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〈要素解説〉FBにおける型材の最新技術動向

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〈要素解説〉FBにおける型材の最新技術動向
要素解説 2
FB における
型材の最新技術動向
日立金属㈱
ファインブランキング(FB)は部品の高精度
阿部行雄*
あり、金型には超硬合金も使用される。本稿は鋼
化、機械加工や他の工法からの切り替えなどによ
材についてご紹介する。図 1 において横軸にじん
る生産コスト低減、他の工法との組み合わせによ
性、縦軸に強度・耐摩耗性をとって特性を比較し
る高機能化などによって今後適用の拡大が期待さ
たものであり、右上の領域が金型材としては理想
れる。金型で考えると、高負荷な加工や製品精度
である。しかしながら耐摩耗性とじん性は一般に
に応える必要があり、それに沿った金型材質の適
相反する特性であり、用途や必要特性に応じて金
用が重要になる。本稿では FB 用の金型材に求め
型材を選択することになる。
られる特性と型材の選択のポイントについてご紹
打抜き加工を含む冷間プレス成形用の金型材料
には汎用的に JIS G 4404 に規定される SKD 11 で
介する。
ある。いわゆる冷間工具鋼の代表格で、市場では
打ち抜き加工に用いられる金型材料
各鋼材メーカーがブランド名で販売・提供してい
る。SKD 11 は主 要 成 分 が C : 1.
5、Cr : 12、Mo : 1、
図 1 に打抜き加工で一般的に用いられる金型
V : 0.
3(いずれも mass%)であり、①比較的大
材料を示す。図 1 に示すものは鋼材(工具鋼)で
きな炭化物が多く存在し、耐摩耗性を向上、②焼
入性は良好、③高温焼戻しで 60 HRC 近い硬さが
*
(あべ ゆきお):高級金属カンパニー 技術部 技師
〒105−8614 東京都港区芝浦 1−2−1 シーバンス N 館
TEL : 03−5765−4228 FAX : 03−5765−8317
HAP®72
ハイス
はその他に 8% Cr 鋼などの SKD 11 改良鋼が各
る。
ス)がある。この代表は JIS
SKH51
SKD11
SLD-MAGIC®
8%Cr 鋼
冷間工具鋼
W : 6、Mo : 5、V : 2(い ず れ も mass%)で あ り、
®
マトリックス HAP 5R
ハイス YXR®3
火炎焼入れ鋼
G 4403 に規定され
る SKH 51 で あ る。主 要 成 分 が C : 0.
9、Cr : 4.
2、
YXR®7
HMD®5
じん性
冷間工具鋼より高硬度では高速度工具鋼(ハイ
粉末ハイス
HAP®10
SKH55
SKD 11 に比べて高硬度のほかに耐摩耗性、耐熱
熱間工具鋼
性に優れる。ハイスの改良版としてマトリックス
SKD61
ハイスや粉末ハイスがある。マトリックスハイス
高い
図 1 打ち抜き加工用金型材(工具鋼クラス)
50
が AISI D 2 などに規定されている。冷間工具鋼
鋼材メーカーのブランド名で市場に提供されてい
SKH40
向
上
耐
圧
強
度
、
耐
摩
耗
性
得られる、といった特徴がある。海外でも類似鋼
は SKH 51 に比べて炭化物を少なくしたもの、粉
末ハイスは製造方法を変えて炭化物を微細にかつ
プ レ ス 技 術
特集
多量に分散させたものである。SKD 11、
加工領域を広げるファインブランキング技術
冷間工具鋼(SKD11)
ハイス(SKH51)
マトリックスハイス(YXR3)
粉末ハイス(SKH40)
SKH 51、マトリックスハイス、粉末ハイ
スの代表的なミクロ組織を写真 1 に示す。
白く見えるのが炭化物である。
金型材に要求される特性
FB の加工の特徴として「①パンチとダ
イのクリアランスを狭くする、②板押さえ
の工夫により打抜き部の被加工材の塑性流
動を制御、により高品位な打抜き面、打抜
25μm
き製品を得る」がある。この場合パンチ、
ダイのコーナー部は高面圧にさらされる。
写真 1 工具鋼のミクロ組織
またパンチ、ダイと被加工材が強く摺動す
る。そのため金型の損傷としては、①へたり、②
を受けて軟化する可能性もある。その場合は耐熱
摩耗・かじり、③欠け(チッピング)が考えられ
性が高いことが求められ、①ハイス系の適用、②
る。また精密成形のため金型には高精度が求めら
冷間工具鋼の場合は高温焼戻しにする、ことが考
れる。使用中の金型の寸法変化、つまり経年変化
えられる。
が少ないことが求められる。
2.摩耗、かじり対策
