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号 8巻第 2・3 商学研究第4 ) 1 12 ( 1 2 論文 確定決算主義について 増田 和 夫 目 次 I はじめに E わが国とアメリカ, ドイツの確定決算主義についての比較検討 l わが国の確定決算主義 について 2 アメリカの確定決算主義について 3 ドイツの確定決算主義について E 確定決算主義に対する各界の意見 l 立法当局の一意見 2 税制改正に対する日本公認会計士協会の意見 3 諮問に対する日本税理士会連合会の答申 4 経済界の一意見 町まとめ 要旨 新会社法制定や国際会計基準の 全面共通化の合意により求められる企業会計(基準 )は,より統一化 自己株式取引,移転価格税制や会社再編税制等 グローバル化する中で,企業の財政状態や経営成績を開示することを目的 とする企業会計(基準) と課 していくであろう 。 また,企業を取り巻く経営環境が, 税所得の計算を目的とする法人税法が,確定決算主義を採用している現行 法制下において,申告調整事 項が両者の差異を大きくするので¥アメリカ, ドイツの法人税制の比較・動向と各界のこれに対する意 見を比較して,企業会計 (基準)と法 人税制の計算規定をここしばらく可能な限り 一致させる 一考察を した。 キーワード 確定決算主義(基準,基準主義),課税所得,申告調整,決算調整,逆基準性,公正処理基準 22 ( 1 2 2 ) 8巻第 2・3号 商学研究第 4 1.はじめに わが国の法人税法 7 4条は,確定した決算に基づいて申告書を作成し提出しなければならな 3 8,4 3 9条)による企業利益を基に課税所得 いと規定している 。 これは,会社法会計(会社法4 が計算されることであり,確定決算主義と言う 。 税制上の国際比較に対応するため,まず,消費税の税率を上げ,法人税の税率を下げる税制 改正の議論がされている折, この確定決算主義の意義について,わが国とアメリカ, ドイツの 税法を比較検討しまた,平成1 7年の新会社法の制定においては企業会計の基準が計算規定に 積極的に導入され,平成 1 9年には企業会計基準委員会が,平成 2 3年に国際会計基準に全面共通 化することを合意したため いかなる影響があるか検討するため,各界の意見を調べ参考にし て,わが国の今日の確定決算主義について一考察をします。 l l . わが国とアメリカ ドイツの確定決算主義についての比較検討 1.わが国の確定決算主義について 法人税法が,自己完結的 網羅的に課税所得を決定するとなると膨大な規定を設けなければ ならず,便宜的に会社法会計により公正な会計慣行(会社法4 3 1条)のもとに計算される企業利 益を利用する 。 次に,法人の取引には 外部取引と内部取引があり 外部取引には当事者間の客観的で検証 可能な経理処理が行えるが,内部取引については法人の判断によって経理処理がされるので, 法人の意思決定機関である株主総会の承認されたものは適正なものといえるとしたのである 。 かかる経理処理を損金経理といい,法人税法 2条2 5号では,法人が確定決算において費用また は損失として経理することを言う 1 10 法的所得概念としての課税所得を計算するためには,益金と損金の計算が企業において社会 に支持された簿記会計の慣行に従って計算されたという法的な認識判断が必要である 。その結 果,法的に見ると,企業利益は法的所得になる 。法人が会計処理に当たって用いる基準のうち, 一般に公正妥当と認められるものに従って処理されることは法的には企業が事実たる慣習に 従ったことになり,その限りにおいて税法上適法性が与えられたことになる 。企業会計原則も, それが法的に公正な会計慣行としての事実たる慣習の評価を得る認識判断が得られる限り法的 所得の解釈基準となる 。本来,強行規定に違反する慣習は,その効力を認めることができない (民法9 2条)。税法は強行法規である 。 したがって,税法の規定に違反する慣習は解釈の標準と なりえない 。 しかし簿記会計は優れて技術的なものであるから,租税法規にその細目に至る まですべてを,網羅的に漏れなく規定することは実際問題としてできない 。そこで税法は企業 に対し確定決算の原則(ここでは確定決算主義という 。)