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おコトバですが-- : 平高史也研究会論文集

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おコトバですが-- : 平高史也研究会論文集
カナダ・イヌイットの狩猟、漁携
一一「労働J
、「仕事j、「活動」の観点から一一
政策・メディア研究科修士 l年 議 貝 日 月
キーワード:ヌナブト準列仏イヌイット 2、狩猟3、漁携4、労働観
1
. はじめに
1
. 1 問題意識
極北地方に生きるイヌイット。厳しい自然に固まれて独自の文化、世界観を築いてきた。
ツンドラ地帯のため農耕文化はなく、生業としての狩猟、漁携、採集5活動は彼らにとって
必要不可欠なものであった。しかし、近年彼らの狩猟、漁携活動のあり方はさまざまな要
因により変化をよぎなくされてきている
O
欧米人との接触による交易の始まり、 1960年代
半ばの移動生活から定住生活の移行、 1983年のヨーロッパ共同体によるアザラシ皮の輸入
禁止、狩猟採集活動中心の生活から貨幣経済の移行、そして先住民運動による各協定の締
結とヌナブト準州の誕生……さまざまな要素が彼らの生活に大きな影響を与え、狩猟、潟、
携活動のあり方も大きな変化を遂げている O
いまだに狩猟採集民族というイメージが彼らにつきまとう
O
しかし、現在の狩猟、漁携
と過去の狩猟、漁携のあり方は同義のものであるだろうか。現代のイヌイットの狩猟、漁、
携活動のあり方は変わってきているのではないだろうか。長い間狩猟、漁携活動を生業と
してきたイヌイットの狩猟、潟、携のあり方を考えることは、彼らの労働観、ひいては、彼
らの社会・文化的変化を考えることにつながるのではないだろうか。
本論文ではカナダ・ヌナブト準州在住のイヌイットの狩猟、漁携をアンナ・ハレントの「労
働」、「仕事J
、「活動Jの分類から考察することにより、現在の狩猟、漁携活動がどのよう
1999年に誕生したカナダで最も新しい準州。ヌナプトはイヌイットの言葉で「私たちの土地j
を意味する。総人口 26,
745人のうちイヌイットの人口は 22,
560人になり、総人口の約 85パー
セントをイヌイットで占める 準ナ'"全体の先住民の平均年齢は 1
9
.
1歳で、 1
4歳以下の割合は
41
.3%になり、若い人たちで構成されている準ナ1
'といえる (
Censuso
fCanada、2
0
0
1
)。
2 研究者のなかにはイヌイトと表記するものもいるが、本論文では一般にもなじみがあるイヌイ
ツトを用いる。また、イヌイットの呼称の問題については、スチュアート (
1
9
9
3
) を参照され
たい。
3 本論文において、狩猟は「野生の鳥獣をいろいろな猟具、畏、猟犬などを用いて捕獲殺害する
こと J(石川・梅棒他編著 (
1
9
9
3
:
3
6
1
)
) を意味する。
4 本論文において、漁携は「狩猟・採集と同様、“採捕"という概念で括れる、人類にとって最
も原初的な生業形態の 1つJ(石川・梅梓他編著 (
1
9
9
3
:
2
0
8
))であり、捕獲対象は魚類である
こと、を意味する O
5 本論文において、採集は「植物、貝、昆虫、卵、あるいは動きの少ない小動物を、食料資源と
して集めてくる生計活動の一形態 J(石川・梅梓他編著 (
1
9
9
3
:
2
9
7
)
) を意味する。
1
O
211
になっているかを明らかにする O またこれらに関連する諸問題ついて簡単に触れる O
1
. 2 先行研究
国内外問わず、イヌイットの狩猟、漁携に焦点をあてた論文は多い。特に、生業活動と
しての狩猟、漁携の変遷を扱った論文は数多くある O 国内では、スチュアート、大村がヌ
ナブト準州ペリー・ベイ村の事例を通して、岸上がケベック州在住のイヌイットの事例を
1
9
9
8
:
5
7・
6
5
) に詳しく述
通して、論文を数多く執筆している O 海外の研究動向は、岸上 (
べられている O
査
Lu
調
e
w
献
/
文
ク
ワ
法下
方↓
。
ο Ja
フ
i
唱
1
. 4 労働観
本論文において労働観とはどのような意味をなすのか、以下に記す。
