...

ブレークスルーの瞬間 第1回

by user

on
Category: Documents
28

views

Report

Comments

Transcript

ブレークスルーの瞬間 第1回
壁にぶち当たる。それを乗り越える。
人はそれを繰り返して成長していくのだろう。
ブレークスルーの
瞬間
乗り越えた壁の向こうに何が見えるのか。
目の前の壁にどう挑むべきなのか。
01
壁を乗り越え、何かを手に入れた
ギャラリスト
小山 登美夫
その人が語る、ブレークスルーの瞬間とは。
To m i o K o y a m a
日本発の才能を日本で認められる環境を作りたい
日 本 人 ア ー ティストの 作 品 に 世 界 が つけ た 値 に 、当 の日 本 人 が 驚 い た 。
村 上 隆 氏 の 作 品 は 、そんな 風 にし て 話 題 になった 。彼 をプ ロデ ュ ー スし た のは 、
小 さなギ ャラリー の オ ー ナ ー 。見 事 なブ レ ークス ル ー 、と 思 いきや 、
彼 はまったく満 足し ては い な か った 。さてそのココロは … … 。
Te x t : A k i r a Yo k o t a
P h o t o g r a p h : Y u k i o Yo s h i n a r i
欧米の美術市場で高値を呼ぶ
新進作家を生んだ画商の壁
商と表記した方がわかりやすいだろう。ただし、一枚数億円の名画
を右から左に動かして口銭を得る、バブル時代のそれとは違う。小山
氏は村上氏のような新しい才能を世に送りだし、認めさせる、いわば
プロデューサーとしての手腕で脚光を浴びている。
現 代 美 術を身 近な存 在と思う方は、少数 派かもしれない。しか
なにしろ彼が村上氏同様に売り出したもうひとりのアーティスト、
し、村 上隆のオタクアートと言われれば「ああ、アメリカのオーク
奈良美智氏もまた、ニューヨークのオークションではすでに数百万
ションで凄い値がついた……」と思い当たる方も多いだろう。バスト
円の値がつけられているのである。ブレークスルー、壁を破るという
とヒップを強調した、美少女アニメから抜け出したようなフィギュア
意味では、すでに立派な成功者だろう。
(人形)に、日本円にして4000 万円以上の値がついたことは新聞記
ところが、小山氏は「とんでもない。私は今まさに壁の前でもがい
事にもなった。立体造形だけでなく、村上氏の作品は版画や絵画な
ているところなんですよ」と言う。新しい才能を見いだす伯楽として
ど多岐にわたる。かのルイ・ヴィトンが新作のテキスタイルデザイン
世界に認められ、次の村上、奈良を目指すアーティストの売り込み
を彼に依頼したニュースも記憶に新しい。
が経営するギャラリーに引きも切らない身でありながら、小山氏はま
その村上隆氏の作品を世界に発信する役割を果たしたのが、ギャ
だこれから壁を越えるのだ、と言い切るのである。
ラリストの小山登美夫氏。ギャラリスト、と呼ぶよりも、昔ながらに画
「たしかに村上さんの作品は世界で認められたけれど、では、日本
FIND Vol.22 No.1 2004
3
この 3 点はいず れも03 年に小山 氏のギャラ
リーで初の個展を開催したアーティストたち
の作品。氏が期待をかける新人だ。左の三宅
信太郎氏は、着ぐるみでアーティスト自身が
作品を制作するパフォーマンス。中の川島秀
明氏のキャラクターは見るものに強いインパク
トを与え、右の工藤麻紀子氏は正統派の技量
を感じさせる。三者三様の個性派ぞろいだ。
三宅信太郎 Fluffy
2003 Installation view
at Tomio Koyama Gallery 2003
川島秀明 patience 2003 acrylic ,
pencil on canvas 53.0 × 53.0cm
colour
工藤麻紀子 ザワザワ 2002
canvas 116.7 × 116.7cm
oil, collage on
国内に彼のような新しい才能を認める土壌やマーケットができてい
ない背中合わせの関係を、上手に生かしたんですよ」
