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スマートグリッド・エコノミクス事始め(前編)

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スマートグリッド・エコノミクス事始め(前編)
スマートグリッド・エコノミクス事始め(前編)
2013 年 2 月 22 日
依田ゼミ OB/OG 会
京都大学大学院経済学研究科
1.
教授
配付資料
依田高典
昔の奇縁
2010 年 3 月に産声を上げたスマートグリッドの効果測定の経済学研究プロジェクトをスマートグリ
ッド・エコノミクスと呼ぶ。私はネーミングから入る主義だから、既に使われていないか Google で検
索した。一般向けのキャッチフレーズに使われているのみで、事実上スマートグリッド・エコノミクス
が体系的に使われている気配はなかった。そこで私はその名称を用いて、自分の新しい研究テーマに据
えることにした 。そのさわりは拙著『次世代インターネットの経済学』(2011 年岩波新書)の「おわ
1
りに」に書いたところであるが、その後の経緯を含め、ここに改めて書きつづっていきたい。
正確な時期までは分からないが、2009 年頃のことと思う。ブロードバンド・サービスや喫煙のアデ
ィクションなどの研究に一応の目処が立ち、1 年程度時間を掛けて、じっくりと新しい研究テーマを探
したいという思いが募った。思えば、京大助教授として着任したものの、まだ国際的な学術業績がなく、
焦りと共に、赴任 2 年目の 2001 年から 2002 年にかけて、英国ケンブリッジ大学留学を許可してもら
い、ようよう幾ばくかの国際的業績に恵まれ、学者として一息ついたことがあったように、研究上の大
きな軌道修正が迫られたときは国内の諸々の拘束から逃れるのが一番手っ取り早い。年齢的にも 45 歳
に迫り、このまま緩やかな衰退に向かうか、もう一旗揚げるかどうかの分かれ道にさしかかっていた。
次の訪問先はUCバークレー校と決めていた。カリフォルニアの温和な気候と青い空、そしてバーク
レーのリベラルな校風への憧れが何よりの理由だ。訪問受け入れ依頼を含めて、2010 年 3 月に数日、
自分の研究発表も兼ねて、バークレーを事前訪問した。その際、旧知のUCバークレー校大学院生 KI
君、同客員研究員 MT 先生(政策研究大学院大学准教授)と再会した。少し脱線するが、両名との間柄
についてお話ししよう。
KI 君は学生として思い出深い。私が英国在外研究から帰国した直後の私の情報通信産業論の受講生だ
った。私も若かったので教育に熱心で毎回電話・電力・ガス・官庁などからゲストスピーカーをお呼び
し講義と議論を行い、学生にはレポートを必修とした。その中の受講生で所定のA4用紙の裏表にびっ
しりと意見を書いてくる優秀な受講生がいた。それが KI 君であった。そのレポートが優れていたので
2013 年 2 月時点で「Smart Grid Economics」を Google Scholar で検索してみると 34 件ヒットする。
未だに大量とは言えない。2010 年以前に限って検索してみると、数件ばかりの学術的な文献が見つかる。
以下は、タイトルに「Smart Grid Economics」を冠した先駆的例外事例である。
l
Stephen Chapel (2008.10) “Smart Grid Economics: Three Stories Bring up Issues,” Natural Gas
Electricity 25.3: 1-8.
l
W. Ketter, J. Collins, and C. Block (2010.12) “Smart Grid Economics: Policy Guidance through
Competitive Simulation,” ERS-2010-043-LIS , 2010.
