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第 2 回:韓国ソウル市
韓国社会における英語熱と学校教育
まつもと あさと
●
名古屋大学教育学部卒業。
名古屋大学大学院
博士課程後期課程3年。
専門は比較教育学。
●
松本麻人[名古屋大学大学院博士課程後期課程 3 年]
韓国では 1997 年より小学校 3 年生から英語が必修化された。
的雰囲気は、学校で英語を学ぶ生徒や公教育現場の英語教師の
世界を覆いつつあるグローバル化の流れを受け、
意識に対し、強い影響を与えているものと思われる。本レポー
国民は好意的に受け止めている。では、実際の教育現場では
トでは、韓国社会における英語熱の状況を明らかにすると共
英語教育にどのような認識を持っているのだろうか。
に、韓国社会における英語の重要性に対する学生と英語教師の
韓国ソウル市において中高生及び英語教師に対し、
意識を調査する。そしてそれらの分析を通して、韓国の英語教
質問紙調査とインタビューを行った結果を報告する。
育が内包する問題を探りたい。
本レポートの調査では、ソウル特別市の中学校(189 名)
、一
はじめに
韓国政府が初等学校 3 年生以降の正規教科に英語を導入した
ウルサン
般高校(186 名)
、外国語高校(167 名)各 1 校と、蔚山広域市
の芸術高校 1 校の学生(82 名)
、計 624 名を対象に質問紙調査
のは、97 年のことであった。その後も英語教育の強化政策は加
を行った* 2。また、それぞれの学校の英語教師(合計 40 名)
速し、2008 年からは初等学校 1 年生から英語教育を始めること
に対しても質問紙調査及びインタビュー調査を行った。
になる。05 年に教育人的資源部(日本の文部科学省に当たる)
36
が発表した「英語教育活性化 5 ヵ年総合対策」は、その目標を
1. 韓国社会における英語学習熱
「学生たちの基本的な英語意思疎通能力を向上させる」ことと定
(1)韓国社会における英語の位置付け
めている*1。対策の具体例として、ネイティブスピーカーの補
韓国の大学キャンパスを歩いていると英語講座の広告が目に
助教師の配置を拡大し、2010 年までにはすべての中学校に 1 人
よく留まる。リスニングやライティングなどのスキル別対策講
の補助教師を配置する方針を明らかにしている。
座や、
TOEIC や TOEFL などの英語資格試験の対策講座である
こうした公教育における英語教育の強化を、韓国社会は期待
ものが多い。キャンパス内の各所にある自習室では、参考書を
を持って受け止めている。現在、韓国社会における“英語熱”
片手に英語学習に励む学生を多く見ることができる。大学生を
はとどまるところを知らないからである。90 年代中盤以降過熱
対象とした調査によると調査対象者の 95 %が英語は重要であ
化したといわれる韓国の英語熱の背景には、政府の早期英語教
ると考え、
また 64 %が大学入学後も英語学習を継続している*3。
育政策の方針、入社資格として英語能力を求める企業の増加な
その理由として、70 %以上の回答者が就職及び進学を挙げて
どを指摘することができるが、これらの変化はいずれも韓国が
いる。同調査は、多くの大学生が「英語実力者」に対して「能
WTO (世界貿易機関)体制下へ組み込まれたことと無関係で
力がある者」というイメージを抱いていることを明らかにし、
はあるまい。そして現在の韓国において、大学生や社会人は英
韓国社会においては英語が人の能力と資質を示す指標とされて
語資格試験の準備に忙しく、また英語の早期教育や早期留学は
いると指摘する*4。すなわち英語能力を備えていれば、全般的
ますます盛んになり、家庭経済の圧迫や留学に伴う別居生活は
に能力があると見なされるということである。
大きな社会問題にもなっている。このような英語に対する社会
こうした社会意識が形成された過程は明らかではないが、大
● 調査概要
調査テーマ
1)韓国社会における英語の重要性に対する学生と英語教師の意識を明らかに
すること。
けんかく
2)学生や英語教師の意識と英語教育の実際との間に見いだされる懸隔に注目し、
韓国の英語教育の課題を明らかにすること。
調査時期
2006 年 12 月 6 日∼ 12 月 23 日
調査対象国及び対象者
韓国の中等学校生徒と高等学校生徒(公立中等学校1、2、3年生、私立一般高
校 1 ・ 2 年生、私立外国語高校 1 ・ 2 ・ 3 年生、公立芸術高校 1 ・ 2 年生)と、
