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f rom NTTデータ 企業価値向上を実現する知識資産経営 ICTの役割がインフラ整備から企業変革の段階へと進み,人々の創意工夫でさまざまな事業がサービス化する中で,知識基盤 経済が急速に進展しています.一方で,労働力減少時代に社会・企業が持続可能な成長発展を遂げるためには,今後ますます人 材・知識・ICTを融合したシステムを築くことが求められています.ここでは,現在NTTデータ技術開発本部システム科学研究 所が取り組んでいる知識資産経営の研究について紹介します. (WorkStyle & WorkPlace)に分けられ,併せて,③持続 知識資産経営研究:その定義と範囲 可能な知識創造社会のあり方について,検討を行っていま す (2) (図1) .ここでは①,②について紹介します. ■イノベーションを実現する知識資産経営 システム科学研究所では,知識資産を,「組織内に存在す るすべての知識・情報(形式知,暗黙知,経験・ノウハウ 知識経営(KM: Knowledge Management)は情報 を含む)」「社員のケイパビリティ(活力・スキル,ICT活用 システムへの過大な期待によってもたらされた幻滅期 能力)」,そしてこれらを育むための経営システム,つまり (Disillusionment)の段階から教訓を学び,現在は,啓発 (3) 「経営・組織構造,人的資源管理,業務プロセス,non-ICT 期(Enlightenment)の段階にあるといわれています (ファシリティ,場を含む),ICTインフラ・ツール」と定義 そして,個人の想いや個人が獲得した知識・ノウハウを組 しています.そして,これら知識資産を活用し,イノベー 織資産として蓄積・活用し,あるいは流出を抑止して,い ションを起こしながら企業価値向上を実現した経営を知識 かに,企業パフォーマンスに結びつけるかに,関心が移り 資産経営 *, (1) . (4) , (5) ととらえています.企業は,知識基盤経済の 始めており ,我々もこれに着目しています. 大きな担い手として複雑な環境変化を先取り,あるいは適 システム科学研究所が米国NTT DATA AgilNet L.L.C. 応しながら知識資産経営を実現することによって,豊かな と実施した米国動向調査によると,KM成功企業は, 社会づくりに貢献していく,という視点で研究を行ってい ①「個人」に内在する固有の知識や経験にフォーカスして ます. いること,②暗黙知から形式知への転換施策を業務プロセ プロジェクトは,大きく①イノベーションを実現する知 スに取り込んでいること,③能力開発・学習施策と強く連 識資産経営,②知識創造環境としてのWS&WP 携していること,が大きな特徴となっています.また,これ * 本稿の知識資産経営における知識資産は,参考文献(1)の知的資産と同義. らの企業はポータルや検索ツール等ICTの高度化を進めてい 知識資産経営 の実現 企業価値の向上 イノベーションを実現する 知識資産経営 社員のケイパビリティ ・活力・スキル ・ICT活用能力 知識基盤経済の進展 ・サービス産業化 ・知識集約型業務の増加 ・ICTの普及・高度化 知識・情報 ・経験・ノウハウ ・暗黙知・形式知 経営システム ・経営・組織構造 ・人的資源管理 場) ・non-ICT(ファシリティ, ・ICTインフラ・ツール 企業文化 図1 システム科学研究所の取り組み 22 NTT技術ジャーナル 2008.4 知識創造環境としての WS&WP 持続可能な知識創造社会の あり方 ますが,ICTよりもnon-ICT,つまり直接の対面コミュニ 移転後の検証を実施しました.例えば,移転前の問題点と ケーションを丁寧に組み込んだナレッジ獲得,コラボレー しては,「情報が断絶している」,「よそのグループが何を ションの実践を重点的に行っています.個人の意識や態度 やっているか分からない」「もっと刺激がほしい」等があり を起点に,それを育む組織文化,ビジョン共有が組織の成 ました. 