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「自閉症児のピアノ指導と余暇活動レバー トリーの拡大
62障害児教育実践研究第6巻1999 「自閉症児のピアノ指導と余暇活動レパートリーの拡大」を読んで 名須川知子 (兵庫教育大学幼児教育講座) 本研究は、自閉症児の余暇活動のレパートリーとして、ピアノ練習が有効なものか、検証しようとした ものである。自閉症児は、学校のプログラムがある平日は安定した生活が送れるが、決められたプログラ ムのない休日の過ごし方についても、より安定充実した時間がもてるよう、筆者らが考案した内容である。 まず、問題設定について、実際の自閉症児の生活を基盤とした捉え方から、彼らの生活の質(本文では QOL(quality of life))とされるものをめざす意図がはっきり読み取れた。また、その方法も具体的で かつ詳細な記録分析によるものである。このように、実践から立てられた問題意識と、その方法の吟味が 明快に行なわれている点をまず評価したい。 結論としては、このピアノ練習は成功し、 2名の自閉症児らは次第に自発的にピアノを弾く様になって いったことが伺われた。すなわち、問題設定の背景となった従来の受け身的な余暇活動からの転換が見ら れたのである。 指導の経過も階名シールと指番号のマッチングから開始することで、結果的には、楽譜を読むことがで き、そのことで曲のレパートリーも容易に拡がっていった様子が述べられていた。ここでは、音楽教育で のスズキ・メソッドや、 C.オルフの音楽セラピーに代表されるような楽譜を用いない方法からスタート する考え方もあろう。しかし、あえて指、鍵盤、楽譜を一体化することで、知らない曲でも次々と弾いて いくことができたのである。階名を習得し、楽譜が読めることは、世界共通の音楽言語を獲得することに 等しい。 次に、右手の五指だけで弾ける曲の選択がなされている。一般にピアノ曲は複雑なように思えるが、要 するに簡単な奏法の組み合わせである。ピアノの一番の上達法は、簡単な曲でもゆっくりと間違えないで 弾くことを繰り返すことである。次第にその内容が複雑になっていくが、気づいたらこんな曲も弾けるよ うになっていった、と思える上達法は理想であろうOここでは、 「聴く一歌う一弾く」という3つのステッ プを基本としているが、これはまず身体で音楽を感じ、自分の身体楽器である声を使ってその曲と同調し、 最後に音にするという段階と言い換えることが出来よう。これらのステップに共通することは、自らの 「身体」を用いることである。本研究では、理論的背景には触れていなかったが、いわゆる音楽を表現活 動として捉える際に見逃してはならない、自らの身体の介在がここに見出されるのである。リトミックの 創始者であるE. J.ダルクローズの理論によると、まず子どもに楽器を触れさせる前に、その子どもの身 体への着目、すなわち身体の動きを通したリズムの感知、次にソルフェージュと言われるメロディー等に 関する経験を経て、やっと楽器へ辿りつくのである。 さて、ここで提示された方法は以上のような理にかなったものであることが明らかとなったが、本研究 で気になる点をあげると、 「理解」という言葉の多用である。確かに、技法については理解することであ ろうが、音楽は各自の表現活動であるという点から考えると、今回のピアノ演奏も二名の自閉症児がもっ と「感じる」ことを目指して指導法を捉えるといいのではないか、と考える。そうでなければ、ピアノ演 奏は「正確に」弾くことがまず要求され、音楽を感じることがその後になってしまう怖れがでてくる。ま ず、音を聴く心地よさを味わい、さらに音で表現する喜びを得、周囲の者も、一彼らが表した苦を介してコ ミュニケートできることで、芸術的な活動は大いに自閉症児の余暇活動として意義をもつと考える。 今後、このような障害児・者に対する、具体的な芸術的な活動を骨子とした研究が大いにされることを 期待したい。