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近 刊 歌 集 紹 介 l

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近 刊 歌 集 紹 介 l
近刊歌集紹介l
編 集 部
・思いつめゆき場なければ街頭の人混みに入り消えてゆきたし
・いたわりでもの言うたびに素っ気なき返事なれは教われゐたり
荻本清子第十一歌集﹁夕審﹂ 歌舞∴々がらみ書類 14年9月刊。
・時かけて大根煮ており読みきしの本に葉し立ちで見にゆく
・日月は疾く過ぎゆけりはっはっと桜花ほころぶ星に住みゐて
・燥弾の落ちるたび身をこはばらせ地の霞ひくる壕にこもりゐし
・今一度やり直したきとは恩はざりもう人間となりで久しき
・しりぞきて迷路に入りしことなども眠られぬ夜の一人ごととす
志塩漬等第十二歌集﹁日月集﹂ 青櫨社 14年10月刊。
・あふれゐし筏災の歌このごろ広見ざる流行のすたれゆくがに
世代という意識のもと、詠うべきことを確実に謙っている。
体で詠おうとする心情ゆえか、無理な修辞や背伸びはなく、
は友人との会話の中にいま生きていることを実感する。自然
べは、日常からの脱却を目指し、時には雑踏に紛れ、ときに
多くの作品を紡ぎ、すでに全歌集を上梓している著者の調
・一冊を探して散らかす本の山書斎はつねに格闘場にて
八紘一宇を体験したがゆえに、飛びつくのも引き揚げるのも
宮崎市に住む傘寿を迎えた著者は、戦争を体験した最後の
・や隻と−与は蛾にも葵しく使はれでたとへは撃ちてし止まむ 玉砕
早い歌人たちの震災詠への複雑な思いや、時の為政者たちに
嶋崎柴一第十一歌登﹁苔挑﹂ 録∴現代触競社 14年1月刊。
・酒呑めばすぐに頭をなぐりたる人とさけとも今は世になし
それ故に、飾らない全体像が見えてくる一冊である。 ︵綾︶
︰つまくなる必要もなし小さくて役に立たないものが短歌ぞ
利用された言葉など、深いところを詠っている。 ︵稜︶
・死者の履歴つぶさに読めはいはれなき悪意につまづきたりし過去みゆ
・一くちに寒さと言へど目に見えず信用できないものが感覚
蒔田さくら手篭−一歌集﹁糠のゆりの山型線歌人砂毒書房14年7月刊
・この年にならねはわからぬことありと思ひ知るまで生きたまへ君
・雨ふりて寂しさ夜は手の甲に酒の一字を蕾きて呑み込む
・つくりでも残ることなき菊人形つくり続けし人に自負あり
・毀誉褒姥の将外にもう出でたりと覚悟の自在か歌に毒あり
を脱した心境など、こうした歌が詠えるのは加齢に伴う特権
生命を縮める人への警告ともとれるもの言い、四首めの束縛
ようだ。けだし、パラドックスの秦返しもある。すべて物事
これらの歌は、パラドックスとして譲をべきだ、と言いたい
は乱暴はしなかったし、酒の字も呑み込まなかった。けだし
酒と言えば、先ず、牧水を思い起こさせる。けだし、牧水
・松の木は歌にならずとこゑきこゆ鈴木幸輔わづかに老いて
と言ってよいのかも知れない。五首めは彼我の境界を取り
は、単純ではないのた、と言いたいに違い無い。 ︵綾︶
一首めの眼力の確かさ、二首めの普遍性、三首めの易々と
・亡きのちのわれが或いはこの道を歩きゐるやもこんなゆふべに
払った発想。第十二歌集も、ぜひ拝読させて頂きたい。︵綾︶
68
・吾が歌集を読みで拙さ作あれば君の意欲の高まらむはも