果を高める,という強い信念があるようです. そして,一連の検討をベースに「着想」「共創」「出現」 図2は成功事例や測定尺度の事例分析を踏まえて作成し 「体感」という,『アイデアのライフサイクル』というコン た,「イノベーションの受容性に着目したKM発展段階仮説」 セプトを作成し,フロアレイアウトに反映させました(図 です. 3).その結果,自由な発想が湧き出る異質な空間(ラウン レイヤは,「KM-Readiness」「KM-Outcomes」の2 ジ),立ち話空間や壁に個人の思いついたアイデアを気軽に つに分かれ,イノベーションに対する受容性が段階的に高 書くことができる廊下(イノベーション・コリドー),外か まることによって,企業価値向上に結びついていくことを ら打合せの雰囲気や様子を見ることができるオープンな会 (6) .今後は2007年末に実施した「日本企 議空間(コ・クリエイション・エリア),発散したアイデア 業の知識経営動向調査」をベースに,企業の経営パフォー をまとめていく個空間(居室,実験室,窓際のシンキン マンスとの実証分析を行っていく予定です. グ・スペース)等で,事業部やお客さまへのプレゼンテー ■知識創造環境としてのWS&WP ションに活用し,R&Dの成果を体感していただく空間 仮定しています システム科学研究所では,フィールド研究として,NTT (ショールーム)も設置しています. データにおける「知識創造活動を支援するR&D組織のオ 「日本企業の知識経営動向調査」によると,R&D組織 フィス」「コラボレーションを活性化させるフリーアドレス に限らず,全社規模で「コミュニケーションやコラボレー オフィス」「企業変革とワーク・ライフ・バランスを実現す ションを行う空間」を保有する企業は約7割,これを重視 るテレワーク」の取り組みを行っています. している企業も6割強にのぼっており,他の空間に対する (1) 知識創造を支援するR&D組織のオフィス ニーズと比べて圧倒的に高くなっています.知識やアイデ NTTデータ技術開発本部では,2006年豊洲へのオフィ アの創発を支援し,人と人とのコミュニケーションやコラ ス移転に際し,R&D組織にとっての理想のワークプレイ ボレーションの活性化をどのように組織の創造性,生産性 スに関する検討を行いました.有志のワーキンググループ につなげるか.技術開発本部では継続して,技術の活用や およびタスクフォースで,現状・問題点を洗い出し,目指 運用面の検証を行い,さらに進化するWS&WPを目指して すべきオフィスコンセプトを模索しました.システム科学 (7) いきます . 研究所は,移転前と移転後の実態調査を担当し,コンセプ トやオフィスレイアウトの立案や確認に役立てるとともに, アイデアのライフサイクル「着想・共創・出現・体感」を実感できるオフィス ①着想エリア:インサイト 絶え間ない イノベーションに よる企業価値の向上 KM -Outcomes 問題解決に向けての 「型・スタイル」の構築 1. ラウンジ (自由な発想が湧き出る異質な空間) 2. スタンド (ホワイトボード付き立ち話空間) 3. イノベーション・コリドー (情報が集まって, 人と出会う廊下) ②共創エリア:コ・クリエイション 4. コ・クリエイション・エリア (皆でアイデアを練り込んで いく協働作業空間) アイデアのライフサイクル 問題解決 (欲求) KM-Readiness (狭義) 問題共有(欲求) 問題提起(欲求) 成功イメージ (ゴールと プロセス)の共有 問題意識の共有と 課題化 相互尊重・支援 役割遂行(欲求) 所属(欲求) 規範の成立 個人の意識成熟度 個人・組織のインタラクション度 ④体感エリア:リアクション 8. ショールーム (R&D成果の体感空間) 9. 会議室 ③出現エリア:アウトプット 5. 居室 6. 