対象校の英語教師及び蔚山市内の高校英語教師
調査対象数
生徒:中学校189名、一般高校186名、外国語高校167名、芸術高校82名
英語教師:中学校7名、一般高校11名、外国語高校5名、
芸術高校及び蔚山市内高校英語教師17名
調査方法
生徒と教師に対する質問紙調査と、一部の教師に対するインタビュー調査。
アンケート回収率
中学校187名:回収率98.9%
一般高校186名:回収率100%
外国語高校166名:回収率99.4%
芸術高校80名:97.5%
調査協力校
1)ソウル市内にある公立中学校
2)ソウル市内にある私立一般高校
3)ソウル市内にある私立外国語高校
4)蔚山市内にある公立芸術高校
学入試、入社試験、入社後の昇進試験などで、英語能力は常に
た海外移住)をしたいと考えているようだ。また、長期留学と
評価の対象とされる。05 年中に TOEIC と TOEFL の受験のた
まではいかないまでも、学校の長期休暇などを利用した海外英
めに使われた学習費(受験料を含む)は、およそ 4117 億ウォ
語研修も盛んである。05 年に研修を目的として海外を訪れた
*5
ン(日本円で約 536 億円)と推算されるという
。多くの人々
韓国人は 22 万 2605 人であり、5 年前と比較すると 1.7 倍に増
が英語資格試験を受験するのは、その点数が社会のさまざまな
加したことになる*9。研修先の国別で見ると、米国への研修者
局面での評価基準となるからである。つまり英語は、社会的地
が減少する一方で、フィリピンとオーストラリアが研修先国と
位の上昇を図る局面の多くで求められる、基礎的能力と認識さ
して人気が上昇している。欧米圏での研修と比べると安価とさ
れているのだ。よって、社会的に安定した地位にある者は高い
れる東南アジア方面への英語研修者の増加は、語学研修が富裕
英語能力を備えているという認識が浸透し、英語学習を過熱化
層から中産階級層へ拡大しているためと分析されている。
させているものと思われる。
早期留学を行う理由について、実際に子女を留学に送った保
韓国において公教育以外の場で英語を学習しようとする場
護者を対象とした調査によると、「外国語習得」が最も多く
合、語学塾の他、個人レッスン、インターネットを利用したサ
28.2 %、次に「国際的な視点を備えた人材育成」が 24.7 % と多
イバー授業などが多く利用されている。また、国内各地に設置
かった。また、
「
(韓国国内の)激甚な競争主義の教育と大学入試
されている宿泊型英語学習施設「英語村」は、海外留学をせず
制度」
(10.7%)
、
「過多な私教育費」
(4.9%)
、
「権威的で非民主的
とも英語環境に身を置くことができるという点で注目を集めて
な学校風土」
(4.7%)などのように、韓国国内の教育制度に対す
おり、学校の長期休暇や週末を利用して訪れる人が後を絶たな
る不満を理由に挙げる保護者もいた*10。英語教育に対する不満
すると推定され、1 人当たりの教育費は日本の 7.8 倍に当たる
とされる*6。もともと教育に熱心な国民であるといわれるが、
特に英語に対する韓国人の情熱は際立っているように見える。
(2)早期留学の現状
英語が重要視される中、なるべく早い段階で英語に触れさせ
ようということから、早期教育や早期留学*7 にも関心が高まっ
ている。97 年に 3274 人であった早期留学者は、05 年には約
6.2 倍の 2 万 400 人に達している*8。東亜日報の調査によると、
国民の 4 人に 1 人が機会があれば「教育移民」
(教育を目的とし
*1 教育人的資源部「英語教育活性化5ヵ年総合対策(2006∼2010)
」2005年
5月、P.1
*2 韓国の高校は、一般高校と呼ばれる普通科高校、農業や工業高校などの実
業系高校、科学高校や外国語高校などの特殊目的高校の 3 種類に大きく分
類される
* 3 チェ・セッピョル「韓国社会での英語実力に対する文化資本論的考察」
『社会科学研究論叢』梨花女子大学校社会科学大学社会科学研究所、2003
年、P.11
*4 同上、P.16
*5 東亜日報ホームページ(2006年10月13日付)
http://www.donga.com/fbin/output?sfrm=2&f=total&&n=200610130383
*6 東亜日報ホームページ(2006年11月17日付)
http://www.donga.com/fbin/output?sfrm=2&n=200611170096
