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書評コンテストへの投稿を見通 して

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書評コンテストへの投稿を見通 して
Title
書評を読み書評を書く活動の実践報告 ―書評コンテストへの投稿を見通
して―
Author(s)
菊野, 雅之
Citation
釧路論集 : 北海道教育大学釧路校研究紀要, 第47号: A1-A8
Issue Date
2015-12
URL
http://s-ir.sap.hokkyodai.ac.jp/dspace/handle/123456789/7914
Rights
Hokkaido University of Education
書評を読み書評を書く活動の実践報告
―書評コンテストへの投稿を見通して―
菊 野 雅 之
北海道教育大学釧路校国語分野
KIKUNO Masayuki
Department of Japanese Language Education, Kushiro Campus, Hokkaido University of Education
Practical report : the lessons on reading and writing book review
一 はじめに―書評を書くことと卒業論文執筆の関係―
【書評とは…】本の内容紹介・分析を行い、それに関して客観的かつ論理
もう一つ。明治大学でも同様の「書評コンテスト」を開催している。明治大
学図書館(二〇一四)には次のようにある。
行研究の整理がある。先行研究の内容・意図を把握し、論点を整理し、研究史
大学カリキュラムに位置付けられている最大の言語活動と言えば、卒業論文
ないしは卒業研究である。その卒業論文執筆の際に求められる作業の中に、先
かけたのである。
コンテスト」と講義内容を連動させて、書評を書くという言語活動を学生にし
なお、本実践は二〇一四年度前期に「国語表現」という講義の中で行われた。
「国語表現」は国語分野(当時は国語講座)の五名の教員がそれぞれの持ち時
研究のための基礎的な力を育てるのがねらいとなる。
大学一・二年生を対象としている。まだ卒論テーマを確定していない段階に、
的な評価を加えること。ここまでは先行研究の整理も書評の執筆も同様である
先行研究の整理の際に求められる姿勢と書評を書く際に求められるそれとが
性質の近いものであることがわかる。対象となる文章を紹介し、客観的・論理
的に評価・批評をした文章のこと。朝日・読売・毎日新聞などの日曜版に
上に位置付けることである。あるいは、資料(歴史資料や実践報告など)の内
数の中で行ったオムニバス形式の講義で、稿者はその内の七時間を担当した。
掲載されている「書評欄」などを参考にしてみてください。
容・意図を把握し、論点を整理した上で、客観的な論評を行うこととも言い換
継承した「国語科教育学特講」
( 以 下「 特 講 」 と 略 記 す る ) と い う 講 義 を 開 講
『広辞苑』は、書評について「書物の内容を批評・紹介すること。また、そ
の文章。
」と説明している。本稿では、書評を書く活動をいかに大学の講義に
えられる。
している。この「特講」では、
「国語表現」と比べて、カリキュラムの都合上、
位置付け、実践を行ったのかという報告を行う。稿者が勤める北海道教育大学
北海道教育大学附属図書館(二〇一四)の要領には次のようにある。
書評には、書籍の内容紹介や感想だけでなく、批評・評価が必要です。書
受講者数は三六人から十人へと減少し、一方で、時数は倍以上の十五時間が用
では附属図書館主催で毎年「書評コンテスト」が開催されている。この「書評
籍全体の内容・意図を把握し、論点を整理したうえで、客観的な論評をお
また、本年度(二〇一五年度)においては、「国語表現」での実践を発展的に
1
。実際に卒業論文を執筆する中で培う力でもあることは当然だが、本実践は、
こなってください。
-1-
釧路論集 -北海道教育大学釧路校研究紀要-第47号(平成27年度)
Kushiro Ronshu, - Journal of Hokkaido University of Education at Kushiro - No.47(2015):(1)-(8)
菊 野 雅 之