林宏匡第十一韻事﹁医呟〇 割日 韓光社 14年9月刊。
・みぎの頼ひだの頬も自らの手にたたきゐる夜の洗顔
・掌に林檎のせたる裸婦像が板にて囲はれ雪より白し
中村キネ第七歌集﹁歌日和﹂ 綾歌人 賀川書店 13年1月刊。
・鋏一丁さらしに巻きで探せしとふ足袋職人の昔を思ふ
・賽の声穏やかなればしみじみと病の床に臥してゐるなり
・診療報酬明細宙記す味気なさ三十一文字の調べとならず
・石の下に土あり石の上にまた土ありであまた鬼百合咲けり
青森に住むがゆえに、裸婦像に切実感のある感情移入をし
・教本の十賊まるめて花しぶに錆びしはさみを砥ぎて光らす
た一首目。女性でなくでは歌えない二昔日。手に職さえあれ
・幾十年連れ添ひていま﹁淋しい﹂と糞に言ほれて憾む当てなし
一百日の﹁あれば﹂は﹁あらは﹂でないところが微妙であ
ば食べていけた時代の懐かしさ。言葉の層の請み重ねに花が
・﹁偉大なる人﹂とは何と問答を交し結論﹁平凡なる人﹂
に貢献してきたようだ。ここでは、二首をあげただけだが、
るが、昭和九年生まれの著者は、家庭匠として長年地域医療
の会の一員である著者の面目躍如たる作品群である。 ︵綾︶
咲くという暗示性の高い四首目。これらは、昭和九年生まれ
沢口実美第五歌集﹁やはらに熱を〇着∴春日諌書店 14年〓月刊。
特に妻を詠った作品から深い情感が伝わってくる。五首目の
古賀多三郷第八歌集﹁果てなきまでに﹂寵競21世紀14年5月刊。
・本心を言おうかあなたを憎みしと 憎むほど深く関ったのだ
・沈黙のほかに己を守る術なかりしを ああ人は解せず
歌から、若者の人生観が伝わってきて共感を覚える。 ︵綾︶
・その痛みは生死にかかわる痛みならず言ひ捨てて医師はきりたり
・アララギの昔を語る君とゐてアララギは昔のことにはあらず
人の心は窺い知れぬものであるという一首めの歌に続いて
・水滴つる器をこぼれぬやうに抱く人の死にゆちぎでゐたるは心
二百日の歌も内省的な歌である。心という捉えところのない
・鉄柱と木柱の陰の違い鉄柱の方が硬いでせうか
一百日、こうした認識の違いはしはしぼある。技術以外を
・がの批評うけしよりはたと歌成らず心をふかく噛まれてゐたり
知らない医師が何と多いことか、との慨嘆の声が聞こえてく
存在を確認しながら生きる苦悩を言い表す作品群から嘆きの
・女盛りいつとなく過ぎ象潟に愁ふる睡毛のやうな花見つ
る二百日。集中でも突き抜けている三首目。親しいと思って
発想などの味わい深い歌もあり、一冊の内容は深い ︵綾︶ 00
声すら聞こえてくるが、五百日の芭蕉の合歓の花の句による
こ︶の人がクリスチャンとは和らぎりき葬儀のミサに並びをりて
いても知らないことの多い他人という存在を詠った四皆目。
・塀の下の雑草はすべて抜かれゐてこの平凡に前へねはならぬ
こうした歌から、著者の人間性が明確に見えてくる。 ︵綾︶
・辞職願ひ秘めてその朝出でゆきし孤独を妻なる吾の知るなし
・賢夫人良妻しょせんなれぬ身に仰げば雲の行き来は自在
結城千賀子第−−一歌集﹁競業﹂ 表現∴き川手善出版 14年7月刊。
・励ましではならず甘やかせるも不可しかたもなくでただ共にゐる
・ひたすらに落ちてゆく水みずからの力に落ちてカ生む水
・死者にさす月は無垢なり殺さるる怖れをしらぬもののあがるざ
・寒の水呑み下すときつくづくと一本の砥ぎ管なる吾が身
鈴木実子第四歌集﹁月光葬﹂−与え∴賀川学芸出版 14年8月刊。
