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創造的な学びの場づくりと メディアの役割

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創造的な学びの場づくりと メディアの役割
Studies of Broadcasting and Media
■インタビュー■
創造的な学びの場づくりと
メディアの役割
石戸奈々子(NPO 法人 CANVAS)
1 子どもたちの創造力を育むために
知識の記憶から価値の創造へ
かんじる力・かんがえる力・つくる力・つたえる力
2 場づくりをする,ネットワークをつくる
チルドレンズ・ミュージアムがモデル
日本全体をメディア化する 子どもたちに「学ぶことが楽しい!」体験を
3 表現のツールとしてのデジタルメディア
デジタルメディアも選択肢の 1 つ
良質なコンテンツとしての「デジタルえほん」
学びが変わる「デジタル教科書」
4 学校・家庭・地域をつなぐメディア
「子どもたちの学び」をシームレスにつなぐ
石戸奈々子(いしど・ななこ)
NPO 法人 CANVAS 理事長,慶應義塾大学准教授,株式会社デジタル
えほん代表取締役。総務省情報通信審議会委員などを兼務。東京大学
工学部を卒業後,マサチューセッツ工科大学(MIT)メディアラボ客
員研究員などを経て,2002 年に子ども向け創造・表現活動を推進する
NPO「CANVAS」設立。
主な著書:
『デジタル教育宣言 スマホで遊ぶ子ども,学ぶ子どもの未来』
(KADOKAWA/ 中経出版,2014 年),『子どもの創造力スイッチ ! 遊び
と学びのひみつ基地 CANVAS の実践』(フィルムアート社,2014 年)
インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
新
しいメディアが次々と生まれ、それが教育の中で利用されることは、今後
さらに広がっていくであろう。子どもたちが 1 人 1 台のタブレット端末な
どの機器を使いながら、学びを広げる姿も少しずつ見られるようになってきている。
そうなるとメディアを使いこなし、表現・発信していくメディア・リテラシーも今
まで以上に必要となってくる。
こうした時代背景の中、改めて子どもたちに必要な力を考えるとき、
「創造する力、
表現する力」は欠かせない。メディアをよりよく使いこなすことで、子どもたちが
より自分らしさを表せるのではないだろうか。
NPO 法人 CANVAS はワークショップにデジタルメディアを積極的に取り入れな
がら、子どもたちの創造力を育む活動を続けている。代表の石戸奈々子さんに、創
造的な学びの場づくりのために、メディアに何ができるかを聞いてみた。
1
子どもたちの創造力を育むために
知識の記憶から価値の創造へ
――デジタル時代の子どもたちにはどんな力が必要なのでしょうか。
石戸 これまでの教育はより多くの知識を得ることに評価の力点が置かれて
いました。詰め込み・暗記型がよしとされていました。そして
「正解の決まっ
た問題」においていかに迅速に解にたどりつくのか,ということが最優先さ
れてきました。それは,画一的なものを大量に生産する工業社会では,その
ような能力が求められてきたからです。でも,情報があふれる国際社会では,
「異なる背景や多様な力を持つ子どもたちがコミュニケーションを通じて協
働し,新たな価値を生み出す力」が求められます。つまり,コンピューター
には決して代替できない創造力とコミュニケーション力こそが求められてい
ると思います。それに応じて,学びは「詰め込み・暗記型」から,「思考や
創造,表現型」へ変化していかなくてはいけないのではないかと考えていま
す。そしてこれからの新しい学びは,これまでのように学校や家庭任せにす
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るのではなく,子どものための新しい学びの場を考え,環境をつくっていか
なければならない。産官学連携によって子どもたちの創造的な学びの場をつ
くること。これが,CANVAS を始めた理由です。
かんじる力・かんがえる力・つくる力・つたえる力
――子ども自身の創造力を育むということと,そのための場をつくるという
2 つの課題があるということですね。まずは,子ども自身の「つくる力」に
ついて教えてください。
石戸 普段は主体的で協調的で創造的な学びとして,ワークショップ形式の
いろいろな「つくる」プログラムを提供しています。21 世紀を生きる子ど
もたちに必要な力については,創造力,コミュニケーション力,課題解決力
など言い方はそれぞれですが,私自身は「かんじる力」
「かんがえる力」
「つ
くる力」「つたえる力」という 4 つに分解して,それらが総合的に育まれる
ような学びを提供したいと考え,プログラムの開発をしています。
最近では「プログラミング学習」が人気です。
その背景としては,イギリス,フィンランドな
ど諸外国で必修になったことや,政府の成長戦
略の中で記載されたことなどがあります。盛り
上がってくると,産業人材育成としてプログラ
ムを提供している所も出てくるのですが,私た
ちは,そのような観点でプログラミングの力を
育もうとは思っていません。あくまで,子ども
たち自身の,新しいものを生み出す力を支える
ものとして,いわば「読み書きそろばん」と同
様にプログラミングスキルがあると考えていま
す。いまでは,コンピューターがパソコンを超えて,あらゆるモノ,分野,
