このセミナーでは、文化や価値観を一定程度共有し、高齢化の進展や 家族機能の低下といった共通の課題に直面しながら、成年後見制度の具体的内容についてはなお 相違が存する、日本、韓国、香港及び台湾の学者や実務家、更に欧米諸国からも複数のコメンテ ーターを招いて開催された。それぞれ成年後見制度の現状と課題についてのプレゼンテーション 後、①東アジアで任意後見の利用が少ない理由、②親族の役割と法定後見制度(親族は後見から 解放されるべきか)というトピックについてのディスカッションも行われた。 4 まとめ 条約₁₂条では、条約締結国がその義務履行のためにとった措置を報告する必要があり、条約に 基づき設置された「障害者の権利に関する委員会」がその報告を受けて勧告できることになって いるが、今回の会議は、そうした法整備が着々と進んでいる国からの報告を受け、支援付き意思 決定が世界の潮流となったことをメルボルン会議以上に実感させるものとなった。 その一方、後見の回避とか最善の利益からの脱却となると、その性急さに戸惑いを覚えてしま うのは、知的・精神障害者の問題からスタートした欧米中心の世界と、伝統的に高齢者を中心に みる日本との違いかもしれない。代行意思決定の評価をめぐっては、今後一定の見直しがあると みられるが、行為能力を画一的に制限する後見類型が全体の ₈ 割以上を占める我が国の現状に照 らすと、条約の批准によって日本の成年後見制度はこれからが正念場となる。次の世界会議は、 ₂₀₁₆年 ₉ 月、ドイツ・ベルリンでの開催と決まった。それまでに日本の成年後見制度がどこへ向 かうのか、その舵取りに引き続き注目していきたい。 月報 司法書士 2014.10 No.512 91