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職業能力開発の現状と課題〜仕事の中の曖昧な不安から
「職業能力開発の現状と 課題∼仕事の中の曖昧な不安∼」 北陸職業能力開発大学校 校長 島崎長一郎 1.はじめに 最近の日本を取り巻くさまざまな現象を見ていると、つくづく日本型システムが転換 期にさしかかっていると思われる。その原因は、「仲好しクラブ」的な発想で、誰かが 一人勝ちしないように、誰もが落ちこぼれないように、皆が出来れば中くらいの平均点 で収まるようにといった考え方、即ち、公平・公正といったことが盛んに言われてきた。 「追いつけ追い越せ」といった目標を持っていた時代にはある意味でやさしくて良いシ ステムであり、日本は世界に冠たる国になれたと思われる。しかし、世界における国の 実力、国際化が進む中でいつまでもそれではいけないと言われつづけながら、問題を先 送りしてきた。この問題を解決するには、仲間社会の中に、自由な競争を持ち込むこと である。 経済社会環境が急激に変化し続け、予測のつかない不透明な時代となり、個人は一回 限りの職業人生を、他人任せ、組織任せにして、大過なく過ごせる状況ではなくなって きている。すなわち、仕事の中の曖昧な不安は、仕事があるかないかという問題だけで はない。また、高齢化・高学歴化の進展や、規制緩和・情報化・グローバル化といった 激しい環境変化の中、個人間の「働く能力の違い」についてこれまで以上に真剣に向か い合う必要が生じている。これからは誰もが例外なく能力評価の問題に直面しなければ ならないという緊張感が、不安の背景にある。 その様な事から終身雇用制・年功序列制の見なおしや賃金制度の能力・成果主義的改 革、あるいは裁量労働制、契約社員制度等々の多様な雇用形態が誕生し、ドラマチック な動きをしている。「バブル」崩壊後の長期的な不況が契機となって先送りができなく なっているのが現状である。企業環境のグローバル化や今後予測される労働力構成ある いは仕事の性質の変化といった大局的・構造的な要因も大きく作用し、それに加えて、 「市場主義」が強力な役割を演じている。 多くの日本企業が採ってきた「能力開発主義」といわれる教育訓練を重視してきた人事 雇用施策は、能力開発と長期雇用制度とをセットにするものである。従って、雇用システ ムの変革は必然的に教育訓練システムに変革をもたらすことになり、今や雇用労働者の教 育訓練は非常に重要な局面に向かいつつあると考えられる。この意味において、人材育成 の一環として「キャリア形成」といった言葉が、職業生活を論ずるキーワードとなってき ている。このため、昨年度策定された国の第七次職業能力開発基本計画においても、今後 の職業能力開発施策の展開の中心に労働者のキャリア形成促進が挙げられている。には役 割とか適性といったものがあり、違いがあって当たり前である。終身雇用性・年功序列制 が維持できなくなり、会社が一生自分の面倒を見てくれる筈という幻想を捨てて外へでて もやっていけるような汎用性のある職業能力を身につける必要がある。日本人は元来変化 が嫌いで、「この道一筋」を評価しますが、伝統工芸などの部門は別にしてもうそのような 時代ではないことを認識する必要がある。 2.日本型能力評価制度の歴史 戦後の能力評価制度を 15 年刻みにその変遷を考察すると、激しい時代の推移に対応 できるのは 15 年が限度で、15 年経過すると制度疲労を起こして、新しい対応が必要に なってくる。すなわち、次の通りである。 (1)1945 年∼1960 年(昭和 20 年∼昭和 35 年) …… 生活主義の時代 この時期は、古い日本から新しい日本へと「制度改革」の時代であった。財閥解体、 農地改革などが矢継ぎ早に実施された。その反面、鉱工業生産は凋落し、悪性のインフ レが猛威を振るった時代であり、庶民は竹の子の皮を一枚一枚はぐように持ち物を食べ 物や金銭に換える「竹の子」生活の時代であった。企業側の動きについては,経営権の 確立、職場秩序の回復、日本型管理の登場があった。1950 年∼1956 年の間には、神武 景気(31 ヶ月)、岩戸景気(42 ヶ月)を経験し、日本は、高度成長の準備ができあがり、経 済成長の世界的覇者への出発点となった時期である。 (2)1960 年∼1975 年(昭和 35 年∼昭和 50 年) …… 年功主義の時代 この時期は、高度成長・所得倍増計画、自由化・国際化、大型化、公害、消費者運動、 石油ショックの時代である。