労働観という言葉が持つ意味は、「労働の当事者である人々が自分の労働をどのように感
じつつ生きているのか、あるいは自分の労働を、そして労働の相手である自然を、どのよ
うに解釈しつつ生きているか J7ということである O ただし、この労働という言葉は少々や
っかいであり、解釈は 1
0人 1
0色である O では、労働とはいかなるものであろうか。政治
思想家のハンナ・アレントは労働観を「労働 O
abor)J、「仕事 (work)J、「活動 (
a
c
t
i
o
n
)J
r
の 3 つの行為から説明している o 労働」とは、「人間の肉体の生物学的過程に対応する活
動力 J8、「仕事j とは、「人間存在の非自然性に対応する活動力 J9、「活動J とは、「物ある
いは事柄の介入なしに直接人と人との間で行われる唯一の活動力 J10であるとしている O
「労働J
、「仕事j、「活動 j はどのように違うのだろうか。上記 3つの行為をもう少し詳
しく見ていきたいと思う
(1)
o
r
労働 Jと「仕事j には以下の違いがある。
労働する人は自身の身体と家畜の助力によりいのちに養分を与えるといった
意味では、地球の奉公人であるが、仕事をする人は地球の支配人、主である O
(2)
r
労働 j においては苦痛が多く、肉体をすり減らすだけの行いが、「仕事j に
おいては自己のたしかな証拠と充足感を与えてくれるものになる O
(3)
r
労働 Jは目的がなく、規則的なものであり、必然の過程であるが、「仕事J
は目的と手段の系統だって並べられた一連の物事の中で行われるものであり、
永続性と耐久性のある生産物を世界に残す。
62
0
0
1年
8月 2
2日から 9月 1
6日
、 2
0
0
2年 8月 1
8日から 9月 1
9日
、 2
0
0
5年 7月 2
8日から
9月 1
9日、計 3回の現地調査によるもの O
7 今村 (
1
9
98
=1
5・1
6
)
0
8 アレント (
1
9
9
4
:
1
9・
2
0
)
0
9 アレント (
1
9
9
4
:
1
9
・
2
0
)。
10 アレント (
1
9
9
4
:
1
9・
2
0
)。
212
(4)
r
労働」は私的領域に閉じ込められているが、「仕事Jは公的世界を建設する
可能性がある O
アレントはこのように言っている。
f<労働する動物>の場合、……公的な世界の領域を
建設する能力も、そこに住む能力ももたない。これに反して工作人 11は、正確にいえば政治
領域ではないにしてもそれ独自の公的領域をもっ能力を完全にもっている
O
その公的領域
とは交換市場であり、そこでは彼は自分の手になる生産物を陳列し、自分にふさわしい評
価を受けることができる。……世界の建設者であり物の生産者である工作人は自分の生産
物を他人の生産物と交換することによってのみ、自分にふさわしい他人との関係を見いだ
すことができる J120 以上が「労働Jと「仕事j の違いである 130
では、「活動Jとはどのようなものであるか。「活動Jは以下の特徴を持つ。
(1)
(2)
r
活動j は「唯一性Jのあらわれである。
r
活動j は予想外の人間の能力、つまり、「始める j という能力と密接な結び
つきがある。
(3)
r
活動 j には他者の存在が不可欠である。その他者に何かを伝えるための道
具、「言論j は必要不可欠なものである O
(4)
r
活動j は共通世界と密接に関わっていなければならない。
以上のことをまとめると、
i
r
舌動Jは、「自然や事物に孤立的に対峠してなされるもので
はなく、複数の人々との関係性において成り立つ自発的行為の様式J14であることがわかる
150
2
. イヌイットの狩猟、漁携活動
本章では、狩猟、漁携という行動様式が歴史的推移とともにどのように変わっていった
のかを概観する。
2
.1 1
9世紀初頭までの狩猟、漁携
長い問、イヌイットにとって狩猟、漁携、採集は必要不可欠なものであった。ツンドラ
地帯のため、農業は育まず、生業活動として狩猟、漁携、採集は衣食住すべてにおいて欠
かせないものである O 主食であったカリブー 16、アザラシ、ホッキョクイワナなどは食料に
なるだけでなく、衣服としても有効活用された。アザラシなどの脂は燃料としても使用さ
れた。採集も短い夏期を中心に食料を獲得するため、必要で、あった。ただ、イヌイットは
