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行動ファイナンス

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行動ファイナンス
Financial seminar
ユーロマネー&早稲田大学ファイナンス研究科
金融ゼミナール
行動ファイナンス
(Behavioral finance)
の後者の疑念はさらに2つの研究分野に
く市民権を得ます。
投資家などカリスマ的存在による評価が
効率的市場仮説を前提とした伝統的資産
発展します。
その後の行動ファイナンスの研究現場
与えられると、市場の評価が引きずられ
形成理論では“想定外”の相場現象や価
その第1は、参加者による合理的行動
は、市場参加者など現場のニーズを反映
る事態を指します。そのリード役がつま
格形成過程が説明できます。さらに、コ
を妨げる制度や構造的障害が存在する
しながら、人間の非合理性も含めた投
ずくと市場の流れが一気に逆流する現象
ンピューターの発達は、膨大な量のシミ
からアノマリーが発生するというもので、
資行動の心理学的解釈が試みられていま
が象徴的です。
ュレーション分析や実験を容易にしたた
す。現段階では、理論の整備・体系化よ
仮説cの「類型化」は一種の群集心理
め、実際の運用戦略へ活かすことも夢で
りも行動心理学などを応用する新しい仮
です。サブプライム危機が顕在化したと
はなくなりました。
説の提示のほうが盛んです。
き「証券化商品」というだけで、サブプラ
実際に運用会社などでは、人間の非合
(表1)は、行動ファイナンスの興味
イム問題に直接関係ない類似商品まで売
理な行動現象を探して投資戦略に活用す
「マーケットマイクロストラクチャー」研
市場のリード役がつまずいた直後の相場暴落、
「証券化商品」の世界的ブームと突然の終
えん…。従来の資産価格形成理論では、投資家は理想的な合理性をもった行動主体であ
ると見なされてきたが、現実の証券市場では合理的な行動の結果とは言い難い相場現象
究と呼ばれます。
人間の投資行動は「限定合理性」
が頻繁に見られる。そのような証券市場のアノマリー(変則現象)を説明する手法として
第2は、そもそも人間の投資行動は、
深い多くの仮説のうち、イメージしやす
られたことは記憶に新しいところです。
る動きがあります。
注目を集めているのが「行動ファイナンス」である。
資産形成理論が想定する「理想的な合
いものの一部を紹介しています。仮説a
また、
「プロスペクト理論」は、伝統
現時点の行動ファイナンスは「後付け」
理性」には従っていないと考えるもので
の「ヒューリスティック(経験則)によ
的な期待効用理論では説明できない行
の理論であり、CAPMなどのように数
す。人間はコンピューターではないので、
るバイアス」で触れている「思いつきに
動、例えば投資家がなぜ損切りしようと
値化して表現することができないという
たくさんの情報から関係ある要素を瞬時
くい事象に対してはリスク管理を怠りや
しないのかなどを説明します。
意見があります。行動ファイナンスはま
経済学の資産価格形成理論の歩みを振
に抽出して正しく処理することはできな
すい」などは、一般的な投資行動として
り返ると、初期段階としては、抽象度は
い。できるだけ少ない努力で結論を求め
だれもが理解しやすいのではないでしょ
実務でのさらなる応用に期待
高いものの簡単明快な理論モデルが確立
るなど、人間は限られた範囲内で最善の
うか。仮説bの「後光効果」とは、著名
行動ファイナンスの仮説を用いると、
されました。しかし、その後、実務での
結果に近づこうとする、つまり「限定的
具体化・応用化の過程でその不十分性が
な合理性」に従うと置き換えるべきとの
認識されるようになります。
見解です。
ハリー・M・マーコウィッツは1959
さらにここでは、
「限定合理性」で得
年に著した「ポートフォリオ選択理論」
られた結果が経済学でいう「最適」では
早稲田大学大学院
ファイナンス研究科教授
大村 敬一
先生
PROFILE .おおむら・けいいち
1972 年慶應義塾大学商学部卒業、1981 年
「アノマリー」をどう説明するか
仮説 a ヒューリスティックによるバイアス
で、ポートフォリオを作って複数の資産
ないとしても、プレーヤーである人間は
に分散投資すれば、特定銘柄に投資した
それを合理的な結果として受け入れると
いと推論しがちである。言い換えると、思いつきにくい事象に対して
儲かっているときにはリスク回避的になり、反対に、
場合よりリスクを減らせることを示しま
しています。このような考え方に基づい
はリスク管理を怠りやすい。暴落相場を経験したことのない投資家は、
損失が発しているときはリスク愛好的になる。自分の
した。
て、ファイナンスの意思決定問題を研究
市場崩壊リスクを軽く見る傾向がある。米国では 1987 年 10 月のブラ
