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概要 - 平成基礎科学財団

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概要 - 平成基礎科学財団
「海洋性バイオマスを活用した工業教育の新しい展開」
宮城県石巻工業高等学校
教諭 門脇 宏則
1.はじめに
石巻地方の海から得られる海洋性産業廃棄物の多くは有効利用する方法がなく、地元で非常に大
きな問題になっている。カキの殻は毎年5万トン排出され、海岸線に山積みにされている。また、
ホヤの殻は毎年2500トンも排出され、処分に困った水産加工業者により石巻港に不法投棄され
た。この事件は、逮捕者も出て新聞にも掲載された。ヒトデについては、毎年大量に駆除され、そ
の処分は漁業関係者に大きな負担になっている。
地元に住んでいる工業高校生である本校生徒達は、これらの現実を見ており、自分たちがこれら
の課題を工業的に解決できないかと、主体的にその再利用について研究を始めた。
2.目的
(1)本校天文物理部の生徒が、石巻地方の海から産出される魚介類の廃棄物を、海洋性のバイオ
マスと位置付け、これらの工業的な有効利用の研究を進めることを通して、科学的な思考を学
び、創造性を育成する事を目的の一つとする。
(2)上記の活動で得た技術情報を公開し、環境に関する啓蒙活動を行い、環境保全に必要な技術
協力をして、石巻地方の海の環境を保全する活動をする事を通し、環境保全の教育を行う。
(3)上記の活動によって、産官学連携のクラスターを形成し、技術開発や地域貢献を行い、地域
社会とも関わりを持つことを通して、生徒の社会性を養う。
(4)工業高校である本校の高度な実験施設を存分に活用して技術開発を行い、科学的思考及び創
造性の育成を行う。
(5)生徒自らが考案した上記技術を、知的財産としてとらえ、特許申請をすることを通して知的
財産権教育を実施する。
3.意義
生徒たちは、これらの課題に自分たちがかかわっていくことにより、大きな意義を感じ、主体的
に研究、開発に取り組む事を通して、非常に有効な工業技術、科学技術などの教育になる。更に、
企業や県、市、大学等と連携し、クラスターを形成してその中で生徒が活動することにより、技術
面はもちろん社会性の育成にもなる。
今の子供たちには、これからの新しい時代を切り開いていく為の創造性が求められている。この
教育プログラムの意義は、漁業系産業廃棄物を海洋性バイオマスととらえ、クラスターを形成しな
がらそれらを活用して工業技術、科学技術、社会性、創造性などの育成方法を開発し、追求して、
その大きな有効性を明らかにしたことにある。これは、四方を海に囲まれた我が国にとっては、多
くの地域で活用可能な教育プログラムであり、その有効性を明らかにした本プログラムの意義は大
変大きい。
4.プログラム実践の概略
(1)石巻産カキ殻の水浄化への再利用研究と産・官・学連携事業(平成17年度∼平成19年度)
①石巻産蛎殻の有効利用の基礎研究:
石巻地方の海岸に実際に廃棄されている石巻産蛎殻を回収し、有効利用の基礎研究を行った。具
体的には石巻産蛎殻の水質浄化作用を、土や粘土と焼き固めることにより、向上させようとする研
究を実施した。現在この技術については、特許の申請中である。
②産・官・学(本校)による水浄化装置の開発及び事業化の研究:
平成19年度は、宮城県・カキ殻排出企業・地元の共同開発企業とのカキ殻を使用した新型の水
浄化装置の製品開発を行うまでになった。宮城県は県の施策である3R事業として、産業廃棄物産
出業者、それを有効利用する事業所、技術提供を行う事業所(本校)等と連携し、環境保全を行う
事業に認定した。宮城県の役割は、費用の支出と指導、産業廃棄物産出企業はカキ殻廃棄物の提供、
