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突発性難聴について
ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 突発性難聴(120815) 60 代男性。2 日前から聴力が低下したような感じがしていたが、昨日起床時には急激に聴力低 下していることに気がついた。外耳、中耳には異常所見を指摘できず。聴力検査で測定限界以上 の異常値。前庭症状無し。他の脳神経症状認めず。飲んでいる薬はスタチンのみ。 突発性難聴を疑ったが、診断のプロセスをどうしたらよいかと、治療(特にステロイドをすぐ開始 した方がいいのか)について迷ったので調べてみた。 突発性難聴とは、耳疾患の既往のない健康な人に突然生じた原因不明の高度な感音性難 聴のことをいう。1) 難聴の原因としては、内耳の循環障害やウイルス感染によるという説が有力であるが、種々 の病態が考えられており、単一の疾患と言うよりは一種の症候群であると言える。1) 内耳血管の痙攣や塞栓、血栓、出血などによる内耳の循環障害が突然の難聴を発症させる と考えられている。ただし、循環障害は通常反復することが多いが、突発性難聴は 1 回発症 すると再発しないという点では一致していない。1) ムンプスウイルスが感音性難聴を起こすことは知られている。また、サイトメガロウイルス、麻 疹ウイルスなどが難聴を引き起こすという報告も見られる。このため、何らかのウイルス感染 による内耳障害である可能性があると考えられている。1) 年齢は 50~60 歳代に多く、男女差は見られない。1) Nakasima らは栄養、食生活と突発性難聴の関連について調査を行い、「西洋型食品」の高 頻度摂取による突発性難聴の発症リスクは高く、逆に「日本型食品」の高頻度摂取では突発 性難聴の発症リスクが低いと報告している。2) 合併症としては、高血圧、糖尿病、心疾患の既往がある場合が多く、生活習慣病の側面があ ると考えられている。一方、飲酒や喫煙歴、食生活、睡眠時間との関連は無いとされている。 1) 多量飲酒、睡眠不足、疲労、ストレスも、突発性難聴の発症リスクを高めていると報告されて いる。2) 突発性難聴の診断基準は、1973 年に厚生省特定疾患突発性難聴調査研究班により作成さ れ、30 年以上経過した現在も同じものが用いられている。「突然発症」する、「原因が不明」 の「(高度)感音難聴」が診断基準の中心となっている。2) 突発性難聴の診断が容易かというとそうではない。その理由は原因不明という項目があるか ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html らである。突然起こる難聴の総称は突発難聴である。この中で原因のわかっているものをす べて除外して初めて突発性難聴と診断できる。3) 突然発症する一側性の難聴で、耳鳴や自閉塞感を伴うことが多い。(約 9 割の症例で、難聴 の発生の前後に耳鳴を合併する。)1) 突発性難聴の約半数でめまいを伴うが、めまいは良くなった後で繰り返さないのが特徴。1) 発症は突発的で、その時間や状況を覚えている場合が多い。(即時的な難聴、また、朝、目 が覚めて気づくような難聴。)1) 難聴が悪化したり改善したりといった変動は見られない。1) 突発性難聴では耳以外の神経症状が認められないのが特徴。1) (参考文献 2 より引用) 標準純音聴力検査では気骨導差のない感音難聴を示すのが特徴。(聴力障害のタイプは、 聾型、高音障害型、低音障害型などさまざま。)1) X 線、CT、MRI などの画像検査では異常所見を認めない。1) 鑑別疾患:聴神経腫瘍、外リンパ瘻(力み、鼻かみ、潜水などが誘因となる)、メニエール病、 ムンプス難聴などのウイルス性内耳炎、薬物(アミノ配糖体系抗生物質、白金製剤、ループ ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 利尿薬など)1) 突発性難聴患者が難聴ではなく耳閉塞感のみを訴える例があるという。その場合耳管狭窄 症との鑑別が重要になる。3) 鑑別すべき疾患の中でもっとも重要と思われるのは心因性難聴、聴神経腫瘍である。前者 の場合他覚的聴力検査が重要になる。後者では ABR や MRI による検査が必要になる。聴 神経腫瘍の 10~15%が突発性難聴と類似した発症様式をとることを考えると、その診断能 力の高い MRI はルーチン検査として行われることも考えられてよい。3) 初診時の grade がより高い症例、めまいを伴う症例では、聴力が固定した時点での重症度が より高いことが明らかになっている。1) 治療開始が早いものや聴力低下が軽度なものほど予後が良い。1) 来院までの日数が長い場合(発症後 2 週間以上経過している場合)、めまいを伴う場合や高 齢者は予後が不良とされている。1) 突発性難聴は治療を早く始めれば治りやすい、本当にそういえるのだろうか。30 数%全部が そうかはともかく、突発性難聴に相当数の自然治癒があることはよく知られている。そしてそ の自然治癒する症例は 2 週間以内に治るものと思われる。とすれば、2 週間以内に受診した 突発性難聴の症例には多くの自然治癒する症例が含まれる。2 週間以上経過して受診した 症例には自然治癒する症例はほとんど含まれない。つまり、発症してから治療を始めるまで に時間が経過するにつれて治癒率が悪くなるのは、治療が遅れたことが原因ではなくてその 中に含まれる自然治癒する症例の数が次第に減るからではないか、ということである。早く 治療を始めれば治りやすい、以前から言われてきたこのことにも大きな疑問がある。3) 約 3 分の 1 が完治して、約 3 分の 1 が回復するが難聴を残し、約 3 分の 1 が治らずに終わ るとされている。1) 合併症や妊娠などで治療を行えなかった突発性難聴患者もなかにはいる。このなかには無 治療で聴力の回復を認めた症例が一定の割合で存在しており、報告もされている。数々の 文献をまとめた報告を見ると、立木らは自然治癒率が 32~60%前後と報告している。