企業側から見ると、1965 年からの 10 年間は、日本産業の 重化学工業化の著しい進展、大型化の時代であり、輸出主導型企業の成長が大きかった。 日本の重化学産業の成長を可能にした推進役は技術革新であり、これに伴う設備投資で あった。しかし企業では、能力を評価するノウハウが定着していなく、能力の代理指標 として学歴、性別、勤続が登場した。これが年功主義人事制度の中核となったのである。 この時代の注目すべき出来事は、1963 年に日科技連の第一回QC大会が開催され、1964 年 に 松 下 電 器 で は 、 週 休 二 日 制 が 採 用 さ れ 、 同 年 昭 和 電 工 で は 、 CDP(Career Development Program 経歴開発プログラム:従業員各自がその中に人生設計の目標を 見出せるような総合的な人事管理制度を設けて、人材の開発活用を図る)制度が導入さ れていることである。 (3)1975 年∼1990 年(昭和 50 年∼平成 2 年) …… 能力主義の時代 この時期は、石油ショック、安定成長、減量経営、日本型経営の時代である。1973 年 10 月第一次石油ショックが発生し、1バーレル 2 ドル前後で購入できた状況から 11 ドルになり、1974 年度のGNPは、前年度比 0.2%減と戦後はじめてマイナス成長を経 験した。日本の経済社会に影響を与え、物不足を心配した買占め騒動も発生し、「狂乱 物価」出現の時代であった。石油ショックにより日本経済は、トリレンマ(Trilemma) 「三重苦」に陥ったといわれた。すなわち、購買力の海外流出,スタッグフレーション (Stagflation「不況下の物価高」 ) 、そして国際収支の赤字である。サラリーマンには、 一時帰休、人員整理、給与カットなどの施策も実施された。第二次石油ショックは、日 本経済の流れを、高度成長から安定成長に移行した。大打撃を受けた日本経済が立ち直 った要因としては、省エネルギーを中心とした技術革新の追及とOA化・ME革命、そ れに生産性向上運動があげられる。こうした動きの中で加工組立型への産業構造の転換 も進んだ。 1986 年には、男女雇用機会均等法が施行され男女間の格差も合法的ではなくなった。 また、75 年以降の進学率の増加の中で、大卒という資格も能力指標としての意義が薄 れてきた。最終的に,能力主義人事へ動かしたものは職能等級制度、職能給体系、と育 成型絶対効果の「三種の神器」であった。 (4)1990 年以降(平成 2 年以降) …… 成果主義の時代 この時代はグローバル、大競争、IT革命、規制緩和、リストラ、成果主義の時代で ある。1989 年のベルリンの壁崩壊、1991 年のソビエト連邦の崩壊に象徴される冷戦の 終結は、自由主義市場がグローバル化して、国際化の意味する範囲が完全に地球規模化 した。すべての産業が国際競争力の優位性を最優先で追求するようになった。これが大 競争時代の内容である。こうした状況を背景として、企業は「人、モノ、金」に関する 大リストラが進行中である。製造業の海外への工場移転・空洞化現象も産業の高度化で、 IT革命による産業構造の変化がもたらす結果およびグローバル化のなさしめる必然 の結果である。親方日の丸の護送船団方式、1 億横並びの考えから、「競争優位経営の 仕組み」「対抗力のある組織」「国際競争に勝ち抜く人材の育成」等の施策がグローバル スタンダードである。 3.21 世紀日本企業の再生 3.1) 「量」から「質」への移行、「離職」と「リストラ」 20 世紀最後で失速した「失われた 10 年」に続く今世紀を考えると、時代は大きく変化 している。即ち、20 世紀は「量」の時代であり、21 世紀は「質」の時代である。「量から 質へ」転換出来るかどうかが生存競争に抜きん出ると考えられる。「量」を求めると、必 ず価格競争になり、勝者なき消耗戦と成ります。しかし、「質」を求めて行く限り、限り ない可能性を私達に与えてくれる。 今世紀を考えるために 3 つのキーワードがある。その 1 番目は、デジタルネットワー ク社会の到来である。これは、私達の仕事のやり方や、ものの考え方を、一変させた。 2 番目の変化はグローバル化のさらなる進展である。日本だけのやり方が通用しない時 代になってきた。3 番目の変化は、地球環境の保全が人類共通の課題となってきたこと である。今までどおりの生産を続けることは、廃墟の上に見せ掛けの繁栄を築くことに なる。 この3項目についていかに対応するかを考えてみる。 