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高速移動体通信ブロードバンド化への 取組みと標準化動向 - ITU-AJ
スポットライト 会合報告 高速移動体通信ブロードバンド化への 取組みと標準化動向 国立研究開発法人情報通信研究機構 ワイヤレスネットワーク研究所 宇宙通信システム研究室 つじ ひろゆき 辻 宏之 1.はじめに 発を実施した。この研究開発では、航空機に対してブロー 近年、移動体通信分野は利用周波数帯の需要が増加す ドバンド通信を実現するために、広い無線周波数帯域を利 る中、携帯電話等によるワイヤレスブロードバンド環境の 用し大容量通信が可能となる40GHz帯を使い地上と航空 整備が進められている。更に、スマートフォンやタブレット 機を直接接続するATG方式を採用した。 端末の普及により無線通信トラフィックが急増しており、航 図1に航空機用ミリ波帯無線通信システムの運用イメージ 空機や列車環境等の高速移動環境においてもインターネッ を示す。このシステムでは、地上局と航空機が直接回線を ト等の利用の要望が高まり、その結果大容量通信の需要 結び、航空機の移動に伴って、次の地上局へ切り替えるこ が高まっている。 とにより、連続した通信を実現している。地上と航空機を 近年の高速インターネット環境の普及に伴い、航空機や 大容量の回線で結ぶことにより、機内ではインターネット接 列車内でも動画や音楽などの高速インターネット通信が可 続やビデオ配信など、地上にいるのと同じような感覚でサー 能な無線通信システムの実現が求められている。 ビスを提供することが可能となる。 このように今後見込まれるワイヤレスブロードバンド環境 の急速な発達に対して、将来的に更なる大容量通信への要 求が増大すると想定される。これらのブロードバンド通信 に対する需要に対応するために、広い帯域が利用可能であ る30GHz帯を超えるミリ波帯を利用したシステムの実現が 期待されている[1][2]。 本稿では、高周波数帯開拓に伴う課題を克服し、ミリ波 帯の特徴を生かす高速移動体通信システムの実現に向けた 取組みについて実例を挙げて紹介するとともに、それらに 関するITU-Rでの標準化動向について解説する。 2.40GHz帯航空機通信の研究開発概要 ■図1.航空機用ミリ波帯無線通信システムの運用イメージ 2.1 航空機へのブロードバンド化と研究開発 ミリ波帯ではアンテナの小型化が可能であり、広い無線 航空の分野では、衛星を経由する方法と、地上と航空機 周波数帯域を利用した大容量通信が実現可能であるという を直接接続(ATG:Air-to-Ground)する方法が実用化さ 利点があるが、一方、マイクロ波帯に比較して伝搬損失が れている。衛星を経由する方法は、衛星の広域なサービス 大きいため、長距離の無線通信には向いていないとされて 範囲を特徴として世界的に利用が進んでいる。一方米国で いた。更に、光のように直進性が強いため、細い電波のビー は、800MHz帯を使って地上の局と航空機を直接接続する ムをお互いに追尾する必要があるなど、実用化には解決す ATG方式によるサービスも展開している。ただし、コスト べき課題がいくつかある。これらの状況を踏まえ、ここで 面や利用周波数帯域の制限等から、100Mbpsを超えるよう は以下の研究課題を設定した。 なブロードバンド化は進んでいないのが現状である。情報 (ア)搭載アンテナと地上局アンテナにアンテナビーム追 通信研究機構と三菱電機株式会社は、 総務省委託研究「ミ 尾機構が必要 リ波帯高速移動体通信システム技術の研究開発」 (2005 ~ (イ)航空機搭載用アンテナは小型・軽量化が必要 2009年度)により、マイクロ波帯よりも更に大容量の通信 (ウ)高い周波数に適合するデバイスの開発が必要 が実現可能なミリ波帯を用い、航空機等の移動体向けイン (エ)製造・設置コストの削減が必要であり、特に地上 ターネット通信環境を実現する無線通信システムの研究開 用のアンテナは安価であることが必要 ITUジャーナル Vol. 45 No. 10(2015, 10) 17 スポットライト 会合報告 (オ)飛行する航空機と地上局においてハンドオーバが 必要 (カ)インターネットを介して様々なアプリケーションに柔 軟に対応可能 2.2 航空機を使った実証評価試験 開発したシステムを検証するため、2009年度と2011年度 に実際の航空機を使った実証評価試験を実施した。