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サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読

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サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読
海の研究(Oc
e
anogr
aphyi
nJapan),21
(4),119- 13
0,2
01
2
― 総 説 ―
サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読による新展開*
新里 宙也†
要
旨
地球規模での環境変動や環境破壊などにより,世界のサンゴ礁が危機的な状況に曝され
ている。それにもかかわらずサンゴの生物学的情報,特に白化現象やストレス応答,共生,
病気のメカニズムの詳細はほとんど分かっていない。そのためサンゴの生物学的研究,特
に遺伝子レベルでの研究推進が求められている。近年の「次世代シークエンサー」の登場
により,新規ゲノムの解読が従来よりもはるかに高速かつ安価に行えるようになってきた。
サンゴゲノムの解読も報告され,実験生物だけでなくサンゴ礁に生息する生物についても
分子・ゲノムレベルでの研究が可能になった。本総説ではサンゴを用いた分子生物学的研
究とゲノム科学的アプローチのこれまでの研究をまとめ,最近発表されたサンゴ,コユビ
ミドリイシのゲノム解読の内容も解説していく。
キーワード:サンゴ,褐虫藻,共生,遺伝子,マイクロアレイ,ゲノム
される。 サンゴは他の動物同様有性生殖を行う (e
.
g.
1.「サンゴ」とは?
-多様な生き物を育むサンゴ礁-
サンゴ礁は地球上で最も生物多様性の豊かな場所の一
Bal
le
tal
.
,2
002
)。初夏の満月頃に起こるサンゴの一斉
産卵は有名である(Fi
g1c
)。受精卵が成長して浮遊幼
生であるプラヌラとなり(Fi
g1dg),適切なシグナル
を受けると海底に着底する。そして変態してイソギンチャ
つである。世界の海域のわずか 1%に満たないサンゴ礁
クのようなポリプとなり,石灰化を開始する(Fi
g1
h)
。
に,全海洋生物の 25%の種が生息していると言われて
その後ポリプが無性生殖で分裂して成長し,一つの群体
いる。そのサンゴ礁を作り出しているのが,「造礁サン
を形成している。サンゴは細胞内に光合成を行う渦鞭毛
ゴ」という動物である(Fi
g1
ah)。彼らはクラゲやイ
藻 類 , 褐 虫 藻 (Symbi
odi
ni
um) を 共 生 さ せ て お り
ソギンチャクの仲間である刺胞動物という動物門に分類
(Fi
g1
b),栄養の大部分を褐虫藻に依存している。褐虫
藻から莫大な栄養を得て水中に炭酸カルシウムからなる
*2011年 12月 14日受領;2012年 4月 18日受理
著作権:日本海洋学会,2012
†沖縄科学技術大学院大学 マリンゲノミクスユニット
〒904-0495 沖縄県国頭郡恩納村字谷茶 1919-1
Te
l
:098-966-8653 Fax:0
98-966-2890
mai
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hi
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j
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e
骨格を形成し,それが積み重なって複雑で巨大な構造物
であるサンゴ礁を作り出し,多種多様な海洋生物の命を
育んでいる。観光業や漁業などで世界のサンゴ礁が一年
で産み出す経済価値は約 3
00億ドルという試算もある
03
)。
(Ce
s
are
tal
.
,20
1
20
新里 宙也
サンゴ礁はなぜ減少していくのか。それはサンゴと褐虫
藻の共生関係はわずかなストレスで崩壊してしまうほど
繊細であるのが一因である(We
i
s
,2008)。例えば夏の
高水温期の 1-2℃の海水温上昇により,褐虫藻がサン
ゴから抜けだす「白化現象」が起こる。栄養の大部分を
依存している褐虫藻が細胞内から失われるので,サンゴ
は栄養不足に陥り最悪の場合は死に至る。サンゴの死滅
によるサンゴ礁の崩壊は,そこに生息する多種多様な生
物の消滅も同時に引き起こし,豊かな生物多様性が失わ
れる。それにもかかわらずサンゴの白化現象や病気,共
生のメカニズムの詳細はほとんど分かっておらず,遺伝
子レベルでの研究推進が求められている。本論評では,
これまでのサンゴを用いた分子生物学的研究をまとめ,
最近報告されたサンゴゲノムの内容を解説する。
2. サンゴの遺伝子研究の幕開け
サンゴからの遺伝子クローニングは 199
0年代前半か
ら報告されている(e
.
g.Mi
l
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e
randMi
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993
)。2
0
0
0
年代まではミトコンドリア DNAなどを用いたサンゴの
系統分類を目的とした遺伝子研究が中心であったが
(e
.
g.vanOppe
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,2
001
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000年前後からはそれ
Fi
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,200mm.Modi
f
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df
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Shi
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oe
tal
.