環境に溶け込んで定着し,それらを制御するものとなっています。ご飯を炊
くときも,洗濯をするときも,銀行でお金を下ろす時も,生活・文化・社会・
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インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
経済のあらゆる場面で,私たちの生活をコンピューターが支えていて,そし
てそれらの仕組みはすべてプログラミングによって生まれています。だから
こそ,コンピューターに関する原理的な理解があるかないかによって,社会
のありとあらゆる場面における対処能力が,大きく変わってくると思うので
す。プログラマー養成でも産業人材養成でもなく,まさに生きていくうえで
の力をつけるということ,新しいものを生み出せるということが,人生その
ものを豊かにすることであり,生きるということだと思っていますから。
――新しいものを生み出す力こそ価値があると考えるようになったのはどう
してでしょうか?
石戸 身の回りのものはすべて誰かがつくったものですよね。いつの時代も,
新しいもの,未知のものへの憧れや夢を追い求めて,それを形にしていくこ
とで豊かになってきたわけですよね。空を飛びたいとか,月に立ちたいとか,
遠くの人と話をしたいとか,子どもの時の夢を追い続けた人が飛行機やロ
ケットや携帯電話などを生み出し,未来を生み出してきたと思います。
2
場づくりをする,ネットワークをつくる
チルドレンズ・ミュージアムがモデル
――そこで,子どもたちが 4 つの力をつけるための場づくりということにな
るわけですね。
石戸 そうですね。今という時代は,課題解決力もさることながら,課題を
見つける力も求められています。社会の課題がより多岐にわたり,より複雑
化している。1 人の専門家が何でも解決できるような時代ではなくなってい
ます。教育や学びという分野でも同様で,学校など,ある 1 つの機関にお任
せでいいわけがない。CANVAS の活動を推進する上で,欧米のチルドレン
ズ・ミュージアムは参考にしました。例えばあるチルドレンズ・ミュージア
ムは,行政が土地を提供して,企業の寄付金で建物を建て,近隣の小学校か
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ら授業の一環としてワークショップを受けに来る。ワークショップのファシ
リテーターは市民のボランティアが務めていて,市民がボランティアに参加
すると地域の施設の割引券がもらえるというように,地域資源を回しながら,
地域で子どもたちを育むという仕組みの上に成り立っているのが,とても印
象的でした。もともと CANVAS も学校で活動をしたいと思っていたのです
が,活動を始めた当初,なかなか学校には入れませんでした。そこで,課外
活動から始めて,社会での学び,家庭での学び,学校での学びをうまくつな
いでいけないか? と考えました。
―― CANVAS 自体は,ミュージアムのように固定的な場所があるわけでは
ありませんよね。
石戸 場を持たないというのは当初から決めていました。日本中の子どもた
ちに創造的な学びの場を提供していこうというのが私たちのミッションです
から,自分たちが場を持ってしまうとその運営に力を取られてしまう。それ
は避けたかったというのがあります。そこで,広げる仕組みづくりをいろい
ろと考えました。チルドレンズ・ミュージアムの老舗でもある「ボストン・
チルドレンズ・ミュージアム」は,
ミュージアムの中で行われているアクティ
ビティも面白いのですが,そのほかに,
ミュージアムのワークショップをパッ
ケージ化して学校に貸し出すというシステムがありました。それを参考にし
て,ワークショップのパッケージ化,ファシリテーターの育成をし,子ども
たちが集まる学びの場に提供することに取り組んできました。プログラムと
人材と場をマッチングする活動です。学校,児童館,保育園や幼稚園,時に
文化施設や商業施設だったりします。これまで延べ 320 施設に導入してきま
した。
また,情報を一元的に管理するプラットホーム機能が必要ですから,
CANVAS 自体はウェブサイトとしてその役割を提供し,年に一度は,新し
い学びの場を伝える普及啓発イベントを開催していこうということにしまし
た。それで始めたのが,ワークショップの博覧会イベントであるワークショッ
プコレクションです。全国の大人の皆さまにワークショップコレクションに
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インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
ワークショップコレクション
コマドリアニメワークショップ
お越しいただき,ぜひ自分の地域に持ち帰って,各地域で展開していただき
たいという意図です。2013 年のワークショップコレクションには,2 日間で
10 万人が集まり,1 つの場所での開催の限界を感じました。そこで 2014 年
からは,
「ワークショップコレクション」にあわせて,全国で同時にワーク
ショップを開催することで,日本中で盛り上げていけないだろうか? とい
う趣旨で,クリエイティブキッズデイという企画を始めました。
ワークショッ
プコレクションに参加する子どもたちの「創る」を応援する年に 1 度のお祭
りです。その時ばかりは日本中を子どもたちのキャンバスにしてしまおう!