この 試験では小型航空機に無線設備を設置し、地上の陸上固 そこで、ミリ波帯を長距離の無線通信に利用可能とする ために、長距離の無線伝搬を可能とする高性能アンテナと、 航空機の移動に追随して電波放射方向を制御するシステム を開発し、航空機を用いた通信実験を実施した。この研 究開発の成果の概要を以下にまとめる。 ① 設置性に優れた小型地上局 地上局に固定されたアンテナの前面に設けた小型軽 量の反射板の向きを制御することで、地上から航空機 へ電波の放射方向を制御する技術を開発した。本開 ■図2.航空機を追尾する地上局装置 発により、アンテナ本体の向きを制御する従来の方法 に比較して可動部分が軽量化でき、地上局の小型化 を実現した。図2にそのアンテナ試作機の概観を示す。 ② 航空機搭載可能な小型機上局 航空機搭載用アンテナの小型・軽量化のため、電波 の放射方向を制御するAPAA(Active Phased Array Antenna)で電子制御する技術を開発した。更に、ミリ波 帯回路部にMMIC(Monolithic Microwave Integrated Circuits)チップセットを開発し、機上局の小型・軽量 ■図3.射出成形樹脂型1次元アクティブフェーズドアレーアンテナ 化を実現した[3]。図3に2009年に試作されたAPAAの 概観を示す。 ③ ミリ波帯を用いた移動体通信に適した高速移動 ネットワーク技術の開発 航空機の移動に応じて接続する地上基地局を切り 替えるハンドオーバ制御と、ミリ波帯無線回線の伝送 可能帯域を伝搬距離に応じて変更する無線回線制御 とを連携して、IP通信を継続させる高速移動ネットワー ク技術を開発した[4][5]。 ■図4.実験に使用した小型飛行機 ■図5.搭載用APAAアンテナの実装(左から機械駆動アンテナ、機械駆動+1次元APAAアンテナ、2次元APAA) 18 ITUジャーナル Vol. 45 No. 10(2015, 10) 定局との間で通信を行い、評価に必要なデータを取得した。 の見直しから始まったが、審議の結果新たな報告を別途作 実験に使用した飛行機は2人乗りの小型飛行機であり、概 成し、ITU-R報告M.1051は2013年に削除されることとなっ 観を図4に示す。また、航空機搭載アンテナは図5に示さ た。新報告書案に向けた作業文書ITU-R [LMS.ATG]は、 れるように機械駆動アンテナ、機械駆動+1次元APAAア 当初、欧州と米国・カナダ(地域1と2)における開発例に ンテナ、2次元APAAの3種類の送受信アンテナを機内か 加え、中国が地域3としての開発例の提案を行っていたが、 ら地上側に向くように設置し、その他装置は搭乗席に搭載 2013年11月のWP5Aにて、日本から前述の40GHz帯を使っ して試験を実施した。 たATGシステムの概要をAnnex3に提案し採択された。この この評価試験の主な概要を表1にまとめる。 結果、ITU-R報告M.2282-0(12/2013)Systems for public mobile communications with aircraft (2013)が完成した。 ■表1.航空機による評価試験の主な概要 項目 パラメータ、内容 備考 陸上固定局 機械駆動アンテナによるミリ波送受 信装置 H21、H23年度 実施時に使用 3.1 鉄道通信システムでのブロードバンド化 航空移動局 機械駆動アンテナ+1次元アクティブ フェーズドアレイアンテナ(APAA) H21年度実施時 に使用 スマートフォンやタブレット端末の普及により、陸上の高 機 械駆動アンテナ、2次元アクティ H23年度実施時 ブフェーズドアレイアンテナ (APAA) に使用 使用周波数 上り:46.8GHz、下り:44.45GHz, 43.65GHz 取得データ 受信レベル、回線品質(PERまたは BER) 、アンテナ指向性データ、追 尾特性、モデム信号、機体振動状態、 機体位置/姿勢情報 試験実施場所 米国ハワイ州(オアフ島) 3.40GHz帯鉄道通信システムの研究開発概要 速移動環境においても大容量通信の需要が高まっている。 特に鉄道分野において、ミリ波帯を用いた大容量通信の実 現が注目されている。現在鉄道分野において実用化されて いる列車無線システムは、線路沿線に設置された漏洩同軸 ケーブル(LCX:Leaky coaxial cable)と列車間で通信を 行う通信方式が挙げられる[6]。