1
1
名前は覚えたが、誰が具体的に KI か顔は分からず講義は終わった。期末試験の直前であったが、その
KI からメイルで、シンクタンクのインターンがあり、期末試験は受けられない。レポート等の代替措置
はないかという問い合わせがあった。私は 2003 年 1 月 8 日のメイルで KI 君に次のように答えた。改
めて読み返すと、私も青臭い。
「私はこの手の学生の言い訳が大嫌いなので、一切受け付けないことにしています。しかし、KI 君のレ
ポートは、その取り組み方・内容から、とても評価していました。また、最近、君のレポートや講義ア
ンケートが提出されていなかったので、多少気にはなっていました。もしも今回、万が一、特例を認め
て成績評価をしても、本試験を受けないのだから、お情けで一番低い「可」にしかなりません。君の提
出した情報通信産業論のレポートはオール A だっただけに、また就職・進学・留学等を考えると低い成
績を取るよりは、いっそここで単位を落とした方がましです。ですから、私は君に今年度は単位の取得
を見送り、興味があれば来年度にもう一度履修することを薦めます。講義の内容が重複する場合は、今
年のレポートを再提出してくれても結構です。ただ、本試験だけは受けて下さい。いずれにせよ、私は
君が今まで大変熱心に講義に取組んでいたことを理解しています。君のこうした頑張りはきっと君の未
来に花開きます。単位の取得など小さいことです。プライドを捨てることの方が大きいことです。イン
ターンもやりたい、試験は受けないけれど、単位は欲しいというのは潔くありません。眼前の些事は気
にせず、インターンならインターンを頑張って下さい。」
KI 君は私の提案を了とした。私が KI 君の顔を初めて見たのは翌年の別の講義であるが、彼の話しぶ
りや人間的な部分も含めて観察し、これはいよいよ前途有為な人物だと感心した。ある時、卒業を控え
て、彼がインターンをしたシンクタンクに就職が決まったと挨拶に来た。その時、私は今でも冷や汗が
出るような失言をした。「もったいない。止めておけ」と口走ってしまったのである。普通の京大生が
大手シンクタンクに就職が決まったならば、おめでとうと祝福する。しかし、彼のような傑出した京大
生がシンクタンクに進めばやがてもっと高いレベルの勉強をしたくなり、結局は会社を辞めてしまうだ
ろう。それなら、若いうちに早い段階でそういう道を目指した方が良い。
明らかに干渉しすぎた。もしもこれで彼が人生の道を誤って転落したら私のせいである。私は自分の
言ったことを後悔した。それからしばらくして、彼から就職するのは取りやめにして、留学を考えたい
という連絡があった。その後の彼の成功した留学生活を見るにつけ、結果的に安堵しているが、学生の
人生に対して最後まで責任を取れない以上、そこまでの介入はするべきではないと今でも反省をしてい
る。
MT 先生との出会いは 2004 年度日本経済学会春季大会であった。MT さんは東京大学を卒業後、東
京電力に就職したが、母校の大学院に戻って、初めての学会報告論文の討論者に MT さんは私を指名さ
れた。MT さんは大変気持ちの良い優秀な若者で、学会での報告の後、明治学院大学から歩いて品川に
降りて、プリンスホテルのカフェテリアで数時間話し込んだ。私はこれから計量経済学を使って情報通
信の世界でブロードバンドの分析を行う予定だが、MT さんには是非電力の世界で専門的な研究者の嚆
2
矢となって欲しいという話をした。電力改革はその当時の日本でも重要な検討課題に挙がっていたが、
電力経済学者の多くは交通経済学や都市経済学などその他の分野から流れてきており、電力をメインタ
ーゲットとして研究する学者はまだ珍しかった。MT さんなら、国際的な研究業績を持つ日本の最初の
プロの電力経済学者になれるだろう。
2.