※図書館の本に線やふせんは厳禁。ふせんや書き込みをした
い時は買う。
②ノートやふせんを手がかりに論点を絞る。必要部分を再読。
※書評の骨組みが見えてくる。
③書評(パイロット版)を執筆する。
2 プチ書評選考委員会(5名×6グループ)
①2つの書評を読み、どちらが最優秀賞で、どちらが佳作かを
判断する。(15分)
②観点例
○対象の本と評者との関係 ○分析力・読解力 ○要約力
○論理性 ○妥当性 ○段落構成 ○文章構成 ○語彙
○該当図書を読みたくなったか ○オリジナリティ ○字数 ○誤字脱字 etc
③グループでのプチ書評選考委員会(20分)
④選考結果を、各班選考委員長がその理由とともに発表(3分
×5グループ 計15分)
※皆が納得できるように、選考理由を発表してください。
⑤実際の選考結果と総括(どのような書評が評価されるのか/
評価するのか)
意されることとなった。本稿では、昨年度の「国語表現」の実践を整理・検討
する中で、その成果と課題を吟味し、それを受けて、本年度の「特講」の実践
にフィードバックすることを目指したい。
二 講義の概要―二〇一四年度「国語表現」―
本講義は、国語
科教育学を専攻と
する一年生を中心
とした三六名の受
講者を迎えて実施
された。講義の概
要 は【 表 1 「 国
語表現」の展開の
概要】の通りであ
1 書評のノウハウについて(15分)
①本を読みながら、ふせん・ノートにメモ、傍線を引く。
されているものもある。具体的な書評の書きぶりは、掲載される媒体あるいは
論文に近いもの、場合によっては批判も加えられ、本の著者に反論の余地が残
るような本の紹介や宣伝を兼ねたものがある一方、学会誌に掲載されるような
そもそも書評とはどのような性格のものなのか。実際の書評を分析する作業
が必要となる。ただ、書評といってもその種類は様々である。新聞に掲載され
三 「受賞作品の分析」Ⅰ・Ⅱ・Ⅲの実際―プチ書評選考委員会―
し合う活動が第5回、第6回で行われるのである。
講者の講義外の時間に行われることになる。それらを持ち寄って、互いに推敲
ク 各自で書評を再検討」が該当する。さらに、
「 講 義 外 で の 動 き 」 と し て、
併行読書と書評執筆が受講者には課せられており、実際に書評を書く活動は受
は、第5回「プレ書評コンテスト選考委員会」と第6回「評価のフィードバッ
析」Ⅰ・Ⅱ・Ⅲが、
「書評を読む」に該当する。一方、
「書評を書く(推敲する)」
【表2 本時の流れ】
投稿を予定しているコンテストによって大きく異なってくる。その意味で、投
-2-
る。
本講義の最終的
な着地点は、自ら
選書した本に対す
る書評を書き上げ
ることである。そ
のためには、まず書
評とはどのような表
現媒体なのかを理解
する必要がある。そ
こ で 本 講 義 で は、
「書評を読む(分析
する)
」 と「 書 評 を
書 く( 推 敲 す る )
」
という二部構成で講
義 を 設 計 し た。
【表
1 「 国 語 表 現 」 の
展開の概要】の第
2回・第3回・第4
回の「受賞作品の分
【表1 「国語表現」の展開の概要】
書評を読み書評を書く活動の実践報告
さない面があった。二つめは、明治大学コンテストでは、選考結果をふまえた
から二〇〇〇字以内となっており、受賞作の字数のばらつきが多く、比較に適
り、比較的読みやすい長さの受賞作が多いこと。本学コンテストは一二〇〇字
作品を対象とした。その理由の一つめは、字数制限が一二〇〇程度となってお
用意するのが本来のあり方であるが、今回は明治大学図書館書評コンテストの
稿を見据えている本学附属図書館の書評コンテストの受賞作品から分析対象を
それを壁や黒板などに貼り付け、そこに発言内容・検討内容を書き込むことと
全判プロジェクトペーパー(七八八×一〇九一㎜)をグループごとに配布し、
う。その上で、「プチ委員会」としてグループ活動に移っていく。その際には、
「プチ委員会」では、まず、個人作業として書評コンテストの最優秀賞と佳
作の読み比べを行う。そこで、一旦、最優秀・佳作がどちらかを判断してもら
なる「プチ委員会」へと入っていった。
の注意点や工夫する点などについての説明を行った。その後、メインの活動と
意識して委員会を運営することを指示した。
た、選考委員長という形でファシリテーターも設定し、話し合いを促すことを
れを妨げず、出された意見をスピーディーに書くことが重要だからである。ま
