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NAOSITE: Nagasaki University's Academic Output SITE Title 租稅の最高原則 Author(s) 松野, 賢吾 Citation 商業と経済, 14(2), pp.43-67; 1934 Issue Date 1934-03-01 URL http://hdl.handle.net/10069/27013 Right This document is downloaded at: 2017-03-28T21:56:55Z http://naosite.lb.nagasaki-u.ac.jp 租 税 の 最 高 原 則 一、租税原則の本質 松 野 賢 吾 財政現象の生成が事嘗上共同需要に存することは一般に認めらるゝ所である。此共同 需要充足手段調達の方法と組織とは経臍生活の組織並に形悪に依りて定まる。封建時代 に於ては生産手段は主として土地に限られ、共同需要の範囲も極めて狭少にして其充足は 大部分王侯の土地収入を以て男された。此時代に於ては貨幣を以てする租税の意義は甚 だ小であったが其重要性は封建主義の須磨と共に槍加し凍り、礪て現代の如き貨幣経済時 代起るや国家の支出も収入も殆んど全く貨幣を以てせらるゝの時代を見るに至り租税の 重要性は著しく檜加した。利潤の刺蚊は著しく経済の管利生活を挑馨し、其生産力を槍加 し密り、専ら私経臍が需要充足に必要なる手段を供するに至ったノ 若し一定の期間 − 例 四三 へば一年1−に到達せらるゝ生産結県を社食的生産と呼ぶ時は、此の祉合的生産は滑壁面 租税の最高原則 商業と魁.湾 回 d 新して個人需要も共同需要も共に営利の組織にる私 印ち私経泊の目指す所の貸借牧盆が雨需要 きれば会経演は私経演に依りて扶養せらる﹄非溺立的なる存在たる って今日の意義に於ける租殺は存在しない。 仮令、会経済の純粋性 が如き事ありとするも、共特殊的牧入調達方 h 之を知る事に依りて 図民は、 回より今日財政阜の取扱へる錯雑せる財政 各々其牧入を図家より分奥せられ、岡家の必要とする必要経費額は深め控除せらる可く、従 費例へば軍備の維持、教育機関の設備其他の文化目的の震に用ふ可きかに存する。 法とは融合せるが故に、財政官取の主たる関心事は枇合的生産の如何なる部分在園家の経 現代会経湾組織をより良く明かにするを得る。・ 的ち、社合主義図家に於ては図家と図民経 正確なる祉合主義図家に於ては公経済は如何に観察せらる﹄か。 法たる汲生的牧入獲得が会経済の重要なる要素である。 が 会 企 業 名 容 職 の 奉 仕 等 に 依 り て 、 稲 E失はる 今や会経糖の任務は其枚入を汲生的方式に依りて獲得するに在る。 0 Nロ窃三去のピコ)ハ詰 1﹀である。 可く、ハイトリッヒの一一一一日葉を借用すれば会経済は別ち﹁従属経済﹂・9 充足の基礎である 経済の活動に依りて充足せらる﹄に至った。 りて壮合的生産の過程に入り来る。 生産、蓄積並に共同需要充足の符に配分せらる﹄所のものである。 図 家 は 租 税 の 方 式 に 依 四 現象は消滅に印するに至るであらう。 印ち、公経済は私経済と相針して共同需要充足な 若し枇合主義図家の夢想を棄て﹄今日の財攻を顧 みる時、公経演の存立は自ら明白となる。 h なる。 印ち租税は共同需要 る任務を以て立ち、是れに必要なる手段は私経済の所得より汲生的に獲得すること 現代園民経演に於ける会経演の存立よりして租税概念を生宇る。 の充足手段にして課税は私経瀦より其充足手段を獲得する特殊方式であるc 各個別経演 の 総 合 と し て の 現 代 図 民 経 済 の 組 織ll個 別 経 演 は 壮 舎 的 生 産 を 供 し 、 社 合 秩 序 は 個 別 経 演に針して枇合的生・底の底分権在賦奥するものであるがーーが此手段獲得を傑件付ける 若し租税の目的たる牧 事となる。ハ註①﹀ 此 の 租 税 の 目 的 は 謂 は 作 品 租 税 の 本 質 的 目 的 と も 総 す 可 く ‘ 需 要 充 足 手 段 獲 得印牧入調淫なる内容の放来は印ち租税概念の否定を意味する。 入調達在以て重心結となさ歩して﹁租税﹂を手段として其他の目的例へば攻治的、街生的目的 そ 法 せ ん と す る が 如 き 事 あ ら ば 1 1 通 常 租 税 の 副 目 的 と 稽 せ ら る ll-精 確 な る 租 税 概 念 の見地より之を見る時は租税の邪道であると云はねばならない。ハ註①﹀ 公経済が私経法より貨常手段を牧得するの事貨が租税原則論の内容をなすのである。 此の手段牧得なる事資ーーー汲生的牧入獲得の事資ーーは市場経演の制度より見る時は異 租税の円以高原則 四 五 商業と経許 種鐙にして市場経済概念を以てしては理解し得られざる所のものである。 四六 従って租税を 又若し此翠訟にして課税構成の理想を表明 以 て 交 換 と 見 る 租 税 皐 説 │ │ 若 し 墜 設 が 事 賓 の 解 明 を 目 的 と す る も の と す れ ばll は 非 異質より立論するものと云はねばならない。 