という試みです。初回にも関わらず約 150 のワークショップが参加してく
れました。
日本全体をメディア化する
――CANVAS 自体は場所を持たず,ある種のメディアとして,広げ,つな
いでいくということでしょうか。
石戸 そうなんです。CANVAS ですべてを担うということではなく,各地
域で,自律分散的に活動するネットワークをつくり,情報を共有し,人脈を
共有するということを目指してきました。日本全体をメディア化していこう
ということでもありますね。
そのとき力を持つのが,子どもの力です。子どもには求心力があります。
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子どもが中心にいることで,学びの環境づくりだけでなく街づくりにもつ
ながります。子どものためにということで地域の人が一体感を持ちやすい。
地域一丸となって子どもの学びを考えることを通じて,もう一度,地域コ
ミュニティをつくり直すことができるという感覚を持ちました。13 年間の
CANVAS の活動の中で,子どもが中心にいることで,学校も,家庭も,地
域もつながっていくという実感を覚えました。イベントは一過性のものです
が,結果的に,学びの場を継続的に地域で支えることにつながっていけばい
いと思います。私たちの活動が,地域の人が主役になって継続的に学びの場
をつくり続けるきっかけになればうれしいですね。
――ワークショップコレクションを始めたきっかけはどんなことでしょうか。
石戸 当時は「ワークショップ」と言っても「勉強会と言い換えてもいいで
すか?」と言われたりしました。ワークショップコレクションは,デジタル
時代の新しい学びをファッションショーのようにポップに伝えられないか?
という趣旨で始めました。ですから,ここで扱うワークショップはすべて能
動的につくり,見せ,コミュニケーションを取るタイプの活動で,産官学の
さまざまな主体が提供しています。ワークショップコレクションは創作・コ
ミュニケーションの祭典なのです。
私自身は,MIT メディアラボで習った「頭で考えるだけではだめ,必ず
形にしなさい,必ず実現しなさい」というスピリッツに大きな影響を受けま
したが,子どもたちにも想像する心と,それを創造する,実現する力を持っ
た人になってほしいと強く願っています。子どもたちに創造的な学びの場を
届けることが「ワークショップコレクション」の目的ですが,当初は,
「アー
ティストを育てたいんですね」とか「天才を発掘したいんですか」と言われ
ました。同様に今でも「プログラミング学習」というと「ああ,
プログラマー
を育てたいんですね」と言われます。
そうではなくて「ワークショップ」を通じて,
「プログラミング」を通じて,
課題を発見し,解決する力,他者と協働して新しいものを生み出す力を育て
たいわけです。すべての子どもたちのクリエイティビティの底上げ活動をし
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インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
ていると思っています。
子どもたちに「学ぶことが楽しい!」体験を
――ワークショップの具体的な内容を教えてください。
石戸 例えば,毎年夏休みには「サマーキャンプ」を開催しています。子ど
もたちは,大学のキャンパスに 3 日間通い,子どもたちだけで映画やアニメ
を 1 本つくります。粘土をつかったクレイアニメーションであれば,キャラ
クターをつくりストーリーを考え 1 コマずつ撮影し編集するまで,すべての
工程を初めて会う子どもたちが 4 人 1 組となって,子どもたちだけでやる。
もちろん 4,5 人に 1 人,ファシリテーター役のお兄さん,お姉さんがつい
て手助けはしますが,基本は子どもだけです。3 日間でロボットをつくると
いうプログラムもありました。
保護者からの反応で多いのが,生活態度が良くなったというものでした。
「授業中に手を挙げられなかった子が積極的に手を挙げるようになった」と
か,
「家庭での食事中の会話が増えた」とか「朝,
1 人で起きられるようになっ
た」などです。サマーキャンプを通して,子どもたちが新しく出会った友達
に刺激を受け,チームで 1 つのものを創り上げる達成感,プチ成功体験を味
わって自己肯定感が高まり,いろいろな物事に対して意欲的になったのだと
思います。
OECD の調査などでも,
日本の子どもたちは「勉強は楽しくない」とか「算