・どこへ行くにも梅を越えねはならぬからわたしはここで紡ぎ続ける
・ひとりでは生きられない子を得てわれは命に執詣する冬の母
纂及び発行を為した著者の、三十代後半から四十代の作品を
かつて、﹁表現﹂を率いてきた父の ﹁機能連合歌集﹂ の編
・降る雨のいつしかに雪 杉の木の重なり合へる奥ふかくなる
という認識があるものだが、著者の場合、より切実であると
現状を逆らわず受け容れる、という哲学的思考を会得したよ
収録したこの一冊は、生きる行為の過程で、流れに梧さし、
人は、大なり小なり重い日々を積み重ねながら生きてゆく
・新井貞子の清水のような文字思うわれは清水のこころに遠く
いう実感があるようだ。そうは言っても、容易に橋を越える
うで、その背景に、仏教思想の影響があるようだ。 ︵綾︶
ことは出来ず、現状を是認し、みずからの力を信じ、力強く
生きて行きたいという思いを強く感じる一冊である。 ︵綾︶
・駐車場に夕暮れ泣きの幼子を叱りて鍔は容赦なきなり
・定年を迎えた人が徽歩する腹の汚れたスピッツ連れて
嵯峨直樹第二歌果﹁半地下﹂ 未来 賀川学芸出版 14年9月刊。
・六年余を介護せるわれにはひと度も見せぬ笑顔を夫に向けをり
・側溝に片寄り落ちる青梅の傷付き合いの日々もあったか
・踏切の向こうは十年まえの町 光る電車が通過している
・われと姑の四十二年に溢れくる暖かきもの何がありしや
・三十年培ひて来し樹よ花よわれの手の掛けらるるはあと幾年ぞ
国府田婦恵子第四歌集﹁藍のつぶやき﹂蛇ながらみ書房14年10月刊
・かの夏もかく晴れゐしか空の果て片道燃料に飛び立ちし生命は
まれ歌人叢書5として発行されたこの歌集は、著者の生きて
い作品である。三首め以後は︵﹁縞の衿﹂以後︶。昭和9年生
側は色越せているのた。五首めは何ともアイロニーに満ちた
を迎えた人そのものなのだ。三百めは馬車の片側は光り反対
叱っているという視点が面白い。二営め、腹の黒い犬は定年
一首めはよく見かける風景。昔叱られた腹いせに幼子を
・週末の愛の深みにいる二人そろって腹の脂肪を殖やす
きた時代・感慨のわかる宵重な一冊である。二年間の声曖れ
作品。アイロニーのアイは愛というあたりがユニーク。︵綾︶
二百めまでは ﹁絹の衿﹂より。何か性を感じてしまう切な
・知り人のあきが寂しと浪江町の腹はひ海の豊けさを語る
など記録されている巻末の略年譜も又貴重である。 ︵綾︶
70
・なぜ祈るなぜ手を合す金剥がれ千年立ちきし仏像一体
・あはき火傷、小ささ切り傷加えたり四十九日を過ぎて右手は
・脚本の陳腐な劇を見るやうな 父が壊れてゆくこの早さ
・﹁バ,クしますバックします﹂と言ふ声が怒言電話の奥より聞こゆ
・よくある顔ぶら下げ生きるわれならむ今日も人達ひされてしまへり
古志香第一歌集﹁光へ腐く﹂ かりん∴嬉歌研究社 14年9月刊。
・生まれしを悲しと思ふ夕闇にチェンバロ響く家に育てり
・ひとびとは滅びを言はず 烏座の星の砕ける絵はがき届く
高村典子第一一歌集﹁曇の輪郭﹂がりんながらみ書房14年8月刊。
・誰もゐぬ野の観音堂静もれり杉の林にうぐひすのこゑ
歌集を貌み終えた時に気持ちがほっとしたのは、なぜだろ
藷は、言い切ってもまだ何か言い足りないような著者の情炎
常に燃え上がるような思いが込み上げてくるようなこの歌
・うすかはを剥けば胡桃の対称を崩してはかなわが指先は
うと一瞬考えた。悲劇的な内容に引かれてしまったからだろ
