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タイにおける新投資奨励制度の導入について
タイにおける新投資奨励制度の導入について バンコク事務所 東 幸治 2015 年 1 月 1 日より導入されたタイの新投資奨励制度。本年末に予定されて いる ASEAN 経済共同体(AEC)1発足に向け、高付加価値産業の集積を図る ことを目的とした内容になっているが、法人税免除などの恩典の対象外となり 得る業種もあり、今後の投資検討に際しては精査が必要である。 1.突如導入が発表された新投資奨励制度 タイでは、外資誘致のための「投資奨励法」と、自国産業の保護・育成のた めの「外国人事業法」によって投資政策が進められている。このうち、「投資 奨励法」に基づく新投資奨励制度が、2014 年 12 月にタイ投資委員会(BOI) によって発表された。 もともとは 2013 年に草案が公表され、同年中に施行される予定であったが、 改訂作業に時間を要したため、本年1月まで施行が延期されていた。反政府デ モやクーデターの影響もあり、これも延期されるのではないかと推測されてい たところ、施行の1ヶ月前に突如その内容が発表されたものである。2013 年時 点の草案と基本方針が大きく変わるものではないとはいえ、外国企業に大きな 影響を及ぼす制度を、十分な情報公開がないまま導入したことについて、日系 企業の間では施行の延期を求める声が上がるなど不満が高まる結果となった。 また、「外国人事業法」についても、「外資が実質的な経営権を握るタイ企 業2」がタイ資本の企業活動を圧迫しているとして、昨年 10 月に同法を改正す る動きがあった。各国の商工会議所が反発した結果、プラユット首相は「改正 は当面行わない」と方針を転換したが、外国企業に対するタイ政府の考え方に 変化が生じつつあるという印象を拭うことはできない。 2.新制度導入の背景にあるタイの経済環境 1959 年に投資委員会が設立されて以降、タイでは製造業を中心に外資誘致に よる工業化が進められてきた。そして、1985 年のプラザ合意3 をきっかけに多 くの日系企業が進出した結果、タイは自動車産業を中心に ASEAN の生産拠点 1 2 3 ASEAN 域内での物品、サービス、投資等の自由化に向けた取組み。 外資比率が 50%以上の場合に外国企業とみなされ、外国人事業法による規制の対象となる。資本比率が タイ企業 51%、外国企業 49%の場合はタイ企業とみなされ、同法の規制対象から外れる。 為替レート安定化に関する合意。急速に円高が進行した結果、日本企業の海外進出のきっかけとなった。 1 として発展してきた。しかし近年は、1日 300 バーツ(約 1,080 円)の最低賃 金導入による人件費の上昇、失業率1%未満が続く労働力不足、急速に進展す る高齢化などの国内問題に加え、CLMV 諸国4 が経済特区の開発などによって 投資先としての魅力を向上させたことも影響し、周辺国との競合が激しくなっ ている。 また、本年末に発足する予定の AEC は、タイと周辺国との事業環境を大き く変化させるとも予想されているため、従来の労働集約的産業から高付加価値 産業に構造転換し、持続的な経済成長を遂げることで「中進国の罠5」を回避す る思惑が、今回の新たな投資奨励制度導入の背景にあると思われる。 昨年 12 月に行われた新投資奨励制度の説明会では、プラユット首相が「新 たな投資制度により産業の高付加価値化を図り、国際競争力を高める」と述べ、 産業構造の転換を図る方針が示された。また、タイで高付加価値製品を製造し、 周辺国で低付加価値の労働集約的な製品を製造する例を挙げ、タイを地域の製 造ハブとしたい考えも示された。 3.従来より恩典が厳しくなった新制度の概要 新たな投資奨励制度の大きな変更点は、「ゾーン制」の廃止である。これま では、地方振興のために国内を3つのゾーンに分け、地方に投資するほど手厚 い恩典が与えられていたが、今回の改正ではこれが廃止され、業種の重要度に よって付与される「基本恩典(事業別恩典)」と、産業発展への貢献度によっ て付与される「追加恩典(メリット恩典)」が新たに導入された。 基本恩典(事業別恩典) 追加恩典(メリット恩典) A1 1.競争力向上へのメリット A2 A3 A4 + 2.地方分散へのメリット B1 3.産業地区開発へのメリット B2 業種の重要度によって付与 産業発展への貢献によって付与 「基本恩典」では、「経済構造再編成に重要」なグループ A(A1~A4)と、 「高度技術を有しない裾野産業であるが、サプライチェーンに重要」なグルー プ B(B1~B2)に分けられた。これまで法人税免除の対象だった業種の多く がグループ B に整理され、恩典が縮小された(表1)。 4 5 カンボジア(Cambodia)、ラオス(Laos)、ミャンマー(Myanmar)、ベトナム(Vietnam)の4か国のこと。 新興国が経済発展を遂げて中進国に達した後、経済が停滞して先進国の経済水準まで到達できない状況。 2 表1 グループ 基本恩典(事業別恩典) 具体例 業種数 A1 国際競争力向上に寄与する研究 開発、デザイン等の知識産業 組込ソフトウェア開発、デザイン開発 センター、バイオテクノロジー 23業種 A2 国内開発に必要なインフラ産業、 投資がまだ少ない先端技術産業 ハイブリッド・電気自動車部品、燃料 電池、高度医療機器、特殊繊維 49業種 A3 ある程度投資が行なわれている高 度科学技術産業 バイオ肥料、自動車エンジン 68業種 A4 サプライチェーン強化に寄与する 産業 機械組立、リサイクル繊維 48業種 IHQ、ITC、冷凍運輸・倉庫、一般自 動車製造 42業種 電子商取引、貿易投資支援事務所 6業種 B1 B2 産業 高度技術を有しないがバリュー チェーンに重要な産業 法人税免除 8年 (免除限度:なし) 8年 (免除限度:投資額) 5年 (免除限度:投資額) 3年 (免除限度:投資額) なし その他恩典 ・機械の輸入関税免除 (B2を除く) ・輸出用製品の原材料 輸入関税の免除 ・土地所有許可 ・ビザ・ワークパーミッ トの優遇 ・外貨による海外送金 許可 出典:BOI 資料 一方、「競争力の向上」「地方への分散投資」「産業地区の開発」に寄与す る投資については「追加恩典」が付与されることとなった。