数が役に立つとは思わない」というネガティブな回答をしていますよね。や
る気やモチベーションが低いのが問題なので,ワークショップを通じて,学
ぶことが楽しいという感覚を養ってもらいたい。自ら学び続ける意欲を培っ
てほしいと考えています。
――クレイアニメを上手につくることが目的ではなく,クレイアニメをつく
ることによって,これまで表現できなかったことが表現できるようになるこ
とが大事だということですね。
石戸 そうなんです。ものをつくる時には,さまざまな知識が必要になりま
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すね。子どもたちはそれまで,算数や理科や国語などの教科で学んでいるこ
とが実際にどう役に立つか,実感できていなかった。これまで断片的に学ん
できた知識を統合し,活用することで応用力,総合力を身につけることがで
きるようになります。また,手足を動かして考えることにより,思考が身体
化し,抽象的な思考から一歩飛び出し,自分でもそれまで気がつかなかった
ことに気づかされ,アイデアを生み出しやすくなると思います。知識は覚え
るだけでは定着せず,それを自分の中で咀嚼して利活用できるようになって
はじめて「知識」として蓄積されていきます。これまで学んできたことを俯
瞰して,再構築して,自分の文脈の中で表現をする。こうすることで子ども
たちは役に立つ知識を身につけていくのではないでしょうか。
3
表現のツールとしてのデジタルメディア
デジタルメディアも選択肢の 1 つ
――ワークショップのアクティビティではデジタルメディアの占める比率が
高いように思いますが,意識してそうされているのですか。
石戸 創造力や想像力,コミュニケーション力はいつの時代でも重要だった
とは思いますが,情報化社会になり,そういったものが今まで以上に大事に
なってきています。知識や情報自体が誰でも簡単に手に入れることができる
時代には,それらを使って何を生み出すかが問われています。その意味で私
たちの活動と情報化には密接な関係があります。とはいえ,デジタルメディ
アは表現や創造行為のツールの 1 つでしかありません。プログラムの内容は,
アナログのときもデジタルのときもあります。デジタル偏重ではなく,手段
として適宜,自分が表現したいこと,つくりたいことに適したツールを使え
ばいいというのが基本スタンスです。
一方で,新しいテクノロジーを活用したプログラムやワークショップが少
ないのも事実ですし,新しいメディアにはどうしてもマイナスイメージがつ
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インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
きまとう。テレビが出てきたときは「総白痴化」
,ゲームは「ゲーム脳」と
いう言葉で否定されましたし,携帯電話は子ど
もに持たせるなとも言われました。今は,情報
端末を 1 人 1 台持って学ぼうという「デジタル
教科書」も,OECD 加盟国の中で,日本だけが
賛否両論の議論をしています。こうした状況の
中で新しいテクノロジーを,消費のためのツー
ルではなく,子どもたちにとって新しい生活ス
キルを身につける学びのツール,創造のツール
としての使い方を示していかなければいけない
と思っています。私自身,新しいテクノロジー
が生み出す表現領域やコミュニケーション分野
を開拓したいという意識が強いので,テクノロジーの利用は意識もしていま
す。ただあくまで,デジタルメディアも選択肢の 1 つに過ぎません。粘土が
あって,クレヨンがあって,紙があって,タブレットがあって,スマートフォ
ンがあって,パソコンがあるということでしょう。
――デジタルだ,アナログだと言っているのは大人の発想で,子どもたちに
とっては全部目の前にある道具にすぎないということですね。
石戸 そうですね。特に新しいメディアは,情報発信やコミュニケーション
としては爆発的な威力を発揮します。子どもでも世界中に発信し,海外の
人と交流できるツールです。ただ,表現のツールとしてはまだまだ未熟です。
特に小さな子どもにとっては,クレヨンで絵を描いたり,粘土をこねるほう
がずっと楽しく,夢中になれる。ただしそれはデジタルメディアが表現ツー
ルとして劣っているということではなく,単に未成熟だからだと思っていま
す。表現ツールとしてデジタルメディアを成長させていくのは子どもたち世