スターバックスでの約束
2010 年 3 月 20 日、私のバークレーの一時訪問で、MT さんと KI 君に連絡し、雑談することにした。
場所はバークレーの正面入り口手前にあるスターバックスだった。最初はお互いの研究の紹介のような
話だったが、MT さんは着々と電力経済学の研究を進め、KI 君の博士論文は自然実験を用いた電力需要
の推定だという。通信経済学や行動経済学の研究を行ってきたが、その次の研究テーマを模索していた
私とも意外に接点がありそうだ。久しぶりの再会で意気投合した MT さんや KI 君に、私は次のような
提案をした。
「どうやら三人の研究の話を聞くと、研究面で接点がありそうだ。こうしてバークレーのスタバで再会で
きたのも何かの縁でいつか共同研究をしたいものだ。共同研究をする価値のある大きな社会的トピックは
今ならスマートグリッドだろう。世界一電力供給が安定的な日本でスマートグリッドの必要性は薄いかも
しれないが、もしも個票データを用いた経済効果の分析が出来ればそれはそれなりの学術的価値も生まれ
てこよう。日本政府が本気でスマートグリッドの普及を目指すときが来れば、役人は情報通で賢いもので、
鵜の目鷹の目で人を探すだろう。そうなれば、その経済効果の測定で僕の所にもなにがしかの話が来るだ
ろう。その時は、二人に連絡するので一緒にやろう。」
こうして、MT さん、KI 君と別れ、2011 年からのバークレー訪問を目指し、フルブライト研究員に
応募した。しばらく、スターバックスの約束を忘れていたが、経済産業省情報経済課から相談したいと
いうお話しを頂いたのは 2010 年の7月のことである。2010 年度に、横浜市・豊田市・けいはんな学
研都市・北九州市の 4 地域を選定して、スマートグリッドの実証実験を始めるということであった。主
な目的は、米国のピーク時間の電力消費を抑制するデマンドレスポンスではなく、太陽光発電の不安定
な余剰を吸収することにあった。後から聞いた話ではあるが、経済効果の測定で誰が適任であるかとい
う相談を受けた松村敏弘東京大学教授の推薦があったという。
経済産業省の依頼によれば、4 地域のスマートグリッド導入の経済効果を測定するに際して、4 地域
がバラバラのやり方で計測していては相互比較が出来ないし、実証事業の国際展開にも支障を来たすの
で、標準的な経済評価手法を助言し、評価結果の国際的な情報発信もお願いしたいということであった。
あてもないスタバで約束した研究テーマに取組むチャンスを得て、MT・KI の両名に次のようなメイル
を送り、本格的なスマートグリッドの実証実験の調査を始めることにした。
3
「3 月は大変お世話になりました。楽しい話し合いができたと思います。さて、予定通り、あるいが急転
直下、今月 2 回、経済産業省情報経済課とスマートグリッド(スマートメーター/スマートコミュニティ)
の経済効果をどうやって計るかという話し合いを持ちました。具体的には、4 つの実証実験地域の中から
いくつか選んで、どの程度の経済効果(支払金額、電気消費量、CO2 削減量)が得られるのかを計測する
ことを吟味しています。
・・・日本は省エネでは、世界一と言っても良い高効率性を持っていますから、皮
肉にも、米国よりも経済効果は小さいかもしれません。しかし、ブロードバンドは完備していますし、世
界最高の省エネ家電も普及していますから、アメリカのピーク平準化などに比べて、世界最高水準のスマ
ートグリッド環境(スマートグリッド 2.0)を実現できるかもしれません。折角、1 年間、在外研究する
のに、単に今までの研究の延長ではつまらないと感じていたところです。単なるブロードバンド研究では
なく、スマートグリッド研究は、私が今後 5 年間、尽力するに値するテーマだと感じています。経産省も
京大・バークレーとのコラボレーションには興味を持っているので、そういった可能性も考えてみたいと
思います。」(2010 年 7 月 19 日)
2010 年8月に入り、KI 君から、米国のスマートグリッド経済効果測定の調査結果の報告を受けた。
発足間もないオバマ政権はグリーンニューディールを掲げ、全米の電力会社の中からスマートグリッド
普及地域を選んでいる。その条件として、ローレンスバークレー国立研究所が作ったランダム型社会実