表 1) リーダーシップのコンピテンシー レベル リーダーシップの内容 部下に対して何も方針を出さず、部下がばらばらになっていて 0 もそのままである。 方針やビジョンは部下に一応は伝えているが、その内容は自 分で考えたものではなく、上から言われたことをそのまま伝えて 1 いるだけである。さらに一部の部下にのみ伝えているだけで、 部下全体には情報が行きわたっていない。 2 3 4 5 6 7 部下全員に対し、組織の方針などを伝えている。但し、ただ伝えてい るだけで、部下をその方向にまとめ動かすことなく、伝える内容も上か らの方針そのままで、自分の考えは入ってない。 自分なりの方針を考え、それを部下全員に伝えている。但し、 その方向に部下をまとめて動かす行動は見られない。 自分の考えに基づいて方針を打ち出し、その方向に部下をまと めて動かすために、あらゆる援助や動機づけを自ら行ってい る。 自ら部分または部署全体の方針を打ち出し、部下全体から高 い信頼感を得ながら、その方向に組織をまとめ動かしている。 会社の経営全体に影響を与えるような方針を自ら打ち出し、組 織全体を動機づけ、高い信頼感を得ながら、その方向にまとめ 動かしている。 リーダーとして非常に高いカリスマ性を持ち、社内の誰もがそ の方針やビジョンに心の底から心酔し、従うくらいのリーダーシ ップを発揮している。 資料出所:坂口克巳「武田薬品工業の人事・賃金制度」 (笹島芳雄監修「成果主義賃金人事・賃金Ⅱ」社会経済生産性本部、1998 年) 1)デジタルネットワーク社会の到来への対応では、原材料から最終製品まで、すべ て自前でやる垂直統合(バーティカル・インテグレーション)から外の力も借りる開放的 なシステム、アウトソーシングを取り入れることが必要である。 2)グローバル化の進展に対しては、国際会計基準のルールは欠かせませんが、グロ ーバルになれば成るほど、個性(質)を主張し、他と差別化し、「質」を認めてもらうこと が必要であり、誇れる企業文化をもつことである。互いに自らの立場を主張し、第三の 文化(文化の融合)を構築することである。 3)地球環境の保全と生産活動をどう両立させるかということが問題になる。自然界の 「知」に学ぶことが大切だといわれている。即ち、資源(自然界)→生産→消費→反生産→ 自然界という循環型の社会システムをつくり、消費した物質を再び土に戻す方法を考え る必要がある。 サラリーマンの今昔を考えてみますと、40 年前には、植木等の「サラリーマンは気楽 な稼業ときたもんだ。…月給 13800 円。これだけあれば、たまにゃ一杯飲めるじゃな いか」という歌が流行した。その頃は雇用は長期、賃金は年功であった。その時から比 べると、物質的にずいぶん生活は豊になりました。当時は職場に不満があれば、Voi ce(組合を通して発言)とExit(離職)の二つの選択肢があった。現在は、気づいて みたら非自発的にExit、つまりリストラ(Restructuring)である。 それに対応するためには、当然のこと自分の市場価値を高める努力が必要であり、知識 や技能を身につけ、個性を磨き、セールスポイントを出来るだけ多数持つことでありま す。自分の市場価値がプレミアム付きになるか、ディスカウントの対象になるか、ゼロ となるかは自己研鑚あるいは社会情勢次第によるといえる。 3.2) 新しい個人と組織の関係 今の社会は、三つのチ(地・置・知)が時代を形成してきた。農耕社会では、肥沃な土 地を持っていることが、一番利益やパワーを生み出す源泉になっていた。その後、蒸気 機関の発明による産業革命が起こり工業化社会になり、時代のパワーの源泉は、良い機 械装置や設備を持っていることであった。現代の情報化社会に突入すると、アルビン・ トフラーが「第三の波」で述べているように、知識とか知恵の「知」が大きなパワーを生み 出している。つまり人間の頭の中で考えたものが、そのまま仕事になっていき、仕事が 見え難い時代に入っている。これは経営環境的にはグローバル化、市場主義化、IT化 が進み人材に関しても同様である。現在は雇用不安が強くなり、IT化などで仕事のや り方がどんどん変わり、従来培ってきた能力では対処出来なくなるという能力の陳腐化 が非常に早くなっている。そこで自分に投資して、能力アップしないといけないという 思いが強くなってきている。そこで、ゼネラリストではなく、どれだけ自分の専門知識 を持ってキャリア(熟練を有する技術、仕事、遊びなどにおける十分な経験、経歴)を確 保していくか、というスペシャリスト志向が強くなってきている。 