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名目GDPの水準低下による貯蓄の減少
今月の視点 名目GDPの水準低下による貯蓄の減少 ─ 過少投資是正によるパイの拡大を ─ 2008 年を境とした名目 GDP の水準の低下は、所得分配に偏りをもたらすとともに、 国全体でみた貯蓄の大幅な減少につながっている。これは、投資の落ち込みによってバ ランスが図られており、将来の所得低下を招く恐れがある。偏りの是正には成長の回復 が求められるが、そこでは新規投資の拡大とともに既存設備の除却促進が重要だ。 みずほ総合研究所 金融調査部 部長 泰松真也 名目 GDP はリーマン・ショックのあった 2008 年 に急落し、2009年の名目GDPは471兆円と2007年の 513 兆円から 42 兆円減少、率にして約 8%低下した。 2009年以降、名目GDPは若干の振れを伴いつつも落 ち込んだ水準で推移しており、直近2012年1∼3月期 は475兆円 (季節調整値)となっている。 名目GDPは2008年の下落以前も2000年代はほぼ 横ばいとなっていた。これは、実質 GDP が緩やかに 増加する下、物価の下落が続いたためで、2009 年以 降も同様と考えられる。しかし、名目 GDP の水準が 大幅に低下して復元の動きがみられないことは、パ イの縮小を意味しており、所得の分配面や使用面な どに様々な影響を及ぼしている。 投資低迷が続く下、輸出は持ち直すが輸入 の増加により、名目GDPの水準は復元せず まず名目GDPの水準の低下について、需要動向か らみていく。 2009 年以降の各需要動向について 2007 年と比 べると(図表 1 −①)、2009 年に最も大きく減少した のは輸出だ。2010 年は持ち直しがみられたものの、 2011 年は東日本大震災、円高等もあり持ち直しの動 きが途切れた。輸入は、2009 年は大幅に減少して名 目GDPを押し上げたが、その後最近にかけて化石燃 料の価格上昇や輸入数量増加等によって名目 GDP を下押しする方向にある。 一方内需では、個人消費と設備投資はいずれも 2009 年に落ち込んだ水準で 2011 年まで推移してい る。ただし、2007 年と比べた減少率は個人消費が 5% 弱にとどまる一方で設備投資は 2 割程度と大きく なっている。これにより名目 GDP に占める構成比 は、個人消費が2007年の57.3%から2011年の60.4% へ上昇したのに対し、設備投資は 14.9%から 13.2% へと大きく低下している。 内需では設備投資が大きく下落したまま推移し、 一方外需は輸出の持ち直しを輸入の増加が打ち消す 形となり、名目GDPは落ち込んだままの水準となっ ている。 パイの縮小が財政赤字の拡大や国全体の貯 蓄の大幅な減少に 次に、名目GDPの縮小について所得の分配面から みる。 生産活動で生み出された付加価値はその大半が雇 用者か企業等に分配される。雇用者への配分である 「雇用者報酬」と企業等への配分である「営業余剰・混 合所得」について、2007 年と比べた変化額をみると (図表1−②) 、2009年、2010年いずれも雇用者報酬と 比べて営業余剰・混合所得の減少が大きくなってい る。また、2011 年についても名目 GDP と雇用者報酬 の値から推測すると、 「営業余剰・混合所得」は 2010 年の値よりも減少したとみられ、家計よりも企業の 所得が圧縮される状況が続いている。 さらに、各経済主体間の利子や税・社会保障の受け 払いなど所得移転後の可処分所得の状況をみてみる。 同様に 2007 年と比べた変化額については(図表 1 − ③) 、家計の可処分所得は「雇用者報酬」と比べてマイ ナス幅が小さくなっているほか、2010 年の非金融法 1 今月の視点 GDP 比率は大きく低下しており、非金融法人企業の 資本減耗後の純投資は 2009 年以降マイナスとなる など、新規の投資は過少な状況にある。貯蓄の大幅な 減少は過少投資によってバランスが図られている訳 だが、これは将来所得の低下を招くものだ。 こうした観点から、所得の偏りの是正に向けて、ま ず第一は、経済の成長の回復、パイの拡大が必要で、 そのためには投資を回復、拡大させていくことが重 要だ。