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学習メモ
第五十一回・第五十二回 説話
宇治拾遺物語
今物語
学習のポイント
■宇治拾遺物語 ~亀を買ひて放つ事~
①宇治拾遺物語について
②子が亀を買い取った理由について
③報恩談について
■今物語り ~降れや雨~
①今物語について
②女房が「心得」たことについて
③「降れや雨…」の歌の表現技法と歌にこめられた心情について
理解を深めるために
へんさん
平安時代末ごろから鎌倉時代にかけて説話集のブームがあったようで、いくつ
もの説話集が編纂されています。王朝への思慕から、過去の貴族社会に取材した
説話もあれば、新しい勢力への関心から、庶民や地方社会に話材を求めた説話も
あります。ただ、新興勢力である武士に関する説話は軍記物語に吸収されたのか、
あまり見られません。また仏教の革新ことに浄土信仰(死後、極楽浄土に往生す
ることを願う信仰。平安後期から盛んになった)の流行に伴って、仏の霊験や高
僧の逸話(エピソード)などを語る仏教説話も好まれました。今回の『宇治拾遺
物語』と『今物語』はどちらも比較的仏教色が薄く「世俗説話集」に分類されます。
* * * 『宇治拾遺物語』は鎌倉時代初期の成立で、編者は未詳です。
貴 族 社 会・ 仏 教 界 だ け で な く 民 間 に 伝 え ら れ た も の も 含 め 多 彩 な 説 話 が
百九十七編収められています。その中には『今昔物語集』をはじめほかの説話集
と重なるものも多いのですが、その語り方に『宇治拾遺物語』の編者独自の見方、
考え方が示されています。この作品の特徴は、研究者やファンの読者あるいは作
家などによってさまざまに語られていますが、最大の魅力は、そこに描かれてい
る人間の姿にあると言ってよいでしょう。
今回は、「亀の恩返し」
と言ってよさそうな、亀を助けた人物の話を読みます。「浦
島太郎」と似て非なる、ちょっと不思議な世界を味わってください。
* * * 第 五 十 二 回 で 取 り 上 げ る『 今 物 語 』 も 鎌 倉 時 代 前 半 の 成 立 で す。 編 者 は 藤 原
信実という人であると考えられています。 平 安 後 期 以 後 の 比 較 的 新 し い 説 話 が
講師
古典
五十三編収められています。滑稽な内容の話もありますが、話題としては和歌、
連歌や恋愛に関する貴族の男女のものが多く、彼らの風雅な言動を「やさし」と
評する章段が中心になっています。今回読む「降れや雨」という話もその一つです。
「やさし」は優美な上品さを表す形容詞ですから、そこを中心に読むようにしま
しょう。
− 142 −
荻原万紀子
第 51・52 回
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ラジオ学習メモ
宇治拾遺物語
亀を買ひて放つ事
てんぢく
講師・荻原万紀子 かた
昔、天竺の人、宝を買はんために、銭五十貫を子に持たせてやる。大
はた
きなる川の端を行くに、舟に乗りたる人あり。舟の方を見やれば、舟よ
り亀、首を差し出だしたり。銭持ちたる人立ち止まりて、その亀をば、
「何の料ぞ。
」と問へば、
「殺して物にせんずる。
」と言ふ。
「その亀買は
ん。
」と言へば、この舟の人いはく、
「いみじき大切のことありて、まう
けたる亀なれば、いみじき値なりとも、売るまじき」よしを言へば、な
ほあながちに、
手をすりて、
この五十貫の銭にて亀を買ひ取りて、
放ちつ。
心に思ふやう、親の、宝買ひに隣の国へやりつる銭を、亀にかへてや
みぬれば、親、いかに腹立ち給はんずらん。さりとてまた、親のもとへ
行かであるべきにあらねば、親のもとへ帰り行くに、道に人会ひて言ふ
した
やう、
「ここに亀売りつる人は、この下の渡りにて、舟うち返して死ぬ。」
となん語るを聞きて、親の家に帰り行きて、銭は亀にかへつるよし語ら
んと思ふほどに、
親の言ふやう、「何とてこの銭をば返しおこせたるぞ。
」
と問へば、子の言ふ、
「さることなし。その銭にては、しかしか亀にか
へて許しつれば、そのよしを申さんとて参りつるなり。」と言へば、親
の言ふやう、
「黒き衣着たる人、同じやうなるが五人、おのおの十貫づ
− 143 −
つ持ちて来たりつる。これ、そなり。
」とて見せければ、この銭いまだ
古典
濡れながらあり。
第 51・52 回
はや、買ひて放しつる亀の、その銭、川に落ち入るを見て、取り持ち
て親のもとに子の帰らぬ先にやりけるなり。
*本文は『新日本古典文学大系』によった。
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ラジオ学習メモ
【口語訳】
亀を買ひて放つ事
昔、天竺〔インド〕の人が、貴重な品を買うために、銭五十貫を子に持たせて
行かせた。大きな川の傍らを行くと、舟に乗っている人がいる。舟のほうに目を
やると。舟から亀が、首を突き出していた。銭を持っている人が立ち止まって、
その亀を、
「何に使うものか。