るか、と言えばそんなことはありません。ノーベル賞もそうだったで
では、ここ日本ではどうなのか。「残念ながら、国家規模での行動
しょ。日本人が気づかなかった田中さんの業績を、世界が認めて初
は、まだまだ期待できない状況ですね」というのが小山氏の悩み。
めて日本人も評価した。そうではなく、日本人の仕事が、きちんと日
「日本のアーティストの作品を日本の誇る商品とするためには、アー
本で認められたうえで世界でも評価されるようにならなければ、本当
カイブ(公文書)として収集することから始めなければなりません。
に壁を越えたことにはなりません。村上さんや田中さんの登場によっ
フランスなどではそれができていて、国家予算で若いアーティストの
て、今はようやく、そういうシステムを作る機運ができつつあるとい
作品を買い集めているし、アメリカは世界のアーティストの作品をい
うところなんです」
ち早く抱え込み、美術館で見せることを責務だと考えている。ところ
まだ 20 代だった 90 年に村上氏と出会った小山氏は、彼ら同世代
が、日本では美術館の学芸員やキュレーターに権威がなく、自身の
作家を売り出す場を求めて96 年に自分の画廊を持つ。しかし、彼自
目を信じて作品を集める体制にないし、税金で買うんだから評価の
身が言うとおり、日本国内には村上氏のような若いアーティストを評
定まった作品でなければ、といった発想もあって、若いアーティスト
価し、値をつける市場が存在しない。西洋の名画は数億円で購入し
の作品は買ってくれない」
ても、国内の新進作家の将来性を買う美術館や企業は存在しなかっ
国家レベルでそういう状態だから、民間のギャラリーも新しい才能
た。そこで海外のアートフェアを回って売り込みに励み、ついに先の
の発掘に貪欲になれない。小山氏のギャラリーにしても、国内の愛好
評価を呼び込んだのである。
家相手だけでは無理。海外へ村上氏らの作品を売ることで、ようやく
アーティストの、そしてギャラリーのマーケティングという意味で
経営が成り立っているという。これでは新進アーティストが日本の文
は、それで十分成功だったはずだ。しかし、小山氏はそれをけっして
化の一角として国内で正当な評価を受けることも難しいだろう。
ゴールと考えてはいない。
「欧米の人々は、自分の目を信じてます。自分の目が歴史を作れる、
「アートというのは、歴史化されるべきものなんです。ゴッホでもル
と信じている。もちろんそのためには努力もしているのだけれど、結
ノアールでも、歴史の中に位置づけられて、初めて名画と認められ、
局それは、自分が出会った人材をどうジャッジしていくのか、という
文化になった。村上さんの作品も、当初はオタクアートと呼ばれて一
ことなんだと思うんです」
部のマニアに愛されていたけれど、村上さんはそうした作品を制作
じつは村上氏の作品を初めて見たときの小山氏の感想は「なんだ
しながらも、歴史の中に自作がどう位置づけられていくべきかを自覚
かわからない」だったという。しかし、自身、東京芸大で美術史を学
していた。だからこそ、評価されたんです。彼らの作品を売る立場に
び、美術のフィールドを広い目で見てきた小山氏は、その作品を世
ある僕らも、その才能をどう歴史に位置づけていくか、それを考えな
界のどの位置に落とし込むべきかが見えたという。だからこそ、狭い
ければならないし、日本のアーティストを世界の歴史に残していくた
日本の市場ではなく、世界に道を求めた。と同時に村上氏というアー
めには、もっと国家的なシステムを作っていかなければならないんで
ティストへの共感、人間としてのつながりもまた、彼を動かす原動力
すよ」と、壮大な展望を抱いているのである。
になった。
ふ か ん
専 門 分 野 を 俯 瞰 する目と
出会いを面白がれる感性
「たぶん、どんな仕事でも同じでしょう。自分が出会ったことやして
いる仕事を面白いと思えるかどうか、感動できるかどうか。出会いを
面白がれる、感動できる自分であり続けることが、ジャッジの基準な
アートを歴史化するとは、なにもルネッサンスやアールヌーボーと
いった古い話ではない。今、生み出されている現代の作品がやがて