なで書くことなどを指示した。これは、美しさや正確さよりも、話し合いの流
書き込むことと誤字脱字を気にしないこと、漢字が思い出せない場合はひらが
受講者には、そのイメージ図を【表3 模造紙のレイアウト】として示した。
模造紙への記入を担当するグラフィッカー(記録者)は、発言内容をどんどん
した 2。これはファシリテーション・グラフィックの考え方を援用している。
講 評 が 公 に さ れ て お り、 そ の 選 考 方 針 の 一 端 を 知 る こ と が で き る こ と。 こ れ
を学生にも示す
ことができるた
め、書評作成の
際の参考とする
ことができたた
めである。
「受賞作品の
分析」の展開
結果、「プチ委員会」は自由な雰囲気に包まれつつ、書評の審査という作業
に集中した話し合いが行われた。次頁に、グラフィッカーによって模造紙に記
録されたコメントのみ抜粋した【表4 FGでのコメント一覧】を掲載した。
グラフィッカーには、評価する文言、評価しない文言についてマーカーの色を
変えるなどの工夫を促していたため、その判別は容易だった。□+、□-となって
いるものがそれぞれ、プラスイメージ、マイナスイメージに区分される。それ
ぞれを見てみると、書評Aのプラスイメージには、「出だしいい」
、「(最初と最
後が)つながりまとまり」
、「一貫性あり」、「終わりと始まりの文・構成」、
「ま
とめ」、「構成が上手→読みやすい」、「書きだし.終わりが共通している」といっ
た文章の構成への着目が確認できる。構成への着目は書評Bについても確認で
きる。ほかには、「言葉えらびやさしい読みやすい(わかりづらい→わかりや
すい)」、「言葉のチョイスが上手」、「語彙力表現力が豊か」といった表現への
注目、「引用が◎」
、「内容を理解している」、「内容をピックアップすることで
興味をもたせている」、
「ネタバレギリギリまで内容につっこんでいて、読んで
みたいと思える。」、「ストーリーまとめてる」、「あらすじいたるところに」といっ
た、あらすじや内容の扱い方への注目が確認される。ここでの書評分析は、実
際の書評執筆の際の方針を立てる際に有効に働いたようである。例えば、書評
Aで確認された冒頭と末尾を呼応させた構成は、受講者の作品にも援用された
り、一二〇〇字程度の内容であれば、一つの観点から書き切る姿勢などを自身
の書評作成に生かそうとする姿勢が見られた。
-3-
は、
実際には
「プ
チ書評選考委員
会」
(以下、
「プ
チ委員会」と略
記する)と名付
けて行った。展開
の概要は【表2 本時の流れ】のよ
うになる。これは
実際に受講者に示
したものと同一で
ある。受賞作を分
析しているこの時
期は、最終的に提
出することとなる
書評を書くための
前段階として、併
行読書を進めてい
る時期でもある。
そこで、読書の際
【表3 模造紙のレイアウト】
菊 野 雅 之
【表4 FGでのコメント一覧】
実際の書評コンテストでは、書評Aが最優秀賞をとっていたが、各班とも同
様に書評Aを最優秀であると判定した。ただ、実際の審査結果を当てるのが目
的ではなく、実際読んだ受講者自身がどのような観点から、書評を評価したの
かをメタ認知し、それを実際に書評執筆に活かすことが目的である。実際、講
義中の総括の際にも、その旨を伝え、書評分析の観点を実際の執筆にも活かす
ことを意識するように伝えた。ただ、メタ認知を促す手立てがより具体的に必
要であったという反省もあり、前時の講義でのふりかえりや委員会後の模造紙
の記述に対しての稿者による整理などの手立てがさらに求められる。
3
以 上 の 流 れ を 基本 と し つ つ、「 プ チ 書 評 選 考 委 員 会 」 は 三 回 行 わ れ た 。 プ
チ委員会では、回を重ねるごとに難易度を上げるように工夫した。一回めは、
最優秀賞と佳作を扱い、判定が比較的容易になるようにした。実際、五つの班
全てが最優秀賞作を支持した。
二回めは最優秀賞と優秀賞、三回めは最優秀賞、
優 秀 賞、 佳 作 の 三 作 品 を 評 価 す る と い う 具 合 で あ る。 結 果、 よ い 書 評 と は 何
かということについ
て、議論は白熱する
-4-
こととなり、一定の
効果があったと言え
るだろう。なお、表
5では、実際のFG
の様子の一部を示す
【FGの実際の例】
を示した。個人名に
