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意識障害の鑑別と対応 - 日本産科婦人科学会

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意識障害の鑑別と対応 - 日本産科婦人科学会
2010年 9 月
N―267
安全な産婦人科医療を目指して―事例から学ぶ―
Ⅰ.医療安全対策シリーズ
2.重症の産科合併症
2.意識障害の鑑別と対応
座長:杏林大学
岩下 光利
大野レディスクリニック
大野 泰正
足利赤十字病院
春日 義生
はじめに
脳血管障害は妊産婦死亡原因の約25%を占める重篤かつ重要な合併症であり,その診
断管理方法の確立が緊急課題であることは言うまでもない.子癇発作の主病態は一過性血
管原性浮腫であるとされ,可逆性良好な経過をたどることが多いが,脳出血合併例は稀な
がら,発症時の母児予後は瞬時に重篤化し,致死的経過をたどることも少なくない.しか
しながら,我々産婦人科医は脳血管障害に関する十分な知識と対応能力を必ずしも持ち合
わせていない.本稿では脳血管障害合併妊娠の診断管理方法について解説する.
脳血管障害合併妊娠の疫学
厚生労働科学研究費補助金研究(主任研究者:池田智明)
が行った全国調査(周産期母子
医療センター,大学病院,総合病院1,582施設,3,238診療科に対するアンケート:回答
率70%)
によると,2006年における妊娠合併脳血管障害は184例で,内訳は脳出血39例,
クモ膜下出血18例,脳梗塞25例,脳静脈洞血栓症5例,子癇及び高血圧性脳症82例,そ
の他15例であった.発症時期は全疾患で妊娠中が最も多く,妊娠中発症脳出血の分娩方
法は帝王切開28例(72%)
,経腟分娩11例であった.脳出血の死亡率は25%であった.
愛知県周産期医療協議会研究事業として行った愛知県内全分娩取扱166施設対象の妊娠
関連脳血管障害実態調査(回答率100%)
によると,2005∼2006年の総分娩130,823件の
中で痙攣症例は63例であり,脳出血非合併痙攣症例(子癇)
は54例(全分娩の0.04%)
,脳
出血合併痙攣症例は9例(全分娩の0.007%)
,つまり痙攣症例63例中9例(14.3%)
に脳出
血を認めた.子癇54例の発症時期は,妊娠中7例(13%)
,分娩中23例(42%)
,産褥24例
(45%)
であった1).
Management of Cerebrovascular Abnormalities during Pregnancy
Yasumasa OHNO
Ohno Ladies Clinic
Key words : Cerebrovascular abnormality・Eclampsia・Cerebral hemorrhage・
Pregnancy induced hypertension
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N―268
日産婦誌62巻 9 号
脳血管障害合併症例提示
(症例1:分娩時発症型 PIH,子癇,胎児徐脈)
34歳の初妊初産婦,39,40週に蛋白尿
陽性であったが血圧は正常であった.40週5日,陣痛発来にて前医入院(血圧124"
80
mmHg)
.子宮口8cm 開大時に意識消失を伴う痙攣発作出現(血圧210"
120mmHg)
,CTG
上胎児遷延徐脈を認めた.A 病院に救急母体搬送時には意識と CTG 所見は回復したが,
緊急帝王切開にて2,979g 女児,AP 5"
8を娩出.術後4時間に痙攣発作再度出現.2回目
痙攣発作1時間後の T2WI,DWI で両側基底核,橋の一過性血管原性浮腫を認めた.母児
ともに神経学的後遺症なく術後8日目に退院となった.
(症例2:分娩時高血圧性脳出血)
35歳の初妊初産婦,高血圧家族歴あり.35週に前医
から B 病院へ里帰り紹介,血圧112"
85mmHg,尿蛋白強陽性.36週の妊婦健診にて血
圧187"
120mmHg であったが家庭血圧130"
100mmHg のため白衣高血圧と判断された.