キャリア不安が起こる背景にはA、B、C、Dの風が吹いていると言われている。 A:Agility(敏速)で、とにかく早くということであります。スピード経営と いわれていて、ビジネスマンに聞くと、とにかく忙しいといっている。 B:Business Innovation(革新)で、IT革命で仕事の仕方が 変わり、従来のやり方では通用せず、新しい革新が求められている。 C:Cost(人件費の削減)で、世界規模の競争の中でコスト削減が求められてい る。 D:Difference(差異の重視)で、今まで横並びでよかったものが、ほかと の違いを見つけ出して行かなければ競争に打ち勝てなくなっている。 最近は、日本企業の一番素晴らしい人材育成を忘れていく傾向にあり、悲しむべき現 象である。人材をコストの面だけで捉え、冷たい成果業績主義になりがちである。 人 事、人材開発のあり方で問題なのは、「会社」と「社員」の関係だったことである。どこ の会社にはいるかが重要で、どのような仕事をするかは余り意味がなかった。社員の賃 金も基本的には年功で、住宅手当、通勤手当、家族手当など社員の属人的部分で決めら れていた。それが破綻をきたしているので、会社は仕事と能力の出合う場所であるとい う関係に変えていく必要がある。これからは「ポスト獲得」競争は「仕事獲得」競争に変 わっていくことに成る。即ち、管理職ポストの獲得のために同期と熾烈な競争をしてい たのが無意味になり、ポストが少なくなった分、各自で仕事を見つけて生残って行かな ければならない。面白い仕事、能力アップができる仕事、重要度の高い仕事をどう獲得 して行くかという仕事獲得競争が、これから重要になってくる。 これからの仕事は、戦略に結びついた重要度の高い仕事と定型化した仕事に二極分化 してきています。定型化した仕事はアウトソーシング化して、派遣の仕事に回して、重 要度の高い仕事に就ける能力を磨き、自分の能力を見える形にしておく必要がある。自 分の動機・価値観・能力で自分の職業に関する自己概念を考えてみることである。最終 的にはエンプロイアビリティー(雇用されうる能力)を身につけることである。そこで、 身につけた能力を一旦外に出して、理論武装して、一般化していくことで、汎用型能力 に変えて行くエンプロイアビリティー、市場価値のある能力になっていくと考えられる。 そこで、日常やっている仕事を、一般化し体系化して、能力をバージョンアップして行 くことが必要不可欠と考えられる。 3.3) 能力評価の新しい基準 日本の雇用慣行は崩壊しつつあるといっても、企業の将来を担う基幹人材に関する限り、 新規学卒者を採用し、長期雇用し、時間をかけて育成していくという人事管理スタイルは、 まだまだ多くの大企業では残ると考えられる。人材育成を基本とする従来の職能資格制度 を再構築する必要がある。 長期雇用を前提とする人材に関しては、職能資格制度の有する意義は依然として大きい。 多くの企業が成果主義に基づく人事制度を進めつつあるが、それにもかかわらず、依然と して多くの企業が非管理職に関する限り職能資格制度を利用している。この職能資格制度 には能力評価という本質的に難しい問題をかかえている。したがって能力評価を適切に実 施しなければならない。 能力評価基準の明確化の第一はアメリカで 1990 年代に大きく発展したコンピテンシー評 価がある。したがって、コンピテンシー評価とは職務行動を観察することにより、従業員 の能力評価を行う手法である。この考え方は,職務能力の有無は職務行動に現れるという 考え方に立っている。その例として,表1を通じてリーダーシップに関するコンピテンシ ーのレベルを示した。第二は,360度評価であり、これは一人の従業員の職務行動を、 上司、同僚、部下、顧客などさまざまな関係者が評価する手法である。第三はビジネスキ ャリア制度の整備・発展である。 3.4)成果主義と働きがい 成果主義には能力開発に対して企業が極力ノータッチのいわば「放任型」の成果主義と 能力開発に今まで以上に積極的に取り組む「育成型」の成果主義があり、もたらす結果は 大きく異なる。後者の「育成型」は本人の努力を大前提としながら、育成自体を会社のコ ストと考えず、そのリスクを考慮しながらも積極的に能力開発を推し進めていく成果主義 のことである。これにはメリットとデメリットの両方がある。 メリットは成果主義的な賃金制度を導入した職場のうち、能力開発の機会が増えた職場 と普遍もしくは減少した職場で、一人一人を活かそうとする雰囲気の関係を調査した結果、 成果主義が働く意欲を高め、職場の雰囲気改善につながる。