e 其 は 岡 家 や 以て 従って事責の分椋より出穫する租 せんと欲するものならば市場経湾的需要充足則ち給付反針給付に基いて構成せられたる 需要充足を不訟に披張するものと云はねばならないっ 税原則の研究は交換訟とは遠ざかり、所前犠牲説と関聯するものである。 一両能なりとするが'故には非宇して良質に活きが故であり、犠牲設の中にこそ共同首要充足 方式の市場主義に封する反野性が強く現はれてゐるからである。 従って租税原則は正義の問題として観ぜらる﹄を普通とするもの 会経潜に於ける手段調達に蛍りでは如何なる原則に従へば最も公正なるを得るやが租 税原則の問題である。 公正の観念は時代 自由主義、個人主義時 きれば租税原則の問題はや削鴛則ち倫理的観念に近接する寸 τ、 常 套 的 な る 説 明 法 と し て ﹁ 租 税 は 公 正 な ら ざ る 可 か ら 中 ﹂ が 多 く の 文 献 に 繰 返 さ る ﹄ にし 所である。 を兵にするに従ひ、図情を具にするに膝C て同一なるものではない。 賂・来或は現代とは異なれる祉合組織経済組織の資現を目的とする支配的 代の初期に於ては、個人が専制主義より解放せられん事をのみ希ひ長低皮の課税が租税の 正義であった。 乍然一方現代資本主義経済組織の縫績を承認し、而して他方に於て獄立 なる精英一が或は玖治的イデイオロギーを以て政治目的を租税正義なりとして修飾する事 もあるであらう。 蓋し、租税原則の なる経済科阜の成立と共に、粗税正義の問題従って組税原則は倫理的叉は玖治的問題より 経済的問題とせられ﹂正しき租税﹂巻﹁経済的に正しき租税﹂とするに至った。 研究に於ては一方公経済の職能たる牧入調達、他方護展途上に在る現質的図民経済が前提 せらる可く、従って﹁正しき租税﹂は倫理的にのみ解決し得らるゐものに非ざるが故である。 さ れ ば 経 済 理 論 の 最 初 の 組 織 者 た る 室 長 墜 汲 に 於 て は 租 殺 は 純 生 産 Q 5含席目。。の成立す !l図 民 経 済 内 に 於 け る 特 定 生 産 要 素 よ り 手 段 を 取 得 せ ん と す る 主 張l l る所に課するを以て正しきものとなし、此に軍一税としての地租が主張せられたのである。 此墜汲の主張 は経済的に正しき租税を探求せるものと云ふ可く、経済的に観察せる貼に於ては憶に正蛍 只軍一一枕の方式を以て牧入を調達せんとすることが正しく 換昔一目すれば此堕汲の誤謬は給付能力の捕捉方式を訣れる貼に存する。 であると云はねばならない。 ないのみである。 u 前市立充足なる目的と其手段たる租税との存 換苔一目すれば之を浴守するニとに依りて従属経演としての会 組税原則と謂ふは租税徴牧を縫綾的に繰返して行ふが震には如何なる要求を満足すべ きものなりやの間短である。 経演の施行が保障せらる﹄の方法に関する 租税の最高原則 四 七 商業と経涛 四 S 斯くして正しき租税は二個の原則に退く事となる。 而して其最高 一は量的原則(財攻的牧入力)、二は 原則と云ふ以上は多くの原則を可及的少数なる原則に還元したるものでなければならな 務の中に存する公経演の存立の確保を保障するものでなければならない。 在を前提とする時は正しき租税は印ち共同需要充足の確保、従って護展途上に在る図民経 A . 被るものにして、債躍の賀行口公法的関係た某礎として・賀呪ぜらる、事となろo 過去に於げろ租税図家(印門2q・ 租税徴牧は法律に依りて保障が典へられ、公経済は個別経済則租枕債務者に封して租税債植者十いろの法的衣服島 ﹃ H M・同町一応円一岳山口町内戸島5 8ロ仏何回 H Oげ 巾 円m gロ印門g o3ENfwpHGω 。・∞・ 4・ 質的原則(給付能力)是である。︿詑@﹀次に此雨原則の内容に付述べるであらう。 。 ろ 。 租税の主目的と副目的との同時遂行口論理上雨立しない事、並に牧入調達以外の目的た基本目的とすろ時は財政 思外の問題となる事に閲しては井藤教授者﹁財政院中原迎﹂二五二頁乃至二五三頁妻照。 ものとは云へ貨幣所有の剥奪は経済上放埼に行はれてはならない。経済的作用と共に租税徴収の一定保件が顧慮 ゐ満足ぜしむろに存すると共に其内的標準に従び、経済的合理性の質的原則に合致ぜしむろに在ろ。強制品行ぶ 的量的原則は即ち財政的収入性の原別である。ハ町・の zggロ山口・ υ・印・ ω041183問題は課税が外的なろ牧入目的 況は其内零士ろ標準と限界とら有する。公経湾問有の任務は貨幣額た一定皮に達ぜしむろに在ろ。租税徴牧の外 U o円﹃応門局丸山0・ 目 。 ∞ 門2053REEF-HMHr円 ・。REPロロ 国 吋 吋 } 同 巾 O吋 げ 出 口r V同 Cの日仏門戸岳山υ・ 巾 ロ お 円 } 内 ロ ロ 向 。H HA-- 吋 H Nロ 詮 @ H・ ・ ∞ H h ・ ∞ ・ryトマシは日く﹁公経済の特殊なろ職詑よりして租 55roロOBUロ・盟主回昨日付・巴∞・出・同島・ 5ぉ・∞-mSlω 。 ① mgE﹀の初期に於ては此形態は君臣の関係であっ士が呪代法治図家に於ては此形態は納税義務なろ法的服従であ 詰註 ①① 註 ぜられねばならない﹂ハ吋・。ロ52口町 ・ hH P ・O・ω・出。﹀、と。 二、量的原則 邸ち其は私経済の如く剰飴を目的とせ守して、第一次的に経費 従って公経済は現代経済組織に於て覇権を振ふ所の資本家的企業とは針立 公経済は特殊なる需要充足経済であると云ふ事責に基き個別経済より手段在獲得する ものである。 