耐摩耗性、耐かじり性の向上は一般に、①硬さ
金型の損傷対策
を上げる、②型材中の硬質な炭化物を大きくまた
は多くする、ことになる。図 3 に耐摩耗性の評
1.へたり対策
価によく用いられる大越式摩耗試験の結果を示す。
FB は特に圧縮の面圧に耐えることが必要と考
横棒が短い方が耐摩耗性は良好になる。炭化物は
えられる。金型材の圧縮強度は硬さでほぼ決まる
Cr が主体より V 主体のものが硬質である。Cr 系
ため、へたり対策としては金型材の高硬度化とな
炭化物が多い SKD 11(冷間工具鋼)に対し、V
る。図 2 に代表的な金型材の一般使用硬さ範囲
系炭化物を含む SKH 51(ハイス)への材質選択
を示す。おおまかには冷間工具鋼⇒マトリックス
が摩耗、かじり対策には有利となる。さらに耐摩
ハイス⇒粉末ハイスに連れて高硬度となる。
耗性を向上させるには、微細な炭化物を多量に分
FB のような高負荷の成形や、生産性を上げる
ために成形サイクルを上げた場合は金型が熱影響
布させている粉末ハイスの選択となる。耐摩耗性、
耐かじり性の向上には型材だけでなく表面処理の
適用も有効である。
硬さ(HRC)
70
68
SKD11
(60)
66
8Cr 鋼
(62)
耐摩耗性良好
SKH51
(65)
64
YXR3
(59)
YXR7
(65)
62
相手材:SCM415
摩擦距離:400m
摩擦速度:0.76m/s
荷重:67N
HAP5R
(60)
60
HAP10
(64)
58
SKH40
(67)
0
56
SKD11 SKH51 YXR3 YXR7 HAP5R HAP10 SKH40
図 2 一般使用硬さ
第 52 巻 第 12 号
(2014 年 12 月号)
0.1
0.2
0.3
0.4
0.5
0.6
比摩耗量(mm3/mm2・mm)
0.7
図 3 耐摩耗性(大越式摩耗試験)
51
YXR33
HAP5R(62HRC)
150
1200
YXR3
100
応力(MPa)
10R ノッチシャルピー衝撃値(J/m2×104)
1400
200
HAP5R
60
SLD-MAGIC
40
HA
P1
YX 0
R7
SKH
5
SKH55 1
SKH40
SKD11
20
0
54
56
58
60
62
64
硬さ(HRC)
2 ヶ月後の寸法変化(%)
0.08
66
68
70
SKD11(58HRC)
600
104
SLD-MAGIC
(61HRC)
SKH51(65HRC)
105
106
繰り返し回数
107
図 5 疲労特性(回転曲げ疲労試験結果)
4.経年変化対策
焼戻しのみ
熱処理条件の適正化となる。熱処理は金型材の
0.06
サブゼロ処理(−75℃)
− 焼戻し
− 安定化処理(400℃)
0.04
基地の組織を、焼入れ前:フェライト⇒焼入温度
保持:オーステナイト⇒焼入れ(急速冷却):マ
ルテンサイト⇒焼戻し:焼戻しマルテンサイト、
0.02
−0.02
YXR7(62HRC)
HAP7
2
サブゼロ処理(−75℃)
− 焼戻し
0
460
1000
800
図 4 じん性(シャルピー衝撃値)
0.1
HAP10(65HRC)
YXR33
(58HRC)
と変化させることで硬く、ねばくすることが目的
480
500
520
540
である。ただし打抜き加工に用いられる金型材は
焼入焼戻し後もオーステナイトが残存することが
焼戻し温度(℃)
図 6 SKD 11 の経年変化
3.欠け(チッピング)対策
ある。これを残留オーステナイトと呼ぶ。
残留オーステナイトは熱力学的には不安定であ
り、時間が経つとマルテンサイトに分解する。こ
欠け、チッピングは、①じん性不足、②強度不
の際の寸法変化が経年変化である。経年変化低減
足、③疲労強度不足、④かじり、摩耗により摺動
には①残留オーステナイトの量を減らす②残留オ
部の摩擦抵抗が上昇することによる引張応力、な
ーステナイトの分解を抑える、ことになる。熱処
どさまざまな要因で発生する。じん性については
理で「①」の考えがサブゼロ処理、
「②」が安定
図 4 にシャルピー衝撃値を示す。強度とは反対
化処理になる。通常サブゼロ処理は焼入れと焼戻
に硬さが高くなるとじん性は低下する傾向にある。
しの間、安定化処理は焼戻しの後に行われる。図
おおまかには SKD 11 に代表される冷間工具鋼⇒
6 に SKD 11 の経年変化を示す。サブゼロ処理の
SKH 51 に代表される一般的なハイス⇒マトリッ
適用で経年変化は低減し、サブゼロ処理+安定化
クスハイス⇒粉末ハイスに連れてじん性は良好と
処理にてさらに経年変化は抑制されている。
なる。耐摩耗性を付与する炭化物はじん性面では