(2011).
に加え,初期発生で働く動物の体作りに関わる遺伝子群,
いわゆる「ツールキット(t
oolki
t
)遺伝子」の機能を
サンゴと高等動物の初期発生で比較して,動物進化の歴
史を解き明かそうという EvoDe
vo
(Evol
ut
i
onar
yDe
ol
ogy)研究の材料としても注目を浴び
ve
l
opme
nt
alBi
た。サンゴを含む刺胞動物は,外胚葉と内胚葉しか持た
ない二胚葉生物で最も単純な神経系(散在神経系)を持
つ動物であり,高等動物と発生メカニズムを比較するの
に重要な分類群である。例えば Haywar
de
tal
.
(20
0
0
)
は三胚葉生物で広く機能が保存されている,初期発生段
階において背腹軸を決定する BMP/dpp遺伝子が,前
しかし近年地球温暖化や海洋酸性化,海洋汚染や乱開
後軸しか持たない放射相称であるサンゴの幼生でも,も
発などの影響によってサンゴ礁が危機に瀕している
う一つの軸(背腹軸)にそった遺伝子発現パターンを示
(Hoe
ghGul
dbe
r
ge
tal
.
,2
007;Hughe
se
tal
.
,2
00
3)。
し,その遺伝子機能は高等動物と同様に保存されている
現在世界の造礁サンゴの約三分の一の種が絶滅の危機に
事を報告した。これは刺胞動物と三胚葉動物の共通祖先
あるとされている(Car
pe
nt
e
re
tal
.
,2008)。国際自然
が存在した約 6億年前には,BMP/dpp遺伝子の機能は
保護連合(I
UCN)の絶滅の恐れのある動物にリストアッ
すでに成立していた可能性を示唆している。
プされ,ワシントン条約でも輸出入が規制されている。
本格的な分子生物学,ゲノム科学的研究の幕開けとなっ
サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読による新展開
たのは,サンゴの一種ハイマツミドリイシ(Ac
r
o
po
r
a
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l
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a)の Expr
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s
s
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que
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eTag
(EST)プロジェ
クトである(Kor
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.
,2003)。これは刺胞動物
1
2
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Tabl
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(He
mmr
i
c
handBos
c
h,2
008)
.
門で初めての ESTの報告となる。この論文はサンゴの
遺伝子データベースの先駆けということにとどまらず,
動物進化における重要な知見が報告されている。それま
では単純な体の構造(二胚葉体制)をもつ刺胞動物は遺
伝子の種類も少ないだろうと考えられてきたが,我々三
胚葉生物である高等動物と共通する遺伝子が非常に多い,
という発見である。驚くべき事にサンゴと共通する遺伝
子の数は,ショウジョウバエ(Dr
os
ophi
l
ame
l
anoga-
をマイクロアレイで解析して,それぞれのステージで特
se
l
e
gans
)といった無脊
s
t
e
r
)や線虫(Cae
nor
habdi
t
i
異的に発現している遺伝子群を明らかにした。そして,
椎動物のモデル生物よりも,ヒトとの方が多いというこ
例えば初期ポリプの石灰化が行われる部位に特異的に発
とが分かった。ヒトからは進化的に遠く離れているサン
現している石灰化候補遺伝子や,刺胞細胞形成や病原体
ゴ(刺胞動物)の方が,近縁な三胚葉生物であり進化速
認識,褐虫藻との共生に関わっている可能性のある遺伝
度が速いショウジョウバエや線虫よりもヒトとの共通遺
子の発現パターンを報告している。
伝子を多く持つ。これは(1)6億年以上前に存在した
サンゴ生物学の大きなテーマである「共生」や「ス
二胚葉動物と三胚葉動物の共通祖先において主要な遺伝
トレス応答」において,マイクロアレイ技術の応用は
子レパートリーは揃っていた,(2)遺伝子を獲得する事
盛んに試みられている。 主に ESTデータベースが充
でなく失う事が動物進化に重要であった,という全く新
実 し て い る カ リ ブ 海 の サ ン ゴ で あ る A.pal
mat
aや
しい動物進化の歴史のシナリオを明らかにした。
M.f
ave
ol
at
a,そして A.mi
l
l
e
po
r
aを用いた研究が報
告されている。海水温上昇がサンゴの白化現象に深く関
3. サンゴのゲノム科学的研究
わるとされている事から,熱ストレス時にサンゴの細胞
内での遺伝子発現変化をマイクロアレイで網羅的に解析
A.mi
l
l
e
po
r
aの ESTに続いて,他のいくつかのサン
し,白化現象のメカニズムを明らかにしようという試み
ゴ種の ESTプロジェクトも公開されている(Sc
hwar
z
が行われてきた。De
Sal
voe
tal
.