的に現はる﹄ものである。 行政技術的 換一士一目すれば手段調達の組織は図家の定めたる目 決定せられたる経費に針する手段を従属 が決定せられ是に相蛍する牧入が調達せられ、以て均衡を得るを理想とする。 J に云へば務算が経済施行を決定するのである。 組織(出白石川 muwmZB)が 調 達 す る の で あ る d 此の需要の生成が 的印ち職能に依りて活動を始むるものにして、経費が牧入を希ひ、需要が充足せらる﹄事と なる。 公共園鐙たる限り常に需要を生じ是に相蛍する経費の必要が起る 需要充足以外に租税の任務は存しない。 従って此任 共同信要よりして租税は其内容と限界とが奥へられる。 需要が租税 何を原因とするやは攻治的或は法律的問題にして需要存在の事賓が租税原則の構成に於 ける出笈貼となる。 に生気を奥へ、組税を愛芽せしむる。 租税の最高原則 四 九 商業と経済 五O 務を達するに適時国なる要素が租税をして正しき租税たらしむるものと云はねばならない。 固より此に所謂財政原則は可 印ち租税は財政的牧入なる要求を満足せしむるものでなければならない。財政原則司ユロ弘司 円 四 ロ ロ ロ 円。]一 mrop) を最高原則の一とする所以である。 企 oσ一 Ng 間 O 円凶 r z 三号。 査 し 、 租 税 経 済 は 均 衡 終 演(Qo 一 与 問 。 三o g p )な る が 故 で あ る 。 従って理論上位而 及的多くの牧入を獲得すべしとの怠に非宇して、需要を充足する程度の牧入を要求するに 止まる。 官 房 皐 汲il斯 波 に 属 す る 要充足に其立場を見出さざる凡ての目的印ち所謂租税副目的は排撃せらる可きものであ ko-- 十九世紀の後半に於ては園家は正義の綜合者たるの職務を 非、はス E ス 撃 波 が 個 人 主 義 的 立 場 に 於 て 述 ぺ た る ﹁ 個 人 の 鍔の正義﹂の故に非宇して、資に共同生活最高形態としての図家生活の故にであった。 新 る 活動は多大の手段を要求した。 有し、此時代に於ける図家権力は倫理的なるカであった、而して凡ゆる方面に於ける図家の 印ちヲグナ!の原別である。 者に取りて図家需要充足は最高目標であっ に取りて重要と認められし財攻々策 一 臨 的原則は非自由主義的なる図家観並に枇舎観に於て笈展したのである。 共代表的なるは e 此に論及せざる可からざるはワグナ!の租税原別である。 る 事情を背普としてヲグナ!の租税原則が生れ出でたのである。 原京 則む 9、 最 少 徴 税 賓 へ の 努 力 8、 課 税 の 使 宜 性 7、 課 税 の 明 確 性 個行政原則印ち租税制度に於ける論理の原則 6、 課 税 の 平 等 性 5、課税の普一過性(又は一般性) に公正原則印ち公正なる租税配分の原則 4、 課 税 の 作 用 を 顧 慮 す る 正 し き 税 程 の 選 搾 3、 正 し き 税 源 の 選 搾 に図民経済的原則 2、 課 税 の 可 動 性 1、 課 税 の 充 分 性 的之 租枕の最高原則 彼は租税原則を次の如く 五 分 (ー)類 財綜 政合 々す 策る 商業と経済 h 租税法視を以て資本主義枇舎に現 祉合組織の幾化と共に概念は新 ヲグナ i は 例へば枇合政策的租税概念が 結果となり、他国に於て犠牲を平等にせんが鍔に 斯くして普遁性の要求も平等性の要求の鍔 ヲグナーは卒等を犠牲設の内に見出し、租税の奥ふる犠牲は所 に最低生活費の充税に於て中断せらる 得に比例せ・?となし系進税の主張を生じた。 と内察との幾化守生じた。 同様に平等性も亦文化的園家の笈展と共に、而して枇合政策的原則の顧慮に依りて其意義 租税普遍の要求に制限を奥へ、従って普遍の要求と共に最低生活費免税の要求を生じに。 ﹁正義﹂に封し彼の時代に遁蛍なる内容を奥ふる事を求めた。 しき内容を要求し、普一過性と卒等性の概念も亦愛化を来さざるを得なかった。 枇舎生活の正義に封する観念より生じたるものである。 ヲグナ!の租税原則は蛍時の図家観祉合観に関聯して生じたる租税制飢に其基礎を有し、 はる﹄財産並に所得分配の不公正を矯正せんとするのである。 策的構成は租税法規に依りて賢現するものと考へた。 ては枇合政策的原則を強調する。︿註①﹀彼は財の分配に関する理想的ち枇合生活の祉合玖 税諸原則の頂上に立つべきである﹂と述べた。ハ註①﹀然し乍ら、彼は公正原則を惑ぶるに蛍り 高位の原別であるとしハ註①﹀﹁財政々策的原則が凡ての理論的租税諸原則並びに資際的租 彼はナツセの言を引用して﹁閥一家の保持並に図家の目的の港行の鍔の手段調達﹂を以て長 五 は勤努所得たると財産所得たるとに従ひ不平等に課税せざる可からざる事となった。 ヲグナ l は 正 義 の 観 念 を 以 て 歴 史 的 範 時 で あ る と な し 、 租 税 に 於 て も 二 筒 の 正 義 を 並 立 ハイトリッヒも云ふ﹁二個以上の最高 此の一般原理よりして 印ち純財政的正義と枇合政策的正義とを針立し、雨者に封し均等の債値を奥へ J マンは之を評して日ふ﹁正義は一義的に定めらる可きである。 せしめに。 -WO Ji ヲグナ!