5.焼入れ性について
低下させる要因となる。よって炭化物の少ないマ
金型材を硬く、ねばくするためには焼入れで材
トリックスハイスはじん性を重視した場合にも選
料の基地をマルテンサイトに変態させることが重
択される。
要である。そのしやすさが焼入れ性である。焼入
粉末ハイスは冷間工具鋼に対しては硬質な V
れ性が悪いと、①焼入れ冷却速度をより速める必
系炭化物が多いこと、マトリックスハイスに対し
要がある:この場合焼入れでの割れの懸念が高ま
ては炭化物を多量に微細分散させていることより、
る、②大きな金型では質量効果により十分な焼入
高じん性、高耐摩耗性を有し、成形条件の厳しい
れ冷却速度が得られない:硬さが得られない、と
場合に選択される。疲労強度は一般に硬さ(強度)
いった問題が生じることがある。ハイス系は冷間
が高く、じん性に優れた材質が有利となる(図 5)
。
工具鋼に比べて焼入れ性は悪い。FB 用の金型で
52
プ レ ス 技 術
特集
加工領域を広げるファインブランキング技術
表 1 材質因子と各特性への影響
材質因子と特性への影響
対策項目
材質特性
硬さ
(上げる)
炭化物量
(増やす)
炭化物サイズ
(小さくする)
表面処理
(適用)
表面粗さ
(向上)
へたり
圧縮強度
向上
影響小
影響小
やや向上
影響小
摩耗
焼付き、
かじり
割れ、
欠け
耐摩耗性
向上
向上
低下
向上
やや向上
耐焼付き、
耐かじり性
向上
向上
低下
向上
向上
圧縮強度
向上
影響小
影響小
やや向上
影響小
引張強度
向上
(ピーク硬さあり)
影響小
影響小
影響小
向上
じん性
低下
低下
向上
影響小
向上
疲労強度
向上
低下
向上
影響小
向上
(材質イメージ)
硬さ:(低い)冷間工具鋼⇒ハイス・マトリックスハイス⇒粉末ハイス(高い)
硬質な炭化物:(少ない)⇒冷間工具鋼⇒ハイス⇒粉末ハイス(多い)
炭化物サイズ:(大きい)冷間工具鋼⇒ハイス・マトリックスハイス⇒粉末ハイス(小さい)
は対象は少ないかもしれないが、大物型へのハイ
成形に関係する材質特性への材質因子の影響を示
スの適用は注意を要する。
す。特性へは主に硬さと炭化物の分布が関与する
が、すべての特性が良好となる条件を得ることは
表面処理
困難である。型材の選定は、①まずは個々の成形
において、金型への要求特性を見極める、②金型
耐摩耗性、耐かじり性対策として FB に関わら
の損傷対策を行う場合は損傷要因を見極める、こ
ず冷間プレス成形、冷間鍛造には近年表面処理が
とが重要である。特に欠け、チッピング対策は強
多く適用されている。冷間成形によく用いられる
度、じん性と金型材の硬さや炭化物分布が相反す
表面処理は CVD・TD および PVD である。
る特性が影響する可能性があり、欠け要因を見誤
CVD、TD の場合は膜の密着性が良好で昔から
ると逆効果になることがある。
プレス成形には用いられている。金型材の観点か
金型への要求特性の見極めが難しい場合は、一
らは処理温度が約 1,
000℃ と高温のため処理後に
般 的 な SKD 11(60 HRC)や SKH 51(62 HRC)
、
寸法変化が生じる可能性がある。またハイスや場
もしくはじん性を意識してマトリックスハイス
合によっては冷間工具鋼でも改めて焼入れ焼戻し
(例えば YXR 7(62 HRC 程度)など)にて金 型
を行う必要がある。
PVD は処理温度が 500℃ 程度と比較的低いた
め、処理後の寸法変化が起こりにくく、精度が要
求される金型に近年広く使用されている。金型材
の耐久性を確認して対策を講じるといった考え方
もある。
☆
☆
FB は用途拡大、高精度化から金型にはより負
の観点からは、冷間工具鋼では PVD 処理温度と
荷が高まることも予想される。金型材の選択は
金型の焼戻し温度が近いため、PVD 処理後に寸
金型の要求特性(仕様)から損傷要因(じん性不
法変化が起こることもある。焼戻し温度を PVD
足など)を考え、それを金型材の特性とうまく合
処理温度よりも少なくとも 20∼30℃ 以上は高く
わせることにある。本稿でおおまかな金型材の特
することが望ましい。
徴を主に損傷要因と絡めて紹介したが、型材選定
の参考になれば幸いである。
型材の選定について
※本稿に記載の特性値は代表的な値であり、保証
表 1 に今回紹介したもの以外も含めて打抜き
第 52 巻 第 12 号
(2014 年 12 月号)
値とは異なりますのでご注意願います。
53
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