40週0日,陣痛発来入院(血圧190"
140mmHg)
.11時間後,子宮口全開大時,頭痛出現,
血圧223"
139mmHg にて降圧剤投与.1時間後意識レベル低下(JCS100)
し,急速遂娩
にて3,174g 男児,AP 9"
10を娩出.会陰縫合時右上下肢麻痺出現,CT で左尾状核出血
と脳室内穿破を認め,内視鏡下血腫除去術,両側脳室ドレナージ術施行.術後17日目の
CT で血腫縮小傾向を認め,術後57日目リハビリセンター転院となった.
(症例3:分娩時発症型 PIH,子癇,HELLP 症候群,肝虚血性壊死)
30歳の2経妊2経産
婦,36,37週に尿蛋白陽性であったが,血圧は正常であった.37週4日,陣痛発来にて
前医入院(血圧172"
111mmHg)
,2時間後に自然経腟分娩にて2,190g 男児を娩出(血圧
208"
123mmHg)
.産後1時間に頭痛出現(血圧175"
100mmHg)
,4時間後に胃痛出現(血
圧170"
103mmHg)
,6時間後に痙攣発作出現し,C 病院へ搬送,痙攣発作あるも CT で
脳出血認めず.頭部 FLAIR 上,両側後頭葉,基底核,橋に一過性血管原性浮腫を認めた.
産褥2日目,AST=2,670,ALT=2,240,LDH=3,620,PLT=100,000.産褥4日目,
両側胸腹水および肝右葉虚血性壊死を認めた.産褥15日目,PTAD,右胸腔ドレナージ
開始.産褥63日目に胸腔ドレーン抜去,産褥73日目に PTAD 抜去,産褥76日目に退院
となった.
脳血管障害臨床症候
脳血管障害発症時における重要な臨床症候として,意識障害,運動麻痺,痙攣,眼球位
置異常,視野障害,頭痛,眩暈が挙げられる.意識障害は脳深部出血に多く,小脳出血に
はない.運動麻痺は脳深部出血に多い.痙攣は子癇,皮質下出血,被殻出血に多くみられ
る.眼球位置異常は多くの脳出血でみられる.縮瞳は橋出血に特徴的である.運動失調,
眩暈は小脳出血に特徴的である.頭痛はクモ膜下出血では必発,小脳脳出血を始めとした
脳出血,頭蓋内圧亢進状態,脳梗塞の一部にみられ,単なる血圧上昇によるものと短絡的
に考えてはならない.高血圧性脳出血における神経症候を表1に示す2).
脳血管障害管理方法
痙攣,意識障害合併妊婦の管理方針は,救急処置を最優先し,人手確保,バイタルチェッ
ク,気道確保,ルート確保,胎児心拍数確認が必要である.酸素投与,適切な抗痙攣治療,
降圧治療を行い,分娩前の場合は緊急帝王切開か急速遂娩を考慮する.次に可能な限り緊
急 CT による脳出血除外診断を行う.脳出血合併時は,即座に脳外科との共同治療を開始
する必要があり,脳外科対応可能な高次医療施設への母体搬送に踏み切る.日頃より搬送
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2010年 9 月
N―269
(表 1) 高血圧性脳出血の急性期臨床症候
意識障害
痙攣
頭痛
嘔吐
瞳孔所見
眼球共同偏位
運動障害(片麻痺)
感覚障害
運動失調
半盲
被殻出血
視床出血
皮質下出血
小脳出血
橋出血
38%
時に+
13~ 20%
17%
正常/
縮瞳
33%
(病側)
96%
+(対側)
0%
42%
50%
-
19~ 32%
43%
正常/
縮瞳
26%
(病側)
95%
+(対側)
0%
37%
14%
時に+
0%
-
50~ 62%
92%
正常/
縮瞳
23%
(対側)
9%
-
75%
0%
50%
-
0~ 23%
29%
縮瞳 44%
7%
(対側)
片/
四肢麻痺
+
8%
0%
62%
正常/
縮瞳
29%
68%
+(時に対側)
0%
80%
先の受入れ情報の把握が重要である1)3)4).