の二重的租税正義論は維持し難い﹂ハ詰①﹀と 若し課税の枇合政策的目的を以て最高原則とすれば、何等 原則の内にて一の原則が重視せられ、他の原則が、是と衝突する事に依りて生宇る矛盾はヲ グナ l に 於 て も 亦 繰 返 さ れ た 。 是印ち貸常手段の調達なる租税 反之、若し財政々策的原則(充分の原則)が具躍的園家経費(枇舎政策 の経費の存せざる場合も亦課税が行はれねばならない。 の主目的の否認である。 蓋し此の目的の賓現は既に﹁充分﹂の要求の中 的目的)に役立つのみなら宇、主として公経涜・の成立に封する必須要件たる事を表現する時 は枇合政策的目的を稀揚するは不要である。 に包含せらる﹄からである﹂︿註①﹀と。グルロツフも云ふ﹁若し園家が図民所得並に図民財産 の分配に針する強制干渉を租税の枇合政策的職能として認むるとせば、園家は甲より奪取 o 租税の最高原則 五 査し、斯る所得均衡並に財産均衡は財攻需要の調達とは関係なきものである。 新る財 して乙に提供すること﹄なるべく、斯くする場合には其呉正なる名目を明かにすぺきであ る 商業と経湾 h 只此に承認せられ得るは 然し乍ら其は恐ら 斯くて租税徴牧並に租税賦課は岡民所得並に図民財産 否、盗品ろ之を一般に常に行ふものである。 ものと云はねばな 若し租税を以て斯る任務を行はしむ h 只会経済は是に要する経費を計上し、然る後此経費の支排の震に租税徴牧 国 よ り 祉 舎 攻 策 ll例 へ ば 失 業 救 務 、 貧 民 救 助 の 如 き ー ー も 共 同 需 要 と し て 認 め を得る。 従って所得並に財産均衡は租税の目的とする所に非宇して さればクヰ l ず!も亦日く ﹁組税行政に依りて閤家は私人の経減制服態に動揺を奥ふる事少きは其他の行政と同様であ 図家の牧人調達の結果生じたる謂はゾ偶渡的現象たるのみ。 を得ざるに至るものである。 を鍔すを以て要素とする事既述の如く、此の課税に蛍りて図民所得並に財産を顧慮せぎる らる らない。 る事ありとすれば租税の本質には知られざる不蛍の任務を課せらる りとする所論は今や一般に認められざる所である。 本質的職能叉は主目的たるものではない﹂八詑⑦﹀と。買に租税の主目的を以て祉合政策に在 くは渓矧せられ中、而かも不可避的なる結果として現はる﹄に過ぎぎるものにして、租税の の分配に影響告及除し得る。 接的作用を有し得る事是である。 租 税 は 祉 合 攻 策 的 副 目 的!l 是 は 多 少 偶 然 的 な る 随 件 現 象 に 過 ぎ な い 1 ー の 港 行 な る 間 な る がllに も 蛍 ら ざ る の み な ら 示 、 財 攻 皐 の 範 国 外 に 開 局 す る 。 産 秩 序 へ の 干 渉 は 従 来 の 租 税 事 資 郎 ち 歴 史 的 後 展 ll是 が 凡 て の 理 論 の 基 礎 と な る も の 五 四 る 図家は私人の経済朕態在歴史的に奥へられたる枇合構成として隼敬を排ふものであ 図家は所得並に財産の不平等に均衡を奥へる鍔に租税の賦課を鍔すのではなく、寧ろ 守、其結果、所得と財産との不平等が表面に現はる h のである。﹂︿註①﹀と。 マンの論難するが如く、︿詑①﹀ 例 へ ば 如 何 な る 標 準 に 従 っ て 所 得 形 夏に賢際上の遁用なる見地より之を見る時は、愈々ワグナ!の見解は租税配分の規範と して役立つを得ない。 成と財産形成とが修正せらるべきか、財産剥奪は可及的漸進的に行ふべきか、或は一時的に 急激に行はるべきか、或は叉財産の成立方法如何を問は示、均等に財産の大小によりて課税 新種の論難は既に十九世紀の中葉ミルが課税の するは係りに形式主義に偏せざるか、勤勉と節倹とゆ倍以て産をなせる人と相綾財産の浪費 者と課税上均等なる地位に泣くべきか。 枇合政策的職能に関して加へたる所にして.彼は財政的正義の中に不持所得並に不労財産 O の制限の考を包合せしめたのである。︿註⑪) 此 貼 ミ ル の 所 論 を 優 れ り と 云 は な け れ ば な ら 、 ・ mrh Tt u 之を要する共同需要従って公経演の経費に其立場を見出さ作品る凡ての租税は排撃せら 五五 る可きである。 然 し 乍 ら 、 夫 れ 故 に 特 別 に 租 税 制 限 の 原 則 を 要 す る と 云 ふ の で は な い 。 租税の最高原則 ゴ 主 、 ' - 其図民に要求する所の給付を計量するに際し人的使値の等級あるに注意を梯はざるを得 る 商,業と経済 玉大 同需要は公共闇胆胞の活動に於て成長するものなるが故に、是に併ひて充足手段の調達郎ち 皆忌去の止 O 租 税 牧 入 を 増 大 す る を 要 す る 。 震 に ﹁ 需 要 縫 絞 は 手 段 の 縫 績 を 要 求 す ﹂QERZS マ 蓋し.図民経済事情にして繁栄を見ぎれば個別経済の扱抗が大となるからである。 ZRrr包民間げの枠仏日富山門件。])ハ註⑪﹀ 共 同 需 要 の 増 大 と 共 に 手 段 調 達 上 の 困 難 は 増 加 す る で あ 円四ゆえ り 、 フ 。 F きればとて此場合に遁用すべき原則を濁立なる原則として構成するの要を見ない。 郎ち共同需要の培大は租税種類並 課税は無制限且継続的なる税源を目標とすべきである。 制限の原則は財政々策的原則に解消すべき筈である。 