ほかの狩猟採集民とは違い、特殊な自然環境などから、採集よりも狩猟、漁携に重点を置
アレントの言う、「仕事を行う者Jの意。
アレント(19
9
4
:
2
5
5
)0
13 杉浦 (
2
0
0
2
:
1
4
6・1
4
7
) 参照。
1
4 杉浦 (
2
0
0
2
:
1
4
9
)。
15 杉浦 (
2
0
0
2
:
1
4
9・1
5
2
) 参照。
1
6 トナカイの一種。
11
12
213
いた O
探険家、捕鯨者、毛皮商人、宣教師などに代表される欧米人との接触は、 1
1世紀ごろに
5世紀以降欧米人との接触は頻発になるが、「狩猟、漁携=労働」の図式
確認されている o 1
は変わらない 。 1
576年にはイギリス人の探検家マ ーチ ン ・フロピ ッシャ ーはバフイン島の
フロビ ッシャー 湾に 到達し 、上陸した 。 そこで、彼は「皮で作った小舟に乗った男たち」
と会 い
、 若干の物資を交換したり
17、銃や鉄製の道具などを入手したりしていた。し かし、
これは 一時的なものであ り、公的世界を建設するまでには至らなかっ たので、「仕事Jとは
言えない 。 また、イヌイ ッ トのグループ同士の交易は古くから行なわれていたが 18、完全 な
る「仕事 Jとは 言え ないだろう
O
狩猟、漁携が「労働」から「仕事」の様相を呈してくる
9世紀初頭ごろからである 190
のは 1
2
. 2 1983年までの狩猟、漁携
1
9世紀初頭から欧米人との間で今まで散発的に行なわれていた交易が本格化する o 1
9
1
1
年 、チ ェスターフィ ールド ・インレ ッ トに ハドソン湾会社 20の交易所が開設されたのを皮切
りに 、 1
9世紀半ばまでには現ヌナブ ト準 州の各地に交易所が開設される 210
写真 1 チェスターフィールド・インレット
写真 2 現在はスーパーの倉庫になっており、
にあった交易所の跡地(筆者撮影)
壁には看板がある(筆者撮影)
この頃から欧米人との交易が盛んになる O ホッキョクギツネの毛皮を交易所で売り、生活
デユモン(19
8
2
)0
Jr (
1
9
9
1
:
5
6・
5
7)
0
19 岸上 (
1
9
9
8
:
2
0・2
1)
0
20 I
イギリスのカナ ダ貿易を 独占していた 王立特許企業体。 1
6
7
0年に特許を与えられて設立さ
れ、……奥地で開設した交易所のためにエスキモーの伝統文化 に火気、鉄、タバコ、紅茶 とヨー
ロッパ食品が加 えられて 、文化変容に拍車をかける結果 となった O 現在、ハドソ ン湾会社はすべ
ての特許がな くなって一般の商社として活動してお り、カ ナダの都会にもデパートを出してい
るJ(マッギー [
1
9
8
2
:
1
5
4
J
)0
21 岸上 (
19
9
6
:
5
0・5
1)
0
17
18 バーチ
214
に必要なさまざまな品物を購入した。第二次世界大戦後は 1
961年にノルウェーでアザラシ
毛皮のなめし技術が開発されたため、主力交易品はホッキョクギツネの毛皮からアザラシ
の毛皮になった。アザラシ毛皮の交易は、 1983年のヨーロッパ共同体が輸入を全面的に禁
止するまで続くが、その後毛皮交易は実質的には行なわれなくなった。連邦政府による定
住化政策もこの時期に行なわれた。 1950年代後半から 1960年代半ばまでには、イヌイッ
トのほとんどが定住化を余儀なくされた。この時期から各村に生活協同組合、医療所、学
校などの施設が建設されるようになり、さまざまな「仕事」がイヌイット社会に存在する
ようになる o .
i
骨石彫刻の制作や販売が始まるのもこの頃である 220
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し
11
:
7
3
E
φ
¥列,,--
図 1 ヌナブト準州の地図
22 岸上
23 岸上
(
1
9
9
8
:
2
1・2
8
) 参照。
2
0
0
3
a
) から転用。
(監)、議貝(編) (
215
2
. 3 現在の狩猟、漁携
この項では、現代のイヌイットがどのように形で狩猟、漁携と関わっているのか、具体
例を挙げて見ていきたい。
名前
4
年 齢2
A M.K
B D.U
CG
.M
DS
.