により 課税所得の申告に当たって は,その確定した決算に基づいて行い,その計算の方法については,事実たる慣習が社会的に 確定決算主義について 支持されて存在し ( 1 2 3 ) 23 それによって計算される限り税法も課税所得として是認している九 法人税法施行規則別表四の「各事業年度の所得の金額の計算に関する明細書」によると,法 人が申告書に記載すべき金額の計算については,法人の確定決算上の損益計算書に掲げられた 当期利益を基礎に,これに一定の加算または減算をする様式が示されている。しかしこれは 法人税法本来の所得金額の計算方式でなく,技術的に簡易な計算を便宜定めたものに過ぎない ものである。法人税法は,あくまでも法として法的論理に従い法的な所得を求めるよう構成さ れているのであり,決して会計構造に盲従しようとしているのでない 。法人が決算の段階まで は企業会計で処理し 課税庁に対する申告書の段階において法人税法の会計が存在すると解し ない。法人税法 7 4条は税法が確定決算に隷属すると解しない。これは,申告の正確性を確保す るためで,課税庁がこれに拘束されるのでなく独自に職権調査を行い正当な税額を算定するも のである 。 したがって,それが専ら作用するのは企業の内部計算に関する事項であって,決算 の基礎となるべき事実が対外的な取引によって実現され客観的に定まっていて,法的に把握し うるときは,税法はその実現したところにしたがって損益計算を行うべきである 。たとえ法人 がこれと異なる決算をしても税法はこれに拘束されず 実際に実現されたところによって計算 を行うのであり,負担公平の原則は,確定決算の原則に必ずしもすべてとらわれない 。要する に会社の内部の計算,すなわち,対外的な実現を見ないような収益や費用については,企業の 確定決算において,それを望む限り,かえって,対外的に実現しない金額を第三者たる課税庁 が負担公平の見地から認定することは適当でないしまた可能でもない 。 しかしそうかといっ て,全く企業の任意の計算に委ねることは主観的怒意的判断に流れる弊害も多いという点で不 適当である 。そこで 内部計算に係る損益については 一定の限度を定めて,その限度内にお いては企業の行った計算も最終的なものとして是認する 。つまり,企業の計算を必要とする項 目につき「損金経理を行ったとき」と規定するのは,企業が決算において,これを損金として 処理した場合に限り,その損金とした金額の範囲内で税法上損金として是認する 。 し か し 公 正妥当な会計処理の慣習からすれば 基本的には両者は 一致しうるので矛盾することは少ない が,法人税法 7 4条は企業の決算に計上された利益をもとに法人税額を申告することが正確な所 得を得られる蓋然性が高いからということで規定しただけであって,必ずしもその確定決算に 示された数額が聖域となるものでない 。 また税法上の「別段の定め」として規定されている領 域以外は,すべて法人の決算における企業利益がイコール課税所得金額であるということでも ない 。企業利益と課税所得の括抗する事業年度の期間損益の問題は,実は税法上の所得概念の 本質に連なる基本的な問題であって,単に翌事業年度で調整すれば同じ結果となるから課税上 弊害がないというものでない。 企業会計は企業利益の測定のためにあるのであって,課税所得の算定を目的とするものでな い点に両者の本質的な差異がある 。企業利益は,当期における企業の経営的成果を示し,配当 可能利益を算定する 。 しかし課税所得はそれによって当然に一定の租税債務が発生する 。そ 2 4 ( 124) 商学研 究 第 4 8 巻 第 2・3 号 のために,課税所得は,租税の支払能力があり,かつ課税敵状にあることを要するので,税法 の所得概念は企業利益よりも支払可能なものでなければならない 。 したがって税法は基本的に は,課税所得として対外的取引によって実現された権利や確定した債務については,公平課税 の見地から自ら概念決定するが,そうでない場合にはなるべく会社の決算に従っていく 。そこ で税法は益金や損金の計算について 法人が自らにおいて選択できるような事項を規定した 。 