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フローラ・モール先生とシャイ・ヘン=ガル先生の共同
東京家政大学附属 臨床相談センター紀要 第13集 フローラ・モール先生とシャイ・ヘン=ガル先生の共同講演会 近喰 ふじ子1) 梅原 1 「日本パペットセラピー学会」の原 美智子理 沙衣加1) ておこう。 事長から、フローラ・モール先生が東日本大震災 の子どもたちへの治療をおこなうために来られ ヒブキプログラム るので、講演をしてもらうのはどうかと相談をさ この現代、イスラエルは戦争中である。多くの れた。筆者は東京家政大学での自分の講義である 子どもたちが戦争の被害に遭遇している。そこで、 「遊戯療法・演習」の一つとしておこなうのであ 「ヒブキ人形」を用いて子どもたちへの心的外傷 ればお引き受けしましょうと伝えた。講演者であ の治療(パペットセラピー)をおこない、その後 るフローラ・モール先生からの承諾が得られ、講 に絵を描かせる方法をおこなっている。 演の運びとなった。講演内容はこの臨床相談セン ター研究紀要に掲載してありますので、それをお この一連の治療構造を「ヒブキプログラム」と 呼んでいる。 読みいただければ幸いに存じます。なお、当日、 その内容を記載すると、 「ヒブキプログラム」 イスラエル大使館のミカエル書記官も同席し、受 は、ヒブキプロジェクトの一つです。そもそもヒ 講生全員(72 名)にヒブキ人形をプレゼントし ブキという言葉は、ヘブライ語で「抱っこ」の意 てくれた。今年は日本とイスラエルの国交 60 周 味で、ヒブキ君は悲しい顔をした犬のぬいぐるみ 年になるとのことで、その記念式典(バッジもい です。このヒブキ君は、 「私たちは弱くない。可 ただいた)の一部も兼ねていたようである。 愛そうな犬を世話することができる強い子だ!」 さて、ここでは筆者が学部 2 年生に対しておこ という自覚を促します。支援者はお礼を言われる なっている「遊戯療法・演習」の講義の中で講演 のではなく、「犬のお世話をしてくれてありがと をしていただいた講演内容を学生がどの程度を う!これからもヒブキ君をよろしくね!」とお礼 理解し、どのように受け止めたのかをレポート課 を言って別れるそうです。 題とし、そのレポートからまとめた。 レポート内容に記載されている項目として、① レポート内容に記載されていた頻度は、①25 東日本大震災について記載されているか②イス 名(34.7%)②26 名(36.1%)③72 名(100%)④33 ラエルが戦争の渦中にあることを知っているか 名(45.8%)⑤16 名(22.2%)⑥19 名(26.4%)で ③アート内容は理解できたか④ヒブキプログラ あった(重複はしていない)。イスラエルの PTSD ムについてどう思ったか⑤今後の自分が模索で の子どもたちにおこなった絵画療法内容につい きたか⑥学問への興味・関心が持てたか の6項 ては学生全員が衝撃を受けたようである。筆者も 目を選んだ。ところで、ヒブキプログラムについ 驚きというよりも衝撃を覚えた。それは、日本で ては初耳であることから、ここで簡単に説明をし は嫌というほど、耳がうんざりするほど言われて いる、急性状態の時には絵画は描かせてはいけな 1) 東京家政大学人文学部心理カウンセリング学科 い!である。しかし、イスラエルでおこなわれて -25- フローラ・モール先生とシャイ・ヘン・ガル先生の共同講演会 いる「ヒブキプログラム」では「積極的アートセ 晴らしいものでした。 ラピー(筆者が捉えた状況から名付けた) 」とい K.N.:今回の先生方のお話は興味深く、集中して う方法をおこなっていた。この事実は臨床家にお 聞かせていただきました。その中でも、特 いて大きな示唆すべき出来事であると思った。そ に印象的な点や重要だなと思う点がいく こで、学生たちのレポートから、そのことが記載 つかありました。一つ目はアート治療の過 されている部分を抜粋してみよう。 程についてです。言葉にならないイメージ A.M.:恐ろしい体験をした子供に恐ろしい絵を描 を絵を描くことで表現し、象徴を形造るこ かせ(作らせ)たりして、恐ろしいことを とで、子どもの心的外傷は整理され、筋の 何回も思い出してしまう子どもに、何か変 通った物語として表現されるようになっ 化が現れるまで恐ろしい絵を描かせると ていくということでした。また、先生方も いうのは驚きでした。恐ろしい絵を描くこ この過程が、特に重要だとおっしゃってい とはそのことからずっと離れられず、苦し ました。二つ目はどんな心的外傷を受けた んでしまうと思っていたのでとても勉強 子どもでも同じような絵を描くというこ になりました。 とです。先生方のお話では絵は象徴的なも O.K.:真っ白な紙に子どもが描きたいものを何も のだからということでした。私は今まで心 制限せずに自由に描かせるものと自分自 的外傷を負った子どもが描いた絵は見た 身が恐ろしいと思うものを描かせ、その後 ことがなかったのですが、今回の講義の中 に、子ども自身が安心・安全だと思うほっ で初めて見せていただきました。 とするものを描かせ(作らせ)るという 2 T.M.:一つ目は子どもに自由に絵を描かせ、その つの治療法があることを教えていただき 絵をもとにカウンセリングをおこなうと ました。この 2 つの治療法のうち、恐ろし いうもので、制限も否定もしてはいけない、 いもの~安心・安全だと思うものという方 自由におこなわせることが大切であると 法では、もし、恐ろしいものを描いている いうことでした。