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技術者 の使命 技術者の使命

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技術者 の使命 技術者の使命
技術者
技術者の
の使
使命
命
20 世紀の偉大な哲学者カール・ヤスパースは、「現代は技術の
時代であり、その結果数千年これまで人類が培ってきたすべての
ものが、そのままでは存立しなくなりつつある」(『現代の精神的
状況』1931)と技術の絶大な影響力を語っています。確かに技術
は科学と結びつくことによって、計り知れない豊かさを人類に提
供してきました。医療技術の発展による難病の克服、農業技術の
進歩による豊富な食糧供給、気象予測技術の発展による自然災害
の軽減、工作機械や運搬技術の開発による製造・運搬の容易化、
あらゆる種類のレジャーの提供などです。
1. 地球規模の危機
しかし反面、そのあまりにも大きな影響が人類に深刻な負荷を
もたらしました。その一つは、かつてカール・マルクスが労働疎
外と呼んだものです。工場で働く労働者が、人間を豊かにするは
ずの労働によって、反対にその人間性が蝕まれてしまうという状
況です。また大量生産̶大量消費システムにより、工場からあふ
れ出る画一化された製品やそのための情報は、人々の個性、主体
性を均一化し平均化してしまいました。いわゆる没個性の凡庸な
時代の到来です。そこでは功利性を追求する資本主義社会が隆盛
を極めることとなり、贅沢な物にあふれる社会とそれをお金で買
うことのできる社会の出現となり、拝金主義、精神性なき物質主
義がはびこってしまいました。人間の価値が年収で評価されたり、
億単位で契約するプロスポーツ選手が子供たちの憧れの的となっ
ているのはその現れでしょう。
石浜 弘道
一般教育教授
また 20 世紀になり世界的規模で表面化したものに公害があり
ます。大量生産̶大量消費システムがひそかに隠していた大量廃
棄が人間や他の生物の健康を損ない、生命を脅かしてきたのです。
その残酷さで世界的に有名となった水俣病の問題は、50 年近く
経った今でも真の解決には至っていません。最近ではダイオキシ
ンやアスベスト被害が報告され、大きな社会問題になろうとして
います。
さらに今日深刻なのは、地球環境問題、主に CO2 増加による温
暖化の問題であり、その責任は資本主義を背景とした技術社会が
生み出したものにあるといわれています。2004 年の環境省『環境
白書』では、「すべての陸地は急速に温暖化する可能性がかなり
高い。この上昇は過去1万年の間に観測されたことのないほどの
大きさである」という報告がなされています。温暖化に伴い異常
気象や海面上昇が起こるとすれば、経済、食糧、生態系、健康へ
の悪影響は計り知れないものがあるでしょう。
2. 技術の特質
それゆえ、人類の知性の総力をあげてこれらの困難に取り組む
ことが緊急の課題なのです。その解決に向かっての指導的立場に
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理工
Circular
College of Science and Technology Nihon University
VOL.35 2005. SPRING No.124
あるのが技術者でしょう。そこで再び、「技術は何を
ているのは、20 世紀の価値観(自分の利益、エゴ、享
すべきなのか」、
「技術者には何が期待されているのか」
楽の追求を第一とする)から軽視されてきたものです。
が再確認されなければなりません。カール・ヤスパー
それは他人や他の社会や国家、さらに他生物、次世代
スの技術についての定義によりますと、技術とは「人
などを自分と同等とみる生き方、あるいはそれらの立
間生活の形成を目的としての、科学的人間による自然
場に立って考える価値観です。つまり「自分と同様に
支配の営み」であり、「技術の限界は、技術が独立し
他者が大切」あるいは「自分よりも会社よりも国家よ
てそれだけでは存立しえず、あくまで手段にすぎない」
りも、第一に地球が大切」という価値観です。
ということです。確かに技術は豊かな人間世界の形成