これらの選択的事項には申告書の上で除加算する,いわゆる申告調整事項や,あらかじめ決算 に盛り込まなければならない決算調整事項を規定している 3 ヘ 2. アメリカの確定決算主義について アメリカの内国歳入庁 ( I R S ) は,現在,税務上新しい会計方法への変更を求める納税者は I R Sの承認が必要であり,その承認には財務会計上もそれと同じ方法を矛盾なく使わなくては ならないが,その点をより詳細に I R Sは,所得税規則上,適切な部分を明瞭にするための研究 を続けており,この完成まで I R Sは 新しい会計方法への変更は要求する納税者が財務会計 上のそれと同じ方法を 一貫して使うことに同意することを要求し続ける 。その研究の結果,た とえ最終の所得税規則ではもっと自由な条件が与えられるとしても,その自由は,その最終の 規則が発布されてからのことである 。 しかしその研究は未完に終わり,会計・実業界と I R Sと の間の穏やかならざる平和をもたらしたが,この研究が進められたことは注目しておくべきで ある。 アメリカの税法と財務会計の関係でしばしば引き合いに出される連邦最高裁判決 ( 1 9 7 9年) では,一般に認められた会計諸原則 (GAAPと称する 。)が経営者にその選択を認める合理的取 り扱いに一定の許容範囲を認めているが,その許容範囲による食い違いは財務会計では許され るかもしれないが できる限り同じ状況の納税者は税金を支払うようにする税制下ではそれは 疑問であるとされ, もし経営者がその認められる選択を税務目的でも使用することになれば, 会計士によってのみ支持される範囲内では会社は支払いたいと思う税額を 一方的に決定するこ とになってしまうとして,このような 一方的決定によって税法が不公平なものにされてしまう ことはあり得ないしそのような諸決定は税法を実施不能なものにしてしまう 。その判決では, 同一の状況下にある納税者は同額の税金を負担するという課税公平の原則から,同 一の取引に 対する同一の会計処理という規範が支配したのである 。 この判例も, 一般に認められた会計処理の多様性が課税公平の視点とは整合しない点を最も 問題にしているが,納税者の会計帳簿上 正規に用いられる会計方法に従って課税所得を計算 すべきであるという 一般的な法規定も尊重すべき司法当局が その規定による計算を認めるわ けにはいかないという理由を示した点では, GAAPに対する 一種の間接的な不信の表明とも考 えられる 。企業会計は,そのような不信を解消するような会計処理の多様性を克服する方向も あるが,企業会計の実際の対応はそのような方向に向かわずに ( A M T ) の帳簿利益修正に対する批判にも見られる, 法人代替ミニマム・タックス もっぱら企業会計上の取り扱いを基礎と 確定決算主義について ( 12 5 ) 2 5 する確定決算基準主義に対する批判に向かった。税法が企業会計を離れて膨大な規則を独自に イ乍って来ているのは,すでに税法の企業会計に対する一種の間接的な不信の表明と考えられる 。 税務当局が企業会計ないし GAAPは期待できないとして独自に規則を作るのは,逆に,企業会 計から,税法は独自に膨大な規則を作っているので税法上の取り扱いは税法に任せ,企業会計 は税法から離れることは理解しにくい 。 ちなみに,国際会計基準が会計処理の多様性を制限す る方向を示している視角は,一種の間接的な不信にも答える面があるように思われる 5)。 1 9 8 6年の内国歳入法の改正は法人にも AMTを課すことにしたが,法人の AMTとは,通常の 課税所得に代替する最低限の課税所得 (AMT I)を基にして計算する仮の最低税額が通常の法 )。多 人税額を超える場合に,その超過額を通常の法人税額に加算する追加税を言う(法55条 a くの優遇措置によって法人税額が極端に少なくなる場合もあるため 法人も最低限の税額を負 担する考えである 。法人 AMTの出現には多分に民意を反映したものがあり,その民意は,企 業会計のあり方にも重要な問題を提起した 6)。 アメリカ法の判断により,アメリカ法上の会計処理基準と企業会計上の会計処理基準が合致 すべしとする領域は,貸倒損失と棚卸資産の評価方法としての後入先出法だけであると解され る。 アメリカ法のこれらの要請以外に,アメリカ法上の課税所得と企業会計上の利益が異なる 場合に,アメリカ法はその他の方策として AMTを課している 7)。 すなわち,アメリカでの法人税法の課税所得と企業会計上の利益の算定の基本的な関係は, 次のものである 。 a . 法人税の課税所得は ,企業会計の利益を基礎に算定される 。 b . 