関する箇所について
は稿者が一部加工し
た箇所がある。
四 プレ書評コンテ
スト選考委員会
いよいよ受講者自
身が作成した書評
を互いに評価し合う
「プレ書評コンテス
ト 選 考 委 員 会 」( 以
下、「プレ委員会」)
【表5 FGの実際の例】
書評を読み書評を書く活動の実践報告
バイスをふまえつつ、推敲作業に移行することとなる。そして、推敲作業を経
評が、各受講者にプレ委員会後に届き、受講者は、そこに示された指摘やアド
の意識を高めることもねらいとしてある。
【 表 6 選 評 の 記 入 例 】 の よ う な 形
で受講者には選評やアドバイスを書き込む用紙が配られている。このような選
きり意識することと同時に、様々な書評を読むことで自身の書評作成や推敲へ
求めた。この「プレ委員会」では、
自身がどのような書評を評価するのかをはっ
をルールとした。また、各作品には具体的な改善点を積極的に記入することを
の配慮である。選考では、六作品に一位から六位までの順位を必ず付けること
品が無記名で封筒に収められている。先入観のない状態で、選考にあたるため
はわからない状態で開催される。事前に、各受講者が選考を担当する書評六作
の段階である。
「プレ委員会」では、実際、誰が誰の書評を審査しているのか
くなるがここに引用する(傍
要な指摘だと考えるため、長
指導を展開していく中で重
示唆に富む。今後書評作成
が書評を書くことの困難さ
書 指 導 を 試 み て い る。 学 生
での図書館と連携の中で読
戸田山みどり他(二〇一
〇)は、工業高等専門学校
をとっていた。
とめていくというプロセス
について考察している点が
た最終原稿を稿者に提出し、
「国語表現」の講義は終了となった 4。
線は菊野による)。
評価には、客観的にで
あれ主観的にであれ、評
学院生のTAをも巻き込んだ学生の作文指導に関する報告は、従来の添削型の
特色と言える。また、佐渡島佐織(二〇〇九)についても言及しているが、大
スをとっている。書評作成の前段階として対象図書の輪読を用意している点が
藤木剛康(二〇一一)は大学生の作文指導の一つの方法論として書評作成を
位置づけ、二冊の課題図書を使っての輪読・書評作成・相互批評というプロセ
一部は、受講者に書評作成の参考となるように配布をした。
クポイントを示しており、参考となった。ここでは詳細に示すことはしないが
能が示した「執筆へのロードマップ」は、書評作成の具体的な手続きやチェッ
実などを報告したもので、本講義を構成する際にも学ぶところが多かった。伊
緯報告を行っている。大学図書館の書評コンテストの公募から実際の選考の内
書評コンテストあるいは書評作成を利用した講義実践についてはいくつか先
行報告がある。伊能秀明(二〇一一)は、明治大学図書館書評コンテストの経
箇所」を特定するには、
ば、
「重要だと思われる
要だ。上記の要領で言え
もらえるだけの論証が必
を、これもまた納得して
どのようなものであるか
な説明があり、批評の対
を納得してもらえるよう
も妥当な基準であること
を明示し、それがもっと
よい評価とは、その基準
準がなければならない。
五 本実践の課題
指導ではなく、学生自身が論理的な文章を書く方法論について自覚していくこ
「重要だ」と思うための基準が必要であるということだ。そして、多くの
-5-
価する人が参照する基
とを促すことを目指しており、優れた実践として学ぶべきことが多い。TAで
であれば、
実は言語によってそれを
「説明する」
ことは難しいことではない。
のを知っていれば、援用が可能だろう。その判断の基準を意識化できるの
その話題そのものは初めてのものであっても、それまでに類似の分野のも
は、その主題に対するそれなりの知識や経験がなければならない。もし、
象がその基準に照らして
ある大学院生側の成長ともつながっており、大学における作文指導法として画
場合、何かが「重要だ」と判断するためには、あるいは基準を持つために
ては石川伸晃・田中岳 二(〇〇八 の)報告もある。
書評の作成が中心的な論点ではないが、話し合い学習を中心においた講義報
告が安田利枝 二(〇〇八 か)らなされている。大学の演習で行われる輪読という
形式への問題提起として興味深い論稿である。話し合い学習の成果を書評にま
期的な実践であろう。なお、大学教員やチューターが加わった文章指導につい
【表6 選評の記入例】