2) どの様な治療法が最も有効であるかは判明していない。1) 症例数が 200 例以上になると治癒率は 30 数%に集まる。また治療法が違っても症例を増や して検討すれば同じ治癒率が出ることが分かった。このことから、この治癒は治療によるもの ではなく自然治癒の可能性が高い。3) 発症後 1 ヵ月の間に内耳の可逆的病変が不可逆的病変に移行すると考えられている。突発 性難聴の治療は、限られた期間に急性内耳障害に対して積極的に行い、可逆的な病変から 不可逆的病変への移行を防止し、内耳障害の自然治癒過程を促進することが目的となってく る。2) 急性期の治療としては、心理的、身体的安静が基本となる。1) ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 薬物療法としては、ステロイド剤の全身投与が一般的に行われる。1~2 週間で効果が現れ ない場合は、その後継続投与しても効果が少ないとされるため、10 日前後で漸減して投与 する。その他、内耳の代謝や循環改善を目的として、アデノシン三リン酸(ATP)、ビタミン B 群、プロスタグランジン製剤などを併用することが多い。高気圧酸素療法や鼓室内ステロイド 注入療法などを行う施設もある。1) 副腎皮質ステロイドの内耳に対する作用機序ははっきりしていないが、ステロイドの抗炎症 作用や血管透過性亢進の抑制作用などが考えられている。2) ステロイド投与の有効性を二重盲検法で認めたとの報告もあるが、ステロイドが無効な症例 も多く、どのようにステロイドを使用していくか、一定の結論は出ていない。2) 内耳血流障害に対して改善を図るために、血管拡張薬やニコチン酸の内服、そして赤血球 の変形能を増大させ血流を改善させる低分子デキストランの点滴投与を行う。近年ではプロ スタグランジン E1 製剤(PGE1)が使用され、末梢血管拡張、血小板凝集の抑制、赤血球変形 能改善などの効果があり、内耳微小血流の増加が期待できるため、全国では 30%の症例に 投与されている。2) 障害された細胞の賦活のために、ビタミン B1、B12 製剤や ATP 製剤の内服および大量静注 が経験的に効果的であると知られている。比較的副作用が少ない薬剤のため、多くの施設 で ATP 製剤とビタミン B 群を治療のための基本的な薬剤として使用している。2) 難聴が改善する場合は、治療後急速に改善して、徐々に固定するような経過をたどる。1) めまいは 1 週間程度の安静で軽快することが多い。1) 突発性難聴の治療成績は 18 年間ほとんど改善してはいない。3) 患者に身体的また経済的に大きな負担をかける治療は避けることが望ましい。3) 文献 4 は何らかの薬剤による治療とプラセボを比較した試験のメタ解析。まあ、ほとんど効果が 無いと言ってしまえばそれまでだが、それでも治療群でやや良好な結果なだけに、害のない治療 であればチャレンジする価値はあると思う。原因がはっきりしない以上、この点は仕方が無いと思 う。 The values for weighted mean difference of hearing gain in dB were 0.79, 95% confidence interval (CI) (−2.04–3.61) and for standardized mean effect 0.06, 95% CI (−0.13–0.24), respectively, which computationally favors active treatment, but statistically is not significantly different from no effect (0 dB). This was in accordance to the comparison of descriptive means between recovery under placebo with 14.3 dB and active treatment with 15.8 dB hearing gain. Treatment effect of dichotomous data (hearing gain vs. no hearing gain) suggested a statistically significant better outcome for active treatment; the odds ratio (OR) [fixed] is 2.18 (1.06–4.46). ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html (参考文献 4 より引用) 突発性難聴であれば、その治療効果がそれほど期待できないかもしれないが、有害でなければ チャレンジする価値はあると思う。重要な点は突発性難聴以外の重大疾患をきちんと除外して、 突発性難聴であれば、治療効果、予後について患者と十分に話し合うことなのだと思う。 参考文献 ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html 1. 西尾綾子, 喜多村健.突発性難聴.調剤と情報 14(6): 687-689, 2008. 2. 加藤健, 中島務.突発性難聴.治療 91(増刊): 1318-1321, 2009. 3. 朝隈真一郎, 村井和夫.突発性難聴 ―診断・治療の問題点とそれに対する対応‐.Audiology Japan 53(1): 46-53, 2010. 4. Labus J, Breil J, Stützer H, Michel O. Meta-analysis for the effect of medical therapy vs. placebo on recovery of idiopathic sudden hearing loss. Laryngoscope. 2010 Sep;120(9):1863-71. PubMed PMID: 20803741. ROCKY NOTE http://rockymuku.sakura.ne.jp/ROCKYNOTE.html