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ジュニア球児の 増量と食事前編

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ジュニア球児の 増量と食事前編
小特集
指導者に伝える食育
ジュニア球児の
増量と食事 前編
立命館大学スポーツ健康科学部教授
海老 久美子
◆ 10年目の秘められた思い ◆
千葉県にある幕張メッセで、今年度も全日本
いうイメージが強いが、じつはスポーツ選手に
とって増量はとても切実な問題である。たとえ
「増量」とまでは言わなくても、
「背が高くなり
アマチュア野球連盟主催による野球指導者講習
たい」
「もっとパワーがほしい」という願いは、
会が先ごろ開催された。この講習会には小学生
おそらく学校でも多くの子どもたちが持ってい
から高校・大学生、そして一般社会人の野球チ
るものではないだろうか。「球児たちの食事や
ームの指導を行う先生方が、全国各地から参加
栄養の仕事に携わったばかりのころと比べ、世
され、指導力向上のための研鑽を積まれている。
間でも食育が大切と言われ、指導者の方の中に
いまや球児向け食育本の金字塔ともなってい
も『やはり競技にとって食事はとても重要だ』
る『野球食』
『野球食Jr.』の著書、海老久美子
という認識はかなり高まっています。そこにプ
さん。海老さんはこの講習会に栄養学講座の講
ラスアルファとして付け加えられるものをスポ
師としてほぼ毎回参加されてきた。講座の一部
ーツ栄養学の立場から提供したいのです」と海
は、ジュニア選手や保護者も参加できる公開講
老さんは言われる。実際、現場では食事につい
座として開かれ、その内容は、弊誌2007年4月
ても指導者自身の経験や感覚に基づいて指導が
号『特集 やろうよ 食トレ!』の中でも紹介し
されることが多いが、無理なく続けるためのス
た。海老さんはこれまで勤務されていた国立ス
キルや方法論、また支えとなる理論がないまま
ポーツ科学センターを昨年退任され、今年4月
進められ、得てして「もっと食え」のかけ声だ
からは新設される立命館大学スポーツ健康科学
けで終わったりすることも少なくないそうだ。
部に教授として着任される。じつは今年度の栄
養学講座に向け、海老さんの胸にはある思いが
◆ 伝える対象に合った伝え方を ◆
秘められていた。
「この講座にかかわるようになって今年で10
じつはこの講座には海老さんの母校であり、
年目となりました。自分の中でもようやく指導
非常勤講師もされた大妻女子大学の学生も出席
者の方々と、お互いに遠慮なく思いを伝え合え
していた。「学生たちには、ぜひ伝える相手に
る関係性が築けてきたように思います。そこで
よって伝え方も変わるというところを見てもら
今回はぜひ『増量』について正面から指導者の
いたいのです。ご家族向けの講座とは違って、
方と考えてみたいと思いました」と海老さん。
今回は指導者の先生が対象です。それぞれに自
栄養学といえば「ダイエットや減量のため」と
分の確固たる指導観をお持ちの方が多く、その
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方を納得させられる伝え方をしていかなければ
く、筋道立てて説明さえできれば非常に関心を
なりません。おそらく学生たちがこれから卒業
もって聞いてくださること、さらに集団を指揮
して現場に行き、学校や職場でこうした方々に
する立場上、何か目標を定め、そこに向かうプ
どう栄養学の知識を届けていくか。年齢も性別
ロセスをチーム全体が楽しめ、そこで達成感を
も、また育ってきた環境も世界観もまったく違
味わえるようなものを提供していくことも栄養
う。一見、とても困難そうですが、これらはす
士としての役割ではないかと言われた。わかり
べて否定材料ではありません。立場が異なると
やすさを求める余り「たくさん食べる、上に納
はいえ、お互いに合致できるところは絶対見つ
豆をかける」といったことだけを伝えて終わっ
けられるはずなのです。球児たちへのスポーツ
てはだめで、指導者が自分自身でも考えていけ
栄養では、『指導者の方は、絶対、球児たちに
るような理論やデータを提供していくことがそ
とって悪いことはしない』というのが、お互い
こでは大切になってくるとも言われた。
のコミュニケーションを図るうえで一番の土台
ではここで海老さんのご厚意により、その講
になるのです」と海老さん。また野球の指導者
演の抄録を今月号と来月号の2回に渡って掲載
に共通して見られる特徴として、読書家が多
いたします。
「野球選手の増量と食事」講演抄録
おはようございます。海老です。今回の指導者講習会で
は球児たちの食事について考えていきながら、ぜひご自身
の食事も考えるきっかけにしていただけたらと思っていま
す。今回、テーマにしたのは「増量」です。これは一度き
ちんと取り上げておきたいと思いました。中学、高校生の
野球選手のみなさんから非常に数多くこの相談を受けます。
○球児の多くが「増量したい」と思っている
2004年に甲子園に出場した球児たちにアンケートをし
たことがあります。その中では6割の子が「もっと増量し
たい」と言っています。さらにその522
. %が「自分として
は一生懸命食べているつもりだけれど、なかなか増量でき
ない」と答えています。そのときの選手の平均身長は173.