菊 野 雅 之
なった。これは貴重な経験であり、多少の強制を伴っていてもする価値が
だ。そのため、学生はほとんどが初めての経験として哲学書を読むことに
はレポートの対象は教科書の文献欄にあげてあるものに限られていたそう
したがって、課題の目的が全く新しい読書経験をしてもらうことである
とすれば、それを書評にまで結びつけることは難しい。現代社会の授業で
かの基準ができていないからである。
のような主題では評論を書くことはできない。何を「重要」と見なすべき
「初めて読んだ」というフレーズは、その辺りの事情を暴露している。そ
果と言うべきだろう。実際に、頻繁に使用されていた「初めて知った」や
る。
「印象に残る」とは、個人の経験の総体を無意識のうちに参照した結
評価するというような観点から選ばれた訳ではないということを示してい
はたいてい「印象に残った箇所」であり、それはつまり、基準に照らして
また、ゼミ運営あるいは学科・学部・大学という単位で位置付けられて取り組
い。これは本講義の六時間内だけで解決する問題ではないだろう。年単位で、
に、 書 評 を 書 く た め に 求 め ら れ る 十 分 な 読 書 を 促 す 手 立 て は 尽 く さ れ て い な
(分析し)、書評を書くという二部構成でデザインされた。そのプロセスの中
評者自身の知識や経験が求められるという課題である。本講義は、書評を読み
書評という行為を実現するためには、対象図書が扱っているテーマに関して、
人からは自身の作品を「読書感想文」のレベルだと認識しているという旨の説
一方で、本講義受講者全員が自身の書評を投稿したわけではなかった。十分
なレベルに達していないと自身で判断した結果だと言う。投稿をしなかった当
値を認めることができるし、さらにその精錬が求められるのである。
評作成のプロセスを明らかにし、その見通しを学生に示すところに本実践の価
して、そのプロセスについて学生側に十分に発信されているわけでもない。書
そもそも「客観的な論評」とはどのようなもので、どのようなプロセスを経
て作り上げるものなのかを学生が認識していないことが最大の課題だろう。そ
きく貢献したと言えるだろう。
ある。
しかし、初めて読んだ哲学書を正しく評価することはほぼ不可能だ。
むべき課題となるだろう。本講義は二〇一五年度には「国語科教育学特講」と
しかし、今回提出されたレポートを見ると、ほとんどが読んだ本を外部
と比較する過程を伴っていないようだった。レポートに引用されていたの
よほど勉強しない限り、何が重要であるかを判断しかねるはずだからだ。
明があった。ここで、先に触れた戸田山の議論が重要となってくる。すなわち、
そして、勉強するためには何冊も読破しなければならない。(八六頁)
いう講義に発展的に引き継がれており、六週から十五週と時間数が増加してい
象的な説明をレクチャーを行っても、実際に書評作成執筆にどのように影響を
を通して理解していくような報告はなかった。書評とはこのようなものだと抽
ような表現活動なのかを、
学習者自身の活動(
「プチ委員会」や「プレ委員会」)
ここからは、先行研究の整理をふまえた上で、本実践の成果と課題について
考えていきたい。本実践のように実際の受賞作品を分析する中で書評とはどの
ということである。
す試みと書評作成という活動は、一点めの理由からその接続は本来的に難しい
始するだけである。受講者が自身の作品を「読書感想文」とふりかえる原因は
本来、小説を対象とした書評というのは文学理論をふまえた上でしか成り立
たない領域のものであろう。理論抜きでそれを行おうとすれば、印象批評に終
の変更やコンテスト応募者の変化などが考えられる。
書・ノンフィクションが受賞作となった。ここには、コンテスト側の選考姿勢
どの作品が受賞作に含まれていたが、二〇一四年度は、いわゆる教養書・学術
二〇一四年度の本学書評コンテストでの受賞作品に、小説・フィクションを扱っ
また、書評を行う図書、選書の問題もある。本講義では、書評の対象図書の
選択は受講者の自由とした。結果、
受講者の大半は小説を選択していた。だが、
る。この半期の中でより効果的な手立てを打つことを考えていきたい。
与 え る の か は 不 透 明 で あ ろ う。 ま た、 書 評 の 範 囲 も 広 く、 書 評 コ ン テ ス ト が
