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ダイカスト金型における寿命向上技術動向

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ダイカスト金型における寿命向上技術動向
「躍進するダイカストを支える金型技術最新動向」
ダイカスト金型における寿命向上技術動向
ウッデホルム ㈱ 日 原 政 彦
ダイカスト金型の寿命向上技術動向について、金型鋼、熱処理や表面処理および加工と各種のトラブルの関係
を考慮しながら、如何にして金型の安定化や寿命向上を図るかの概要を述べる。
1.はじめに
は、金型鋼の熱疲労・溶損特性の解明
1)∼ 5)
、冷却孔近
傍における応力腐食割れ現象の解明、寿命予知技術
6)
,
7)
今日のダイカスト鋳造技術は鋳造機械の超・高圧―
および熱処理・表面処理による安定化・適用技術など
高サイクル化や製品の軽量化・低コストなどの技術的
が報告されているが、時代の変遷により新技術開発・
および経済的な諸要因が加味されて、非常に過酷な状
改善が促進されている。
況になってきている。
ここでは、ダイカスト金型の寿命向上技術動向につ
鋳造品の安定な生産維持には、金型の品質安定化が
いて、金型鋼、熱処理や表面処理および加工と各種の
最も重要な要件になっている。また、ダイカスト金型
トラブルの関係を考慮しながら、如何にして金型の安
の寿命向上と低下は表裏一体であり、金型材料の選択、
定化や寿命向上を図るかの概要を述べる。
金型加工(キャビティ、水冷孔、直彫り、放電加工など)、
熱処理・表面処理および溶接補修・メンテナンスが適
2.金型の寿命低下要因
切に行われるか否かにより決まる。
図 1 は、金型の寿命低下に及ぼす各種の要因を示す。
このような手法の確立により、各金型加工や操業過
寿命の低下は、材料、加工、熱処理、メンテナンス、
程における総合的な品質が維持されると同時に生産性
金型補修などの各要因が複雑に影響を及ぼし合い発生
が著しく向上し、コスト削減や製品の安定性に非常に
することが多い。
大きな効果や影響を各工程に与える。一方、寿命低下
寿命低下は、金型の補修や操業停止を誘発させるば
に係わる要因は材料、機械加工・放電加工、磨き、熱
かりか生産性を著しく低下させる原因になる。
処理・表面処理、溶接およびメンテナンスサイクルなど、
また、ダイカスト鋳造過程における金型の熱疲労現
非常に複雑多岐にわたり、操業過程での各要因解析を
象は、金型鋼の靭性、延性、クラック進展速度など材
充分に実施しないと明確に解明できない場合が多い。
料特性要因と操業過程で発生する機械的応力に起因す
ダイカスト金型の寿命向上技術に係わる研究動向
る。一方、溶損現象は、金型材料と溶融金属との反応
性と接触摩耗現象に大別できるが、反応形態は鋳造合
金の種類(Al、Mg、Zn など)により異なる。
また、操業過程における金型の安定性や寿命向上は
メンテナンス技術(放電加工変質層の改善、溶接作業
条件の選択、ひずみの除去)の確立も必要となる。
3.ダイカスト金型の熱疲労挙動
ダイカスト金型の熱疲労メカニズムは、下記の要因
によって発生する。
1)加熱―冷却の熱サイクルによる繰り返しの熱応力・
図 1 金型の寿命低下に関係する要因
18|素形材 2008 .2
熱疲労、応力腐食。
躍進するダイカストを支える金型技術最新動向
2)金型表面の加熱時による素材の高温強度の低下。
*ダイプレートや金型の剛性による圧縮応力。
ここで、α:熱膨張率:10.3 × 10
−6
/℃、E:縦弾性係
数:206 GPa、ν:ポアソン比:0.28、(T1−T0)
:温度
*塑性変形、局部ひずみ、転位の増殖。
差( ∆ T=570 -100℃)
3)冷却時の引張応力の発生に伴う、割れの発生。
*加熱時の圧縮塑性変形部がクラックの起点。
なお、加熱直後に発生する熱応力( ∆ T=457℃)を
4)ヒートチェック(微細クラック)、大割れの発生。
計算すると約 1,200 MPa の値になるが、10 秒間程度の