(20
08)は熱ストレス
e
tal
.
,2
00
8
)。現在報告されている原始的な動物群の遺
を与えて白化させたサンゴと健康なサンゴの遺伝子発現
伝 子 デ ー タ を ま と め た Compage
n(He
mmr
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をマイクロアレイで比較した結果から,熱ストレスが引
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き起こす酸化ストレスが,細胞内の Ca2+ ホメオスタシ
l
l
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aに加え,カリブ
というウェブサイトには A.mi
スの攪乱を引き起こしているのではないかと提案してい
海に生息するミドリイシ (Ac
r
opor
apal
mat
a), キク
る。他には褐虫藻と共生していない幼生段階で熱ストレ
メ イ シ (Mo
nt
as
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r
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a f
ave
ol
at
a), ハ マ サ ン ゴ
スを与えることで,純粋なホスト(サンゴ)のみの遺伝
(Por
i
t
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sas
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r
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oi
de
s
)という 4種類のサンゴの ESTア
子発現変化を調べている研究も報告されている
センブルデータが登録されている(Tabl
e1)
。これらデー
(Vool
s
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tal
.
,20
09
a;Rodr
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gue
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Lane
t
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ye
tal
.
,
タを用いて c
DNAマイクロアレイ技術によって,サン
20
0
9)。
ゴの遺伝子発現を網羅的に解析しようという試みが行わ
サンゴではないが,同じく褐虫藻と共生するイソギン
れている。これまでにストレスや共生,発生段階でのサ
チャク(Ant
ho
pl
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ae
l
e
gant
i
s
s
i
ma)を用いた共生時・
ンゴの遺伝子発現の変化を網羅的に解析した研究がいく
非共生時での遺伝子発現の比較解析が,刺胞動物と褐虫
つか報告されている。Gr
as
s
oe
tal
.
(2008)は,サンゴ
藻の共生メカニズムをマイクロアレイにより調べた最初
のいくつかの異なる発生段階と成熟個体での遺伝子発現
の研究である(Rodr
i
gue
z
Lane
t
t
ye
tal
.
,2
00
6)。この
12
2
新里 宙也
Tabl
e2. Summar
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c
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r
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e
.
研究でいわゆる「共生遺伝子」というものは存在せず,
マイクロアレイの設計は,ゲノム上のサンゴの遺伝子全
共生の有無であまり遺伝子発現変化が見られないことが
てを網羅する事は不可能である。現在報告されているサ
報告された。 Vool
s
t
r
ae
tal
.
(2009b) は A.pal
mat
a
ンゴのマイクロアレイはチップに搭載されている遺伝子
と M.f
ave
o
l
at
aの幼生を用いて,それぞれのサンゴ種
数,つまり同時に解析出来る遺伝子の数が限られている
で共生関係を築ける褐虫藻を感染させると遺伝子発現変
(Tabl
e2
)。初期のサンゴのマイクロアレイに搭載され
化は少ないが,共生関係を築けない褐虫藻を感染させる
ていた遺伝子数はわずか 1~2
0
00程度でしかなかった
とより多くの遺伝子発現の変化が起こることを突き止め
(Tabl
e2
)。サンゴの全遺伝子はおよそ 2万以上あると
た。このことは,サンゴは自らに有益な共生体と認識し
予想されており(Shi
nz
at
oe
tal
.2011
),現在報告され
た際にはあまり反応を示さないが,異物と認識すると遺
ている最新のマイクロアレイでも全遺伝子の半分程度し
伝子発現の変化として応答することを示している。最近
か網羅されていないことになる(Tabl
e2)
。このように,
のクサビライシの一種(Fungi
as
c
ut
ar
i
a)においても
これまでのマイクロアレイによるサンゴの網羅的遺伝子
同様に,褐虫藻の感染によって遺伝子発現の変化が少な
発現解は,真の意味での「ゲノムレベル」の解析という
いことが報告されている(Sc
hni
t
z
l
e
randWe
i
s2
01
1)。
には不十分であった。
このように褐虫藻との共生開始には,サンゴの遺伝子発
現のダイナミックな変化は見られず,免疫反応やアポトー
シス,オートファジーなどの細胞反応を抑えることが重
要だと考えられている(We
i
s2008)。その他のマイク
ロアレイを用いた興味深い研究は,異なる環境に生息す
4. コユビミドリイシ・ゲノム
4.