いうか現状に満足し得ない悲哀というか、そのあたりの混沌
が伝わってくる向日性を秘めている。それは自らへの怒りと
・大切なものから記憶失せゆくか棒に風の船が来てゐる
とあるが、その著者を心配しまた叱ってくれる友達がいて私
としている心情がどすんと伝わってくるゆえである。 ︵綾︶
うか。あとがさに、この六年は入退院のくりかえしであった
はしあわせだと感謝の気持ちが綴られている。 ︵澤井︶
・枝先の椿に止まり蜜を吸う椋鳥はやわらかき腹見せながら
米山治子第一歌集﹁花守り人﹂ 雅歌∴絶書房 14年9月刊。
・飯蛸を酢みそで食めばみずみずと口中に瀬戸の海が広がる
・玉葱や柿酢で血圧下がるなら疾うに薬になりしと医師は
・夫の魂見送りでより十七年入道雲にハモニカを吹く
池書館子第−一歌集﹁小さい熊﹂ 各賞 冬書籍歌会 14年6月刊。
・医師はわれを認知症とでも思ひしか幾度も聞く住所と氏名
・こんなにも崩れていたのか原子炉は白い煙を立ち昇らせて
この歌集は、雨宮雅子︵10月25日に85歳で亡くなられた由︶
・不用にして不用ならざるもの多し亡夫の下駄や服湯春など
の言うように、家族や回想の歌は殆ど見かけないが、それだ
・梅酒の環ひを除けば二十年前の亡夫の筆跡越せて残りぬ
三首日あるいは四皆目の歌のように、物には心がある、と
けに、今という時間を大切にして生きてゆこうとする決意が
・哀れあわれシャチに囲まれ沈みゆくアリューシャン列島の箆の子供
いう思いを持ち続けている著者は、断捨難とは縁遠い日々を
伝わってくる。特に四営め・五首めは社会あるいは生死との
・次つぎに雑念浮かび薬をぼ飲みつつ飲んだか忘れてしまふ
で、作歌に際しても、木島茂夫師の﹁自分の歌を詠め﹂の教
係わりなど、一歩踏み込んだ歌が印象的である。 ︵綾︶
過ごしているようだ。こうした考え方は、とても大切なこと
えを守り続けている奥ゆかしさが伝わってくる。 ︵綾︶
・さつまいも蒸す弗と妹を照らし真っ赤に燃える薪は
・束ねたる薪の値段を聞きながら進学するかしないか迷う
・茂吉ならもうひと月で死ぬ頃を歌人にならむと考へてゐる
・ものごとになべで終りはあるものをしか言ふひとと酒をくみをり
・老残のおもひしきりにきざすとき脂子目深に出でゆかんとす
・竹とんぼそれはさのふの空に消え男ばかりがひとりあそびす
杉下幹雄第一歌集﹁使歌﹂ りとを∴奪回弥書店 14年9月刊。
・冬枯れの墓の前にで独りごつ母は﹁とうちゃんがんばったごて﹂
伊藤膿一一第一一歌集﹁青春の桜陸遭﹂こえ至eoさ茎三一M年4月刊。
・むらさきのみつぼつつじも加わりて百花繚乱 飯館村は
が多いが、孤独感あるいは無常観というか、そうした感慨を
ら丹沢山塊や富士が見えるという。そうした環境を詠った歌
若者が六年前に引っ越してきた地は、以前は村里で、窓か
・たたかひに敗れし側にありたるを十五年過ぎてなは思ひゐる
閉塞した人である。原発事故で、今は足も踏み入れる事さえ
詠ったものに惹かれる歌が多い。五首めの歌など、一握りの
作者の父母は、口減らしの為山形県から、飯館村に移住し
・肥沃なる大地に戻す話して福島は今桜好日
りところのない思いが伝わってきて心が痛む。そして歌集は、
勝者と多くの敗者。これも人生だと言いたいようだ。 ︵綾︶
許されなくなった古里の風景・幼さ日日の様子は、作者のや
ある意味戦後史をみるような一冊でもあった。 ︵高嶋︶
・突風に飛びゆく帽子束縛を解かれし歓菖あらわに見せて