法人税法の課税所得算定の会計処理基準と企業会計上の会計処理基準の合致が要求される のは,債権の貸倒損失を計上する場合と棚卸資産の評価方法として後入先出法を採用する 場合だけである。 c . アメリカ法上の政策税制(典型的には有形固定資産の加速償却制度)または,非課税所得 から AMTの納税額が生ずるのは,極めて限られたケースであろう 。 d . アメリカ法の別段の定めにより,法人税法の課税所得の金額と企業会計上の金額は異なる o e . アメリカ法は,企業会計上の会計処理基準に大幅に介入することなく企業会計上の数値に 基礎を置いて,課税所得の算定を,その趣旨に照らして行うための諸規定を定めている 8)0 3 . ドイツの確定決算主義について 確定決算基準は, ドイツ税法に,法人税の課税所得を商事貸借対照表を基準に算定する原則 として成立したが,この原則は,商事貸借対照表の税務貸借対照表に対する基準性の原則であ る。 この基準性の原則は,それが商法の規範にも所得税法の規定にも矛盾しない限りは納税義 務者の商事貸借対照表における具体的な記載が基準となることを意味しその限りで税務貸借 対照表は商事貸借対照表から導き出された貸借対照表であって,税務貸借対照表の作成に当 たっては,一般に貸借対照表表示選択権と評価選択権が商事貸借対照表上の具体的な記載に 26 ( 1 2 6) 商学研究第 4 8 巻第 2・3号 よって行使されると解されている 。基準性の原則は,こうして承認が自分のために正規の簿記 に関する規定に従って到達した利益は税法上も原則的に基礎であるという納税者側の要求に対 する譲歩という性格も有する 。 1 9 2 5年の所得税法 1 3条は,商法規定によって商業帳簿の記帳を義務づけられている納税義務 者またはそのような義務なしに実際に商業帳簿をつけている納税義務者の場合,課税所得(法 7条 2項 1号 , 1 2条の利益)は,前事業年度末にその税額査定の基礎になった事業用財産を超 える,当該事業年度末の正規の簿記の諸原則 (GoB) によって算定された事業用財産の超過額 である 。1 9 3 4年の所得税法 5条 1項 1段の GoBにはまだ商法上のという形容詞はつけられてお らず,この形容詞は, 1 9 5 5年の同条に始めてつけられた 。 これは,正規の簿記という概念がそ の時々で、別の意味を持ったからである 。 こうして基準性の原則の確立過程では,商法の規定だ けでは必ずしも明確でない秩序を尊ぶ商人の慣習が,次第に商法の GoBに純化していった 。 わ が国の確定決算主義は, GoBを起点とする過程が欠落したままその確立に向かい,この欠落が, 年の法人税法改正(ないしは昭和 42年の法人税法 2 2条 4項の挿入)辺りまで 一般的には昭和 40 続いたと思われる 9)。 EC会社法 4号指令の協議中,逆基準性は,ベルギー,フランス,イタリー,ルクセンブル グでも実施されていたにも拘わらず,これらの国がすでに逆基準性を放棄する用意ができてい たので, ドイツの代表団は完全に孤立した。将来ドイツ連邦共和国だけが逆基準性を有する唯 一の加盟国のように見えたが,その聞に, ECへの 1 2加盟各国の 8の加盟各国(上記の外にギ リシヤ,スペイン,ポルトガル)が逆基準性を継続し,これはまた OECDの2 2加盟国のうち 1 4 カ国で実施されていること,すなわちフィンランド, 日本,ノルウェー,スウェーデン,スイ スおよびトルコがそうである 。 したがって, ECの将来の調和計画の範囲で逆基準性の原則が 新たに危険にさらされるということはなくなったであろう 。EC加盟国ではいまやデンマーク, アイルランド,オランダ,英連邦だけがなお,商事貸借対照表と税務貸借対照表の完全な分離 を表明しているだけであるのに対して, OECD加盟国の大多数が逆基準性を明らかにしている 。 こうして ECの企業課税制度は,商法上のいわゆる GoBと結びつく方向で展開してきている 。 つまり ECにおいては,法体系が,全体として欠けているところがないように個々の法を概念 的に演鐸するいわゆる大陸法的な方向で基準性の原則が追求されており,このような展開は, アメリカなどの場合とは大きく異なっている 10)。 基準性の原則は,それから派生する逆基準性のために,主に経営経済学の視点から厳しい批 判を受けてきたにもかかわらず,現行のドイツ税法でも依然として堅持されている 。 