画像診断法として CT
(殆どの施設で24時間撮影可能であり脳出血診断のゴールドスタ
ンダード)
,T2WI および FLIAR
(脳出血,脳浮腫診断に有用)
,DWI および ADC
(脳浮腫
特性診断つまり血管原性浮腫か細胞障害性浮腫かの鑑別が可能)
,MRA および DSA,
MRDSA,3DCTA
(脳血管病変の診断に必要で,最近は DSA に代わり3DCTA が主流)
,
T2-star(他の撮影方法ではわからない微小出血の描出による脳出血予知可能)
,Tractography
(錐体路と脳内病変の立体的位置関係から機能予後評価可能)
が有用である.
高血圧性脳出血の好発部位は皮質下に比して深部(被殻,視床,小脳,橋)
が多く,被殻,
視床が70∼80%を占める5)∼7).脳出血による一次的脳障害,脳室穿破による脳圧亢進,脳
ヘルニアが母体予後を悪化させる.外科的治療法には開頭血腫除去術,CT 定位的血腫吸
引除去術,内視鏡下血腫除去術があり,脳幹出血以外は手術による生命予後改善が期待で
きる8)∼10).
降圧剤として metildopa, hydralazine, nicardipine 等が推奨されるが, nifedipine,
nicardipine,labetarole は本邦では妊婦禁忌であり十分な IC が必要である.脳出血時の
降圧は nicardipine,diltiazem が推奨されるが,nicardipine,hydralazine は脳出血未
止血時は原則禁忌とされる.抗痙攣剤として phenytoine,diazepam,MgSO4が有効で
あり,痙攣重積時は挿管管理が必要となる.脳圧亢進時には脳浮腫改善目的で glycerin
が有効である.脳梗塞急性期は脳保護目的で edaravone が勧められるが,重篤な副作用,
乏しいエビデンスにて評価は流動的である.
脳血管障害概論
脳血管障害は,悪性新生物,心疾患に続いて日本の死亡原因第三位である.脳血管障害
には脳梗塞,脳出血,クモ膜下出血があり,脳出血の大多数は高血圧性脳出血である.妊
娠中に合併しうる脳血管障害として,子癇,高血圧性脳出血(被殻出血,視床出血,尾状
核出血,皮質下出血,橋出血,小脳出血)
,出血性梗塞,クモ膜下出血,モヤモヤ病,脳
動静脈奇形などがある.
子癇発作の発症機序として,
「脳血管攣縮による脳虚血性痙攣発作」説11)と「高血圧性脳
12)
症様痙攣発作」説 が報告されてきたが,我々は「脳血流量自動調節能破綻による脳血流
量の異常増加が脳血管関門の破壊,脳浮腫などを惹起し,痙攣発作に至り,その前後で脳
血管攣縮を伴う可能性は否定できない」という新仮説を提唱している13).
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N―270
日産婦誌62巻 9 号
(図 1) 子癇症例における脳浮腫局在
(上段:大脳皮質下局在型,下段:脳深部局在型)
我々の多施設検討(8施設,子癇17症例,脳出血3症例)
では,子癇全症例に発症時血圧
上昇と一過性血管原性浮腫を認めた.脳浮腫局在は大脳皮質下局在型(6例)
,視床,皮殻,
橋を含めた脳深部局在型(11例)
に区別された.脳浮腫局在は妊娠中発症子癇症例の5例中
4例(80%)
が大脳皮質下で,分娩中および産褥期発症子癇症例の12例中10例(83%)
が脳
深部であった.脳浮腫が脳出血の原因となりうるかは不明であるが,脳浮腫脳深部局在型
と高血圧性脳出血の好発部位が一致することが興味深く,今後脳浮腫領域における微小出
血像の検討が検討課題である(図1)
.