1 サンゴゲノムの解読へ
るサンゴの遺伝子発現を網羅的に比較したものである
前述の通り,刺胞動物は EvoDe
vo研究において重要
(Baye
tal
.
,2
0
09)。オーストラリアの 130km 程度離れ
な生物群であるため,ゲノム解読が比較的多く行われて
た,環境の異なる沿岸と沖合の 2つのサンゴ礁に生息す
きた動物門である。20
07年にイソギンチャクの一種で
る A.mi
l
l
e
po
r
aの遺伝子発現を比較したところ,わず
あるネマトステラ(Ne
mat
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c
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)が刺胞動
か0
.
0
5%の遺伝子のみの遺伝子発現の違いしか確認さ
物で初めてゲノムが解読され(Put
nam e
tal
.
,2
0
07
),
れなかった。異なる環境条件に応答したサンゴの表現型
201
0年には代表的な実験動物であるヒドラ (Hydr
a
の変化というのは,ほんのわずかな遺伝子の遺伝子発現
magni
papi
l
l
at
a) の ゲ ノ ム 解 読 が 報 告 さ れ た
変化によって引き起こされているのかもしれない。
(Chapmane
tal
.
,201
0)。近年のいわゆる「次世代シー
しかし,ESTデータベースは発現している遺伝子の
クエンサー」の登場により DNAや RNAなどの核酸情
みしか網羅していないので,まれにしか発現しない遺伝
報が,従来のサンガー法に比べ短期間で安価に解析出来
子や低発現遺伝子,特殊条件下でのみ発現する遺伝子な
るようになった。それまでは実験動物に限られてきたゲ
どをカバーするのは難しい。ESTデータのみに基づく
ノム解読が,自然界に生息する生物,サンゴにおいても
サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読による新展開
1
2
3
Tabl
e3. Summar
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heRoc
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I
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or
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r
s
e
・r
e
ads
.
現実的になった。サンゴの遺伝子レベルでの研究基盤構
ゲノムショットガン法によりゲノム DNAの塩基配列の
築のため,Shi
nz
at
oe
tal
.
(2011)は沖縄に普通に生息
解読を行った。Roc
he454GSFLXで推定されるゲノ
し,19
9
8年の世界的な大規模白化現象により特に激減
ム サ イ ズ の 約 27倍 (2
7- f
ol
dc
ove
r
age
), I
l
l
umi
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したこと(Loyae
tal
.
,2001)が知られるミドリイシ属
ol
dc
ove
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ageの配
Ge
nome
Anal
yz
e
rI
I
xでは約 12
4-f
サンゴの一種,コユビミドリイシ(Ac
r
opor
adi
gi
t
i
f
e
r
a)
列情報を得て,それらデータを元にゲノムをアセンブリー
の全ゲノム解読を行った。
(再構築)した(Tabl
e3)。その結果,コンティグ(解
サンゴは褐虫藻を細胞内共生させているため,自然界
読不能な塩基配列,ギャップを含まない一続きの DNA
に生息しているサンゴ群体から DNAを抽出すると褐虫
配列)の N5
0サイズ(アセンブルしたゲノム総塩基の
藻の DNAも大量に混入してしまう。そこで純粋なサン
5
0%は,それ以上の長さのアセンブル配列に含まれると
ゴ由来の DNAを手に入れるため,年に一度のサンゴの
いう値)が 10
.
7kbp,スキャフォールド(ギャップを含
一斉産卵時に,沖縄県国頭郡奥周辺から採捕したコユビ
ミドリイシ一群体から精子を採取し,そこから高純度の
んだ一続きの DNA 配列) の N50サイズが 19
1.
