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ゲーテ 「西東詩集』における文化受容と翻訳について

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ゲーテ 「西東詩集』における文化受容と翻訳について
ゲーテ 『
西 東 詩 集 』 にお ける文化 受容 と翻 訳 につ い て
大杉
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ゲーテは 1
81
4年、は じめて中世ベ ルシアの詩人ハー フェズの詩 を ドイツ語訳で読 んだ。 こ
の時、ゲー テは6
5歳 に なっていた。ハ ー フェズの詩集 との出会 い に先立つ数年 間において、
彼 は親 しく付 き合 っていた人 た ち、す なわ ちヘ ル ダー、 シラー、 ア ンナ ・アマ- リア王妃、
母親等 と死 に別れ。自分 自身 も老齢 を意識 し始めていた。が、この書物 に深 い感銘 を受 け、ゲー
81
9年 に出版 した F
西東詩集』 においてみ られ る言葉づ かいは、 きわめて生 き生 きと し
テが 1
ている。 中世 オ リエ ン ト文学 との避蓮 を通 じて詩人ゲーテは若返 った、 と言 って も差 し支 え
ないだろ う。本稿 では、 この詩集 において見て とることがで きる文化受容 と翻訳 に関 しての
問題 につ いて、以下の 3つのテーマ を取 り上げて述べてみたい。
1.オ リエ ン トへの 「逃亡」
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酉東詩集』 冒頭 の詩 「遁走」 においてすで に、詩人の オ リエ ン トに対 す る熱い想 いが歌
われている。
遁走
北 も西 も南 も裂 け る、
玉座 は砕 け、国々は震 える、
逃れた まえ、 きよらかな東方で
族長の気 を味わ うため、
愛 し、飲み、歌 い、
キーゼ ルの泉で若 返 るのだ。
その純粋 と正義の地で、
わた しは人間 とい う種 族の
奥深 い根源 に迫 るの だ、
神 か ら天の教 えを、 なお
大地の ことばで受 け取 り
頭 を悩 ます こともなか った、かの地で。
当時の ヨー ロ ッパ世界 も、 さまざまな分野 において、長い歴 史 と伝統 を抱 えて疲弊 してい
た。 その行 き詰 ま りを打 開 しようとす るかの ように、 フラ ンス革命 が起 きたが、それ に続 く
ナポ レオ ン戦争 は ヨー ロ ッパ全土 を混乱 に陥れて しまった。 詩 「
遁走」 においては、 この よ
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うな ヨー ロ ッパの現状 を踏 まえ、 中世 オ リエ ン トの叡智 に よ りどころ を見出そ うとす る詩人
の姿勢が うかが える。
行 き詰 まった ヨ- ロ ッパ世界 の外 に、可能性 を見出そ うとす る試み は、ゲーテの青年時代
において も見 られる。 シュ トウルム ・ウン ト ・ドラング期 のゲーテの関心 は新大陸 ア メリカ
に向け られていた。 ゲーテは、疲弊 した ヨー ロ ッパ に代 わ って理想 の国家が アメ リカに建設
され る可 能性 を見 出 して いた。が 、その ア メ リカ観 は時代 の進行 とともに変容 してい った。
その過程 は、小説 Fヴイルヘ ルム ・マ イスター」
】のなかで描かれている。
ゲーテの生 きた時代 は、近代 ヨー ロ ッパの胎動期 に当た り、科学技術 の発達 を背景 に、しゃ
かいの さまざまな領域 において 目ま ぐる しい変化が進行 していった。 これ までの伝統 に根 ざ
した価値 観が役 に立 たな くなった一方で、それ に変 わ るもの は確立 されてお らず、人類 の行
く末 を見通す ことは不可能だった。 ゲーテは若 い ときには、新大陸 ア メ リカの未来 において
理想の国家が建設 される可能性 を感 じた。 そ して 自分 の晩年 を意識 しは じめ、ハー フェズの
詩集 と避返 したゲーテは、 中世 オ リエ ン トに精神 的 「逃避」の場 を見出 したのである。
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西東 詩集』 におけ るオ リエ ン ト賛美 は、熱い想いの伝 わ る言葉づかいで綴 られている。が 、
当時のゲーテが ヨー ロ ッパ に対 してす っか り背 をそむけて しまった、 と見 なすのは一方的す
ぎる見方 だろ う。事実、小説 Fヴ イ)