代の役割でしょう。大人の役割は,デジタルメディアの正しい使い方を教え,
使いこなせる環境を整えることです。
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良質なコンテンツとしての「デジタルえほん」
――今,力を入れていらっしゃる「デジタルえほん」は,そういった思いの
延長線上にあるのですか。
石戸 タブレットやスマートフォン向けの新しいデジタル表現や教材ビジネ
スの開拓にも寄与したいと思い,2011 年から「デジタルえほん」づくりも
始めました。創造的な活動が家でも家族と一緒に手軽にできないか? そ
のような想いがあったからです。また,2010 年くらいから,子どもたちの
様子が変わってきたのを感じたというのもあります。例えば紙の絵本なのに,
ピンチアウトしたりスワイプしたりしようとする小さい子どもを見るように
なったのもその時期です。タブレットやスマートフォンの普及によって,保
護者や子どもたちにとってもコンピューターを使う感覚が日常的なものに
なったのです。しかし,同時に多くの親が,それらデバイスとどのようにつ
き合っていけばいいのか悩んでいるのも事実です。
でも,自動車による死亡事故が起きていても,自動車のない社会が考えら
れないように,今の子どもたちは,スマートフォンやタブレットがない世界
は生きられません。そうであれば怖いものに蓋をするのではなく,より良い
使い方をできるような環境の整備が大事だと考えています。
そのために,
ネッ
トリテラシー教育なども行っていますが,デジタルえほんは,良質なコンテ
デジタルえほんをつくる
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デジタルえほんアプリ
インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
ンツを提供していこうという活動です。
想像力・創造力を育み,子どもたちを魅了し,夢中にさせる,親も一緒に
楽しむ,そんな新しいデジタル表現を開拓していきたいという想いで,開発
に取り組んでいます。しかし,自分たちが開発しながらも,本当にやりたい
ことは,各種デジタルデバイスの子ども向けの良質なコンテンツが生まれる
環境づくりです。そこで,良いものを評価し,良質なコンテンツの作り手を
育てる目的で「デジタルえほんアワード」や「国際デジタルえほんフェア」
を開催しています。
――デジタルなら,美術館や博物館まで行けない人も,所蔵物を見たり操作
したりできますね。
石戸 MIT のメディアラボで,
「100 ドルパソコン」の普及活動をやってい
ましたが,これは,学校も建てられない,教科書も買えない,先生も雇え
ない地域に暮らす子どもに,ネットワーク化されたパソコンを提供すること
が学びへのいちばんの近道だという考えからでした。パソコンを手にするこ
とで,世界中の知識に自由にアクセスできる。世界中の美術館,図書館にア
クセスできるわけです。一部のお金持ちしか大学に行けない時代から,学び
たいという意欲があればいくらでも学ぶことが可能な時代になりました。だ
からこそ,子どもたちに本当に必要な力は,学び続けたいという意欲であり,
学び方を知っているということだと思います。
学びが変わる「デジタル教科書」
――石戸さんは,「デジタル教科書教材協議会」にも関わっていらっしゃい
ますよね。これまで家庭教育,社会教育でやってきたことが,いよいよ学校
教育で実現するということでしょうか。
石戸 まさに,デジタル教科書を巡る動きは,
これまでやってきたことがやっ
と学校でできるのだと捉え,推進の活動をしています。学校が情報化すると
いうことは,単にデバイスを配るということではなくて,学びそのものが変
わるということです。農耕社会から工業社会に切り替わる際,学びは一度大
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きく変わりました。江戸から明治になり,教育も西洋化し,寺子屋が小学校
になり,一斉授業という授業形態となりました。それから約 150 年間,先生
が黒板の前に立って知識を一方的に伝えるという学びの形式はほとんど変化
してきませんでした。しかし,工業社会から情報社会に切り替わったいま,
それにふさわしい教育が求められていると思います。そのきっかけになりえ
るのが教育の情報化だと思います。
「デジタル教科書」のメリットは,
「たの
しい」
「つながる」「べんり」の 3 つです。
「たのしい」とは,たとえば理科