5
kbp
(4
,
7
6
5配列)のアセンブリーが得られた(Tabl
e3
)。こ
DNAを抽出した(Fi
g1a,c
)。フローサイトメーター
れまでゲノム解読が報告されている海綿(Sr
i
vas
t
avae
t
により精子一個あたりの DNA量を測定した結果,この
,20
11
)などの下
al
.
,20
10
)やヒドラ(Chapmane
tal
.
サンゴのゲノムは約 4億 2千万塩基対(420me
gabas
e
等動物のゲノムアセンブリーと比べても遜色の無い数値
pai
r
,Mbp)から構成される事が分かった。2種類の次
である。 アセンブルされたゲノムの総塩基長は約 4
1
9
世 代 シ ー ク エ ン サ ー (Roc
he社 の 45
4 GSFLX,
Mbp,GC含量は 3
9
%で,ゲノムの 1
2.
9%がトランス
I
l
l
umi
na社の Ge
nome
Anal
yz
e
rI
I
x) を用いたホール
ポゾンであった。アセンブルされたゲノム配列から遺伝
1
24
新里 宙也
Fi
g.2. Thepr
opor
t
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onofs
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nNCBI
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d
f
r
om Shi
nz
at
oe
tal
.
(2011).
子予測を行った結果,23,
668箇所のタンパク質をコー
(St
anl
e
yandFaut
i
n,200
1)。しかし化石で出てくる現
ドする遺伝子領域が見出された。 約 93%の遺伝子は
世サンゴは既に多様化していることから,起源はさらに
NCBI遺伝子データベースに登録されている他の動物の
古い事が示唆されている。そこで同じ刺胞動物であるヒ
遺伝子と類似性を示し, そのうちの 11% (全体の約
ドラやネマトステラなど,これまでにゲノム解読されて
9%)は他のサンゴ種の ESTデータベースのみと相同性
いる生物とゲノムレベルでの系統解析を行った。それぞ
が確認され,他の動物には類似配列が存在しないサンゴ
れの生物全てに存在するオーソロガス遺伝子 4
2
2個
特有の遺伝子であった(Fi
g2)。この事はサンゴ独自の
(9
40
00アミノ酸)を用いた最尤法による系統解析の結
遺伝子が多数ゲノム内に存在することを示している。
果,サンゴとイソギンチャクとの分岐は,化石による最
も古い現世サンゴの出現記録よりもはるか昔,原始的な
4.
2 サンゴゲノムから見えたこと
4.
2
.
1 サンゴの起源
脊索動物の誕生(5億 2千万年前)と脊椎動物系統の分
岐 (4億 9千万年前) の間に起こった事が推測された
(Fi
g3)。このことはサンゴの分岐が考えられていたよ
六放サンゴ亜綱(He
xac
or
al
l
i
a)である現世サンゴと
りもかなり古く,サンゴの祖先から現世のサンゴへと進
その近縁のイソギンチャクがいつ分岐したのかは未だ明
化するまで,かなり長い時間がかかった事を示唆する。
らかでない。化石記録から現世六放サンゴの仲間は約
2億 4千 万 年 前 に 地 球 上 に 現 れ た と 報 告 さ れ て い る
サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読による新展開
1
2
5
Fi
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(20
1
1).
4.
2.
2 ミドリイシ属サンゴはアミノ酸の一つ,システ
インを生合成出来ない
マトステラとで網羅的に比較した。その結果,動物の非
必須アミノ酸の一つであるシステインを生合成するため
の必須酵素,シスタチオニンβシンターゼをコードする
数億年前から六放サンゴは褐虫藻と密接な共生関係を
遺伝子をコユビミドリイシはゲノムから失っているとい
築いていることが化石から明らかになっている(St
an-
う面白い発見に至った。PCRによる解析で,他 2種の
l
e
y,20
0
6)。サンゴのゲノムに褐虫藻からの遺伝子の水
ミドリイシ属サンゴ(Ac
r
opor
a)にも同様遺伝子の存
平伝播はあるのだろうか。現段階で褐虫藻の遺伝子デー
在は確認出来なかった。一方でミドリイシ属以外の様々
タベースが限られているなどの制約があるが,褐虫藻か
な種のサンゴのゲノムにはこの遺伝子の存在が確認され
らの明らかな遺伝子水平伝播は見つかっていない。
た。このことはサンゴ全般でシステイン生合成能力を失っ
次に生命維持のための代謝系に関わる遺伝子を,褐虫
ているのではなく,ミドリイシ属が失っている事を示し
藻と共生しているコユビミドリイシと共生していないネ
ている。ミドリイシ属サンゴがエネルギーだけでなく非
1
26
新里 宙也
必須アミノ酸の合成をも褐虫藻に依存し,他のサンゴ種
たところ,褐虫藻と共生せず単体性の刺胞動物であるネ
よりも褐虫藻への依存度が高い可能性を示唆している。
マトステラやヒドラよりも,サンゴは複雑な遺伝子レパー
このことは褐虫藻が体から抜け出す白化現象などのスト
トリーを持つ事が分かった。例えば病原体を感知して自
レスに,ミドリイシ属サンゴが特に弱い一因なのかもし
然免疫を作動させる Tol
l様受容体について,サンゴは
れない。
少なくとも 4つ持っているが,ネマトステラは 1個,ヒ
ドラのゲノムからは見つからなかった。さらに NACHT
4.