M
E G.U
F K.K
GJ
.
U
生年月日
居住地
。
職業
狩猟
2
6
21 1
9
8
4
.
3
.
2
1
2
5
WC
無職
40 1
9
6
5
.
8
.
2
9
WC
エンジニア
48 1957.7.28 WC
アルバイト
WC
22 1
9
8
3
.
2
.
1
1
WC
T
2
7
34 1971
.5
.
1
3 I
36 1
9
6
9
.
2
.
1
6
23 1
9
8
2
.
3
.
1
6
IT
漁携
ム
ム
アルバイト
O
O
O
漁師
ム
O
土木作業員
×
×
学生
×
×
ム
ム
8
表 1 イヌイットの「仕事Jと狩猟、漁携2
A は Bの長男である
O
約 2年前までは父母と同居していたが、子どもの出産を機に、彼
r
女と子どもたちとともにアパート暮らしを始める o 仕 事j はしておらず、生活は国からの
福祉金と両親の援助から成り立っている O 夏期の聞は父である B、叔父である C の狩猟の
サポートをする o Eは叔父であるが、頼まれれば漁携の手伝いをすることもある O 狩 猟 に か
かる経費は主に父が負担する O 狩猟から得られる現金収入はアザラシの毛皮の売買ぐらい
であるが、生計が成り立つほどの現金収入ではない。
B は週 5日朝 8時から夕方 5時までハムレット・オフィス 29が所有するガレージでエンジ
ニアとして働き生計を立てる O 狩猟は主に天候のいい土、日、または、仕事後に行われる O
私の滞在期間中、天候がとてもよく、狩猟対象動物がたくさんいるということから、 1度 だ
け仕事を休んで、狩猟に出かけたことがある O 小 型 ボ ー ト 、 ス ノ ー モ ー ビ ル 、 銃 な ど 狩 猟 に
必要な道具を所有している O ガソリン、銃弾などの消耗品は生協で購入する O 夏期はカリ
ブー、アザラシ、ベルーガ30、鳥類などを狩猟対象とする O 捕獲した獲物の肉は食料にした
り、近い親族に分配したりする O アザラシは毛皮だけ剥ぎ、肉は放置する。ベルーガも皮
部分だけを食料とし、内部は放置する O カリブーの毛皮、内臓類などは持ち帰らないこと
もある O
2
4年齢、居住地、職業は 2005年 9月時点。
2
5ホエール・コープ(Wha
l
eC
o
v
e
)の略。人口は 305人、うちイヌイットは 295人 (
C
e
n
s
u
so
f
Canada、2001)0
2
60は日常、頻繁におこなっている、ムは日常的にはおこなっていないが、機会があればおこ
なっている、×は日常的におこなっていない、を意味する O
2
7 イカルイト (
I
q
a
l
u
i
t
) の略。ヌナブト準州の州都。人口は 5236人、うちイヌイットは 3010
人 (
C
e
n
s
u
so
fCanada、2001)0
2
8筆者のフィールド・ノーツ 2002.8.18-9.19、2005.7.28・
9
.