さらに企業が積極的に育成に 関与することで、会社個々の実状に沿った、アウトソーシング(Outsourcing)できない貴 重な人材が創造出来、会社が望む人材の姿を積極的に提示することで、企業と理念や情報 を共有する独自な人材がそこには生まれる。デメリットとしては、成果がはっきりあらわ れてくるために、せっかく育成した人材を引き抜かれるリスクは高まる。育成ということ を考えれば、あまりにも短期的すぎる成果は問いにくくなり、ある程度,長い目で見た成 果で評価せざるを得なくなる。 成果主義導入の問題点として必ず挙がるのは「評価が困難」や「評価が曖昧」といった ことである。その問題を完全に克服するためにどんなに厳密で細かい評価項目を設定して も、結局のところ、曖昧さはどうしても残る。人間の持つ能力は、他者には完全には把握 できないからだ。そこで、評価が曖昧で不満足であったと感じた社員が「次こそは」とか 「今度は取り返してやる」と感じ、新たにチャレンジできるような環境をつくることのほ うがもっと大事になる。 職場に広がる曖昧な不安の根底にあるのは、所得格差の拡大よりもむしろ仕事格差の拡 大である。仕事内容の違いが明確にされないまま、負担の大きい人とそうでない人の格差 が拡大している。だから、仕事の責任度や自由度が曖昧のまま、新しい制度を導入しても うまくいかない。つねに明確な形で仕事が一人一人に位置づけられていることが必要であ り、仕事が誰にも納得できる形で分配されていることである。自分のつきたい仕事につけ るよう、能力が足りないならば、能力を成長させる機会を与えることである。 3.5)キャリア開発時代 現代社会は急激に変化して、どの会社に何年勤めたかより、あなたの専門能力は何か が非常に厳しく問われる時代になった。人間は個人差がありますが、知能の発達も 20 歳位をピークにして下がるという従来の考え方は適用できなく生涯発達するという考 え方が出てきた。そうすると、60−80 歳もキャリアの中に入ることに成る。 レビンソンは、人生に過度期を設けている。人生が次のステージに移るときには 5 年 間くらいの過度期があるといっている。特に大事なのは中年の 40 から 45 歳の過度期 が非常に意味を持つといっている。部署を異動するとき、次のポジションに移るとき、 次の会社に移るときなどは不安定です。新しいものに対してどう自分を再調整するかと いう時期である。過度期があるからこそ自分を見つめなおす機会があるとレビンソンは 述べている。 キャリア心理学の大御所のスーパーは人生に九つの役割があり、キャリアはこの役割 の統合であるといっている。例えば、私は指導員である、労働者であるというだけでは なく、地域の住民であり、家庭では父親であったり、母親であったり、妻であったり、 夫であったり、そのような役割をすべて担いながら私達は生きているわけである。キャ リアはこれらの役割と切り離せないことになり、役割の中にあるということである。キ ャリアの規定要因は二つある。第一は個人的要因、もう一つは社会環境的要因であり、 前者は性格、価値観、学歴、家庭環境等であり、後者は文化環境、社会環境のなかで育 てられたものである。キャリアはこの二つの要因が混ざり合って、両面から決定が為さ れる。 シャインはキャリアステージを五つに分けてどんな影響を受けてダイナミックに発 達して行くかを説明している。初期キャリアは 17 歳から 30 歳で、従業員と組織の相 互発見の時期であり、上司の役割が大事な時期です。初期にどういう上司に出会ったか は大きな意味があります。企業は管理職の質を揃えていかなくてはなりません。人を育 てるという意識のある良い上司に若い人が出会うことは、その後のキャリア発達に大き な影響を及ぼします。中期のキャリアは 31 歳から 45 歳。組織の中で明確なアイデン ティティを作っていく時期であり、組織にとっても個人にとっても大事な時期であると 共に、方向性を探し、確立して行く時期である。この時期は中期キャリアの危機といわ れており、自己再評価の時です。後期キャリアは 46歳から定年までで、メンターや人 を育てる役割に当たると同時に、将来組織から出た時の自分の人生を設計する大事な時 期である。 4.これからの職業能力開発の方向について 4.1) 職業能力開発施設の現状分析 先行き不透明で、急激な変化にさらされる社会では、如何にして職業に必要な能力を開 発すべきかを考えてみたいと思います。最初に職業能力開発施設の現状分析を行うと次の ようになる。 