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(要約版) 日本のたばこ信仰 ― たばこ神社を中心に― 助成研究者 加原
禁 無断転載 (要 約版 ) 日 本 の たば こ 信仰 ― た ばこ 神 社を 中 心 に― 助成研究者 加原奈穂子( (東京芸術大学)文化人類学・社会学) 本 研 究 の目 的 と研 究 方 法 本研 究は、日本 にお ける 葉た ばこ 栽培 をめ ぐ る信 仰に つい て、 「た ばこ 神社」を中 心 とし て、 その 歴史 と現 状を 現地 調査 に基 づい て明 らか にす るこ とを 目的 とす る。 「たばこ神社」とは、主としてたばこの耕作について豊作の祈願と感謝の儀式を執 り 行 う 場 と し て 祀 ら れ た 神 社 を 言 う 。 全 国 的 に た ば こ 栽 培 が 行 わ れ て い た 時 代 、 名高 い 銘 葉 を 持 つ 、 葉 た ば こ の 主 要 産 地 に お い て 、 各 地 区 の た ば こ 耕 作 組 合 が 主 体 と なっ て 創 建 さ れ た 例 が 多 い 。 た ば こ 神 社 で は 、 各 地 区 の た ば こ 耕 作 組 合 や 日 本 専 売 公 社な どが 中心 とな り、 豊作 の祈 願や 感謝 のた めに 、年 中行 事的 な儀 式が 行わ れて きた 。 たば こ 神 社に 関 する 先 行 研究 と して は 上 田利 男『 た ば この 民 俗』(1977) が ある が、 その 中で 報告 され てい る例 は表 1 に挙 げた 28 例である 。 表1 『た ばこ の 民俗 』に 見る 「た ばこ 神社 」 県( 神社 数) たば こ神 社の 名称 岩手 (3) 福島 (8) せ んま や おおはさま ○ 千厩 たば こ神 社、 一関 たば こ神 社、 ○ 大 迫 南部 たば こ神 社 はなわ ふ ねひ き お の に い ま ち 塙 た ば こ 神 社 、○ 船引 た ばこ 神 社 、 川 俣 たば こ 神 社 、 ○ 小野 新町 た ばこ 神社 、月 館 たば こ神 社 、○ 石川 たば こ 神 社、 鮫川 たば こ 神社 、小 平た ばこ 神社 宮城 (1) 若草 神社 栃木 (2) ○馬 頭た ばこ 神社 、○ 茂木 た ばこ 神社 茨城 (1) ○ 加波 山 たば こ神 社 長野 (1) 板垣 たば こ神 社 岡山 (3) ○ 穴門山 神社、岡山地方局たばこ神社、○岡山たばこ試験場たばこ神社 徳島 (1) ○貞 光た ばこ 神社 香川 (1) ○ 豊葉 神社 福岡 (1) 志波 宝満 宮 も て ぎ か ば さ ん あなとやま と よ は しわほ うまんぐう かんむりだけ か いも ん 鹿児 島(6) ○ 冠 岳 大岩 戸煙 草神 社 、○ 開聞 町たば こ神 社 、○ 高山 町た ばこ 神社、 にっしゅう えいちょう 谷山 町た ばこ 神社 、○ 隼人 町 日 秀 神社 、○ 頴娃 町 たばこ 神社 -1- 禁 無断転載 現在、全国のたばこ神社の多くは、たばこ耕作者の急激な減少に伴って、衰退の途 を 歩 ん で い る 。 た ば こ 神 社 は 、 た ば こ で 栄 え た 地 域 に と っ て は 、 地 域 の 記 憶 を 刻 む文 化 遺 産 で も あ る が 、 現 地 の た ば こ 耕 作 組 合 の 統 廃 合 や 事 務 所 の 移 転 な ど も 重 な っ て、 充 分 な 記 録 や 資 料 が 残 さ れ て い る 例 さ え ほ と ん ど な い 。 本 研 究 で は 、 文 献 調 査 に 加え て 、 現 地 調 査 ( 関 係 者 へ の 聞 き 取 り 調 査 、 祭 礼 へ の 参 与 観 察 、 資 料 収 集 、 写 真 ・ 動画 記録 の 作 成な ど )を 行 う こと で 、① 上 田 (1977)の 報 告に あ る たば こ 神社 の 歴 史と 現 状 を 、 現 地 の た ば こ 栽 培 や た ば こ 耕 作 組 合 と の 関 係 を 踏 ま え た う え で 明 ら か に す るこ と 、 ② 上 田 の 調 査 か ら 抜 け 落 ち て い た た ば こ 神 社 や 、 そ れ 以 降 に 新 し く 創 建 さ れ た例 に つ い て も 調 査 を 進 め る こ と 、 ③ た ば こ 神 社 を 地 域 活 性 化 の 資 源 と す る 試 み な ど が見 ら れ れ ば 、 そ れ に つ い て も 把 握 す る こ と で 、 現 代 の 地 域 社 会 に お け る た ば こ 神 社 の意 義と 活用 を考 察す るこ とを 試み た。 