5cm、体重が693
. キロ、体脂肪率が127
. %、除脂肪体重、
つまり脂肪を抜いた体重が601
. キロでした。ここに集まっ
た指導者のみなさん、いかがでしょうか。この年はちょう
ど、北海道日本ハムのダルビッシュ投手が3年生に上がっ
た年で、身長の高い選手が結構いました。その平均値です
ので、中には160cm台の選手も多く見受けられました。
今、多くの指導者の方に伺いますと、体重は「身長−
100」キロを目指したいと言われます。先の値はかなり近
いものですが、その約6割の球児がもっと増量したいと考
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えています。これはおそらく今の球児の多くもそうでしょ
う。では本当に体重、とくに除脂肪量が多い方が野球には
有利なのでしょうか。初戦の勝敗と選手の除脂肪量の関係
を見ると、総合力という意味で体格の差が出たのかもしれ
ませんが、やはり体重の多い方が有利と出ています。大き
い選手の方が強いというイメージは、やはり野球の中では
確かに存在すると思います。
○無理のない目標設定と
定期的なモニタリングが大切
ではどうしたら増量できるのか。多くの先生は「まずは
しっかり食べる」と指導されていると思います。私はもう
20年近く球児たちの食事を見てきましたが、食事の大切さ
がこれだけ浸透し、先生方も「まずは食事」と言ってくだ
さり、とてもうれしく思っています。また「食べ物の好き
嫌いは将来、人の好き嫌いにもつながるから、選手にはそ
れは絶対にしていけないと言っている」という指導者の方
にも出会いました。このようにご自分自身の言葉で食事の
重要性を伝えられているのはすばらしいことで、同時にと
てもありがたいことです。こうした先生方ご自身の経験や
感覚に基づいた持論に、増量に関してぜひ加えていただき
たいことに「目標の設定」があります。あまり無理のない
ものを設定し、計画的に選手たちの増量を考えていただき
たいのです。できたら途中経過をモニタリングし、期間も
定めて最後にどうであったのかという評価を残していただ
きたい。そのように何らかの形に残しておくことは、とて
も大切なことのように思います。
では現実的な目標設定法についてお話しします。体重は
その構成要素を大別することがスポーツ栄養では必要です。
つまり体重といっても、それが体脂肪か、除脂肪量か。除
脂肪量とは体脂肪を除く体重ですが、これはほぼ筋肉量と
同じになります。ふつうアスリートの増量といえば、この
除脂肪量の増加を目指しますが、中学、高校生球児で、動
きの激しい運動を行う選手たちにとっては、じつは除脂肪
量と体重の変動にそれほど差がありません。つまり体重が
増えることは除脂肪量も増えることとほぼ同じことなので
す。ただ中にはけがをして動けない期間の増量や、またと
くに気をつけていただきたいのは中学3年生で一度野球を
引退した後の半年間など時期といった例外もあります。こ
の時期、もし体重変動がない場合は、筋肉量が減った分、
脂肪量となった体重で入学してくるケースが多いのです。
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また環境によって体重と除脂肪量の関係が変動すること
にも気をつけてください。定期的な身体組成の測定が野
球選手の増量にとっては非常に大切です。できれば同じ
条件で同じ器具を使って計測していただきたい。除脂肪
量は体脂肪率から算出できます。体脂肪率を減らすとい
うと、どうしても減量のことを頭に浮かべる選手も多い
のですが、除脂肪量を増やすことで体脂肪率を減らすこ
ともできるのです。
○エネルギーのバランスを知る
さて増量で、まず知っておくべきことはエネルギーの
バランスです。この天びんでは一方がエネルギー消費量
になっています。その要因にはまず基礎代謝量があり、
練習などによる活動代謝があります。さらに食事をする
ことで産生熱もあり、消費エネルギーが生じます。この
3つがエネルギー消費のおもなものです。一方の摂取エ
ネルギー、栄養素でエネルギー源となるのは炭水化物、
脂質、たんぱく質の3つです。これらを食事から摂取し、
その量が消費量よりも多くなると体重増加になります。
当たり前のことですが、まずはこれが基本です。この3
つのエネルギーとなる栄養素を消費に見合っただけ、あ
るいは増量したいなら、プラスアルファでとれているか。
まだサンプル数が少ないのですが、DLW法※ によって測
定された高校野球選手の総エネルギー消費量の数値は492
2、つまりほぼ5000キロカロリーという値が出ています。
私も食事記録法や活動記録法で計測してきて、大体4500
∼4600あたりかなと思っていました。一般の20歳代男性
で1日の消費エネルギー量は2000キロカロリーほどです。
少なくてもその倍以上のエネルギー量を選手たちは消費
しています。ですからやはり選手たちが考えるより、か
なり多くのエネルギーをとらないとなかなか増量にまで
はつながらないと思います。
食事では、エネルギーだけでなく、からだの材料とな
るものや、からだの調子を整える、つまりコンディショ
ニングのための栄養素も必要です。過不足なくそれらと