しかも, 逆基準性の包括規定化という一層強化された形をとってである 。では,基準性の原則の役割な いし存在理由はどこにあるのか。基準性の原則の利点として, しばしば納税義務者および税務 行政の双方に対する 二重の保護作用という点と,これらの両当事者に対する経済性ないし簡便 性という点が指摘される 。 この 二重の保護作用とは,基準性の原則は ,納税義務者の側から見 確定決算主義について ( 1 2 7) 2 7 ると,税務上の修正項目が介入しない限り,税務貸借対照表において,商事貸借対照表で表示 されるよりも大きい利益を表示することを強制されないという点で,企業の利益を保護し他 方税務行政(国庫)の側から見ると,納税義務者は,税務貸借対照表において,商事貸借対照 表におけるよりも有利に(小さく)利益を計算することは要求できないという点で,その利益 の保護に資することを意味する 。基準性の原則を支持する根本的な理由は,課税所得と企業利 益は異質的な概念でなく,本質的に同一であるという認識である 。課税の公平という税法の基 本視点からは給付能力に応じた課税が要求されるが,ここにいう給付能力の代替的な測定値た る所得は,経済的に見ると, 一事業年度に実際に獲得された期間利益であり,それは,基本的 には商法上の GoBに従って計算される関係にある 。このような課税所得と企業利益の関係につ いての認識に基づいて, ドイツ税法は,基準性の原則を採用し課税所得の計算を商法の利益 計算(企業利益計算)に基づいているといえる 。二重の保護作用が期待されるのも,その基礎 にこうした認識がある。このように解する限り,企業会計の視点から見ても, GoBに適合した 商法の利益計算が課税所得計算の基礎に採り入れられ,その基準性が認められるという意味か らは,基準性の原則を一概に否定することはできない 。 この点に関して, EC会社法指令の国 内法化のための商法会計規定の全面的改正の際に,ドイツ経営経済学教授連合・会計制度委員会 が発表した意見書「商法会計に関する改正提案 J( 19 7 8年)の中で,基準性の原則の保持ーそ の強化が主張されたことは,注目に値する 。確かに,商事貸借対照表と税務貸借対照表の目的 は部分的に異なるために 基準性の原則は税法上の特別の要請により制限される 。更に,税法 は経済政策的目的から一連の租税優遇措置を許容しているために,課税所得の計算は,現実に は,商法上の利益計算と相当求離していることは認めなければならない。 しかも,税法上のそ のような優遇措置を利用するためには,商事貸借対照表においてもそれと同様の処理(過小評 価)を行うことが要請されるために,秘密積立金の設定をもたらし,年度決算書の開示能力は 著しく成約される 。 よって,基準性の原則を保持するためには,こうした逆基準性のもたらす 弊害を除去ないし回避するための措置が講じられなければならない 。逆基準性を広義に解する と,これに第 1類型(定額償却・逓減償却選択権,製造原価算入選択権,方法選択権,棚卸資産 に関する後入先出法)に関するものと,第 2類型(補助金的租税優遇措置)に関するものがあ るが,このうち特に後者については, GoBに反し年度決算書の開示能力を侵害するために, 商法上の利益計算への介入を拝除することが必要である 。 会計の国際的調和の視点から見ても,第 2類型に関する逆基準性は,財務諸表の開示能力を 歪めるために, EC第 4号指令の趣旨と矛盾し更に今後予期される国際会計基準への対応と いう点でも障害となる ll)o 2 8 ( 12 8) 商学研究第 4 8 巻第 2・3 号 i l l . 確定決算主義に対する各界の意見 1.立法当局の一意見 確定決算主義が大蔵省で昭和 4 9年に議論されたとき,商法2 8 7条の 2の改正で引当金の範囲 が狭くなれば,税法上の引当金はそれにつれて狭くなるから確定決算主義から離れたいという 経団連の税制改正要望があったが,省内ではその存廃について可否同数であったので,やめな かった。平成 4年になって国際会計基準との関係で,資産評価原則が時価主義になって評価益 が計上され課税所得が増えるから,切り離せば課税所得は取得原価主義なのでと,公認会計士 の意見であったが,今世紀に国内基準が改正されない限り影響を受けないので,確定決算主義 は廃止されなかった 12)o 法人税制の統一は,税率の統一と課税ベースの統一の 2つの側面を持っており, どちらも困 難な課題であるが そのうちでも課税ベースの統一の方がはるかに困難であり,それが達成さ れれば,統ーへの最大の障害は除かれると考えてよい 。