1
9から作成。
2
9 町役場、市役所。
30
シロイルカ O
216
C は週 2、3 日、夜の時間帯のラジオのパーソナリティを務める O 定職ではなく、アルバ
イトである O 妻は週 5 日ラジオ局で働いているため、生活に必要な現金収入は主に妻によ
るO 銃は所有しているが、小型ボート、スノーモービルを所有しないため、夏期の狩猟は
誰かのボートに「相乗り Jして行うことが多い。主に親しい親族である B のボートに乗る
ことが多い。昼間は時聞があるため天候がいい日などは狩猟に行きたい気持ちはあるが、
ガソリン、銃弾などを購入する現金を持ち合わせていないため、断念せざるおえないこと
はしばしある O どうしても行きたい場合は親しい親族、または妻にお金を借り、ガソリン、
銃弾などを購入して狩猟に行く こともある O 狩猟対象動物、捕獲した獲物の処理はほぼ B
と同様である O
写真 3 カリブーの解体(筆者撮影)
写真 4 アザラシ猟 (
筆者撮影)
D は C の次男 。 cは両親と同居している O 子ど もはいるが、今は彼女が子どもを養って
いる O 常 日頃から「働きたい」と口にしているが、なかなか「仕事」は見つからない 。3年
.
:
.o 現
前はフイツシュ・プラント 31でアルバイトをしており、それなりの現金収入を得てい t
在は不定期の給水係をしている O 若者にしては狩猟の腕前がよく、叔父である B、E、父の
C に同行をよく頼まれる
O
銃を所有しているか、弾丸をどのように入手しているかは不明 。
E は 2005年から漁師の仕事を始めた O 漁師に必要な資格、道具類は、大量の氷を積載で
きるボート、大型ネット、漁場、ライセンスである o 2004年度に以前まで使用していた小
型のボートから中型ボートに買い替え、漁場、ライセンスなども確保した 。捕獲対象はフ
イツシュ・プラントから現金収入を得られるホッキョクイワナである O ホッキョクイワナ
の漁は年によっての違いはあるが、おおむね 7月から 9月中旬である O 村から 2時間ほど
離れた漁場にはキャビンがあり、 2、3 日の泊りがけで漁場に行く
捕獲できる期間は常時ネットを配置しておく
O
O
漁場となる川には魚、を
ホッキョクイワナ以外の魚はフ ィッシ ユ・
プラントで買い取ってもらえないので、ネットに捕獲されていた場合、川に投げ入れる O
また、商品とならない場合一一目玉が鳥にえぐられていたり、ネットに よ り魚皮に著ししミ
傷 がついていた り、小型であっ た り一ーはそのまま漁場に放置、もしくは、村に持ち帰り
31
魚の加工場。
217
親しい親族に分配する O そこで獲った魚を村のフイッシュ・プラントに持ちこみ、現金を
得る O 魚、はグラム単位で計られ、得られる現金は重さによる O 以前まではヘルス・センタ
ーで手伝いをし、現金を得ていたが、漁を始めてからはヘルス・センターの手伝いは行っ
ていない 。 ただし、ホッキョクイワナ漁が停滞する夏期以外の期間はヘルス・センターで
働き、現金収入を得る O 以前まではカリブ一、ベルーガを対象とした狩猟を行っていたが、
漁師を始めてからは頻度が減った 。カリブ一、ベルーガの肉は B、Cから得て、かわりに魚、
を分配する O
写真 5 家 に あ る ア ザ ラ シ の 毛 皮 (筆者撮影)写真 6 ホ ッキョクイワナ漁(筆者撮影)
F はホエール・コーブに在住していたが、出稼ぎのためイカルイトに来ている
。週 5日土木作業員として働く
「ホエール・コーブには職がないから J
O
O
理由は、
時間はその日の仕
事量 により不定期 。 ホエール・コーブに妻と子が住んでおり、「仕事」で得た収入の 一部を
仕送りしている O ホエール・コーブ在住時は狩猟によく行っていたが、現在は行っていな
い。仕事後の時間はバーで友人たちと過ごすことが多 い。 自動車は所有しているが、ボー
ト、スノーモービル、銃は所有していない 。
G はホエール・コーブに在住していたが、高校進学 時 32にランキン・インレットに居住を
移し、その後、アークティック・カレッジに通うためイカルイトに引っ越した 。A、B、C、
D、E はいずれも親しい親族である O 彼女、子ども、彼女の兄の F とともに学校の寮で過ご
す。週 5 日学校へ通い、学校の休業期間はアルバイトをする O 学校のカリキュラムの一環
でキャンプに行くことはあるが、実質的な狩猟、漁携は行わない 。 カリブーの肉などはホ
エール・コーブの親しい親族からランキン・インレット在住の母を経由して、空輸で送っ
てもらう
O
筆者がホエール・コーブの狩猟の様子の写真を見せると、「狩猟に行きたい 。仕
事をしながら、狩猟もやりたい j と何度も言う
O
このことからも、本人は B のような生活
を理想としていると思われる O ホエール・コーブ在住時は A、D と同様に B、C、Eの狩猟、
3