こ こ に あ る。 本 格 的 に 文 学 理 論 を 学 ば な い に し て も、 同 一 作 者 の 他 作 品 を 読
戸田山他による指摘で重要なことは大きく二点である。一点めは、書評を書
くためには、ある論点が重要だと判断する基準が必要であり、その基準は関連
求 め る レ ベ ル や 中 身 に つ い て も ば ら つ き が あ る。 本 学 書 評 コ ン テ ス ト で は、
する知識や経験から導きだされるということ。二点めは、新しい読書経験を促
二〇一三年度までは読書エッセイ・作品紹介(推薦)の趣が強く、要領に示さ
んでみたり、同ジャンルの作品も併せて読むことが基礎作業として必要となる
いうのは当然であろう。事実、優秀賞作品はマルティン・ブーバーの『我と汝・
教員養成系大学として求められる読書の質という観点からしても、コンテス
ト主催者側としては、教育に関わる本や教養書・学術書の類を挙げてほしいと
5
。これは先に戸田山が指摘した「外部と比較する過程」に該当する。
た書評は含まれていなかった。二〇一三年度までは、例えば『図書館戦争』な
れた「批評・評価」
、「客観的な論評」といった文言に沿ったものとは言えなかっ
た。
これは書評コンテストに至るまでの執筆プロセスが、
学生側に十分に伝わっ
とも一因だと言える。量と質の向上がなお求められるのである。本実践はそう
ていないことやそもそも応募数を一定量を確保するまでに至っていなかったこ
いった現状をふまえて、積極的な読書活動と書評投稿を促すという意味では大
-6-
書評を読み書評を書く活動の実践報告
正確に読解した上で批評を加えた良作だった。
対話』
(岩波文庫)であった。大学院生の作品であったが、ブーバーの理論を
報告であった。(終)
年度をまたいだ講義デザインによって、大学生らしい客観性のある書評を書き
す試みも行っている。読書(前年度後期)と書評を書く(次年度前期)という
以上をふまえて、今後の講義設計のために課題や展望を整理すると次のよう
になる。
初に行う(行わなければならない)作業と言える。そして、その重要な作業
か剽窃さえ疑われかねない。その意味で、卒業論文に限らず、研究の際に最
立論してしまい、プライオリティを確保できなくなってしまう。それどころ
1
注
上げる学力の保証を目指したい。本稿はそのデザインを行う序論としての実践
入学早々の一年生に大学院生レベルの読解力や読書量を求めるのは酷ではあ
るが、カリキュラムの中でそういった学力を保証しようとする見通しが今後必
要となってくる。その意味で、本講義は書評を書くこと、書評を理解すること
には一定の効果はあったが、書評を書くための前段階である学術書を読むため
①書評を書く行為とは、読むことと書くことの有機的な連動の中で生まれる言
に必要な力を、書評を書く活動の中で養うことはできないだろうかと考えた
の読解力の育成や読書量を確保することについては課題があった。
先行研究の整理は、論文執筆の際の大前提の作業であることは言うまでも
ない。これを怠るとすでに誰かが同様の論を述べていることに気付かずに、
語活動であるため、
読むこと、
書くことそれぞれに手立てが必要であること。
『知と愛―ナルチスとゴルトムント』、三浦しをん『仏果を得ず』
。
3
星新一『ボッコちゃ
参考までに書評対象となっていた作品名等を列記する。
ん』、杉浦日奈子『風流江戸雀』、佐滝剛弘『国史大辞典を予約した人々』、
る。
2
「 特 講 」 で は 模 造 紙 は 二 枚 配 布 し、 よ り 大 き な 紙 面 に 書 き 込 め る よ う に し
ている。より自由な議論を促すためには、紙面に余裕があることが大切であ
結果、本実践の形となったのである。
②自由な読書を促すことが目的なのか、教員養成系大学として求められる読書
(つまり教育に関する学術書を読破すること)を促すことが目的なのかを明
確にすること。
③ある程度対象図書を絞るのであれば、読むべき図書リストを作成し、また講
義内で、輪読あるいはブックトークなどの機会を置き、一定の読書量や読解
④以上を達成するためには、年単位あるいはゼミ活動単位で読書を位置付ける
池波正太郎『剣客商売』、伊坂幸太郎『モダンタイムス』、ヘルマン・ヘッセ
力の伸長の保証をすることが求められること 6。
ことで、適切な読書時間を保証し、書評作成に向かわせることが求められる
こと。例えば、前期と後期の講義を連動させるような運用が考えられる。