靭性の低下は大割れのクラックを発生、延性の低
保持により金型表面近傍は熱伝導による温度勾配の低
下はヒートチェック(微細クラック)発生。
下に伴い小さくなり、その後応力は徐々にゼロになる。
すなわち、金型表面にクラックが発生すると、クラッ
また、冷却直後の熱応力は加熱時と同様に 950 MPa 程
ク先端の開口部は金型の予熱や高温多湿状況により表
度発生するが、約 10 秒の保持により応力はゼロに収
面酸化が急激に起こる。初期の微細なクラック内には、
斂する。このように金型表面は急激に溶融金属で高温
酸化物が徐々に開口部内に成長し、開口したクラック
に加熱され、離型剤の塗布により低温に冷却される熱
内に析出・成長して酸化物が充填される。クラック内
サイクルが短時間に与えられる。
に形成した酸化物は生地中の Fe、Cr など、酸素との
さらに金型の構造や材料の内部欠陥並びに異常組織
親和性の高い元素と結合し再酸化物を形成する。この
の存在は操業中の寿命に大きく影響を及ぼす。金型の
繰り返しにより、クラック近傍の生地は脱元素(界面
健全化・安定化には、このような形状や欠陥の発生を
異常層の存在)に伴う異常層の形成や応力集中に伴う
極力低下させる材料改善、機械加工法や各種の工程改
金型の切り欠き靭性を低下させる。
善が必要になる。
図 2 は、ヒートチェックの発生および進展状態の観
図 3 に熱間金型用工具鋼(「金型鋼」という)の硬さと
察結果を示す。表面近傍のヒートチェックおよびク
靭性値との関係並びにヒートチェック発生挙動を図中
8)
ラックは、3 次元方向に進展・成長する形態をとる 。
に示す。この結果からも明確なように、硬さが増加す
なお、クラック内の酸化物形成により体積膨張が起
ると耐ヒートチェック性も向上することが明確になる。
こり、生地中に圧縮応力が発生する。その後、ヒート
チェックが開口したクラックに変化して、内部まで深
く進展すると表面近傍では面脱落が起こる。
基本的な熱疲労挙動は、金型表面に負荷される熱応
力に起因するが、それ以外の機械的・形状的要因など
も実際には大きく影響し、ヒートチェックやクラック
が発生するメカニズムを取る。
なお、ダイカスト金型の表面に繰り返しの温度勾配が
負荷された時に発生する熱応力は下記の式で示される。
σ=E /(1 −ν)・α(T1−T0) (1)
図 3 硬さと最大クラック長さの比較並びに
ヒートチェックの発生形態 しかし、金型の場合は、キャビティ形状が複雑なた
めに、熱応力に伴う応力集中と切り欠き靭性の低下を
考慮して、金型の硬さを実験値に比べ通常低下させて
使用している。
なお、疲労強度限界サイクル数と硬さとの関係では、
55 ∼ 60 HRC の領域で限界疲労強度の最大値を示す。
図 4 は、機械加工面のコーナ R と衝撃値との関係を
各々示す。コーナ R と衝撃値との関係からは、曲率半
図 2 ヒートチェック、クラックの進展状況および
酸化物形成状態観察 径 0.75 mm 以上の場合、半径に影響されないが、それ
以下では、半径の大小により衝撃値が著しく変化し、
19
所加熱、溶融温度・速度、溶融金属成分(Al、Mg、
Zn)などにより発生する欠陥の形態は各々異なる場合
があり、欠陥の発生形態を詳細に観察して、改善策や
対策を立てることが必要となる。
焼付き、溶着の主たる発生原因は、金型成分と溶融
金属との化学反応性や溶融温度などの影響が大きい。
図 4 コーナ R(加工半径)と衝撃値の関係
また、腐食現象は、溶融金属における射出時の湯流
れの不均一性や金型物質との化学反応などに大きく依
存する。溶損の発生は、湯流れ速度、熱間摩耗(キャ
ビテーションエロージョン)、高射出圧力、金型の熱
間硬さなどの要因が大きく影響する。
また、離型剤塗布による残存水分による金型表面の
腐食、放電加工変質層の残存によるピット発生などが
操業過程で発生する。
4.金型の熱処理技術動向
図 5 焼き戻し温度と衝撃値の関係
金型鋼の熱処理は、その材料の機能性や性能を有効