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ヘ ルム ・マ イスター』 におけ る、新大陸 アメ リカに関
す る記述 においては、執筆年代 が下 るにつれて、アメリカ- の期待が徐 々に薄れ、逆 に ヨー
ロ ッパの伝統的文化遺産 を活用す るこ との重要性が説かれてい く。ゲーテは、詩人であ る自
分 を刺激 して くれる題材 はため らうことな く吸収 した。が、 自分 自身の存在 の地盤 を揺 るが
せ ることは しなか ったので ある。
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.「ズライカの書」
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西東 詩集J成立の もうひ とつの大 きな契機 となったのは、マ リア ンネ・
フォン・ヴ イレマとの恋愛 だった。1
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年 、 ゲーテ はヴ ァイマー ルか ら自分 の故郷 である ライ ン河畔 に旅行 し
た折 に、マ リア ンネ とは じめて出会 った。 ヴァイマールに戻 った後 、将来 F
西東詩集』 に収
め られ る こととなる詩が 次 々 と生 まれた。ハ-テム と恋人 ズ ライカの詩のや りと りか らなる
「ズライカの書」 は、 こ う したゲーテ とマ リア ンネの恋愛 を背景 と している。愛 しあ う男女
の対話形式か らなる この詩集 にお いては、中世 オ リエ ン トと近代 ヨー ロ ッパが時空 を超 えて
呼応 しあ ってい る。 そ こには、愛 の普遍 的 なあ り方、言 わ ば恋愛 の原現象
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を垣 間見 ることが出来 るのでほないだろ うか。
例 えば、以下の詩句 においては、詩人は恋人 を想 う気持 ちが 自然 の情 景 と呼応 しあい、至
る ところに恋人の姿 を発見 している。
数 え きれない姿 の なか に、君 は隠れるか も しれ ない、
だが 、最愛の ひ とよ、僕 にはす ぐ君 だ と分 かるのだ。
君 は魔法の ヴェー ルで 身 を包 むか もしれないが、
遍在 す るひとよ、す ぐに僕 は君 を見分 ける。
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糸杉が きわめて清 らかに若 々 しく伸 びゆ くさまに、
美 しく成長 したひ とよ、す ぐに僕 は君 を見分 ける。
運河の清 らかな生 き生 きとした波の動 きに、
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心 を くす ぐるひとよ、僕 は君であることが よく分かる. (
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年 8月に、ゲーテは ヴ イレマ 一家 を訪問 し、マ リア ンネと再会 した。その後で、「ズ
ライカの蓄」 におけるハ -テム とズ ライカの対話形式の詩が創作 されたが、その創作 にはマ
リアンネも加わっていた ことが知 られている。
ズライカ
冗談は よして l 惨 めになるだなんて。
愛は私 たちを豊かに しているではあ りませんか。
あなた をこの腕 に抱 き しめれば、
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いかなる幸福 に も私の幸せ は匹赦 します。 (
この詩集では 「
遠」 と 「
近」のモテ ィーフが印象的に用い られている。遠 く離れた恋人に
想いを寄せて詩人が 口ず さむ とき、時間的、空間的な隔た りが解消 されるのである。
また、「ズライカの書」 には有名 な 「ギ ンゴ ・ビローバ」の詩がある。 日本か ら伝来 した
銀杏の葉の形が、心 をひ とつに して愛 しあ う二人の形姿 を構体 とさせ る。
ギ ンゴ
ビローバ
東方伝 来でわた しの庭 に
ゆだね られたこの樹 の葉 は、
秘密の意味 を味わわせて
知者の を喜ばせ る。
この葉 は二つに別れた、
一つの生 きものなのか ?
それ とも、一体であると認め られるほ ど
たがいに選びあった二つの存在 なのか ?
この問いに答 えようとして
私は正 しい意味 を見つけた、
わた しの歌 々を聞いてあなたは感 じないのか、
わた しは一に して二重 なのだ と ?
