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「自ら育つ力」

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「自ら育つ力」
早 稲田校・八丁堀 校特別連 続講演 講 義 録 「自ら育つ力」
2011年9月1日㈭ 13:00 〜 14:30 /於 早稲田大学14号館101教室
18年振り
優勝までの道のり
2011年1月2日、3日に行われた第87
早稲田大学
競走部駅伝監督
回箱根駅伝で、早稲田大学は18年振
りの総合優勝を果たし、出雲全日本
渡辺 康幸
大学選抜 駅伝(以下、出雲駅伝)、全
日本大学駅伝(以下、全日本)と合わ
プロフィール
2004年、早 稲 田大 学 競 走 部 の 駅
伝監督に就任。長らく低迷していた
早 稲田大学競 走部(長距離)を立
て直し、2010年度 学 生 駅 伝3冠を
果たす。
せ、三冠を達成しました。監督として
の指導実績がなかったぼくが、長らく
低迷していた早稲田大学チームを引
き受けてから7年が経ちます。監督就
任当初、ぼくは自分の選手時代のレ
ベルや経験を基に、チームの練習メ
ニューを考え、指導していました。し
がいました。しかし、彼を要しながら
いう決まりはありません。他の区間を
かし、それがなかなか良い成績に結
チームは総合優勝を逃します。なぜで
走って優勝できればそれでいい。野
びつきません。やがて自分と同じ人間
きなかったのか。それは、エースがい
球でも4番打者が4番を打たずに1番、
はいないこと、選手と同じ目線に立っ
ると他の選手がエースを頼ってしまう
2番でもいいじゃないか。はたから見
た指導が重要であることに気づきま
からです。ぼく自身も「竹澤が何とか
ればつまらない方法に見えるかもしれ
した。そのように1年、1年、成功と失敗
してくれる」と彼頼みになっており、だ
ませんが、勝てなければ意味がありま
を繰り返すなかで見えてきたものにつ
から優勝できずに2位止まりだったの
せん。
「エースは不要」。これが監督を
いて、今日はお話ししたいと思います。
です。
7年やってきたぼくの結論です。
箱根駅伝87回の歴史の中で、優勝
箱根駅伝本番1カ月前に期待の新
したチームの区間賞がわずか 一つ
人・志方が、10日前には山上りで期待
だったのは、今回の早稲田大学が初
されていた佐々木が故障で離脱しま
めてでしょう。2位の東洋大学は区間
した。
新聞や各メディアでは、
主力と目
前年度のチームは「エース不要論」
賞を四つも取りましたが、優勝できま
された二人を将棋の「飛車」と「角」
を掲げ、チームの総合力で優勝を目
せんでした。選手の一部が強いだけ
になぞらえ、
「早稲田は“飛車”
“角”
指す「全員駅伝」を目標に大会に挑
では駅伝は勝てないということです。
抜きでもうダメだ」と書き立てました。
みました。エース不要を打ち出したこ
早稲田にはたくさんの良い選手がお
しかし、ぼくは故障者の発生をある程
とには理由があります。ぼくが監督に
り、選手の誰もが「花の2区をやらせ
度予想しており、4年生の高野と猪俣
なって4年目に竹澤という、のちにオリ
てください」と言ってきます。でも、ぼ
を登用します。出雲駅伝と全日本では
ンピック選手となる素晴らしい逸材
くの中ではエースが花の2区を走ると
翌年を見据えて3年生以下でチームを
「エース不要論」
「全員駅伝」を掲げて
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構成したのに対し、箱根駅伝では4年
磨し競争することで個ではなくチーム
く、ほしい有力選手が獲れていなかっ
生の中島、北爪、高野、猪俣の4人を使
が強くなるのです。
たためです。とはいえ、ぼくは推薦枠
いました。
箱根駅伝は他の大会と違っ
て距離が長く、スタミナも必要になり
ます。そこで4年間、合宿や集中練習
など何度も厳しい練習に耐えた4年生
強化のために提示した
五つの条件
をたくさん設ければ良いとは考えてい
ません。スポーツ推薦枠をいくらでも
増やす大学もありますが、早稲田大
学ではそれをしていません。勉強も、
の足が必要でした。
ぼくが監督に就任したとき、チーム
就職活動も、駅伝以外のこともちゃん
はっきりいえば彼らは雑草です。3
は弱い、覇気がない、挨拶がない、OB
とやる。それが早稲田です。箱根駅伝
年生以下に駅伝の名門高校出身のメ
会もうまく機能していない、お金もな
の中継では、テレビの画面に選手の
ンバーが 複数いる中で、彼らは高校
い、築30年の合宿所もぼろぼろ、グラ
学部、学年、出身高校が出ますね。ス
時代に目立った成績は収めていませ
