...

超低消費電力化という 革命が始まる

by user

on
Category: Documents
17

views

Report

Comments

Transcript

超低消費電力化という 革命が始まる
超低消費電力化という
革命が始まる
情報通信システムの消費電力低減プロジェクトがたぐり寄せる未来
南谷 崇氏
東京大学先端科学技術研究センター 教授
全地球を覆い尽くすように急拡大するインターネット、増え続ける情報機器。
情報通信システムがこの勢いで広がれば、消費電力も爆発的に増え、システムとして人類に貢献できる可能性を失いかねない。
この課題を克服し、近未来の情報社会像を描こうというのが、超低消費電力化のプロジェクトだ。
研究を率いる東京大学教授の南谷崇氏が進行中の「革命」について語ってくれた。
聞き手 ●
中村秀治
株式会社三菱総合研究所 社会システム研究本部 主席研究員
を出します。速度がどんどん上がってい
激増する消費電力を
もうほうっておけない
12
るので、発熱もどんどん増えている。10
年前に、このままいくとマイクロプロセ
中村主席研究員(以下、中村)●そもそも超
ッサの電力密度は 2005 年には核反応炉
低消費電力化というプロジェクトがなぜ
と同程度に、15 年にはロケットノズルと
始まったのか、そのあたりからお聞かせ
同じになると指摘されました。そこで、
いただけますか。
消費電力を抑えないとまずいという話が
南谷氏(以下、南谷)●コンピュータの半導
出てきたわけです。
体は、速度が上がるとそれだけ多くの熱
中村●このままほうっておくと、情報通
200903 新社会像を語る
信システムの消費する電力も大変なレベ
このプロジェクトには、もう 1 つ大き
ルになるということですね。
な動機があります。すでにインターネッ
南谷●いま日本で情報通信システムが消
トにアクセスするときには、パソコンよ
れ。69 年東京大 学工学 部 計
費している電力は、まだ全体の数 % です。
りも携帯電話を使う人のほうが多いとも
数 工学 科 卒 業、71 年同大 学
それが 20 年ごろには 20%になる、ある
いわれている。そんなふうに頻繁に使わ
(株)中央研究所勤務を経て、
いは 30% になるという予測も出ていま
れる情報機器の消費電力を減らそうとい
81 年東京工業大学助教授(情
す。いずれにせよ、情報通信システムだ
う研究が進んでいます。こちらは社会全
けで膨大な電力を消費する。それを減ら
体の消費電力を減らす研究とは少し違っ
87 年米国スタンフォード大学
そうというのが、私のプロジェクトです。
て、製品の競争力を高め、新しい産業を
大学教授(電気電子工学科)。
ネットワークを通じて生産・流通する
生み出そうというものです。
95 年東 京大 学 教 授(計 数 工
のトランジスタ数は、2050 年には人類
南谷 崇
なんや・たかし●1946 年生ま
院 修 士 課 程 修 了。日本 電 気
報工学科)、82 年米国オーク
ランド大学招聘研究員、86∼
客員研 究員、89 年東 京工業
学 専 攻)、96 年 よ り 現 職。
情報の量は、爆発的に増えています。情
報を生産する頭脳にあたるコンピュータ
ゲストプロフィール
2001 ∼ 04 年東京大学評議員・
医療、環境、災害防止…
応用分野は無限に広がる
全体の脳細胞の数を超えるといわれてい
中村●この超低消費電力化によって何が
る。脳細胞より多くなるなら、トランジ
できるかを考えるうえで、象徴的と思え
スタを使えば人間以上のことができるか
る出来事がありました。プロスキーヤー
もしれない。それで人工知能の研究も息
の三浦雄一郎さんが昨年、75 歳でエベ
を吹き返したのですが、それをやるにし
レスト登頂に成功したのです。
先 端 科 学 技 術 研 究センター
長。現 在は、科 学 技 術 振 興
機構研究開発戦略センター・
フェロー、科学技術振興機構
CREST「超 低 消 費 電 力 化 技
術」領域総括、米国電気電子
学 会 Dependable Computing 技術委員会委員長なども
務める。
研究分野は情報工学で、とく
に VLSI 設 計 方 法 論、情 報シ
ステムの信頼性・安全性など。
ても消費電力の問題が出てきます。
三浦さんは心臓病を患ったことがある
中村●グーグルとか YouTube とか、いま
ので、身体のバイタルデータをエベレス
ネットワークを行き交う情報量は膨大な
トから衛星インターネットで医師に送り
ものになっています。こんなふうにネッ
続けていた。ご自分がセンサーになって
Academic Publishers)、『新
トワークが使われるようになるというこ
いる状態だから、医師には現地の気象条
世紀デジタル講義』
(共著:新
とは、プロジェクトの構想時からイメー
件などもわかる。こうして遠隔に医師の
ジされていたんでしょうか。
指示を受けながら登っていたわけです。
南谷●もちろん、していました。スーパ
エベレストでこれができるということ
ーコンピュータやデータセンターの計算
