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次世代ナノ液体クロマトグラフィの開発
タンパク質超高感度解析革命にむけた本格研究 次世代ナノ液体クロマトグラフィの開発 次世代サンプル導入システムの全体図 質量分析によるタンパク質の高感度解析 シリンジ ポンプ 医学 ・ 生命科学分野と製薬・バイオ テクノロジー産業において、高感度・ 無発塵ロボット精密分注システム 廃液だめ ロボットアーム ハイスループットな質量分析が必須 となりつつあります。その重要性は 株式会社 島津製作所の田中 耕一 フェ ローがノーベル化学賞を受賞したこと にょじつ 廃液 ニードル 閉塞ニードル インジェクション ポート インジェクション ニードル 石英キャピラリー が如実に物語っています。近年、質量 接続ネジ 分析技術が飛躍的に進歩し、これまで 一晩かかっていたタンパク質の分析 しまったのです。しかも、数百~数千 種のタンパク質が含まれる複雑なサン MS(質量分析装置) 電鋳マイクロ流路 が、ものの数秒でできるようになって プレカラム 分析カラム 次世代サンプル導入システムの全体図 プルを分離精製することなく、一網打 そこで私が 10 年前から取り組んで ナノ LC は数回の解析を繰り返すだけ 尽に短時間で分析することすら可能で きたことは、サンプル導入システムの でありとあらゆるところに不具合が生 す。 徹底的な極小化でした。すぐ迷子に じ、実際のルーチン解析などはおぼつ しかし、実際のタンパク質微量分析 なってしまうタンパク質を、極小化し かないものだったのです。しかも、専 の現場では、そんなスペックにうたわ た流路を介し、濃縮した状態で質量分 門の製造メーカーでさえ、このような れるような高感度・ハイスループット 析装置に導入する、ナノ液体クロマト プロトタイプから完成型へと発展させ な解析が行われるようにはなりません グラフィ(ナノ LC)という技術開発 るには数年の歳月を要するのが分析機 でした。タンパク質の 1 つ 1 つが千差 です。そして、日本の町工場のちから 器の世界です。しかし、不完全でも、 万別の形状と大きさをもち、化学的な で、世界最小・最高感度のナノ LC を つたなくても自身が開発した機器を 性質もさまざまで、 かつ不安定なので、 開発しました(産総研 TODAY Vol.7, 「泥臭く」使うことから、次の「開発」 微量なタンパク質はわずかな時間容器 No.6, P28−29 参照)。 成して容器の壁に吸着し解析不可能と のヒントを見つけていく、というのが 私の信条です。したがって私たちは、 に保持するだけで、分解、あるいは変 成功は死の谷の始まり このポンコツなプロトタイプを使って なってしまいます。すなわち、質量分 このオリジナルなナノ LC を質量分 大規模なタンパク質の機能解析プロ 析計という「検出器」がどれほど立派 析計にオンライン化し、これまで見た ジェクトをスタートさせました。私た でハイテクでも、この消失問題が分析 こともない分解能とシグナル強度を示 ちが選んだ道は、すぐに壊れるプロト 感度とスループットの限界点を決めて すチャートを手にしましたが、ここか タイプを、「すぐに直し、とことん使 いるのです。 らが「死の谷」の始まりでした。この い続ける」ことでした。これは、ネジ 1 本から自分たちの手で作ったものな ので可能になったのでした。それと同 4 大学・1 企業・ 2 国研、合計 12 の研究室を渡り歩い た、流しのタンパク質科学者です。2001 年より現職。 2004 年より東京大学 分子細胞生物学研究所分子情報・ も開始しました。しかし、安定してオ 教授、首都大学東京 理学系大学院 客員教授、2008 年 ペレーションできないシステムを用い 2006 年からは、NEDO ケミカルバイオロジープロジェ クトのプロジェクトリーダーにもなっています。 夏目 徹(なつめ とおる) バイオメディシナル情報研究センター 細胞システム制御解析チーム 産 総 研 TODAY 2008-12 しいナノ LC を構想し、その検証研究 制御部門 客員教授、九州大学 生体防御医学研究所 客員 より国立遺伝学研究所客員教授も務めています。 