註@ 註① E P H∞cc・m-m。串・ 包 mmmロ加のrpp・ぬ吋色・∞ 町 一E5 ﹀-者"間口2 山 ーも亦 AWU きれば財政々策的原則は租税 k r ω4G枇 くおコぬ円山知・ P・O 政 策 的 原 則 品 以 て 課 税 の 第 一 義 と す ろ はw y rナーのみに止まらないo ア シ ドν ・J ・ ∞ H y rナ lに 迩 似 す ろ 所 論 た な し て お ろ 。 只w y rナ 1 に於ては所得並に財・涯の平等品以て枇合政策と考へ、 20 kr-d m・ ♂間口耳目 p・p - 0 ・ 叶 ω・ω。 註① -P4.P 悶 ロ ゆ 円 HP・P-0・ 註① 徴税費への努力と云ふが如、雪原則も亦秒間一然財攻的原則に匂合せらるべきものである。 制度の合理的管理の問題であり、技術的完全性の問題である。︿註@﹀従ってワグナ!の最少 出 と 均 衡 を 得 に な ら ば!l 其 限 り じ 於 て 其 租 税 は 正 し い 。 新 く し て 租 税 牧 入 が 共 同 需 要 に 追 随 す る を 得 た な ら ば il換 品 一 目 す れ ば 牧 入 が 笠 ま る ﹄ 支 に税額の培大となって現はれる。 租 税 S $Sゐ ~v 剥(;語令官~~若宮、 ffi、~将?~帯、 tμ 令chJま'V P 必令(I',R""トヘ zι- ;::.ーピヰ主 γ?言令官誌を芸..JJ m~~<4 同 4三時;起争 誌:止 ~m~ 純綿 4三時!弘義'V P -Rぬ OB ゅ巴ベ r~v G'嬰鹿巴;起~:g回~-k iヰヤぬ o mJQ議'V...J v~ 嬰穏己話料開 p 4 号 令 ( 10 ~~ピ早急 v;語宅2 立製穏 ffi、Ëi~~~~-.Ji"者 Q ffi,~~さ'V-.J v ~rモ程 P 必点。刊£と箆穏ffi,~..JJ-.J v E:'~怒立 v " "怠 (W.Andreae;B a n s t e i n ez ue i n e rn n i v e r s aI is t i s c h e nS t e n e r l e h r e .1 9 2 7 . 拭五福竜::J Q m:t~己記判Ç'êl1 τ? 己主 VQ ,合同寺El P -R時。窓'V ~p ペ時世立題提 Q;起宅:J~ m:t~'.Rt:~但 Q c r: g~-.J 認..!..J Qmr~ 吃省己紹国ヤ令(I ""?QP -R時。 J 1~詰主制締ピヰミ VI>>~""?QP 必時..JJキ::W -.J v ,Q t ( lO Þ<ü1 'vf~ 窓口持出吋嬰穏ピ法 S .2 5 . )~。巴-.J V 者ピ良府福竜2宰m:t~..JJt!.;!â制時時..JJ 1 > >ベ悲業主ぎ時純綿己主 V1 > >ベピ掠10-. JV""濯や Q~ 民 (0・ rdnungd e rG e s e l l s c h a f t ) 持ぬ 倶 (Andreae;a .a .O .S . 28) I J O 11-八J ~~密~( ~ぬ ""?Q~子守Q',R話己記怒鳴~Ç' V~~さ窓越巴iZ 箆込;起{E;;吉田幸己中部ヤt(I:p.黒崎J~~佐ピ隅品約時J<,主黒市 4処置ピ岳-::;-.s-伶 '(~JP -R点。J 1 7 2⑤ K.Malln;DieGerechtigkeiti nd e rB e s t e n e r u n g ;F e s t g a b ef u rGeorgvonS c h a h z .I I .1 9 2 8 .S .1 3 5 . 1 8 8 9 .S .248) ~O 長1 > >~r当11Æ~芸1â~料判宰己出'Vt!. lQ~* l!!S~~~鎧ャ "~P 必t(l J く G. Cohn;Systemd e r~inanzwissenschaft. ,Schumpeter,¥Viescr,1914) a r b e i t e tvonBucher eF.¥Vieser;TheoriedergesellschaftlichenWirtschaft.S.425(GrnndrissderSozialukonomik,1.Abteilung. be- ¥V. Ge r 1o f f ;S t e u e r w i r t s c h a f t s l e h r e , ; Handbnchd e rF i n a n z w i s s巴n s c h a f t .B .1 .1 9 2 6 .S .4 4 3 . 桔⑤ P .H e i d r i c h ;a .a .O.S .44-45. 。 問 担 J .S .1 1i l 1 ;P r i n c i p l c s a o fPoJ it i c a lEconomy.w i t hsomeo ft b e i rAppJ i c a t i o n st oS o c i a lP h i l o s o p l l Y .BookV.Cb 括⑤ K.Maun;a .a .O.S . 136 ; 出 ⑤ .A s h le " ye d i t i o n1915 p .806-810. l~!...: 相当(島県立割程己実 v t!.益者~m:t ~Q 長ゐ隠昔話伝言~~当主也君 I I .Ss 同誌 Q r:~活路冨 中 間 商業主経済 J 五八 々排撃し士。