子どもがどんな絵を、ど ところで思考が停滞してしまい、次のステ んな色で、どんな大きさで描くのか、絵の ップに移れなくなってしまったら、会話や 中に込められた様々な精神・心理状態およ 内容に触れながら、何回も何回も描かせて、 び、子どもからのメッセージに気づくこと 子どもが許容し、受け入れられるようにす は簡単そうだけど、実際はすごく難しいこ ると先生はおっしゃっていました。まだ、 とだと思いました。二つ目の敢えて恐ろし 私の中では消化されていないのですけれ いものを描かせたり、作らせたりした後、 ど、こんな方法もあるのだと思い、すごい 自分にとって安心できるものを作らせた ことだと思いました。 りする方法は、恐ろしいと感じるものを思 O.N.:実際のアートの写真を見て感じたことは、 い出させてそれを絵に描かせたりするな アートを描くことによって子どもたちは んて、トラウマを抱えている子どもにとっ 確実に自分の中のトラウマから回復し、成 ては逆に辛いものなのではないかと思い 長しているという点でした。芸術療法は素 ました。しかし、その恐ろしいものを敢え -26- 近喰 ふじ子 梅原 沙衣加 て自分の中で明確にし、認識することで、 でもない。しかし、芸術療法は芸術活動を 何が自分にとって恐ろしくて、何が自分に 通じて子どもたちのこころの内面を表現 とって安心できるものなのか、はっきりと することができ、今までの心的外傷を葛藤 区別することができるのではないかと思 や浄化などの開放や解消が期待できると いました。 思われる。また、病気の程ではないが、悩 5 名のアート内容の報告だが、学生の全員が同 みやストレスを感じて日々耐えながら過 様の報告をしているし、積極的アートセラピーに ごしている人も沢山いると思われる。その ついて驚き、理解を示していた。 為の心身の障害の予防やストレスケアに その他、気が付いた内容について記載してみよ も芸術療法は有効な手段であると言える う。 と思う。 D.N.:今、私がアルバイトをしている塾の子ども S.N.:子どもが素直に表現していくには、大人が の中に絵で会話をしている女の子がいま それを受容してあげなくてはいけないと す。その子は PTSD ではないのですが、場 いうことを知りました。私が子供の頃、よ 面緘黙といって家ではお母さんを始めと く塗り絵をしていました。母は私が何色を した家族と沢山お喋りをするのですが、塾 塗ってもそれを止めませんでしたが、例え や学校に来ると話すことが苦手になって ば、それを「顔は肌色よ」などといって止 しまう女の子なのです。その子はとても絵 められたら、自分の思った通りに表したく を描くのが好きで、授業の間に私がノート なくなります。同じように芸術療法で何か にイラストを描くと、少しニコッとしたり を描いたときに、それは変だと止められた してくれます。彼女自身もノートに沢山の ら、その子の成長を妨げてしまいます。セ 絵を描いてくれます。私は彼女と一回も会 ラピストや先生はどんな絵や言葉であっ 話をしたことがないのですが、彼女の可愛 ても受け入れてあげて、その子が何を言い らしい絵が非言語コミュニケーションと たいのか汲み取ってあげることが大切な して役に立っていると感じています。 のだと分かりました。東日本大震災によっ S.M.:お話を聞いていて、現在も戦争で命の危険 てトラウマを持った子は沢山いると思い にさらされている子どもたちが大勢いる ます。その子たちが今後の日本を担ってい のだと改めて気づかされました。そういっ くのだから、健やかに成長していって欲し た現状があると頭では分かっていても、ど いと思います。 こか遠い世界のことのような気がしてい T.M.:日本は今、イスラエルのように戦争が身近 た自分にも気が付きました。戦争だけでは にある国ではないのですが、地震や津波な ないけれど、世界中で様々な問題が起きて どの自然災害によって、多くの傷ついた子 いるということに、もっと関心をもってい どもが生まれてしまうことがあると思い こうと思いました。 ます。私もそのときどのような立場でかは K.M.:芸術療法は痴呆やストレスに効く万能薬で 分かりませんが、子どもと関わりを持つと もなければ絵を描けば必ずしも治るわけ 思います。そのときに芸術療法の考え方を -27- フローラ・モール先生とシャイ・ヘン・ガル先生の共同講演会 活かして子どもと関わりあっていけたら の考え方をまとめていた。また、疑問に思ったと と思います。貴重な経験になりました。 ころは正直に述べるなど素直さが感じられた。今 C.S.:日本とイスラエルのバッジとても可愛いと 思いました。ありがとうございました。 後、芸術療法や様々な心理療法を学ぶ必要があり、 さらに書物などで学ぶ機会を持ちたいと思って N.N.:アートで自由に好きなように表現するとい いることも分かった。 うことは、子どもにとって大切な心の開放 お二人の先生方は東京家政大学での講義終了 の場であると思います。遊戯療法でのプレ 後、東日本の震災地に向けて出発して行った。こ イルームが画用紙に代わっているという のような貴重な時間を与えてくださったことに ことだと思いました。 感謝を申し上げます。 学生たちは考えていた以上に理解し、自分なり Dr.Shai Hen-Gal with HibukiPhoto by Yanai Yechiel -28-