16 時に、 「壊れる」ところがない全く新 て解析を続けるのは、まさに「死の谷」 さい を流れる川の「賽の河原」でした。 全く新しいナノLC プロトタイプで問題となるのは複雑 本格研究ワークショップより な流路を形成するキャピラリーと呼ば 生じるノイズ源を徹底的に排除した結 オン化阻害夾雑物質の混入を根本的に れる、髪の毛の太さほどのチューブの 果、最後に残ったノイズは、「鉄イオ 廃絶することにも成功しました。実際 接続部分と、流路を切り替えるための ン」で、本来不働化しているはずのス に示されたスペックは世界のトップレ バルブです。そこで、キャピラリーの テンレス素材に由来していました。溶 ベルの水準をはるかにしのぐ、ダント 接続を最小限にし、バルブを流路中か 媒の供給やバルブのヘッド部にステン ツのトップです。このような技術を普 ら完全に廃することを目指し、精密 レス素材は盛んに使われますし、質量 及し産業化することは、医学 ・ 生命科 電鋳という技術を世界で初めてバイオ 分析においてステンレス素材が問題に 学 ・ バイオテクノロジー産業の分野に の解析機器に活用しました。 電鋳とは、 なるという知見は知られていません。 おいて、きわめて大きい波及効果をも 金属塩溶液の中に吊るした母型の上 環境由来のほかのノイズが非常に大き たらすと期待されます。しかし、この に、メッキにより金属を電着させ、母 かったため、不働化しているはずのス 次世代 LC はクリーンルームで使用す 型の持つパターンを正確に金属へと転 テンレス表面からわずかな酸化鉄イオ ることを前提に開発されたものです。 写する技術です。日本には明治時代か ンが遊離することを、これまで誰も気 そこで、2008年10月より、クリーンルー ら存在し、かつては御輿の金飾製作な がつかなかったのです。この開発の中 ムなど特殊な設備がなくても使用でき どに使われてきました。 ここ数年、 ラッ で、これまでステンレスを用いた部材 る普及版 LC システムの開発プロジェ プトップ PC や携帯電話の精密パーツ をすべてチタンに置き換えることによ クトが始まりました。産総研臨海副都 の金型製作に盛んに使われ精密化され り、この鉄イオンをも完全に廃絶し、 心センターのクリーンルーム内でのス 発展した、 「古くて新しい」技術です。 本当のノイズレスの世界に突入したの ペックより 100 分の 1 ほど感度は劣る 電鋳品は、構造が一体の金属であるた です。 かもしれませんが、それでも今の世界 でんちゅう みこし め、微細な立体構造に高い強度が付与 できます。この精密電鋳により製作し 水準の 20 倍以上の高感度化を達成で きると考えています。 一般化に向けて たマイクロ流路と、半導体の製造現場 この研究開発は、日本の強み(精密 で使用される無発塵精密ロボットを利 電鋳加工法とロボット技術)を活かし、 人 科学技術振興機構)先端計測分析・ 用した溶媒・サンプル分注ロボットを 分析に付きものである流路中のデッド 機器開発事業(平成 17 ~ 19 年度)の 製作しました。これらを組み合わせる ボリュームを極小化し、飛躍的なメン 成果です。 ことにより、これまで問題となった接 テナンス性を実現させ、ノイズ源・イ 続とバルブを完全に廃絶した次世代の 謝辞:この開発は JST(独立行政法 電鋳マイクロ流路の外観 ナノ LC の開発に成功したのです。 内径20 µmの流路分岐部 その結果、メンテナンス性の大幅な 向上だけではなく、配管部やバルブか ら発生するノイズやイオン化阻害物質 も根絶され、飛躍的な S/N 比の向上 と高感度化も同時に達成されました。 これまでの解析では、質量分析計にサ 10 mm 5 mm ンプルを導入する過程で混入が避けら れない各種の微量異物質が、ノイズ源 X線透過写真 となり S/N 比を下げるとともに、サ 内径100 µmの サンプル充填・脱塩流路 ンプルのイオン化効率を阻害し、実質 的な解析感度を大幅に低下させていた ことが分かりました。 この開発の中で、私たちが最も驚い たのは金属イオンがノイズ源として検 出されたことです。配管・バルブから 電鋳マイクロ流路の外観 産 総 研 TODAY 2008-12 17