分娩時発症型 PIH の予知
今回の症例のように,分娩時発症型 PIH に痙攣や脳出血を合併した場合は診断の遅れ
から母児予後が瞬時に重篤化する.しかし,臨床現場における分娩時発症型 PIH に対す
る認識は不十分で,分娩中の母体血圧推移すら理解されていないのが現状である.妊娠中
高血圧のない分娩患者204人(正常血圧群122人(分娩Ⅰ∼Ⅱ期血圧<140"
90mmHg)
,分
娩時発症高血圧軽症群52人(分娩Ⅰ∼Ⅱ期血圧=140∼160"
90∼110mmHg)
,分娩時発
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2010年 9 月
N―271
(図 2) 分娩時母体収縮期血圧推移
症高血圧重症群30人(分娩Ⅰ∼Ⅱ期血圧>160"
110mmHg)
)
の患者背景,母児所見を比
較検討した.約80%の症例は正常血圧群に属したが,分娩時発症高血圧重症群では分娩
Ⅰ期後半から血圧上昇を認め分娩終了後に急速に下降,産褥期は正常範囲より高値で推移
した(図2)
.正常血圧群に比して重症群で,1分後 AP 低値,産後降圧剤使用率,産褥4日
目血圧,蛋白尿陽性率,産褥1カ月目血圧,蛋白尿陽性率,妊娠20週白血球数,高血圧家
族歴陽性率,妊娠中蛋白尿陽性率,妊娠16週以降の血圧高値を認めた.分娩1週間前収縮
期血圧のカットオフポイント130mmHg の場合の sensitivity=36%,specificity=95%
は,分娩時正常血圧群の殆どで収縮期血圧が130mmHg を超えないことを意味した3)4).
発症リスク因子(高血圧家族歴,妊娠中蛋白尿,20週白血球数増加,36週以降の母体収
縮期血圧>130mmHg)
による分娩時発症型 PIH の予知,家庭血圧モニタリング(HBPM)
による早期発見,分娩Ⅰ∼Ⅱ期の定期的血圧測定による早期診断が母児予後を左右する.
(症例4:遅発型 PIH 急激発症を HBPM にて早期診断した症例)
32歳の初妊初産婦,高
血圧家族歴あり.34週の妊婦健診で血圧115"
67mmHg,尿蛋白±,36週2日の妊婦健診
で血圧121"
81mmHg,尿蛋白強陽性,下肢浮腫出現し HBPM 開始.36週3日朝の家庭
血圧200"
100mmHg にて連絡あり高次施設搬送受け入れ要請,患者来院時血圧221"
120
mmHg にて救急搬送,血圧コントロール不良のため36週6日緊急帝王切開にて2,608g 女
児,AP 8"
9を娩出した.降圧治療を行い,産褥6日目に母児ともに退院となった.
母体搬送体制の問題点
愛知県内全分娩取扱166施設対象の妊娠関連脳血管障害実態調査によると,一次医療施
設のうち19%が子癇発作重責時に初めて搬送,81%が子癇発作出現時点で即座に搬送と
返答した.痙攣に脳出血合併の可能性を考えると,痙攣発症時点で高次医療施設への搬送
を考慮すべきである.脳血管障害合併妊婦の搬送受入れ不可能であるケースが地域周産期
母子医療センターを含め複数存在することが判明した.これには,
周産期母子医療センター
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N―272
日産婦誌62巻 9 号
が脳血管障害,心臓循環器疾患対応力でなく産科,新生児科対応力を認定基準とした背景
がある.今後,周産期母子医療センターのみならず全総合病院の機能公開を行い一次から
高次医療施設への適切な搬送体制確立が急務である1)3).
おわりに
妊娠関連脳血管障害は稀だが重篤な結果を招く.我々産婦人科医は脳血管障害に対する
認識を改め知識を習得して,万が一遭遇した場合に備える必要がある.
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