ンドも劣悪な状態という“ないないづ
ポーツ科学部だけじゃない、政 経の
ん。ぼくは彼らを4日前に呼んで、
「お
くし”。当時、早稲田大学では駅伝以
子が、理工の子が走る。だから見てい
まえらは将棋の“歩”だ。歩は普段は
外の多くのスポーツが好成績を収め
る人は面白いんです。
金銀の護衛役で捨て駒だが、相手の
ていて、ぼくは肩身が狭い思いをして
三つ目は参謀、つまりコーチです。
陣地に入って“小金”になったとき、粘
いました。悔しくて全国大学選手権三
早稲田はそれまで山上り(5区)
・山下
り強い働きをする。その役目をおまえ
連覇を達成していたラグビー蹴球部
り(6区)のノウハウがなく、苦手として
たちに果たしてほしい」と伝えました。
の清宮克幸監督に、
どうやって強化し
きました。山の区間では何となく走れ
そして彼らは本当に素晴らしい結果
たのかを尋ねに行きました。清宮さん
そうな選手を使い、あとは平地で強い
を残してくれました。
は、
「どんなに優秀な指導者でも自分
選手が稼げばいいという考え方だっ
チームは現在、一軍のA、二軍のB、
のやりやすい環境を整えなくてはだ
たのです。ところが以前に比べて山上
故障者等のCに分けています。それぞ
めだ。強化の核になるグランドも合宿
りは3kmも長くなり、山下りも復路の
れに適した練習メニューを用意する
所も全てをそろえなくては」とアドバイ
最初の区間として非常に重要。強い
と同時に、AとBの入れ替えを頻繁に
スをくださいました。
チームにするためには、平地だけでな
行い、選手に危機感が生まれるように
ぼくは大学側に五つ条件を提示し
く山のスペシャリストをつくることが
しています。一般入試で入ってきた選
ました。一つ目は合宿所やグランドの
不可欠だと気づきました。しかしぼく
手も3年目で力を付けて大会メンバー
環境整備です。二つ目は選手の推薦
自身も選手時代は山を走った経験が
に入る。その逆もいます。エリートも
入試枠と強化費をくださいとお願い
なく、どう強化すればいいか、どんな
雑草も関係ありません。皆が切磋琢
しました。当時、選手の推薦枠が少な
選手が向くのか全く分かりません。そ
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早 稲田校・八丁堀 校特別連 続講演 講 義 録 「自ら育つ力」
こで福島県で講師をしていた元早稲
田大学の駅伝選手で山の区間を経験
した相楽豊さんに来ていただいたの
です。彼は、選手のさまざまなデータ
を取って、山上りをやるには乳酸が溜
ることができました。
自己成長をもたらす
五つの要素
己管理ができますが、チームの中で、
これができる選手は1%だけです。監
督が24時間見てやることはできない
ので、選手に自己管理方法を教えな
ければいけません。食事量や練習量
まりやすい選手は向かないなど、さま
自己成長を実現するための要素を
の増減、緊張して眠れないときのリ
ざまな適性を調べました。彼がデータ
五つ紹介します。まずは、明確な目標
ラックス方法に加え、故障しないよう
を分析するのを見て、ここまで細かく
を持つことです。監督就任当初、早稲
日常的に体をマッサージして手入れす
やるものなのかと驚き、とても勉強に
田の選手たちが「渡辺さんが来たか
る方法も教えています。
なったのを覚えています。
ら優勝できる」と言いました。4年連続
三つ目の要素は、お手本とするモデ
四つ目はスカウトです。お寿司屋さ
シード落ちのチームが1年で優勝した
ルをつくること。自分よりランクが二
んと同じでチームは仕入れで8割が
い、と。これは無茶な話です。選手一
つくらい上の人が目安です。憧れの人
決まります。
「銅は磨いても金にならな
人一人と面談すると、皆目標だけは高
ができれば、その人に近づこうと努力
い」というのがぼくの持論です。箱根
く、行動が伴っていません。そこで、ま
できますよね。と同時に四つ目はライ
駅伝で1区を走り区間賞を出した大迫
ず各自に手の届く目標を立てさせまし
バルをつくること。自分と力が互角で
は、10年、20年に1度の素晴らしい選
た。最初の目標はシード権獲得。次は
勝ったり負けたりする相手がいること
手です。彼は標高が高く、アップダウン
5,000mを14分20秒台にと、段階的に
で、自分を高められます。
の激しい地形で研鑽を積んだ駅伝の
少しずつレベルを上げていったので
五つ目は陽のオーラです。チーム
名門・佐久長聖高等学校の出身です。
す。1年目、10,000メートルの平均は30
が大所帯になれば、落ち込んだりして
彼は、2011年ユニバーシアード10,000
分18秒。30分というタイムは、今回の
良い雰囲気に陰を落とす選手が出て