ミルは既に彼の時代に於て羽はれ大ろ﹁図家は租税与財産不平等の総和に封すろ手段として利用す ぺし﹂との要請に反封L士。只彼は此引に闘しペジタムの立見に賛して相続税に闘して譲歩ぜあのみであろ。 h P A S﹀ - 印∞ CG ( し ﹁ ・ ∞ ・ 回 目 己 H55-v・ ・d 0 o ・P・O ・ 勺 司H h 巾 ・ ・出。広三のrun-nw c・m・ 4 4・ユ ・ HV ρイ ト リybは日ふ﹁租税の合理的取扱の研究に存在すあ営潟は俄低範固に腐すろ理想に関係するのではない。 ∞1 4 0 ∞ ・ 4 ﹀ と 此の場合に於げろ営鋳は技術論であろ 0﹂ハ句・固め正門町のど υ-P・0・ 三、質的原則 hや は人の窓 h共 同 需 要 と 、 図 民 経 済 の 此流入を活動せしめ之を継続的に保 租税に依りて充足せらる 此過程は白働的なるものではない。 思に放任せられたる問題である。 課税に依る図家牧入の獲得は市場に於ける牧入獲得ではない。 買でもない。 課税なる見地より之を見る時は公経演は従属経済にして図家に存する強制 於ける財叉は其他の給付の購入ではなく、叉個別経演の側に於ける財叉は其他の給付の販 課税過程は図家の側に 存在と在要件として、如何にして需要充足組織が経務上合理的に構成せらる 持することは人的意思の問題である。 るものである。 需要充足組織たる租税は個別経溌より公経済への財の流入並に其流入の継続を確保す 註@ 註 @ カが公終演をして強制的従属経済たらしめてゐる。 此の従属経清則も扶養せらる h経 済 は個別経踏則も扶養する経済と宿命的なる関聯を有するものにして公経済の牧入力の培 減は個別経済の経済的盛衰と相伴ふ。︿註①﹀個別経演は枇合目的生産の一部に封し常に譲奥 を要求せられ、個別経済の経済的成功又は不成功は直ちに公経演の牧入に現はれる。 夫の個人と枇舎とを以て相閥的観念なりとする哲率的乃至祉舎撃的考察 ば公経済の牧入増加の放を以て図民経済は撹飢せらる可きではなく、常に培養促進を計ら さ 需要の充足を鍔し得る J h 手段在徴牧することに在る u 公経演の 印も公経法 斯くしてのみ共同需要の培大に併行して個別 私経済は牧入強制力を有せ歩従って需要充足 然るに公経済は強制力を有するが鍔に手段の獲得に於て其限界 手段は自己の所得と所有との範固に限定せられ、市場に於ては債絡を支梯ひ得る者のみが 公経済に於ては自制的機構が侠加する。 経溌よりの財の絃続的流入が可能となる。 の手段徴牧は経済的でなければならない。 強制力は無限なるを得歩、図民経済上の可能に於て限界の存するものである。 特質は公経済が個別経演の給付能力そ顧慮しつ も 経 済 撃 的 に 還 元 す れ ば 公 経 漬 か 従 属 経 済 で あ る と の 事 賓 と な る 0︿ 註 ① ) 此 の 従 属 組 織 の る可きである。 れ 漠然たるのみなら歩、私経演に於けるが如く箭要充足に於て債絡の自動調節機構を有せ守、 租税の最高原則 九 五 商業 ξ 経済 大O 例へば図防手段、俸染病務防手段ほ債格を支梯ひ得る能力ある者のみに施す可きではない。 きれば公経済に於ては其需要充足に蛍りて自動的制限に代ふるに意識的制限を必要とす 3 グツト 従って給付 若し此概念が兵鐙的なる る 0︿ 詰 ① ﹀ 自 動 的 調 節 機 構 の 存 在 せ ざ る が 傍 に 牧 入 調 達 に 於 け る 原 則 の 必 要 を 生 守 る 。 原則こそ印ち給付能力の原別である 給付能力なる概念は倫理的概念たる公正の概念に近似する。 個別経演に遁用せられたる時は会経済の徴牧原則として働らくものである。 能力は私経済の寄奥能力の表現たる具鰻的なる経済事質を意味するは疑がない。 印ち、雨者は相互に聯絡ある観念で 若し何人かゾ自由なる市場に於て支梯ひをなす マンは経済的給付能力と租税給付能力とを区別する。 はあるが完全に合致するものではない。 蓋し、経潜的能力は彼の全所有の物的構成に従ひて奥へらと﹄ものなる 事が経湾的に可能なりとするも其が直ちに租税納付なる特殊的支抑の引受能力を意味す るものではない。 hも の 租税給付能力は彼の必要とする需要の充足の後に命自由に底分し得 べき所有が決定せられたる場合にのみ経済的給付能力の範園内に於て算定せらる 見るものではない。 前者は後者よりも稀皮き意義を有し、後者への前提傑件たるものなるも雨者は常に一致を に、租税給付能力は彼の所有財の一部を特定なる反針給付無くして支抑ひ得る能力である。 此 である。ハ註@﹀されば他の事情同一なりとすれば経済的給付能力大なる時は租税給付能力 亦大となるの理である。 然し雨設共に事賓の認識を誤ってゐる。 限界利用設は課税を以て限界利用の考慮の下に行は 租税理論に於て所調利盆設は園家給付の債値と園家給付に封して輿へらる﹄貨常額と の均衡に其標準を見出さんとしに。 る可きものとなし利盆設の所論に修正を奥へた。 何となれば公経済と私経演との聞には自由なる交換の成立するものに非ざるが故である。 さ 例 私経済よりの手段徴牧に際し顧慮せらる可き原則は市場経演の理論よりは生じない。 れば給付能力遮騒なる観念は犠牲卒等なる観念と同一義に解せらる﹄を普通とする。 