曲率半径の小さい部分では、熱応力の発生や応力集中
に発揮させる上で非常に重要な基盤技術であり、熱処
が大きく、衝撃値に与える影響が大きい。
理の良否により得られる性能は著しく異なる。
図 5 は、焼戻し温度並びに硬さに及ぼす衝撃値の変
このことは、如何に最良な素材(金型鋼)であっても、
化を示す。金型鋼(SKD 61 ESR 材、試験材 S -T 方向、
適切な熱処理が施されなければ、金型の操業過程におけ
中心部採取、試験室温)の 530℃近傍は、炭化物の粒
るヒートチェック、大割れの発生、耐食性・耐摩耗性
界析出や残留オーステナイトのマルテンサイトへの変
の低下など多くのトラブル発生原因になる場合が多い。
態などに伴う硬さの増加域に対応するが、衝撃値は逆
近年の金型鋼における熱処理は、真空ガス加圧タイ
に低下する現象を示す。
プの熱処理炉が多くなっているが、これらの理由として
図 6 は、ダイカスト金型に発生する溶損現象の代表
(1)作業環境のクリーン化・改善
例を示す。溶損現象には腐食、焼付き、キャビテーショ
(2)金型の光輝熱処理が可能
ンエロージョンなどが主として発生するが、これらの
(3)冷却時の高い加圧力
欠陥が発生すると、操業金型の稼動不良や製品への欠
(4)大型熱処理炉の製造可能
陥の発生頻度が高くなり生産性は著しく低下する。
などの機能性や大型材料に対応できる炉内熱源、冷却
これらの改善策には、安定な熱処理と表面処理が有
制御方式などの開発がされてきているためと考える。
効となるが、一方で、金型の形状・設計、湯流れ、局
真空加圧ガス冷却方式でも、従来の水焼入れ、オイ
ル焼入れ、ポリマー焼入れ、溶融ナトリウム焼入れ(ソ
ルト浴)などと、ほぼ同様な冷却速度が近年では得ら
れ、焼きむらも少ない処理が可能になってきている。
なお、オイル冷却時の火災の危険性を考慮して、大
型材料の熱処理にはポリマー冷却による焼入れも行わ
10)
れている 。
自動車エンジン部品、プラズマテレビ用筐体など、
最近の金型は一体加工用による大型材料の使用が多
く、真空ガス加圧方式やオイル冷却併用型の熱処理炉
の出現により、従来に比べ光輝状態で安定した熱処理
が可能になってきたことも発展の大きな理由である。
図 6 ダイカスト金型に発生する各種の溶損現象
20|素形材 2008 .2
なお、大型金型鋼の熱処理においては、雰囲気温度
躍進するダイカストを支える金型技術最新動向
や表面硬さの管理だけでは安定した熱処理と素材性能
を充分に発揮できない場合が多い。また、小型の試験
材と金型における熱処理特性は重量(質量)や形状が
著しく異なり、安定した金型性能を得るためには熱処
理技術の現場ノウハウの取得が重要になる
11)
,12)
。
熱処理の安定化には、熱処理過程における金型の表
面部と中心部の温度測定を実体物内に挿入した熱電対
により連続測定し、内外の温度差を極力少なくさせる
加熱・冷却過程での熱管理制御を行う必要がある。
図 7 金型鋼(SKD 61)の冷却速度の違い
に及ぼす衝撃値の変化 近年の金型鋼は、製品の大型化に伴い大型・一体化
基準で製造・実施できる体制作りを可能にするためで
の金型が使用されるために、焼入れ性能を向上させた
ある。その結果、金型鋼、金型加工や熱処理に対する
鋼種が開発されている。大型金型の熱処理では、表面
品質維持の世界共通化が達成できるものと考える。
と中心部の冷却速度が著しく異なり、不均一な熱処理
図 7 は、金型鋼(SKD 61)の焼入れ時の冷却速度の
による変形・変寸および割れなどのトラブル発生原因
変化に及ぼす衝撃値の影響について示す。
を多く含んでいる。
図中の衝撃値の基準は、SKD 61 工具鋼の NADCA
そこで、今日の大型用金型鋼は焼入れ過程における
規格( 9 J 以上)が規定されており、焼入れ速度(800 ∼
カーバイドやフェライトノーズおよびベイナイト組織
500℃の範囲)を最低 20℃ / 分以上の速度で冷却しなけ
の出現を長時間側に移行させ(CCT 曲線、連続冷却曲線
れば安定した素材品質が得られないことを示している。