実験室 7. シンキング・スペース (個人が集中して作業をする 空間) ステップ全体の「見える化」を目指す 出典:参考文献(6)より作成 図2 イノベーションの受容性に着目したKM発展段階仮説 図3 技術開発本部のオフィスコンセプト NTT技術ジャーナル 2008.4 23 f rom NTTデータ (2) コラボレーションを活性化させるフリーアドレスオ められるでしょう(図4). (3) 企業変革とワーク・ライフ・バランスを実現するテ フィス NTTデータのビジネスソリューション事業本部,ネット レワークの取り組み ワークソリューションBU(前ネットワークインテグレー 政府のIT戦略本部は2007年4月に「IT新改革戦略政策 ションSU)では,2005年に新しいワークスタイルを実現 パッケージ」,5月に「テレワーク人口倍増アクションプラ する次世代オフィスを開設しました.目指すべきオフィス ン」を発表しました.ワーク・ライフ・バランスや再チャ としては, 「いつでもどこでも気軽に打合せができる」 「働く レンジを実現するため,「e-Japan戦略Ⅱ」で設定した 場所や時間の壁を取り払う」「セキュリティ対策」「ドキュ 2010年にテレワーカーを就業人口の20%にするという目 メント作成の自動化・省力化と迅速な参照」「ID管理や物品 標値に向けて,改めて実施方策や工程表を提示しています. 管理,会議室予約等の共通業務の省力化」「組織変更や必要 テレワークには,①少子高齢化や人口集中の緩和等の社 なリソースの確保が柔軟に可能」があり,「空間」「IT」「運 会環境変化への対応,②企業変革,③ワーク・ライフ・バ 用」の3つの視点でオフィスを考えるものです.システム ランスの向上,④交通混雑の緩和,環境負荷軽減,防災性 科学研究所が実施したオフィス移行前と移行後の調査によ の向上等社会全体への効果,⑤地域経済の活性化,等5つ ると,オフィス環境が変わることにより,働く人の意識や, の効果があるといわれています.そして,現在注目されて 仕事の進め方,そしてマネジメントスタイルも変化してき いるのが企業変革とワーク・ライフ・バランス向上への効 ていることが分かっています. (8) 果です . 図4は調査から得られたフリーアドレスの効果です.大 NTTデータでは,2006年に掲げたグループビジョン, きく,①連携の容易化,フレキシビリティの増加,②コミュ OUR VISIONを実現するための1つの施策として,社員の ニケーションの促進,③知恵の出現・共有が進化,④マネ 有志で組織した新・行動改革のワーキンググループがテレ ジメント革新,⑤情報管理の進化,が挙げられています. ワークを提案し,2006年7月から全社施策としてテレワー 一方,課題としては,プロジェクトメンバの所在を確認す ク・トライアルをスタートさせました.当社のテレワーク るのにとまどうことや,ICTと紙における情報管理の適正化 は,「女性だけでなく,すべての社員が活き活きと働けるた が必要であることが挙げられました.個人が自律・自己管 めのワーク・ライフ・バランスへの取り組み」です.シス 理的なワークスタイルに移行し,ICT環境の高度化が進む中 テム科学研究所は,テレワーク実施の状況を,本人だけで で,今後,ワークプレイスもより一層,複数組織,多地点 なく,上司,同僚等多面的な分析を行うことによって,本 連携に適合した ICTとnon-ICTを結び,つなげる施策が求 格導入に向けた検証を行いました.「通勤に関する肉体的・ <具体例> 効果1:連携の容易化 フレキシビリティの増加 効果2:コミュニケーションの 促進 効果3:知恵の出現・共有が進化 効果4:マネジメント革新 効果5:情報管理の進化 ・他プロジェクトとの連携が進む ・フットワークが軽くなる ・場所を変えて仕事をすることができる ・プロジェクト体制づくりが簡単 ①ボトムアップ発の施策 ②セキュリティ面に最大限配慮 ・ (一部)意思決定のスピードが速くなる ・他チームとのコミュニケーションが増える ・知恵の出し合いが進む ・アイデアが活発に湧き出ている ・アイデアが他グループから得やすくなる ・そばに座っている人からひらめきを受ける ・上司・部下のよりよいコミュニケーション・ 信頼醸成が実現 ・管理職どうしのコミュニケーションが増加 ・整理整頓が進む ・ペーパーレス化が進む ・ICTによる情報共有が進む ③社内全部門でトライアル ④ 実施日は月8日 ⑤ 規定,ルールの変更は 必要最小限 社員有志の自発的・ボランティアな提案により スタート.トップの承認を得,社内関係部署で全 面的に協力 当社事業の生命線.