* 7 ここでいう早期留学とは、
「初・中・高等学校段階の学生が国内の学校に
入学あるいは在学せず、海外の教育機関に 6 ヶ月以上の期間にわたって修
学すること」である(教育人的資源部『早期留学に関する国民意識調査研
究』2005年、P.1)
*8 朝鮮日報ホームページ(2006 年 12 月 22 日付)
http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/12/22/200612220
00015.html
*9 東亜日報ホームページ(2006年9月14日付)
http://www.donga.com/fbin/output?sfrm=2&n=200609140074
*10 同上
NO.08
の英語私教育費は 15 兆ウォン(日本円で約 1 兆 9000 億円)に達
2007
い。当然、韓国国民の英語教育への投資額は非常に高く、年間
37
図表[1] 質問「英語ができれば、社会的な成功を収めることができると思うか」に対する回答
そう思わない
6%
まったくそう思わない
1%
1%
3%
非常にそうだ
普通
20%
10%
19%
22%
28%
a
b
c
全体の割合
中学校の
回答の割合
一般高校の
回答の割合
23%
そうだ
45%
51%
4%
53%
5%
18%
23%
26%
5%
13%
21%
d
e
芸術高校の
回答の割合
外国語高校の
回答の割合
47%
56%
も少なくないようで、筆者が行ったインタビューでは、小学校に
あるが、英語教育そのものには反対意見が多くないことは、韓
おける少ない授業時間やゲーム中心の授業に不満を持ち、塾や
国国内で早期英語教育が活発に行われている事実と何ら矛盾
留学の相談をする保護者が少なくないという英語教師もいた*11。
しない。
韓国における留学熱の高さは、英語に対する関心の高さと共に、
こうした国内における教育に対する不満とも無関係ではないで
あろう。だが筆者には、何よりも子女の教育に対する韓国人の
ドラスティックな考え方に起因するもののように思われる。
しかし社会全体で見ると、早期留学に対する見方は決して
(1)英語に対する中高生の意識
では、実際に公教育の場で英語を学んでいる生徒たちは、英
語に対しどのような意識を持っているのか。
「英語ができれば、
肯定的なものばかりではない。保護者、教師、大学生を対象に
社会的な成功を収めることができると思うか」という質問に対
した調査で、早期留学の賛否を問う質問に対しては 54 %が
し、
「非常にそう思う」と「そう思う」の合計は、全体の 73 %
「反対」と回答している* 12。反対理由としては、
「成功よりも
に上った(図表 1、a)
。生徒別に見ると、中学校では 64 %、一
失敗する可能性が大きい」が最も多く、その他「家族別居にと
般高校(以下、一般)では 81 %、芸術高校(以下、芸術)では
もなう問題」
「
(現地の)学校教育に対する不信」などが挙げら
70 %、外国語高校(以下、外高)では 74 %の生徒が、韓国社
れている。これらの理由から分かることは、早期留学に対する
会において英語の重要性を積極的に認めていることが分かった
反対者も、決して直接的に早期の英語教育に反対しているわ
38
2. 学校における英語に対する意識
けではないことである。長期にわたる海外での教育には反対で
(図 1、b ∼ e )
。
その理由について自由記述形式で回答を求めたところ、
「世
図表[2] 図表[1]の質問に対する
「非常にそう思う」と「そう思う」の回答の理由
生徒たちは、
“世界化”や“グローバル化”といった現代社会の
キーワードに反応しているともいえる。一方で、調査対象者が
就職を控えた大学生ではなく中高校生であったためか、就職に
おける英語の重要性に関する回答は、予想していたほど多くな
その他
かった。
22%
大学進学
意思疎通・
世界化
2%
42%
就職
大学入試に関する理由を挙げた生徒は少なかったが、学校外
での英語学習活動について調査したところ、全回答者の 54 %
が塾や家庭教師などの何らかの英語学習プログラムに参加して
いた。そのうち 73 %の生徒が大学入試に重要な読解を学習し
12%
基本・重要
22%
ているのに対し、英会話を学習していたのは 17 %にすぎなか
った。つまり、意思疎通の道具としての英語の重要性を意識し
ている一方で、塾などでは大学入試に必要な文法的知識や読解