一
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3.「注 と論考」 にお ける翻訳に関する考察
「
F西 東 詩 集 』を よ り よ く理 解 す る た め の 注 と論 考 」 (
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深い知見 を見出す ことが出来 る
。
「
ハマーについて」の章 において、ゲーテは、ハー フェズの詩集 を ドイツ語 に翻訳 したハマー
)への惜 しみ ない感謝の念 を表明 している。そ
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羽訳 によってオ リエ ン トの文学が紹介 されることは、時代の要請 を満たす ものである
ことを指摘 している。 また、ゲーテは、いかなる分野において も、その道 を歩んでい くなか
では、同時代 人の協 力が何 よ りの助けになる、 と述べて翻訳者ハマー を諾えている。ゲーテ
は、「
現在」が何 よ りも重要であ ることを繰 り返 し言 っているが、 この章における発言 に も
その ようなゲーテ的 ものの見方が うかがえる
。
「
翻訳」の章において、ゲーテは翻訳 を 3つ に分類 して述べている
。
第一段 階の翻訳 は、我 々の感 じ方、考 え方で異国を知 るのに役立つ。簡潔な散文が、 こ
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散文 は、それぞれの文芸の固有性 を解消 して くれる。そ して、異国の文化 を誰 にで も分か
る語 り口で伝達 して くれる。それ故、異国文化受容のは じめにおいては、散文の果たす役割
が大 きい、 とい うのがゲーテの考 えである。ゲーテは、代 表例 として、 ルターの聖書翻訳 を
挙げている。
それに続 く第二の時期 においては、 自分 を外 国の状況 に置 こうと努めるが、ほん とうは
異 国の感覚 をわが ものに しようとす るだけであ り、それ をまた 自分の感 じ方で記述 しよ
うとす る。その ような時期 は、 きわめて正確 な意味において、パ ロデ ィー的時期 と名づ
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けることがで きる。 (
第二の時期の例 と して、ゲーテは詩人 ジャ ック ・ドリー ルをは じめ とす る同時代の フラン
ス人たちを挙げている。 フランス人たちは、異国の文化 を受容す る際に、 自国の文化で培わ
れた代用品 を必要 とす る、 と。 また、 ドイツにおいてはヴイー ラン トの翻訳が、第二の時期
に属す る もの として紹介 されている。
我 々は翻訳の第三の時期 を体験 した。それは、翻訳 における最高次に して究極 の時期 と
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のに しようとす る。その結果、一方が他方の代 わ りとなるのではな く、一方が他方の置
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かれた ところで通用す るのだ。 (
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この第三の時期 において、翻訳の原典 に対す る忠実度 は極 めて高 くなる。 この場合の問題
点 として、ゲーテは翻訳者が 自国の文化の独 自性 を多かれ少 なかれ、諦 め ざるを得 ない こ と、
また、読者 も、未知の文化 を受容す る ことがで きるために、教養 を高めなければな らない こ
とを説いている。ハー フェズの詩 を ドイツ語 に翻訳 したハマー は、 この第三の時期 に属 して
いる。
ゲーテは、上述 した三つの時期が いか なる文学 において も繰 りか え され る ものであること
を指摘 した上で、 自分 た ちは第三の時期 の翻訳 を推 し進 めるべ き時であ る と主張 してい る。
第三の時期 の翻訳、 ゲーテの言葉 を借 りれば、「一方が他 方 の代 わ りとな るので は な く、
一方が他方の置かれた ところで通用す る」翻訳 とい うものは、理論上 は想定で きて も、現実
に実現す ることは不可能 と言 って もよいのではなかろ うか。 と くに、 ヨー ロ ッパの言語 で書
かれた詩の韻律 を 日本語 の翻訳で再現す ることは不可能である。
とはいえ、ゲーテが≡種類の翻訳 が有す る長所 及び短所 をわ きまえつつ 、翻訳 を通 じた文
化交流 をきわめて重視 していた ことが この章か ら読み取 る こ とがで きるだろ う。
ゲーテの F
西東詩集」
】においては、文化交流や翻訳 を通 じて、文化が生産的 に、豊かになっ
てい く様 をいたる ところで見出す こ とがで きる。 また、そ こか ら時代 や文化の違い を超 えて
見 えて くる人間存在の普遍的な相が浮かび上が って くるのであ る。
参考文献
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