の天体や算数の図形など紙では説明が難しいことを映像でわかりやすく楽し
く伝えることです。また,学んだ内容をプレゼンするなど,自らつくって表
現する創造力・表現力を養うことができます。
「つながる」とは,先生と生徒がつながって,教え合い,学び合うことです。
今まで学校では,手を挙げる子どもしか指されませんでしたが,全員がタブ
レットを持ってつながっていたら,手は挙げられないけれど良い意見を持っ
ている子が発表をすることもできます。また,学校,家庭がつながり地域で
学ぶ環境ができ,もちろん世界のどこにいても学習することができます。
「べんり」とは,個人の学習進度に合わせた学習が可能となることです。
例えば小学校 3 年生でも,進んでいる子には 4 年生の問題を出してあげ,遅
れている子には 2 年生の問題を出してあげることも可能となります。テスト
の採点も機械ができる部分は自動化することで,先生は採点の時間を生徒と
向き合う時間にあてることができます。
それこそが,先生が持っている知識を一斉に一方的に生徒に伝達し,記憶・
暗記で評価をするこれまでの学びから,21 世紀型の学びに変わることを意
味すると思います。
皆がつながって,双方向に教え合い学び合う。多様性を尊重しつつ個に応
じた学習ができる。異なる背景や多様な力を持つ子どもたちがコミュニケー
ションを通じて協働しながら新たな価値を生み出すことができる。そんな学
びの場を,デジタル技術が可能とするのです。
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インタビュー:創造的な学びの場づくりとメディアの役割
4
学校・家庭・地域をつなぐメディア
「子どもたちの学び」をシームレスにつなぐ
――メディアが教育に果たす役割という切り口で,これからの活動を展望し
ていただけますか。
石戸 メディアをテレビやパソコン,スマートフォン,タブレットなどに限
定するなら,これまでの学校教育の中で大きな位置を占めてきたのはテレビ
だと思います。メディアとしてのテレビの良さは,全国の子どもたちが,同
じ文化体験を共有できることですね。たとえば,
「サザエさん」にしても「オ
リンピック報道」にしても,
常識の形成,
共通認識をつくるといった点で良い。
一方で,コミュニティをつくってインタラクティブにと思ったらネットが
強く,「いつでもどこでも」という点ではスマホやタブレットに利点があり
ます。私は,放送とネット,そして実際の体験を提供するワークショップの
ような体験型学習がシームレスにつながっていくことで,人と人をつなぐと
いう広義のメディアになるんだろうと思います。
シームレスにつながることで,学校,家庭,地域が連携し,子どもの学習
を結びつけるだけではなく,子どもたちをめぐる各種課題を,学校と家庭と
地域が一体となって考え,支援する体制ができるのではないかと思います。
子どもたちの日常と学校教育が切り離されず,一貫性をもって学べる環境づ
くりに寄与していきたいですね。
――CANVAS のような NPO 自体がある種のメディアだということですね。
最後に今後の抱負をお聞かせください。
石戸 学校や地域,家庭,企業が一体化することによって,
「主体的な学び」
「個々に合わせた学び」「協働学習」というようなキーワードは網羅できるの
ではないでしょうか。それを実現していくための手段としてメディアがあり,
そのメディアはシチュエーションに応じて選べばいい。そのためにも,多様
な選択肢が子どもたちに担保されているという状態をつくっていきたいです。
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放送メディア研究 No.12 2015
CANVAS としては,ワークショップコレクションの海外展開や国際デジ
タルえほんフェアなどの活動を通して,日本のデジタル教育や 21 世紀型の
学びのスタイルを世界に発信していきたいと思っています。また,ロボット
やプログラミングを筆頭に,よりテクノロジーを使った学びを開発していき
たいと考えています。
子どもたちには自分の頭で考え,地球上の多様な人々とコラボレーション
しながら,自分の新しい価値を生み出すことができる人になってほしいから,
引き続き普及活動を行っていきます。
こ の イ ン タ ビ ュ ー は 2014 年
10 月 27 日,NHK 放送文化研
究所で行われました。
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