は、世界のどんな場所に行っても、かな
量や、ネットワークの通信量が爆発的に
りの医療が可能になる。ただ、しっかり
増えることは、もう当時から指摘されて
したデータ通信をするには、超低消費電
いましたから。
力化を実現させないといけない。先生の
ところが驚いてしまうんですが、ネッ
プロジェクトが目指しているように、電
トワークの専門家にはそういう関心が薄
力消費量が今の 250 分の 1、1,000 分の 1
かったんです。ハードウェアの専門家は
になれば、もう大きなバッテリーを担い
関心をもっていたのですが、ハードを動
でいかなくてもいい。電池 1 個で十分と
かす動かさないはソフトのレベルで決ま
04 年 情 報 処 理 学 会 論 文 賞、
07年IFIP Silver Core賞を受賞。
著 書 に“Logic Synthesis and
Optimization”
(共 著:Kluwer
潮社)ほか多数。
るので、ソフトを制御することで電力消
費を抑えようと。そこで私が総括する科
学技術振興機構の戦略的創造研究推進事
業(CREST )では、ソフトを制御するこ
情報システムの消費電力は 10 年後に
全体の 30% に達するかもしれない
とに重点を置きました。
新社会像を語る
200903 13
るから、全体で 250 分の 1 になります。
社会の重要課題は既存分野の
「すき間」
に生まれている
もう 1 つ成果を上げているのが、チッ
プ間通信に関するものです。消費電力当
たりの通信性能を 1,000 倍にすることを
目標にしている。このプロジェクトから
はベンチャー企業が生まれそうです。や
いう話になるかもしれないわけですね。
っていることは基礎研究なのですが、超
南谷●そうなんです。情報技術とネット
低消費電力化は情報通信システムに直接
ワークがあれば、理論的には地球のすべ
かかわることなので、実用化して成果を
てのデータを、どこにいても全部とれる
出したいと思っています。
ようになる。それを計算し、分析して、
提供することができる。
「地球観測シス
テム」という言い方をしていますが、そ
れが確立すれば、応用分野は工業、環境、
中村●こうしたプロジェクトを進めてい
災害防止、生物多様性の確保と、無限に
くには各分野の融合が必要だと、常々お
広がります。
っしゃっていますね。
中村●食料生産にも使えますね。気象条
南谷●以前の研究者は、自分のもつ知識
件を予測して、どう農地を守るか、どう
がまずあって、それをどう社会に役立て
効果的に肥料を使うかということを考え
るかという順序で考えていました。もっ
られる。そうなると、生産効率がまった
といえば、役立てようと思う人はいいほ
く違ってきます。それだけで食料問題は
うで、たいていは「役立ったらいいな」
解決してしまうかもしれない。
くらいのものです。専門の技術や知識、
南谷●地球観測システムというのも、こ
これをシーズ(seeds)と言っていますが、
のプロジェクトがもたらす 1 つの側面で
そこからスタートしていた。
しかないんです。大変な革命が起きます。
ところが今は、まず社会の課題がある。
医者が遠隔診断をできるようになるか
自然災害をどう防ぐか、世界規模の伝染
ら、病院はいらなくなる。大学もすでに
病にどう対処するか、情報通信システム
ネット講義が広がっていますが、キャン
パスなどさらにいらなくなります。
中村●いま総括されているプロジェクト
では、実際にどういう研究が進んでいる
のでしょう。
南谷●12 チームあるのですが、たとえば
ディスプレイに使う薄膜トランジスタの
製造工程を変えることで、もっと薄く安
定したものを造ろうというプロジェクト
があります。実現すれば電圧レベルを 5
分の 1 にできる。消費電力はその 2 乗で
減るので、25 分の 1 になる。システムレ
ベルで工夫すれば、さらに 10 分の 1 下が
14
知識の「シーズ」より
社会の
「ニーズ」に重点を
200803 新社会像を語る
がダウンしたら都市の機能をどう回復さ
せるかといったニーズがある。それらは
もう、既存の分野の枠組みでは解決でき
ません。いくつかの分野を融合させるか、
まったく新しい分野をつくらないと歯が
立たない。だから「シーズ主導」から「ニ
ーズ主導」に変わらないといけない。
中村●その変化はなぜ起きたのでしょ
う。社会と科学の距離が変わったという
ことなのでしょうか。
南谷●むしろ変わったのは、人の意識で
しょう。科学技術は社会の役に立たない
と価値がないという認識が強くなってき
た。今ほど多くの人が、科学技術も含め
るんだという話を書かれていた。なるほ
て世の中のことをわかるようになった時
どと思いました。これは単にディスクの
代はありません。
信頼性を高めればいいという話じゃな
日本は緊縮財政ですが、科学技術予算
い。アクセスするソフトの信頼性を高め
は増えています。私がこのプロジェクト
るとか、保存する資料の優先順位を考え
で意識するのは、納税者に評価されない
るといったことも含めて、情報技術者だ
といけないということです。約 50 億円の
けでは解決できない問題なんです。それ
