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ラフ・コンセンサス――グローバル政治とインターネット・ガバナンス

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ラフ・コンセンサス――グローバル政治とインターネット・ガバナンス
http://hotwired.goo.ne.jp/bitliteracy/tsutiya/020129/index.html
FRONT DOOR
text:土屋大洋 / HP >>/ Text Only Version >>
冬季オリンピックを控えた米国ユタ州ソルト・レーク・
シティのホテルは、さながらシリコン・バレーの人々に占
拠されたかのようだった。ネクタイを締めた人はいない。
長髪を後ろで束ね、短パンに裸足の人までいる。廊下のコ
ンセントにラップトップの電源を差し込み、床に座り込ん
でキーボードを叩く。無線LANが設置されたホテル内では
どこでもネットにアクセスできる。
年に数回行われるIETF(Internet Engineering Task
Force)< http://www.ietf.org/ > のミーティングは、世界中
から数百人がやってくる巨大なものだ。IETFは、インター
ネットにかかわる標準技術策定のための組織であり、イン
ターネット・ガバナンスの中核となる組織のひとつでもあ
る 。
IETFでは、RFC(Request For Comment)と呼ばれる技術
標準文書を、世界中の人がボランティア・ベースで作り上
げている。「ボランティア・ベース」という意味は、直接
の金銭的な見返りがあるわけではなく、組織を代表するわ
けでもなく、あくまで個人の資格で、自分の意思で参加す
るということである。
IETFは、インターネット・コミュニティに残された最後
の聖域だと言っていいかもしれない。インターネット・ガ
バナンスに関わる組織は、1990年代半ば以降のインター
ネット商用化のあおりを受け、変化のさなかにある。しか
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し、IETFは、きわめてオープンである一方で、外部からの
影響、特に企業と政府からの影響を徹底的に排除しようと
している。ミーティングにはスポンサーがついているが、
特定の企業が議論の中身を左右することはない。参加者
は、内心では企業を背負ってきてはいるが、少なくとも体
裁としては個人の資格で参加しなくてはならない。
RFCの執筆者になることは、ある種のステータスだ。イ
ンターネットの草創期からすでに3千以上のRFCが書かれて
いるが、これを執筆するということはインターネットの歴
史に名前を刻むということになる。RFCは技術標準文書で
あるとともに、IETFの集合意識だとも言われている。しか
し、RFCなら何でもいいというわけではない。RFCにもい
くつか種類があり、インフォメーショナルという種類のも
のはあっさり受け入れられることもある。しかし、フル・
スタンダードと呼ばれる最も重要なRFCが成立するには数
年かかることもある。
IETFの意思決定のモットーは「ラフ・コンセンサスとラ
ンニング・コード」だという。ラフ・コンセンサスとは
「問題を重視する人のほとんどが合意しなくてはならな
い」ということであり、ランニング・コードとは、実際に
動くコード(プログラム)こそが最も説得力があるという
ことである。構想だけで実際に動きもしないコードは意味
がないのだ。
ラフ・コンセンサスに達するためには、相当な時間を要
することがある。IETFの実質的な議論が行われるのはメー
リング・リストとフェイス・トゥー・フェイスのミーティ
ングである。IETFのメーリング・リストはアジェンダごと
にたくさんあり、そこで流れるメッセージの数は膨大にな
る。ミーティングでは数百人の参加者たちが、同時進行で
行われる七つから八つのセッションに散らばるが、それで
も一つのセッションに数十人が詰めかける。全員が発言す
るわけではないが、議論されているトピックに強い関心を
持っている人々は、何回でもマイクの前に立つ。報告者は
それに答えると同時に、議論を進めていかなくてはならな
い。時間いっぱい議論しても結論が出ないこともある。ラ
フ・コンセンサスに達したという判断がつかなければ、ま
たメーリング・リストで議論を続けることになる。
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インターネットには中央集権的な組織が存在しないとい
われるが、それでも中核となるいくつかの組織がある。中
でもISOC(Internet Society)< http://www.isoc.org/ > は、
誤解を恐れずにいえば、業界団体のようなもので、毎年世
界各地でINETと呼ばれる年次大会を開いている。INETは学
会+展示会+研修会といった様相で、インターネットの技
術とガバナンスに興味のある人が集う。
ISOCがインターネットに関わるポリシーについて声明を
出すことがあるが、ISOCは国際条約に基づく政府間機構で
はなく、150の組織と6千人以上の個人からなる非営利組織