・蜘蛛の糸に吊り下げられて浮瀞する枯葉の孤独両掌に受くる
身内ゆみ第一歌集﹁調豊﹂ 合意き きがらみ書き 13年8月刊。
・溝辺の小石はなべて丸み帯ぶ海底に永く採まれて来しか
・水に浮く月をごちゃごちゃ掻きませて水田たちの提要続く
・猫の子にミルク与える時間です切っ掛けにして題詩を切りぬ
・猫語にて何か誘うる卒み猫雨ほそぼそとしぶく夕暮れ
・この広さ海に対えはうからとの粗略は一滴の雫に等し
木亀∴泉第二敵意﹁虫たちの要﹂心の拒﹁傘がらみ書房14年10月刊。
・抜かないで残しておけばたんばほはしっかり綿毛飛ばしてくれた
の願いを、第二首は時折感じる孤独を、第三首は角の取れた
から生まれた歌が前の三首で、第一首は諸々の柵からの解放
水産業の夫を支え、妻として、母として、椋としての葛藤
・一族の祝福受けて生れし子の未来いつまでわが見守れるや
自然豊かな郡上大和に住むがゆえの自然からの恵みを存分に
人間性を夫々詠んでいる。 ︵山本︶
﹁風のやまびこ﹂ に次ぐ著者の第二歌集﹁虫たちの璽﹂は
・水の面に言葉沈めてゆくように雪限りなく透明となる
のちへ注ぐ眼差しは他の誰よりも暖かく、豊かな人間性を伝
詠った一冊である。当然の事ながら、地に生きとし生けるい
えており、時にユーモラスな作品をも収録している。 ︵綾︶
72
・児を信じ子を育まんとひたすらに研修つづく夜のふけるまで
頼松京子第一歌集﹁章の苓葉﹂期日 至eo葦毛> 14年8月刊。
・子ら皆の瞳かがやく学校を願いですすまん校長道を
・頼もしく優しき君にめぐり逢い農家に嫁ぐまよい消えゆく
・見えずとも音があるならまだ描けるドガの言葉のあはれに悲し
関根明子第一歌集﹁畳の約束﹂をよく趨歌会m心社13年9月刊。
・栗といふ粟つぎつぎ失せたれはまあ取りあへず紙切れ挟む
・幾たびの手術乗り越え来しわれのもうひと山を今は越えなん
・人になどわからぬことよこの辛さ突然目が閉ぢ立ち往生す
・ひとひらの花びら散ればたちまちに残らず散りぬ卓の荷薬
自分史を歌で綴った歌集で、第四首までは節目節目での決
・新じゃがを梅雨の合間に掘りおこす親いも子いも孫もぞろぞろ
九年前に西伊豆の松崎町にて外壕喬氏に偶然出会い、再び
・写生とは単なる写生にあらずして写生を越ゆるとの茂吉にならふ
にぎわし﹂と詠った歌を思い合わせると、子供と孫に囲まれ
意と思いを謙っている。第五首は﹁鍋かこみ子と孫八人夕餉
た生活が想像されて微笑ましい。自然詠では、﹁初蝉のはず
ら幸いものであろう。しかし、京都に職を持つご夫君とご子
かしそうに鳴く声﹂とあり、表現力も豊かである。 ︵山本︶
短歌を始めた著者。美術を好む頼松さんには目の病はことさ
息の住む横浜との間を行き来しなから、痛と闘い請一杯生き
吉村八千代第一歌集﹁ふるさと信濃﹂水葉会室町諦書店14年11月刊
・肩紐みて﹁信濃の国﹂を斉唱し同窓会はお開きとなる
須田英子第一歌集﹁斜面楕﹂場ケ谷短歌会きさらぎ工房14年8月刊。
・削られてわずかに残る斜面林棟木高く鳩はくつろぐ
・いくたびも﹁ああよかった﹂とくり返し師は旅立てり天つみ国へ
・点滴にいのちをつなぐ発揮訪えば赤子のごとくかき氷乞う
る心の叫びは、読者に男気を届けてくれる。 ︵高木︶
・九条署名集めることを快く受けくれし人ひとり増えたり
・ひと言の愚痴も冒はずに逝きし師の遺稿﹁太田水穂の秀歌〇
・よそ目には老いたるひとりの車いす単純ならぬ心は見えず