力を身に付けることに時間を費やしているのである。
でき、より効果的に仕事をすることができると思うから」
(一般
韓国の後期中等教育段階において、より水準の高い英語教育
1 年女子)
、
「最近は地球村社会だ。このような社会で自分の母
を受けようとした場合の選択肢の一つとして、外国語高校があ
国語の他に使うことができる言語がなければ、非常に恥ずかし
「英語に対する社会的意識と外国語高校
る*13。外高の教師に、
いことだと思う」
(中学校 1 年男子)
、
「グローバル時代に必要な
に対する人気は関係があるか?」と聞いたところ、
「外高では
能力だから」
(中学校 3 年男子)など、意思疎通の道具としての
会話授業を行い、英語授業の水準が高いことで卒業時により高
英語の側面を強調するものが最も多く、同回答者の 42 %が理
い英語能力を持つことが期待されている。英語を重視する社会
由として挙げている( 図表 2 )
。それらは、
“世界化”や“グロー
的意識と外高の人気は関係があると思う」など、英語に対する
バル化”といった言葉と関連付けられていることが多かった。
社会的意識との関係を否定しなかった。その一方で、
「外高は
次に多かった理由は、
「現代社会で英語は必要であり、必須
英語に対する需要よりも、大学入試での高い合格率のために人
のものだ」
(一般 1 年男子)
、
「今、英語は『できればよい』では
気がある」
「外高に対する人気は大学入試だ。よい大学にどれ
なく、
『できなければ置き去りにされた人』として取り残される
だけ送り込んでいるかが、外高の人気を決定している」など、
からだ」
(外高 2 年女子)など、英語が基本的能力であることを
大学進学のために有利な条件を備えていることが外高の人気の
挙げるものであった(22 %)
。また、
「大企業では英語の試験が
要因であると見る教師も多い。
あり、面接でも英会話があるから」
(一般 1 年男子)や「会社で
実際に学んでいる生徒たちに、外高に進学した理由を質問し
は人材登用の際、英語を基本として TOEIC や TOEFL を重視
たところ、
「よくできる生徒が集まっているから。英語のためで
するから」
(一般 1 年女子)
、
「就職条件であるため、英語が上手
はない」
( 2 年男子)
、
「大学進学時に有利な条件を取得できるこ
なら就職の機会が増え、より多くの職業を選ぶことができる可
とを目標にしていたし、授業や生徒の雰囲気もよかったから」
能性が高い。英語が上手なら、社会的に認められる」
(外高 2 年
女子)など、就職に関する理由は 12 %であった。
( 2 年女子)
、
「よい大学に行くための教育が受けられるから」
(2
年女子)など、優れた学習環境を理由に挙げた生徒と、大学進
“社会的成功”のために英語は有効であると考える生徒のう
ち、意思疎通の道具として英語を重視する生徒が多い。このこ
とから、英語を“世界公用語”として認識すると同時に、社会
生活において外国人(もしくは外国企業)との接触が頻繁であ
るという認識が広く浸透していることがうかがえる。これらの
*11 教育人的資源部、前掲書、P.55
*12 同上書、P.21
*13 韓国の一般高校は、公立・私立を問わず平準化政策が採られているが、
外国語高校などの特殊目的高校では厳格な入学選抜が行われている。筆
者が調査した外国語高校は、英語科、フランス語科、ドイツ語科、日本
語科、中国語科からなり、語学に関しては専攻語の他に第 1外国語、第2
外国語を学ぶカリキュラム編成となっている。今回の調査では、英語科
を対象とした
2007
(2)外国語高校の位置付け
NO.08
界の共通語が上手ならば、世界中の人々と意思疎通することが
39
学に有利であることを理由に挙げた生徒の合計は、回答者の
図表[3]外国語高校に進学した理由
53 %に上った。一方で、語学学習を理由に挙げた生徒は 28 %、
特に英語に言及した生徒は 5 %にすぎなかった( 図表 3 )
。
その他
このように、韓国社会における英語の重要性を強く意識して
外高へ進学した生徒が多いとは必ずしもいえない。外高の教師
によると、語学だけではなく総合的に能力の高い生徒が集まっ
14%
英語のため
大学進学
23%
5%
ているので、自ずと語学以外の授業の水準も高くなっていると
のことであった。したがって、水準の高い英語教育に引かれた
というよりは、むしろ学校の全体的な水準の高さが大学進学に
語学のため
28%