歴史の中でどう評価されるかを意図的に、あるいは意志的にコント
ロールすることだ。
「アメリカという国は、そうしたシステム作りがやはりうまいですね。
マーケティングの発想を持ち込むことで、アートを歴史に位置づけ
ていく方法論をドラスティックに変えた」
要するに、アートを国のレベルで商品として位置づけ、値をつける
マーケットを確立することで、後世に語り継がれる作品を輩出するシ
ステムを生み出したのである。
「ロスコとかポロックといった、世界のアート市場で数億円の値で取
引される抽象画は、彼らが国家として見事に作り上げた商品なんで
す。アートは歴史であるとともに、商品でもある、という切っても切れ
4
村上隆 ポリリズム Polyrhythm
1990
symthetic resin, stainless steel, Tamiya 120 × 180 × 12.5cm
©1990 Takashi Murakami/Kaikai Kiki All Rights Reserved.
FIND Vol.22 No.1 2004
ブレークスルーの
瞬間
01
んだと思うんです」
前にある壁。しかしそれをブレークスルーする日も遠くはないだろ
自分の専門分野への広い目配りと、目の前の人物や仕事を面白がれ
う。要は私たちがアートを素直に面白がる気持ちを持てればいいの
る感性。それが、自分の目を信じて世界に認めさせる力になったのだ。
である。
もっと 気 軽 に ア ートに 触 れ る
そ ん な 環 境 を 作りた い
そこで小山氏に質問した。「アートを見る目を肥やすにはどうした
らいいですか?」
「まず、いいギャラリーを見つけることです」というのが答えだ。「作
品で選んでもいいし、オーナーで選んでもいい。とにかく気軽に見に
「国家規模でのシステムは当分難しいけれど、日本には可能性は十
行ける、行きつけのギャラリーを作って通ううちに、自分の好きなも
分あると思っているんです」と小山氏は言う。
のを見つければいいんです」
「だって、日本ではゴッホやミロを誰もが知っている。欧米では一部
初めてギャラリーに足を運んでも、展示してある作品の良さはすぐ
の金持ちしか知らないですよ。つまり大衆の美術的な教育レベルは
にはわからないかもしれない。なにしろ当の小山氏自身、初めて村上
非常に高いんです。しかも、日本にも美術館はたくさんあるし、いい
作品に触れた感想は「なんだこりゃ」だったのだ。取材当日、ギャラ
ギャラリーも増えている。それがうまく機能すれば、きっと面白くなる
リーに展示されていた奈良氏の作品もそうだろう。スネたような目の
と思うんです」
少女のイラストはマンガチックなタッチで、しかも使い古した社用封
その可能性を信じて、小山氏は同じ志を持つギャラリーとの連携
筒の裏に書いてあったりする。
を試み、代々木と銀座に、レコードショップのように気軽にアートを
けれど、難しい講釈などいらない。肩肘張らずにたくさんの作品を
買えるショップも開いた。庶民には縁遠い高価な芸術としてではな
見て、その中から自分らしい、好みのアーティストが見つかれば、そ
く、気に入った作品を気軽に買ってもらえる環境を作ることで、新た
れが自分の目。ちなみに「エンジニアの方には、アートのコレクター
な村上、奈良が登場する土壌を日本国内に育てようとしているのだ。
はけっこう多いですよ」だそうだ。
「そうやって、まず国内に産業としてのアートを成立させないと、何
まずは気軽にギャラリー巡り。その第一歩に永代橋のたもとにある
も始まらないですからね」というそのチャレンジこそ、今、小山氏の
小山氏のギャラリーを訪れてみてはいかがだろう。
P R O F I L E
小山登美夫
小山登美夫ギャラリーオーナーディレク
ター。1996 年に江東区佐賀町に小山登
美夫ギャラリーを開廊(本年から、新川
に移転)。村上隆、奈良美智、ポールマッ
カーシーをはじめ、国内外問わず気鋭の
現代美術アーティストを数多く取り扱う。
小山登美夫ギャラリーホームページ
http://www.tomiokoyamagallery.com/
FIND Vol.22 No.1 2004
5
Fly UP