るために、実際にどんなものをどれくらいとったらいい
のかを少し見ていきたいと思います。
※DLW法:二重標識水
(Doubly-Labelled Water:
DLW)を用い、生体が1日に消費する総
定しました。中学生球児と社会人選手の食事の目安量は、
エネルギー量(TEE)を算出する方法。日
じつは大体同じで3500キロカロリーくらいです。社会人
常生活を制限することなくTEEを高精度
や大学生選手では高校球児よりはエネルギーの目安量は
で測定できる。
高校球児の場合は、今回は1日4200キロカロリーで設
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低くなります。逆に高校野球時代の食欲をずっと引きず
ると、食べるもの、飲むものがぜいたくになってきます
から、あれよ…という間に体脂肪だけが増加する選手も
います。それから小学生球児の場合は約2000キロカロリ
ーくらいです。つまり運動量が多い小学生で、大人と同
じ量が必要になります。
○エネルギー源の主役 ∼炭水化物(糖質)∼
エネルギー源の一番の主役となる栄養素は炭水化物で、
正確には糖質といいます。炭水化物という場合は食物繊
維も含まれてしまいます。ただ日本では炭水化物という
言い方が定着しているので、今回はこの言葉も交え説明
していきたいと思います。
エネルギーのとり方では、その食事が「高炭水化物」、
つまり糖質が多い食事なのか、それとも少ないものかを
見分ける必要があります。つまり糖質主体か、糖質以外
のエネルギーが主体かということです。からだの中には
エネルギーをためておけるタンクがあります。ご存じの
体脂肪というタンクは非常にたくさんの量のエネルギー
をため込めこめますが、野球や運動をするときに必要と
なる、早く燃えてすぐにエネルギーとなるのは、筋肉と
肝臓の中にあるタンクのグリコーゲンというもので、糖
質の1種です。ですから同じエネルギーでも糖質が少な
ければ、グリコーゲンのエネルギータンクが回復してき
ません。
たとえば2時間トレーニングをした後、高糖質のもの
をとればグリコーゲン量が上昇し回復してきますが、低
糖質のものではなかなか上がってこない。これが3日続
くとすると筋肉内のグリコーゲンのタンクはかなり枯渇
してしまいます。グリコーゲンが足りなくなると、代わ
りにからだの中のたんぱく質が代謝してきます。つまり
エネルギータンクが空なので、からだがからだを作るた
んぱく質を燃やすという現象が起きます。これではいく
らたんぱく質源やプロテインのサプリメントをとっても、
エネルギー量全体の中で炭水化物(糖質)の割合が少な
ければ、からだの材料となるたんぱく質は残せなくなり
ます。ですから、まずはしっかり食事の量を確保し、そ
の中でもとくに炭水化物(糖質)量をどのように確保し
ていくかが大切なポイントとなります。
炭水化物(糖質)摂取の目安量としてはIOC(国際オ
リンピック委員会)でコンセンサスが出ていて、運動後
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2時間までに体重キログラム当たり最低1グラム、トレ
ーニング中なら、中ぐらいの運動量で1日当たり3∼5
グラムとるという目安があります。これはそのくらい炭
水化物(糖質)をしっかりとらないと、運動やパフォー
マンスに支障をきたしうることを示しています。たとえ
ば70キロの野球選手が中程度の運動強度で2∼3時間程
度の運動をする場合、エネルギーをどんぶりご飯だけで
とるとしたら、大体5∼7杯必要になります。
こうしたデータを示すと、先生方から「う∼ん、そう
だよね。だからいつも子どもたちには『メシ食え、どん
ぶり3杯はいけ』と言っていますよ」と言われます(笑)。
ただ、それだけではなかなか選手たちはついていけない
ことも確かです。また炭水化物(糖質)がエネルギーに
変わるためには、そのほかの栄養素、たとえばビタミン
B2、ビタミンB1などとのバランスも大切です。体調を整
えるものの代表としては野菜です。お母さま方向けの講
演では、よく「目安になるのは、その子が両手を合わせて、
山盛り1杯分。それが大体の必要量です」と伝えています。
からだが大きくなり、活動してそれだけのエネルギー量
をとるということは、その分、体調を整える食品も当然
のことながらたくさん食べなければなりません。ただそ
こで問題なのは、ときどき選手自身が食べることが嫌に
なっているケースがあることです。ごはんをたくさん食べ、
エネルギー量を確保することは大事なことですが、今日、
お集まりになられた先生方にはそこからさらに一歩先に
進んでもらいたいと思っています。
☆ ☆ ☆
以下、次号に続きます。次号ではたんぱく質、脂質の取り方、そして無理なく増量を行う
ための食事の工夫、そしてスポーツ栄養への地産地消のすてきな活用法などがわかりやすく、
楽しく説明されます。どうぞご期待ください。
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(講演採録・文責 編集部)
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