各国の法人税の課税ベースは,その国 の企業会計原則,法人観,産業政策,政治状況等の相違によって異なる 。そのうち,産業政策 や政治状況の相違は,各国の固有の事情によるものであるから,それに由来する制度の相違を 短期間に解消することは困難である 。 これに対し 企業会計は,合理的思考の支配する分野で あるから,その統一の困難性はより少ない 。そこで,法人税制の統一の試みにおいては,その 第一歩として,企業会計の統ーから始め,それを基礎として,税務会計の統一に進み,その過 程の中で各国の固有の事情による制度の相違の解消に努めるべきである 13)。 2. 税制改正に対する日本公認会計士協会の意見 かつての旧トライアングル体制の下では ともすれば会計が商法や税法の従属的な立場であ り,会計基準の適用が税制によって大きな制約を受けるという逆基準性の弊害なども生じてい たが,新トライアングル体制の下では会計が牽引車になって全体を動かしている 。 新トライアングル体制においては,かつての逆基準性の弊害などが生じることのないように, 税制を組み立てていく必要がある 。そのためには これまでの税制が維持してきた確定決算主 義のあり方をその見直しも含めて弾力的に検討する時期に来ている 。日本公認会計士協会では, 会計と税の専門家としての立場から 企業の会計と会社法や税制の調和を一貫して主張してき た。企業の法人税は,一般に公正妥当と認められる会計処理の基準により計算された期間損益 を基礎に,税法の考え方に基づいて加減算の修正を加えて 算する。その場合に税法が求める加減算の修正は 担税力の指標となる諜税所得を計 課税の公平や客観性などの税法固有の考え 方に基づくものであることは理解できるが,それが大きく企業会計の期間損益計算を歪めるよ うなものであっては問題である 。平成 1 0年度税制改正以降行われてきた各種引当金の縮減廃止 が,会計と税の託離を拡大した問題はまだ解消へと向かつてはいない。 これは,会計と税の託 離による繰延税金資産の問題も,いつまた再燃するか懸念されるところである 。 さらに,減損 確定決算主義について ( 129) 29 処理における税と会計の議離が,企業の事務負担を増加させる実態にも目を向けるべきである。 税法と企業会計との位置づけに関して 以下の事項を要望いたします。 a . 法人税法の改正に当たっては,企業会計の基準を十分に尊重すること b.退職給付引当金を税務上も認めること C. 確定決算主義のあり方を弾力的に検討すること わが国の確定決算主義は,厳格に損金経理を要件とする制度として維持されてきたが,近年 における組織再編税制,連結納税制度など様々な制度改革によって新たな対応を迫られるケー スも出てきている 。今後は,わが国のあるべき法人税制の構築に向け,確定決算主義のあり方 をその見直しも含めて弾力的に検討されたい凶 。 会計基準を適用している企業においては,減損処理,引当金処理,自己株式取引,会社再編 税制(包括否認規定の新適用の可能性)や移転価格税制(相手国との相互協議の申立ての増加) により,申告調整事項が多数発生し それに伴う税効果会計処理とその後の解消処理に正確で 迅速な実務処理が求められる 。 さらに,税務調査も長くなり,訴訟になるなどの事例が発生し ている 。 3.諮問 に対する日本税理士会連合会の答申 近年の企業会計の動向を見ると 急激な経済環境の変化に対応するために様々な会計基準が 制定されているが,その内容は国際会計基準と同調する傾向が 顕著である 。一方,会社法は, 会社の計算に関する事項を定めるに当たり、法務省令である会社計算規則に委任している 。 こ れは,会計基準の制定・改変に機動的に対応するためであり,会社計算規則の内容は,企業会計 のそれと大きく異ならない。 よって 企業会計と法人税法の二者の関係が重要になりつつある 。 法人税法における所得金額の規定は,同法 22条 2項及び 3項の益金及び損金に関する規定を 同条 4項の一般に公正妥当と認められる会計処理の基準が補完する構造となっているが,その 内容を見ると,同法が自己完結的な所得計算規定を有していると見ることはできない。 