(NPO)・非政府組織(NGO)でしかない。NGOであると
いうことは、政府の権威を盾に決定を押し付けることがで
きないということになる。ISOCが実質的な組織として機能
するためには、参加者の多くが納得できる形での合意、つ
まりラフ・コンセンサスがどうしても必要になる。
インターネットのガバナンスという点でよく引き合いに
出されるのがICANN(Internet Corporation for Assigned
Names and Numbers) < http://www.icann.org/ > である。
ICANNはIPアドレスの配分やドメイン・ネーム・システム
の管理などを担っている。ICANNが2000年に行ったオンラ
イン理事選挙は、世界の十数万人を巻き込んだ大がかりな
ものとなった。その選挙のやり方が大もめにもめたため、
ICANNは組織運営としては必ずしも成功とは評価されてい
ない。IETFと比べると企業や政府の介入余地も大きい。し
かし、ICANNはインターネット・ガバナンスがどうあるべ
きかという問題をより多くの人に考えさせるきっかけと
なった。
IETF、ISOC、ICANNが示すようなインターネット・ガバ
ナンスのあり方は、グローバルな意思決定のひとつのモデ
ルになり得るのではないかと多くの人が直感している。こ
うしたインターネット関連の組織がグローバルであるの
は、あくまでも個人の参加が重視されているからである。
それは、各国で選抜された代表、つまり大臣や官僚が集っ
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て排他的に議論する組織ではない。既存の政府組織、企業
組織が制度疲労に見舞われ、数々の問題が起きていること
をわれわれは目にしている。そうした組織原理に対するオ
ルターナティブとしてインターネットは注目されているの
である。
言い換えるならば、インターネットは、法律と階層組織
によって成り立つ政府や、企業約款とステークホルダーに
よって成り立つ企業とは異なる意思決定システムをとって
いる。政府の議会や企業の役員会が「ラフ・コンセンサ
ス」と言っていたら、国政や企業経営には少なからぬ影響
があるだろう。いつまでも予算法案は通らないかもしれな
い。しかし、世界各国の人々が個人として参加するグロー
バルな存在としてのインターネットの意思決定には、オー
プンなメンバーシップと自発的参加によるガバナンスのほ
うが適切なのである。
歴史上、これだけ多くの個人が直接グローバルな意思決
定に参加することができたことがあっただろうか。イン
ターネット・ガバナンスに参加している人たちは、国家や
企業などを内心どこかで背負いながらも、そこから抜け出
る形でグローバルな意思決定に参加している。ICANNの議
論においてナショナリズムが噴出するたびに、われわれは
グローバルな視点で考えなくてはならないという指摘が再
三出てきた。人々は技術力や語学力、あるいは経済力にお
ける格差を現実に感じながらも、なんとかそうした力を獲
得することができれば、対等に意思決定に参加することが
できることに気づいている。
国家レベルでの政治参加は、これまで様々な形で行われ
てきた。代議制は「効率的な」民主主義として採用されて
きた。つまり、代議員たちは正しく民意を代表していると
いう前提の下で、最終的には数の論理による決着をわれわ
れは認めてきた。日本の国会における強行採決に対して野
党議員は「民主主義の横暴だ!」と叫んできた。しかし、
代議制と限られた時間の中ではどうしても頼らなくてはな
らない決定方法といわざるを得ない。われわれは憲法と法
律と選挙によってそれを認めてきているのだ。
安易に国政にラフ・コンセンサスを導入せよと言ってい
るのではない。それはかえって混乱をもたらすだけかもし
れない。しかし、世界政府の存在しない国際政治の世界に
おいて、国家の枠を抜け出し、グローバル政治を考えるに
あたっては、主体性、自発性および公益性に基づく強い目
的意識をもった個人が参加するガバナンスのほうが有効か
もしれないということだ。
ラフ・コンセンサスは、「エリート」たちから見れば衆
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愚政治にもなりかねない、一見いい加減なシステムであ
る。しかし、実際にそれに携わる者には相当の時間と手間
を強いるシステムであり、インターネット・ガバナンス
は、結局はそれがいい結果を導き出すのだということを示
してきた。インターネットは現実に動き、われわれの生活
をより便利なものにしている。
これまで、国家と国家つまりは政府と政府の間で行われ
てきた数々の交渉、例えば核弾頭削減や環境問題、宇宙開
発、海洋開発にも、ガバナンス的な意思決定を取り込むこ
ともできるかもしれない。現実に、さまざまな国際交渉の
場においてNGO・NPOとの対話の機会が設けられるように
なっている。NGO・NPOは選ばれた人たちではない。自ら
意思決定に参加したい、自分たちの未来を自分たちで決め
たいと願っている人たちだ。
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