印ち卒均慾堅守持った卒均人に世在日する時は犠牧の原則と給付能力に蕗宇る課 へばノ 4 マ ン は 給 付 能 力 の 概 念 に 封 し て 具 鐙 的 内 容 を 奥 ふ る 銭 に 之 を 犠 牲 設 に 依 り て 設 明しに。 税の原則とは同一に蹄若し給付能力の原則は犠牲卒等の原則を倹って始めて確定的の形 従って果進税は必宇しも 態を得るとなすのである。ハ註①﹀ 此 の 観 念 を 組 税 に 披 張 す る 時 は 呆 進 税 の 主 張 ー ! 特 に 凡 て の 経 演 単 位 に 共 通 な る 所 得 に 於 て iー を 結 果 す る の で あ る 。 攻策的技術的根撲のみより生じたるものと見るを得ない。 給付能力なる見地よりして比 J 例 税 乎 、 泉 準 一 税 乎 の 問 題 が 著 し く 大 な る 債 値 を 坐 ホ ること﹄なる。 租税の最高原則 ..L. ノ、 らない。 私経済の問に於ても時に此原則に従って代債の定めらる﹄事が稀ではない。 h ものである。 事多かる可く、其他電気事業に於て同一施設を以て燈光と動力とや提供す h きれば﹁給付能力に従ふ所の租税徴牧は私経 !l 特 に 代 表 的 租 税 た る 所 得 税 に 於 て │ │ 大 で あ る 。 h に反し、公経湾に於て 図的に観察せらる﹄傾向あるに反し、租税に於ては給付能力が個人的に観察せらる h 傾向 る結に於て差異の存するのみなら争、私経波間に於ては同一の給付能力を有する人々が集 は背後に強制力を有するが故に特定なる外的行銭叉は事資を基礎として強制的に課徴す る斯程商品の購入、斯程合合への加入は全ゃ自由意思に放任せらる 務上の経験を公経演に応用するに過ぎない。﹂ハ註①﹀と論宇る者もある。 只 私 経 湾 問 に 於 け 能力の原則に基く牧入の獲得に他ならない。 人士に高き給付能力を想像して高き舎費を負搭せしむる或程の合合に於けるが如き給付 る場合、燈光需要者に針し動力利用者よりも多くの牧入を期待して徴牧するが如、雪、一部の 基準とせらる 例へば交通企業に於ける各等級の賃銀の計算は費用に基くよりも寧ろ利用者の経済力を 需要者の経湾カを根撲として徴牧せらるる相場合に於ては此原則の用ひらる ち需要者の受くる所の給付に封する補償が其給付に要したる費用に基きて計算せられ守、 f ! i 1 きればとて給付能力の原則は常に必宇しも租税徴牧に特有なる原則なりと解してはな 商業と経抑制 ・ /、 ー主4 ハイトリツヒは云ふ﹁財的記 犠牲均等なる観念は所得課税の主観化の震に大なる貢献をなせるものにして個人的事 情の顧慮は疑も無く給付能力の特質を表明するものである。 披そ以てしてゾはあるが人格の内に給付能力は現はる﹄ものである。﹂(註①)と。 従 っ て 同 此の個人的なる 郎ち重農鼠一・汲は給付能力を最軍純に於て見、 一の経済事情も経済主健を異にするに従ひ給付能力の程度を異にする。 給付能力を誤解せるは夫の重農撃汲である。 震に給付能力は重 牧盆は自然的獲得氾程たる土地に於てのみ生宇るものと考へたるが故に土地皐税論の主 張守生。是が久しく個人的人絡的なる給付能力理解の妨害となった。 農思汲の解したるが如き客観的なるものではなく個人的人格と課税との聯結鈷である。 郎ち給付能力怯一園民の倫理的、地理的、歴史的、教育的事情に依存する事が大である。 従って経済事貨を基礎とする給付能力も幾多の経済外の要素に依りて制限巻受くる事と なる。 放に一般に非文化園に於ては文化図とは異なる租税制度を採用しなければならない。 令富の程度よりすれば大なる牧入を獲得し得る可能性ありとするも非文化図に於ては経 租税の最高原則 占 ハ コ 図家の側より之を観れば給付能力の原則は印ち課税の限界の問題となる、充足手段を共 階級税を以てせざる可からざる場合があり得るであらう。 湾外の理由よりして文化図に於けるが加き進歩せる所得税制度を施行する在得宇、人類税、 俄 商業と経済 ム ハ 四 同需要と個人需要とに分割充蛍するに蛍りての標準を明かにするもの印ち給付能カの原 別である。ハ註①﹀ li特 に 歴 史 的 に 之 を 観 れ ば │ │ 給 付 能 力 の 叉彼の正しき税源の選持、正しき税程の選揮と云ふが如き原則 ワグナ!の所謂卒等性と並日一過性の要求は 顧慮の旗張と云ふを得る。 もグツトマンの云へるが如く﹁給付能力が漸時複雑化するの過程を示し租税の一般的なる ものより特殊的なるものへ導くの原則に過ぎない。﹂︿註①) 以上越ぶる所に依りて明かなるが如く外的原則とも稀す可き財政牧入の原則と内的原 則とも稀す可き給付能力の原則とは相携へて以て租税の最高原則守層却すのである。 課税に蛍りて必要な B 大鐙に 租税制度の良否も此等雨原則に合致せるや否やに依りて定まる 然らば右に述べたる量的原則と質的原則と衝突する場合何れを重しとするや。 せられねばならない。 所得の量並びに種類其他の事情を異にするとは云へ、結局は此等雨原則の顧慮に於て・課税 る要求は結局は此雨原則に蹄著すべきものである。︿註⑪﹀具鰹的なる図民経湾は俄令人口 則は唇歯輔車の関係に在りて、共に公経済の縫績的存立を確保する。 雨 原 思ふに此問題は蛍該政府の能率の良否或は蛍時の具睦 於て普遍主義者は前者を重しとし、個人主義者は後者を重しとする傾向あるは其把持する 主義より自ら生宇る結論である。 