・ことさらに検査済みとの言葉添え福島からのタラの芽いただく
題への署名集めという具体的行動を伴うなど、社会への関心
へ引き揚げた。平和を願うお気持ちは深く、憲法九条解釈問
を伝えており、貴重である。平林譜代が解説するように人間
三首め、四首めの﹁師﹂とは伊東悦子を指すが、臨終の様子
いるが、同郷ということもあり、伊東悦子に短歌を学んだ。
同窓会で﹁信濃の国﹂を斉唱する若者は現在草加に住んで
・病室でわれを見送る子に向けて観車の窓から寿司ロボをたく
を広く詠、つ。可愛いお孫さんとの未来のためにもどうかお体
としての優しさに満ちている歌集である。 ︵綾︶
旧満州大連に生まれ四歳にて父君を亡くされ、八歳で日本
・あるがままに泳いなさいと学ぶとき病のことは忘れていたり
を労わり、平和への祈りの歌を詠み続けて欲しい。 ︵高木︶
73
・ひっそりと秋明菊のひらきそむああけふこそは髪を切りたし
・ほの肯き花付け初めしローズマリー労れば左右の手ひととき匂ふ
北西佐和子第一歌集﹁牡丹含﹂作き 整登印刷 14年〓月刊。
・耕されて白く渇きし田の向う続く集落黒く鎮まる
・わがおゆび爪までほんのり桜いろ甘海老の殻百あまり捌きで
内濃蘭真第一歌集﹁再生﹂ 参道 現代組競社 14年10月刊。
・病み上りのわが手に重く大根の皮を剥きをり日溜りに出でて
・四十年ぶりの再会ゆゑもなく感噸詞のみ発してゐたり
・頚椎の手術は危険多しとぞ迷ひてをれば妹も言ふ
・山茶花の花びら赤く敷く参道歩みでわれのリハビリとなす
極は感嘆詞である。生を要っても針魚は己が主張を変えない
し、一首めの歌の繊細さ、三首めの命の色は桜色。言葉の究
歌集を通読し率直に詠まれていることに先ず驚いた。しか
・干されでも己が一念もつごとく針魚の細き銀の身ひかる
る著者は生きる希いを込め歌集名にしたという。肩こりと腕
奪われたものの少しの力で電化に頼り一人暮らしを続けてい
など、遠慮がちに詠われでいる著者の慨嘆は、確かに、仮初
六年半程前に頚椎の手術をした後、後遺症で手足の自由が
・均の声伴奏にして葱刻み味噌汁作る独り居のわれ
の痛み、指先の痺れは頚椎の歪みによりもたらされたことを
めのものではないという感じを強く抱かせるのた。 ︵緩︶
・車窓より明々灯すジム見えて少年ひとりサンドバッグ打つ
小械永輿第一歌鴬﹁生駒が岳﹂未来 ながらみ書房 14年8月刊。
・器用には生きこしならず定年後の仲間とめぐる紅葉の山を
渡辺知美子第一歌集﹁禦垢の竜﹂自日田ながらみ書類14年8月刊。
・執着を解くことあらず命継ぐ認知症なる母よ愛しき
・野仏にからみ末枯れる烏瓜貧におびえし少年の日よ
も的確に謙っており、説得力のある一冊である。 ︵綾︶
・真夜覚めし冷たさ閏に母を呼ぶ声開く錯覚弟逝きし
・ふるさとを遠く離りし病室にガン病む母を時にうとみき
・いくつかの傷を心に隠し持つ娘の溜め息の重きを知らず
・ただ一度亡き子と酌みし酒鮪の前夏の夕べの打ち水すかし
著者が四十年の勤めを終えて、訪れた旅の歌で溢れている
・引っ越しの荷造りの紐結び終え春雷を聞く夫の退職
日々の暮らしが安穏に一生を過ごすことが出来たら最高で
一巻。終章は、これ迄の夢みの回想の歌で、締め括られている。
・こだわりの多くを削ぎて生きるべし夜明けに鳴きいるカナカナの声
母一人子一人で育った作者が、母を時にはヶうとみきクと詠
んだ言葉に、飾らない正直な人柄が渉み大いに刺激を受けた。