具体的な脅威を1つひとつ 洗い出し対応→紙の全面禁止,会社貸与のシン クライアントPCの使用および運用ルールの徹底 全役員に説明.育児・介護等両立支援だけでな く,要件を満たした全社員対象 テレワークトライアルの月5日を8日まで拡張 で業種ごとの対応可能業務を洗い出し,目安と して設定 極力既存の枠組みを変えずにスピード感を重視 トライアルで検証 出典:NTTデータシステム科学研究所調査(2005-2006)より作成 図4 フリーアドレスの効果 24 NTT技術ジャーナル 2008.4 図5 NTTデータのテレワークの特徴 ・一般社会 ・業界 シンポジウム・フォーラム T 異業種交流会 公開イベント -IC 図書館 社外 n no サロン サテライトオフィス テレワーク ・顧客企業 インキュベーションオフィス ・パートナー企業 ブログ,社内SNS 電子会議室 ・他組織 社内 ・組織内 T ・チーム内 IC 会議室 タバコ部屋 自席周りのコミュニケーション 思いついたらその場で打合せ 偶発的 計画的 図6 これからの知識資産経営:つながり力を高める 精神的負担が少ない」 (実施者の98.7%) , 「家族とのコミュ ニケーションが取りやすい」(同66.2%)といった効果を 実感しているほか,「仕事の生産性・業務効率」について 59.7%,「仕事の創造性」について40.3%が向上している と回答しています.そして,今後とも「実施したい」と回 答した人は94.8%にものぼっています. 1年以上のトライアル期間を終え,トライアルで課題と なっていた勤務パターンのバリエーションのいくつかの改 善を踏まえ2008年2月より,テレワークの本格制度化に よる運用を開始しています. 図5がNTTデータのテレワークの特徴です.テレワーク をめぐる環境としてはWeb2.0の展開やNGN等さらに高度 化が進み,組織や個人の関係やワークスタイルも変化して いきます.システム科学研究所では,今後も行動改革への 社内の取り組みを支援するとともに,引き続き官民で重層 的・集中的に行われているテレワーク推進活動への参加や 政策提言活動を行っていきます. これからの知識資産経営:つながり力を 高める 層重要になってきます(図6). システム科学研究所はこれらの視点を大切にしながら, 人材・組織・ICTの融合のあり方を検討していきます. ■参考文献 (1) 産業構造審議会:“新成長政策部会経営・知的資産小委員会中間報告書,” 2005.8. (2) NTTデータシステム科学研究所:“特集:知識創造社会を描く∼知識を 創造し,持続可能な社会へ,”コンセンサスコミュニティ,Vol.20,pp.49,2008.2. (3) http://www.cnam-iim.org/article.php3?id_article=405 (4) 野中・紺野:“知識経営のすすめ―ナレッジマネジメントとその時代,” ちくま新書,1999. (5) 紺野:“ダイナミック知識資産―不完全性からの創造,”白桃書房,2007. (6) 小豆川・神戸・田中:“企業価値向上に向けたKMに関する一考察,”経 営情報学会2007年春季全国研究大会予稿集,2007. (7) 神戸・桑田・本橋・小豆川・箱守:“シンクライアント環境を用いた次 世代ワークスタイルとワークプレイス,”情処学論,Vol.49. No.1, pp.116-129,2008. (8) 日本テレワーク協会:“テレワーク白書2007,”2007. ◆問い合わせ先 NTTデータ 技術開発本部 システム科学研究所 TEL 050-5546-2302 FAX 03-3532-7776 E-mail [email protected] 企業が持続的に成長し,発展を遂げるためには今後組織 力を一層,高めることが必要です.そして「個人の力」を いかに「つなぐ」かが求められてきます. 知識創造環境として,社内から社外への空間の連続性を どのようにデザインするか,また,人と人との出会いを, 偶発的,計画的にどのように設計するか,さらにICTと non-ICTをいかにシームレスにつないでいくか,が今後一 NTT技術ジャーナル 2008.4 25