なお、書評コンテストへの書評投稿は、義務とはしなかったため、本講義
の受講者のうち何人がその後投稿したのかは把握していないが、本講義受講
4
者から佳作が一名出た。本講義との因果関係について本稿で考察を加える余
書評を書くという行為には、書評という表現の分析・作成・発表・推敲の場
と書評に求められる客観的な論評を支える十分な読書が必要である。そして、
善の余地が多分に残されていると言えるだろう。
きず、投稿自体を行わなかった者もいたようである。本講義については、改
具体的な分析は不可能だろう。また、実際には、自身の書評の出来に納得で
六 おわりに―二〇一五年度の講義デザイン―
書評を書き上げる学力を学生に求めるのであれば、学生の自主的な研鑽を期待
裕はなく、また、実際の選考委員会の様子や講評も示されていない状況では、
するだけでは不十分で、そのための講義や手立てを講じることが必要となる。
こで、構想として考えられるのは、後期にその読書量を担保するような講義を
る。そして、外部の情報と比較するためには、十分な読書量が必要となる。こ
過程であり、書評を書くことを通して、研究の基礎的な力を育てることができ
置付けとは、書評対象の本を外部の情報と比較しながら論じる作業と同じ思考
なったことに異論はないだろう。一定のレベルのサービスを供給するのは大
者としての学生に対して、一定程度の学力を保証しなければならない時代と
学生に教養主義的な価値観を期待する時代でなくなり、大学側が丁寧に消費
となるのではないか。それは教員養成系のみの課題ではないだろう。すでに
なお、このような読書姿勢は国語科における教材研究に必須のものでもあ
る。大学のカリキュラムのなかに一定の読書量を担保するような試みが必要
6
上 村 和 美 西 川 真 理 子 横 川 博 一 堀 井 祐 介 西 川 真 理 子 横 川 博 一
5
デザインし、翌年の前期の書評を書く講義と連動させることである。読書を促
学教員の義務だと言える。
これは冒頭にも触れたが、卒業論文執筆の際に必要となる先行研究の歴史的位
す手立てとしてのブックトークやピア・リーディング(協働的読書)などの報
告もある。また、すでに稿者は、ビブリオバトルを講義中に導入し、読書を促
-7-
菊 野 雅 之
(二〇〇九)
「大学初年次における読解力向上のための基礎的研究」『研究紀
要』(十 一三七―一四九頁)
は、
学生の読書力の低下について危機感を示し、
読解力の向上のための手立てとして「多読」と「ピア・リーディング(協働
的読書)
」が有効であると述べる。
引用文献(注で詳記したものは含まない)
・石川伸晃・田中岳 二(〇〇八 「)学生の「考える」力を育成する教育実践と組
織基盤:京都精華大学「日本語リテラシー」を事例として」『リメディアル
教育研究』三 一( ) 六三―七〇頁
・伊能秀明(二〇一一)
「最新・大学図書館事情 第一回明治大学図書館書評コ
ンテストの舞台裏」
『図書の譜』十五 一七五―一九三頁
・佐渡島佐織(二〇〇九)
「自立した書き手を育てる―対話による書き直し」
『国
語科教育』六六 十一―十八頁
・戸田山みどり他(二〇一〇)
「授業と図書館の連携による学生の読書活動の
」作品募集」
2014
―和歌山大学経済学部の文章作成指導はいかにあるべきか―」『研究年報』
動機づけ」
『八戸工業高等専門学校紀要』四五 八三―八八頁
・藤木剛康(二〇一一)
「日本の作文教育の問題点とライティング・センター
十五 一〇九―一一八頁
・北海道教育大学附属図書館(二〇一四)
「
「書評コンテスト
( https://s-opac.sap.hokkyodai.ac.jp/library/?q=node/321
)
(二〇一五年五
月十日閲覧)
・明治大学図書館(二〇一四)
「明治大学図書館「第5回書評コンテスト応募
要領」
」( http://www.lib.meiji.ac.jp/about/bkrevw_con/index.html
)(二〇一五
年五月十日閲覧)
・安田利枝 二
話 し 合 い 学 習 法 の 実 践 報 告 と 考 察: 学 ぶ 楽 し さ
(〇〇八 「
) LTD
への導入という利点」
『嘉悦大学研究論集』五一 一
( )一一七―一四三頁
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