験ガイドラインを守ることを必須としていることが分かった。ランダム型社会実験はエスター・デュフ
ロ MIT 教授が開発経済学の中で積極的に採用し、精度の高い政策効果の測定を可能とし、40 歳以下の
優れた米国経済学者に授与されるクラークメダルに輝いたことが知られていたが、その流れがスマート
グリッドという最先端の経済政策の実践に既に導入されていることに驚くと共に、遅れた日本の経済学
界・経済政策のありように危機感を持ち、何が何でも追いつかなければならないと思った。他方で、今
の日本の経済政策に導入しようとしても、スマートグリッドに懐疑的な電力会社を初めとする現場の企
業からの反発が大きく、容易に前に進まないのではないかという暗い予感も持った。この予感は的中し
二進も三進も進まない状況に追い込まれるが、3.11 の大震災の後、急速に国際標準の社会実験を導入
するという構想は進み出すことになる。話を元に戻せば、KI 君の提案は次のようなものであった。我々
のスマートグリッド社会実験の方向性を定めた最初の議論であり、その実現のために関係者の説得に 2
年近い時間を費やすことになる。
提案
・
スマートメーターの導入自体は「Treatment」とは考えないこととします。
・
導入を受けた消費者について、何かしらの Treatment を行うことを考えます。もちろん、この
Treatment を Randomized Experiment で行うことが肝心です。
・
ミーティング中に出たアイディアは
1)太陽光発電パネルの設置
2)プラグインハイブリッドの提供
4
3)Real Time Pricing もしくは Time of Use Pricing の実施
4)電力消費と電力料金の「見える化」を行うネットワーク設備の導入
などです。
・ Frank Wolak スタンフォード大学教授の DC での実験は、Real Time Pricing もしくは Time of Use
Pricing の実施を RE で行ったものです。
・
どのアイディアも実現可能性を探るべきとは思います。
・
ただし、実現可能性が高いのは4)かな、と思いました。
Randomized Experiment を行うにあたっての説得材料
・
アメリカの社会科学では RE が標準となりつつある。従来の実験デザインで成果を測定しても国際
的に信頼してもらえない。
・
多くの場合、RE が従来の実験に比べてコストがかかるわけではない。
・ むしろ、予算制約があり、4000 の参加者について全て Treatment を行うことができない場合、政
府は何らかの方法で Treatment を受けられる世帯を決めなければならない。
・
その際、「くじ引きで決める」というのは最も公平なやり方である。
・ 「早い者勝ちで申し込んだ 2000 人」ではなく、
「Random に選んだ 2000 人」を Treatment とす
るだけの違いである。
・
しかし、この違いが国際標準である信頼性のある測定を可能とする。
・
実施企業にとっても、例えばホームネットワークシステムでの情報提供によって消費者の行動がど
う変わるか、は重要な事項であり、信頼できる測定値が出れば、日本以外のマーケットに乗り出す場合
にも大きな強みになる。その意味でも、私たちが実験に参加し、国際的に認知された学術誌に結果を投
稿することが重要である。
そこから、私と MT さんの活動が始まった。ありとあらゆる文献に目を通し、米国のランダム型社会
実験のエッセンスを急速に吸収すると共に、経産省との情報共有、電力会社・メーカーの説得に奔走し
た。説得は難航した。先ず、多くの関係者は無作為比較対照という考え方を持っておらず、単純に比較
時点前後の引き算を測れば良いではないかという考え方だった。私達はランダムに割り付けられたコン
トロールグループと比較しないと、思いも掛けない環境変化(3.11 の震災という形で思い知らされる
が)がある場合、トリートメント導入前後の比較だけでは、純粋なトリートメント効果の同定が出来な
いことを粘り強く説いた。最初は難色を示したものの、一流企業の社員だけあって、この点の理屈はす
ぐに呑み込んでくれた。次にぶつかった壁は、理屈ではランダム型社会実験の必要性は分かったが、私