による、不安定組織の出現を長時間側にシフトさせる。
)
なお、通常の熱処理は、焼入れー焼戻し後の表面硬
焼入れ性の向上した材料が開発されている。これらに
さの測定値で材料の品質を管理しているが、大型金型
より金型鋼の焼入れ時の冷却過程における内外温度差
の場合は、内部における安定化マルテンサイト組織は
をコントロールでき安定な熱処理が可能になってきた。
冷却速度が表面に比べ著しく異なる。
なお、ダイカスト金型用熱間工具鋼に対する規格と
大型の金型では表面部と中心部で冷却速度が大きく
して、北米ダイカスト協会(NADCA)はダイカスト金
変化し、均一な組織が得られない場合が多い。そのため
型に使用する材料・熱処理の品質や受け入れ基準
13)
を
に、実際の金型における内外温度差を熱電対により連
定めている。それらには下記の項目が決められている。
続的に測温し、使用する熱処理炉の特性、加熱体の位置、
(1)材料成分、(2)硬さ(焼なまし、焼入れ―焼戻
冷却方法・ガス流入方向などの特性を良く理解した上
し処理)、(3)材料の清浄度(ASTM,A- 681. Sec. 6 に
で、熱処理を施さないと安定した性能が得られない。
よる判定)、(4)超音波探傷試験(内部欠陥検査)、(5)
図 8 は、熱間金型鋼(SKD 61)の熱処理時の処理手
衝撃試験(靭性、延性評価)、(6)結晶粒度、(7)ミク
法の違いによる組織変化と金型寿命の関係を示す。こ
ロ偏析、(8)焼きなまし組織。
のように、金型鋼の熱処理時における、初晶炭化物の
この内容はユーザーが使用する材料の品質基準を規
成長や、フェライト、パーライト、ベイナイトの析出・
定したものであり、供給する鋼材メーカーは、この基
成長など、熱処理時における冷却速度の違いにより著
準を満たす鋼種を提供している。しかし、如何に高品
しく材料特性が異なり、寿命安定化を大きく阻害する。
質な金型鋼を使用しても、不安定な熱処理を行った場
合、有効な特性を発揮できないことも多い。
なお、日本の自動車関係企業の一部では、高品質で
安定した金型性能を得るために、熱処理時の条件を
NADCA、ASM、GE、Ford などの規格に準じた受け
入れ基準書(仕様書)を作成している。
この手法は、国内企業が海外部品調達・製造を展開
する場合、独自の基準( JIS 規格並びにそれに準じた
基準)により使用する金型への品質保証または仕様を
作成し、どの国、地域、どの処理企業においても同じ
図 8 熱処理の違いによる組織変化と金型寿命の関係
21
表 1 各種の金型鋼への表面処理の適用例
5.金型の表面処理技術動向
ダイカスト金型の金型寿命安定化には、各種の表面
作業
領域
法や改質法が避けて通れない状況になってきている。
特性付加、耐摩耗性や耐食性などの目的に処理される
ことが多かった。しかし、近年の機能性表面処理およ
ダイカスト
表面処理は、各種の材料における機能性向上、素材
び改質法は技術の進歩に伴い、ダイカスト、熱間鍛造、
プラスチック成形、プレス成形、押出しおよびガラス
成形用金型などのキャビティや鋳抜きピンなどの部品
に適用され、有効な性能と素材の安定化に大きく寄与
している。
要求特性・
使用鋼種
寿命の比較
窒化処理(白層無)=浸硫窒化処理>酸
(ヒート
チェック) 化+窒化処理>硬質皮膜(TiAlN)+窒
化処理>無処理(H 13,SKD 61)
SKD 61
(溶損)
SKD 61
Hard 窒 化 + TiN+TiBN/TiC > プ ラ
ズ マ 窒 化 + TiN + TiBN/TiCN >
Hard + TiN > TiN + AlN > CrN >
BN > CrC >無処理 H 13(SKD 61)
(摩耗)
SKD 61
TiN/TiAlN >酸化+窒化処理> H 13
+窒化> H 13
(射出圧力による剥離試験)
鍛造 摩耗 SKD 61 Baliant FUTURA > PVD >素材
絞り 摩耗 SKD 11 TiN + WC/C,3 層皮膜>素材
表面処理は素材の機能性発現のみならず、操業安定