」と尋ねると、
(舟に乗っている人は)
「殺して何か
に使おうと思う。
」と言う。
「その亀を買おう。
」と言うと、
この舟の人が言うには、
「非常に大事なことがあって、用意した亀なので、たいへん高い値段であっても、
売るつもりはない」ということを言うので、
なおも無理やりに、手を合わせて(懇
(子が)心中に思うには、
親が、
貴重な品を買いに隣の国へ(自分を)つかわした、
願して)
、この五十貫の銭で亀を買い取って、逃がしてやった。
その銭を、亀に換えて使ってしまったので、親はどんなにお腹立ちになるだろう。
かといってまた、
親の所へ戻って行かないわけにいかないので、親のところへ帰っ
て行くと、途中で人に出会って(その人が)言うには、
「あなたに亀を売った人は、
この下流の渡し場で、舟がひっくり返って死んでしまった。」と語ったのを聞い
て、親の家に帰り着いて、銭は亀と交換してしまったことを話そうと思うときに、
親が言うには、
「どうしてこの銭を返してよこしたのか。
」と尋ねるので、子ども
は言うには、
「そんなことはない。その銭では、かくかくしかじかで亀と取り換
えて放してやったので、
その事情を申し上げようと思って参ったのだ。
」と言うと、
親が言うには、「黒い衣服を着た人で、
同じような姿の人が五人、それぞれ(銭を)
十貫ずつ持って来たよ。これが、その銭だ。
」と言って見せたところ、この銭は
まだ濡れたままである。
− 144 −
実は、買い取って逃がしてやった亀が、その銭が、川に落ち入るのを見て、拾
古典
い取って、親の所に子が帰らないうちに届けたのである。
(学習メモ執筆・荻原万紀子)
第 51・52 回
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ラジオ学習メモ
今物語
降れや雨
講師・荻原万紀子 大納言なりける人、日ごろ心を尽くされける女房のもとにおはして、
物語などせられけるが、よに思ふやうならで、明けゆく空もなほ心もと
ずいじん
なかりければ、
あからさまのやうにて立ち出でて、随身に心を合はせて、
こ よい
「いましばしありて、
『まことや、今宵は内裏の番にて候ふものを。も
しおぼしめし忘れてや。
』とおとなへ。
」と教へて、内へ入りぬ。
そのままにしばしありて、こちなげに、随身いさめ申しければ、「さ
ることあり。今夜はげに心後れしにけり。
」とて、とりあへず急ぎ出で
んとせられけるけしきを見て、この女房心得て、やがていと恨めしげな
るに、折節雨のはらはらと降りたりければ、
降れや雨雲の通ひ路見えぬまで心そらなる人やとまると
− 145 −
優なるけしきにて、わざとならずうち出でたりけるに、この大納言、
古典
何かのことはなくて、その夜とまりにけり。のちまでも絶えず訪れられ
第 51・52 回
けるは、いとやさしくこそ。
ご とくだいじの さ だいじん
かく申すは、後徳大寺左大臣と聞こえし人のこととかや。
*本文は『講談社学術文庫』によった。
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ラジオ学習メモ
【口語訳】
降れや雨
大納言であった人が、ふだんから思いを寄せていらっしゃった女房のところに
いらっしゃって、話などなさっていたが、
(二人の気持ちがかみあわなくて)全
く期待外れで、空は明けていくがそれでもやはりじれったくて(もう帰りたいと
思って)
、
(大納言は)ほんのちょっとといった(何気ない)様子で(女房の部屋
から)外に出て、随身と口裏を合わせて、
「もう少ししたら、『ああそうでした、
今夜は宮中の宿直でございましたのに。もしかしてお忘れなのでは。
』と声をか
そのとおりにしばらくして、ぶしつけな感じで、随身がご注進申し上げたとこ
けよ。
」と教えて、中に入った。
ろ、(大納言は)
「そうだった。今夜は本当にうっかりしてしまったよ。」と言って、
即座に急いで出て行こうとなさった様子を見て、この女房は(口実をもうけて出
て行こうとするのだと)理解して、そのままたいそう恨めしそうなそぶりを見せ
降れや雨……雨よ、降れ、雲の通い路を閉ざし、宮中に出仕する道が見えなく
たが、ちょうどそのとき雨がぱらぱらと降ってきたので、
なるまで。
(そうしたら、帰りたくて)心がうわの空のあの人がとどまってくれ
るかもしれないから。
優美な様子で、さりげなく(この歌を)口ずさんだので、この大納言は、
(そ
れ以上)あれこれ言うことはなくて、
その夜は(この女房の所に)泊まったのだっ
た。あとあとまで途絶えることなくお訪ねになったのは、たいそう優雅なことで
− 146 −
ある。
古典
このように申すのは、後徳大寺左大臣〔藤原実定〕と申し上げた方のことだと
かいうことだ。
(学習メモ執筆・荻原万紀子)
第 51・52 回
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ラジオ学習メモ
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