投資判断が失敗であることを認めたくないため、
「損
ウィリアム・F・シャープはこの考
する分野を「行動ファイナンス」と呼び
ックマンデー以降、株価の大暴落がなかった。政府、民間とも当時の
切り」しようとしない。このように同一の投資主体で
えを発展させ、
「資本資産評価モデル
ます。
も、収益のプラス領域とマイナス領域では、正反対の
っかけにした金融危機は、政策担当者が市場崩壊リスクを甘く見たの
行動を「最適」
と判断する。このリスク感応度の変化は、
同大学院経済学研究科博士課程単位修了。
経済学博士。法政大学経済学部教授、早
は、その投資のβ値(ベータ:市場変動
主体である人間の取り扱い方にありま
稲田大学商学部教授などを経て本研究科
に対する投資感応度)に比例していると
す。前者の理論では個人を含む投資家は、
仮説 b 後光効果:
「カリスマ」の行動に市場が引きずられる
する理論です。2人はともに1990年にノ
きわめて合理的な投資主体とみなされて
カリスマ的存在による評価が与えられると、市場の評価が引きずら
ーベル経済学賞を受賞しています。
いたのです。
れることがある。有名ヘッジファンドが市場のリード役を果たし、そ
スターンスクールの各客員研究員、内閣府
効率的市場仮説を前提とした資産形成
87年10月のブラックマンデー以降の売
れに機関投資家が追随し、さらに個人投資家が追う状態がしばしば見
官房審議官を務める。著書に『株式市場の
理論は急速に広がり、市場の効率性も受
買制度改革機運のもとで、マーケットマ
られる。後続の投資家は先を行く投資家の行動を参考に自分の判断
け入れられました。しかし、80年代に
イクロストラクチャーへの注目度は高ま
を付加するので、当該投資家の私的情報の比率は末端ほど低下する。
入ると、実際のリターンを説明できない
ります。90年代に入ると、行動心理学者
実証結果が提示され始め、それらは「ア
など経済学以外の専門家が関わるなどし
ノマリー(変則現象)
」と呼ばれました。
て行動ファイナンスも広がっていきます。
化賞受賞。共著。日本経済新聞社)など。
その後、アノマリーをめぐる問題意識
32
では?
一定額以上の損失を出すと起死回生の賭けに出る投資
家の失敗例と合致する。
効用(満足度)
収益がプラスの領域
●プロスペクト理論の評価関
数は、
「収益がプラス」よ
りも「収益がマイナス」の
領域のほうがカーブの傾斜
は急である
利益の感応度は徐々に
低くなる=無難にポジシ
ョンを確定しようとする
このような場合、市場では買いが買いを、売りが売りを招くことがある。
相対的な損失
相対的な利益
仮説 c 類型化:周囲に自分を合わせ、自らの行動を正当化する
は2つの方向に発展します。一つは、
「資
02年のノーベル賞受賞で市民権
周囲の投資家が買う(売る)から、よくわからないけれども、自分
産形成モデルによるリスク評価が不十分
行動ファイナンスは、市場の価格決定
も買う(売る)行動。サブプライム危機が顕在化したときは、
「証券化
だから」との見解です。これは主とし
メカニズムを理論的に把握しようとする
て伝統的資産形成理論の擁護者から提起
本道から逸らす“ノイズ”に過ぎないと
された既存理論の修正拡張路線といえま
批判されることもありましたが、2002
す。もう一つは市場の効率性を前提とす
年に行動経済学者のダニエル・カーネマ
ることに問題があるとするものです。こ
ンがノーベル経済学賞を受賞し、ようや
EUROMONEY Japanese Edition Spring 2009
プロスペクトとは「見込み」という意味。投資家は
リーダーは引退した。20 08 年 9 月のリーマン・ブラザーズ破たんをき
行動ファイナンスの大きな違いは、投資
マイクロストラクチャー』
(日本経済図書文
損失が発生している局面ではリスク愛好的になる
人間は思い浮かべやすい、実例が多い事象ほど、発生する確率が高
CAPMなどの伝統的資産形成理論と、
大学ビジネススクール、ニューヨーク大学
ょう。
プロスペクト理論
た。完全競争市場では、投資の期待収益
ッツ工科大学スローンスクール、ミシガン
が広がることでさらに進化することでし
■表1 行動ファイナンスの仮説例
(CAPM。キャップエム)
」を提示しまし
教授(初代研究科長)。この間、
マサチューセ
だ発展途上の学問であり、実務での採用
商品」というだけで、サブプライム問題に直接関係のない類似商品も
損失が増加しても失
望の増加は小さい=
リスク愛好的になる
=利益(損失)に
対する感応度
売られた。類型化は事象間のほか、時間についても発生する。1987
年 10 月のブラックマンデーの際は、関係者の間で 192 9 年の大暴落が
連想され、投資家の狼狽売りを加速したとの指摘がある。
収益がマイナスの領域
EUROMONEY Japanese Edition Spring 2009
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