有効利用する事業所は技術提供を本校から受け、製品の製作を行い、費用の支出を行う。本校天文
物理部の主な役割は、カキ殻を原料とした水浄化物質の開発、水浄化装置の基本設計、その性能試
験等の技術提供を行う。また、これらを円滑に進めるために互いに緊密に連絡を取り、月に一回の
割合で「カキ殻を活用した水質浄化設備検討研究会」
、を実施している。現在までのところ、雨水の
地下タンク浄化による注水利用を試験しているが、COD、濁度、色度、一般細菌などの大幅な低下が
確認されており、良好な成果が得られている。今月中に性能評価も終了する予定である。
図1 企業・県等への開発した試験槽の説明
図2 試験槽の性能評価検討会
COD変化測定結果
500
400
300
COD値
200
取水槽
浄化槽
取水槽
浄化槽
100
0
取水槽
浄化槽
取水槽
浄化槽
12/4試験
測定水種類
図3 開発した水浄化剤「カキボール」
12/18試験
図4 試験槽の COD 測定結果
(2)ホヤ殻を再利用した新素材の開発(平成18年度∼平成19年度)
:
ホヤ殻から新素材である「ツニシン」を抽出し、更にそれを化学反応させてプラスチックやスピー
カー等を作成する等、生徒が技術開発を行った。以下にそのうちの一部を参考に示した。
(例1)ホヤ被のうのグラフト化による有効利用の検討
①方法:ホヤの試料を触媒であるセリウム塩の量を変化させながら、PMMAをグラフト化
反応させた。
②結果と考察:下記に触媒であるセリウム塩とグラフト化ツニシン生成量の関係を示した。
これを見ると、セリウム塩の量が800mmg程度までは、セリウム塩の量と得られた
グラフト化ツニシンの収量はほぼ比例関係にあること等がわかった。
4000
3500
3000
2500
グラフト化ツニシン
(mmg)
2000
1500
1000
500
0
0
500
1000
1500
セリウム塩量(mmg)
図5 セリウム塩とグラフト化ツニシン生成量の関係
図6 グラフト化ツニシンのSEM写真
生成したグラフト化ツニシンをSEMで観察したところ、ツニシンの繊維にしっかりと
PMMAがグラフトしていることが観察された。これをX線により元素分布分析したとこ
ろ以下の様に分析された。このことから白い部分はグラフトしたPMMAと推測した。
1
2
3
4
5
6
図7 グラフト化ツニシンのSEM写真とそのX線元素分析
(例2)ホヤ被のうの工業製品への有効利用の検討
①方法:ツニシン及びその化合物の弾性率が優れているため、それらの振動板を使用したスピー
カーを作成し、それらの特性を自作の装置で測定した。
②結果と考察:ツニシン膜で作成したスピーカーの方が、ノイズが少ない事がわかった。
図8 市販スピーカー
図9 ツニシン膜スピーカ
図10 アセチル化ツニシンスピーカ
(3)ヒトデ廃棄物を再利用した新素材の開発(平成18年度∼平成19年度)
:
石巻で廃棄されるヒトデに関する調査を行い、マヒトデの有効利用に関する開発を行い、新しい物
質の合成、スピーカー振動板への応用と特性などを行った。一部を以下に示す。
(例)マヒトデタンパクと酸及び酸無水物との反応による有効利用の研究
①目的:ヒトデタンパク中には、アミノ残基としてリジン残基とアルギニン残基という、アミノ
基(−NH2)を含む部位があることがわかった。このアミノ基に注目して化学反応させることにより、
新しい工業に有用な物質を作り出そうと研究した。具体的にはアミノ基と反応しやすい様々な酸及
び酸無水物を、マヒトデタンパク中のアミノ基と化学反応させた。
②結果と考察:
以下にフタル酸マヒトデタンパクとマヒトデタンパクのIR測定の比較をした。新しい化合物が
生成したことが分かった。
図11 フタル酸マヒトデタンパクとマヒトデタンパクのIR
以下の図にフタル酸マヒトデタンパクの X 線定性・定量元素分析結果を示した。
図12 フタル酸マヒトデタンパクの X 線定性・定量元素分析結果