技術者はまずもって今日の地球規模の危機と対決し
を目指すものではありますが、技術自体はそのための
なければなりませんが、彼らがその拠って立つべき生
手段にすぎません。つまり技術は、その使用者の目的
き方は、この価値観を力の限り遂行することです。そ
によってどうにでも利用・使用されるニュートラルな
れはエゴイズムを克服する価値観、他者や他のものを
ものなのです。
自分と同じように(できれば自分以上に)大切にする
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たとえば E = MC というアインシュタインの理論
価値観です。
が技術と合体し、原子力発電所となり豊かなエネル
具体的に技術者が心がけねばならないことは、
ギーを提供しましたが、反面、原子爆弾となり人類を
藺技術者は、工場製品を使う人間・ユーザーの立場を
破滅の危機に直面させました。技術はその時代の要請
により多様な製品を作り出し、人類に益となったり有
害なものとなったりしたのです。残念ながら 20 世紀
後半から技術は、知らず知らずに人類を破滅の道に向
かわせてしまったのかもしれません。
では何が技術に正しく進むべき方向を示唆するので
優先する視点を養うこと
藺製品の使用と廃棄によって影響を受ける地域環境を
推察し、環境に常に優しくあろうとすること
藺人間の幸福だけではなく、広く動植物や景観の保全
のことをも、未来にわたって考えること
藺科学技術の特質と限界を明確に知ると同時に、自分
しょうか。かつてイギリスの哲学者フランシス・ベー
の発言や行動に対する社会的責任を自覚すること
コンは「科学・技術は〈理性と信仰〉によって導かれ
藺人間は何ができ何ができないか、何が人間の本質的
なければならない」(『ノヴム・オルガヌム』1620)と
な弱点・悪しき傾向性なのかに思いをよせること
語りました。では、この危機的状況の中で技術を導く
ものとして、今日の私たちに必要な〈理性と信仰〉と
これらの考え方のルーツは特別新しいものではな
は何でしょうか。それは 20 世紀を席巻した価値観、
く、私たち日本人が古来より持ち続けてきたものです。
つまり、役立つもの、有用なもの、お金になるものを
つまり、すべての生き物や景観に優しく接するという
最優先する価値観ではないことは確かです。この価値
有機的世界観です。万物すべてに「貴い心」が宿って
観の背後には、自己のみを無条件に優先するエゴイズ
いるという仏教的な考え(山川草木悉有仏性)です。
ム(利己主義)が潜んでいます。それは、自己を中心
近代自然科学の支配が強まった 21 世紀、私たち日本
に世界は回っている(ジコチュウ)、他者を自分より
人はこの「貴い心」を忘れてしまいました(近年、宮
価値の低いものとして蔑視する、自己目的のための利
崎駿は一連の作品「風の谷のナウシカ」「となりのト
用手段(他者の物化)とみる考え方です。このような
トロ」「もののけ姫」において、忘れていた「貴い心」
考え方・生き方が今日の危機的状況を生んだ土壌では
を想起させてくれました)。地球滅亡の危機の時代に
ないでしょうか。
おいて、これを救うのはこの有機的世界観に立ち戻る
ことではないでしょうか。このような考え方を私たち
3. 私たちのなすべきこと
は現代の「教養」と名づけたいと思います。この教養
これらの危機的状況を深刻に受けとめた私たちの社
初めて健全な地球の再建が可能となるでしょう。
会は、世界的レベルでの地球温暖化防止対策にやっと
未来を担う学生の皆さんが大学でしなければならな
取り組み始めました。つまり、「京都議定書」の実現、
いことは、「自分よりも会社よりも国家よりも、第一
クリーンエネルギーの開発、JABEE における技術者
に地球が大切」という教養を、技術の倫理や哲学を通
倫理の提唱、ISO14000 シリーズの適用、エコ商品の
して、自分の中にしっかりと育てていくことなので
開発、ゴミゼロ運動などです。これらの動きに通底し
す。
特集:技術者倫理ガイドブック
に立って技術者がその果たすべき役割を果たすとき、
理工
Circular
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