この点 については ,租税法律主義が課税要件法定主義の見地から,租税立法のあり方として適切でな い。 しかしながら 絶えず流動する社会経済事象を適切に反映することが要請される課税所得 の算定方法について,法人税法が自己完結的な計算規定を設けることは実際問題として不可能 であり,適切に運用されている企業会計の慣行に委ねることが適切な場合が多い 。一方,企業 会計においては,多くの会計基準が制定されつつあるが,それらの内容は必ずしも網羅的であ るとは言えず,確立 した会計慣行が存在しないか,会計処理の方法が明らかでないものが少な くない 。法人税法の所得計算規定と企業会計とは,相互に補完していると見ることができる 。 わが国における企業会計の国際化を国際会計基準及び国際財務報告基準の国内 基準化と見れ ば,法人税法と企業会計の関係から見て,会計基準の動向が国 内法である法人税法に影響し ひいては国内においてのみ活動する法人に対し不必要な制度上 の弊害が生ずる恐れがある 。 中小企業の会計に関する指針の 意義 は,向指針が会社法における 一般に公正妥 当 と認められ 3 0 ( 1 3 0 ) 商学研究第 4 8巻第2・3号 る会計慣行に含まれると解されていること,また,法人税法の公正処理基準の考え方から見て, 同指針が同法における一般に公正妥当と認められる会計処理の基準に該当すると考えられるこ とである 。 したがって,中小企業が同指針に準拠して作成した会計書類は,会社法上適法なも のであるとともに,その計算書類に表示された利益は,法人税法の申告所得を算定する際の基 礎となる利益としても適正なものとなる 。 なお,連結財務諸表と個別財務諸表を分離する制度 が導入された場合には 中小会社においては その作成基準となる中小企業の会計に関する指 針がより重要なものとなる 。 同指針を適用することによって,企業会計の国際化による影響も 回避できることになる 。 確定決算基準に関しては,これを廃止して,いわゆる分離主義に移行すべきであるという意 見がある 。 しかし確定決算基準を廃止した場合には,企業会計とは別に税務計算上の企業利 益を算定する必要が生じ結果として帳簿の作成や決算・申告事務の煩雑化を招くことになり かねない 。 また,分離主義を採用した場合には,法人税法に網羅的かっ自己完結的な計算規定 を設ける必要が生じるなど立法上の問題も惹起される 。企業会計と法人税制が著しく希離した 場合には,確定決算基準は事実上形骸化しその維持が困難になることも予想される 。 したがっ て,将来的には確定決算基準の廃止を検討すべきであるという意見もあるが,現状の企業の実 務を考慮すれば,当面は確定決算基準を維持することが適当である印 。 確定決算基準は記帳または決算の段階で正式の会計処理を要求している 。 したがってそれだ け税務申告に際しての調整の範囲は狭くなる 。これに対して大企業からはもっと規制をゆるめ, できるだけ企業の自主的経理を認めてほしいという要望が出ている 。 し か し 中 小 企 業 で は 経 理担当者の能力が大企業に比べて低いことや,後になって調整する手数を省くため,最初から すべて税法に合わせて会計処理を行う傾向が強い 。確定決算基準は,税務当局にとってはなか なかうまい方式だと思う。ドイツで言う商事貸借対照表の税務貸借対照表に対する基準性の原 則に適合するだけでなく,この基準があるために税務調査の手数を大幅に節約できるからであ る16)0 4 . 経済界の一意見 日本経済団体連合会は,海外市場の重要性が高まったとして方針を転換し 日本で国際基準 を受け入れる素地作りに着手した 。 日本市場で使う会計基準を決める権限を持つ金融庁は一国 の市場に複数の会計基準が存在すれば,投資家を困惑させる 。税務会計に際しても自国基準は 必要との立場である 17jo 社内に国際基準対応の専門組織を持ち,今期から,国際基準の利用をすべての海外子会社に 拡大する他,囲内子会社も国際基準による財務諸表の作成を始める 。 また,経営者が各国の事 業を同じモノサシで評価できるとの利点がある 1810 日本基準がなくなるとは考えていない。非上場企業などが使う可能性があるし上場企業で も税や配当の計算などに必要である 。 国際基準を義務付けた欧州、│でも各国基準が残っている 。 ( 13 1 ) 確定決算主義について 3 1 企業会計基準委員会も日本基準のお守り役として残る。国際基準づくりに参画していく際も, 日本の意見を集約する場が必要である。いっそう強固な組織になるよう産業界も支援する 。欧 州各国は 2 0 0 5年,連結会計に国際基準を採用する一方,単独会計(決算)は自国の会計基準を 残した。日本もその方法にならい,連結会計と単独会計(決算)を分ければ, 日本は連結会計 を国際基準に近づける改正を加速できるうえ,上場企業と未上場企業を切り分けた制度設計が 必要である 19)。 N. まとめ 企業会計は,企業の財政状態や経営成績を適切に開示することを目的としているのに対し, 法人税法は,法人の経済活動から生じた所得金額を算定し公平な課税を行うことを目的とし ている 。 このような相違から見ると,それぞれの計算規定は必然的に差異が生ずる。しかしな がら,企業会計も法人税法も会計という手段を通じて会社(法人)の経済活動の成果(利益) を捉えようとする点では同じである。また,真実性,透明性及び明確性が要請される企業会計 と税務会計は,ともに理念を共有していると見ることもできる 。 このような観点からは,両者 の計算規定には著しい差異がないことが望ましく,企業における会計実務の面から見ても可能 な範囲において共通した計算規定を有することが適当である 。 現行の法人税法は,確定決算基準を採用しており,その実質的な意義は,確定した決算にお いて採用し選択した会計基準が適正な会計基準に従ったものであり,法人税法上も許容できる ものであり限り,税務計算もそれに拘束され,申告調整が認められないことにある。また,確 定決算基準の機能は,財務諸表を単一化すると言う便宜性,減価償却など法人の内部取引の処 理の確認が容易になり,申告調整による課税所得の減額を防止できるという課税の安定性及び 企業利益と課税所得を有機的に結びつけることによる申告の真実性の確保にある 。 よって,企業の健全性を阻害しないためには,損金経理要件の廃止と申告調整方式の拡大が 検討課題となるが,企業会計と法人税制の計算規定を可能な限り一致させることが当面の課題 であると考える 20)。 注 1) 2) 3) 4) 5) 6) 7) 8 ) 成道秀雄『新版税務会計論J中央経済社, 2 0 0 7年 , 松沢智『租税実体法(増補版 H中央経済社, 4ページ。 1 9 8 5年 , 1 1 9ページ。 同書, 1 4 9~ 1 5 2ページ。 長谷川忠一『税務会計入門 十五訂版』同文館, 1 9 8 3年 , 2 2 0~ 2 2 1ページ。 浦野晴夫『確定決算基準会計』税務経理協会, 1 9 9 4年 , 3 1~ 3 4ページ。 同書, 7 0ページ。 r 白須信弘「米国における企業利益と課税所得 J 税務会計研究』第 6号 ( 1 9 9 5年 ) , 1 4ページ。 同書, 2 0ページ。 3 2 ( 13 2 ) 商学研究第 4 8巻第 2・3号 9) 浦野,前掲書, 1 5~ 1 7ページ。 1 0) 同書, 2 8~ 3 0ページ。 1 1) 森川八洲男「ドイツ税法における「基準性の原則 J の意義と問題点 J 税務会計研究J第 6号(19 9 5年 ) , 3 4~ 3 9ページ。 1 2) 吉牟田勲,同書 , 1 4 0~ 1 4 1ページ。 1 3 ) 増田和夫 「税務会計学会 《第 6回研究大会 }J 税務広報j v o l, 4 3no,1 ( 1 9 9 5年 1月) , 9 0ページ。 1 4) I 日本公認会計士協会の意見 ・ 要望書 について」日 ICPAジャーナルl .v o l,1 8 n o,8 ( 20 0 6年 8月 ) , 1 0 4~ 1 0 5, 1 0 8ページ。 1 5 ) 税理士会.1 2 0 0 8年 4月 1 5日 。 1 6) 日本税理士会連合会『企業会計と法人税』税務経理協会, 1 9 9 3年 , 4 0~ 4 1ページ。 1 7) 日本経済新聞. 12 0 0 8年 6月 1 1日(朝刊 。 ) 1 8 ) 同上, 2 0 0 8年 6月 1 2日。 r r r r 1 9 ) 向上,2008年 6月 1 3日 , 7月 9, 1 8日 , 2 0 ) 税理士会. 12 0 0 8年 4月 1 5日。 r 8月 1 3,2 9日 , 9月 1 8日。