有利に働くため、外高に進学する者が多いといえる。外高の人
よい学習環境
30%
気の高さは、韓国社会の英語熱によるというよりは、高校の平
準化政策や受験競争の過熱との関連で捉えるべきであろう。
(3)英語に対する教師の意識
させることよりも、大学進学を目標にした学習をさせなければ
韓国社会における英語の重要性について、実際の英語教育を
ならない」などのように、中等教育機関での英語教育はあくま
担っている英語教師は、
「韓国が国際社会で中心的役割を果た
で大学入試のための教育という見方もあった。大学入試との関
すために、国際語である英語は重要だ」
「すべての分野が国際
連については別個に質問したが、
「語法、読解能力を持てるよう
的ネットワークを要求しているため」
「英語が媒体となる仕事
になる」などの良い点と、
「入試は、実用英語学習を阻害する重
が増えており、英語が上手だとそのような職場で働く機会が増
要な要因である」などの悪い点が共に指摘された。
える」など、意思疎通の道具としての英語について最も多く言
。また、
「入試、就職、昇進に重要
及している(40 人中 20 人)
であるから」
「就業の際、英語資格試験の点数(TOEIC など)
英語に対する社会的な関心が高い中で、教師はどのようなプ
が大きく評価されるため」など、社会における選抜の指標とし
レッシャーを受けているのか。
「英語教師だというと、
『英語の
ての側面を挙げた教師も多かった(40 人中 15 名)
。一方で、
勉強はどのようにすればいいですか』とまず聞かれるほど関心
「確かに英語は重要であるが、韓国社会では“英語狂風”とし
が高い」などのように、今回調査した教師の全員が「保護者や
て一種の宗教になっている」と、英語に対する無条件な“信
学生は英語に対して強い関心を持っている」と回答した。ただ、
仰”を指摘する声もあった。
その関心の焦点は「実質的には入試英語に関心が高い」のよう
英語を重要視する社会的雰囲気が学校の英語教育に与える影
40
(4)英語教師にかかる負担
に、大学入試に当てられている場合がほとんどのようである。
響について聞いたところ、
「生徒にとっては、英語は必ずできな
他の教科と比較した場合の英語科の特徴を聞いたところ、
ければならないという、英語学習の動機づけになる」
「ネイティ
「英語教師は、相対的にプロフェッショナルなイメージがある」
ブ教師の配置を促進するなど、よい影響がある」などの肯定的
「英語で授業を進行しなければならない場合もあり、英語教師
な見方と、
「
(英語に対する)生徒の向き不向きにかかわらず、
の資質向上要求が多い」
「政府が要求することが多い(研修が
保護者、教師などの大人が生徒に過度な動機づけをしている」
多く、授業方法にも関与してくる)
」
「他の教科と比べて研修が
「できる生徒は威張るし、できない生徒には負担になる」などの
非常に多い」など、教師の技能に対するストレスが多いことを
否定的な見方に分かれた。また、
「英語に対する社会的意識と学
うかがわせる回答が多かった。特に研修が多いことに言及した
校での学習活動との関係は、特にないと思う。社会が求める英
ものが多数あり、負担に感じている教師が少なくないようであ
語能力(主に会話能力)と学校で教える英語教育(主に入試主
る。ソウル市内の中学校に勤務するある教師によると、市内中
義教育)との連携が高くないため」
「教師としてのジレンマがあ
学校の英語教師は学期中は主に夕刻に行われる研修プログラム
る。道具としての英語を考えながら、意思疎通をできるように
への出席、また 2 年に 1 度、学校の長期休暇中に研修施設に滞
在しながらの 1 か月間の研修が義務付けられているとのことで
語を重要と見なしている場合が多い。韓国社会における英語力
あった。そのため、特に家庭を持つ英語教師は大きな負担を感
を社会的上昇を図る上で必須の基本的能力と捉えており、その
じていると語った。
理由を“国際化”や“グローバル化”に求めている。すなわち、
その他、
「責任のない刺激的な報道がある。例えば、英語教
国際化社会だからこそ英語力を備えていれば社会的成功を収め
師研修生たちの TOEIC 平均点数の報道など」という回答は、
ることができる、と考えている生徒が少なくない。このような
マスメディアにおいても英語教師の資質に対する関心が過熱化
生徒の意識は、社会的雰囲気のみならず「学生たちの基本的な
していることをうかがわせる。以上のように、韓国の英語教師