以上得られたフタル酸マヒトデタンパクは、新しい素材である。また、プラスチック状の物質で
あり、極性のある他の高分子化合物であるプラスチックと複合化すると、柔軟性の向上が確認でき
た。スピーカーの振動板としての性能も良好であった。プラスチックとして、複合材料として工業
的に有効利用できる可能性があると考えられる。
5.成果
(1)上記の研究活動を進めるにあたって、生徒自身の考えやアイデアを、可能な限り生かし、教
師はあくまでも生徒が行き詰まったときに最小限必要なアドバイスをするだけというスタイルを
取ることにより、生徒の主体性、積極性が生かされ、より多くの科学的知識や技術を吸収すると
共に創造性が育成されたと考えられる。その結果、特許申請まで進めることができた。
(2)この研究活動は、海洋性のバイオマスを、工業高校の特徴である充実した設備(FT−IR、
走査型電子顕微鏡、X線元素分布分析装置、X線元素定量分析装置、可視紫外線分光分析装置、
ドラフト、大型マッフル炉などの化学反応設備等)を充分に活用したものであり、生徒たちは主
体的にこれらの装置を駆使して研究する能力を習得していった。
(3)産官学連携の実施によって、生徒自らが企業や宮城県、他の大学などと話し合い、議論する
機会ができたので、大変勉強になった。学校と言うところは、閉鎖的になりやすく高校生のみの
関係の中で生活していることが一般的だが、甘えの効かない、企業や宮城県、大学などとは大人
の対応をしなくてはならず、有効な社会性育成の場ともなっている。また、企業や大学などが持
っている長年のノウハウを実際に聞くことができ、その点でも大変勉強になっている。更にその
スケールの大きさから、生徒に主体性や積極性、自身などを与える非常に有効な方法である。ま
た、地域社会に非常に貢献した。
(4)生徒達は積極的に研究活動を行うようになり、以下のように多くの大会で活躍した。
①2008地球環境大賞「環境地域貢献賞」
(平成20年4月22日受賞予定)
②平成20年度石巻市「環境保全部門」表彰(平成20年4月20日受賞予定)
③平成18年度、平成19年度2年連続 全国理科科学クラブ論文優秀賞
④2007日本水大賞 奨励賞
⑤2007高校生科学技術チャレンジ 最終審査進出
⑥平成18年度日本学生科学賞県審査最優秀賞、仙台市長賞、全国審査二等入選
⑦平成18年度、平成19年度2年連続 環境甲子園優秀賞
⑧平成17年度∼平成19年度3年連続 宮城県高校生徒活動成果発表会最優秀賞
6.今後の展開
現在、以下の図のような産官学の地域クラスターが形成され、本校生徒にとって非常に大きな教
育効果を生み出している。また、このクラスターの活動は本校生徒のみに限らず、本校保護者とそ
の関係者などに伝えられ、環境問題に関する啓蒙活動にもなっている。更に、その活動は石巻市民、
宮城県民などに報道機関などを通しても伝えられ、
同様に環境問題に関する啓蒙活動になっている。
これらを通して、最近地元の大手合板製造企業やイオンなどからカキ殻の有効利用について、共
同開発の要請が来ており、今後はこれら大手企業とも連携していき、他の高校も巻き込んで、クラ
スターを全国規模にしていきたいと考えている。特にカキ殻の融雪剤はイオンを通して、全国展開
を目指しており、新年度は非常に期待される年である。
石巻・宮城県・東北
漁業系産業廃棄物等
環境に関する啓
蒙活動
環境問題の解決
産業廃棄物
排出企業
産業廃棄物の有効
利用企業
宮城県環境生活部
連携
県知的所有権センター
連携
連
携
連携
連携
地域の企業
宮城県石巻工業高校
情 報
発信
報道関係
連携
連携
東北文化学園大学
地域クラスター
図13 地域クラスターの形成による新しい工業教育の概略図
石巻市役所
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