このLCX方式の伝送速度 は2Mbps程度であり、多くのユーザが同時にインターネット 実験では、高度約8000mを飛行する航空機と地上間で アクセスを行うと、1端末あたりの伝送速度が低下してしま 100Mbpsの双方向通信が行えることや、20分以上の連続 う。一方、周波数資源がひっ迫している中、鉄道通信シス 通信を確認した。開発した装置の性能とミリ波帯の特性を テムをブロードバンド化するための新たな周波数として、ミ 考慮すると、更なる大容量化も可能となる。この航空機と地 リ波帯を移動体通信で利用することがこれまで検討されて 上を結ぶ大容量無線通信システムは、航空測量データの伝 いる[7][8]。特にミリ波帯を使った無線システムは、鉄道等 送や映像中継技術などの分野にも利用できると考えている。 のトンネル内において導波管効果を伴うため、少ない電力 で数kmの伝送を行うことが可能である。ここでは、前述 2.3 ITU-Rにおける標準化 の地上と航空機間で通信を実現した技術を展開し、鉄道 ITU-R WP5Aでは、2011年から機上でインターネット等 通信システムで利用するため、トンネルを使用した実環境 のサービスを提供するための、地上と航空機を無線で直接 における評価試験及び自動車を利用した高速移動試験を 通信を行うシステムATGに関し、新報告書案に向けた作 実施し検討を行った例を紹介する。 業文書「航空機を利用した公共移動通信システム」ITU-R [LMS.ATG]の審議を開始した。この審議は本来ITU-R報 告M.1051 Public mobile telephone service with aircraft 3.2 ミリ波帯鉄道通信システムの概要 図6にミリ波帯を使った鉄道通信システムのイメージを示 ■図6.ミリ波帯を使った鉄道通信システムの例 ITUジャーナル Vol. 45 No. 10(2015, 10) 19 スポットライト 会合報告 す。ここでは以下のシステムの定義を仮定している。 • 列車・地上間の双方向通信システムであり、40GHz 帯の電波を利用 ■表2.トンネル試験の試験諸元 項目 諸元 搬送波周波数 46.8 GHz • 移動局と固定局は、1対1接続、または1対多接続とする 変調方式 64QAM-OFDM • 列車の移動速度は最大300km/h程度を想定 最大伝送速度 100 Mbps • 伝送容量は500Mbps程度とする 送信電力 10 mW • トンネル内はミリ波を使用し、トンネル外(明かり区 間も含む)は、ミリ波もしくは公衆回線を使用するシ ステムとする また、システムの評価試験を実施するにあたり、以下の 空中線利得 32 dBi アンテナ半値角 ±1.0 ~ 1.5 deg アンテナ数 基地局:2,移動局:2 走行距離 基地局~ 3,500 m 移動速度 15 km/h 環境で評価試験を実施した。 (ア)明かり区間 (1)公益財団法人鉄道総合技術研究所 敷地内の 線路で実施 ① トロッコ、試験車両を使用 ② 線路の直線区間、曲線区間でデータを取得 (2)国土技術政策総合研究所 試験走路で高速走 行実験 ① 高速走行状態(100km/h以上)において、 通信機能、及びハンドオーバ機能を確認・ 実証 (イ)トンネル区間 ■図7.移動局アンテナ(送信)と基地局アンテナ(受信)の位置関係 (1)建設中の北陸新幹線飯山トンネルで実施 ① 試験車両(軌陸車)を使用 陸車により線路上を15km/hで走行し、基地局(受信局)に ② 送受複数のアンテナ(送信2:受信2)を利 て伝送速度100Mbpsの受信電力とビット誤り率を測定した。 用し、100Mbps伝送を評価 3.4 トンネルにおける評価試験結果 3.3 鉄道環境の実証実験 移動局(送信)は、基地局から遠ざかる方向に移動した。 実験は、実際の鉄道環境における直線区間と曲線区間 送受信の条件として、1送信1受信(ダイバーシチ非適用) 、 での測定、高速走行試験とトンネル試験の三つの環境で評 2送信1受信(送信ダイバーシチ適用)、1送信2受信(受信ダ 価試験を行ったが、ここではトンネルでの評価試験につい イバーシチ適用) 、2送信2受信(送受信ダイバーシチ適用) て説明する。 の四つの条件で、受信電力特性とビット誤り率特性を測定 トンネル試験の試験諸元を表2に示す。図7に、評価試 した。