2 ホエール・コープには今まで高校のカリキュラムがなかった o 2005年度初めて 3人の高校卒
業生をだす。
218
漁携に頻繁に同行していた。
3
. 考察
簡単で、はあるが、現在に至るまでのイヌイットの狩猟、漁携活動のあり方を見てきた。
本章では過去の狩猟、漁携活動に触れながら、現在のあり方について考察したい。
1
9世紀初頭まで散発ながら欧米人との交易があったものの、完全なる「仕事Jとは言い
がたい。言うならば、 9割「労働J
、1割「仕事Jといったところだろうか。 1
9世紀初頭以
降イヌイットの狩猟、漁携活動は「仕事Jの意味合いが付与されていく
O
ただ、「仕事Jの
9
8
2年をさ
割合が強くなっただけであり、「労働Jの意味を越えるものではない。しかし、 1
かいに狩猟は「仕事Jの意味合いを薄める。具体例
Eの例からもわかる通り、漁携は現在
も「仕事Jとしての意味を持つが、期間限定であることなどからも、完全な「仕事」には
なっていない。同時に狩猟、漁携の代わりに新たな韮業が生まれてくる。スーパーの事務
員、建築現場の作業員、アーテイスト、先生……といったものである O
では、狩猟、漁携は現在ではどういった意味合いを新たに持つようになったのか。それ
は、「活動Jである o 1
9
6
0年代から始まった先住民の権利運動は狩猟、漁携に新たに「活動J
という意味合いを与えた。先住権 33に含まれる生業権34がまさにこれである o 1
9
9
3年 5月
25 日に締結されたヌナプト協定には条件付ながらも生業権が保障されている 35 スチュア
0
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ート (
1
9
9
6、2
0
0
5
) はこの現象を「レトリックとしての採集狩猟活動J 政治的道具として
の生業活動Jと述べている。また、現代の狩猟、漁携、採集活動はレクリエーションとエ
スニック・アイデンティティとしての機能も持っていることを指摘している 36。ただ、狩猟
が「労働Jとして彼らの生活の一部となっており、「仕事j として微少ながらも現金収入を
得ているのも事実である O
4
. まとめ
本問題を論じるのはさまざまな視点が必要である O イヌイットの都市化の問題 37、生活補
助制度や福祉制度の問題、資源管理の問題 38、伝統食の環境汚染問題 39……さまざまな視点
を含めて包括的に議論しなければならない。本論文では、それらの問題を深く掘り下げる
ことができなかった。これらの問題を含めて考察することは今後の課題である。
狩猟は、「人間に要求するところ多大なる勤めなのである O すなわち人は絶えず訓練を積
33 土地権、自治権、教育権、言語権、生業権などが含まれる権利(スチュアート
34
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採集・狩猟・漁携などの伝統的な生業活動を行う権利 J(向上)。
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)、岸上 (
1
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1
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5・
2
1
2
) を参照されたい。
38 詳しくは岸上 (
2
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0
3
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1・
1
3
0
)、大村 (
2
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3
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7
3・
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) を参照されたい。
39 詳しくは岸上 (
2
0
0
5
:
1
2
1・
1
6
0
) を参照されたい。
36
37 詳しくはスチュアート
219
まねばならないし、極度の疲労にも耐えねばならず、危険も甘受しなくてはならない J40の
である。犬ぞり、カヤックからスノーモーピル、ボートへ O 弓矢から銃器へ。文明は狩猟
を容易にし、新たな意味合いを付与されたかもしれないが、上記の意味合いは時代の経過
とともに変わるものではない。狩猟、漁携が「労働Jであれ、「仕事Jであれ、「活動 Jで
あれ、彼らは命を懸け、自然の生命に立ち向かう O このことを忘れてはならない。
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