これまで日本の産業基盤を支えてきた中小企業の技術・技能が優れていることに着眼 すべきである。そこには長期雇用を前提としたOJT体制による技術の伝承・構築が図 られていた。世界の中で、最も優れた教育方法としてOJTがあったと思われる。現在 では、高付加価値・新分野展開が求められており、中小の単独企業だけでは、技術の変 化に対応できなくなってきている。そのため、OJTではできない部分についての対応 をOff−JTに求めている。企業の目標設定に応じたOJTとOff−JTの一体的 展開の中で、自己啓発を進めていくことが重要と成ってきた。 そこで、企業や従業員が求めている職業能力開発の段階・体系に基づく体系図を整備 する必要がある。目的・目標管理の設定は勿論のこと、現時点の自分たちの技能・技術 の位置付けを認識し、その差を埋めることによって、自分たちのすべき教育体系を構築 できる。つまり、職業能力差を埋めるためのプロセスとしての能力開発は、どうあるべ きかという設定が必要不可欠である。日本における企業は、長期雇用体制を前提として きたことにより、その企業にだけ通じる技能・技術になりがちであった。経済のグロー バル化と雇用体制の変化により、単独企業だけの技能・技術から横断的に通用する技 能・技術が必要となっている。欧米各国では、雇用環境と連動した体系、段階的能力開 発が進んでいる。 社会的な責任の中で、人材育成に対する産業と企業の体制づくりを考える必要がある。 海外に進出した日本企業に就業希望が多く見られる理由の一つは、企業の中におけるO JTやOff―JTの教育等がしっかりしていて、将来にわたった技術を身につけるこ とが出来るからとの事である。雇用と職業能力の問題は密接不可欠であり、職業能力を 持たないものは、就業の機会すらありません。国家的事業として能力開発に関する情報 提供を確立することが急務である。基本的な生涯職業能力開発体系・実施方法・カリキ ュラム・教材・講師等の総合的な情報提供を通して、中小企業等が活力ある人づくりを 構築する環境整備をする必要がある。 高付加価値化・新分野展開を図るために自己啓発が重要とされている。在職者は職業生 涯のなかで何を目標とするか明確にした上で自分の能力の向上を図ることが重要である。 自己啓発は経営目標とある面では一体的でなければなりません。しかし、狭すぎる目標設 定は、創造的発想を妨げるものであり、幅を広げた領域を考え、中・長期に職業能力開発 を展開する図式を作らなければなりません。後でも触れますが大学はもっと実践的である 必要がある。大学の課程は修了することがあっても決して完結することはありません。継 続して職業教育を展開することが責務であります。これは単に若年労働者の教育という限 定したものではなくて、広く在職者の生涯にわたる職業教育に係わる体制づくりが必要で ある。 . 4.2) 大学個性化の戦略的品質運営 前述したような社会背景、企業の組織風土、特に能力評価―キャリアディベロップメン トに対応した学生を社会に送る必要がある。大学もこれらに対応した新しい考え方に立脚 した人材育成を心がける必要がある。高等教育、大学教育の品質の向上において評価が中 心的な役割を果たすのは、何より改革を強調するからである。たとえば「学生が得るべき 知識、能力とは何か」、「学生はそれらの獲得に成功しているか」、「学生の学習に対して大 学はどのような貢献を行っているか」、「大学は貢献についてどのような知識があるか」、な どの質問によって、データ収集の努力が発生する。その後カリキュラム開発、経営方針、 教授法など次々と変革可能となる。不断の改善のプロセスを生むのは、他の何ものでもな い評価であることを認識する必要がある。 品質管理の歴史を展望すると表2に示すようになる。産業革命以前は、品質は、職人あ るいは熟練工が個人的に技能をふるった自然な結果とみられていた。しかし、大量生産が 発達し、互換性部品が必要になると、品質の責任は生産ラインの終端に立つ別の人物、イ ンスペクター(検査官)に移行した。 「検査」の基本的な役割は「欠陥品の検出」にあり、軽量、 等級づけ、修理といった一連の単純な作業を意味した。 統計学者 W.A.シューハートが産業における変異性の問題が、確率と統計の原理で解決可 能であることを指摘した。彼は部品が二つとして完全に同じ仕様で生産されることはなく、 原材料、作業者の技能、そして装置には、すべてある程度は違いがあるものであるとした。 