理、プラズマ窒化+酸化処理またはガス軟窒化処理+
化、材料特性との相互補完などの機能性を付加させる
酸化処理など窒化処理系においても複合処理が行われ
有効な手法である。
ている。
図 9 は、実用特性を得るための表面処理層と生地に
14)
なお、酸・窒化などの複合処理層上に PVD、PCVD
おける諸要因の関係を示す 。安定性のある金型表面
皮膜(TiN、CrN、CrC、DLC など)処理を行い、耐摩
を得るためには、生地の表面状態の管理(磨き、表面
耗性、耐食性、耐熱性、耐溶損性などの向上を図る手
粗さ、表面の健全性)を十分に実施しなければ有効な
法も提案されている。
結果が得られない。
表 1 は各種の硬質皮膜と複合処理の適用例・金型
なお、金型の機械加工時のツールマークの残存状態
の 寿 命 比 較 を 各 々 示 す。 な お、 日 本 で 開 発 さ れ た
でその表面に皮膜処理などを行うと、操業過程での応
TRD
力集中により早期のクラック発生や生地内部への進展
性向上を目的に多用途に使用されている。
を誘発させる。
TiALN +プラズマ窒化処理の複合化、CrN、CrC
また、表面処理には、各種の処理方法があり、拡散
などの硬質皮膜も、近年では、皮膜の靭性、密着性や
処理(窒化処理、浸硫窒化処理、ガス窒化処理、プラ
耐熱疲労特性の向上・改善などの技術開発から、熱間
ズマ窒化・浸硫処理など)や皮膜処理(PVD、CVD、
用金型への適用も可能になっている。
PCVD など)がある。
なお、アメリカやヨーロッパでは、窒化系処理にお
近年のダイカスト用金型鋼は、高サイクル化(操業
いてはプラズマ手法の利用が日本に比べ多く、オンラ
時の高寿命化)、製品の高硬度化や過酷な操業条件下
イン処理のメリットは複合形成層の安定性にとって効
での操業・寿命安定化が求められることが多く、素材
果が大きい。単層硬質皮膜の適用は、プラスチック成
のままや単一表面処理では、その特性や過酷な要求性
形金型や冷間金型に処理する場合が多いが、熱間金型
能を達成できない場合が多い。
のようにキャビティ面への荷重・熱負荷が大きい過酷
これらの背景から、国内や諸外国では、ガス軟窒
な使用条件下では複合皮膜処理が適用されている。
化+酸化処理、プラズマ軟窒化処理+酸化処理、ガ
また、DLC 皮膜は、現在でも非常に広い領域に適用
ス 軟 窒 化 + 活 性 化 処 理( ラ ジ カ ル 処 理 )+ 酸 化 処
されその有用性を発揮している。
15)
処理もピンや可動中子、プレス金型の耐摩耗
6.表面処理・改質の特性評価
金型およびその部品に表面処理や改質処理を行った
場合、それらの評価手法および品質維持方法は、安定
操業にとって重要な技術領域であると考える。
特に表面処理・改質層の存在は、生地特性に比べ異
質な性質・特性を持った層を表面に形成させることに
図 9 表面処理の実用特性とその諸要因
22|素形材 2008 .2
なることから、表面に形成した層の物性や界面特性を
躍進するダイカストを支える金型技術最新動向
より理解した上での適用が必要である。
操業過程における金型や表面処理・改質面のメンテ
ナンス技術(皮膜の寿命、評価放電加工変質層の改善、
溶接作業条件の選択、ひずみの除去等)についても上
述の要因と併せて考慮が必要となる。
金型の品質安定性は、この両者の境界領域を如何に
安定化させるかの技術的ノウハウ、処理技術や基材表
面の表面粗さや事前処理方法の確立が必要である。
金型性能を左右させる因子は複雑多岐にわたり、そ
の上に表面処理層が付加されると、ダイカスト金型の
ような熱応力が負荷される場合は、硬質皮膜―窒化処
表 2 ロックウエル圧痕による表面処理層の評価と押付
け荷重の違いによる硬さ変化(SKD 61 材料)
押付け荷重の違いによる
硬さ変化(HV)
表面処理の種類
(SKD61)
50g
100g
CrN/ 軟窒化処理
1354
1159
300g
881
CrN/ ガス窒化処理
1282
1192
1083
CrN/ プラズマ窒化処理
1460
1322
1003
CrN 皮膜のみ