メートルで金メダルを取りました。彼
箱根駅伝に出場した最も遅いチーム
きてしまいます。結束のある強いチー
は将来的には世界でも高いレベルで
にも届かないレベルです。そんな状態
ムを作るためには、そういう選手を作
やっていくでしょう。そのような良い
から、7年を掛けて28分台までもって
らないようにし、陽のオーラを保たね
選手が獲得できるか否かはとても大
いきました。
ばなりません。ぼくはメンバー発表の
きな違いです。また、スカウトと同時に
ただ、5,000メートルと10,000メート
時、補欠の選手から発 表し、補欠に
附属高校の強化も行いました。早稲
ルのタイムが良いから駅伝で優勝で
なった理由を伝えます。
「おまえは夏
田大学は他大学に比べて推薦枠が
きるかというとそうでもありません。
合宿のとき十分な練習ができなかっ
少なく、良い選手を好きなだけ獲るこ
記録ばかり追っても駅伝で勝てない
た」とか「最近のタイムが十分ではな
とができません。そこで附属高校であ
チームはたくさんあります。ぼくはまず
い」などその理由を伝えれば本人は
る早稲田実業高等学校の駅伝を強化
タイムより20kmをしっかり走れる練
納得するでしょう。メンバー争いから
し、チームの層を厚くする方法を採り
習をしました。もっとレベルの高い練
外れた選手のフォローをしなければ、
ました。
習メニューをさせたいという気持ちを
負の雰囲気が蔓延し、チームはダメに
五つ目は、OB会の一新です。競走
抑えながら30点、40点の練習をし、そ
なってしまいます。それは駅伝に限っ
部のOBである政治家の河野洋平さ
の代わり0点の日はつくらず、365日や
たことではありませんね。
んに後 援 会の会長になっていただ
る。それを積み重ねて3年目に6位とな
き、役職者を若返らせ、合宿所を新し
りシード権を獲得しました。
くするために必要だった後援会負担
二つ目に自己管理能力。一流の選
分の資金を皆さんの尽力により集め
手は、食事、睡眠、故障のケアなど自
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今の時代に合った
指導を
いのではないでしょうか。監督が歩み
他にもぼくが監督に就任してから、
寄れば、選手の方からも歩み寄ってき
髪の毛は短くなくてはいけない、試合
てくれます。その代わり、ここぞという
に出ない1年生は練習の間中、立って
指導方法とは時代に合わせて変わ
正念場では彼らはやるべきことをきっ
いなければいけないなど、結果につな
るものだとぼくは考えています。ぼく
ちりやります。選手の声に耳を傾け、
がらない古い伝統はすぐ廃止しまし
たちの選手時 代は「やれ」と言われ
少し休めるときは休ませ、頑張りどこ
た。一方で挨拶や合宿所の掃除、ト
たらやるしかなかった。でも今は違い
ろでは集中して頑張る。このメリハリ
イレやグランドの掃除などは残してい
ます。給水しないで練習しろとか、朝
が重要だと思います。
ます。実績が伸び悩んだ時期は、OB
から晩まで暑いなかで練習しろなど
それから、ぼくは自分の選手時代
の方々からそれらの伝統を廃止して
と言えません。手を出すなどもっての
の苦労話や自慢話をできるだけしな
いるからダメなんだとも言われました
ほか。逆に監督が選手に歩み寄るぐ
いようにしています。
「自分のときはど
が、その姿勢を貫き、ぼくたちは勝つ
らいでないと強いチームにはなりませ
うだった」とか「自分は何km走った」
ことができました。
ん。例えば、30km走るとします。選手
というのは、今を生きる彼らにはあま
ぼくの今述べた考えが当たってい
が「そんな気分じゃない。25kmにし
り意味のないことですから。聞かれ
る、正しいとは思っていません。今も
たい」と言えば、
「それじゃあ間をとっ
た時だけ話せばいい。自分の過去を
根性論がなければ強くならないとい
て27kmにしよう」と歩み寄ります。甘
引き合いに出さず、今の彼らを強くす
う監督さんは大勢いて、根性論で結
いと言われるかもしれない。でも、無
るには何をすればいいのかと考えて
果を残しているところも実際にありま
理矢理30km走るという指導はもう古
指導しています。
す。監督として何が正しいということ
はありません。ただ、渡辺康幸という
指導者として、自分の色を出し続けて
いきたい。人の真似をしてチームをつ
くるのではない、他大学の監督の素
晴らしいところは吸収し、それを鵜呑
みにするのではなく再度自分で組み
立てていく。そういう監督としてぼく
はありたいと考えています。
2011年箱根駅伝優勝メンバー
ⓒ早稲田大学競走部
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