英語意思疎通能力を向上させる」という政府の英語教育政策の
は保護者、学生、政府(各地域の教育庁)
、マスメディアなど、
目標とも無関係ではないと思われ、学校教育を通して教育課程
社会全般にわたる多方面からストレスを受けているといえる。
の目標が浸透していることをうかがわせる。
しかし一方で、学校教育は未だ大学入試偏重主義であり、そ
おわりに
れを憂慮する英語教師も多い。学校外における中高生の英語学
韓国社会の“英語熱”の背景として、次の 2 点を指摘するこ
習も、読解に偏重しており、意思疎通能力を備えるための学習
とができる。① 英語能力が、社会的選抜の指標として認識され
活動が不足している現実がある。韓国の英語教師たちは、国際
ている。韓国では、大学進学や就職、昇進など、あらゆる選抜
化社会における英語の重要性を認め、政府の方針に沿ったスキ
の機会に一定の英語能力が求められる。特に、英語能力を必要
ルアップを図りながらも、大学入試を控えた生徒たちのための
としない職種・職場でも英語力を求められるが、英語力の水準
教育にギャップを感じている。
が高ければ他の能力も高いと見なす考え方が浸透している。②
韓国社会における“英語熱”は、国際化社会へ組み込まれる
“世界化”や“国際化”
“グローバル化”といった用語と概念が、
過程で、新たな環境に適応しようとする韓国人の意欲と情熱が
現代社会の一面を表すキーワードとして社会全体に浸透してお
具現化したものであろう。政府の英語教育政策は、それを国家
り、英語能力を国際化社会の一員として備えるべき資質として
事業として戦略的に行おうとしているものである。しかし、学
認識している。すなわち、英語は意思疎通の道具であり、国際
校教育における入試偏重主義の教育はその試みを阻害する要因
化社会において自己と自国の利益のために必須のものとして捉
となり得る。もしこの障害を取り除くことができれば、社会の
えているのである。
“英語熱”に加熱された英語学習意欲は、国際競争を勝ち抜い
韓国の中高生は、上記の 2 点中、特に後者をよく認識し、英
本コーナーで海外現地調査レポートを行ってくださる若手研究者を募集しています。
下記募集要項にしたがって、ご応募下さい。
応募条件
(1)若手研究者の範囲は大学院生・研究生・助手・講師とし、予算枠内
(上限50万円まで)であれば複数での応募も可
(2)取材対象国の現地語が話せる
(3)調査・取材の段取りをすべて自力でできる
応募方法
Benesse 教育研究開発センターのサイト(http://benesse.jp/berd/center/
open/berd/tokuhain_bosyu/index.html)にある応募用紙をダウンロードし、
必要事項をご記入の上、下記宛先まで郵送にて送付してください。FAX ・
電子メールによる応募書類の受付はできませんので、あらかじめご了承願
います 。
【宛先】 〒163-1422
東京都新宿区西新宿 3-20-2
東京オペラシティタワー22 階
株式会社ベネッセコーポレーション
教育情報部 BERD 特派員プロジェクト事務局
応募書類
[応募用紙 1]
お名前・住所・年齢・性別・電話番号・所属先/身分(学生の方は学年
を記入)・業績[テーマ]3点以内・語学力を含む自己PR
[応募用紙 2(調査レポートのテーマと調査計画)
]
(1)視察・取材希望の国名
(2)どういうテーマでレポートを書きたいか
(3)どのような現地視察・調査・取材計画を考えているか
[応募用紙 3(推薦文)
]
大学の研究室の(助)教授・先輩などご自身をよく知る方であればどなた
でも可
※応募書類は返却いたしません。
2007
募集内容
教育情報誌「BERD」では、広く国籍を問わず、大学等に所属する若手
研究者のための研究支援を企画しました。皆さんの今の研究をベースに海
外の現地視察・取材を行い、
「BERD」本誌にレポートを書いていただける
方を募集します。
渡航費用・取材費用およびレポート執筆料を BERD 編集部がお支払い
します。
(ただしすべて含めて上限 50 万円まで)
皆さんにはこの取り組みを研究キャリアの成長の場として活用していた
だき、弊社はレポートを研究・開発のシーズ情報として活用させていただ
きます。どうぞふるってご応募ください。
NO.08
若手研究者募集
ていこうとする上で韓国の大きな強みとなるであろう。
41
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