予算を使うわけですから、
「これはこう
を美術の専門家が指摘したりする。
いうふうに役に立つ」と言えないと納得
社会がかかえる重要課題には、こうい
してもらえません。
うものがどんどん増えているんです。既
中村●既存の枠組みでは対処できない課
存の分野のすき間に課題があるから、分
題が増えても、学際的な対応が難しいと
野を融合した形で取り組まないといけな
いう状況もあるようですね。
いのですが、そうなっていない。研究者
南谷●分野間の出会いの場が少ないんで
だけでなく社会もそう。文部科学省の学
す。このプロジェクトのワークショップ
術行政もそうです。科学技術基本計画に
を開いたとき、半導体とアルゴリズムそ
も「融合分野を育てる」と書かれていま
れぞれの専門家に集まってもらいまし
すが、実際にはなかなか予算がつかない。
た。そうしたら、こんなふうに分野を超
社会の側が既存の枠組みにとらわれて、
えた会合は初めてだって感謝された。驚
地球規模の課題に取り組む用意ができて
きますよ。同じ情報通信の分野にいるの
いないんです。
に、これですから。まして理系と文系の
可能性が大きすぎて
夢を絞りきれない
出会いの場なんて皆無といっていい。
先日、元東大副学長の青柳正規さん
(現・独立行政法人 国立美術館理事長)
中村●私たちのようなシンクタンクにも、
が新聞で、今は歴史的資料をどんどんデ
同じ問題がつきまといます。積極的に専
ジタル化しているが、ディスクが経年劣
門の違う研究員をチームに組み入れるこ
化してアクセスできなくなったらどうす
とによって、新しいプロジェクトの受注
新社会像を語る
200903 15
に結びつくケースも多くなっています。
インパクトをもつものの 1 つは、超低消
私たちも分野を超えた取り組みを進めて
費電力化した小型のデータセンターでは
いかないといけないと思っています。
ないかと思っています。私たちの予測で
南谷●研究者も融合分野のプロジェクト
は、太陽光発電システムを都市部に普及
をさっとつくって、おカネをもらったり
させられれば、今ある原子炉を半分止め
はするんです。でも「カネの切れ目が融
られるかもしれない。
合の切れ目」で、そのプロジェクトきり
このシステムが実現すれば、たとえば
になってしまう。地球的な課題のほうは
シベリアのような寒冷地でも、わずかな
そこでは終わりませんから。
太陽光でデータセンターを動かせるよう
社会がインセンティブを用意しないと
になる。大変なことです。私たちもお手
いけないんでしょう。研究者だってワク
伝いさせていただいているこのプロジェ
ワクしたいんです。研究の効果がわかれ
クトは、そんな夢に向かって進んでいる
ば、これはものすごくワクワクできる。
と考えていいですよね?
社会が研究の必要性や価値を認めてくれ
南谷●どういう世界を実現するかという
ることが大切なんです。メディアや、そ
目標は、ずっと考えています。でも、いろ
れこそシンクタンクがそういう役割をし
んな可能性があって、なかなかひとこと
てくれないといけない。
では言えないんです。この超低消費電力
中村●芸術家も目利きがいないとだめだ
化の技術が確立すると、素晴らしい世界
といいますよね。芸術の価値を判断して、
が訪れることは間違いない。でも、どこ
周りに伝えていく目利きがいないと。
がどれだけ素晴らしいものになるのか。
南谷●科学の場合は芸術よりは簡単でし
そのあたりは正直言って、私たちの想像
ょう。ある数字や目的を達成したと客観
力が及ばないところでもあるんです。
的に評価できますから。ただ、社会全体
もちろん夢は語りたいですよ。でも研
が科学技術に対する認識と理解を高めな
究者の性なのでしょうね、本当にできる
いといけないのでしょう。そのレベルが
のかなと、つい慎重に考えてしまう。だ
高ければ、科学は常に評価の目にさらさ
から、そこは「こんな夢だって見られる
れていることになります。
よ」と三菱総研に背中を押してほしいと
中村●先生のプロジェクトで最も大きな
ころです(笑)。
さが
対談を終えて ● 中村秀治
南谷先生の超低消費電力化プロジェクトがスタートした 2005
年は、ちょうど愛知万博が開催され、僕は「サイバー日本館」
というインターネット上の政府出展事業に取り組んでいました。
地球環境やロハスといったキーワードでテーマを深掘りする一方
で、なぜ日本の電力供給は自然エネルギーをもっと活用しない
のだろうとの疑問も大きくなっていました。南谷先生のプロジェ
クトが成功すれば、人体の神経系と同じような密度で地球を覆
い尽くす情報通信システムを、自然エネルギーだけで稼働させる
ことも夢ではなくなります。
今回、あらためて南谷先生のお話を集中して聞く機会に恵ま
れ、手の届きそうなところにその夢の世界が存在していることを
実感しました。やはり研究開発はこうじゃなくちゃいけないと思
いながら、無限に解き放たれるICT(情報通信技術)の未来を
感じてワクワクします。ぜひ、シンクタンクとしても気張ってお
手伝いさせていただければと思います
16
200903 新社会像を語る
Fly UP