1138
906
560
軟窒化処理
735
654
513
ガス窒化処理
702
702
694
プラズマ窒化処理
721
683
612
SKD61
392
390
386
理層―生地における熱膨張特性が異なり、表面や内部
異なる。
に発生する熱応力勾配は異なる挙動を示し、考慮すべ
また、硬さの高い硬質皮膜を軟化状態の素材に処理
き要因が増えることになる。
すると座屈して、表面処理層が早期に破壊することが
そこで、表面処理特性を有効に発揮するには、現場
あることから、皮膜の健全性を得るには、生地の素材
での金型管理技術の確立ができて初めて達成されるも
硬さにも十分考慮した処理が必要である。
のと考える。すなわち、原因が異なれば対策も異なる
近年、ダイカスト金型へのショットピーニング処理
のであるから、正確な把握がまず大切になる。
の適用が表面品質の健全化に重要な役割を担っている。
特性評価には当然処理方法や皮膜により個々の特性
金型へのピーニングの適用は、1)表面に圧縮応力を
や性能が異なるために、使用方法や用途を十分考慮し
負荷させ、疲労強度を向上させる、2)表面の酸化膜や
た上で適用するべきである。
異常層を除去する、3)窒化処理・硬質皮膜処理との複
中でも、表面粗さ不良およびツールマークの残存、放
合化による、熱疲労特性や切り欠き靭性の向上などの
電加工面、冷却回路の粗加工、磨き不良に伴う欠陥発生
目的で行われている。
頻度は金型の安定化や寿命向上に大きな影響を及ぼす。
この処理は微細なショット材(粒径 1.0 ∼ 0.1 mm 程
次に窒化処理層と硬質皮膜の諸特性について述べる。
度)を 3 ∼ 5 Kgf/cm 程度の空気圧力で金型面に噴射
表面処理には多くの方法が提案されているが、金型
して表面に圧縮応力域を形成し、耐摩耗性や疲労強度
への最適な処理となると非常に限定される。
を向上させ、金型表面の安定化と改質させる方法で、
硬質皮膜の特性を決めるのは、処理材の特性の他に、
各種の表面処理と併用処理が可能になる特徴を持つ。
処理温度と処理材との「つき回り性」の良否や膜厚差
なお、図 10 は金型鋼(SKD 61)表面にピーニング処
および密着性等があげられる。
理を行い、さらにガス窒化処理し、加熱―冷却の熱サ
また、窒化処理系の表面処理は、硬質皮膜に比べ、金
イクルを負荷させた後の表面に発生したクラック長さ
型鋼への拡散のメカニズムを利用していることから、硬
の測定結果を示す。各ピーニングやガス窒化処理を複
質皮膜に比べ密着性は向上し、特殊な高温域の処理を
合的に処理すると、無処理や単一のガス窒化処理層に
2
除き、金型鋼の高温焼き戻しの温度域での処理が多い。
窒化処理の不利な点は、窒素化合物(白層)が、クラッ
クの発生に起点や 500 ℃程度で分解することがある。
表 2 は、硬質皮膜および窒化処理した金型鋼の皮膜・
処理層における表面特性を示す。
硬質皮膜や窒素化合物など、硬化層の存在する表面
評価は、スクラッチ試験、硬さ試験機による、ロック
ウエルやビッカース圧痕により行っている。
表面および硬質皮膜処理面の硬さ測定においても、
圧痕荷重が異なれば得られる値が異なることから、測
定荷重の選択を適切にしないと、実質的な硬さの値も
図 10 ピーニング、ガス窒化処理および複合処理した
金型鋼(SKD 61)における熱疲労試験後の最大
クラック長さの比較
23
金型加工技術、熱処理、表面処理・改質技術やメンテ
ナンス技術は、世界的にもレベルが高く、金型安定化
や製品品質の向上に大きく貢献している。
熱処理や表面処理技術は、金型を如何に安定な状態
で目的数量まで操業を維持させるかの重要な役割を
担っている。
図 11 放電加工後の表面に改質処理した試験片の
熱疲労試験後の最大クラック長さの比較
また、金型の補修(溶接、再放電加工、再表面処理
17)
など )およびメンテナンス後の金型の安定性などに
ついても、溶接熱履歴装置を使用した金型溶接手法の
比較して、表面の圧縮応力が増加し、耐ヒートチェッ
確立や各種の改質手法が開発されている。さらに、窒