測定したビット誤り率から計算した場所率の結果を 験における移動局アンテナ (送信)と基地局アンテナ (受信) まとめたものを図8に示す。ここで場所率とは、移動距離 の位置関係を示す。航空機を使った実験とは異なり、ここ を0.1mごとに区切り、各区間においてビット誤りが発生し では移動局送信アンテナ、基地局受信アンテナともに指向 ない確率、すなわち100Mbps通信が可能となる確率を示し 性アンテナを使用し、移動局送信アンテナは、移動局の進 ている。この結果より、送受どちらかにダイバーシチ技術 行方向と反対方向に設置されている。また空間ダイバーシ を適用すれば、場所率が改善されることが分かる。更に チ効果を確認するため、送受それぞれ2系統のアンテナを 送受共にダイバーシチを適用すれば、送信電力10mW、基 使用した。 地局-移動局間距離が3,000m以下の範囲において、99.9% 実験は建設中のトンネルにて実施した。それぞれのアンテ 以上の高い場所率で100Mbps通信を実現可能であること ナを正対させた状態から、移動局(送信局)を設置した軌 が確認できた。 20 ITUジャーナル Vol. 45 No. 10(2015, 10) ■図8.送受信間の距離と場所率の関係 4.ITU-Rにおける標準化状況 5.まとめ 40GHzのシステムを鉄道分野に展開するため、2014年10月 本稿では、ミリ波帯(40GHz帯)を利用した高速移動体 開催のWP5Aに日本から鉄通信システムに関する新報告の 通信システム技術の研究開発についての概要と成果及びこ 提 案 を 行 い、 新 報 告 案 に 向 け た 作 業 文 書M.[RAIL. れらに関する標準化動向を報告した。 LINK]が承認された。日本からの提案では、Annex1(ミ 今後、航空機分野では、写真や地図データなどのリアル リ波(40GHz帯)の明かり区間・トンネル区間の伝搬特性 タイム伝送への利用。地上移動体分野においては、鉄道 のまとめ)、Annex2(ミリ波のシステムを含む日本の鉄道 に向けてブロードバンドインターネットや列車無線システム 無線システムの紹介)で構成されていた。更に2015年7月 への提供を視野に入れ、40GHz帯の制度化に向けて検討 にルーマニア(ブカレスト)で開催されたWP5Aでは、日本 を行っていく予定である。また、標準化においては、ITU-R からミリ波伝搬測定の試験条件に、試験時の速度及びビッ 等でミリ波通信技術の標準化活動も活発に行われている ト誤り率データの追記提案及び日本の鉄道制御システムを 中、現在審議中のITU-R報告完成に向けて、関係機関と 含むシステム事例の追加提案を行った。また、韓国は、韓 連携し活動を行う予定である。 国における鉄道向け無線システムの具体例の追記を提案。 (2015年5月 情報通信研究会より) 中国からは、都市間や都市内(地下鉄等)といった鉄道の カテゴリごとに区分けした表記の必要性及び高架橋やトン ネルといった周辺環境のシナリオごとに検討項目について の修正提案があり、審議が行われた。その結果、これら の修正案を盛り込み、次の会合に作業文書として送られる こととなった。 このように、韓国や中国からの寄書からも伺えるように、 鉄道無線システムはアジア地域での関心が高いと考えら れ、今後議論の活性化が見込まれる。 参考文献 [1]情報通信審議会答申「電波政策ビジョン」 (平成15年7月30日) [2]総務省「ユビキタス時代における航空・海上通信システムの 在り方に関する調査研究会」報告書、平成16年6月 [3]最 新ミリ波 技術、監修:松澤昭、発行日:2015年7月31日、 シーエムシー出版 [4]航空機搭載ミリ波帯高速移動体通信システム、三菱電機技 報2010年11月号 [5]高速移動体通信システム技術の研究開発-高速移動アドホッ クネットワーク―、電子情報通信学会情報ネットワーク研究 会、2012年1月26日 [6]立石幸也他、 “新幹線におけるLCXを用いた高速無線伝送試 験” 、信学技報、RCS2011・46,pp.67・72, June 2011. [7]新倉弘久他、 “山梨実験線ミリ波列車無線実験システム” 、鉄 道総研報告、vol.15,no.11, pp.35-40, Nov. 2001. [8]今井誠治他、 “ミリ波通信技術の新幹線への適用の検討” 、 信学ソ大、no.A-17-12, Sept. 2003. ITUジャーナル Vol. 45 No. 10(2015, 10) 21