研 究 の 成果 上田 の報 告に ある たば こ神 社の うち 、現 地調 査を 実施 でき たの は、 表 1 の 神社 名の 前 に ○ を 付 し た も の で あ る 。 一 関 た ば こ 神 社 、 岡 山 地 方 局 た ば こ 神 社 、 岡 山 た ば こ試 験場 たば こ神 社、貞光 たば こ神 社、谷山 町た ばこ 神社 、頴 娃町 たば こ神 社に つい ては 、 すで に 現 存し な いこ と が 確認 で きた 。 ま た、 今回 の 調 査で 、 上田 (1977) に 報告 さ れ ひ か わ む か さ て い な い 、 斐川 た ば こ 結 神 社 ( 島 根 県 出 雲 市 )、 高 岡 ・ 穆佐 た ば こ 神 社 ( 宮 崎 県 宮 崎 く ま あ い ら か の や 市)、 球磨 ・ 人吉 た ば こ 神 社 (熊 本 県 球 磨 郡)、 吾平 た ば こ神 社 ( 鹿 児 島 県 鹿屋 市 )、 い ず み い ぶす き 出水 た ば こ 神 社 ( 鹿 児 島 県 出 水 市 )、 お よ び 、 鹿 児 島 県 指宿 市 の た ば こ 神 社 ( 八 幡 神 い また け じょうろく 社、 今嶽 神 社、 丈 六 たばこ 神社 、小田 たば こ神 社、玉 利た ばこ 神社 、堀 切園 たば こ神 社、岩本 たば こ神 社 ほか )を 確認 す るこ とが でき た。なお 、斐川 たば こ結 神 社 と 高 岡 ・ 穆 佐 た ば こ 神 社 に つ い て は 、 す で に 社 は 取 り 壊 さ れ 、 御 神 体 の み が 祀 ら れ て い る 。本 研究 では、現地 調査 を実 施で きた約 30 の た ばこ 神社 につ いて、創建 の経 緯や その 後の 歴 史 、 現 状 等 を 記 述 す る と 共 に 、 写 真 と 動 画 で も 記 録 を 作 成 し た 。 特 に 、 岩 手 県 の大 迫 ・ 南 部 た ば こ 神 社 、 福 島 県 の 小 野 新 町 た ば こ 神 社 、 常 葉 ・ 船 引 た ば こ 神 社 、 石 川・ 専 売 局 た ば こ 神 社 、 岡 山 県 の 穴 門 山 神 社 、 鹿 児 島 県 の 冠 岳 ・ 鎭 國 寺 頂 峯 院 で は 、 祭礼 の動 画記 録も 作成 させ てい ただ くこ とが でき た。 考 察 と 今後 の 課題 ① た ば こ 神 社 創 建 の 時 期 と 主 体 : た ば こ 神 社 の 大 半 は 、 現 地 の た ば こ 耕 作 組 合 が 主体 となって、戦前に創建されたものである。今回、すでに大正期に、鹿児島県指宿市 において、大岩戸神社の分霊を祀る活動が広く見られたことが明らかになった。確 じょうろく 認で きた 限り 、1922 年(大正 11)建 立の 丈 六 たばこ 神社 が最 も古 い例 であ る。 ② た ば こ 神 社 創 建 の 目 的 と 背 景 : た ば こ 神 社 創 建 の 目 的 と し て 、 天 候 不 順 や 冷 害 など による不作の救済や耕作者の団結強化がある。専売制の下で、たばこ耕作組合が組 織化されており、不況の時代でも比較的安定した収入を得られたことが重要な下地 となった。また、何らかの記念事業として企画された例が多い。特に集中している -2- 禁 無断転載 のは 、1928 年(昭 和 3) と 1941 年( 昭和 16)であ るが 、前 者は 昭和 の御 大典 、後 者は 皇紀 2600 年の記 念事 業で ある 。戦 時色 が強 まる 中で 、国 家財 源に おけ るた ばこ の重要性と報国の精神を強調する例も見られる。たばこ耕作組合は、特に戦前は、 地縁によって結びついた団体であると同時に、国策としてのたばこ事業の運営を周 知徹底させるために全国的に制度化された組織でもあった。こうした組合の性格を 反映して、たばこ神社は素朴な民間信仰に支えられた氏神としての性格と、国家主 義と の結 びつ きを も併 せ持 って いた と言 える 。 ③ 今 後 の 課 題 : 近 年 、 た ば こ 耕 作 者 の 著 し い 減 少 に よ り 、 た ば こ 神 社 の 多 く が 困 難な 状況に直面している。今後は、今回は現地調査を実施できなかった事例に関する現 地調査を行うと共に、地域を限定したうえで、たばこ神社創建の背景に関してより 詳細な考察を加えていく必要がある。また、伝統的な神事にたばこを用いる神社の 事例に関しても考察を進めていきたい。福島県の小野新町、常葉・船引、石川・専 売局たばこ神社については、本研究での撮影が、戦前から続いた祭礼の最後の動画 記録となった。今回の動画は、必要な映像や説明を加えて、たばこ耕作の歴史を語 る素 材と して 、地 域で 役立 てて いた だけ るよ うな 作品 にま とめ たい と考 えて いる 。 -3-