2
.
3 サンゴ自身が UV吸収物質を合成出来る
ドメイン遺伝子などの細胞内異物認識レセプターも,こ
れまで報告されている他の動物ゲノムよりも数多く見ら
共生する褐虫藻が光合成を行うため,サンゴは透明度
れた。これら複雑な自然免疫系の遺伝子が,褐虫藻との
の高い浅瀬に多く生息する。そこは同時に有害な紫外線
共生や群体形成などのサンゴの特徴に重要な役割を果た
に非常に強く曝される場所である。なぜこのような環境
しているのかもしれない。
にサンゴは生息出来るのかという事は興味深い。これま
でにマイコスポリン様アミノ酸 (myc
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ac
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ds
:MAAs
)と呼ばれる UV 吸収物質が,サンゴに
は 含 ま れ て い る こ と が 報 告 さ れ て い る (Shi
c
k and
4.
2.
5 石灰化に関わる遺伝子
大気中の二酸化炭素濃度上昇による海洋酸性化によっ
Dunl
ap,2
0
0
2)。サンゴに含まれているこの物質がどこ
て,炭酸カルシウムからなるサンゴの骨格は悪影響を受
で合成されているのかは明らかでなく,MAAsは藻類
け る 可 能 性 が あ る ( 諏 訪 ら ,2010; Kl
e
ypase
tal
.
,
にも含まれることが知られていることから,共生してい
200
6
)。そのため石灰化の分子メカニズムを明らかにす
る褐虫藻に由来するのではと考えられてきた。最近になっ
る事は重要である。そこで石灰化に関わる可能性のある
てシアノバクテリアでは MAAsの一種であるシノリン
遺伝子をサンゴゲノムから探索した。脊椎動物や他の動
を合成するのに 4つの遺伝子があれば十分である事が報
物はそれぞれ独自の石灰化遺伝子を持っているが,それ
告された(Bal
s
kusandWal
s
h,2010)。これら遺伝子
らの相同遺伝子はサンゴのゲノムから見つからなかった。
を解析した結果,コユビミドリイシさらにはネマトステ
それぞれの生物種は独自の石灰化メカニズムを持ってい
ラ で は シ ノ リ ン 合 成 に 必 要 な 4つ の 遺 伝 子 で あ る
ることが報告されており(Jac
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.
,20
10
),サン
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DHQSl
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ke
,OMT,ATPgr
ゴの石灰化も独自の分子メカニズムで行われている可能
ムに持つことが分かった。興味深い事に,サンゴとネマ
性が高い。
トステラでは DHQSl
i
keと OMTが融合していた。
一般的に無脊椎動物の骨格に含まれる有機基質タンパ
5億年前に存在したサンゴとイソギンチャクの共通祖先
クは,Ca2+と結合しやすい酸性アミノ酸(グルタミン酸
で,この遺伝子が既に融合して存在していた可能性を示
とアスパラギン酸)を多く含んだリピート構造を持つこ
唆する。サンゴとイソギンチャク(花虫綱・六放サンゴ
とが知られている(Sar
as
hi
naandEndo,2
0
06)。実際
亜綱)は UV吸収物質を自ら合成する能力を持ち,サ
にサンゴ骨格に含まれるタンパク質には高濃度の酸性ア
ンゴに含まれる MAAsは褐虫藻依存ではない可能性が
ミノ酸,特にアスパラギン酸が多く含まれる事が報告さ
初めて示された。
れている(Cui
fe
tal
.