して、姉として、また妻としての、その時々の思いが鮮明に
一首一首に詠みこまれていで胸を打つ。特に二百めの﹁いく
息子さんの死を静かな言葉で謙っているのも印象的。︵高嶋︶
あるが、一人一人顔形が異なるように、生き方も違う。母と
つかの傷を心に﹂は、子を思う親心を強く感じた。 ︵澤井︶
74
・匂やかに桃は熟れたりつつしみて双手に包み初の実を擁ぐ
・仕分けゆく桃の表情 木の下に壮年の姿顕ちてくるなり
桐原房寓第二歌集﹁緋の表情﹂みきわながらみ書房14年1月刊。
・ほぐれ初む牡丹一枝供花に切る誰にも告げぬ始の記念日
・手のわざの多しと言へど君の背にまはした十指で拝む観音
・言葉とはつねにひとりで歩くもの掴まれし手をしなやかに解く
・視界より雪をはづせば今しかた書き出す文のことばうしなふ
・かって吾の居場所でありしキッチンに梯子一本探しあぐねる
三島庸童子第一歌集﹁水底﹂紐歌人 六花書橡 14年10月刊。
・夜ふけていよよ激しさ雨のおと抱かれるよりも今は抱きたし
著者は若くして夫を亡くし、果樹園を経営する傍ら三人の
・越に晴れに働きつめし若の手が生み出す浄きシャボンの宇苗
観音の艶めかしさを引き出す指は時に生殖や死に関わると
・いくつもの靴跡は土に還りたり行きでかへらぬ人影も見ゆ
子供を育て詠んだ五五八首を収めた著者の第二歌集である。
いもありの虚を飾らず詠っているのに心ひかれた。 ︵高嶋︶
の感慨を、言葉を笛が漂白したことで自らも消え失せること
飯土井佐知第一歌果﹁遺花火〇 着∴奪回称書店 14年9月刊。
しさ・悲しさ・子供が自立し家庭を持ち取り残された様な思
・山あいに赴任せし吾を案じいて父の号泣せりと母は言いたり
桃作りの喜びや苦労と共に、女一人で生きて行く寂しさ・苦
森安千代子第一歌象﹁茸にミルク﹂期日鶴代紐膿社14年3月刊。
短歌に熱がる世界観を顕している、と言えそうだ。 ︵綾︶
・エリートと一一日われし教え子ホームレスになりたると聞く何故なるか
を暗示させ、掴まれた手を解き言葉を呑み込むことで思慕が
・病床に四度目の爪を切り総へてのぴたる髪に風を入れたり
・﹁あなたも又苦しいのね﹂と病弱を亡馬に抱きしめられし今朝かたの夢
高まるなど、恋を通奏低音として展開してゆく手法は、伝統
・相槌も憎まれ口も素っ気無い声もなくなる娘の嫁ぎゆき
・﹁大事にね﹂笹話のひと言友の声生きねはならぬ外は風花
・ひと夏を病みて過ごせば秋の夜を虫喰ふやうに少しづつ寝る
二卑屈の浮く八度の水の心地よしバート勤めに初めての夏
夫のすすめにより歌集を上梓したという著者の故郷は花火
・夫から教わること伝えること数々あると思ふこのごろ
歌集名﹁苺にミルク﹂の若君しぎに、興味が湧いたが、実
・デバ地下のブームと客に言はれつつ今日も一日太陽を見ず
いう著者は、強く前向きに生きていこうとする決意が歌集の
で有名な長岡だという。病気がちではあるが、明るい性格と
随所から伝わってくる。生かされていることを実感しっつ歌
際は古希過ぎの人であった。パートとして働らき、時時ストレ
が圧倒的に多いが、大病した人とは思えない程歌に勢いがあり、
を紡ぎ続ける著者の幸せを祈るばかりである。 ︵綾︶
スから来る病気で入院。その繰り返しの生活の中で詠まれた歌
ポジティブな所がとても魅力的な一冊である。 ︵高嶋︶
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