管理者の立場からすると、問題はもはや変異が存在するかどうかではなく、変異が生産過 程に固有のもの(共通の原因)なのか、それとも特別の何か(特別の原因)に起因するのかであ る。それで、品質を「検査する」代わりに、標本抽出と統計の技術を用いて品質を「管理 する」ことである。 W.A.デミングは統計的過程管理の唱道者であり、1940 年代の国政調査局に勤務している 時に新しい標本抽出プログラムを導入した。彼は品質の「組み込み」が統計的手法の総体以 上の効果があり、品質の向上が見込まれる。これにより,企業は廃棄や再作業を減じ、その 結果として費用を削減し、生産性を高めることができる。品質の定義も、固定的・内部的な 標準の強調から、顧客の視点からの品質への考慮へと変貌を遂げた。最大の変化は、こうし た品質の実現が競争の有力な武器になった。品質概念のこの最終的な拡張は、製造企業を超 えて、保険会社、公共施設、病院、地方政府、そして大学へと飛躍することを可能にした。 品質に関する4つの時代 時代 特徴項目 検査 統計的品質 管理品質保証 戦略的品質経営 (1930年以前) (1930年代∼50年代)(1950年代∼80年代) (1980年代∼90年代) 基本的関心 検 出 管 理 調 整 戦略的効果 品質の見方 解決すべき問題 解決すべき問題 解決すべき問題、ただ 競争的な機会 し積極的な解決対象 強調点 画一的な生産 検査の縮小を伴 品質上の失敗を防ぐ 市場と消費者の 要求 う、画一的な生 ための、生産連鎖の 要求 産 全体、すべての機能 集団の貢献 方 法 規格化と測定 統計的手法と技 プログラムおよび 戦略計画、目標、 設 法 システム 定組織力の 結集 品質の責任者 検査部門 製造および技術 すべての部門、ただ 管理中枢の強い指導性 部門 し管理中枢が周辺的 のもとでの、組織の全 構成員 志向性と方法 品質の「検査」 品質の「管理」 品質の「組み込 み」 品質の「経営 化」 出典)Managing Quality: The Strategic and Competitive Edge by David A.Garvin.Copyright 1988 by David Garvin. P.37.Reprinted by permission of The Free Press,a Division of Macmillan,Inc. 4.3) 職業能力開発の「これから」の方向性 企業は市場の中で競争し、生き残るために、常に組織と管理システムを工夫します。 それによって「何の仕事をして、どのような成果を出してもらうのか」という従業員に期 待する仕事内容が決まる。これが「市場(あるいは需要)主導型」である。しかし、この 型のように市場に合わせて仕事を決めるといっても、それにあった従業員を確保できな く、今ある従業員の能力特性に合わせて仕事を決めざるを得ないという「供給主導型」 もある。 「仕事に必要な能力を養成する」といっても、仕事の決まり方がどちらの型になるかに よって、「能力開発のあり方」は大きく異なる。もし市場主導型を取るならば、市場の 変化に応じて変わる仕事に合わせた能力開発が必要になる。供給主導型を取るのであれ ば、社会的に認定された能力要件(職能組合や職能団体が能力の養成と認定を行う)に合 わせた能力開発が必要である。このような観点から、技術の変化が激しい、国際化する 中で市場の競争は厳しくなるという環境変化を背景にして、能力開発は間違いなく供給 主導型から市場主導型へと性格を変えざるを得ません。 これまでも「ニーズに適合した教育訓練」の必要性は強調されてきました。しかし、今 起きている変化は、のんびりした時代の「これこれの能力開発は重要であるはず」とい う論理では対応できません。能力開発を行う側に、これまで以上に厳しくなっている。 即ち、従業員も能力開発機関も「需要を正しく見極めること(訓練ニーズの把握)」「需要 に合わせて機動的に訓練内容を変えること(訓練体制の柔軟化)」が強く求められること になる。 世界の先進国として国際競争の中で生き抜かねばならない日本企業は従業員の能力 開発の面で二つの課題が求められている。一つは国際的に見て高賃金の従業員は、付加 価値の高い仕事、即ち、「トラブルに対応する」「工夫する」「開発する」といった知恵を必 要とする仕事が要請される。その為には、これまでにも増して多くの資源を教育訓練に 投資せざるを得ないと考えられる。第二は、企業も個人も能力開発がますます難しくな ることである。即ち、「誰を訓練したら」「何を訓練したら」「如何に訓練したら」効率的か を意識しないと、投資効率の良い能力開発は出来ないからです。