,199
9)
。我々はサンゴゲノムから,
酸性アミノ酸の含有量が多くリピート構造を持つ,他の
4.
2.
4 複雑な自然免疫系の遺伝子を持つ
生物とは相同性を示さないタンパク質をコードする遺伝
子をいくつか発見することが出来た。これらのいくつか
サンゴは細胞内に別の生命体である褐虫藻を共生させ
は他のサンゴ種の ESTでもその発現が確認されたこと
ている。そのため褐虫藻と病原体を細胞内で区別する自
から,サンゴに共通の石灰化遺伝子の可能性がある。さ
然免疫メカニズムは,サンゴと褐虫藻の共生を理解する
らに,これまでにサンゴの骨格に含まれ Ca2+ と結合す
上で重要である。そこで自然免疫に関わる遺伝子を調べ
る 事 が 明 ら か に な っ て い る 唯 一 の 遺 伝 子 , Gal
axi
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サンゴの遺伝子研究のこれまでの歩みとゲノム解読による新展開
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.
(Fukudae
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.
,2003)に相同性がある遺伝子が 4つゲ
ことなどから,これまで遺伝子の研究を行う事が困難で
ノムに存在していた。これらは二つずつ隣同士隣接して
あった。しかし次世代シークエンサーの登場で,サンゴ
ゲノム上に存在している(Fi
g4)。このようにサンゴゲ
礁に生息する生き物についてもゲノム研究の幕が本格的
ノムにはサンゴ特有の石灰化遺伝子が存在している。
に開けた。今回サンゴの全ゲノムが解読された事により,
遺伝子レベルでの詳細な研究を行う基盤が構築されたの
5. サンゴをとりまくゲノム科学の現状と今後
の展望
で,サンゴを用いた様々な分野での研究が飛躍的に発展
最近では次世代シークエンサーをサンゴ研究へ応用す
える環境変動にサンゴ-褐虫藻共生体はどのように応答
る動きが世界中で活発化している。次世代シークエンサー
するのか,そのメカニズムが詳細に明らかになる事が期
を用いたサンゴの遺伝子発現解析についても報告されて
待される。
する事が期待される。サンゴはどのように褐虫藻と共生
しているのか,海水温上昇や海洋酸性化など今後起こり
おり(Me
ye
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.
,20
11),さらにグレートバリアリー
サンゴのゲノム情報だけで全て理解出来るのだろうか。
フがあるオーストラリアで,A.mi
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aのゲノム配
サンゴのストレス耐性には,むしろ褐虫藻が大きく影響
列決定が最近発表された(ht
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するという説もあり(Bake
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後もいくつかのサンゴゲノム解読が報告されると考えら
al
.
,2
008),褐虫藻の遺伝情報は不可欠である。サンゴ
れる。
研究分野では「hol
obi
ont
」という言葉が最近よく聞か
サンゴと密接に関係する生物のゲノム科学研究も進ん
れる。これは刺胞動物のサンゴ,細胞内共生している褐
でいる。複数の褐虫藻の ESTデータベースも公開され
虫藻,その他バクテリアなどを含めたサンゴを構成する
ている(Le
ggate
tal
.
,200
7;Vool
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,20
09c
)。
生物全ての総称・共同体として使われる言葉で,
さらに次世代シークエンサーを用いたメタゲノミクス的
hol
obi
ont単位でサンゴを考えようという動きが主流に
なアプローチも行われており,ストレスを受けているサ
なりつつある。サンゴゲノムと共に,サンゴと密接な共
be
re
tal
.
,2009)異なるサンゴ種
ンゴや(Ve
gaThur
生関係を築いている褐虫藻のゲノム情報があれば,真の
によって(Sunagawae
tal
.
,2010),サンゴに付着して
意味でサンゴ hol
obi
ontのゲノム研究が可能になる。今
いるバクテリア・ウィルスの組成がどのように変化する
後の褐虫藻のゲノム解読が待たれる。
のかといった解析が報告されている。今後ますますゲノ
ム科学的手法を用いたサンゴ生物学が活発化していく事
が期待される。
サンゴは骨格を持つことやサンプルが手に入れにくい
謝
辞
本総説の成果の一部は科研費(217
10
199
,21
12
1
5
0
5
)
1
2
8
新里 宙也
の助成を受けたものである。
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