達の言い分は「後出しじゃんけん」で今さら実証の設計を変えられないし、あれこれと口出しをして欲
しくないというものであった。話し合っては物別れに終わるようなことが数回続いた。自治体や企業の
立場に立てば、京大側には何の権限もなく、至極当然のことだったと思う。したがって、彼らを全く責
められない。
5
唯一の望みはスマートコミュニティ事業を所管する資源エネルギー庁新産業・社会システム推進室が
国際標準的な社会実験に強い意欲を持っており、そのための企業の説得に粘り強くつきあってくれたこ
とだ。そこで、切札として、米国での大学の就職活動を終え、無事にスタンフォード大学(2011-13
年ポスドク)、ボストン大学(2113 年以降~助教授)のポストを得た KI 君に一時帰国してもらい、彼
の口から直接米国、特にカリフォルニアのスマートグリッド社会実験の有様を話してもらうこととした。
UC バークレー校は文理融合的な視点でエネルギー経済学研究の中心であり、やはりそこで 5 年の歳月
を経て養った世界の最先端の情報を直接話してもらうに及ぶことはない。
2011 年 3 月に、先ず東京で意見交換を持ち、続いて関西で意見交換会を持った。3 月 11 日は関西
電力でのミーティングだった。午後 2 時過ぎ、大学を出ようとしたとき、ゆっくりとした長い揺れを感
じたが、切迫感を感じるほどではなく、そのまま大阪に向かった。会場の企業に着き、東北地方で大き
な地震があったらしいが詳細は不明であり、社内で待機命令が出ているとのことだった。ともあれ、ス
マートグリッド社会実験に関する米国動向紹介のための意見交換は行い、会合は成功裏に終わった。そ
の夜に KI 君の博士号取得前祝いをする予定だったが、仙台出身ということもあり、もしも震災が大き
いものであったらという配慮で、彼にはホテルに帰って自宅と連絡を取るように伝えた。
3.
バークレーと日本で
KI 君の米国動向紹介の中で、関係者の中でランダム型社会実験の重要性の理解は少しずつ高まり、オ
ールジャパンで負けずに頑張ろうという気運が芽生えつつあった時に、3.11 の大震災が襲った。経産
省も電力会社も戦争さながらの混乱の渦中にあり、スマートグリッド社会実験など存続するのか廃止さ
れるのか分からず、そんなことを問い合わせることがはばかられる状況が続いた。
私も福島原発事故の予断を許さない状況のニュースを食い入るように見るだけの日々が続いたが、4
月に入り、俄然と今出来ることを始めようと意欲を取り戻し、MT さんと東京電力管内と関西電力管内
の消費者の夏の節電意欲のヒアリング調査に没頭した。結果として、スマートグリッドの社会実験には
全く手を付けられない状況が続いた。
経済産業省とスマートグリッド社会実験の協議を再開したのは 5 月のことである。その頃、全国の原
発がストップしたために、夏の電気需要をどうやってまかなうのかが大きな社会問題となっており、再
生エネルギーの余剰吸収が主目的だったスマートコミュニティ事業も、夏の電気需要を抑えるデマンド
レスポンスへと事業目的の一大転換があった。ここにいたって、完全に日米のスマートグリッド社会実
験の目的と歩調が合致し、官庁と企業の腰も定まり、4 地域関係者との定期的な協議会も順次本格化し
ていった。
とはいえども、言うは易く行うは難し。我々に対する後出しじゃんけん批判はやはり残り、サンプル
数を増やすこと、コントロールグループを設けること、ランダムにトリートメントを割り付けることと
いうアドバイスには、実際の生活者を相手にそんなことができるはずがない、一部負担金を出し苦労を
するのは現場だとの意見には、我々も頭を垂れざるを得なかった。しかし、我々も後に引くわけにも行
6
かず、ドリブルで敵陣突破を計る役割を私が担当し、MT さんは落ち着いた立場で事業者との間でバラ
ンスを保ち、KI 君は客観的に学問的正論を述べるという役割分担で協議を重ねた。
2011 年 8 月に入り、私のバークレー出発の時が来た。当地では、UC バークレー校ゴールドマン公
共政策大学院とローレンスバークレー国立研究所デマンドレスポンスリサーチセンターの2箇所でフ
ルブライト研究員の立場で在籍し、午前中には研究所、午後には大学で研究することにした。実際にカ
リフォルニアに来てみると、やはり米国のスマートグリッド社会実験は進んでいた。私が頭の中で漠然