ただし、投資の減少は企業の可処分所得が回復 している下、投資性向の落ち込みによって生じてい る。また、企業収益(営業余剰)は落ち込んだままで資 産収益率は低い水準となっており、ストックの積み 上げは行いにくい状況にある。したがって、 「成長戦 略」の推進など新しい分野も含めた新規投資の拡大 とともに、既存設備の除却を促進する環境整備が重 要だ。 第二には、成長が回復しただけでは是正されない 分野への手立てが必要だ。財政赤字の拡大について は、景気低迷による税収減の影響が大きく、今後景気 が持ち直せば改善していくことが期待できる。一方 で高齢化進展等に基づく政府の社会保障支払いの増 加は構造的だ。社会保障制度の見直し等によって、政 府から家計へのネットの所得移転を抑制することが 必要となろう。 政府は新成長戦略において 2020 年度までの平均 で名目 3%を上回る成長を目指すとしている。2011 年の名目 GDP 成長率は前年比▲ 2.8%であったが、 2012 年について前年比+ 2%弱が予想されており、 今後はパイの拡大が期待できる状況だ。パイの拡大 加速とともに所得の偏りの是正に配慮した政策対応 が望まれよう。 人の可処分所得は 2007 年の水準をおおむね回復し ている。これは、家計、企業いずれも税負担が軽減さ れていることに加え、家計はネットの社会保障受取 が増加していること、企業は利払い等ネットの財産 所得支払いが減少していることによる。一方で、一般 政府の可処分所得が大幅に減少しており、財政赤字 の拡大につながっている。2010年は2007年と比べて 27 兆円の減少となっており、内訳は税収の減少が 15 兆円、ネットの社会保障支払いの増加が 7 兆円、利払 い等ネットの財産所得の支払いが 3 兆円の増加など となっている。 さらに、所得の使用面をみる。国民可処分所得は消 費されるか貯蓄されるかのいずれかだが、2007 年と 比べた変化額は(図表 1 −④)、国民可処分所得の落 ち込みの大半が貯蓄の減少につながっている。政府 消費は増加が続いているほか、個人消費の落ち込み が相対的に小さくなっているためだ。2009 年の貯蓄 は2007年と比べて38兆円減少して実額では▲3兆円 と、統計が遡及可能な 1955 年以降初めてマイナスに 落ち込んだ。2010 年の国全体の貯蓄は 6 兆円とプラ スを回復したが 2007 年と比べると 32 兆円の減少と なっており、なお低い水準にある。 過少投資是正によるパイの拡大を 以上みてきたように所得水準の低下は、財政赤字 の拡大や貯蓄の大幅な減少につながるなど、所得の 分配面や使用面に大きな偏りをもたらしている。 貯蓄は国内での資本蓄積または対外資産の積み増 しに向けられるもの、つまりは将来の富の源泉にな るものだ。国内の資本蓄積については、設備投資の対 ●図表1 2007年と比較した国内総生産、国民可処分所得の増減額 ①国内総生産(支出面) ②国内総生産(分配面) (兆円) 30 (兆円) 0 20 10 輸入 ▲10 ▲20 個人消費 ▲11 設備投資 ▲15 輸出 ▲40 ▲60 ▲70 ▲5 家計 ▲0 ▲11 ▲10 ▲0 非金融 法人 政府消費 ▲31 ▲20 その他 2009 ▲20 ▲19 営業余剰・ 混合所得 ▲32 ▲6 その他 ▲42 10 ▲38 11 (年) 貯蓄 ▲40 その他 名目GDP ▲50 2009 ▲30 ▲38 ▲40 ▲45 ▲50 ▲10 ▲20 一般政府 ▲31 名目GDP 11 (年) ▲48 2009 ▲48 国民可処分所得 国民可処分所得 ▲50 10 (年) 2009 (注)1.国民総生産(分配面)の2011年の値は名目GDPと雇用者報酬のみ既公表。国民可処分所得 (使用面)の2011年の値は政府消費、個人消費のみ既公表。 2.2007年からの増減額が名目GDPと国民可処分所得で異なるのは、 両者が国民可処分所得≒名目GDP+海外からの所得−固定資本減耗といった関係にあるため。 (資料) 内閣府 「国民経済計算」 2 ▲9 ▲30 ▲45 ▲40 10 ▲27 ▲20 ▲42 3 0 個人消費 ▲30 ▲30 ▲50 雇用者 報酬 ④国民可処分所得(使用面) (兆円) 10 7 0 ▲10 ③国民可処分所得(経済主体別) (兆円) 0 10 11 (年)