研究開発や高度な 技術トレーニング、製品のパッケージデザインなど、タイの産業競争力の向上 に寄与する案件に対しては法人税免除などの恩典が追加的に導入されることに なった。また、プラユット首相が経済格差の是正策として示した「タイを高度 技術産業構造へ転換させる一方で、所得が低い地域への恩典を厚くする」との 方針に基づき、ゾーン制廃止の代替措置として、所得水準の低い北部・東北部 の 20 県への投資について追加恩典が与えられ、さらに、政府が奨励する工業 団地または工業地区に立地する場合は、法人税免除期間が1年追加されること となった(表2)。 表2 グループ 追加恩典(メリット恩典) 競争力向上 地方分散 研究開発や高度技術研修等への投資を行う場合 所得が低い北部・東北部20県に立地する場合 A1 - A2 研究開発や技術研修等への投資費用を、免税上限 に追加可能 法人税50%減免を追 加(5年間) A3 A4 B1 最初3年間の収入に対する支出割合又は支出額に 応じて、1~3年間の法人税免除を追加 産業地区開発 奨励工業団地・地区に 立地する場合 法人税免除を追加 (3年間) ・輸送費、電気代、水道代の 2倍を10年間控除 ・インフラ投資額の25%控除 法人税免除の1年追加 (但し合計8年まで) - B2 出典:BOI 資料 さらに、特別奨励措置として、テロの影響により経済が停滞している南部国 境県や国境付近の特別経済開発区への投資についても、2017 年末までの申請に 限って法人税免除などの措置が付与される。特に後者は、AEC の発足により、 国境エリアでの経済活動が活発化すると予想されるための措置だと思われる。 また現行制度では、製造年度から 10 年以内の中古機械は輸入関税が免除さ れ、10 年経過後も関税等を支払えば奨励事業に用いることができた。しかし新 制度では、新しい機械は免税となるが、中古機械 表3 中古機械の使用 経過年数 奨励事業での使用 輸入税免税 は免税措置を受けられず、さらに5年超の中古機 新品 あり 可 械は、関税等を支払っても奨励事業に利用するこ 5年以内 なし 5年超10年以内 不可(プレス機械のみ可) とすらできなくなった(中古プレス機械だけは特 10年超 不可 出典:BOI 資料 例で 10 年まで使用可)(表3)。また、これま 3 では第三者検査機関の能力証明のみで恩典を受けることができたが、新制度で はこれに加えて、価格の適正さや環境への影響などの証明も義務付けられる。 このため、日系企業からは「厳しすぎる」と見直しを求める声が上がっている。 地域統括本部(ROH) 6 と国際調達事務所(IPO) 7 については、タイを ASEAN の物流ハブとするため、新たに国際統括本部(IHQ)と国際貿易拠点 (ITC)に区分され、法人税、個人所得税、源泉徴収税の軽減・免除などの一 定の優遇措置が付与される見込みである。 4.新制度の影響と今後の注意点 新制度では、恩典対象に追加された業種より、除外された業種の方が多い。 栄養補助食品、先端素材、エネルギー、リサイクルなどの高付加価値型産業が 新たに恩典対象となった一方で、労働集約型産業を中心として、食品、繊維、 文房具、計測器、化学薬品など、タイ国内で生産できると判断された業種は対 象から外れている。さらに、対象であっても、基本恩典で法人税免除がないグ ループ B に多くの業種が割り振られている。なお、グループBに属し、追加恩 典に該当する場合でも、投資案件の申請と同時に恩典の申請を行わなければな らないため、留意が必要である。 BOI の発表によると、2014 年の投資申請は 3,469 件、計 2 兆 1,927 億バーツ (約 7.9 兆円)と過去最高を記録し、目標額の 8,000 億バーツ(約 2.9 兆円) を大きく上回ったが、そのうち 12 月の申請が 2,092 件、1 兆 4,282 億バーツ (約 5.1 兆円)となっていることから、新制度導入前の駆け込み申請が相次い だ結果とみられている。旧制度のメリットの方が大きいと判断した企業が多か ったようで、その後の反動減が懸念されている。 タイへの進出を検討している環境関連企業によると、環境分野で恩典が受け られる新制度を歓迎する一方、「そもそもの環境関連法の整備と運用の適正化 が必要である」という意見もあった。また、当地進出の日系銀行に顧客の状況 をインタビューしたところ、進出済の企業については従来の恩典を引き継ぐこ とができるため、現時点では大きな影響は出ていないようである。しかし、今 後の投資については新制度が適用されるため、新規投資や拡張投資を検討され ている場合は十分な精査が必要となる。なお、新制度の詳細は BOI のホームペ ージ(http://www.boi.go.th)に掲載されているが、個別の問合せについても日 本語窓口(メール:[email protected])で受付を行うため、タイへの投資を検討 されている場合は参考にしていただきたい。 ※為替レート 6 7 1バーツ=3.6 円 グローバルに事業展開している企業の資本をタイに集中させることを目的とした投資奨励事業 仕入・販売を行う商社業のための投資奨励事業 4