標準的な製品やサービ スを安定的に供給するという選択がとれるのであれば、仕事の仕方も求められる能力も 安定的に決められ、能力開発もそれに従って効果的に行うことが可能である。しかし、 日本の企業はそれが出来なく、市場の先端的な部分で競争せざるを得ません。仕事も必 要職業能力も変化せざるを得ないのである。その結果、企業にとっても個人にとっても、 能力開発のリスクは格段に大きくなる。技術の投資である研究開発投資、設備に対する 設備投資と同様に人材に対する投資も確実にリスクが大きくなっている。こうした課題 を解決する為に、能力開発に二つのことが求められる。 1) 能力開発の「戦略性の視点」:企業も個人も長期にわたって成長するには、能力 に対して積極的に投資することが不可欠である。 2) 能力開発を具体的に計画し、実施するにあたって、能力開発に対する投資が効率 的であるのかという「効率性の視点」:今までの能力開発は「とにかく訓練すればよい こと」があったように思われる。これからは投資効率の良い能力開発が求められる。 5.終わりに 昨今、日本の将来について、さまざまな危惧の念が表明されている。私たちが誇ってき た強さの原動力が科学技術であることは誰しも認めるところである。そのような科学者、 技能・技術者が生涯にわたって能力を発揮し、生き生きとして活躍する場が必要である。 また国際的に通用する技能・技術者を育成し、それが絶え間ない継続的能力開発を通じて 生涯にわたって活躍するような科学技術者育成・確保の一貫したシステムの構築は、生き がいを求める個人、国際競争力を高めたい企業、あるいは産業技術力の強化を図る国家に は必要不可欠の課題と考えられる。すなわち、国家の存続は人材育成・確保にかかってい る。 中央職業能力開発協会による『産業の発展を支える技能』の中で、産業界は高度情報化・ ハイテク化の時代を迎え、機械技能・技術分野では多品種少量生産・個別化・多様化.そ して高品質にコスト低減など、さまざまな生産ニーズの変化を背景に、コンピュータの援 用により自動化から FA システム化、そして設計と生産を結ぶ CAD/CAM を経由して、受 注から生産・納品への全工程をネットワーク化する CIE へと、めまぐるしい進化を見せて いると報告している。 技能・技術者をスーパー、ハイテク、マルチ、そしてノーマルの4種に分類できる。機 械では代替できない高度な技能・技術を駆使して高精度,高品質の製品を作り出すことの できるのがスーパーであり、この育成・評価は国家的施策として取り上げる必要が有る。 近年、産業・経済社会において多用で高度な技術と知識が強く要求されている。しかし、 マイクロエレクトロニクス、メカトロニクス、情報処理技術などの新分野は、従来の OJT だけでは対応できない。さらに、新しい実践技術者の必要性が急務である。 参照文献 (1) 実践教育訓練研究会編著 「実践教育」(2000,2001,2002年9月) (2) 能力開発研究センター編著 (3) 厚生労働省職業能力開発局編著 「職業能力開発ジャーナル」(2000,2001, 「技能と技術」(2000,2001,2002年9月) 2002年9月) (4) 雇用能力開発機構編著 「Avanr アヴァン」(2000,2001,2002年9月) (5) 雇用能力開発機構編著 「雇用・能力開発」(2000,2001,2002年9月) (6) 中央職業能力開発協会編著 (7) 厚生労働省編著 (8) ピーター・キャぺリ著,若山由美訳「雇用の未来」日本経済新聞(2001年) (9) 玄田有史著「仕事のなかの曖昧な不安」中央公論新社(2001年) 「能力開発」(2000,2001,2002年9月) 「平成13年版労働経済白書」日本労働研究機構(2001年) (10) 中央職業能力開発協会編「能力開発最前線」中央職業能力開発協会(2002年) (11) D.T.セイモア著,舘 昭・森 利枝訳「大学個性化の戦略」玉川大学出版部 (2000年) (12) 日本工学会編「技術者の能力開発」丸善株式会社(2002年) (13) 職業能力開発行政史研究会著「職業能力開発の歴史」労務行政研究所(1998 年) (14) 鈴木尭士著「今,何故『ものづくり』なのか《IT革命と教育・環境問題を 背景にして》」日本図書刊行会(2001年) 【付記】本報文は平成 14 年度富山大学工学部同窓会総会(富山第一ホテル,平成 14 年 7 月 13 日)の「仰岳会特別講演」で講演した内容に加筆したものである。