的 事 情 に 依 り て 比 較 的 重 要 な る も の を 選 び て 優 位 を 奥 ふ る の 他 な き も の で あ ら うο スミスも云ふ二切の遁 故に和蘭共和 図が生活必需品に課税するは策の得たるものでは無いにしても、其課税は該図の賢明を疑 徴牧を要するならば亦不遁蛍なる課税物件にも課税しなければならない。 山首なる課税物件を残り無く汲み査したる後と雄、若し命ほ依然関家緊急にして夏に新税の の給付能力を犠牲に供せざる可からざる場合を生守るであらう。 所得の大なる部分を徴牧するも差支なかる可く、叉或は園家緊急の場合に於ては幾分図民 の能率大なる場合は給付能力原則、申告多少傷付くるも命財政牧入の原則を重要視して園民 政 府 司 ・ 同 町 命 日 仏 門 戸 のy ∞ ・ ∞ 一 戸 hH・P-0・ ロ ω・ω up ・p - 0 ・ MG・∞・忠・ 当.・同czouE55三田国巾ロ出岳民丹・ 5 同-OEEP ロ ロ 土方博士者﹁財政阜の基礎概念﹂二三O 乃至三一二瓦妻照 租税の最高原則 Q ム ハ 五 r E ω ∞・∞E ω ﹀と。 REEロN乏 円E 円r 々2 2 5門同町 OE て資本主義其者の結果であろ﹂ハ出・一﹃ゅのZuJ 円 B仏 z y bトは一宮ふ﹁従来其本質島誤解して人々の考へ土ろが如く租税図家は資本主義と並立する経済組織に非ずし ひ非難すべき性質のものでは無いであらう﹂ハ註⑪﹀と。 註① 註註 ①① 註 @ ① 商業と経済 大大 a p w }ごロ・ 可・出 ・ ∞ 。 ・ P ・O-∞ 註① 給付能力在課税の原則として観る時は土方博士が給付詑力た定義して﹁個人の購買力中個人的に支出すろよりも -同sroup-P・0・印・認 註① d 註① 之島政府の管理に移して強制的侭値移轄の過程に委すろ事が社合生活の理想より凡て一一貯遁営であると観念ぜら 山 口 同OEguロロ hp-P・O ω・ AF れ士ろ部分であろ﹂︿土方博士、前掲書二三四頁﹀とぜられ土ろは遠見であろし 勺 o者 ゆ と F o内出色。ロ mu 出ocwぐ ・∞宮山岳山吋r ・2 40PES=ハkp 45HH・目立・口﹀と説明 ︿﹃同町田宮丘町 ナンが﹁スミスの四原則島原本とし、呪代経験に於げろ要求在附加ぜろもの﹂ハ阿・のき g三何855刊の守口g 円r z・5ωH﹀スタシプの所設は多くの文献に引用ぜられておろが、キヤ 丘一oロ吉吾作 Ffzo同居。弘司ロロ20Fg 勺g 一Ea-20﹃吋自・ mgg? 吋宮町SEESEP 位又は生涯皐位としての祉合の見地より租税原則品分砕するo Q・ の英闘文献に於て鰭承ぜらろ﹄所であろ。例へばスタンプは=一個の見地即ち納税者の見地、岡家の見地、経湾単 すろものにし丈、是則ち給付能力の原則に外ならない。スミスの原則は 9カルド、ミル、ヂヨシヌ、スタンプ等 OEgzpi 使宜、経済の原則は晋人の所謂財政的原則に色合ぜらろぺく、公正の原則は之島 ES52qg 旬 。 回 目 ロ)FEMME- の古典として年宝ぜられ、妹に政治家の賀際政策に及ぼし士ろ影響少なから?と稽ぜられておろ。彼の所謂確定、 。E g - 一問。。ロogu二 H∞∞∞匂ロュ・.︿ H-MJ1H・ BG) と云つ士。然し乍らスミスの原則は租税原則 ︿ ﹀-J4.PFRn旬 匂- 護見すろであらう。最初にして最も有名なろ此の原則も破壊ぜらろ弘事無くしては一瞥すろ在得ないであらう。﹂ 飴りにも有名であろ o ウ す 1カーはスミスの原則恥評して﹁入者し此の原則在閲見すろ時は其が粉々平凡なる守 引用ぜらろ﹄はアダム、スミスの四原則である、彼が租税原則た公正、確定、便宜、経済の四仰の原則に分類ぜろは V J rナ 1の掲げれろ九個の原則が結局此岡原則に師荒すぺ吾、﹄とに閲しては既に述べ士。其他多くの財政事舎に 註註 ⑪① 註⑪ 思出・ M M凶 V ンy jフ す ン 、 ス タ イ ン は 岡 氏 経 済 的 原 則 と し て 三 個 り 原 則 833ζ 評ぜ.ろは遁評であ‘ろと一宮はねぽならない。 ・ HHU 前財政阜史上異色めろと郁ぜらあ﹄財政阜者ロ w租税が決して資本島侵害ぜざる、、と、例租税日所得税、れれるべきこと、 m ら説いてねるo 即m w租 税 は 所 待 た し て 資 Fω ・ 本 形 成 力 た 失 は し め ざ る 程 度 な る こ と ハ ド22NS口密命日口一戸各手口岳円回目白ES5582gr・58・口ωElgu﹀ 是 で あ る 。 彼 は 資 本 所 得 並 に 資 本 形 成 の 三 島 以 て 経 済 の 基 本 概 念 な り と な し 、 是 等 の 内 一 の 鹿 葉 ぜ ら 六七 の所論に就きては稲田博士追憶記念 あ ﹄ 所 に は 経 済 は 破 壊 ぜ ら あ ﹄ と し て 三 原 則 守 立 てko 此 の 三 原 則 も 、 要 す る に 財 政 的 原 則 と 給 付 能 力 原 則 に 縮 -タぜられ得ろであらう。 krmERr--げ広n r p H︼・ロ・宮字国 - D E H︿・街ナグセ、ウムプフヱシパ y ρ 論文集﹁経済串研究﹂所紋井聡致授論文﹁租税原則論の諸問題﹂一二乃至ニ二頁参照。 租税の最高原則