ク性(クラックの進展低下)は向上する。
化処理の数次の繰り返し再処理による高寿命化などの
近年では、このような複合表面処理手法を操業過程
技術や多層膜の形成、電子ビームによる改質技術の高
において実施し、各サイクル段階での繰り返し処理に
機能化が確立されると、機能性表面の創製にとって非
よる金型の操業安定化、メンテナンス時間の短縮化や
常に有効な技術手法になり、素形材産業への発展に大
生産性が向上する事例が認められ、ダイカスト産業に
きな影響を与えるものと考える。
大きく貢献している。
図 11 は、金型に仕上げ放電加工を行った場合、複
参考文献
雑形状部深穴部などは、磨き作業が難しく加工変質層
1 )日原政彦:素形材,Vol. 47, No. 2(2006)41.
を残存させることが多い。加工面の改善を目的に試験
2 )K. D. Fuchs, et. al : 7th international Conference on
材表面に各種の表面処理・加工を複合的に行った時の
熱疲労試験後の断面に認められた最大クラック長さの
比較
16)
を示す。
放電加工面は引張残留応力が存在し、熱疲労特性は
著しく低下する。しかし、ピーニング処理、ガス窒化
処理、レーザ加工等を単独あるいは複合的に行った表
面では、全て圧縮応力に変換され、熱疲労試験後の耐
ヒートチェック性は著しく向上する。
Tooling, May(2006)91.
3 )R. Perrone, et. al : 7th international Conference on
Tooling, May(2006)61.
4 )H. J. Spries : 5th international Conference on Tooling,
Sep(1999)25.
5 )F. Calosso, et. al : 7th international Conference on
Tooling, May(2006)191.
6 )吉田潤二他:2006 日本ダイカスト会議論文集,JD06-02
(2006)7.
なお、窒化処理後および放電加工後の表面改質手法の
(2004)
1.
7 )田村庸:2004 日本ダイカスト会議論文集,JD04-01
一つである、レーザおよび電子ビーム加工は加工表面
8 )日原政彦:ダイカスト金型の寿命向上対策,日刊工業新
を溶融させるエネルギー条件で加工を行うと、表面粗さ
は著しく改善されるが表面に引張残留応力が発生する。
そこで、表面の熱疲労特性の改善や安定化には、エ
ネルギー条件を選択し、溶融させないことが圧縮応力
の維持に必要である。
各種のエネルギー利用による表面改質方法が多方面
で研究されてきている、表面を再溶融すると加工面に
引張応力が存在し、表面品質が著しく低下するために、
改質法には十分な注意が必要になる。
7.おわりに
ダイカスト金型鋼、熱処理、表面処理・改質の諸特
性と金型寿命に係る要因について概要を述べてきた。
各種の金型鋼の品質改善や表面処理や改質手法は、
今日でも多くの提案や技術が紹介されている。日本の
24|素形材 2008 .2
聞社,2 月(2003)59.
9 )R. L. Houghton : Heat treatment progress, May/June
(2004)45.
10)志木実男他:三菱製鋼技術,Vol. 23, No.12(1989)33.
11)柳沢民樹他:電気製鋼,Vol.71, No.2(2000)167.
12)大和久重雄:熱処理,Vol.29, No.4(1989)229.
13)NADCA : Product # 207(1997).
14)新井透:型技術,Vol.9, No.5(1994)10.
15)杉本義彦他:型技術,9, 7(1994)160.
16)日原政彦他:日本ダイカスト会議論文集,JD-04(1996)4.
17)日原政彦他:日本ダイカスト会議論文集,JD-06(1994).
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