と構想していた社会実験設計が既に実際に運営され、研究報告も研究所や大学で頻繁に持たれていた。
ダイナミックプライシングの設計一つにしても、こちらは頭の知識だけで実際に運営した経験はない。
一律電気料金とダイナミックプライシングの収支を事前に均等に設計するというレベニューニュート
ラリティの原則一つ取っても実際にどうやって導入すれば良いのか分からない。当地で実践的な情報の
収集に努め、少しずつ日本のスマートグリッド社会実験の宣伝も行いつつ、経済産業省と4地域と協議
を繰り返す毎日だった。カリフォルニアの午後 9 時が日本の午後1時に当たる。昼間は大学・研究所に
出勤し、夜間にどこかしらの地域と、スカイプまたは国際電話で協議会を開くというのが私の日課とな
った。
私のバークレー滞在で知識を蓄え、社会実験設計へのアドバイスも具体的となり、スマートグリッド
社会実験全般にかかわる細かな疑問にも、明快に答えることが出来るようになり、我々の実力に対して
各地域の信頼は増していった。しかし、ランダム型社会実験の設計面で意見の違いが先鋭化することも
あった。少なくとも1回はそれぞれの地域で危機的な状況を迎え、協議の継続が危ぶまれるような状況
にも陥った。経済産業省の政務官に対して、京大チームを外してもらえないかという陳情まであったや
に聞いている。そうした中、経済産業省の担当官は粘り強く、京大チームと地域の間に入り、国際標準
的枠組みの中でデマンドレスポンスの経済効果を測定する意義を企業に対して説いた。今思い返しても、
経済産業省の後方支援に対して、感謝するところが大きい。
各地域の担当者にいつも率直に言いたいことを言ったために、憤慨もさせたし、怒らせもした。しか
し、なぜそれが必要かを根気強く説き続け、それに対応する米国の事例も具体的に提示し続けた。二ヶ
月に一度は日本に帰国し、各地域で意見協議会を持った。そうした努力が実を結び、自治体や企業の多
くが理解を示してくれるようになった。さらに、全国親協議会にも呼ばれ、専門家に対するレクチャー
も行った。その中で、資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部のトップに当たる部長が我々の
取組に大きな理解を示してくれたことが大変心強かった。
3.11 の災禍の傷は未だ癒えないが、だからこそスマートグリッドで電力危機の社会問題を解決しよ
うという連帯感も関係者間で醸成されていった。2012 年に入る頃には、可能な範囲で我々のアドバイ
スを聞き届けてくれるようになり、各地域それぞれの個性を活かしたスマートグリッド社会実験が出来
上がっていった。この頃には、米国のスマートグリッド社会実験のノウハウを吸収し終わり、むしろい
かに日本のスマートグリッドのアドバンテージを活かして、学問的に米国に勝つかという方面に頭をひ
ねる毎日が続いた。
一つの事例はv-CPP と呼ばれる変動型クリティカルピークプライシングの考案、設計、そしてその
7
導入である。CPP とは特に電力需給が逼迫する夏の 10~15 日前後を選び出し、その日のピーク時間
だけ通常の電気料金の 5~10 倍の値付けを行い、ピーク時間以外の電気料金は大幅に割り引く料金体系
である。米国では多くの場合せいぜい一つか二つのピーク価格しか設定されていなかったが、我々は気
温とは独立にランダムに複数のピーク価格を設定し、きめ細かなデマンドレスポンスの推定を行うよう
にした。これによって、点のデマンドレスポンスではなく、点と点をつなぐ線のデマンドレスポンスの
推定が可能となり、さらには集計された需要曲線ではなく、個別世帯の需要曲線を識別分計する可能性
にも道を拓いた。これは経済学の需要研究に対して、一つの新境地を提供する可能性を秘めている。
v-CPP 型ダイナミックプライシング社会実験は、北九州市で 6 月1日に始まり、7 月 5 日に初めて
の節電要請イベントが発動された。けいはんなでも、TOU と呼ばれる時間帯別電気料金に v-CPP を組
み合わせたダイナミックプライシング社会実験が、大飯原発の再稼働が遅れ深刻な電力危機が懸念され
た中、7 月 26 日に始まった。
(前編終了。後編に続く。)
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